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第4話

●私のエンターテイメント

もし世界のエンターテイメントに出会わなかったら、私の今の電子部品販売の仕事は続かなかっただろう。33歳の時から実店舗のパーツショップで働き始めたわけだが、5、6年くらい経った頃だっただろうか、お店にオシャレな高校2年生の男子生徒2人が来店するようになり、二人は仲のいい友達で音楽がとても好きな彼らだった。杉山清貴のファンで、当時、私に杉山清貴のレコードをダビングしたカセットテープを何本かくれたことがあった。彼らも自分たちのオーディオを持っていて、何かの部品が必要になり、パーツ屋に足を運んでいたと思う。

そのうち日ごと音楽の話に夢中になり、山口大学工学部の学生3人や社会人も加わって、私が働くパーツショップにオーディオ・クラブなるものが出来てしまった。ある日、店長だった私は仕事を終え、店に鍵を掛け、事務所にいつものように売上金が入ったバッグと店の鍵を預けて、帰り支度をしてから、会社の駐車場で待ち合わせをしていたオーディオ・クラブのメンバーたちと一緒に夕刻ある所に赴いた。車3台で向かったように思う。私の車には高校生二人が乗っていた。当然のように車内には杉山清貴のカセットテープが鳴り響き、目的地までみんな楽しそうにその音楽を聴いていた。

目的地は防音設備が施されたスタジオ風のハイエンド・オーディオショップだった。一人の社会人の車の後を追いながら大学生3人が乗った車と私たち高校生組の車が到着するや、案内されるままにビルの中に入っていった。「ほう、これはすばらしい」と私。ドアを開けると、ガラス越しの向こうにハイエンド・スピーカーがずらりと並んでみえるではないか。二重の重たい防音ドアを開けて、やっと部屋の中に入ると、ちょっとしたスタジオ風にも見えた。高級オーディオ・アンプもずらりと並んでいた。真空管式のアンプにも電気が通されていた。壁際には売り物の吸音材も立てかけてある。試聴は横長の後部ソファーでごゆるりと聴けるように置かれていた。天井も音の乱反射を避けるような施工がなされていた。いったいどんな世界がひそむのか、興味津々。

「やや。これは何?」と私は愕然となった。今まで自宅で聴いて来たオーディオの音は、いったい何だったのだろう。思いも寄らぬ未知なる壮大にして繊細な音の粒立ち。ここはオペラ劇場か、はたまたコンサート・ホールか、と錯覚しそうなほどの緊密な空間がひろがっていた。このホールのようなスタジオマスターが「何かリクエストはありますか?」と尋ねたので、オーディオ仲間の一人が持参していたエンヤのCDアルバム『ウォーターマーク』を取り出した。1曲目から11曲目まで結局全部聴いたと思うが、あえて私が2曲目の「カースム・パーフィシオ(CURSUM PERFICIO)」だけをいろんなスピーカーで聴いてみたいと希望を言うと、ここのマスターは快く切り替えては聴かせてくれた。当時ここのショップでは、マーティン・ローガンのいろんなタイプのスピーカーを設置していて、アンプも各社ハイエンド機器を並べていた。電源もCDプレイヤーもD/Aコンバーターも、とんでもない高価な高級機材をずらりと並べていた。ケーブルに至っては途方もない業務向けや途轍もないヘビのような太い径のものが機器間をつないでいた。もともとここはマーティン・ローガンの日本代理店の一つに指定もされていたが、現在、日本国内にはマーティン・ローガンの代理店は一つも無い。

オーディオ・クラブの高校生の一人が、「古川さん。ここは買うべきでしょう。もし自分にお金があったら、ボク、絶対に買いますよ。ああー、早く高校卒業して、社会人になりたいなあ。うーんとお金貯めて、このスピーカー、ボクだったら買うんだけどなあ」と、まるでここの店員みたいにセールスしていたのを今でもよく憶えている。あれから27年くらい年月が経ってしまったが、あの時の私の迷いと購入決断で、今もこうして結局わが家にマーティン・ローガンのスピーカーがあることに。あの時の高校生が「買いだよ」と押してくれなかったら、ひょっとして今頃は月並のオーディオ音楽止まりだったかもしれない。20代で購入して揃えたオーディオは、アンプも壊れ、カセットデッキも壊れ、レコードプレイヤーも壊れ、CDプレイヤーも壊れ、何とか持ち応えたのはダイヤトーンのスピーカーとテクニクスのチューナーとウイング式のFMアンテナだけだった。オーディオアンプもCDプレイヤーもカセットデッキもメーカーを変えては何回か買い換えたけれども、安物買いの銭失いだった。崖から跳び込むつもりでハイエンドのスピーカーを買ってしまったことは、その後の私の高級意識を目覚めさせ、後悔どころか、高校生の推薦がその後の私の価値観を大きく変えてくれたのである。

今私が愛用しているマーティン・ローガンのスピーカーは27年が経過しているが、まるで不滅の存在のごとき君臨していて、このスピーカーに合わせて当時買い揃えたサンスイのアンプもパイオニアのCDプレイヤーも、現役のまま、いい音で今も鳴り続けて健在である。日頃から適度に電流を流すようにエージングしているのが功を奏してもいるのだろう。27年間というもの故障は一度も無い。すべていいケーブルで接続したっきりで、27年間放置したままである。

オーディオ機器は故障していないが、ケーブルのプラグに不具合が一度だけあった。これは日本アルミット製のハンダKR-19で半田付けしたら直った。このことは過去にも一度書いたことがある。さて、長々と今回も書きなぐってしまったが、あの時の、あの頃の、オーディオ・クラブの人たちは、今頃どうしてるだろうか。彼らは学校を卒業してそれぞれの道を歩んでいるに違いない。すばらしいコミュニケーションで楽しかったあの頃の音楽仲間に感謝! 結構みんなであっちこっちドライブもしたっけ。山陰海岸の方までドライブしたような。夏になると杉山清貴の音楽が車内に流れてたような。笑い声が今でも聞こえるようだ。わが家のCDラックには杉山清貴もあればエンヤも何枚かある。CDアルバムだけで何百枚くらいあるのだろう。70年代に買ってたLPレコードだけでも80枚くらいはある。レコードはラックに立てて今も眠っている。

文・古川卓也
(2017/09/27)
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