飛鳥坐神社
なつかしき故家の里の 飛鳥には、
千鳥なくらむ このゆふべかも
海やまのあひだ 「焚きあまし」

明日香村の東、小高い丘に鎮座する飛鳥坐(あすかいます)神社。
五穀豊穣の祈りをセクシャルにあらわす、
毎年2月の<おんだ祭り>は奇祭で有名。
折口信夫は大阪びとでありながら、飛鳥を心の郷としたのは、
大和の高市郡のこの社家から婿にきた祖父・造酒介の縁で、
14歳のときはじめてこの飛鳥坐神社に詣でてからである。
幼くから万葉集にしたしみ古代人の詩情を感得し、
また生家の父母からの愛情を薄く感じていた折口にとって、
大和への旅は、逃避としての空間的な移動だけでなく、
かれの生涯にわたる精神的な拠り所となったと考えられる。
青年期、折口は再三大和を訪れ、<飛鳥直醸足>と号し作歌した。
慶応義塾大学に教職を得てからは国文科学生と万葉旅行をかさね、
晩年は東おどり「万葉飛鳥之夢」を上演するなど、
大和・飛鳥は、折口信夫一生の<約束の地>であった。

ほのぼのと 雑木にまじる 夕桜
古き社は、山の上にあり
目の下に 飛鳥の村の暮るヽ靄―。
ますぐにさがる 宮の石段(さだ)
事代主 古代の神を祖(おや)とする
いと おほらかなる系図を伝ふ
境内には夥しい数の陰陽石が置かれ、古代の神社のおおらかさかが伝わる。
鳥居をくぐり、石段のかたわらには、
ほすすきに 夕雲ひくき明日香のや
わがふるさとは 灯をともしけり
という折口の歌碑がひっそりと建てられている。