薄青い空

 病棟十階の大きな窓から見える薄青い空。もう一度あの眼下に見える街路樹のある道を自分の足で歩きたい、そう願う伊山史郎は、この窮屈な四人相部屋となっている病室をゆっくりと出た。長い長い一日が懶惰(らんだ)にまた始まる。同じ時刻に起きて、同じ時間帯に朝食を摂り、昼食を摂り、夕食を摂る。運動不足から毎日、病棟の長い廊下を飼育された動物のように行ったり来たり散歩する。南側の廊下の端から端まで七十メートル位を歩き、北側の廊下にまわって再び歩き出す。(おり)とまでは言わないが、病院からは許可が出るまでは出られない。
 病室の自分のベッドに戻り、本を読んでいると、死刑執行人の由良之助がカーテンを開けて、「ちは。ご機嫌いかがかな。ほう、まだ生きてたかいな。顔、えろう白うなって、蒼ざめてんなあ。ま、もう少しや」と赤い顔を腫らして言った。目の前に突っ立った由良之助は両腕を組んで、左指四本を右腕の上でピアノを弾くように上下に動かしながら、
「案外しぶといやんけ。苦しかったら、いつでも、手伝ったるで」と言った。
「お前には、時間切れが読めるのか」と史郎が訊くと、
「読める読める。お前はあすの明け方、廊下の東側窓が真っ赤な朝陽で赤く染まる頃に、やっと病院から解放されとるわい。昇天まで一年もかかったぞ。ワシも待ちくたびれたわい」
「なら、下から見上げた薄青い空も、やっと、青く見えるんだな」と史郎は微笑んだ。すると、由良之助は言った。
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短編小説集『ブルーベリーの王子さま』

(2021/08/12)


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