十一月二十八日(日曜日)十二月五日(日曜日)まで


「歌」と内容は必ずしも関連していません(笑)


11月28日
ご心配頂いてありがとうございました。


OL様(様?)としての思い出
をご覧くださいね!

通常の日記は週明けから不定記(?)として
更新を再開させて頂く予定です。
これからも宜しくお願い致します。


11月29日
そこかしこ 赤と緑と 電飾の
街に舞い散る わくら葉の色


街はポインセチアと、もみの樹の色に溢れている。

今年は原宿のクリスマスイルミネーションは中止らしいので
駅前から市役所までライトアップされる川崎は
デートスポットになるかも知れないって、タウン誌に書いてあったりする。
ひょっとすると、デートに性交、もとい成功しなかった
カップル様の片割れ様で、堀ノ内も賑わうかも知れないなんて
不謹慎な事も思ってみたりした。

お給料のほぼ出揃った週末は
有り難い事に二日とも時間内全指名を頂いた。

頂く御土産は「奈良の鹿の糞@チョコピーナツ」だったり
「聖徳太子の爪のあか@どくだみ山宝茶」だったり
「宮きしめん」だったりして、それがとても嬉しい私がいる。

お店での「めぐみ」はちゃんと「めぐみ」でいられる。

今こうしてキーボードを叩いている私は、この日記をご覧頂ける皆様のおかげで
ゲストブックと掲示板に全部お返事を書く事の出来た
「せっけん王国管理人」の私にやっと戻れてきてもいる。

お家へ帰る道から見えるマンションの窓に
カーテン越しに光の瞬くクリスマスツリーが見えている。

立ち止まって見上げていると
他のいくつかの窓にも、違った色のランプが点滅していて
その奥には、暖かそうな団欒の灯りがともってたりもしている。

今年は、どんな事があっても
クリスマスツリーを飾る事にしている。
そして、銀紙の持ち手のついた鶏の腿と
どんなにちっちゃくても、ちゃんと丸くて、
サンタさんやもみの樹のデコレーションのついたケーキと
シャンパンだって用意する。

まだ入院していたら
それを全部ひっかついで、おばぁちゃんの病室へ押しかけるし、
そして家族全員で写真を撮る。

歩き出した私の足元で
夏の暑い盛りに、木陰を作ってくれていた街路樹の葉が
かさかさ音を立てている。

やっと
季節は必ず移ろっていく事を認めようとする私がいる。


11月30日
思い込め 福や来れと 酉の市
招く熊手で 先ずは邪を追い


少し元気になって来た私は、
昨日、三の酉のお祭りに鷲(おおとり)神社へ行って来た。

実家が商売をしていた頃は
潔斎をしてから、父は,一人で熊手を買いに行き
私は家族や、友や、その時大切だった人とお参りに行っていた。

父の買ってきた熊手は、帳場の奥にあった神棚の側に飾られ
一年の福を毎年かき集めてくれて
決して豊かではないけれど、平穏で幸せな暮らしを
私たちにもたらしてくれていた。

裸電球に照らせれて
急な冷え込みにコートすがたも目立つ人込みの中
立派に飾られた熊手の前で
粋なやり取りを終えて手を〆てから熊手を受け取る風景は
昔から変わらない。

一の酉、そして二の酉さんの時も
ちょっと時間を作れば、私はお参りに来れた事を知っている。

確かに疲れ果ててはいたし
精神的にも参っていたかも知れない。

でもそれ以上に
思惑と違う時の流れに困惑しながら
それに身を任せる「可哀相な私」に溺れていたんだと思う。

ちょっと張り込んだ大き目の熊手を実家に
小ぶりだけれど可愛いのを仕事場に
そして、飾りもないちっちゃなのを自分のために買った。

不幸せを喉一杯まで溜めた私では
熊手でいくら福を集めたって、入れるところはありやしない。
まずは、よこしまな私を少しでも熊手で掻き出して
空いてるところを作っておかなくちゃ。

明日からはもう師走の声がかかる。

火事なんて無ければいいなぁって思いながらも
今年は三の酉さんまであった事に、
ありがとうって思いながら手を合わせる私は、
心から微笑める私に、ちょっとだけ近い。


12月1日
銀幕に 消え行く夢や 鮮やかな
その日を刻み 胸に残りて


今日は映画の日だ。

私は映画は好きなのだけれど
残念ながらあまり本数を見ている訳ではない。
映画をコンテンツにされているHPを拝見すると
その造詣の深さに、思わず読み込んでしまったりする。

特に今のお仕事を始めてからは、
めっきり映画館へ足を運ぶ機会は減ってしまって
ビデオ屋さんで借りて来た話題作を、画面のちっちゃいおんぼろテレビで
お酒を呑みながら、ぼーと見ていたりする。

