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素浪人文士録   2007年 〜 2006年夏・冬
文・古川卓也


■ ドストエフスキーの小説『虐げられた人々』にネリーという貧しい女の子が登場する。その少女が大切にしている粗末な茶碗を自ら割ってしまうシーンがあるが、その時の感情描写が今も鮮烈に頭の中に残っている。何十年経っても脳裡から消えない描写は、ドストエフスキーの数多い作品のなかで至る所にちりばめられているが、その活きた描写にまた出会いたくて、『虐げられた人々』などは当時3回も再読してしまった。結構長編小説ではあるが、読書に耽っている時間はとても幸福感に満ちたものだった。19世紀半ばの暗いロシア社会に、清貧なロシア正教と人間群像のユーモラスを描いてゆくドストエフスキーの表現手法が、今も私はとても好きである。彼の小説の根底に流れているものが、常に心温かな人間愛を描いているからだ。今の日本社会に最も必要な心の糧であろうか。人間愛は学ばなければ身に付かないものである。恋愛感情や親孝行や家族愛にみられるような執着を指して言っている愛ではなく、人間が人間らしく生きてゆかれるための慈愛のことを言っている。慈愛を持って人に接することを、人間愛と言う。案外と難しい愛なのだ。あらゆる不正や犯罪にいつも欠けているのが、この人間愛かもしれない。徳を積まなければ慈愛は生まれて来ないが、お金を積むことしか出来ない人間は賽の河原で石を積む姿にも見える。自らの人生に何を積んでゆくかは、それぞれの自由である。

(2007/06/12)

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■ 今年の早春、TSUTAYA宇部厚南店でビデオ『歌行燈』(原作:泉鏡花/監督:成瀬巳喜男/脚本:久保田万太郎/1943年 東宝映画)を税込100円で買った。誰もこの古ぼけたレンタルビデオを借りてくれないのか、カウンターから少し離れた処分ラックに積んで中古販売していたのを、わたしは買い上げたのだった。日本映画傑作全集の1本として東宝がビデオ化したようだが、わたしのような者には千金に値するお宝となるので、この映画作品に出会えて所有できるのは誠に千載一遇の僥倖ともいえる。何度も観たくなる映画というものは、そうあるものではないので、観たくなったら、いちいちレンタルショップへ行かずに済むし、いつでも自宅で観れる幸せは、実に感無量である。映画作品そのものをまるで所有しているような満足感で、昭和18年の日本の風景も見られて、いつでも感動できるから本当に幸せだ。当時の風景のみならず、泉鏡花が生きていた時代の空気に、より近い日本文化を味わうことができるので実に貴重なフィルムとなる。現在では再現が不可能な時代なので、本当に珍重な映画である。出演に花柳章太郎と山田五十鈴ともあって、本物の映画俳優とは何か、その真髄を見せつけられたような気もした。原作の力はもちろん圧巻である。久保田万太郎の脚色がさらに光る。映画の原点とは、すなわち人生の原点ともいうべきものなのかもしれない。あらためて学ぶものも大きかったような気が今もしている。100円玉で黄金の価値をもらったようなものだ。価値観とは常に発見の連続といえる。

能の名流として聞え高い恩地源三郎の息子、喜多八(花柳章太郎)の芸道と人としての道を描いてゆく物語なわけだが、どの時代も生きるとは何か、生きてゆくために大事なものとは何かを、見つめ直す作品として映画『歌行燈』は製作構成されている。人間普遍のテーマが厳粛に横たわっている。男しか舞えない能と女が舞える仕舞、理由(わけ)あって喜多八から観阿弥・世阿弥の能『松風』を厳しく教わり修業の末ついに身に付けて仕舞で舞うお袖(山田五十鈴)、それが実は謡曲界から一度は追放された喜多八のあらゆる人生の歯車の狂いから生じた良心の呵責の代償であったわけだが、何の取得もない芸妓に身をおとしてゆくお袖こそは、自分がかつて恥をかかせて自殺に追い詰めた田舎の謡曲指南・宗山の娘であった。自分が教えたお袖の見事な舞いが映画の終盤で、喜多八に芸の道のすばらしさをあらためて惹起させる。幽玄と幻想耽美な世界に、やっと舞い戻ることができるところで映画は終る。まるで夢幻の余韻であったかのように、名残惜しさだけが心にわだかまる。喜多八のお袖への淡い恋慕なのか、いとおしくさえみえるのは、やっと喜多八が人間らしさを取り戻した表現でもあるのだろう。名優とは、名作があればこそ名優と呼ぶにふさわしいにきっと違いない。

(2006/09/22)

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■ いつからとなく「ハンカチ王子」と呼ばれるようになっていた早稲田実業の斎藤佑樹投手への熱烈ファンの過熱ぶりは、日本国内でも日に日に増していた。東京都内だけのことではなく、甲子園での高校野球ファンなら誰もが今夏の決勝戦延長15回引き分け、そして再試合の激闘には、大いに釘付けとなったに違いない。その決勝対戦相手は、夏大会3連覇をかけた、150キロの速球と130キロ代の高速スライダーが持ち味の田中将大投手率いる駒大苫小牧、二人の熱投対決を軸にした熱闘の決勝戦が2回も観られるとあって、その戦いぶりは球史に残る試合となった。第88回全国高校野球選手権大会、夏の甲子園は、感動と歓喜とピュアな気持ちを久々に思い起こさせてくれた実に美しい大会だった。

