Q and A
「孔雀が飛んだ」と「孔雀変奏曲」に関する様々な情報を探しています. 何か情報がありませんか?
[A]
ハンガリーには、古くから「くじゃく」という古い民謡があったそうです。
その内容は次の通りです。
飛べよ、くじゃく 牢獄の上に
哀れな囚人たちを 解放するために
くじゃくは飛んだ 牢獄の上に
だが、囚人たちは 解放されなかった
くじゃくは飛んだ 牢獄の上に
哀れな囚人たちを 解放するために
背景的としては、マジャール人(ハンガリー人)は、
かつてトルコの権力的な支配下にありました。
この状況を「鎖なき囚人」と呼んでいました。
「くじゃく」は、このようなマジャール人の、
自由に対する情熱を歌ったものだそうです。
コダーイは、この民謡をもとに1937年に「孔雀が飛んだ」(あるいは「孔雀が飛び上がった」)
という合唱曲を作りました。
そして2年後に「孔雀変奏曲」としてオーケストラ用の曲を作りました。
慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団
のHPによると、
「孔雀が飛んだ」について次のような説明があります。
「この作品は労働合唱団の創立30周年演奏会のために書かれた。
20世紀ハンガリー文学の卓越した詩人、
アディ・エンドレ(1877-1919)によるこの詩は、
自由に対する情熱を歌った民謡を改変したもので、
曲は1935年にコダーイが収集した古いペンタトニック(5音階)の民謡が
曲に使われている。
1939年には変奏曲としても書かれているが、
作曲当時ナチスと結んで非人道的な政策を強行していた
ホルティ政権に対する怒りと抗議がこの曲に込められている。」
また、直接は関係ありませんが、
中沢ら「音楽のつつましい願い」
という書籍があります。
この中で「孔雀のように」というタイトルのコダーイに関する話が
一つ掲載されています。
当時の雰囲気を想像する手助けになるかもしれません。
「57のハンガリー民謡」という曲を探しています。 何か情報をお持ちではないでしょうか?
[A]
コダーイの民謡編曲のなかに「7つのハンガリー民謡」という曲集があります。
この中に、 "57.Let No-One's Bride Bewail"という曲があります。
お探しの曲は、この曲ではないでしょうか?
そうであれば、たとえば
Anne Sofie von Otter の CD
で聞くことができます。
[Q]HP作成の際、マジャール語の表示をどのようにしていますか?
HPを作成していて、マジャール語のウムラウト(ドイツ語では)が2つあるようで、 困ってます。 特にOとUに出てくるようですが短いのと長いのです。 短いのは記せますが、長いのはありません。 私はIBMのHPBuilderを使用してます。どのようにしていますか?
[A] 私は、該当する文字をjpegとして一文字ずつ用意しています。長音記号とかはフォトレタッチソフトで画素を操作して作成しました。 技術的には必ずしもスマートといえないと思います。なるべく複雑なことをせずに日本語とマジャール語を混在させたかったので、いろいろと試行錯誤しました。その結果、このような方法に落ち着いたのです。
[Q]マジャール語のウムラウト記号はなんと呼ぶのでしょうか?
マジャール語のウムラウト(ドイツ語では)についてです。 仏語ではアクサンテギュ、アクサングラーブ、 それにドイツ語のウムラウトなどと言っているのですが、 マジャール語ではなんと呼ぶのでしょうか?
[A]
や
の記号のことですね。
これは、特に名称はないようです。
ハンガリーでは古語が多く、その結果体系だったものではなく、
例外が多いとの事です。
記号もそういった事情で体系だってないようです。
このような状況なので、
このこと自体が言語学者の研究対象になっているとのことです。
コダーイ自身も言語学者としてこういったことを
研究したことがあるのかもしれません。
[Q]eのウムラウトのような表記があるのですが、どう発音すれば良いのでしょうか?
楽譜の歌詞のなかに、eのウムラウトのような表記があるのですが、 これはどう発音すれば良いのでしょうか?
[A]
先ず、私のHPにある
「母音の発音」
をご覧下さい。
「eのウムラウト」とおっしゃっているのは、
のことだと思います。
以下は、
についての説明です。
発音は、「イー」と「エー」の中間で、
どちらかというと「イー」と聞こえる発音のようです。
「経営」という単語がありますが、
これを「ケーエー」と発音することがあると思います。
その時の「エー」が近い発音だそうです。
「ハーリ・ヤーノシュ」の中には、 民謡がいくつか使われているということですが、その、 もとの民謡の名前や、楽譜、歌詞など、知りませんか?
