「喪の山」ロイス・マクマスター・ビジョルド:小木曽絢子訳/東京創元社『無限の境界』(1994)収録
1997.12.20読了
1998.5.15記
「兄弟はおられないんですか、殿下」今度はハラが、ぴしゃりといい返すようにいった。
「いない。だが、そんなことは山奥まで知れわたっているはずだ」
「あなたの噂はいろいろ聞いています」ハラは肩をすくめた。
口からでかかった憂鬱な質問を、マイルズはレモンの切れ端のように噛みしめた。訊くべきではないのだろう、やはり訊かないほうが・・・だが、我慢できなかった。
「どんな噂だい?」こわばった唇から押し出すようにして、彼はたずねた。
「国守さまのお子が突然変異(ミユータント)だということはみんな知っています」彼女は挑戦するようにぱっと目を見ひらいた。「国守さまが結婚した異星人の女のせいだという者もいます。戦争の放射能のせいだとか、病気のせいだとか、あの、国守さまが若いころ、士官仲間と不潔な行為をしたからだとか――」
最後のは、マイルズには初耳だった。彼はあきれ顔になった。
「――でも一番多いのは、敵に毒を盛られたのだという噂です」
「正しいのが一番多くてよかったよ。ソルトキシン・ガスを使用した暗殺の企てがあったとき、ぼくは母の胎内にいたんだ。これは――」
突然変異じゃない。という言葉はいつものようにしゃっくりとともに喉をくだった――いったい何度説明すればいいのだろう――一種の奇形だが、遺伝子によるものではない。ぼくはミュータントじゃない、ぼくは・・・子を失った無知な女に、生化学の細かい説明をして何になるんだ? 実用的な意味でいえば――彼女の理解する意味では――ミュータントと変わりはないだろう。
「――そんな大げさなものじゃない」とマイルズはいいかえた。
SFの感想も書いてみよう、と思って手を付けたのがビジョルドで、しかもよりによって「喪の山」ってところが、イカシテイルでしょう?
「喪の山」はビジョルドのメインのシリーズである(って、『自由軌道』も厳密な意味ではこのシリーズに含まれるので、他の作品を私は知らないのだが)"ヴォルコシガン・サーガ"の番外編的な短篇だ。ということで、まず"ヴォルコシガン・サーガ"の説明から。
シリーズの舞台は、ワームホールで結ばれた複数の宇宙と、そこにある惑星。要するにスペース・オペラなのだが、完璧にキャラクター小説であると言っていいだろう。主に主役を張るキャラクターは、惑星バラヤーの国守(貴族だね)の一人息子であるマイルズ・ヴォルコシガン。このマイルズのキャラクターが非常によく出来ているのだ。
彼は、生まれながらの貴族であり、摂政の息子でありながら、胎内にいたときに母親が浴びた有毒ガスの影響で身体的なハンデを背負っている。
なにしろ貧弱な容姿なのである。マイルズはぐいとあごを引きつけ、かすかに笑みをうかべた。大きすぎる頭、短すぎる首、背骨が曲がって盛り上がっている背中、砕けやすい骨のために何度も骨折して湾曲した足、人の目をひきつけずにはおかない、ぎらぎら光るクロミウムの補助具。この山育ちの女が立ち上がったら、彼の頭は女の肩までしかないだろう。
というわけで、コンプレックスの塊なのだった。但し、人一倍頭はいいし、弁もたつ。長篇『戦士志願』は、士官学校の入学試験に落ちたマイルズが、意地と知恵と根性とハッタリだけで傭兵軍団の提督になってしまう物語だった。「喪の山」は順番としては『戦士志願』の後、苦難の末に士官学校を卒業し、任官するまでの休暇中の物語である。(注)
休暇中のマイルズは、故郷の領地ヴォルコシガン領で両親とともに過ごしていた。そこに山から下りてきた一人の母親が殺人事件の捜査を直訴しにやってくる。生まれたばかりの娘が、奇形を理由に父親に殺されてしまったというのだ。
惑星バラヤーは長く他の宇宙から孤立していた時代があり、生活習慣はまるで中世のそれ、ましてヴォルコシガン領はバラヤーの中でも田舎も田舎、そのさらに山の中である。ワームホールを通じて惑星間航行が行なわれる世界にあって、奇形の子供は邪悪な突然変異として、間引きと称して殺すような優生学的思想に基づく風習が厳然と残っているのだ。
父のアラール・ヴォルコシガン国守は、その捜査を自らも奇形である息子マイルズに託す。幾世代も続いてきた因習にまつわる人々の愛憎と、奇形への偏見が渦巻く山の村で冴えるマイルズの大岡裁き!
というような内容。・・・全然SFじゃない(笑)。もう完全に推理小説、というか一種の法廷小説なのだが、一応この短篇でネビュラ・ヒューゴーのダブルクラウンを獲得していたりするので、やっぱりSFの範疇に入るのだろう(^^;。でもジャンルなんて置いておいて、とにかく面白いのだ。
猫口(口唇裂)であったというだけで、生まれて間もなく殺害されてしまったレイナ――その死の真相を突き止めることは、かつて胎内にいたマイルズが奇形であることを知った時に中絶を望み、最期まで自らの孫だとは認めなかった亡き祖父への挑戦でもあった。――いささか遅きに失しているのだが。
マイルズの怒りと憤りと悲しみと葛藤を丁寧に丁寧に書き込んだキャラクターノベル。SFなんて、スペオペなんて、と思っている人にも読んでもらいたい。これは素直に「いい小説」なんだから。ビジョルドの女性らしさが良い方向に働いた作品(^-^)。
しかし、マイルズって本当にお坊ちゃんだなぁ(^^;。
注
"ヴォルコシガン・サーガ"のお勧めする順番(^^;。単なる私の好みですが。いずれも東京創元社より。
- 『戦士志願』
- 『ヴォル・ゲーム』
- 『無限の境界』
- 『親愛なるクローン』
- 『名誉のかけら』(マイルズが生まれる前の母親の物語。時系列で並べたら最初なんだけど・・・(^^;。)
- ・・・ちなみに、次に出るのはマイルズ出生時、バラヤー政変の物語『バラヤー』だそうな(--)b。
ざ・ぼん