《編制》 |
2001/10/28
『悪魔がささやく』
{あくまがささやく}
from
"ようかのアトリエ"
僕には、悪魔が憑いている。
クラスで流行りのトレーディングカードゲーム。みんな休み時間ごとに勝負しているのに、僕だけ持っていない。
15枚、500円。
だめだ。僕の小遣いじゃ、とても集められない。
溜息をついて、カードを陳列棚に戻した。
「――君っ!」
肩をグイと引っ張られた。店員が突き刺さんばかりに僕を睨んでいる。強引に店の奥に引っ張られ、僕のポケットを漁った。カードが何枚も出てきた。
魔が差すのとは違う。僕の意志とは無関係にやっていた。
万引きをしようなんて思ってはいない。そんなこと、考えたこともない。でもあの時、はっきり聞こえた。
『パクッチマエヨ パクッチマエバ オマエノモノダ』
気がついたときには捕まっていた。
宿題やらなきゃ。
『ワスレチマエヨ』
嫌いな授業。
『サボッチマエヨ』
お金が足りない。
『ヌスンジマエヨ』
何かがあると悪魔がささやく。ささやかれるとやっている。やりたいなんて思わないのに。僕じゃない。悪魔の仕業だ。
おとなしい子だったのに、と先生が言う。僕にそんな度胸はない。悪魔のせいだ。僕はやりたくない。あんな声に従いたくない。でも、どうして悪魔が? あれは僕の? そんな、いやだ……。
クラスの一人が嘲り笑う。
「お前も結構ワルなんだな」
僕はやりたいわけじゃない。
「全然そんな風に見えないのに」
僕は不良なんかじゃない。
「ホント見かけによらないんだな」
やめてくれ――!
気付くと彼を殴っていた。でも僕は不思議と冷静、落ち着いていた。おそらく無表情、あるいは目が据わっているだろう。折られた鼻を押さえながら彼はあわてて逃げ出した。
ある種の緊張が解け、じわじわと後悔が襲ってくる。人を殴ってしまうなんて……もういやだ! ささやきがなければ――
『オレハ ササヤカナカッタゼ』
――そんな、嘘だ!
『ヨクオモイダセヨ アレハオマエガ ヤッタンダ オレノコエガ キコエタカ?』
……僕がやったのか? 確かに声は聞こえなかった。自分の意志でやったのか? 違う! 僕はこんなのじゃない、こんなの自分じゃない……。
『ソレガ オマエダヨ ラクニ ナッチマエヨ』
店に行けばマークされる。今日はパクれそうにない。持ち合わせもない、誰かから借りることにしよう。適当な奴に声をかける。だがケチな奴だ、貸してくれそうにもない。仕方がない、ポケットのナイフを取り出してひとりごちた。
「ああ、悪魔の奴がささやいてるよ」
本当はもう、悪魔は憑いていない。
おわり