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Contents
*出版本の紹介 マルキカズオの趣味の世界 ダイエットの時間ですよ!
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お気に入り写真コーナー No.9へようこそ!
憧れの熱気球に乗って ⇒太陽が眩しいばかりの朝だった。「風も無いし、今日は間違いなく飛ぶに違い無い」と思った。市役所の関係者の話しでは、「6時30まで来れば乗れる」と言っていた。 期待に胸を膨らませ、現地で乗船を申し込んだ。 「お名前を申して下さい」 「Kazuo.TANAKA」 係りの者が、リストを覗き込みながら、怪訝そうな顔つきで、私の名前は受付けられて無いと言う。 「リストに名前がないから乗せる訳にはいかない」と言うのだ。 私のすぐ側に、昨日私に話した受付け係りの丸禿げのオヤジも居た。“話しが違うではないか!” 「あなたが昨日、6月8日の朝に申し込めば乗れると言ったので、今こうして、わざわざ早く来て、乗船を申し込んでいるのだ」と言って食い下がった。彼が言うには、 「昨日熱気球は風が強くて飛ばなかった。その時6月7日分として申し込まれた人たちで、もう一杯なんです。complet(コンプレ)・満席です!」と言ってソッポを向いてしまった。 それでも私は、その禿オヤジに食い下がった。何しろフランス人に対して、フランス語駆けだしの私が、彼を説得できるはずも無く、持ち前の“そこの所を何とか主義”で再再度食い下がった。 それでもダメだったので、こういうケースはどこの国でも、よくあることだが、キャンセルが出るはずだ。“きっと出てくるぞ…”と粘った。だから私はその場を一歩も離れずに、キャンセル待ちを決め込んだ。 ⇒30分位して、例の禿オヤジが私の方に急ぎ早に近付いて来た。 Monsieur! Lâ-bas , Montgolfière !・旦那、あの熱気球に乗っていいよ!急いで!」と言った。 “待った甲斐があった”というものだ。その場で現金を払い、熱気球へ疾風の如く急いだ。 『人が乗る大きなカゴ』を跨いで、飛び越えるように、カゴの中に転げ込んだ。カゴの中に、もう1人入ってきた。 「Bonjour! Enchanté !・こんにちは、よろしく!」と言ったが返事が無かった。どうもフランス人ではないようだ。フランス語が通じ無い。 カゴの中は全員で4人、熱気球のパイロット、女性の助手、もう1人友人らしい人、お客は私一人のようだ。 彼らの話す言葉は英語でも無い、フランス語でもない、どうも聞き覚えがあるがはっきりは理解できなかった。“ドイツ語だ!” 私を除く3人はどうも仲間らしい。助手の女性が私に英語とフランス語で注意事項を説明してくれた。 私は何と無く理解できたので、「Oui 、d ' accord.Yes! Yes!」と英語とフランス語がごちゃ混ぜになっていた。 ⇒どうやらこの熱気球のクルーはドイツ人なのだ。 熱気球は独特のガスをヴォ−ヴォ−と吹き出し上昇し始めた。 ゆっくり…ゆっくり…地面を離れ10m、20m、あっという間に100mは上昇したかに見えた。 「地上から何メートル上昇したのか?」と尋ねると、 「地上から300mの所を飛んでいる」と言った。 多少上下はするが300m飛んでその後は水平飛行へ、次から次へと 沢山んのMontgolfière・熱気球が空を舞っている。 熱気球は、その日の風の向きで東に飛んだり西へ行ったする。 今日の風向きは東の方だった。私のホームステイの家族が私の乗った熱気球を、今か今かと待っているはずだが、残念なことに、私の家の方角は西の方なので、今日は家の近くは飛ばないことになる。 ⇒約1時間半飛んでから片田舎の庭に着陸した。 我々の上の方ではパイロットたちが、「どこへ着陸しようか?」と場所をうかがっている。我々が着陸した庭の持ち主は毎度の事のように近寄って来て、「故障か?」と聞いた。「いや、着陸だよ!」と言うと、「ああ、そうか!」とさっぱりしたものだ。 「後片付けを手伝ってくれ」とい言うので、それも貴重な体験だからと考え、そうすることにした。 片づけが終て、このパイロット−彼の名前はAndrees Schumids(アンドレ.シュミッド)が私に、「Diplôme・証明書を進呈するので、洗礼式をしてあげる」と言うのだ。 ―要するに− 私がはじめて熱気球に乗った証明としての免状を渡すため、儀式(洗礼式)をやってくれると言うのだ。 儀式の際、まず始めにパイロットがドイツ語で説明し、その後助手が英語とフランス語で私に説明してくれた。 ■洗礼式の進め方は、 私がパイロットの前に膝まづき、彼は私の髪にライターで火を付け、直ぐに持っていたビンの水をかけて消した。その後、周りの土や草を頭の上に載せる。“感動の一瞬だ!” これが洗礼を受ける儀式なのだ。 そしてパイロットは洗礼名を、 『Marquis Kazuo d' Annonay」と名付けてくれた。 他の熱気球に乗っていたら、できなかったかも知れない貴重な体験であった。後始末も終り、彼らの車で公園まで送ってもらった。 「ダンケ、シェン」とお礼を言って別れた。 |