早実の斎藤投手が初めてわたしの眼に止まった試合は、大阪桐蔭との試合だった。斎藤投手を率いる早実は、いずれベスト4までは確実に勝ち上がって来ると確信して、大阪桐蔭戦の時からわたしはひそかに早実を応援するようになっていた。わたしの山口県の南陽工業はすでに初戦で駒大苫小牧に5対3で惜敗していたので、甲子園はどこを応援するわけでもなく、ただ楽しく時々TV観戦していただけだったのである。そして、注目の大阪桐蔭がテレビに出て来たので、わたしもつい昨年夏のベスト4にまで登り詰めた大阪桐蔭の辻内投手と宇部商の好永投手との対決を夢見ながら、その時は、結果、両校敗退してしまい夢は実現しなかったわけだが、そんな昨年の夏の大会を思い出しながら、静かに今夏の大阪桐蔭を楽しみにして見守っていたわけである。ところが、予想もしていなかった出来事が起こり、その大阪桐蔭を滅多打ちにし、大阪桐蔭の打撃をわずかに2点に抑えた早実チームに唖然となってしまったのだ。それも11対2で早実が大阪桐蔭を下してしまったのだった。

早実の打撃力というよりも、ピッチャーに注目し始めたのだった。あらためて斎藤投手の投球フォームをわたしは毎回じっと観察し続けていたわけだが、140キロ代の速球を淡々と投げ続けられる本格派ピッチャーにして、スライダーが気持ちいいほど決まってしまう毎回見られる奪三振。その時だった。隣りでTV観戦していた家内が「ねえ、ピッチャーってハンカチで汗を拭くの?」と妙な事を訊くので、わたしは「何だって。そりゃ汗くらい拭くだろう」と言ったものの、別段何にも気にしなかった。また家内が「ねえ、ハンカチで顔を拭いてるってば、見て見て」としつこく言うので、「汗を拭くくらいどうってことないだろう」とわたしは言いつつも、「いや、ハンカチで顔を拭くピッチャーって、そういえば、あんまり見かけたことはないよねえ。もしかして、珍しいかも」と言った。家内は「きれいに折ったハンカチで、上品な拭き方じゃない」と言うので、わたしもあらためてしげしげと眺めてみた。確かに上品な拭き方だった。今度は意識的に、その水色のような青いハンカチで顔を拭く時は、その都度ゆっくりと観察することにした。「ねえ、拭いた拭いた、見て見て、かわいいってば」と家内が言うので、パソコンとテレビとで仕事が急に忙しくなってしまった。わたしも「拭いてる拭いてる。なるほど、これって、滅多に見ない光景だよな。品のいいお坊ちゃまだと思うよ。育ちが違うんだろうなあ。早稲田だもんね」と言いながら、早実の野球がますます好きになってしまったのだった。早実が母校でもある、入院中の王監督の一刻も早い回復をも願って、わたしは早実の残りの全試合は仕事を中断して、すべて見せてもらったのだった。

早実はその後、福井商を7対1で、日大山形を5対2で勝ち、鹿児島工業とは5対0で完封し、ついに決勝を迎える時には、わたしはすっかり早実の熱烈な一ファンとなり、決勝の対戦相手が駒大苫小牧とわかって、わたし自身も臨戦態勢で迎えていた。駒大苫小牧には3連覇させたくない気持ちで一杯だった。駒苫は夏大会で2連覇したのだから、まだ夏の優勝がない早実にはどうしても勝って欲しかった。早実は第1回全国高校野球選手権大会から参加して実に88回目の挑戦であった。3連覇は贅沢、初優勝を狙う早実にこそ頑張って欲しかった。別に駒大苫小牧に恨みがあるわけではない。今夏、最も理想とする対戦相手にふさわしいと思っていたからだ。駒苫に勝ってこそ、全国の覇者として、王者であって欲しいと願っていたのである。駒苫の田中将大投手に打ち勝ち、4番本間篤史を真っ正面からストレートでもスライダーでも空振りさせて欲しかったのである。そして、それがついに本当に理想的な戦いぶりで決着した時、わたしも深く感動したのだった。正々堂々と両チームが互角の戦いをしてゆく姿に緊迫しながら感極まったのだった。1対1のまま決勝戦延長15回で引き分け、再試合も4対3という劇的な攻防が9回表まで続いた好ゲームだった。両投手戦の死闘は球史に残る美しい高校野球として記憶されるであろう。夏の甲子園初優勝を果たした早実の斎藤投手は試合後のクールダウンで涙を流し、一方の、最後に斎藤のストレートで空振り三振となってついにゲームセットとなった駒苫の田中投手は、斎藤に笑顔を浮かべながら「おめでとう!」と無言のエールを送っていたように見えた。二人の投手の立ち居振舞いが、実に見事であった。最高にして最大のライバル同士が、最も美しいフレンドリーな花を咲かせて夏の甲子園球場を後にしたのだった。

