小さな夏物語 ’99 カブトムシ物語文学館ホーム
カブトムシ物語  完結編

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文・ 古川卓也

これは1999年の夏のカブトムシ観察記録を、ある一夏の想い出として書きとどめ、作品化するためのものである。6月期に成虫したと思われるメスのカブトムシ1匹が、10月半ばになっても現在まだ元気で、もうすぐ11月だというのに、これも地球温暖化が逆にカブトムシを長生きさせているのかもしれないが、とりあえず、昆虫にさらなる長生き祈願と祝福のエールを私は心より送りたいと思うのだ。


        10月のカブリン

  10月17日(日) 薄曇り  ここ2、3日朝夕ひんやりと冷え込むようになってしまった。カブトムシも朝方になると腐葉土の中にもぐっている。10月初めまで2匹いたメスカブトムシも、今はひとりぼっちで大きな昆虫ケースのなかで毎日毎日モゾモゾと動きまわっている。外は急に秋らしい気配がし始めて来たが、枯葉や落葉はあっても、紅葉にはまだ程遠い季節ではある。街路樹の葉がいくらかは黄ばんではいるようだ。
  カブリンにとって、一日一日が寒さとの戦いになってしまう。そうそう、私達夫婦はこのさびしげなメスカブトムシのことを、今では親しみを込めて「カブリン」と呼んでいる。中山美穂を「ミポリン」と呼ぶように、自然とカブリンになってしまった。ただ、この最後まで生き残っているカブリンは、ちょっとかなり、おてんば娘ではある。人間の年齢にたとえるなら、本当は娘じゃなくて、キンさんギンさんくらいなのかもしれない。動きは結構活発だから、体力的にはまだお婆さんにはなっていないようだ。
  クヌギののぼり木がケースのなかには3本ほど立ててあるが、これによく登っては、その上で木を揺らすように暴れることが、この頃の日課となっている。そして、その上からよく落ちる。だから、のぼり木の下には何も置かないようにしている。そのまま頭から、やわらかい腐葉土の上に落ちて無様にささっても痛くないように注意している。木切れが知らぬ間にその下にあったりすると、落ちた時、コーンという音がするからすぐにわかる。カブリンが動きまわるので、小さな木切れもあっちこっちによく移動してしまうのだ。わかったら、またその木切れをのけてやる。枯葉の上に落ちて来ると、バサッという音がする。枯葉の上になら大丈夫だが、木切れに当ってしまうと、大事なアンテナとなる触覚が折れてしまいそうだから、やはり心配である。
  秋が深まれば、このせっかく元気なカブリンの余命も危なくなるので、部屋のエアコン暖房も考えねばなるまい。まさかまさかの元気さで、私は一日一日に全神経を使うように心がけ始めてはいる。

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        夏の忘れもの

  10月23日(土) 晴れ  10月も下旬になって、すっかり秋らしくなってしまった。昨夜もクヌギののぼり木に登って、カブリンはいたって元気だった。けれども、朝方の部屋の温度はずいぶん下がって、カブリンも自己防衛なのか、ほとんど毎朝は土の中にもぐり込んでいる。秋が深まる一方で、カブリンはまるで夏の季節が置き忘れていった聖なる生き物のように見える。
  何だかかわいそうで、この季節にひとりぼっちで生かされているのが、まるで罪であるかのように哀れだ。仲間たちはとっくに天国に行ってしまい、自分だけが夏の忘れ形見のように生き長らえている、と思うのは、勝手な人間の見方かもしれない。カブトムシの生態としては、最長5ケ月の記録はあるらしい。クワガタはうまくすると、地中の朽ち木の中で越冬し、4年も5年も生きるらしいが、カブトムシはそうはいかないようだ。私にできることは、ただホームページに記録を残してやるぐらいのことと、夏にちかい生活のリズムを与えてやるだけだ。
  今週初めはとても冷え込んでいたので、私は部屋のエアコンを暖房に切り換えて室内をあたたかくしていた。例年なら12月になるまで暖房器具は使わないのだが、今やカブリン中心の生活なのでそんなことは言っておられない。昆虫ケースの下にも電気ミニマットを敷いて、その日の夜はそれにも電気を入れてやった。温度が20℃以下になるのは危険だと思ったからである。その冷え込んでいた一両日、カブリンの様子もおかしかったのである。一日土中にもぐったまま、エサを食べようともしなかった。
  しかし、天気もそれから晴天が運よく続き、部屋の温度計を見ては監視していた甲斐もあって、今日も一応カブリンは元気にエサを食べ続けているのだ。腐葉土の表面にも乾いたら霧吹きしてやって、気持ちよさそうな環境にしてやろうと努力はしている。ただ、最近気になるのは、6本足のうち左の後ろ足が伸びきったまま動かなくなっていることである。それでも動きはまだけっこう早く、木に登るくらいなのだから、大したことではないのかもしれない。木のエサ皿を陶器の小皿にのせているので、陶器に足がすべって、エサ皿との隙間に足を踏みはずすかして挟まり、ひょっとしたら捻挫か何かひねっているのかもしれないが、やはりダニの発生を考えるとやむを得ないのである。
  今日もカブリンがカサカサと枯葉の音を立てながら生きているのがわかると、私は何よりもホッとする。昆虫の命がこんなにも哀切に思われたことはない。来週の日曜日のUPDATEまで、まだまだ生きていてほしいと神頼みしたくなる心境である。

