『〈キムラ式〉音の作り方』木村哲人(きむら・のりと)著/筑摩書房(1999)
2000.01.30読了・記

ざぼん
ざぼんの実


 一年前の冬、今の部屋に引っ越して間もなく、妙な水音がするので、不動産屋に電話したことがある。とにかく妙な水音なのだ。そんな音がする筈がないのに、聞こえてくる。しかも相当の音量で。

 雫が落ちる音、井戸の底に水滴が、タン、と落ちる音。それも水音が固くなるほどの深さと、大きく反響するだけの広さがないとありえないはずなのだが、音源は天井、上の階の床との間だ。そこから、タン……、タン……、タン、タン、タンタン、タンタン、タタタタタタタ……と聞こえてくる。

 不動産屋は、パイプの音だろうと言った。寒い冬に温水がパイプに流れて、縮んでいた金属が膨張すると、音がすることがあるのだそうな。水漏れではないと思うから危険性はないとのことだったが、とりあえず水道屋さんに来てもらうことになった。

 2階の住人の方にも連絡してもらい、温水を流してみると、確かにそのタイミングで聞こえた。うーん、パイプの音がこんな音だとは。まあ、水漏れでないことは分かったんだけど、うるさいんですが、マジで(でもどうにもならんらしい(;_;))。

 1993年頃、フジテレビの深夜ローカル枠は音をテーマにした番組を組んでいた。『寺内ヘンドリックス』とか、『音効さん』とか、『マエストロ』とか。特に『音効さん』は面白かった。普段は画面の表には出てこない音響効果スタッフを前面に押し出した番組で、その頃私はビデオを持っていなかったので、寮の友達に頼んで録画してもらっては見たのを思い出す。

 オープニングは「朝」の映像。男の人が朝起きて、お湯を沸かし、ミルクを飲むというような映像は同じなんだが、効果音に毎回違うものをあてていく。ミルクを飲む「ゴクリ」という音の代わりに、ゴジラの吠え声とか、そういう感じ。あまり突飛な音というのは案外面白くなく、微妙に何かが違う音の方が笑えたのを覚えている。他にも音効さんの競演や、ヒット曲を38秒で聞くコーナーや、鈴木清順と原ひさ子ののどかな会話(ジジババ萌えにはたまらん!)など、非常に楽しい番組だった。

 前置きが長くなったが、『〈キムラ式〉音の作り方』は音効さん・木村哲人がその仕事の何たるかについて書いた本である。テレビドラマや映画の音を撮影と同時に録画するわけではない、というのは常識だと思うが、後からあてる音をどのように作っているのか、そして時代による音の付け方の変遷、苦労話などが詳しく楽しく解説されている。

 心臓の音、軍隊の足音、台風の風音から、音もなく降る雪の音、春のそよ風の音、音もなく近づく怪獣の気配まで、本来音が存在しないはずの音も注文されたからには作り上げる。

 これが何の音なのかは読めばすぐに分かるのだが、なんだか「ゆで卵の殻を使っていたが、きれいにむけないので、生の卵を割り、水で洗うことにしている」とか、非常に素朴で良い。きっと生卵を洗わずに使ってエライ目にあったに違いないなど(あ、そこまでアホなことはしませんか)、苦労が目に浮かぶようだ。

 時には身近にある別の音から、時には音を出す機械を発明したり、その創意工夫や苦労の過程がたまらなく楽しく、幸せな気分にさせてくれる。

 他にも映像と音の合わせ方、主観の音と客観の音、外国の音と日本の音の違い、ラジオと映像の音の違い、マイクの歴史と特性など、感心しながら読むことが多い。この著者は映画『ラヂオの時間』に監修としても加わっているらしい。前著『音を作る―TV・映画の音の秘密』と共に、見てみたいものだ。音があってこその映像、映像があってこその音、切っても切り離せない映像と音の関係を、もっと豊かに感じられるようになる1冊。お薦め。


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