6月が終わる。
1日ずつ、何とか無事に過ごせていることを、ありがたく思う。

ふとした場所で見かける紫陽花の青に、心の深いところがほっとする。
早朝聴こえる鳥の声に、今日自分を動かしていくチカラをもらっている。

どんな状況でも、楽しみとかおもしろみとか、探そうと思えばあるものだ。
こんな日々だからこそ、人のさりげない丁寧さが、やけにうれしい。
父の作る煮物の味は、ずいぶん母の味に似てきたなと思う。
先日食べさせてもらった肉じゃがも、なつかしくおいしかった。

もう二度と逢えない方々の言葉が、ふわっと浮かんでくることがある。
時が経った今だからなのか、魔法のように強烈に励ましてくれる。
私の記憶がある限り、どの方とも別れていない気がしている。
そして、今の方が、不思議と鮮明に、とても身近に、感じてしまう。


遠くへ行く必要はなかった。
誰かに変わる必要はなかった。
自分として感じきること、自分としてやりきること、それだけでいい。
近所の野良猫みたいに、恐れなく、さっそうといきたいものです。




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