編制

2001/07/19 (2000/08/08)
『余計なお世話』
{よけいな おせわ}

 近未来。
 医療技術の革命的発達と生命倫理の国際的開放運動により、世界各国で出生前・後遺伝子診断が一般に浸透した。完了し、更に補強されたヒトゲノム解析は、疾病の全てを完璧に網羅し、その発病を事前に予測することを可能にしていた。

 日本のとある街。大木美紀{おおき・みき}は両親の説得に苦戦していた。漸く16歳になり、遺伝子診断を受ける「権利」を得た彼女だったが、旧世代である両親は世の中全般がそうであるように、彼女の「権利の行使」を渋っていた。
「病気になってからでも治療できるのに、どうして今、健康な時に知る必要があるの?」
 母親は比較的柔らかく娘を否定する。美紀の持つ権利の意味が、どういうものなのかをあまり知らないが故{ゆえ}である。そういう母親を見るたび、美紀はその能天気さに呆れるばかりであった。
「医学の問題じゃない! 人道的な問題だ! いいか、美紀。今の病院は確かに優れているが、でも万能じゃあない。治らない、治せない病気がどれだけ残っているか、お前も知っているだろうが!」
 手強いのはやはり父親だった。商社勤めのサラリーマン、その肩書きに相応しくないほどに彼の頭脳は鋭く、また知識も豊富だった。彼を説得し納得させるのは不可能だろうと、美紀は半ば確信していた。だから結局、こう出るしかない。
「これは私の「権利」で、お父さんやお母さんの同意は不要なのよ! それじゃ、友達と待ち合わせてるから」

 町医者の片隅にある端末に、友達と共に髪の毛の一本を献上し、待つこと僅か5分。カタカタという音と共にフルカラー印刷の紙切れが現れる。

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 ミキ・オオキ(16 A+)発病確立データ
・乳癌……20歳までに、98%
・子宮癌……21歳までに、96%
・早発性痴呆症……22歳までに、100%
・筋萎縮性側索硬化症{きんいしゅくせい そくさくこうかしょう}……22歳までに、100%
・etc、etc、etc、
※欠陥多数の為、臓器提供レシピエントに不適合
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 日本のとある街で、若い女性が自殺した。余りにありふれているので、ローカルテレビで報道されることもなく、地方新聞の片隅を埋めるに留まった。
おわり