こちらのページは昨年の今頃から書いていた過去の記事で、とっても恥ずかしいような内容となっています。全然キーワードになっていませんが、書くことが好きな性分なので、消さずにしておこうと思います。「ああ、昨年はこういうこともあったな」と、人の日記程度に判断されて見過ごしてください。電子部品の世界から懸け離れてしまっていますが、聞き流して頂ければ幸いです。昨年は昨年、今年は今年で、さらに自分を変化させてゆきたいと思います。いつの間にかホリエモンという呼称がビジネス成功者の固有名詞のようになっていますが、ライブドアの若き堀江社長がこの4月にNHKの討論番組に出られたことにより、「なんだ、ただの青年社長か」と判ってしまったので、人というものは、あまりベラベラしゃべると損をするかもしれませんね。わたしのような文士は人を観察するのも仕事となってしまいますから、相手がしゃべるだけで、つい人格までみえてしまいます。一つの骨董茶碗を観ても、作陶家の人格までみえてしまいます。放送番組で人格までみえてしまうような言動や挙措は、本当は慎むべきなのでしょうが、それもまたその人の表現や主張なので、個性と捉えるといいのかもしれませんね。
わたしが興味深いのは、ビジネス成功者よりも人格者なので、この人がどのくらいお金を持っているとか、持っていないとか、そんなことよりも人間として、「あなたにとって最も大切なものは何ですか?」と聞かれた場合、「お金です」とか、「命です」とか、「家族です」とかの返事よりも、「人ありて我あり」と思っているわたしなどは、「人です」と答えてしまうのですが、人の気持ち、人の立場が理解できてこそ、社会も成り立つよう気がするのですが、いくばくもない残りの人生をいろいろと迷い続けるのも、すべての人間の試練なのでしょうねえ。いかなる人の人生にも輝きが必ずあるので、老いてなお人生はあきらめてはいけませんね。成功や不成功でなくて、生きてゆく心をあきらめないということですよね。これで、ここのページ「今週のキーワード」は終了とさせて頂きます。拙文を最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
(2005/04/06)
◇今週のキーワード 2004年 4月30日〜8月23日
◆栄光と挫折 ジャパン 格付け オリンピック 夏休み(4) 夏休み(3) 夏休み(2) 夏休み(1)
◆レイチェル 個性 ロイヤル バーチャル 生きがい 再会 ラスト
サムライ 道 ブランド |
- 8月23日(月) 【栄光と挫折】 アテネオリンピック2004では強烈に日本のイメージをレベルアップしているかに見える勢いである。特に柔道では日本史上最多の金メダル8個、銀メダル2個を獲得している。競泳でも金メダル3個、銀メダル1個、銅メダル4個を獲得した。平泳ぎ100m、200mの北島康介の二冠の金も日本史上初だが、女子自由形800mでの柴田亜衣の金というのは、女子自由形でメダルを獲ったのは日本史上初である。しかも金であるから凄い歴史を作ったことになる。さらに驚いたのは、1976年モントリオール以来28年ぶりに獲得した体操男子団体総合の金メダルである。男子のアーチェリーや自転車チームスプリントやセーリングなどでも日本史上初のメダル獲得快挙を成し遂げている。オリンピック前半戦だけでも、これだけのメダル数は素晴らしい勢いと言える。そんな勢いに乗ったさなか、明暗を分けた闘いのドラマで非常に印象深く残るのは、何と言っても柔道100kg級の世界王者・井上康生の敗退である。惜敗という言葉にも至らなかったから、一体何事が彼の身に起きてしまったのか、実に謎深くもある事態となってしまった。