[A]
ハーリ・ヤーノシュの中の曲で、「歌」というのがあります。
ハンガリー語で「ダル」、英語で「ソング」です。
この元歌はずっと以前にNHKの番組で放送されたらしいですが、
私自身は聞いたことはありません。
私が唯一知っているといえば、「間奏曲」(インターメッツォ)です。
この元となった民謡は、ハンガリー語で次のタイトルらしいです。
"Becs varostol nyugatrol keletre"
発音は「ベーチ・ヴァーロシュトール・
ニュガトロール・ケレトレ」となるでしょう。
この曲は、ハンガリーで買ったCD
"EGYSZOLAM・KALAMAJKA"
に入ってました。
1999年にハンガリーを訪れた際、
適当に民族音楽・民謡のCDやテープを買いあさりました。
その中に一つだけコダーイの曲と関連するものがあったのです。
ちなみに、このCDにはガルドンという楽器の演奏も入っています。
数多くの民謡を聞いて行くと、
コダーイが幼い頃から親しんだ音楽のルーツを感じることができます。
断片的には、そっくりのフレーズがあったりします。
こういうのを探してゆくと、新たな発見につながり、とても面白いです。
ハンガリーの民族音楽は、まるで音楽のるつぼのようです。
西洋的な音楽はもちろんのこと、インド音楽の歌い方や、
日本の民謡そっくりなのもあります。
尺八そっくりの演奏もあります。
そうかと思うとバグパイプの演奏もあります。
これほど幅が広い民族音楽は珍しいのではないでしょうか。
コダーイとピアノを指導できる方を探しています。 4〜6歳くらいまでの生徒を指導できる方を探しています。
[A]
4〜6歳くらいの小さな子供にピアノを教えようとした場合、
コダーイメソッドを使うのは、効果的だと思われます。
コダーイメソッドは、楽器の種類によらず音楽の基本を教えるもので、
ポイントはわらべ歌をベースとして「歌う」ことにあります。
そういう意味でも小さな子供の音楽教育にはぴったりでしょうから。
ただし、具体的な楽器が決まると、そのための奏法が必要になります。
現状では、オリジナルのコダーイメソッドとピアノの奏法を組み合わせて、
表だった実績を上げている例は数少ないと思われます。
私が調べたところ、コダーイメソッドをピアノ指導の基本として取り入れ、
トーンクラスター奏法と組み合わせ、
本場ハンガリーやアメリカ・ヨーロッパの音楽関係者から
評価されている日本人がいます。
その人は加勢るり子という人で、
JPAPCという組織を作り現在も活動しています。
こちらで講師派遣も可能なようです。
[Q]「ジプシーはチーズを食べる」と「踊りの歌」の情報はありませんか?
今度文化祭があり、曲紹介のアナウンス原稿を書かなければなりません。 「ジプシーはチーズを食べる」と、 「踊りの歌」なのですがこの歌の詳しい資料がなく、困っています。 どんなことでもいいので教えて下さい。よろしくお願いします。
[A]
この件に関しては、
Kaitoさん
と
すぎもとさん
のお二人から情報を提供していただきました
(ありがとうございます)。
以下に、お二人からの情報をまとめて掲載します。
「ジプシーはチーズを食べる」と「踊りの歌」は、 LPの "Choral Works 4 (Children's and Female Chorus)" に収録されています。 日本語では「合唱作品集4(児童合唱&女声合唱)」となります。 この解説には以下のように英文でかかれています。
In the Green Forest(1936)- The Foal(1937)-See, the Gipsy Munching Cheese(1925)-Dancing Song(1929). These are all folk song adaptations. The first two are simple, in three parts, the latter two are more complex children's choruses in four parts. Decades of collecting, notating and cataloguing anabled Kodaly to bring forth the harmonies hidden inunison folk songs moreover doing so in such a way that the independence and singable quality of the accompanying parts are shown to the best advantage.