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        秋の夜長のカブリン

  10月30日(土) 晴れ  一昨日、小さなお家を買ってやった。かじっても安心な天然素材のハムスター用ハウスである。一戸 \580 だった。木材の表面処理に防腐剤が塗ってないこと、カブリンが家をかじっても大丈夫であること、などに気を遣った。家を置いてみると、昆虫ケースのなかは、まるで生きたおとぎばなしのように見えるから不思議である。さながら家のまわりは、自然の庭が広がっているようだった。椚林(クヌギバヤシ)の幹とクヌギの枯葉が落ちたおとぎの国だった。ああ、うらやましいような環境である。
  昨夜、初めてお家に入ってゆくカブリンを見た。もともと防寒対策に考えついたものだが、カブリンは中でゴソゴソと確かめたら、「ちょっと狭いんじゃないの」とでも言いたげに、しばらくして玄関から出ていった。それから数時間後、家の屋根に上がろうとしているのを見た。でも、けっきょく這い上がれずに、屋根にのぼることはできなかったようだ。私はカビが生えかかった朽ち木の丸太ん棒を捨てて、その家のまわりを広くしてやった。
  それにしても、いよいよ11月になりますが、メスカブトムシが11月になっても生きていた記録を誰かお持ちの方、是非メールを下さい! このメスカブトムシの生態は、いったいどうなってんのか、誰か教えてください。昆虫学者の先生、アドバイスと情報を提供してください。カブトムシに詳しい方、防寒対策をお知らせください。冷え込む日の午前中などは、ケースの隅に立て掛けたのぼり木の裏側で、カブリンは体をほとんど腐葉土の中に沈めて、土だらけの頭だけをひょこんと出し、透明ケースの外の景色をじっと見ている有様です。かわいそうに、いかにも寒そうでした。

  それでも、あたたかい日には元気いっぱいにのぼり木に登るこのカブリンを見ていると、もう寿命が過ぎていることなどとても信じられません。なぜそんなに元気なのか、本人に聞くのがいちばんいいのでしょうが、「ええーい、わたしゃまだ元気じゃわい!」と言っているようで、カブリンが怒っていそうだから、あまり余計な詮索はしない方がいいのかもしれませんね。
  たしかにこのデカいカブリンは、3匹同居の夏からいちばん気が強かったのである。今もエサのゼリーを悠々と食べているから、こりゃ当分のあいだ長生きしそうに見えるのだが、過去にその油断から私は3匹を失くしているので、やはり心配しないではいられないのだ。とにかく目が離せない。よくエサ皿から落ちてひっくり返ることもあり、なかなかひとりで起き上がれないのも事実である。昨日もなかなか起き上がれなかった。1分して自力で起き上がれないようであれば、私は助けてやることにしている。仕事中に「コーン」という音がしたら、まずひっくり返っているとみて間違いない。一日の内でそうありゃしないのだが、面倒は24時間いつでも受付態勢で、これは私の仕事と同じく時間帯は設けてはいない。
  また、来週までカブリンが元気でいることを祈り、この物語が続けられますように!

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        冬支度のカブリン

  11月 7日(日) 晴れ  カレンダーをめくると、雪景色の裏磐梯になっていた。「なんで?」我が家のカブリンはよほど気持ちがいいのか、世の中そろそろ冬の気配だっちゅうのに、なんで? 午後には木登りをしていた。使い捨てカイロを入れたカブリン特製の手作り暖房器具を腐葉土の上に置いてやったら、ひょこたんひょこたんそれにすり寄って、背中をしばしば温めていた。
  カブリン特製の手作り暖房器具には、ずいぶんてこずった。100円ショップでフタ付きスチール缶を買い、それに使い捨てカイロを入れてみたりしたものの、缶は思うように温かくならなかった。使い捨てカイロは空気に触れないと温かくならないようだ。かといって、カブリンがカイロを齧るのも避けなければならないし、カイロの入れ物に目下苦慮している状況である。陶器もスチールもうまくゆかず、とりあえず樹脂でかりの暖房器具を考案してやった。名刺入れのケースのフタに半田ゴテで小さな穴をたくさんあけ、その中に熱くなったカイロを入れると、その入れ物は温かいまま持続するようである。フタは開かないように工夫しているが、なにせ樹脂の材質が気になるところである。
  さっき、その暖房器具の下でうとうととお昼寝をしてしまったのか、しばらくして、その下からあわてて飛び出して来た。今度はよほど熱かったのか、「アチチチッ!」とでも叫ぶように手足や体を転げまわして、土で冷やしているふうだった。正午頃に霧吹きしておいたので、土は保湿状態になっているはずである。カブリンが適度な具合にうまく暖房をとってくれればいいのだが。エアコンは夜冷え始める頃からつけて、翌朝までかけているのだが、空気がひどく乾いているのが少し気になるところである。加湿器もそろそろ必要なのかもしれない。

