編制

1999/07/13
『こじつけ』

 丘の頂上に建つ領主一族の住まう瀟洒な屋敷は、日々右往左往する民衆の放つ羨望の眼差しを静かに受け止めている。その町には年に二週間だけ、一人の青年が訪れていた。今年もまたその亜麻色の髪の青年は、軟らかな笑顔を振り撒きながらやって来た。青年は何時もの如くその時期からとたんに忙しさを増す収穫作業に従事し、顔を泥だらけにした老若男女との与太話に花を咲かせた。二週間が過ぎ、青年は再び姿を消した。町ではある噂が流れていた。
「あの青年は領主の御子息に違いない。でなきゃ優雅な山芋掘りなんでできやしないさ。俺らの働きぶりを見張ってるのさ」「あの瞳を見てみろ、そんな腹黒い訳はないさ。きっとお屋敷の生活は息苦しくて、それで町に息抜きにやって来るのさ」「それに違いない! 裕福な生活ってのも大変なんだろうなぁ」
 亜麻色の髪の青年は屋敷の出窓から、眼下のくすんだ町を見下ろしていた。「なあ爺や、僕はいつまでこんな面倒をしなきゃならないんだい? 僕はここでの暮らしにとても満足している。だのに平民の暮らしに憧れているなんて芝居は億劫だよ。だいたいさ、そんな訳は無いじゃあないか、違うかい?」
「これも高貴な者の勤めだと理解してください。彼らの生活は活気に溢れ素晴らしく、我々すら憧れる。物量的に充たされているだけでは真の意味での心の平温を得ることは出来ない、そう思わせておいたほうが万事上手くゆくのです」「でも、ほんの少し考えを巡らせれば、自分達が踊らされていることくらい解ろうに」
「考えを巡らす、とは極めて崇高な所業なのです。彼らにはそれを行うだけの能力や知識は一切無く、またそれらは豊富な時間により手に出来るものであり、彼らにはそんなもの、想像すらできないのですよ」
「……そうだな。爺やの云う通り、彼らの言動はいつもいつも下らなくて退屈だよ」

おわり