(2006/08/28)

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■ WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)初代チャンピオンに日本が王者に輝く。王監督率いる日本チームが世界一となった。決勝戦相手のキューバの監督や選手たちが言っていた「お金のためではなく、国を愛する愛のために戦った」という言葉に、純粋なスポーツ魂が象徴として現れていたが、この言葉からは単純にみえて単純でないものが敷衍して来る。まさに日本チームもお金のためではなく、日の丸ニッポンを背負って一丸となって、波乱激闘の末に漕ぎ着けた勝利の旗であった。大リーグを当てにしない日本野球の底力でもぎ取った美しい勝利だった。王監督の采配も見事だったし、選手一人一人がまるで甲子園の高校野球を想わせるくらいに真剣で一生懸命だったのが印象深い。おそらく、自分たちがプロ野球の選手であることも忘れて試合に臨んでいたのではあるまいか。

準決勝での3度目の韓国戦で、松中の二塁打が出た時の松中が必死に二塁にヘッドスライディングして二塁ベースを思い切り叩いたあの姿は、日本の攻撃に突如気合が入り、まさにあの瞬間から日本チームが豹変してゆく始まりとなったのだった。王監督の采配も的中して代打に不調福留を起用しての2ランホームランを産み、それから一気呵成に怒涛の勢いは止まらず、韓国を6対0で制し、ついに決勝戦へと登り詰めたのだった。決勝キューバ戦では5点差の勝ちと守り姿勢を意識してか守備の堅い川崎が珍しくエラーを続けてしまい、気が付けば終盤キューバに1点差に迫られ、だが、そこからがイチローと、またしても満塁での代打福留の2点タイムリー、小笠原の犠牲フライで駄目押し1点を日本は追加し、その9回裏のキューバ攻撃も大塚に抑えられて、結局10対6で日本は突き放したまま勝ったのだった。

あらためて、やっばり野球は面白いと思う。大リーグの寄せ集めの国は決勝戦におらず、3回韓国と戦って2回負けてしまった日本がなぜか決勝戦に残り、アメリカに勝っても準決勝にゆけなかったメキシコのおかげで失点率とやらのルールで準決勝に進んだ幸運な日本、何回ビデオで再現してみても明らかな誤審の判定にもかかわらず日本対アメリカ戦ではアメリカが勝つようになっている仕組みとアメリカ贔屓とするアメリカ人の主審がそこにいる不純な裏取り引きを匂わす黒い疑惑で、そんな不純な環境にもめげずに実力で世界一となった日本は、やはり偉い! そして、スゴイ! キューバもあの同一人物による疑惑の判定で誤審を受けたが、ホームランだったはずのボールに黄色いポールのペンキの不着が何よりの証拠であっても、アメリカ人の塁審が判定するものは絶対的に正しいとかで、こんな野蛮ともいえるアメリカ人審判が許されて、よくよく眺めれば審判はほとんどがアメリカ人のようなWBCって、いったい何だったのだろうか。もともとが大リーグの御膳立てによるものだったにせよ、主催者側に巧妙な収益をもたらすような緻密な計略や胡散臭い背景があったにせよ無かったにせよ、主催者側にまったく予期できなかったであろうWBC初代王者日本の栄光には、それでも限りなく純粋だった選手たちのスポーツ魂が鮮やかに宿っていたことには間違いない。日本もキューバも世界一ピュアな試合をしたのであって、われわれに深い感動を与えてくれたことは、日本の野球史に残る貴重なWBCの記録となる。

マリナーズのイチローとレンジャーズの大塚がいたことで、日本チームはむしろ日本カラーの伝統野球の形を世界にアピールしたのではあるまいか。文字通り日本選手たちは世界一すばらしかった。個人個人が強かったと言うよりも、チームワークが世界一になった瞬間でもある。たとえそこに松井秀喜がいなくても、王監督が率いる王ジャパンであれば、世界一の精鋭チームが誕生するということが、また実にすばらしいのである。自分の国を愛する愛のために戦った、というキューバの純真な言葉はあらためて重い。自分の国を愛せない選手が一人でもいたとしたら、そこには勝利はなかったかもしれない。個人技よりも何よりも、自分の国を愛し、最も熱烈に燃えてそれを表現し意志表示して行動していたイチローは、本当の意味でも世界一流選手のイチローといえる。そのイチローが仲間全員を本当にすばらしいと褒めちぎって称讃したとき、王監督も表彰後の祝杯で同じことを言ってのける。「諸君はすばらしい!」と。「今日は思いっきりやろうぜ」と言って、全員シャンペンを浴びる姿には歓喜の渦にのまれ誰もが感極まっていた。いずれにしても、日本野球が世界一となったことに、われわれ日本国民はまた一つ偉大なる誇りを持つことになったのである。

(2006/03/22)