井上康生が負けても、実にいい試合だったというのならまだドラマめいてもいるが、その「いいところ」というのが全試合を通じて見つからず、何か異変があって生彩を欠いていたことは誰の目にも明らかだった。足の左膝と右腕右手首をオリンピックの試合前から負傷していたことが後から判ったが、肝心のオリンピックまでに万全を期した体調へ持ってゆけなかったのは、確かに不覚であったろう。それを隠してオリンピックに臨むことを誰か武士道の精神とも言っていたが、それは大きな誤解である。サムライは決戦時に負傷した体で臨んでも、必ず勝つことになっているからである。九分九厘斬り殺される状態にあっても、サムライは最後に必ず勝つので、そこに武士道なるものが成り立つ、というか、正義の味方であるヒーローはそのようになっている。残酷なことを言うようだが、時代劇のヒーローは弱者を守るために決して負けてはならぬのである。悪行代官は必ず成敗されることになっている。井上康生はそれほど国民から篤く信頼されるヒーローにいつの間にかされていたのだった。吉田秀彦の解説によるところの「釣り手が効かなかった」井上康生は、鮮やかな内股1本もあったが、アテネでヒーローの座を奪われたことで、ヒーローではなくなったことを素直に認めなくてはなるまい。だが、真のヒーローならばこのままでは終れないはずで、必ず蘇生して来るものだが、2008年北京オリンピックでその復活の雄姿が見られるか否か、楽しみなところではある。本当の柔のドラマが、実はこれから始まったのである。井上康生よ、我を捨て、巷塵を去れ。虚空を仰ぎ見ず、虚仮の内に真を射るべし。真の我に天地を闢かざらんや。
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- 8月17日(火) 【ジャパン】 近頃メディアが多用している□□ジャパンの勘違いについて。サッカー・アジアカップ中国2004で活躍したジーコ・ジャパンという固有名詞は、私のWebサイトでもそう呼ばせてもらったが、私が起用した固有名詞は「ジーコ・ジャパン」であって「ジーコJAPAN」ではない。ジャパンとJAPANは、特別の意味を含んでのジャパンであって、単なるin Japanにおける国だけを指したJAPANではない。ジーコ・ジャパン=最強王者、という特別な称号への敬意を込めて呼ばせてもらった固有名詞として執筆に使わせて頂いたのである。最強王者の称号が、アテネオリンピック2004でも安易に□□ジャパン、□□JAPAN、とメディアは多用し過ぎているが、最強王者が日本のチームにそんなにたくさんいたら、みんな金メダルを獲得しなければならない。金メダル以外は最強王者ではないことを心得るべし。今回アテネで惨敗してしまった男子サッカーの山本JAPANの敗因は、ジーコ・ジャパンと同格の最強チームの如くに勘違いしたため。最強王者には神秘的なほど別格の力が備わっており、剛脚の小野伸二ひとりではチームとしては勝てないことをアテネ五輪で知ることになったわけで、世界最強への道がいかに難しいかを身をもって体験したことだろう。幻想「最強チーム」と勘違いしていたところから、すでに山本JAPANはハングリーさを欠いていたことになる。闘争本能の顔つきが山本監督には見えなかった。試合中の選手の小野の顔つきが特に最も激しく、よかったように見えた。
アテネオリンピック2004で私なりに今日までの段階で親しみと敬意を込めて注目して来た日本の選手たちは、言うに及ばず4人の金メダリストたちと、女子柔道準決勝戦でキューバの女王・世界チャンピオンのアマリリス・サボンを試合終了土壇場1秒前に袖釣り込み腰1本で逆転勝ちをおさめた銀メダリストの横澤由貴、そして決勝トーナメントへ辛くも進んだ女子サッカーの「なでしこジャパン」などなど、次々にニュー・エイジ・ニッポンを思わせる期待あふれる選手たちである。個人的にはメダルの有無や色よりも、100m平泳ぎで2連覇を制した北島康介のような闘争本能むき出しのキャラに大変注目している。次の200m平泳ぎでも是非優勝して欲しい。柔道での谷亮子は別格の最強王者、野村忠宏は前人未踏・柔道史上初の3連覇なわけだが、野村の柔道に関する言葉はこれからの日本柔道界において最も重たい発言力ともなる。しかし、それをけっして権威としない野村のキャラがまた頗る素晴らしい。先輩の篠原信一の薫陶でもあるだろう。柔道解説者として最もおもろいキャラの篠原の腰の低さは、野村らと作るこれからのニュー日本柔道界の明るい兆しともなる。
