当麻寺


ねりくよう すぎて しづまる 寺の庭
はたとせまへを かくしつヽ ゐし


用命天皇第三皇子麻呂子親王が聖徳太子の教によって創建。
中将姫の当麻曼荼羅や天平時代の東西両塔などで知られる。
上記の歌の、練供養(ねりくよう)は毎年5月14日に催される。

当麻寺

当麻寺の本堂、中将姫が編んだという蓮糸曼荼羅を蔵する。

叔母・えいは折口の肉親の中で、唯一彼の理解者であったといわれ、
天王寺中学を落第した甥の傷心を癒すため、大和旅行に連れ出した。
(後年折口は上梓した「古代研究」をこの<えい子刀自>に献じた。)
その叔母の友人・のぶが嫁いだ先が当麻寺の門前にあった。
この縁で折口は青年期、何度も当麻寺を訪れたようである。

「死者の書」で姫が篭る庵室は境内にある松室院がモデルといわれる。


ひさかたの あめのふたかみに
二上の かげともに おひをヽり
しみさく あしびの にほへるこを
あはれ その にほへる をとめ
藤原の よこはき をとめ


「死者の書」完成後、折口は同寺へこの詩を贈った。



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