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■ 【荒川静香選手補記】  荒川静香選手のインタビューを拝見していると、彼女の聡明さと律々しさが特に際立ってみえる。聡明さと律々しさが目立つという点では、男子金メダリストのプルシェンコも同じである。荒川選手には演技技術だけでなく、あらゆる葛藤に向かって打ち勝って来た王者の顔をしている。よほど苦しい修羅場を克服して来たような、強靭な精神力に支えられているようにもみえる。「ただスケートが好きだから」といったようなものではなく、スケートが好きだけで、ここまでなれるものではない。誰も知らないような苦闘の日々も数多くあるに違いない。荒川選手が小坂憲次文部科学大臣の所へトリノ五輪の報告の挨拶をしに行った時は、彼女の深い孤独が可哀相なほど如実に表れていた。彼女の基礎をつくりあげて来た宮城のスケート場が本年閉鎖に決まった問題だけでなく、彼女の実力を、コーエンとスルツカヤの2人がコケてくれたおかげで1位になれたと言った小坂大臣の言葉には、思わず荒川選手の顔に何とも苦渋に充ちた表情が一瞬漂っていたわけだが、その意味を今も小坂大臣には理解できないだろうから、ここでわたしなりに説明しておく。

もし2人がコケなかったら、荒川選手は3位にでもなっていたとでも言いたいのだろうか。2人がコケなかったら荒川選手の評価はライバル2人よりも低いとでも言いたいのだろうか。あるいは、ライバル2人が是非コケてくれて荒川選手の金を確実にしたかった、という愛国心の思いからふっと軽く言っただけのことなのか。小坂大臣の言葉はこうだ。「人の不幸を喜んじゃいけないが、ロシア選手がコケた時は喜びましたね」となるが、確かにコケてくれたことは日本人感情としてもごく自然な気持ちだったかもしれない。だが、競技者の荒川選手の立場からすれば、そんなコケたことで1位になったと言われることがどんなに屈辱的な言葉であるか、彼女には大変失礼な言動となる。それを当人の面前で言うのは、まるで正々堂々と勝ったわけではないような物の言い方ともなるし、金メダルの価値を貶める評価ともなる。荒川選手のスケート人生は、そんな低級なものではないことが日々明らかに報道され続けているが、小坂大臣は荒川選手の血と汗と涙の結晶であるスケート靴の垢でも煎じて飲んで出直して来るべし。

今回の荒川選手の目玉は、何と言っても演技全体の優美さにある。フリーの技術点の高い得点としては、演技後半で見せた技術点なしの美しいイナバウアーから続く「3回転サルコー/2回転トーループ/2回転ループ」のコンビネーションが8.57という最も高い評価点を得ている。Y字形スパイラルで手を放して滑るところも特徴的な個性を得ている。本来のスルツカヤとコーエンが出来る技術ポイントの演技項目を比較するならば、荒川にはすべてが出来ているわけで両者に何ら引けを取らない。それどころか、品格の高い滑る優雅さまで荒川には加味されているのだ。あのまばゆいまでのなめらかな姿態のあでやかさと優美さには、世界の観衆が思わず釘付けとなったのではなかろうか。こんなにもフィギュアスケートが華麗で人に感動を与えるものなのか、多くの人々が再認識したことだろう。小さな子供が観ても、誰が観ても、その美しさに惹かれたであろう。高得点だけが競技ではない、彼女自身の望むところの「最高の演技」にして最高の舞台で舞うように滑れた荒川選手の今回のトリノオリンピックでの活躍は、日本のまったく新しい次元のフィギュアスケート界の大きな史上初の快挙だけでなく、閉塞がちな日本のスケートスポーツ施設環境を問う政治責任へも発展して来たのはいいことでもある。税金の無駄遣いをなくし、国民にもっと夢を持たせるべきであろう。荒川静香選手の夢は、最高の演技をアイスショーなどで多くの人達に観てもらいたいとのことで、一緒に楽しい時間を共有して欲しい、という姿勢は、本当に人間としても立派で、頭の下がる思いがする。そんな荒川静香は金メダリストとして、まさに今最もふさわしい選手なのである。

(2006/03/06)

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■ トリノオリンピックが終ってしまった。フィギュアスケート女子シングルで、アジアの舞姫が、世界一となった。日本の荒川静香が世界で最も美しい舞姫として輝いた。華麗で優雅なすべりを堂々と見せてくれた。ショートプログラム、フリー、エキシビションは世界中に深い感動を与えてくれたのではなかろうか。氷上の舞姫が演ずるのは、プッチーニの遺作歌劇『トゥーランドット』。冷酷な中国の王女トゥーランドット姫と、ダッタンの元国王で放浪の身であるティムール、その息子である王子カラフは、北京の広場で美貌のトゥーランドット姫に一目惚れしてしまう物語だ。ティムールに仕える女奴隷リューは、そんなカラフの恋の情熱に翻弄されて、最後は自らの命を短剣で刺し自殺してしまう過酷な歌劇だ。