つまりここでは後半の2曲が該当の「ジプシーがチーズを食べる」と 「踊りの歌」になります。 作曲された年はカッコに記された通り、「ジプシーがチーズを食べる」が1925年、 「踊りの歌」は1929年になります。 後の英文の説明はこれらの4曲は皆民謡の改作であること、 前2曲は簡単な3声部だが、 後2曲(当該2曲)は児童合唱としては複雑な4声部になっていること、 などがポイントでしょうか。 英文後半は(民謡の)収集、注釈、カタログ化の10年間により コダーイはユニゾンで歌われる民謡にハーモニーを与え、 更には伴奏パートを独立した価値あるものとしたと記されています。
2.「ジプシーはチーズを食べる」について この曲は、もともと児童合唱であったこの曲(1925)を、
1959年に混声合唱用に書き換えたものです。
ハンガリー民謡をモチーフにしています。
ジプシーはコダーイが生まれたハンガリーなど
東ヨーロッパを中心にヨーロッパ各地に広がって暮らしているのですが、
他の国でもそうであるようにハンガリー人にとっても「よそ者」として、
差別の対象になっていました。
ですからハンガリーの民謡にはジプシーの悪口のような曲がたくさんあるようで、
この曲もその一つです。
曲はABAの3部形形式。
AB共に民謡であり、最後のAはダ・カーポによる反復です。
とても速いAの部分と対照的に中間のBの部分は大変ゆったりと歌われます。
Aの部分は、わざと聴き取りにくい歌詞を速いテンポで歌い、
聴いている人に「いやな音だ。何て言っているのかわからない。」
と不快感を感じさせることをねらいとしているようです。
たとえば「ジプシー」はハンガリー語でチガニーといいます。
早口でチガニーチガニーと繰り返し歌うことによって、
「ジプシーがジプシー語でしゃべっていてうるさい!」
というジプシーに対する皮肉(悪口)を表しているのです。
Bの部分がなぜゆったりと歌っているのかはわかりません。
「踊りの歌」は、題からは想像もできない難曲で、譜面は大変なものです。
この曲は中間部で4声にもう一つ加わり5声でまったく別の旋律を歌っています。
一つのとらえ方を示します。
冒頭のボツボツと低い声で語るようにしゃべるアルト、同じ音型、
逆行する音型で歌われるメゾやソプラノによる重なり、
一つのパートが二つに分かれて逆行して歌う
(しかも1:2にわかれて!)など、
しゃべっている人(その場にいる人)が増えていく、
みんなが意見を言っていく。
対立している様子も想像できます。
中盤、後半と大変速いメロディ、絶叫、問いが曲をたたみかけます。
当然違う事件、あるいは別の意見、そんなものが表されています。
踊りの歌について、ハンガリー語通訳で、
ハンガリーの音楽を研究されている伊藤直美先生にたずねたところ、
伊藤先生が訳されたものを教えていただくことができました。
出版物のため、全文を載せることはできないので、冒頭だけ載せます。
全文がほしい方は楽譜をお買い求めください。
伊藤直美訳「ハンガリー合唱名曲シリーズ 第5巻 ゾルターン・コダーイ合唱曲集」
(ハルモニア出版)
踊りの歌:
ハンガリー人に踊りは向かない、ということまでをもやつらは言う!
彼らにくつやぶかぶかズボンを作るのならば向かない。(注1)
けれど、拍車のついたブーツや青鷺(あおさぎ)の羽飾りをつけた帽子をかぶった頭、
真珠の頭飾りやハンガリー風頭巾は(踊りに)向いている。
〜 以下 略
注1)西ヨーロッパで宮廷ダンスをするときの衣装 (華奢なくつと上半分がゆったりとしたズボン)を皮肉っている。 「彼ら(ハンガリー人)にそのような衣装を着せても似合わない」の意味。 オーストリア・ハンガリー二重帝国の時代、 オーストリアがハンガリーの民族衣装を禁止しようとしたことへの抵抗の歌。
ヨーロッパでは1867年から1918年の間、
ハプスブルグ家を中心としてオーストリアとハンガリーが一つの国、
オーストリア・ハンガリー二重帝国をつくりました。
しかし、もともと別の国であり、
またチェコをはじめまわりの国も含めて民族問題がたくさんあったため、
お互いの関係はあまりいいものではありませんでした。
そこで注1にあるようなお互いの悪口の歌が流行したようです。
西ヨーロッパというのはオーストリアのことです(ハンガリーは東ヨーロッパです)。
オーストリア人は宮廷で高級な衣装を着て踊りをし、
自分たちハンガリー人には似合わないとばかにするけれど、
ハンガリーにはハンガリーの踊りと衣装がある。
オーストリアの踊りなんてたいしたことない。
自分たちは自分たちの踊りを踊ろう。
そんなような歌だと思います。
歌詞の後半はとくに歌詞に意味はなく、悪口からだんだんかわって、
ハンガリーの踊りのはやし言葉になっているのではないでしょうか。
ハンガリー人は自分たちのことをハンガリー人とは言いません。
マジャール人と言います。ハンガリー語というのもマジャール語といいます。
ハンガリーという言葉はフン族の国という意味で、
まわりの国が差別して呼んだ名前です。
そんなところからも、民族問題が感じられます。
「ジプシーがチーズを食べる」も民族差別の歌でした。
ヨーロッパのハンガリー周辺の地域にはこのような民謡がたくさんあるようです。
Szonyi Erzsebet作のSirato(泣き歌)という曲があります。 コダーイが亡くなったとき、葬式で演奏されたそうです。 ツィンバロンとフルヤと合唱のエキゾチックな組み合わせが素敵ですが、 CD等の情報はありませんか?
