『青猫屋』城戸光子/新潮社(1996)
1998.3.27読了
1998.3.28記
「俺はあんたの親父さんが頼まれもしないのに瘤抜きをやってくれたおかげで助かったんだよ。俺はむかし、あの蝙蝠橋の下で暮らしていたよ。今のように立派なコンクリートじゃなくまだ木の橋だったころだよ。この浮き島もまだなかった。誰かの歌が俺を痛めつけていたよ。それも一つじゃなくいくつも。俺は貧乏でものを知らない人間だったからね、青猫屋のことも瘤抜きのことも何も知らずにあの蝙蝠橋の下で独り生きていたんだよ。俺はまだ十五か十六だったと思うよ。あんたの親父さんもうんと若かったがね。あとで聞いたら、先々代の祖父さんが死んじゃって青猫屋を継いで、もう一人前の歌瘤士だったそうだよ。あんたの親父さんが俺を蝙蝠橋の下まで訪ねてきてね、どっか具合が悪くないかって訊いた。俺は具合は悪いがどうしてそうなるのかわからないよ、と言った。親父さんは、四、五日我慢しておくれ、そしたら大丈夫になるだろうさ、と言った。そして、本当にそうなった。俺は親父さんを捜してわけを訊いた。そしたらね、親父さんは言ったよ。歌の瘤抜きをやったんだが誰にも言うんじゃないよってね。だから、俺の歌も誰かが迷惑しているなら瘤抜きされても文句は言えないわけだけれども」
誰もが歌を口ずさみ、それを《歌ぶり》と呼んで生活の一部としている町で、素焼きの狐ばかりを作っている青猫屋の四代目・廉二郎。青猫屋は代々人形師であり、また、人に害をなすような歌の瘤を、魂を抜く《歌瘤士》でもあった。
ある日、廉二郎のもとに歌の名手ツバ老がやってくる。48年前に父が判定を留保した、歌試合の再判定の約束を果たせと言うのだ。勝ち負けは、どちらがより長い間愛唱されてきたかで決まる。ツバ老が歌った歌は、世に傑作として知れ渡りながら、その長さと難解さでなかなか庶民の口に登ることのない<ムサ小間>。対する裏山の贋稲荷のお時の歌った歌は、やけに短いがツバ老が腰を抜かすような歌だったという。しかし記憶も記録も何も残っておらず、お時も再びその歌を口にすることを拒む。廉二郎はお時の歌の行方を捜して奔走する。
その頃、廉二郎と共に暮らす、歌をきく耳もなく、土を捏ねる才もない少年・頓痴気は、廉二郎が作ったくるくると表情の変わる特別な素焼きの狐を手に入れようと、ツバ老の孫でガラクタ集めを趣味とする金太郎と交渉中。金太郎の出した条件は裏山にいる"何か怪しいもの"を見てきて、詳細を話せというもの。
確かに町の"何か怪しいもの"たちは、裏山にあつまりつつあったのだ。山羊にそっくりだが、山羊ではないヤギ。その体中が電飾で飾られた、巨大な花折介。廉二郎に取り付いている憂鬱虫。時々透けてしまう男、川を泳ぐ平目のような蝙蝠魚、ツバ老の家に住み着いた灰色アリたち・・・。そして、町中の人が歌を楽しむ祭の夜に、"それ"は起こった。
舞台は過去とも未来ともつかない時代。ここともどこともつかないどこか。要するに純然たるファンタジーの世界。世界に関する説明はほとんどない。ぽん、と読者は異世界に放り出される。<歌ぶり>の町へと。それを違和感なく「異世界」として受入れさせているのは、物語の中心となる<歌ぶり>の存在だ。歌というからには当然「音」を伴っているはずなのだが、これは小説、当然音は直接読者の耳に伝わってくることはない。与えられるのは純粋に無音の文字のみだ。だが、この小説に登場する<歌ぶり>の一つ一つの持つ味わいや雰囲気は、実際に音が聞こえなくても、それ以上のものを読者に伝えてくれる。耳には聞こえないが、心に伝わってくる音。その齟齬が居心地のいいこの異世界を、はっきりと存在感のあるものとして認識させてくれる。
物語は穏やかにコミカルに進行する。でも、そこはかとなく悲しみが漂う。川で拾った捨てられた歌を、ただ一つだけ続ける浮島渡しの猿丸。老境に入って初めて夫の美しさを見出したツバ老の妻。贋稲荷に住み着く山口とお時ばあさんの奇妙な関係。山羊ではない自称ヤギの孤独。父から継いだ写真館を潰してしまい、ただ甘いものづくりに専念するハイウェイのレストランのコック。その甘いものをひたすら食べ続ける女子中学生と、ちぐはぐな麺類を注文し続けるトラックの運転手。そして「青猫屋」にとって不要な少年・頓痴気と「青猫屋」の廉二郎、亡くなった三代目の父。それら全てに通じるのは、かすかな虚しさと、悲しみだ。
やがて、名曲<ムサ小間>に続きがあったことが判明し、<ムサ小間>の「秘密」が歌の教師朝比奈夫妻によって解かれる。長い長いこの部分は、歌に意味を求めることの無意味さだけを繰り返し語っているのだろうか?
そして、唐突に訪れる終局。これは、一体・・・。歌の魔力と言うには、あまりに残酷な、これは。
再読再読っと。とにかく。お勧めです(--)b。
ざぼんの実