- 9月24日(金)
- 9月23日に行われた「スーパー陸上2004ヨコハマ」で男子ハンマー投げの室伏広治は、アテネ五輪の記録よりも良い投擲距離83m15cmで予想通り見事に優勝し、またアテネ五輪での正式な金メダル授与式もJOCより授与されオリーブの冠を戴いて無事に終った。アテネ五輪金メダルは祖国日本の地で堂々と室伏広治の首にかけられ、最も似合う形で感無量のシーンとなった。金メダルが室伏広治、銀メダルがベラルーシのイワン・チホン、銅メダルがトルコのエスレフ・アパクということで、繰り上げ公式記録となった。室伏広治にとってアテネ五輪とは「真実との闘い」というテーマとなってしまった。普段の地道な努力の結果として積み重ねて来たものが、人生で最も大事なことだと彼は主張した。本当にすばらしいスポーツマン・シップの持主といえる。まさに順位よりもそのことが最優先されて然るべきオリンピック競技である。だが、それにしても、ドーピングで金メダルを剥奪されたアヌシュは、いまだに金メダルそのものをIOCに返還していないというのは、やはり正気の沙汰ではないようだ。母国ハンガリーでは今でも英雄扱いらしいから、一度、ハンガリーの歴史や国民性を調べてみる、いい機会かもしれない。
気にかかるのは、最後の6投目である。投擲ポジションからネットの裏側に向かって3回も指差し何かを強く注意していた室伏の挙措は、いったい何だったのだろう。TV生中継の画面でははっきりとは映されなかったが、ネットの前を5人くらいの赤茶けた人影があわてて前を通り過ぎて行ったが、競技場では取材陣スタッフが同じ赤茶けたジャケットを着ていたから、フェンス裏にいたのも取材陣スタッフだったかもしれない。彼らに「危ないから、そこをどきなさい」と室伏は言ったのかもしれない。それからやっと最終6投目の投擲に移ったが、すんなりと集中できなかった室伏は冷静さを取り戻そうとしながらも、最高の飛距離が見られるのかと思いしや、ネットが開き過ぎていたのか、ハンマーはとんでもない方角へ飛んでゆき、大きく逸れてトラックの方へ転がっていった。室伏はしゃがみ込んで、ひやりと動揺していた。トラックでは競技スタッフ員らが多くいて、あわててハンマー球を避けた。トラック競技がされていなかったことと、人に直撃しなかったことが何より幸いだった。もし人に直撃してケガ人や死者でも出ようものなら、この瞬間、おそらく室伏広治の選手生命は終っていたと思われる。人生には何が起きるかわからない。競技中の事故であっても犠牲者が出ていたら、真面目な室伏広治のことだから、きっと良心の呵責に苛まれ、残りの現役選手生活を放棄するに違いない。かりに選手生活を続けたとしても、記録はもう出ないであろう。だが、彼は運がよかったのである。いかなる時もオリンピアの守護神が真面目な彼を守り、彼にこのまま現役を続けてゆくように微笑んだのだ。幸運と人生は常に比例するようである。この日、室伏広治は表彰台で歓びと動揺が交錯していたかもしれない。幸運もまた人生のパワーであるから、今度こそ次の大会で自己ベストを塗り変えて欲しいものだ。本当におめでとう! アジアの勇者・室伏広治!
- 9月 6日(月)
- 今回楽しみにしていた注目のサッカー男子3位決定戦、準決勝戦でパラグアイに1-3で敗れたイラクは、アルゼンチンに敗れたイタリアと試合することになった。イタリアの選手たちは、この試合が行われる前にイラクで武装勢力に殺害されたばかりのイタリア人記者を悼んで右腕に黒い喪章を付け、闘いに臨んでいた。その武装勢力はイタリア軍のイラクからの撤退をイタリア政府に要求していたが、これをイタリア政府が拒んだために、イタリア人記者は殺されてしまったのだった。これら一連の諸外国の治安部隊あるいは多国籍軍の撤退を求めて、今もイラクでは武装勢力によって同様の人質事件が頻発している。日本人人質事件に始まって、一気にこのような悪い状況が高まっているわけだが、そんな無政府状態と米国傀儡政権の暫定政府による混乱と戦火のなか、アテネ五輪でサッカー4強入りしたイラクは、イタリア側の選手たちも同様に、それぞれが複雑な胸中を抱えながらも、3位決定戦は行われたのだった。
試合結果はイタリアが1対0で勝ち、イラクは惜敗してしまったが、スポーツというものがこんなにも国境を越えて、一時の平和を築かせてくれるものなのかと、あらためてオリンピックの役割が「平和の祭典」という重い責務を負っているのだなと実感できるほど、感動を与えてくれた美しい試合だった。戦いはサッカー場のピッチの上で、お互いに強くあらためて認識し合えたような、すばらしい激闘であったと思う。試合後の相手チームとのユニフォーム交換には、選手たちが全員お互いに平和と友情を望む意志を高らかに表わしていて、胸に来るものがあった。勝敗やメダルも大事かもしれないが、最後まであきらめずに闘い合ったことが何より美しかった。戦争のために、試合を放棄してしまったり、スポーツが政治のせいで出来なくなったりすることが、選手たちをいかに苦しめるものであるかを、政治家たちはいつの時も再認識しなければならない。朝日新聞Web版8月28日付にいい記事が載っていた。試合開始30分前にFIFA(国際サッカー連盟)は競技場で緊急の記者会見を開いたそうだ。ブラッター会長は沈痛な面持ちでこう繰り返したようである。「非常に悲しいことが起きた。それでも我々は、人生と五輪とサッカーを続けなければならない」と。