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- 8月 9日(月) 【格付け】 数字の上でなら仕方がない。株価、自己資本比率、生産量、収益など、経済競争というより経済戦争は資本主義社会構造下において、さまざまに淘汰されてもやむなし。弱いものが潰れ、強いものだけが生き残ってしまうだろう。人間は不公平にして、どの国に生まれ、どの時代に生まれて来るかは、神のみぞ知るだけでなく、自我意識を持ち始めた途端に、己れの人生に試練は与えられていることになる。どんな家系であれ、どんなに裕福な家庭であれ、どんなに貧困な環境のなかにあれ、自我という得体の知れない感情に翻弄され、振りまわされてゆくものである。神という造語をつくった人間は、他に救いの手立てなく、古代より信仰を崇め深めた。古代四大文明の発する所には、さまざまな神々の神殿がつくられている。エジプト文明、メソポタミア文明、インダス文明、黄河文明、いずれも人類遺産・世界遺産の残る地である。
だが、格付けはそもそも所詮数字の上でしか評価できないものであり、スポーツの上でも勝率ですべては格付けされているといってもいいだろう。憎たらしいほど戦いに勝ってゆくものは、実力と努力でやはり王冠やタイトルを得て、それなりの地位にも立てるわけだ。そして格付けも高く評価される。だが、スポーツには唯一、勝負のためとはいえ、いくら戦いに勝っても負けても評価されないことがある。サッカー・アジアカップ中国2004、北京での決勝戦、ルール違反は言うに及ばず、アウエーでの偏ったレフリー判定依怙贔屓などのアンフェアーの試合もまったく評価されないが、自分たちがそれまで応援していた自国の選手たちが後半戦駄目押しの3点目を入れられていざ負けそうになると判ると、まだ試合が最後まで済んでいないのに応援を途中で止めてさっさと自国の選手たちを見捨ててスタジアムを出てゆく姿は、なんと初めからサポーターでもなければスポーツファンでもなく、あきらめの早い腰抜けフーリガンにすぎなかった。
相変わらず日本の国家斉唱の時だけ大ブーイングするといった下劣な雰囲気のなか、ついに日本が3対1で中国に勝つと、試合に負けたことでスタジアムの外で暴徒化し、往生際の悪い腰抜けフーリガンどもは、集団となって日本人のサポーターたちや選手団を夜陰で狙う暴漢の如く待ち伏せするは、日本人を罵るは、共産主義愛国教育による反日指導成果もあって江沢民の傀儡分子が百鬼夜行するは、スポーツの国際試合をするには、まったく哀れとしか言いようがない陳腐な開催国であることを露呈してしまって、これからの大きな国際親善スポーツを主催する国として格付け最下位であることも証明してしまった。サッカー国としては、もとより中国は日本より格下のクラス国でもある。限りなく経済成長してゆく中国経済と、このお粗末なスポーツマンシップの欠如との乖離には、実に暗雲が立ち込めている。日本から中国へのODA拠出金が現在一体どのくらいなのか調べてはいないが、せめて国際競技に参加するなら、スポーツはスポーツとして相手国チームへの礼節は守りたいものである。12000人もの警官隊を動員したり、日本人サポーターのまわりを武装警護しなければならない厳戒体制での試合というのは、異常としか言いようがない。日本が2年連続3度目の優勝を果たしたにせよ、この状態で負けた側の中国人感情の政治色混同と、幼稚ではあるが負け惜しみから募る根深い暗澹たる憎しみの尾が引いている事実は、確かに今でも日中間での刺であることには変わりはない。もし今でも日本人に罪があるとしたら、南京大虐殺や中国侵略の史実から眼をそむけて、日本政府もそれら史実を教科書から削除した時であろう。
