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『哲学の道』 パステル 冬のマチエール 竹林の家 作家・保田與重郎 詩『風に吹かれて』



 絵心の無いわたし

 昔から絵心も才能も無いわたしは、ある一冊の本との出会いから、絵が好きになった。21才の時である。もともと絵が描けないわたしは、その本を読むにつれ、せめて絵を鑑賞できるようになりたいと思った。その本がそのようにわたしを変えてしまったと言った方がいいのだろう。絵がわかるというのは、人の気持ちがわかるということだ。その絵の作者を理解すれば、おのずと絵も理解できるというわけだ。逆に、作品からその作者の人格もみえてくる、ということにもなる。ここまで達観できれば、その絵心も一つの技(わざ)ともなり匠ともなろう。人の心を学ぶ練磨がなければ、心も豊かにならないから、曇った眼のままで鑑賞せざるを得ない。ならば、己れの内面をどう研鑚してゆくか、鑑賞力はそれにかかっている、ということになろうか。

 絵がダメだったわたしを変えた一冊の本は、小林秀雄の『近代絵画』である。当時のわたしは北陸の金沢にいて、古びた木造建ての印刷工場で働きながら住込み暮らしを続けていた。その工場の二階に自分の狭い部屋があり、わたしは汚い風貌で小説家を夢見て文学を志していたのである。室生犀星や泉鏡花のふるさとでもあり、その北国(ほっこく)の風土に触れながら、時にその『近代絵画』を手に取り、コツコツといろいろに思いあぐねていたのだった。小林秀雄の著書は、どれも文庫本で読みあさっていった。わたしの場合、ひとりの作家が好きになったら、その同じ作家の作品ばかりを続けて読んでしまうところがある。
  北陸地方では「北国」と書いたものは、なぜかみんな「ほっこく」と呼んでいる。北国書店や北國銀行などがそれである。で、それはともかく、『近代絵画』から学んだ影響は、初めにも言ったように、作品=人格という関係から、芸術作品に対する目利きというものに、あらためてその価値観を金額でなく人格の高貴さにあるとした小林秀雄の見方に、また尊敬の念を抱き頭が下がる思いを当時したように憶えている。


 オアシス

 絵を見て、人はよく「難しい」と言ったりするが、絵が難しいと思う人は、初めから絵画など見に行かないことである。イヤなものは、ただ疲れるだけである。そもそも、人はなぜ絵を見に行くかといえば、そこに心のオアシスがあるからだろう。一枚の絵を見て、立ち止まり、「ああ、いいねえ」と思えたら、その人は自分に合った心のオアシスがそこにあるのである。人それぞれに心のオアシスがあるように、オアシスが得られないような絵の鑑賞は、やめた方がいい。興味本位だけで絵を鑑賞すると、人はどうも絵に理屈をつけたがるようだ。画家は言葉で表現しきれないものを捉えて、わざわざ絵で表現しているのだから、不要な説明はしない方がいい。下手に解釈してしまうと、そこから自らの傲慢さでその絵のうつくしさを濁らせ、曇らせてしまうことにもなる。

  自分を感動させてくれる絵に、できるだけ多く出会うことが、心の鍛練ともなろう。世の中には、つまらない絵もけっこうあるから、何でもかんでも固定観念で盲目的にならないことだ。有名だからといって、すべてがいい絵であるとは一概に言えない。それを判断できる心の眼を養成することが、自らの価値観をそれぞれに構築できるのである。もし、この世の中に一枚も感動できる絵がないという人がいたら、その人は自分の人生に一度も疲れたことがない、いつも元気な人ということになる。けっして故障しない機械の歯車のような人であろう。むしろ、わたしにはその人がうらやましい。


 自然と芸術 

  大自然の風景を前にして、よく「まるで絵のような風景」と言うけれども、けっして自然が絵を真似ているわけではない。自然を描いている方が絵なのに、おかしな日本語である。けれども、絵にしたくなる風景、と言いたいのであろうから、このニュアンスが表現力のある日本語のいいところでもある。正しいだけの日本語で、なかなか芸術を表現できるものではない。詩や短歌は特にそうであろう。
 しかしながら、表現力というものは、曖昧であるということではない。常々わたしは自分に戒めていることだが、特に文章表現においては、言葉は正確に使わねばいけないし、抽象的な事柄でも正確に言いきれるようでなければ、作家ではないと思っている。

【 このページの「美術散歩」では、これまでわたしが出会って来た数多くの絵画や美術品、有名・無名の文化遺産の中から、心底印象深く感動したものをいくつか紹介してゆきたいと思っています。作品の写真は著作権法から、作品を所蔵しWeb上で公開している美術館だけを紹介しますので、そのサイトからご覧になってください。また、わたしが所蔵している絵画等はそのまま写真を掲載致しております。】

1999-2007  (2010/05/19)

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