トゥーランドット姫の花婿となるには、王家の血筋をひいた者で、姫が与える3つの謎解きをしなければならない。もし、その謎解きに答えられなかった場合は、斬首の刑に処せられると布告。リューはカラフをそんな残忍な刑に遭わせないために、アリア「王子様お聞きください」を歌うけれども、カラフはアリア「泣くなリュー」を歌って、その謎解きへ挑むことに。これが第一幕。そして第二幕では、トゥーランドット姫がアリア「この宮殿では」を歌って3つの謎を与えることに。しかし、カラフはすべての謎を解いてしまう。にもかかわらず、冷淡な姫は彼の妻となることを拒む。そこでカラフは姫に、夜明けまでに私が一体誰なのか名前が判ったら、あなたに命を捧げましょう、と言うのだ。これが第二幕。

そして、いよいよ第三幕は始まる。トゥーランドット姫はこの見知らぬ王子の名前を夜明けまでに判るよう探させて、誰も寝てはならぬと命ずる。カラフはアリア「誰も寝てはならぬ」を歌う。そんなカラフのそばにいたティムール元国王と召使いリューを怪しく思った官吏は、白状するようにこの二人に拷問を与えることに。だが、二人は口を割らず、リューはトゥーランドット姫の前でアリア「氷のように冷たいあなた」を歌って、哀れにも短剣で自害してしまう。この「リューの死」の場面を作曲したところで、プッチーニは死んでいる。アルファーノが後にこのオペラを完成することに。女奴隷リューの死をプッチーニはどんな想いで描いていたのだろうか。人徳の篤いリューと、残酷にして冷酷無比の気高い王女トゥーランドット姫の対比は、実にユニークなオペラともなっている。北京の宮殿と大広場を背景に、壮大な管弦楽と大合唱に包まれる歌劇『トゥーランドット』は、プッチーニ畢生の大作として確立されている。

舞台では死んでしまったリューを運び出し、そしてオペラは続く。群集も去り、舞台ではひっそりと冷酷な姫とカラフが居残る。カラフはなおも恋に溺れた勢いでトゥーランドット姫に近づき、ついに姫のその唇に自らの唇を重ねてしまう。姫の唇が奪われ、カラフの接吻により突然彼女は涙ぐんでゆく。初めて人の愛に目覚めたトゥーランドット姫に、カラフは自分がティムール王の王子であることを告白する。そして、宮殿前の広場で姫は見知らぬ若者の名前を勝ち誇っように叫ぶのだ。「その人の名は愛」であると。すると舞台の周囲から歓喜の祝福と大合唱に包まれることに。壮大なオペラは大きな歓声のなか、やがて幕は降りてゆく。そんなおよそ2時間にわたる歌劇『トゥーランドット』の余韻を、わずか4分余りのフィギュアスケートに託し、壮大なオペラ音楽『トゥーランドット』を取り入れて、見事に銀盤の舞いをすべり終えた荒川静香は、氷上の舞いを何のミスもなく結集させて堂々と偉業を成し遂げていた。ここまで美しい日本人選手の優雅なフリー演技は、わたしはいまだ見たことがない。未明から早朝のTV中継で、解説の佐藤有香さんが「空気をしなやかにした」という言葉が、今も実に印象的に耳に残る。まさにそんなあでやかな華麗な荒川静香選手の演技であった。テクニカルエレメンツもプログラムコンポーネンツも最高の得点で輝いていた。

フィギュアスケートはお金のかかるスポーツだと言われる。世界の貧困な民衆の眼には贅沢なオリンピックと映るだろう。自分が生まれて来た国によって、その人の人生も左右される。世界には戦火しか知らない子供たちもいるだろう。レジスタンスをテロと勝手に名付けられ、宗派の違いによって殺戮と憎悪と復讐を神にさえ委ねてしまう民族の教育は、確かに空恐ろしい不幸なことといえる。誰のせいにしたくはない。人間は誰もがそれぞれに運命を背負って生まれて来ている。わたしは言いたい。荒川静香選手が一スポーツ競技の葛藤のなかで、今回成し遂げてくれた金メダルの功績は、その彼女の類い稀な才能だけでなく、現在も彼女自身がこだわり続けている「勝敗よりも心に残る演技」「人に魅せられるような演技」というものに、わたしは素直に拍手喝采したい。親からもらった43万円もするダイヤモンドのピアスを付けて演技した荒川静香であるが、トゥーランドット姫の王女を物語る壮大なオペラには、最低そのくらいの宝飾も必要だろう。荒川静香自身が世界一の銀盤の舞姫として女王となったのだから、そのピアスに何ら遜色はあるまい。瞳の澄みきった彼女の眼差しは、美人でありながら純粋にして人間讃歌の証しといえる。身分を超えて世界中が彼女の舞いを観れば、きっと誰もが感動の涙を流すことだろう。ここまで日本のフィギュアスケートを高めてくれた彼女の偉業に、われわれ日本人は世界に向けて大いに誇りを持つべきであろう。

(2006/03/02)

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■ トリノオリンピックが始まっている。オリンピックをテレビで観ることは、わたしにとってささやかな楽しみだ。人間には誰しもささやかな楽しみがあるから、日々何とか生きてもゆける。冬季オリンピックの美しいアスリートたちは、みんな誰もが輝いてみえる。スポーツ選手はわれわれにいろんなものを投げかけてくれる。勝利することの難しさ、あっと驚くような華麗なワザ、熾烈な闘いもあれば、危険に満ちた事へもチャレンジする姿は、人間が生きていることの何よりの証しであり、美しい人間讃歌でもある。競技の一つ一つに細かなルールが年々うるさくなって来ているようだが、ルールがあるから競技も公平となる。新しいルールにもアスリートたちは勝ってゆかなければならない。たとえそれがどんなルールであってもだ。そして、アスリートたちはそのルールに対して決して不服を洩らさないところが実に偉い。観戦する者とはそこが異なる。その世界で生きている者と、その世界の外で生きている者との違いがそこにはある。