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- 8月 2日(月) 【オリンピック】 スポーツは人間が生み出した美しい闘いである。動物には無いものである。動物にある闘いは、生きるか死ぬかの闘いしかない。人間がもしスポーツを越えて闘うというのなら、そこには最早、喧嘩か戦争しかないだろう。スポーツに励む選手は、勝っても負けても、試合後に相手を称え合うから美しい。たとえ負けたからといって、負けた選手が相手を殺してしまったというような事件は、聞いたことがない。人間のスポーツは国境を越えて、一つのルールのもとで激突し合い、正しく格闘して勝敗を決める美しい人間讃歌なのである。オリンピックは参加することに意義がある。いかなる国も公平に参加でき、試合に臨むことを妨げてはならないし、差別してもならない。だが、現実にはその人間讃歌と平和への神話が、今まさに危うくなっている。貧しい国が開催国になることはないし、いつも紛争や戦時下にある国にはスポーツをするような余裕や練習もないだけではなく、毎日の食べ物さえ欠いているのが現状だ。戦争がないだけでも人間は何とか生きてゆけるのに、その国に戦争がある限り、安息や平和は決してやって来ない。ましてや正義の名のもとに、弱い他国に戦争をしかけて来る国は最低である。
先週末7月31日のサッカー・アジアカップ中国2004での準々決勝、日本対ヨルダンの試合は1対1のまま延長戦にもつれ込み、緊迫したPK戦の末、勝利の女神が土壇場で日本チーム側に微笑んだ、最高にいい試合が行われたというのに、スタンドのわずか10人程度の日本人サポーターにゴミやペットボトルや食べ物を投げつける地元中国人の挑発や野次は、何ともスポーツとは縁の無い集団がその場所を占めていたということになるのだが、およそ5万5千人の中国人がスタンド観客席のほとんどを埋め尽くして終始反日のブーイングを繰り返していたこととも直結していて、中国人観客のマナーの品悪さが常に露呈しているのは実に嘆かわしいといえる。そんな中、ジーコ監督が、日本の国歌演奏の際にもスタンドを埋め尽くした中国人観客がブーイングをしていたことに、大変憤りを持って公に非難したのは、いかにジーコがサッカー界の名君であり英雄であるかを物語っている。
スポーツマンシップとは相手チームを敬うことから出発しているのに、尖閣諸島を返せとか日本人が歴史上犯した戦争犯罪を詫びろとか、小泉首相の靖国神社参拝はやめろとか、これら政治思想と遥か戦後生まれの若いサッカー選手たちにいかほどの罪があるというのか。人がどの国に生まれて来るかは、子供たちには何の罪もない。もし人間の罪が生まれるとしたら、生きている時に作る憎しみが平和を愛する気持ちよりも根深くなった時である。その憎しみがまた新たな戦争を作り出すのだということを、サッカー場でブーイングをする中国人観客たちは早く気が付いて学び取り、反省しなくてはなるまい。どんなに世界情勢が悪化しても、オリンピックがあってもなくても、人間が生存し合うには、スポーツ神話はけっして崩壊させてはならないのである。
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- 7月26日(月) 【夏休み(4)】 もしカブトムシを飼うとしたら
- カブトムシの場合
- もしカブトムシを飼うとしたら、少しは参考になるかもしれないので、1999年に私が書いた「カブトムシ物語」の観察日記をご覧ください。その年の夏から晩秋にかけて生き続けたカブトムシの小さな夏物語です。
・『小さな夏物語’99』(カブトムシ物語)
・『カブトムシ物語(完結編)』
- 7月20日(火) 【夏休み(3)】 もし読書感想文の宿題があったら
- 本の選び方について
- もし読書感想文の宿題があって、書くのが苦手だと思ったら、まず本の選び方を失敗しないこと。世界文学全集や日本文学全集のものならば、まず失敗なし。すぐれた作品だけが語り継がれている。
- 感想文の書き方について
