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「和を以て貴しとなす」。和国の教主(日本のお釈迦様)と親鸞聖人がたたえられました聖徳太子の十七箇条の憲法に記されています。この言葉が近頃どうも誤って解釈されているようです。
 太子の時代は蘇我氏と守屋氏の争いなど戦乱が絶えなくこの事も嘆かれ作られたのでしょう。
 殺し殺される痛み悲しさから経典の「兵戈無用」(兵も武器も不要)という仏教の心を通じこれを第一条にされました。この事が「みんなで仲良くして争わないようにして進みましょう」と受け取られているようです。この狭い日本で農耕文化を営んできた私たちは、互いに助け合い群れを造らなければならなかったところがありました。この日本人の気質はよく言えば協調性が強く、悪く言えば自分自身がないと言うことになります。会議などでも力が強く、大きな声の意見に無条件に賛同したり、地位が上の人の意見には異義は言えなくなってしまいます。
 同調圧力とでもいうのでしょうか、そのことに逆らおうものなら大変です。「変わり者」、「空気が読めない」、「少しは回りに合わせろ」と非難囂々でしょう。「忖度」と言うこともそうなのでしょう。「忖度」しない人間は相手にされなくなってしまいます。上司や回りの雰囲気を察しながら発言したり行動しなければならない空気感が満ちあふれています。選挙での投票率の低さが問題となっておりますが、これも自分の頭で考えることの苦手な国民性なのかもしれません。江戸時代の末期に長崎にやってきたオランダ人が「日本の軍備はお粗末だなぁ、外国から攻めてきたらどうするんだ」と尋ねられたら、「それは」お上の考えることで、わっしらのあずかり知らぬことで・・・」と答えたと言うことです。どうでしょうか、NHKの会長発言のようなものでしょうか。あれこれ考えたって基本的にはお上に任せ、お上は間違ったことはしないということが、根強く残っていませんか。実際にはお上も間違いを結構起こしています。
 ただそのことを気づきにくくするのもお上の仕事のようですね。戦後、民主主義社会になったと言っても、それは国民が必死になって勝ち取ったものではありませんでした。どの国も民主主義を得るために、多くの国民の血を流し、大変な努力をしてながら得ていきました。日本人の中には残念ながら心底まで民主主義がしみ込んでいないのかもしれません。あいも変わらず、流されやすく、移ろいやすい私たちであります。「みんなと一緒」であれば心配なく暮らしていけるということでしょうか。逆に言えばみんなと一緒で無ければ徹底的に排除されてしまいます。八十パーセントの人間が賛成していることに異を唱える勇気が皆様にはありますか。 そのことが怖く、やがて九十パーセント、そして全員一致となるのです。本音で無くともそちらの方向になびいてしまうのです。聖徳太子の「和」の心は 議論をウヤムヤにして表面上の一致のみを求めるいわゆる「空気の支配」や同調圧力に対しては、最も批判的な立場が示されているのです。和を以て尊しとなす」という言葉は、これまで自由闊達な議論を封じ、長いものに巻かれろ式の「空気の支配」を強化する脅し文句に使われる傾向がりました。しかし、それは聖徳太子の真意とは全く逆のものなのです。聖徳太子は、道理にかなった結論を得るためには、公正な議論が不可欠と考えていた。それは、どんな優れた人物であっても、完全無欠ということはあり得ないと考えていました。人間はみな凡夫の認識が底にはあったのです。