No.100

ベランダは透明な冬の陽射しであふれていた。
柔らかな風が等間隔に吊るされたTシャツを揺らしている。
ベランダにいるのは一週間分の洗濯物とボクだけだ。

ボクがどこで何をしてようと世界は知らん顔で回っている。
遠くの何処かが天災にみまわれたり、
海の向こうで紛争が起こったり、
誰かの株価が暴落したり、

こうしている今も色んな事が起こっているんだろう。

何があっても変じゃない。
起こらないことは絶対に起こらないし
これから起きることはもうすでに起こっている。

来春に竣工する目の前のビルは完成間際だ。
この障害物の出現はちょっと迷惑な出来事だ。
四半世紀の間、遮る物がなにもなかった多くの眺望が失われてしまった。

とても残念なことだけど不思議と鬱陶しさを感じない。

おそらく、このいい加減な脳髄には今も変わることのない眺望が見えてしまうからだろう。

全てを失うというのも、また難しいってことなのかもしれない。
モノゴトには全てが無かったコトになった方がカンタンな場合もあるのにね。
きっと失うということは何かが残るということなんだろう。

無くしたいと思い続ける限り、忘れることもないのかもしれない。

午前中の日差しでたっぷり膨らんだ洗濯物からくすぐったい匂いがする。
等間隔に吊るされた
Tシャツを眺めていると時間の輪郭が曖昧になってくる。

このTシャツは昨日着たヤツかな?
隣のTシャツは一昨日かな?
あのTシャツを来た日にボクは何を思ったんだろう?

このTシャツは明日着るのかな?
そのTシャツは明後日かな?
一番向こうのTシャツを着るときボクは笑っていられるのかな?

時間軸に吊るされたTシャツは柔らかな風に揺られてそれぞれがそれぞれのリズムで揺れている。

まるでタイムマシンみたいだ。

 

11/12/26

以前に思った事 '10/01/28へ

back

kuntan's note