でっかい看板を見上げながら
入り口で入場券を半分千切ってもらい
そっと厚い扉を開けるときに聞こえてくる音と
目に飛び込んでくる銀幕の雰囲気にわくわくしていた。

とてもちっちゃな頃
母や父やそして祖父に連れて行ってもらった記憶はあるのだけれど
どんな映画を見たかは、あまり憶えていない。

あるとき、父の仕事を手伝ってくれていた
まだ若いおにぃちゃんと映画を見に行った。

ほんとは「ディズニーの名作」を見に行くはずだったのだけれど
本屋さんで、その作品の絵本を買ってもらってから、行った映画館で上映されていたのは
「ララアが出てているガンダム」(興味の無い方ごめんなさい)だった。

私はその日初めて大人と嘘をつく約束をした。

それがきっかけで、私は今みたいな大嘘つきになった。

ではなくって、学校が許可している映画じゃない映画を
見る楽しみを憶えてしまった。

ほんの一時思いもよらず、作る側の世界に身を置いた事もあって
とにかく時間があると映画館に足を運んだ時期がある。
でも大した小遣いを持っている訳ではなかったので
まだ東京に残っていた、俗に言う2番館や名画座や上映会中心に映画に触れ
その一本の映画から、また興味を持った映画を探して見に行った。

その頃に好きになった映画はたくさんある。
挙げ出すと切りがなかったりもするのだけれど、例えば
若き日のR・レッドフォードさんに惹かれて「明日に向かって撃て」を見に行き
P・ニューマンさんにもめろめろになり、ジョージ・ロイ・ヒル監督にはまり込んで
「スティング」「華麗なるヒコーキ野郎」で”男のカッコ良さ”みたいなものに憧れ
そして「ガーブの世界」へぶち当たって、びっくりもした。
そこでは作家のジョー・アービングさんにもぶち当たった訳で
映画に戻って「ホテル・ニューハンプシャー」を拝見したり
ロビン・ウィリアムスさんの作品を追いかけて、「ハドソン河のモスコー」で仰天して
そして「グッドモーニング・ヴェトナム」へまでも行ってみたりもした。
それがきっかけで「フルメタルジャケット」までたどり着いてしまい
スタンリー・キューブリック監督がらみで、「2001年宇宙の旅」を振り出しに
「時計仕掛けのオレンジ」「博士の異常な愛情」を回って
「シャイニング」からジャックニコルソンさんへ、そしてバイク映画がらみで
「イージーライダー」へ行き、デニス・ホッパーさんから
「ジャイアンツ」へ滑り込み、やっと王道(?)のジャームス・ディーンさん
へ辿り着いたりもした。

「スパルタカス」っていうキューブリック監督作品としては異色の大スペクタクル歴史劇からは
そのたぐいにはまってしまって「ベン・ハー」や「エル・シド」
「アンソニーとクレオパトラ」「天地創造」「十戒」まで暴走して
脚本のドルトン・トランボさんから「7月6日に生まれて」へ戻ったりもした、ぐるぐる回りの映画好きだった。

前に掲示板でも「遠すぎた橋」の話題で盛り上がってここに少し書いていたりもするのだけれど
私の好きな俳優様マクシミリアン・シェル(”ニュールンベルグ裁判”でアカデミー賞受賞)さんに
似てるっていう、単純かつえーかげんな理由でジョン・カサベテスさんの映画を見に行き
それが「ローズマリーの赤ちゃん」で、監督はボランスキーさんだった。
そしてカサベテス監督作品として「グロリア」を見て
「女も年食ったってかっこいいじゃん」
なんて思ったりした。

あっ!きりがないのでやめますね。

私はどうもへそ曲がりで、こういう映画の見方をしてしまう。
もちろん映画全体も私なりにはちゃんと拝見してはいるのだけれど
原作の作者様や、脚本家様や、そこにある感動や、素晴らしい俳優様の動きや
美しい風景や、撮影に惹かれ、そしてそれを一つの作品として作り上げる監督様に惹かれて
行ったり来たりぐるぐる回っている。

薄いお茶の入った水筒と、噛んでも音の出ないお菓子を握り締めて
お尻の痛い椅子に座って見ていた銀幕は
私にたくさんの物を残してくれている。

今はもうない、そんな映画を上映していた映画館で
偶然隣にそして、前に、後ろに座った方達は
今も映画に思いを馳せていらっしゃるだろうか。


12月2日
この角を 曲がりて 見ゆる 学び舎は
変わりはなきも 時は変わりて


学校に行ってみた。

この門を通って毎日を過ごしていたあの日々から
まだそんなに時間が経っている訳ではない。
でもすごく遠い場所に立っているような気もする。

何年か前のちょうど今頃
私は同じように一人でこの場所に立っていた。
志望校を決め、この学校で学びたいと願い
夕焼けの綺麗な初冬のあの日
一度家に帰って私服に着替えてから
地下鉄を乗り継ぎ、この場所で校舎を見上げていた。