- 感動したことだけを書けばよろし。その作品に感動がなければ、感想文を書くに値しない作品だったまで。人によって感動もあったり無かったりで、当人が感動した作品にだけ感想文は書きやすいもの。感想文とは、その作品の作者へ手紙を書くようなもの。文章がうまいとか下手とか関係ない。自分の気持ちや意志を相手に伝えられれば、それでいいのでは。手紙とはそういうものなり。
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- 7月12日(月) 【夏休み(2)】 もしヌマエビを飼うとしたら
- ヤマトヌマエビの場合 ●わが家のヤマトヌマエビくんたち(7/13)
- ヒメダカのいる仕上がった淡水の水槽に、もしヤマトヌマエビも一緒に飼いたいと思ったら、絶対にエビ専用の市販されたエサをやらないこと。ヤマトヌマエビにエサは禁物です。エビ用と書かれたエサは、ヤマトヌマエビはけっして食べることはありません。エビ用のエサはそのまま1日でも放置すると、すぐにカビが生えて来て水質環境の悪化につながってしまいます。繰り返して言いますが、最初は水質作りに10日をかけ、それからヒメダカを入れて、ヒメダカがその後2週間ばかり生きていたら、その時点くらいからヤマトヌマエビも飼ってみましょう。初めの頃の1、2ヶ月間くらいはまだ理想的な水が出来ていませんから、有害なスネイル(巻貝)などが発生しやすく、水質に敏感なエビは、もし環境が悪いとすぐに体が赤くなって死んでしまいます。もしアナカリスや金魚草などの水草も天然の川砂を敷いて水槽に配置したかったら、購入後、水草の根元に害虫がいないか開いてよく点検し、水洗いをしてから水槽の川砂に植込みましょう。砂は天然の川砂がいいようです。こうした川砂や水草のある水槽にしておけば、ヒメダカと共存することでヤマトヌマエビはいつもでもエサ無しで生き続けられるのです。濾過器の理想的なバクテリアが水槽内に循環して、エビはいつまでも透明な体で元気に生きられます。何回も脱皮を繰り返しますが、栄養豊富な水槽の証拠です。わが家のエビ2ひきは昨年9月から飼っていて、この夏を無事に越えれば、まる1年になります。2ひきのエビは大変仲良しみたいで、移動したいろんな場所でいつも寄り添うようにして何やらを一生懸命食べ続けています。
- 7月 5日(月) 【夏休み(1)】 もしメダカを飼うとしたら
- ヒメダカの場合
- ペットショップかホームセンターでメダカ専用水槽セットを買ったら、10日間くらいは水質作りに励むこと。水道水の塩素はポリバケツに水を貯めて3日も寝かせれば充分除去できる。付属の濾過器を使ったまま、水槽掃除などこまめな手入れをして、ひたすら魚が棲める水質作りだけに徹すること。そうして10日後に、初めて鑑賞魚のヒメダカを5、6ぴきほど買いに行き、水の仕上がった水槽に入れてやる。本当はオス・メスのペアで飼うと、やがて産卵してくるから、2、3ヶ月も順調に飼育できたら、ヒメダカは繁殖力が強いので数が増えるはず。細かいアドバイスはここではしないけれども、私の飼っているヒメダカは昨年9月に飼い始め、秋冬春を生き延びてこの7月現在もなお元気に過ごして来ている。2ペア4ひきの親は、現在、子供6ぴきくらい、孫10ぴきくらい、曾孫2ひきくらいの構成となっている。一時期には合計70ぴきくらいまで増えていたが、生命力や生存競争や水槽内に発生する障害などで減少し、春以降は今の数で順調に成長しながら真夏に備えている。とにかく鑑賞魚がすくすくと育ってゆく水槽環境の第一条件は、バクテリアも豊富な美しくて透明な水質が保てること。濾過器は外掛け式を採用したほうが水流があって魚は喜ぶ。エサはテトラ社の「テトラキリミン」が大好物のようである。もしヒメダカのことで質問があれば、いつでも返事をします。関連ページはこちら
