西暦弐千年
十月から十二月

「歌」と内容は必ずしも関連していません(笑)


10月8日
かすれたる 手書きの文字の 我の名に
かすれたるやと 我に問いしも


雨にも秋の香りが立つ。

猫は少しづつ色が濃くなっているし
ぐりぐり撫でてやるお腹の毛も
ほっかりしてきていたりもする。

私はやっと
想いのあったセーターを捨てた。

もう平気だと思っていたのだけれど
ひと目ひと目編んでいた頃の事を少しだけ思い出す。

少しだけ思い出したはずなのに
たくさんたくさんの風景が
駆け抜けてゆく。

テーブルクロスの色や
コーヒーカップの持ち手の感触や
風に揺れるカーテンのレースの模様や
そして
そこにあった
柔らかな時間達が駆け抜ける。

やっと麻の敷物をしまって、座布団に座り
夏を過ごして色の薄くなっていた
表札代わりに郵便受けに貼っている
私の名前を書いてみた。

思わず
”めぐみ”
と書きそうになって
少し笑ってしまったりもした。

玄関の前にある桜の樹の葉達は
雨の中でも
乾いた音をたてている。

舞い落ちる日も、もう近いんだね。


10月9日
まどろみの 夢は夏なり 秋雷と
驟雨の音や なごり消すやも


麦藁帽子を両手で押さえて
ザッと降り出す雨の中を
軒を探して駆けていた。

稲光に首をすくめて
壁に向って足踏みをしていると
雷鳴が追いかけて来て
耳を押さえる。

こんな日に限って
お気に入りのワンピースを着ていて
後ばねを払おうとすると
いつも2枚持っているハンカチも
どこかに忘れて来てしまっていたりもする。

もちろん傘もない。

急いで出掛けて来たので
お灯明を灯してこなかったのがいけなかったのかなぁ
なんて
的外れな事を考えたり
電車が全部止まってしまって
待ち合わせの場所に来なければいいのに
なんて
思ったりもしていた。

