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弁護士・紀藤正樹さんのリンク総合法律事務所

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人権回復の道

映画『アイランド』(2005年米)を観ると、人間クローンにも人権というものがあって、これは何も近未来SFアクション映画だけのことではないように思った。人間の歴史を振り返ると、奴隷と権力者の構図は形や姿を変えて現在も連綿と続いているように窺える。身分や地位を据えることが大好きな日本社会では、高貴とする人には「様」を付けて呼称する風習が残っているし、卑俗で弱者と見なされる者には実に排他的慣習が襲いかかる。こうした差別も人間的教養の低さや頑迷さや無明から生じるわけだが、大抵の人は固定観念と世間体に縛られているものだから、権力者の思いのままや都合のいいように利用されているとは微塵も疑わない。ますます己れの考え方や理念を正当化して、その自己哲学的概念さえ揺れ動くこともない。差別がいいか悪いかの視点よりも、差別されていると思う意識の弱音のほうが問題だ。

もし、人から差別されていると思ったら、まず相手の人格を計ればいい。人格は教養の度合がみてとれるから、教養レベルが深いか浅いか、すぐにわかる。教養が深ければ深いほど、人というものは人徳も深いもので、徳すなわち心も深いということにもなる。心が深いということは、度量があるということで、心の眼で人をも見ているから、人間を差別することのむなしさをよく知っている。人間はすべて平等であるのだ。人の命に地位などあろうはずがない。あとはその命の尊厳がどう左右されてしまうのかだが、その命の生まれた国や時代によって翻弄されてしまうのは仕方がない。古代史を勉強すればするほど、現代社会とは何かがよく見えて来るものだ。差別を受けたと思ったら、まず自分がまた一つ徳を磨き、人間の性分というものに憐れみを抱けばよい。人の道とは、つまりは徳を学ぶことになろうか。どんな世界のどの道であれ、徳のない道に、希望などあろうはずもない。

(2005/11/28)
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弁護士・紀藤正樹さんの講演会   2005年10月24日 in UBE CITY

平成17年10月24日山口県宇部市男女共同参画センターにおいて、東京在住の弁護士・紀藤正樹さんによる講演会が午後2時より開かれた。演題は「男と女はフェアに競争したい」というもの。およそ2時間にわたる講演会であった。講演会には9月末に私達夫婦二人の名前で申し込みをしていた。会場には200人ばかりの聴衆者が集まっていた。受付で手渡された資料には、資料1「男女共同参画社会基本法」、資料2「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」、資料3「少子化社会対策基本法」、という法律条文条項のものがあって、それに沿って紀藤先生のわかりやすい解説がなされた。

アメリカ社会やヨーロッパの国々の歴史的法例経緯と、鎖国から開放された明治維新以降の日本との歴史対比を交えながら、お国柄の風土や慣習の違い等によって生じる、資本主義社会構造の認識の遅れやデメリットも含めながら説明が淡々となされていった。そこに横たわる根深い男女の差別や、アメリカ・欧州における過去の少民族の移民受け容れ政策によって少子化社会の克服がなされたこと、その一方で現代日本の外国人受け容れ政策がまだまだ鎖国状態にあることなど、都市と地方の格差によってもそれらは顕著となり、犯罪件数もまた人口集約的に比例してしまうなど、豊富な事例と分析を開示されながら人間的視点にも立たれてお話しされた。難しい法律の立場と、大衆性をも汲んだわかりやすい判例の解釈をも加えられて講演がなされた。

少子化問題にはご自分なりの意見をも主張されたように思う。国際的見識の深さには脱帽してしまうほどで、単にグローバルということではなしに、人間の持ち得る英知の提案には実に感慨深いものがあった。80歳になられる紀藤先生の母堂のことも語られて、「自分には自転車が乗れない」ことを今も時に嘆かれるとか。当時、若い時に女子は自転車に乗ってはならない、という時代の訓戒や風習に縛られていたために、結局、ちょっとした場所への買物も出来ない、と不平が今も出るそうだ。これも時代が背負って来た男女差別の一つだとおっしゃられた。ユーモラスのある母堂のお話しから、戦時中の従軍慰安婦問題まで披瀝されて、紀藤先生の温情あふれる講演に誰もがシーンとなって聴き入ったりして、拍手喝采で講演は無事に終了した。