人間はそれぞれに生きている世界で、実像と仮想とを持ち合わせている。仮想は虚像ではない。仮想はその人自身の心象風景ともいえる。この頃、昨今の事件で生きている世界に、よく実業と虚業という二つの言葉を用いるようになっているが、実業が正しくて虚業が悪いという烙印を押されてしまっているけれども、悪い実業というのも存在しているので、勘違いはしたくないものだ。悪徳商法に霊感商法、詐欺行為に偽物ブランド販売、世の中には呆れるほどいろんな商売がある。人間の腎臓を売る者もいれば、買う者もいるというから、カタギの世界で生きている者にとってはびっくりだ。何が実業で何が虚業なのか、という視点よりも、わたしは常々中原中也が日記のなかで言っていた「人間の仕事をしたい」という言葉が、いまだに脳裡から消えないでいるが、中也の詩に対する魂には、生活してゆくための生業にならない詩人の宿命を承知の上で「詩」という人間の仕事をあえて選択した覚悟というものがあって、わたしなどはその姿勢に大変敬服を抱いてはいるのだ。ああ、人間の仕事をしたい、か、簡単に思えて意外と難しいことではある。あらためて人間の仕事とは何かを思い直してみるのも、普遍的な意味合いも込めて、今の時代にはとても必要な気がしている。

(2006/02/14)

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■ 先日来からホリエモンについて何か書こうかなと思っていたのだが、やっぱり書くものがない。情熱が湧いて来ないというか、わたしを惹きつけるネタが何も見つからない。金儲けとか時代の寵児とか成功者とか勝ち組とか億万長者とかヒルズ族だとか、全然興味がないものだから、無理して書こうとしても、わたしのペンを奮い立たせるようなネタがなくて困ってしまう。人格にしか興味が湧かないもんだから、たとえ逮捕されても、惹きつけられるようなキラリと光る人格でもあれば、拘留中の今も何かきっと深く書いたと思う。

自分の人生に影響を与えてくれそうな人には眼が向くというか、わたしの場合、理科系の人間が突如、二十歳で文科系に転向してしまって、作家を志すようになってから、この気持ちは今もあまり変わらないから不思議。もう53歳になっちゃってるから、いまさら作家を志すも何もないわけだけれども、はっきり言えることは、そんな今のわたしは素浪人のような文士になっていることだけは確かだ。そんな素浪人文士の眼に、ホリエモンは、どこにも惹かれるものが最初からどうしても見つからない。それでも以前、少しだけこのWebのどこかにホリエモンのことを書いたことがある。しかし、どこに書いていたのか判らなかったので、GoogleとYahoo!の検索エンジンで「フルカワエレクトロン ホリエモン」とキーワードを入力してキャッシュで確認してみたら、すぐに2箇所ほど見つかった。日記『プリズム』「今週のキーワード」だった。昨年2005年の4月に書いていた。その時も、ホリエモンについて書くものがない理由が述べてあって、やはり今と一緒だった。

ライブドアに強制捜査が入ってホリエモンが逮捕されるという事態が起こる以前も、逮捕された後も、たとえ悪事を働いて化けの皮が剥がれようが、あるいはヒーローのメッキが剥がれようが、文士がいつも視ているところはどうも世間が見ているところとは違って、いくつもの眼で視ているということになろうか。三島由紀夫が生前に雑誌社か誰かにインタビューを受けて、「いま最も欲しいものは何ですか?」と訊かれて、「もう一つの眼」と答えた話しが彼の対談集に書かれていたかと思うが、文士とりわけ小説家はいろんな登場人物を作品の上で書かなければならないので、いろんな角度やいろんな人物の立場からものをみなければならない幾つもの眼が必要となる。つまりはそういう性質の眼を、文士は備えているということだ。その眼で、ホリエモンに惹きつけられる要素が、少なくともわたしにはないのである。過去に一つでも何か感動していれば、逮捕されたホリエモンを必ず描くか書くかすると思うが、かりにノンフィクションの視点から構成して書き綴るにしても、生き方として大義があまりに浮薄すぎて陳腐である。ライブドア事件関連で死者が出てもだ。人間的大義のないものには、文士の心は何も傾かない。伊藤博文を暗殺した安重根(アン・ジュングン)のような、わかりやすい大義がせめて欲しいところである。