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- 6月28日(月) 【レイチェル】 本当は「シモーヌ」とするところを、あえて「レイチェル」にした。言葉のひびきが「シモーヌ」より「レイチェル」の方が馴染みやすくて、好きでもある。「シモーヌ」の名前にどんな意味合いが含まれているのかは知らないが、「レイチェル」とか「ミッシェル」の方が、可愛らしさをつい連想してしまう。ビートルズの名曲「ミッシェル」を思い出したり、「レイチェル」もいろんな映画の登場人物に出ているような気もする。「シモーヌ」では日本人感覚のわたしからすれば、何か奇異な発音に聞こえ、新しい牛乳石鹸の名前かしらとも思えてしまう。
さて、この映画『シモーヌ』(2002年 米)はアル・パチーノ主演のあざやかなヒューマンラブ・コメディーと言ったら怒られるかもしれないが、主演女優からもことごとくふられ、売れない不人気の失敗作続きの映画監督、ヴィクター・タランスキー(アル・パチーノ)が、ある日謎のコンピューター・グラフィック・デザイナーのハンクに執拗に迫られて、実は片目が失明で眼の腫瘍から末期癌という宣告を受けて残り1週間しか余命がない事情から、どうしてもタランスキー監督に見て欲しいというコンピューター・ソフトを、ハンクの死後に遺志を引き継ぎ、実はこっそりと半年間かけてCG女優シモーヌを完成させるところから、この物語は華やかに展開してゆくことになるわけだが、実はCG女優シモーヌはスクリーン上のCG美女というわけではない。モニターの中のCG女優シモーヌを演じるのは、れっきとした美人女優で、この映画『シモーヌ』が初の出演映画、初のハリウッド映画主演女優として抜擢された、レイチェル・ロバーツなのだ。この映画の監督アンドリュー・ニコルが旦那さんで、産まれたばかりの男の子が一人、昨年9月の映画公開前の8月に来日もしている。もともとが、ファッション誌の表紙を飾るスーパーモデル出身で、国際的人気ファッションのブランドイメージガールのモデルとしても活躍とのことだ。わたしにはいっそ映画のタイトルも『レイチェル』にしてしまったほうが、さらに人気も高まったのでは、と思ってしまった。アル・パチーノと共演できたスーパーモデルの女優変身は、次の作品でどう活躍して来るのか楽しみである。
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- 6月21日(月) 【個性】 人の個性は中身にあるから誰にも個性はあるのに、個性をやたら異常なほど自分の身なりやファッションあるいはタトゥーなどの肉体装飾に求めて執着する人は、個性に対して最も勘違いしているのかもしれないが、「個性」をもし「生き方」だと思っているのならば、それも一つの自分のための生き方となるだろう。衣食住は自分のための基本的な権利だからである。ただ、世の中にはその基本的な衣食住さえ満足に得られずに生きている人々がたくさんいて、ましてや携帯電話がないと生きてゆけないという人達もたくさんいるようだが、今の時代はどうやらもしかして人としての「生き方」も勘違いするようになってしまったのか、合理的な生き方が好きで、おそらく面倒臭い生き方が嫌いだという傾向になっているのだろう。
個性で最も必要なものは、不合理性であって、最も面倒臭いほど時間をかけて作られたものが、たぶん本当の個性に違いない。たやすく出来るものに個性などあろうはずがないからである。一流シェフの料理には、実に隠された細かい食材のこだわり、素材のこだわり、数え切れないほどのこだわりがあって、そこに絶品絶妙の味覚が誕生するわけである。個性とはすなわち「気持ち」とか「魂」とか「情熱」とかいった、ごく普通に誰もが持てる心の内面の表われでしかない。ただ、人によってその度合いが違うだけなのだ。個性とは、どんな人にも必ず秘められているものだと思う。それに気が付くかどうかで、差も出るのだろう。「個性」は自分に自分で変革できるものなので、本当に楽しいものといえる。
