十月第ニ週四日(月曜日)から十月十日(日曜日)


「歌」と内容は必ずしも関連していません(笑)


10月4日

吹く風の その香も変わりて 一ひらの
舞う葉に遊ぶ 蜻蛉の色濃し


鐘ヶ淵へゆく。

本当は、風邪を治してからにしたかったのだけれど
月締めの支払いの事もあって
おばぁちゃんの入院している病院へ行ってきた。

病室へ行くと
おばぁちゃんは眠っている。
窓からは、春には見事な花をつけるだろう桜の樹が
一葉、一葉
色を変えながら、季節の巡りを教えてくれている。

手を握ると
うっすら目を開けて私を見て
少し微笑んで、こくこくと肯く。

ちょっと手を握りかえしてくれて
すっと、また眠りに戻っていった。

病院の玄関を出ると
気の早い落葉がひらりと舞って
いたずらなまだ若い蜻蛉が、つがいでじゃれて飛ぶ。

見上げる病室から漏れる明かりは
朽葉の茶色だけを際立たせ
ざっと吹く風に
また何枚かが、舞う姿が見えた。

秋は少しづつ深い。



10月5日

取りいだす 秋の衣の 残り香と
かすかな思いに しばし佇み


やっと衣類の出し入れをする。

今年は9月になっても暑い日が多かった。
私もご多分に漏れず冷え性なので
真夏でも一枚羽織る服を持って歩く。

少し涼しくなっても、なんとかそれで格好がついていて
忙しい事にかまけて、衣更えを一日延ばしにしていた。

春にしまいこんだ服を箱から出してみる。

うひゃ、これはもうちょっと恥ずかしいなぁ・・
ありゃ、前身に染みがあるじゃん・・
あっ!流行が繰り返してる!ラッキー!

長袖のシャツやジャケットをハンガーに掛け
カットソーやセーターを引き出しへ移す。
クリーニングへ出す服をまとめ
もう一度洗濯しなければならない服を集める。

今年、海へ着て行こうと思ってまとめていた服達は
私が夏にちょっと壊れてしまっていたので、
新品のまま、来年の夏を待つ。

セーターの入った箱の一番奥に
私の編んだ黒のカーディガンが入っている。
前身に縄模様の入った、細番手の糸できっちり編んだ
我ながら出来の良い物だ。
でも私は、このカーディガンを今年も着る事はない。

二人で暮らそうと話していた彼に
ありがちなのだけれど編んだカーディガンなのだ。
別れるなんて思っていなかった頃
春の衣更えの時に、ちょっとした「ひっかけ」を見つけて私が預かった。

そして実家でちょっとした事件があって
その夏に私は今の仕事をするようになり
秋を迎える事なく、彼とは合わない事に決めた。

カーディガンを渡すことが出来ないままに。

捨てられてなければ
彼の衣装ケースには、カーディガンの前の年に編んだ
濃い緑色のノルディク風のセーターがあるはずだ。

今年、そのセーターは
彼を北風からちょっとでも
守ってあげる時間が持てるだろうか。



10月6日

彩りの 褪せたる日々や 見はるかす
枯れ野に咲し 花に酔いたり


元気ですよ。

なんて言ってみる。
眠る前に綴る日記は、どうも感傷的になってしまって
ご心配のメールを頂いたりしてしまう。

まぁ、何年か前の大河ドラマではないのだけれど
確かに私は「しおしお君@笑」系なのかも知れない。
でもあのドラマで描かれていた「しおしお君@毛利元就様」がそうであったように
そうする事で、元気がでるタイプでもあるようだ。

残念ながら、私は今、彼氏もいないし
猫以外の
リアルでお付き合いしている身近な人に甘える事が出来ない。
なので、このネットで触れ合う皆様に「しおしお」することで
元気を頂いているって部分が大きい。

もし、皆様を「しおしお」に巻き込んでるのなら
ごめんなさいね!