ついでに、小学生や中学生や大学生たちに素浪人文士から警告しておく。「勝ち組」を人生の目標にしてはいけない。「負け組」にされてしまった人々を見下すようになり、その心がやがて自分のまわりに多くの敵を作ることになる。その人間構図を文学の世界では腐敗という。弱きを助け、強きを挫く人を、文学の世界ではヒーローという。今の日本社会は、強い者が自分よりも弱い者を、幼い子どもたちを、平気で殺し続けている。それを裏返すと、まるで闇の「負け組」が光の「勝ち組」に復讐しているかのようだ。生かされて、生きていること自体が実にすばらしいのだから、互いに生きてゆく道を敬うことが人生で何よりなのだ。今の競争社会のあり方は間違っているから、こんなおかしな世の中になってしまったのだろう。強い心、やさしい心をいつまでも決して忘れないでね。

(2006/02/6)

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■ 今東光といえば、昔テレビ番組で世相を斬る番組があって、よく今東光はその番組でバッサリと悪事を斬っていた。ダメなものはダメで、そのダメであることを言い切る勇気が他の公人にいないものだから、彼にその損な役回りが来て白羽の矢が立ちバッサバッサと斬らされていたわけだ。というか、すぐれた作家にしか斬ることが出来なかったのだと思う。本当の作家というものは、利害関係などの背負うものがないので、生きてゆく上で潔い覚悟を持っているから、ある意味では恐い存在にもみえる。捨身飼虎の側面を持っているのだ。まあ、現在では考えられないくらいに保身に徹する現代作家が実に多いが、わたしの見渡すかぎり、生前の今東光のような勇気と覚悟を持った本当の作家はわずかしかいないだろう。本音を堂々と言える作家が少なくなったというよりも、昔気質の颯爽とした文豪がいなくなってしまったということだろう。

『吉原哀歓』は今東光の珠玉のエロスだが、そこには実に悲しい時代背景と実に美しい人情が描かれている。悲しいうらびれた風俗の時代であるがゆえに、愛情のこもった哀切さに満ち溢れている。男と女の原形だけでなく、人間の強さ弱さも克明に美しく描かれている。人を愛するお手本がそこにはある。その当時でなければ決して生まれることがない人情本の作品だ。人間はどんなに過酷な社会であっても、人情とか深い愛情さえあれば、お互いに助け合って幸福に生きてゆける証しが、この作品には凛と説かれているのだ。現在のような飽食の日本社会では、なかなか理解しがたい過去のものではあるが、人間として決して見失ってはならないもの、忘れてはならないものが、今日の日本社会には置き去りにされていることがあらためてよくわかる。

ところで、「靖国参拝」とは何か。立原正秋が生前に面白いことを言っていた。「神社には碌なものはない。しかし、寺には経典がある」と。神社には確かに教義というものがない。こじつけた日本神道が平田篤胤らによって讃美されているものの、そこに人間としての叡智は見出せない。王政復古と明治維新によって廃仏棄釈に見舞われた日本は、それまで根付いていた1200年間もの永きにわたる神仏混淆の融和文化を唾棄して、神仏分離を行い多くの仏教文化を自ら破壊してしまったのである。残された仏教文化は明治・大正・昭和を経て、平成の今日どうなっているか。アンコール・ワットがカンボジアだけの遺産ではないように世界遺産であり、日本の残された仏教文化も世界の遺産であることは言うに及ばない。8世紀に登場する宇佐八幡の歴史は神仏混淆の融和文化として立派な神社ではあるけれども、やはりそこに教義や人間の英知のようなものは見出せない。日本神話が祀られているだけだ。『古事記』祝詞の他に何もない。実際に大分県の宇佐八幡の広大な境内を訪ねてみたことがあるが、建築にも庭園にも教義に結びつくものは何もなく、大木の樹林だけは威厳があるように見えた。日本神道とは日本の純粋種を求めた国学かもしれないが、人が生きるための真理よりも、大衆を操る神の捏造が無造作に露呈する。

国家建設と神事が古代の政治とするなら、現代は、靖国詣で御神体が英霊にすりかわり、国粋主義讃美論の亡霊や魑魅魍魎の徘徊するドタバタ国会の演劇をわれわれ国民は毎日のように鑑賞させられている、という有様になろうか。柱時計の振り子のような丸い金属の神社の御神体があまりに説得力に欠けてしまうので、いつしか英霊が居座ってしまったようだ。当時の日本政府は何百万人もの国民の命を犠牲にして自らの侵略戦争に巻き込んでおきながら、また植民地政策によって何百万人もの中国人や朝鮮人たちを傷つけ虐殺虐待しておきながら、今なお自国に都合のいい英霊と祖国忠誠心を再び国民に植え付けようとしている平和と愛国欺瞞の「靖国参拝」は、「教科書問題」と同じで単に史実を歪曲したいようだ。つまり歴史学的にも考証文献的にも、学問的ではないと言える。学問的でないとすると、その欺瞞の根底には、何か別の企てでもあるのだろう。いかなる謀かはいろいろと憶測もできるが、政治という怪物にあまり文士は手出しをしてはいけない、と言っていた小林秀雄の警告もあるから、これ以上はしゃべるまい。小林秀雄の遺作ともいうべきか『本居宣長』で、彼はひょっしたなら今日の未来をすでに言い当てていたのかもしれない。批評家の鋭い直感で国学への道と危ない国粋讃美論の陥穽に警鐘を鳴らしていたかもしれない。そこに「もののあはれ」が思惑としてひそんでいたとも受け取れる。

