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夢追い人
マルキカズオのホームページへようこそ

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「キ-ワ-ド」はフランスと夢   

お気に入り写真を紹介

  南フランスとパリ
  アノネの町と熱気球
  シャモニー12枚を掲載


*自己紹介
                                    

滞在地アノネという町と学校

*出版本の紹介
タイトル:「叶えられた私の夢」
サブタイトル:「マルキカズオのフランス遊学滞在記・アノネのくらしと旅」の目次
 
   ※ヨーロッパの旅の醍醐味
       セクション5は圧感だー


Décrivez une personne

   形容詞の使い方と表現力の授業
                          

*叶えられた私の夢の原点                                                              

マルキカズオの趣味の世界
    KARAOKE:演歌、シャンソン
         ♪作成中♪

    料理:スパゲッティ各種
            
フランス料理  
    〓作成中〓

*夢作りの仲間たち
  

ダイエットの時間ですよ

*あなたもチャレンジしてみませんか?
*1ヶ月で5kg減量に挑戦

           ターゲットは8kg,,,,,,,,,,,ズバリ70kg


*必見、ダイエットの為の4か条…

*6月の結果
*7月の結果
* 8月の推移ーリバウンドをやっつけろ!

 

             

              



叶えられた私の夢の原点

「フランスのどこかで、フランス人と同じ様に生活したい」という
私の夢を実行に移しました夢の原点と経過に触れてみたいと思います。

30数年前、昭和39年大学3年生の時でした。
その年はオリンピックの年で日本中が、熱気に溢れていました。
私もささやかながら、このオリンピックに裏方として参加していました。勿論選手ではなく、選手村本部でアルバイトをしていたのです。そのようなお祭り騒ぎの最中、学生たちの間では、次の年の就職のことで持ちきりでした。何故ならその年はオリンピック景気で、経済界は幾ばくかの繁栄を享受していたのですが、次の年は不景気が予測されていたからです。
そういう中で、私は就職について全然考えてもいなかったのです。要するに、会社勤めをする気は無かったのです。

私の大学生生活は
生きる為、勉強する為にアルバイトの連続でした。
学校へ進学し、勉強したい一心で、16歳の時から働き、学費を稼いできた私は、会社勤めの厳しさ、気苦労、使われる身の辛さを嫌という程感じていましたから、何か将来に亘って出来る仕事、手に職を就けたいと密かに考えていました。
学生時代のアルバイト先に、婦人服の会社があり、毎年秋には定期的に雇ってもらっていましたので、ファッション界のことには多少精通していました。それで職業の選択肢として、以下の三つを考えていました。

@ファッションデザイナ−になる。
Aレストランのシェフを志す。
B美容師になってヘアーメイク界で第一人者になる。

結論を出すまでには仲の良い友人に相談したり、色々雑誌を見たり、それでも最終的には自分で進路を決めなければなりませんでした。結局私が出した結論は、Bの美容師になることでした。

中央大学卒業の年
昭和41年4月より山野美容学校の夜間部、通学年数は1年半に通うことになったのです。当時私は西武新宿線の井荻に住んでいました。隣に或る会社の社長さんの家があり、この家とは家庭教師のよしみもあって、私の夢の事は知っていました。
「日中は私の会社で働き、夜は美容学校へ行けばいいでしょう」と社長夫人が私に薦めてくれました。私にとって、願っても無い良い話でしたので、すぐに、この話しに乗ることにしました。
美容学校に在学中は遠大な計画を立てていました。
「私の夢の原点」は、その時から芽生え始めたのだと思います。 

その夢の原点、「遠大な計画」とは、
美容学校卒業後、インターンを経て美容師の免許を取り、その後、数年美容師として働いてから、フランス、パリの美容界で5年ほど修業し、日本に戻り、「フランス帰りのインテリ男性美容師、颯爽とヘアーメイク界にデビュー」を夢見ていました。
しかし現実はそんなに甘いものでは有りませんでした。
妻とは学生時代から交際をしていましたが、出来れば結婚も考えていたし、何分彼女も婚期だったせいもあり、結婚後の生活も熟考した結果、美容学校卒業後はこの遠大な計画は一時お預けにし、就職することに決めました。

就職後は
ご存知のように日本経済が高度成長の始まりだったせいもあり、忙しい毎日でした。当時は給料も安かったし、子育てもあり、美容師の夢は雲の彼方に飛んで行ってしまいました。そんな中でもフランス行きは決して忘れてはいなかったのです。
「いつか、きっとフランスへ行ってやるんだ」の気持ちが実り41歳の時、幸運にも「パリ1週間のフリ‐タイムツア−」に参加することが出来ました。すっかり感激して、この次は「何かテーマを持って長期滞在すること」を自分に誓ったのでした。この事が私の夢の出発点だったのでしょう。

途中会社が変わりましたが
あれから15年経ち、仕事の責任も果たし、私の身の回りの環境も整ったのが平成9年3月でした。そして、1997年3月30日、フランスに向けて旅立ったのです。

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