なんて感じで

先週から某古本店が100円セールをやっていて
今日が最終日だった。
私は、時間のある時に何度も寄って
欲しかった本や、きっかけがあれば読みたかった本を
まとめて買ってきた。

今日も10冊ほど仕入れてきたのだけれど
その本をかついで乗った電車が珍しく座れてしまった。
ベンチシートで私の右は、高校生の女の子2人連れ
左側は日焼けしたブーツを履いた女の子だった。

本を足元に置いて、座席に座り
ふと目の合った、真向かいの座席のネクタイ姿のおとぅさんが
「ふぅ〜〜〜っ」
と大きなため息をついている。

ごめん

右も左も超ミニスカートなのに
私だけがジーンズだったんだね

私がその事に気付いて
「にこり」
と微笑みかけると
「にやり」
と笑って肩をすくめられた。

電車はみんなのお家へと向かっ走っている。



10月7日

知らざるを 知らるる事を 怖れども
うてなに遊びし 事や知らざる


でへへへ

って別に頭がへんちくりんになったわけじゃない。
私は今「日記猿人」さんていう読み物リンク集に登録しているのだけれど
その日の日記を更新すると
キャッチコピーというか、一行コメントが表示される。

前から下ネタを連想させる単語は多いのだけれど
この何日か、その地元の方が見るとやばそうな
女の子の 「あっこ」の固有名詞がいっぱいあったりして
思わず赤面したりしていた。

何故って、実は私は「あっこ」の固有名詞については
消しても消し切れない不覚な思い出があったりする。

学生の時代の友人と
九州旅行へ行った時の事だ。

ちなみに、九州地方では「あっこ」の事を
「ぼぼ」@地域の皆様すんませんm(__ __)m
って言うのは、例のプロレスラー
「ボボ・ブラジル連呼事件」
で知識としては知っていた。

博多で一泊して、地元出身の友達の案内で
「元祖長浜」のラーメンを食ったり
野間の「磯辺」でたらふく炉端焼きを食べてご機嫌な私たちは
次の目的地の熊本へ向かった。

「旅行はやっぱ地元の人に案内してもらうに限るね!」

これが私たち御一行様3名の実感だった。
やっぱり、現地で暮らしていらっしゃる方にご案内頂くのと
ガイドブックを片手にうろうろするのとでは
街の穴場はもちろん、食い物についての楽しみは雲泥の差となる。

私たちは博多での楽しい時間に有頂天になって
地元民だというだけで盲信してしまっていたりもした。
個人の個性さえ忘れて・・・・

熊本駅についた私たちは
地元と周辺から集まってくれる男性3名、女性1名と
待ち合わせをしている下通の鶴屋百貨店へタクシーで向かった。
運転手さんがいろいろ話し掛けてくれるのだが
博多の言葉は「博多っ子純情」やテレビで耳にする事も多いのだけれど
熊本の言葉になると、やっぱりかなり違う。

女性1名はちょっと遅れるって事で
出会った私たちは、ガラス張りの綺麗なティールームで
時間を潰す事にした。
BGMにはショパンなんか流れている。
地元に戻った彼らは、1年ほどで熊本の言葉に戻っていて
時々判らない単語もあったりした。

その事が少し話題にのぼって
熊本弁講座になっていたころ、その中の一人が真面目な顔でこういった。

「鹿児島では、いい女の事”よかおごじょ”っていうんやどん。」

これは知っている。

「熊本では”よかめめじょ”っていうたりする」

ほぅ、これは初耳だった。
”よかおごじょ”と”よかめめじょ”

近いけれど確かに微妙に違っている。

「**もうすぐ来るから、”よかめめじょ”って誉めてやれば喜ぶよ」
と遅れてくる女友達の名前を言う。

そうだな、久しぶりに会う友達に
「よっ!いい女になって!」
って言われれば、悪い気はしない。

ちょうどそんな時、友達が入り口から入っ来るのが見えた。

私と東京から行った娘3人は、口に手を当ててけっこう大きな声で

”よかめめじょ”