(2006/02/02)

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■ この頃ふっと言葉に飢えた自分をよく感じることがある。久しく読書していないのが原因であろう。今東光であったか、谷崎潤一郎のことをこんなふうに感心していたと思うが、「谷崎という男は、彼の部屋にいつ遊びに行っても、本というものがない。何もない簡素な畳の書斎にあるものは、ペンと原稿用紙を几帳面にひろげた和机だけだ。あの大文豪にして、本一冊見当たらない書斎は、絶対どこかに本を隠しているに違いない。そう思った私は押入れなんぞをこっそりといろいろ探してみたが、やっぱりダメだった。偉い文豪というものは、本など持っていないのだろう。しかし、あの恐ろしいほどまでに身に付いた言葉と知識の豊かさは、きっと人知れず地道な努力の賜があったに違いない」、そんなようなことを言っていたと思う。若い一時期わたしはそんな谷崎文学にのめり込んでいった時期があって、言葉の美しさ、表現の美しさに深く魅了されて、作品のなかの言葉や文章の一節、文章の流れなどをひたすらノートに書き写していた。20代後半の5年間くらいは、自分の原稿も谷崎の影響からすべて旧漢字と旧ひらがなでヘボ小説を書いていて、どこにも投稿していない当時の400字詰原稿用紙が今も本棚の片隅に1000枚以上は眠ったままとなっているが、書いていた時の空想ドラマは本当に楽しかった。当時は京都暮らしであったから、先斗町の芸妓が実際に火事で亡くなった時に書いた題材の小説などは、確か500枚くらいの作品になっていたと思う。

さて、何の文才もないままに過ごした京都の地に残っているのは、そんな思い出ばかりだが、日本語の美しさに惹かれ、金儲けのことをすっかり忘れてしまった自分が、いつか30歳になり、40歳になり、気が付けば44歳でリストラされていたことに気が付き、知らぬ間にその半年後には起業していたわけだが、起業というより単なる自営業を始めていたのは不思議な気もする。しかし、肩書こそ違ってはみえるが、電子部品販売の仕事に携わって来て、ちょうど20年目になるけれども、一方で今も捨て切れていないのは、やはり言葉の世界というか、日本語の魅力というか、文を書くのが好きということである。今はもっぱらパソコン入力になってしまっているが、電子部品販売のネットショップがこうして「素浪人文士録」を自由に書いて人に見られていると思うと、いささかながら無頼な文士が文筆の大道を傍若無人に徘徊しているようで、小気味よいのは正直な気持ちではある。自分が築き上げたネットショップなのだから、せめてこんな幸せもあってもいいのではないかと考える。言葉を書く幸せ、作品を創る幸せ、たとえそれがヘボ小説であってもだ。ただ、書くことに対して一つだけわたしは自分に戒めていることがある。それは、正確な言葉と文章でなければならないこと。熟慮に熟慮を重ねて、どうでもいいことは、三文文士とはいえ、決して書いてはならないということ。つまらないこだわりやテーマは書いてはならないということ。文士は読者が面白いと感じるのではないかと思えそうなものしか書かないこと、余計なものは書いてはいけないということ。ぎりぎりのところで、余分なものを削ったところで一気呵成に書くということである。

特に最近ひどいと思うのは、こんなわたしのような文士でも、その言葉には思慮が足りないのではないか、と思うことがしばしばある。そして、そんな思慮に足りない言葉を発する人には、どうやら言葉の貧困が心の貧困とも比例していることがよくわかる。文学的な言葉遣いだけではダメで、社会的な言葉も必要だし、理数的な言葉や科学的な言葉も必要だし、幅広い生態系の視野から情報工学的な分野まで、非常に豊かな視野と認識まで多岐に渡る言葉が豊饒であればあるほど、物の見方や倫理観も変わって来るから、人生は誰もが勉強の連続でもあるだろう。他人の理解や人間関係に至るまで、確かに複雑系の要素はあるだろうが、時代に沿うて人間の価値観も変遷して来るから仕方がないともいえる。わたしなりに簡単な例で言うと、よく「勝ち組と負け組」という言葉が経済指標の格差としてしばしば当然のように昨今使われているが、この齢になったわたしのような文士の眼には、誠に滑稽と映るのだ。企業間格差であれ経済的個人格差であれ、どこの企業が淘汰されようが、個人が誰に勝とうが負けようが、人生と現実を金と打算でしか判断しない生き物がそこに生息しているだけのこと。わたしには化け物とみえる。それとは逆に、ささやかながらも相手を思い遣られるような、心の温かみが持てるような、ごく平凡な人間であるなら、それだけで充分な人間なのだから、そんな人間に初めから勝敗などは存在していない。しかし、意外とそのような人間になれるのも決して簡単なことではないのが、今の日本の競争社会なのかもしれない。谷崎潤一郎の『少将滋幹の母』をもう一度読んでみたいものである。ひらがな美文体の結晶がちりばめられたこの物語に絶句したわたしは、いま自分が日本人として生まれて来たことにとても幸福を感じてしまうのだ。

(2006/01/31)

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