『電脳走査線ハイッバー・コップ』
ジョーン・B・ニシカワ著,冬原イサク訳/アラカワSF文庫NEXT(1999)
1999.7.22読了
1999.7.29記

「どないします、これから。……リッキーが帰ってくるの、ここで待ちまひょか」
「ここは寒いわ。だからといって、離れるわけにもいかないしね……。そうだ、あそこの店で休ませてもらいましょうよ」
「そらあきまへん。こんなごついサイボーグの二人連れが中に入ったら、店の主人、迷惑します。世間話のひとつもせなあかんし、わしらが刑事やということ、分かってしまいますがな」
「主人は知ってますよ、私たちが刑事だってこと」
「えっ?」
「さっき訊き込みの時、マークを見せたもの」
「イノウエさん、あんた、ミトのご老公でっか」
 私はいう「インローとチンポコは、どこででも振りまわすもんやおませんで」
「何わけのわからないことを言ってんのよ、バカ」
 アキラは気色ばむ。

 時は25世紀。急激な気候の寒冷化と、臓器が崩壊する原因不明の病を避けるため、人々はかつて海底だった低地に這いつくばるようにして暮らしていた。ほとんどの人間が体に何らかのサイボーグ処置を施していたため、軌道企業の人工臓器は高額で取引きされていた。そんな中、各国でサイボーグ処置されていない健康な人間が拉致、殺害される事件が多発する。違法改造サイボーグ集団<メス>が、手近な臓器の材料として人間を狩っているのだ。

 ニューオオサカ府警の新米刑事デッカードは、妹を<メス>に殺されたことで<メス>への復讐を誓うが、圧倒的な<メス>の反撃を前に大ピンチに陥いってしまう。そこに現われたイノウエアキラという女性。彼女は警視庁から派遣された相棒だと名乗るが……。

 サイバーパンクというジャンルを、私は滅多に読まないんだけれども、物凄い大阪小説だよと言われて、だったら読もうという気になった。確かに凄い。

 主人公のニューオオサカ府警の新米刑事デッカードが、20世紀の大阪おたくであるという設定も非常に安直に思えたし、ハイッバーマン・イノウエアキラとの会話まで、キャリア対ノンキャリア、カントー V.S. ニューオオサカという構図で、なんで25世紀の設定でそんなことをするかなー、とうんざりしてしまった。

 んだけれども、読むほどに、これを書いたのは大阪人じゃないだろうか?というくらい適確なボケとツッコミに唸らされる。ハイッバーマンとして、捜査や戦闘ではとんでもなく有能なアキラの、無邪気で殺人的な天然ボケっぷりと、仕事面で全くかなわない彼女に対抗心を燃やしながらも、役立たずで口だけ達者なデッカードのツッコミ。上手い。最初はぎこちなかった二人が、どんどんこなれていく過程もいい。デッカードがアキラに妹の面影を見出す所も。

 巻末の著者経歴を見ると、旦那さんが大阪の方らしいし、本人も結婚以来ずっと大阪に住んでいるということで、さらにそこに日本対外国の文化差異への皮肉に満ちたやりとりも含まれていて、読ませるのだ。黒川博行『海の稜線』に匹敵するかも。さらにデッカードの20世紀おたくっぷりが、きちんと伏線となって発揮されるところは、まさに痛快としかいいようがない。冬原イサクは徳島県人だけれども、訳もナイスでした。

 ストーリーの方も何かギャグじみているんだが、そういえば原題は"Hybrid Cyber City"って、ネタバレ?かもと思うんですが、英和辞典がないのでわからない。でもこの原題の意味が解明された時には、思わずナルホド!でありました。バカだけど。

 これはまさに新・梅田地下オデッセイとして大阪人の心に残る小説でありましょう。つーか、大阪人は必読。さっそく『電脳走査線ハイッバー・コップ』で地下粒子<オス>になろうツアーオフが開催されるらしいし、行きたいかも。でも、この小説の執筆があと2年遅ければ……。HEPナビオの大観覧車がどう関わってきたかとおもうと、悔しい気がする。

 にしても、これ、他の地方の人には分かるのかなあ……(^^;。

 以下ネタバレで感想に入りますm(__)m。。


ここから先は、未読の方はご遠慮下さい。
ざぼんの実
ざぼんの木

ちなみに現在のHEPナビオ↓
HEP navio 17k
http://www.takenaka.co.jp/news/pr9805/m9805_01.htm

 

 

 

 

 


 後半、ワトソン役に甘んじていたデッカードが前面に出て、遺跡・旧梅田地下街を辿っていく風景は個人的にツボだが、それを抜きにしても、ニューオオサカ全体がかつて軌道都市と対になるハイブリッド・シティとして作られたもので、地下街に傀儡サイボーグを血管を流れる血のように循環させることによって機能する、という設定はなんかすげーバカで参った。『銀河鉄道999』?

 臓器の崩壊、地球の寒冷化の原因も、ハイッバーマンというアキラの強すぎる肉体の謎も、全てが梅田地下街の遺跡で繋がる様は確かに快感は快感だが、手近な所で収まりすぎという感じはしないでもない。

 あと、母体である梅田地下の支配下で殺戮を繰り返す<メス>たちの苦悩も、馬鹿とは知りつつ泣けてしまった。アキラも、あそこで特攻玉砕するんだもんなあ。確かにナビオ阪急(=>梅田にあるファッションビル。鋭角三角形をしており、ビル側は「船の形を模した」と言っているが、単に狭い土地に無理矢理立てただけだという噂だ。今はてっぺんに赤い観覧車が建っている)と一体化して、船出してしまうところは、《サイボーグを超えた!》と言えるかも。笑ったけど。そういうツボ、押さえすぎ。

 結局軌道都市も、人間を養い、臓器=人間もどきを生産することで梅田地下を生かす目的で作られたものなんだし、アキラも梅田地下の脳となるべく産み出されたものなんだろうけれども、環境問題とか、臓器移植問題とか、クローン問題に対する著者のイデオロギーが滲み出てきてしまうのは、ストーリーと場違いで嫌な感じがしてしまった。もっとあっけらかんと馬鹿突っ走ってもらった方が、潔かった感じがするなあ。

 とか文句言っていますが、面白かったです。確かにあらゆる意味ですごかった。梅田地下万歳。  


 
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=>『電脳走査線ハイッバー・コップ』の謎掲示板(ネタバレ)も参照!