って声を掛けた。

もうお判りだと思うが
”めめじょ”
とは熊本弁の「あっこ」の事であった。



10月8日
風にのり 聞こえし囃子の 遠き音や
茜に染まりし 幼き二人


お囃子の音が聞こえる。
でもちょっと調子外れだったりもしている。

少し前の回覧版に、秋祭りの案内が入っていた。
お祭りにはまだ少し間があるのだけれど、ちょっと興味を惹かれたのは

「お囃子を一緒にやってみませんか?」

という一文だった。
一瞬、「やってみたいな」なんて思ったのだけれど
時間が取れるはずもなく諦めてしまった。

きっと、その回覧板で集まった方達が
練習しているのだなと思うと、ちょっと微笑ましくもあったりする。

私がまだがきんちょだったころ
小さなお社のお祭りがまだ残っていた。

必ずしもお家に近い処ではなくって
商売の関係や、ちょっと入り組んだ昔からの人の関係とかで
思わぬ処の、氏子だったりもしていた。

父がお祭りへ行くときには、ほとんど私は一緒だった。
子供御輿を担いだり、即席の巫女になったり
お茶のお手前をしたり、着物を着て踊りを踊ったりと
なんでも出来る事はやってきたりした。

街が、そしてお祭りや節季の行事が
私を育ててくれていたのかも知れない。

確か小学校の6年生の時だった。
ちょうど、やりたくもなかった学級委員の相方の家も
同じ、ちっちゃな社の氏子だった。

少しおっぱいが大きくなりかけていた私は
初めて胸に晒しを巻いて、御神輿を担ぐ事になっていて、
その同級生は、初めて笛でお囃子をする事になっていた。

御神輿を引き出して、氏子の世話役さんの音頭で手入れをする。
お囃子方のみんなは、その横で練習に余念がない。
軒提灯や幟も用意されて、夕焼けは明日の天気を約束してくれている。

