西暦弐千年
七月十七日から七月二十四日


「歌」と内容は必ずしも関連していません(笑)


月18日
薄絹の すべりし宵の 潮の香や
波に漂う 夜に誘いて


潮の香りがする。

風が南に変ると
湘南のこの街には、濃い夏の香りが
満ちてくる。

幼い頃の私の夏は
忙しい小商いの日々の息抜きと
私への贈り物として
房総の海へ行くのが
家族のささやかな年中行事だった。

予定の日までに
梅雨が明けることを祈り
カレンダーに丸をつけて、指折り数えながら
花火を揃えたり
真新しい、大きなタオルを
何度も何度も
たたみ直して鞄に入れたりだしたりしていた。

すこし大人になって行く夏の海は
なんだかすこし男と女を意識してしまったりして
それを追い払う為に
波乗りばっかりしていたような
気もしたりする。

歩きながらじゃれあう若い二人の声が
網戸越しの潮の香りに乗ってくる。

月は2日分だけ欠けて
西へ傾いている。

みんなで過ごした
あの夏からも

あの宵に
あの人といた夏からも
随分離れてしまった。



月19日
指先に 微かに触れし その肌の
熱きの故は 問いもせざりや


かけてゆく子供達がいる。

明日からの夏休みに向って
思い切り弾みながらの笑顔は
向日葵の並ぶ夏の歩道に
よく似合っていた。

ちっちゃい頃
夏休みの二日前は
ちょっと憂鬱だったりしていた。

大して勉強もしなくて
テストの点数がいっつも悪い事を棚にあげて
「なんで通知票なんてあるんだろう」
なんて思っていた。

今更くよくよしたって
なにも変るはずなんてないのに
鉦をたたいて、拝んでみたり
柏手まで打ったりして
すごく悪い内容で
泣き出す夢をみたりした。

そして案の定の成績が帰って来て
その上通信欄まで
ちょっと気になる事が書いてあったりして
とってもがっかりした記憶がある。

でも
終了のチャイムが鳴って
お友達と
プールやお出掛けや
一緒に勉強するって名目の
楽しい集まりの予定なんかを相談しているうちに
頭の中は
夏休みでいっぱいになったりもしていた。

ふと
そんな時間って
ちょっと喧嘩をしてしまった
好きな人に会える日に
似ているなぁって思った。



月20日
旅終えし 波の宴の 楽の音に
まどろみたるや 醒めぬ夢見て


久しぶりにボードにワックスを塗って
台風5号から来るうねりを楽しみにして
海に入る。

最初は勝手が違ってしまって
波を上手く越えられない。

こんなはずじゃないと思いながら
なんとか沖に出て波を待つ。

波が読めなくなっている。

何度か掴み損ねて
やっとテイクオフする。

繰り返しているうちに
少し身体が思い出す。

思ったより疲れてしまって海から上がり
ビールを開けて
文庫本に目を落としているうちに
何時の間にか眠っていた。

目覚めると
西の空に赤く染まった雲が流れている。

伊豆の山々が影になって連なり
海は藍を濃くしている。

夢の中の私は
まだ幼くて
浮き輪で波に浮かんでいた。

手を伸ばせば
沢山の手が掴めたし
海から上げれば、乾いたタオルで
頭をごしごし拭いもらえるはずだった。

今日の私は
両頬をパチンと軽く叩いて
大きく伸びをしてから
お家へ向う。

明日からはまた仕事が待っているし。



月21日
朝の色 ふたとせ 伝えし 朝顔の
つるも馴染みし 夏のベランダ


初めての花が開く。

朝顔は去年と一緒
ほっとらかしにしていたプランターに
ぽつぽつと出ていた双葉から育った。

白い縁取りのある淡い紫の花は
小ぶりなのだけれど
一昨年から見慣れた色合いだったりもする。

すりっぱをつっかけて通りへ出て
見上げる私の部屋のベランダには
白に紫の縁取りのトルコ桔梗と
黄色に紅をさすハイビスカスと
そして
葉を伸ばす朝顔の中に
一輪だけの花が
海から吹く風に揺れている。

「今年も楽しみだね」

ってお掃除の手を止めて
近所の奥さんも見上げながら
声をかけてくれる。

去年の最初の朝顔は
今はいないおばぁちゃんに
株分けして届けた鉢に咲いた事を
思い出した。



月23日
手もつけづ 氷溶けしも 笑み交し
時や止まれと 君といた夏


高く盛り上げた氷のてっぺんが崩れてしまう。

慌てて
両方からスプーンを伸ばして
すこし口に運ぶのだけれど
ついつい
話に夢中になっていて
二人で一つだけ注文した氷は
また少し崩れる。

何を話していた訳でもない。

別々に暮らしてきた日々について話し
共に過ごす時間達について話し
そして
これから過ごすはずの
明日たちについて話した。

気が付くとガラスの器の中は
色のついた水だけになっていて
コーヒーも冷めている。

お店のおねぇさんが
ちょっと乱暴に器を下げに来てしまい
ちょっとムッとして見上げる時計に
二人は目を合わせて
吹き出してしまう。

こんなに、ねばっちゃ、叱られるね。

お店を出て
軽く腕を組んで歩くと
少し汗ばんでしまうのだけれど
それでも
腕を組んでいたかった。

お仕事の帰りに
氷の看板にぶつかりそうになって

そんな夏の日もあったね

ってことを思い出した。



いんでっくす



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