- 9月 3日(金)
- IOCの決定によりハンマー投げ男子で金メダルに繰り上げ優勝者となった室伏広治について。一旦金メダルを獲得したかにみえたハンガリーのアドリアン・アヌシュ選手は、ドーピングでIOCにより正式に失格処分を受けて金メダルを剥奪された。が、しかし、アヌシュ選手は正当な試合のもとに金メダルを獲ったのだから返還しないと主張。一方、IOCは正当ではないと正式に審査決定したにもかかわらず、いまだに双方が悶着している始末。今回、男子円盤投げで同じく金メダルを獲得してその後にドーピングで金メダルを剥奪されたファゼカシュは、アヌシュと同じハンガリーの国の同じコーチ(ヨージェフ・ヴィダ氏)というのも確かに怪しい疑惑が漂う。ハンマー投げと円盤投げとではスタイルも技術も違うと思うのだが、競泳でいえばバタフライと自由形の違いであろうか、種目の違う競技で世界ハイレベルの1位2位を競うのに、コーチが同じなのも変ではある。WADA(世界反ドーピング機関)の手厳しい監視官のもと、疑えば他人の尿の巧みなすり替えも可能のようで、どうやらIOCのロゲ会長が指示したように、DNA検査でそれが本人のものかどうか白黒が出た模様、そして黒と断定。
IOCは競技後何日か経ってアヌシュに再検査を促したにもかかわらず、アヌシュは再検査を逃げるように拒否、規律委員会の聴聞会にも出席せず、よって試合の競技結果は失格となったわけだが、再検査をすれば確実に試合前の採尿が他人のDNAであることが判明してしまうので、それを怖れて屁理屈を言いまわし、やれ体調が悪いとか、甚だ不本意だから引退するとか、遺伝子工学の最先端科学の力を怖れるアヌシュ選手は、実に王者の風格が欠けた醜態と幻滅を全世界にアピールしてしまった。しかも今度は、手の平を返してやっぱり現役を続けるとのこと、そして今回のIOC決定を不服としCAS(スポーツ仲裁裁判所)に提訴するらしい。何とも優柔不断な性格で、とても王者にはなれそうにないが、往生際が悪いというよりも、彼はスポーツマンとしてなぜ堂々と前向きに歩いて行こうとしないのだろう。いかなる試練にも耐えて来た一流の選手であるならば、灰色の金メダルをもらうよりも、堂々と何者にも立ち向かい、自らの良心があるのなら、何を言われようとひたむきに真実を貫き通せばよいではないか。もし、偽りを怖れているのなら、その時点で真実の母オリンピアに告白すればよい。今も自ら首に掛けている金メダルの裏側に、その真実の母オリンピアは、古代ギリシャ語の言葉の裡の彼方に常に居る。室伏広治は友人として、今度はアヌシュに真実と闘って欲しいと願い、アテネの五輪メーンプレスセンター記者会見でメダルの裏側の古代のギリシャ詩人ピンダロスの古代詩を詠んだのではなかろうか。だが、今回、アヌシュは初めからドーピングの疑いに恐れをなして保身に徹したということは、やはり、禁止薬物を使用して競技に臨んだということなのであろう。アテネ五輪の公式記録として正式に失格となった以上、室伏広治の1位、アヌシュの失格は永遠に変わることはない。ただ、いつ金メダルの返還授与がなされるのであろうか。JOCも強く主張しなければならないし、IOCも毅然と金メダルを早く剥奪しなければならないが、日本の首相が日本選手のそういった状況での立場を素早く擁護するような強い声を発しないというのは、何とも室伏選手が可哀相で仕方がない。
室伏広治はハンマー投げ投擲距離(82m91cm)で負けて銀メダルになっても、残念とばかり競技場ピッチを叩いて悔しさを表わしたが、けっして泣くこともなく笑顔でハンマー投げを思う存分楽しんだと言い、成績に対しては実に晴れやかに潔かった。謙虚で明るい最強勇者の笑みが常に漂っていた。彼こそ真の王者であったろう。負けてもその堂々たる風格こそが、王者の証しなのだ。自分が負ければ勝った相手を素直に潔く称える姿勢こそ、すでに己れの内面にも勝利している証しなのだ。悔しさをバネにして、これからの競技生活にも記録を伸ばしたい、伸ばせる自信がある、とインタビューで言った室伏の言葉には彼の前向きな力強さが漲っていた。アヌシュやファゼカシュのように、もう競技生活からは引退する、と安易に捨てゼリフを吐いた者たちとは違って、室伏は競技終了後すでに自身の自己記録へのチャレンジを目標として態度を表明していたところが実に素晴らしいのだ。アヌシュの目標は悪魔に魂を売ってでも得たい金メダル獲得であったが、室伏広治の目標は常に自己記録への挑戦であった。もしかして、世界新あるいは人間限界の投擲距離に生きがいのすべてを抱いているようにさえわたしには思えた。今後は公式の場で人間限界の未知なる投擲距離が出た時、室伏自ら持つ世界歴代3位の84m86cmをいつか打ち破る時が来たら、彼の競技生活にもついに有終の美が来るのであろう。それまで頑張れ! 日本人の誇り、アジアの誇り、室伏広治、人類が築く最長投擲距離の限界が生まれるまで、夢こそ偉大なり!
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