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        最後の晩餐

  11月14日(日) 快晴  いつの頃からか、使い捨てカイロを入れた暖房具の下に自らもぐって、カブリンは眠るようになっていた。朝夕の冷え込みに耐え難いようだった。人間にとっては適温なのだが、カブトムシにとって、20℃前後の温度はやはり寒いのだろう。上に出て来た時は、腐葉土の上に置いた暖房具とエサ皿との狭い間でよく居眠りをしていた。
  昨日の土曜日の朝、前の晩まで元気だったのに、気がつくと、小屋の後ろののぼり木の前で、枯葉を抱いてひっくり返っていた。手足を力なげにバタバタさせていた。いつからひっくり返っていたのかわからなかったが、数時間は経っていたのかもしれない。私はすぐに起こしてやり、介抱してやったが、これは致命的だった。ここ2、3日よく自らひっくり返ることが多くなっていたのである。なかなか自力で起き上がるのも困難になってはいた。明け方にひっくり返ると、私のような人間はまだ眠っているので、どうしようもない。
  昨日はそんなわけで、半年間生きて来た長寿のカブリンも、ついにここに来て、すっかり弱りきってしまった。ほとんど動けないほど、衰弱してしまっていた。昨夜の看病は大変だった。結局まる一日気がかりだった。暖房具の下を少し掘り、下半身をそこに沈めて、木切れで挟み、エサ皿も腐葉土と同じ水平の高さに沈めてやり、顔だけそのエサ皿の縁にのせてやった。危篤状態の始まりだった。翌朝には覚悟しておかなければならないのだ。

  翌朝、つまり今日なのだが、妻はカブリンが死んでいるのを確認して、仕事に出掛けていった。私は日曜日の朝とあって、寝床でゆっくりとしていた。カブリンのかわいそうな姿を見るのも、何やら億劫だった。
  寝床から起きたのは、10時半頃だった。仕方なく昆虫ケースのなかをのぞくと、昨夜と同じ状態のままで、カブリンの姿が見えた。この時期のメスカブトムシの生態も不明のまま、私はケースのまわりの光を遮る厚紙やカタログをのけて、しばしカブリンを視つめていた。よく見ると、なんと頭が上下に少しだけ動いているではないか。「ええっ!」と驚いた私は、すぐさまあれこれ世話を始めたのである。嬉しさとカブリンの生きようとしている生命力に感心しながら、まず暖房具を確かめた。「温い!」「これが命を救っている」と私は歓喜した。すぐさま使い捨てカイロの上に、じかにカブリンをのせて、あたためてやった。お腹も空いているだろうと思い、スプーンに新しい昆虫ゼリーのひとかけらをのせ、それを口元まで持っていってやった。
  部屋のソファーには、朝陽がレースのカーテン越しに差し込んでいたので、カブリンの背中に当たるように、そこで介抱してやった。しばらくすると、案の定くちもとを動かし始めた。「まだ、生きている!」という実感が、とても嬉しかった。こんな小さな生き物でも、命の重たさは人間と同じである。強い命と弱い命との違いだけで、ルネッサンス以降、人間本位の考え方が自然を破壊して来たように、たとえ養殖物とはいえ虫一匹にさえ思いやりがなければ、これからの人間に希望はないと私は見ているのだが、小さなこだわりが出来る人ほど、また大きなテーマにも挑戦でき可能性を実現できる人だとも看破している。もっともこれは私の勝手な自戒であり、持論でもあるのだが。

  11月14日(日)午後8時過ぎ現在、カブリンは手作り暖房具の上で、一滴の水をすすりながら、かろうじて生きている。末期の水である。おそらく今夜が本当の峠となるだろう。今年、カブトムシを飼うはめになったものの、いろいろ勉強になった。オス2匹とメス2匹の計4匹の私のカブトムシ観察記録というか、物語というか、世間にこのような昆虫ドキュメントという形でお送りできたこと、またこのような作品もインターネット上にほとんど無いということもよくわかり、そんなこの記録がいつの日にか、カブトムシに関して、少しは世間の役に立つことを願い、ここに「カブトムシ物語」を完結とする。
  これら「小さな夏物語 '99」と「カブトムシ物語(完結編)」は、弊社の「インターネット文学館」に納めて置きます。

(完)

(1999/11/14)
(2014/09/16 Renewal )

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