ふと目が覚めると遠雷が鳴っている。
窓の外は目の前の駐車場の車が翳むほどの
強い雨が降っている。

夢の中はまだ夏で
私はまだ少女だった。

すこし片付け物をしていると
雨は上がって
西の空から夕映えが広がる。

フランネルのシャツを着て
玄関を出ると
ピンと張りつめた秋の空気の中に
モクセイの香りがする。

ぼろぼろになっていても
会いに行ける恋をしよう。

ぼろぼろになっていても
会いに行って
ちゃんと確かめる私になろう。

雨に打たれた夏の花々は
もうそのまま眠りについてゆく。

おやすみ

そして
ありがとう


10月10日
澄む空に 満るを知りし 十三夜
きみに会へるや 雲に任せど


満るを待つ月が照る。

今日は栗名月なので
ちょっとしたお供えをし
猫を抱いてベランダへ出てみた。

雲の形がはっきり判るほど
空は澄んでいて月は明るい。

十三夜という言葉を知ったのは
同名の
樋口一葉の作品に出会った時だった。

作品の本旨とは少し外れるのだけれど
印象深く残ったのは
満る前であるが故の月の妖しさと
満ぬがゆえの月の儚さだった。

プランターに何時の間にか生えていた
猫じゃらしが風に揺れて
おっかなびっくりなのだけれど
猫は一人遊びを始めている。

色々考える事が無い訳じゃない。

今日の処は
雲も無くて
この月を愛でられた事で
良しとすることにした。

良い夢を


10月13日
ポケットに 手を入れ見上げし その花は
泡立つ色を 愛でるやも無き


気が付くと
ポケットに手を入れていた。

今日の朝
フリースのジャケットを手に持ち
コーデュロイのジーンズを履いて家を出た。

天気予報程ではなかったのだけれど
夜の風はけっこう冷たくて
ちょっとした用事を済ませて
お家へ向う私は
ジャケットのジッパーも上げた。

近道をするために曲がる角に
仕事を止めてしまった
小さな工場がある。

駐車場だったところには
セイタカアワダチソウが群れていて
黄色い泡立つ花が
ヘッドライトに浮き立って沈む。

去年の今頃には入り口に
懸崖の菊が並んでいた事務所も見えなくて
看板は何時の間にか
無くなっている事に初めて気付く。

振返って見る花は
満月の光に溶け込んでいた。

秋の色は深い。


10月15日
ぬくもりの 色に染まりし かの想ひ
解きて香るや 日溜まりの とき

スイッチを入れると
ぽうっと赤い光が広がる。

昨日少し早く起きて
干しておいた炬燵布団は
少し暖まると、お陽様の香りがした。

去年より
2日早く炬燵を出した事に気付く。

そして去年の今日は
腹八分目茶碗
一人で大笑いしながら眠った事を思い出す。

昨日も今日も
暖かい想いはたくさんあった。

その想いや
それに連なる温もりが
ぽっと心に灯って
嬉しくなったりもする。

何があった訳じゃない。

でも何かを無くす事もなかったこんな日が
愛しかったりもした。


10月23日
名を問ひて 問わねば知れぬか 我が姿
軒打つ音は 雨か滴か

今日は少し早く
お家へ帰って来ることが出来て
早めにお風呂も沸かした。

でも
色んなやりたい事が目に付いてしまって
パタパタ動いていると
あっと言う間に
日付も変ろうとしている。

気が付くと
猫は、お風呂のふたの上で
ぬくぬく眠っていた。

ハンカチも
全部アイロンをかけ終えて
お風呂のドアに手を掛けると
入れ違いに猫は出て行く。

シャワーコックを捻ろうとすると
珍しく猫が大きな声で呼んでいる。

あららら・・・

いつも同じ場所に置いてある
まんまとお水のお皿を
流しに洗ったまま置いちまっていたんだね。

いつもは
きみが気付かないうちに
元通りに置いていたものね。

ふきんで水を切り
ちょっとだけおかかを入れて
お皿を返す。

お風呂から上がると
猫はちょっとだけお皿に手をかけて
眠っていた。

大丈夫だよ。
いつもといっしょだよ。



11月6日

傘の色 見間違うやと 秋の雨
朽葉散らす 桜木の影


朝起きると
天気予報は、晴れになると言っている。

出かける時間が近づいて
カーテンを開いてみても、
まだなんとなく暗くて
あと、
一ヶ月と少しで冬至なんだなって思う。

玄関を出ると雨が降っている。

階段を降りて傘を開くと
雨と一緒に桜の葉が舞い落ちる。

夏の雨にはあんなに似合っていた
イルカの柄の傘は
なんだかちょっと、へんてこなような
気もしたのだけれど。


11月14日

ほっこりと 炊けたる香り 湯気の色
並べる皿に かの手見しやと


朝起きると露の着く夜の窓を背に
もうすぐ炊けるごはんの湯気が
今日は
はっきり見えていた。

出汁巻きを作り始めると
猫は鼻をくんくんさせながら
やっと炬燵から出て来る。

巻き上げてから
一番外側は、ちょっと厚めに卵を流して
少し焼き色を着けるのが
私の家の決まりだった。

少し風邪気味なのでお味噌汁は葱にした。

糠床から
蕪とキャベツを上げてみる。

頂き物の干物は上手に焼けて
少しほぐして
猫にもご相伴してもらうことにした。

ご飯をお供えしてから
炬燵に座って手を合わせたとき
今日のお皿は
数が欠けてしまったのをもらっていた
浅草の頃から使っている物ばかりだった事に気付く。

このお皿が揃いだった頃
みんなで「ごちそうさまっ!」って言うと
おばぁちゃんが
「お軽るうございました」
って応えるのが食事の〆だった。

ちょっと色が着きすぎてしまった出汁巻きは
明日のお弁当にも入れる事にする。

猫は美味しそうに
食べてくれはしたのだけれど。


12月3日

重ねたる 箕の衣に ゆく秋の
色を重ねて 揺れしその虫


朝の風に
ちょっとだけ、息が白い。

少しだけカシミアの入ったベージュのマフラーは
電車に乗って斜めに差し込む金色の淡い陽射しの中で見ると
幾つかのシミ がある。

ショーウィンドウに並んでいたそのマフラーは
なんだか私を呼んでいた。

ありきたりな色の
ありきたりな形なのだけれど
ちょっと変った織り目が入っていて
チカチカ光る
クリスマスツリーのイルミネーションの変る色の中でも
ずっとおんなじ色に見えた。

お店のドアを後ろ手に閉じて
最初に見掛けたコーヒーショップに入って
真っ赤なりぼんをほどいてみた。

それはきっと最初で最後の
りぼんのついた私から私へのプレゼントだと思う

それからこのマフラーは
たくさんの日々を暖かくしてくれて
たくさんの弱虫な私を叱ってくれた。

一つ一つのシミのぽつぽつを
ほんとは私は憶えているような気もする。

首から外して膝に置き私はまどろんでみる。

駅に着くまで
もうすこし眠らせていて下さい。


12月16日

またたきし ちまたの灯り 消えしやも
きみを照らせし 天狼の星


衿を立てて少し足早に歩く。

酔客の溢れる街はいつもより
ちょっぴり、なんだか
少しだけ悲しい。

たくさんの笑い声と
いくつかのつらい言葉と
いくつかの涙と
そして
たくさんの当たり前の今日を
イルミネーションとネオンが照らす。

私の街に着いたとき
ちょうど駅前の華やかな灯り達が消える時間で
星達の光が地にまで届いていた。

東南の低い空にシリウスが見える。

5日分欠けた月が昇りはじめていて
路地伝いに帰る私の足元を照らしてくれる。

ありがとう。

当たり前なんだけど
変わらないきみたちへ。


12月20日

残りしを 数えて折りし 飛行機は
日めくりゆえか ゆきてかえらず


表紙の有る新しい暦を袋から出して
今年の日めくりの後ろにかけてみた。

日めくりの紙は
ぴんとしているのだけれど薄くって
ちょっと風の強い日に
羽根の大き目な飛行機にすると
良く飛んだ。

ちっちゃい頃は
まだ来ていない日付けで折ってしまって
幾度も叱られた記憶がある。

何枚か先に破いちゃったって
たくさんあるからいいじゃない。

どうせすぐにその日が来るから
かまわないじゃない

なんて
「ごめんなさい」
の後ろでちょっぴり舌を出していた私がいた。

窓からひょいと飛ばしてみたその頃とおんなじ形の紙飛行機を
今日の風は
あっという間に
屋根の上まで巻き上げて
そしてどこかへ連れていってしまった。

まだ今日は
終ってはいなかったのに。



クリスマスカード


いんでっくす



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