[A]
Szonyi Erzsebetはコダーイと研究をしていた人らしいですが、
その人自身の情報・CDはありません。
しかし、折角ですので関連情報としてコダーイの曲の情報を書きます。
コダーイの曲で、Siratoという言葉が使われている合唱曲を探しましたら、
次の二つがありました。
1)Ciganysirato ジプシーの哀歌(泣き歌)
2)Sirato enek 哀歌(泣き歌)
これらは、「哀歌」とか「泣き歌」と訳されているようです。
1)は、私の所有している
CD
に収録されています。
2)は、P.ボドウログ作詞詞とのことです。
これは
kaitoさんの情報
によると、混声合唱の曲のようです。
[Q]「ジプシーの泣き歌」の中に出てくるリフレーンの意味は何ですか?
「ジプシーの泣き歌」に出てくる「ガーレジョパール・・・」とか「ヘイティライレイ・・・」というリフレーンの日本語訳がよく分かりません。意味は何ですか?
[A] コダーイの合唱を得意とする専門家に確認した結果、若干の推測が入るとのことですが、次のような解釈になるそうです。
「劇場の序曲」を演奏しようと考えていますが、 この曲に関する情報は何かありますか。
[A]
横井雅子著「音楽でめぐる中央ヨーロッパ」
などの情報をもとにまとめました。
解説:
「劇場の序曲」(あるいは「劇場序曲」) "Theatre Overture" は、 本来、歌劇ハーリ・ヤーノシュの冒頭を飾る序曲でした。 この時は、単に「序曲」 "Overture" という表記でした。 もっとも、ハーリ・ヤーノシュの初演は1926年でしたが、 その時、この序曲はありませんでした。 1927年にブダペストでハーリ・ヤーノシュが上演される際、 その冒頭を飾る序曲として作曲されたそうです。 コダーイはのちに終結部を書き加えて演奏会用序曲としたそうで、 これが、「劇場の序曲」 "Theatre Overture" と名付けられました。 1952年以降のブダペストでのハーリ・ヤーノシュの上演では、 「序曲」は演奏されなくなったそうです。
この曲は、 歌劇の内容を要約するといったドラマの筋を知らしめる性格は持たず、 総合的にハンガリー的雰囲気を強く感じさせるものとなっています。
演奏情報:
「劇場の序曲」は、
Universal Edition (English version)
の
情報
などから総合すると、日本における初演は
リコーフィルハーモニーオーケストラ
のようです。
この曲は、2002年2月17日に新宿文化センターで演奏されました。
指揮者は、
ブタペスト国際指揮者コンクールで優勝経験を有する井崎正浩氏でした。
劇場序曲が入っているCDのリスト:
(CD所有)
(CD所有)上記のドラティのCDと同じCDで輸入版.
(CD所有)
(未入手)
には、ハーリ・ヤーノシュの冒頭部分としての「序曲」が入っています。
[Q]「ガランタ舞曲」について教えていただけないでしょうか?
「ガランタ舞曲」を高校の吹奏楽で演奏することになりました。 この曲について教えていただけないでしょうか?
[A]
ロジンスキー指揮、ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団の
CDの解説をそのまま記載します。
コダーイが少年時代の7年間を過ごしたガランタは、
現在はチェコ領になっているハンガリー西部の町であり、
古くからジプシーの居住地になっていた。
1933年に作曲されたこの「ガランタ舞曲」は、
ジプシーの舞曲を素材にした作品であるが、
そのブルブンコシュという舞曲は、
ガランタの兵士たちが新兵を募るために踊った舞曲であるという。
「HUST」を歌う予定ですが、曲に関する資料が全くありません。 どんな事でも結構ですので、「HUST」に関することをお教え下さい。
[A]
二つ検索できました。
1.
慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団のHP
.
ここにHUSZTの解説があります。
2.「コダーイ妄想劇場」というところのの
「 コダーイ男声合唱曲資料館を見てみる」に曲情報がありました。
現在、このページは閉鎖されているようです。
そこには次のように書かれています。
製作年 1936年
作詩者 K
lcsey Fernc
作品解説 19世紀の自由主義の詩人でありハンガリー国歌の作詩者
ケルチェイ=フェレンツ(1790-1838)の寸鉄詩をもとに、
男声合唱ならではの和音、進行、リズム、力強さを生かして作曲された、
民族意識昂揚歌。
追憶に沈む愛国の士にフスト城の亡霊が、
過去を懐かしまずになぜ戦わない、と叱咤激励する歌。
不気味で、神秘的な静寂の和音から、
次第に力強く自由と独立を歌い上げてゆく。
フストはラコーツィの自由戦争(1703-1711)の頃の城跡で、
現在はウクライナにある。
コダーイの児童合唱曲で「平和の歌」というのがありますね。この歌が作曲された背景とかコダーイの想いとかを知りたいのですが、どなたかお詳しい方はいらっしゃいませんか?
[A]
Kaitoさん
から情報を提供していただきました (ありがとうございます)。
KODALY Choral Works 2(Hungaroton LPX11315) には以下のことが記されています。
BEKEDAL(1952) PEACE SONG
A three part song written on the poem by Sandor Weores.
Nature is awakening. The workers have plenty to do. The flag flies, youth is building a new home and everybody and everything is waiting for peace.
訳:
Sandor Weores の詩にもとづく3つの部分からなる歌。
(詩の概要は以下のとおり)
自然は目覚める。労働者達はすべきことが多い。旗はひるがえり、若者達は新しい家を造り、そして皆が、全てのものが平和を待ち望んでいる。
[Q]AVE MARIA、緑の森で、NAGYZALONTAI KOSZONTOに関することを教えてもらえませんか?
AVE MARIA(1935)、ZOLD ERDOBEN(1936)「緑の森で」、NAGYZALONTAI KOSZONTO(1931)の曲の創作背景やら、楽典的なこと、何かご存知の方がいらしたら、コメントを頂きたいのですが。
[A] 3つの曲についてですね。
3曲とも収められているCDが見つかりました。「MAGOS A RUTAFA / ルタの木は高い」というもので、福島コダーイ合唱団が合唱、ウグリン・ガーボル指揮です。東芝EMI から 1998 に出されています。該当の曲はコダーイの「児童と女声のための合唱曲集」からの3曲です。
Ave Maria (めでたし聖マリア)
Zld Erd
ben (緑の森で)
Nagyszalontai Kosznt
(ナジサロンタ地方の命名日の祝い歌)
以下はもりもとさんから提供していただいた情報(一部編集)です:
「緑の森で」の旋律はニトラNyitra(現スロヴァキアNitra)周辺の民謡で、コダーイ自身が採取したものです。
Nagyszalontai Kosznt
は、その名の通りナジュサロンタ(ナチサロンタに近く聞こえます。現ルーマニアSalonta)の風習の一つで、ケセンテーkosz
nt
=「ご挨拶」が元になっています。同じくコダーイがフォノグラフ(円筒蝋管式録音機)で採取したもので、歌った女性の名前も記録に残っているそうです。
どうして「ご挨拶」かというと、12/27ヤーノシュの日(祝名日=名前の日、365日すべてに名前が割り当てられており、自分の名前の日にはこれからの幸せを願ってお祝いしてもらうというヨーロッパの習慣)に、夜中の3時頃から出かけていって、この歌詞のような言葉を唱えながら、その家の人を起こし、お祝いの言葉を述べると、お祝いされた家でお菓子とワインでもてなされたというものです。
夜明け前のことなので、「さあ、目覚めよ」らしいですね(現実的には12月末の3〜4時にはまだ夜は明けませんけど(^_^;))。以上の資料はモハイネー・カタニチ・マーリアのコダーイ合唱曲についての解説集(残念ながらまだ邦訳されていません)から参照しました。