- 6月14日(月) 【ロイヤル】 先週末夜のNHK番組で心に沁みるドキュメンタリー番組を二つ見させてもらった。一つは永平寺の宮崎奕保ご住職、実に104歳の現役苦行禅師でいらっしゃる。毎日早朝前の未明から座禅をなされ、その日の写経の日課を怠ることもない。驚くべきはいかなる問答に対しても、物事の真理を簡潔に語られるだけではなく、多弁を弄さず、今の時勢に対して適確な真(まこと)を説かれる。混迷を来した世界が、いま最も傾聴しなければならない真の言葉を、宮崎奕保禅師にみたのはおそらく私ばかりではあるまい。復讐や報復に明け暮れる世界の宗教のなかで、真をきわめた禅師のゆるりとした肉声はあまりにも重く荘厳であった。あらゆる煩悩にとらわれない業に徹した無私の姿がそこにはあった。人間国宝とは最もかけ離れた人間遺産であるかにみえた。
もう一つの番組は中米ハイチのストリートチルドレンを取扱ったものだ。貧富の差がひどい、ストリートチルドレンとなったスラム街に生きるカリブ海の子供たちや若者たちをドキュメントした構成番組である。一人の貧しい若者が言った言葉、「この国に生まれて来たことが最悪だった」という嘆きは、自分達がけっして虫けらなんかではなく、一人の人間であるという魂の叫びで、自分ではどうすることも出来ない国家のもとでの運命と、生きることの意味を問いかける肉声でもあった。日本では今、皇室典範という世継ぎ法制の問題が生じているが、視点を変えれば、どの国のどんな問題も、その国の最高権力者にいかほどの徳があるか、その徳をどれほど実行できるかにいつも国民の命運はかかっているということである。徳があるかないか、それを行動できないのは単にそこには徳が無いということである。宮崎禅師は行動の伴わない現れは、自らの心もそこには無いことを素早く指摘される。世の中の人たちが身も心もまっすぐに現れんことを願い、かといって嘆きもせず、何のとらわれもしない無我の自然体を貫かれていた。徳があるかないか、徳を実行できるかどうか、歴史を溯れば、古代の王室ほどその明暗ははっきりしているようだ。まず心がロイヤルでなければ、王室の権威も地に堕ちるようである。
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- 6月 7日(月) 【バーチャル】 ネットにおけるショッピングモールは仮想商店街ということだけれども、ショップをそこへ出すには店舗料を支払う有名サイトもあるが、支払う側にしてみれば決してバーチャルな話ではなくなる。有名モールに出店しない当店では、おかげさまで何の制約も受けることなく自社管理の元のびのびと仕事に邁進している。だが、商店コミュニティーには恵まれず、ブティックのお隣りさんが靴屋さんといった女性客の多い雰囲気の具合にはならず、電子部品の世界ではちょっと異空間の気もするが、さて、はぐれ鴉の店主としては、今日もどうしたら仮想のお店は繁盛するのだろうかと頭を悩ましてはいるものの、景気の善し悪しに関係なく、もともと根が明るい店主は、「またメダカが1ぴき産まれちゃったよ」と大きな口を開けて、昨日だらしなくみっともなくゲラゲラと笑ってしまったのでがんす。(映画『たそがれ清兵衛』に感動して以来、「そうでがんす」とよく言うようになってしまったでがんす)
- 5月31日(月) 【生きがい】 鑑賞魚を飼っていて、こんなことを考えるようになってしまった。魚には生きがいなどあるはずがないと思っていたら、こんな小さな生きものにも生きがいはあるのかもしれない、そう想わせるようなことが昨日あった。ヒメダカのガタピーは昨年の10月わが家に生まれ、この5月30日までのおよそ8ヶ月間というもの奇形なりにも順調に成長して、最期は兄弟や姉妹に見守られながら天寿を全うしたわけだけれども、水槽のなかでただ平凡に過ごしていただけでもなかったような気がするのだ。秋に生まれて、ヒーターのある暖かい冬を過ごし、そして春を迎え、梅雨前についに命を終えたけれども、一日一日がとても長かったのか、水槽の隅っこのめくれたバックスクリーンの隙間から、いつも同じ場所で外の景色をゆったりと眺めていた。朝を感じ、昼を感じて、夜が更けてゆくのを、自分の眼で確かめているかのようだった。単純に計算すれば、ガタピーは5760時間もあの不自由な体で生きていたことになる。エサを食べ続けて、生きれる限界までひたすら成長してゆく過程で、何もして来なかったのはどの魚も一緒だが、何も成し遂げなかったことは生きがいが無かったことではなく、生まれて来て自分の眼と体で光のある世界を感じたのは、きっと魚なりに生きがいではなかったかと、ふっとそんな気がしたのである。
