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大阪で痛ましい事件が起きた。小学校に刃物を持った男が入り込み、生徒8人(現在)を刺殺した。午前中に起こったこの事件はすぐに報道に乗った。今回の報道で何度も何度も使われ、気になったのは「心のケア」というキーワードだ。確かに幸運にも怪我を負わなかった生徒達の心のケアは大事だろう。でも小学低学年の子供達が平和なはずの教室にいるところに、窓から血がついた刃物を持った大男が入ってきて同級生を次々に刺していく光景を目の当たりにした彼等にどんな言葉をかければいいのだろう?ボクには想像もつかない。
小学校の事件といえば「てるくはのる」の事件を思い出す。今度の事件もかなり大々的にマスコミに載った。嫌な考え方をすれば「誰も相手にされないような人間でも、自分の言葉を世間に訴えるのには小学校を占拠すればいい」ということになる。案の定、刃物を持った男が学校で保護される事件が続いて起きたそうだ。
ボク達はどうしたらいいんだろう?子供一人一人の命を守るのには軍隊がいなければならないのだろうか。
犯人は精神鑑定されて責任能力の有無が裁判の争点になるだろう。でも、犯人の刑の重い軽いが命を絶たれた子供達に何の関係があるのだろう。
そもそも何でこんな事件が起こるのだろう。なんで精神的に病んだ人間がこうも多くなったのだろうか。
よくスポーツの世界で精神力の話がでる。確かにスポーツで頂点に立てるアスリートは凄まじいまでの練習に耐える精神力を持っている。でもそれはその人が我慢強い訳ではないと思う。スポーツで苦しい時に頑張れるのは単にその人がそのスポーツを好きだからじゃないかな。逆説的に言えば、好きなものがあるから我慢出来る。好きなものは希望だ。だから人を刺すような人間は精神的に弱いんじゃない。ただ何の希望も見出す事が出来なかったからなんじゃないだろうか。でも、多様化した現代で希望を見出す事は簡単ではない。希望とは何か?それを教えられず、持ったことも無い子供達が次々に大人になって行く。これから先、同じような事件は間違いなく増えつづけるだろう。
学校に関連したいじめや自殺が起こるたびに報道されるのは、全校集会で「命の大切さ」を語る校長先生の姿だがあれは何の意味があるんだろうか?校長先生は「命は大切です。」と何度も語るだろう。でも何故大切なのかをちゃんと説明できるんだろうか。
いったい命の定義を正確に把握してる人間がどのくらいいるのだろう。ボク達は何となく命は大切な物だという概念を持っているだけに過ぎない。子供にも同じ概念があることに期待して「命は大切だ」というキーワードをむなしく繰り返すだけだ。宗教観も薄いこの国の教育で命の大切さを語るって何をどう言えば伝わるのだろう。もし上手くそれが伝わったとしても、そんな大切な命なはずなのに現在も戦争による命の奪い合いが終らないのは何故なのかを子供達に明確に説明出来る人はいるのだろうか。大切な命と、戦争やテロや通り魔や無差別殺人によって失われる命の違いはなんなんだろう。
ボクには解らない。
01/06/14
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