講演が終った後、私達夫婦は用意していた先生の著書とマジックを取り出して、控室の外でしばらく講演の余韻を楽しんでいた。係員の方に、実は紀藤先生のサインが欲しいのですがと言って、通路で待たせてもらっていたのである。講演会の後、誰一人として先生からサインをもらおうとはしなかったのであるが、紀藤正樹先生とはWeb上で相互リンクをして頂いているのと、私のWeb立ち上げの頃、いろいろとメール交換してWeb制作のことで大変お世話になったことや、私の文学姿勢であれこれ御迷惑もかけたりしていたので、このまま退席後何も挨拶しないのも失礼かなとも思ったのだった。また、先生側のWeb紹介にも「宇部市の電子部品販売屋さん。一度お会いしたいものです」と書かれてしまっている以上、やっぱり現実として挨拶くらいはしておきたかったのである。

控室から藤田宇部市長が帰られると、しばらくして私達に係員が「どうぞ中へ」と控室に手招きするので、私も厚かましく控室に堂々と入っていった。「先生、はじめまして」と私は一礼した。「フルカワエレクトロンの古川です」と挨拶すると、「ああっ、はい。名刺を下さい」と先生がいきなりおっしゃるので、私は事務印刷屋で先月作らせたばかりの新しい出来立てのロゴデザイン入り名刺を差し出した。先生も水色の名刺を出されて、結局、名刺交換になってしまったのである。すると、先生は「早くおっしゃれば、遊びに行きましたのに」と実に社交辞令がうまく、思わず私は笑ってしまった。私が有名作家にでもなっていたら、本当に紀藤先生には是非遊びに来て頂きたいものである。私が有名作家であれば、紀藤先生にとっても、職業の立場こそ違うが、こんな私でも遜色はあるまい。文学論や芸術論、エレクトロニクスの世界や人生観であれば、話題は尽きまい。誰に対しても人間として対等に振る舞われる紀藤先生のことだから、きっと幅広い見識で対談もさぞかし楽しいことに違いない。私のような無名作家はこうして己れを卑下して分相応の器と決めつけ、50歳を過ぎてもいつまでも貧乏書生の手習いのつもりで生きているから、やはりダメだ。もっとも、自分の書く作品は常に向上を目指しており、別段、有名作家になることが必ずしも文学の道とは思ってはいない。いい作品を書いて、人に感動を与えられることが何よりだと思っている。

さて、紀藤先生からもらったサインは上の画像の通りである。先生に「先生の好きな言葉と、サインをお願いします」と私が言うと、「えっ、好きな言葉ですか?」と、少し考え込まれて、「人権救済」と書いて頂いた。平易な言葉であるが、人間社会においてなかなか難しい言葉ではある。講演のなかでも何度か「バイアス」という言葉の説明を繰り返されたが、人権救済のためにのしかかる現実社会の重圧のことを、法律世界の業界用語で「バイアス」と言うらしい。いかにバイアスから克服して「人権救済」を成し遂げるか、そのヒューマンなプロセスの姿勢こそが先生の好きな理念と解釈させて頂いた。弁護士・紀藤正樹さんらしいモットーともみえる。ちなみに、紀藤先生からサインを頂いたこの著書『失敗しないネットショッピング』(岩波書店/「岩波アクティブ新書」)は、2002年の正月に出版された時に買ったもので初版なわけだが、「岩波アクティブ新書」創刊12点の内の記念すべき一冊でもある。先生はサインをされながら、「サイン本は日付を書かないほうが値打ちが出るらしいね。日付は入れないでおきましょう」と言われたので、私はまた感心しながら笑ってしまった。「日付を入れないほうが高く売れるらしいんだよね」と、さらにおっしゃったような気がするが私の聞き違いだろうか。面白い、穏やかな先生である。私の書斎にまたサイン本が増えてしまった。

「先生、このサインを私のホームページで公開してもよろしいですかねえ?」と聞くと、先生「あっ、どうぞどうぞ、いくらでも宣伝してください」とのことで、こうしてこのページに記念して紹介することにした。先生多忙のなか、一期一会の会話であったが、またいつかどこかでお会いしてお話しが出来ると誠に幸いである。講演の中で商品を売るお話しがあったが、お金があって宣伝できる企業と、いい商品なのにお金がなくて宣伝が出来ない小さな会社との不公平格差を自分の痛みのように嘆いておられたが、それでも人生において、最後はお金ではなくて、人間性の豊かなところが必ず生き残ってゆくだろうとおっしゃったのには、一抹の安堵感を得られた。本当に紀藤先生と会えてよかった。久しぶりに、いい講演会を味わった。いい思い出ともなった。

(2005/10/25)

文・古川卓也
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