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- 5月24日(月) 【再会】 こんな私にも、生きているかぎり何度聴いても飽きない音楽があった。何回繰り返して聴いても感銘してしまう曲が、生きているあいだに1曲でもめぐり会えたということは、死ぬ間際においてもこの音楽を聴きながら人生は終えたいとも思う。聴くたびに陶酔できるひとときは、何だかまるでいつも恋人と再会しているようでもある。ジュリオ・カッチーニ(1551〜1618)の楽曲『アヴェ・マリア』をソプラノ歌手スミ・ジョーで、指揮ジュリアーノ・カレッラ、イギリス室内管弦楽団の演奏でそれは聴いている。
- 5月17日(月) 【ラスト サムライ】 弱きものを制裁し、強きものに御機嫌をとって愛嬌をふりまく一方で、弱きを助け、強きを挫くサムライがいた。また、正義を名乗り、正義を語って、正義を釈明する一方で、黙って正義を行い、正義を貫くサムライがいた。また、礼に欠き、誠を欺き、他を敬まわない一方で、潔く己れの非を認め、頭(こうべ)を垂れるサムライがいた。また、往生際の悪い一方で、己れの散り際には桜の花のごとく静かに潔く散ってゆくサムライがいた。いずれのサムライも、明治の初めに日本人自らの手によって封印してしまった。それからおよそ130年後の2003年に、皮肉にもアメリカ人の手によって、アメリカ人の憧れである「美しい侍魂」が壮大な歴史ロマンとして映画化された。「ラスト サムライ」はもう映画にしか登場してくれないのだろうか。
- 5月10日(月) 【道】 顔がまずいね、と言われてホテルの面接試験で断られたことがある。背が高いね、と言われて靴屋の面接試験で断られたこともある。京都河原町の大きな靴屋だったが、その後、そこは倒産してしまった。京友禅帯の染織図案の弟子入りで面談したら、就職が決まったことがある。合格の理由は、脱いだ革靴が外に向かってきちんと揃えて並んでいたからとのことだった。ぐうたらな私はそのように靴を直した記憶はなかったが、翌日、伝統職人としての第一歩が始まったその日、雇い主の奥さんがこっそりと私に教えてくれた。「面接に来られる方の靴は、いつも主人に内緒でわたしが直しておますえ」とのことで、合点がいった。数日後、弟子には給料は与えられないと聞かされて、私は下宿の家賃も払えないことが判り、1週間後そこを退めた。また、一部上場企業の営業ノルマのある祇園支店で1年間働いていた時、還暦前の赤ら顔をした支店長からこんなことを言われたことがある。支店長机の袖椅子に凭れて「ピーナツを投げるから、犬みたいにかがんでうまく口に入ったら、今日は残業せんで早う帰ってええワ」と言われて、私は薄笑いをしながらそれを拒否、そしてその翌日、私は退職願を出した。いつも腰が軽いと言われながら、いつまでも転職を繰り返していたそんな20代の時に私が身に付けたこと、それは、人としての道を歩いてゆこうという固い決意だけだった。
- 4月30日(金) 【ブランド】 己れを誇示せず、凛として、主張も説明もしない。いつも何かが足りなくて、足りない己れを知り、何かを足そうとするけれども、いつも足りない自分だけがそこにある。求め続けて30年、何もない己れに今日も気が付く。求め続けた道だけが、後ろに見えている。
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