大人たちが、冗談を言い合いながら
そろそろ御神酒へ目がちらちら行きはじめる頃
子供たちは、家へと向かった。

「おまえさぁ、祭り終わったらおれ引っ越すんだ」

茜に向かってなんとなく並んで歩いていた時に
同級生は突然言った。

「これ、俺が大事にしてるんだけど、お前に預ける」

「えっ?」

彼は、ちっちゃな箱を私に押し付けると
何故か全力で走って行ってしまった。

二日間のお祭りの間は、私もなんとなく照れくさいって言うか
周りはみんな顔なじみの人ばかりなので
彼と二人で話す事はなかった。

そして私は、彼の視線を感じながら御神輿をかつぎ
なんだか、生まれて初めてのほんわりした心に戸惑ってもいた。

お祭りが終わって、なんか話したそうな彼を残して
こんどは私が全力疾走でお家に帰ってしまった。

月曜日の朝礼で
彼が予定より早く転校してしまった事と
新しい住所は追って連絡があると話された。

ざわつく教室の中で
前に一度、友達と同じ別れかたを経験していた私は
同級生よりちょっと驚き、そしてとっても悲しかった。

彼に預かった物は
今でも私の「宝物」の箱に入っている。
だって彼ははっきり「お前に預ける」って言ったのだし。

そしてその時の
「ほんわりした気持ち」も
そのまま預かりっぱなしになってしまってもいたりする。


10月9日

それぞれの 思いを込めし 今日の日を
括らる言葉 誰れぞ知るらん


良く晴れた街には
いつもより少し華やいだ連休の色が濃い。

今日は、時間内全指名を頂く。
ありがとうございます。
5月や、お盆もそうだったのだけれど
久しぶりのお客様にお会いできるのは
私の連休の楽しみだったりもする。

私は「ソープ嬢」だ。

何を今更って思われるかもしれないのだけれど
3年前に言葉として知っていたのと、今、自分を指す言葉としてでは
当たり前なのだけれど思いは違う。

私がなぜ「ソープ」を選んだかって事や
お仕事を始めた頃の事は「めぐみ的心」に、
少しづつまとめてみたりしている。

今日、久しぶりに嫌なタクシーの運転手さんに当たってしまった。

その人は言う
「ソープのねぇちゃんは気楽でいいよな」
「組織にいるようなやつにロクなやつはいねぇ」
「エリートなんて、肩書と保身ばっかりで男じゃねぇ」
「商売失敗して今これやってるけど、おれは一花咲かせる」

そうですか。

でも私は「タクシーの運転手さんは嫌な奴が多い」とは
思いません。
今日のあんたは嫌いだけど。

集合名詞で語られる非難は、自信の無さの裏返し。
知らないことへの脅えと、ちゃちなプライドへの執着。

お店の前で私は車を降りて
フロントにいる小猫と遊んでもらって
やな気分は薄らいでゆく。

そして、いろんな事情や色んな思いや
色んな未来を持っている女の子たちやボーイさんと
お菓子をつまみ
時間内全コマのお客さんのお相手をした。

同じ人は当たり前だけど一人もいない。

「今日の運転手さんも、昨日よっぽど嫌な事があったのかも知れないな」
ってまったく思わない訳でもないし。



10月10日

「ぽんぽん」と 合図の花火や 蒼天に
笑みを約する 煙ひきつつ

今日は私の住む街の町民運動会だ。

市が主催する競技会っぽいものではなくて
自治会が主催するのんきな昔ながらの運動会だ。
って書いちゃうと、同じ地域の方には、
「こいつ、うちの町内に住んでるんだな」
って、ばれちゃうかも知れない。

去年私は、御近所の方に誘われて参加してみた。

この催しが始まったのは
小学校の運動会が、なんだか杓子定規になって
ちょっとづつ街のお祭りではなくなった頃なんだって聞いた。

パン食い競争や、小麦粉に顔つっこんで飴玉を取ったり
せり出したお腹にひょうきんな顔を書いたおじさんが必ずいる仮装リレーとか
男女がペアになって、おっぱいに手が触れちゃう二人三脚とか、なくなっていって
おとうさんたちはお酒を飲んじゃいけなくなったり
ビデオ撮影に走り回ったりしなくちゃならなくて
いつか、わいわいがやがや楽しめる運動会ではなってた。

そんな頃に「そんなんじゃやだなっ」っていう方達が
始めたそうだ。

私の住む街はほとんどが一戸建てのお宅ばかりで
昔からこの土地に暮らす方が多い。
でも湘南っていう土地柄なのか、決して閉鎖的ではなくて
一定の距離を保ちながらも、頂き物の交換が今でも行われていたりして
そういう意味では昔の下町っぽい処もあったりする。

私は去年は思い切り楽しませてもらった。

最初「渋々参加」みたいな顔をされている
おじぃちゃんや、おばぁちゃんや、おとうさんや、おかぁさんや
そして、ゲームを持って来てでピコピコ遊んでいた子供たちも
いつのまにか、運動会の熱気に巻き込まれて
競技に参加し、全力で走りまわり
大声で声援し、そして、周りにいる人と肩を叩き合って笑う。

私も参加出来そうな競技は、ほとんど出たし
ただ酒もいっぱい飲んで、賞品もいっぱいもらった。

とても懐かしい香りのする運動会で
私は、
それからやっとこの街の一員になれたような気もした。

先週まで私は今日の運動会に参加する事を楽しみにしていた。
でも先週風邪で休んでしまい
支払いの事を考えてお仕事に行ってきた。

駅に向かう道を歩いていたときに
運動会の始まりを告げる花火が上り
景気の良い行進曲が遠く聞こえてくる。

去年の心地よい疲れとはちょと違うけだるさの中で
私は夜を迎えた。



いんでっくす



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