咎められることもなく、私は少し学校の中を歩き回って
雰囲気を楽しみ、そして守衛さんに挨拶までして
なんとなくスキップをしながらお家へ戻ったあの日を
今でもはっきり憶えている。

次の年から、私は運良くこの学校に通う事になり
はじめて、「学ぶ事」の楽しさに触れたり
恩師や友を得て、かけ替えのない時間たちを過ごした。

小さな諍いや、葛藤や
悩みや、不安や、焦りもありはしたけれど
ほんの少ししかない利害の土俵の上では
すぐに流れて行くような事ばかりで
まだ少女のしっぽのくっついていた頃から
少しづつ女へ変わって行く日々の記憶の多くは、
親しい笑顔と、明るい風景と
ほんの少しのセンチな気分に彩られている。

今ならもう少し優しく出来たかも知れない、嫌いだった人や
理由がないと思った私に向けられた悪意の訳も
少しだけの後悔といっしょに、懐かしい気持ちに
包み込まれてゆく。

一つのけじめをつけるために
今日、私は学校を見に来た。

夕暮れの中に佇む校舎はその頃と何も変わりはなくて
この場所で、そしてこの場所から始まった
私のちっちゃな物語達が胸に押し寄せる。

その想い達を、もう一度ちゃんと箱につめて
しまって置く決心をして今日ここへ来た。

私は今を受け入れる。

思い出は、私を励ましてくれる大切な物として
ガラスの箱に入れてちゃんとこれからも見ていることにしよう。

でも、帰れる場所でも、行けるはずだった今でもない事を
ちゃんと知っている私でいなければって思う。

これからも私は揺れながら歩いて行く。
泣き叫ぶ事もあるし、自分を何度も見失う事だってあるとは思っている。

当分来る事もないこの街で
寒い季節にちょっと贅沢な気持ちで、友達と時間を過ごした
古い喫茶店でミルクティーを飲んで来た。

その味は変わっているのか、そのままなのか
記憶も曖昧だったのだけれど、私の体を温めてくれた事だけは
間違いない。


12月3日
街の灯の 華やぎ遠きを 嘆く日も
木枯らしに知る 君のぬくもり


街は楽しめる雰囲気には事欠かない季節を迎える。

楽しい日を約束された人達と
楽しいに日になることを、楽しみにしている人達が
その日に着てゆくお洋服や、心を込めて贈るプレゼントを探して
サンタさんやトナカイや星や雪だるま、
そしてクリスマスツリーの飾られたショーウインドを
見詰めていたりする。

そんな街を抜けて私はいつものように病院へ寄り
浅草を回ってお家へ帰って来た。

病院から少し歩くと
青いビニールで作られたお家が、何軒も集まっている場所が見える。
春の初めには、段ボールのお家と半々ぐらいだったのだけれど
大きさや形は様々なのだけれど
最近はきちんとビニールで覆われたお家ばかりになってきた。

暖かい頃は、何人かの方達が集まって酒盛りをされていたり
すすきの穂が伸びはじめた頃には
外に置いた七輪を囲んで、鍋をつついていらっしゃるのを
見かけたりもしていた。

その場所は、川の側のちょっとした空き地で
近くに公衆トイレもあったりする。

今日の私は、ダウンジャケットを着てブーツを履き、
かなり強くなっていた北風に、マフラーと帽子を鞄から取り出して
左手にその場所を見ながら、少し背をまるめて家路を急ぐ。

ふと気が付くと、白いきれいな猫が
少しだけめくってある、ビニールシートから顔を出し
お家の並んでいる反対側の茂みまでかけて行くと
さっさと用をすませて、また同じ場所へ帰って行った。

寒くなったね。
仲良く一緒に寝ているのかな?

右手には、ネオンが煌く街が遠く見えていて
街の光が届かない空には、冬の星座が並んで見えていた。

明日の朝は北風が吹いて
気温は5度まで下がると
炬燵で見る最後のニュースが言っていた。


12月4日
ほのかなる 香りもありや 懐かしき
やかんも音せし 石油のストーブ

頬を少し上気させて、お客様がいらっしゃる。

「私に会えてそんなに嬉しいの?」

なんて訳ではなくて
この冬一番の冷え込みの中を歩いていらして
暖房の効いた待合い室で少し時間を過ごされ
私がご挨拶をする階段の脇で微笑みを頂くときに
まだ少年のような頬の赤みの残っていらっしゃる方が多い。

いつもなら少し落ち着いてから入られるお風呂も
私がお手伝いする間もなく
さっさと浸かって、極楽気分の常連様もいらっしゃるほど
冷え込んでいたりした。

今日はフリーのお客様に御一人お会いした以外、時間内全指名を頂く。

病院を廻ってお家に戻ると
石油の燃える懐かしい香りがする。

浅草の家は炬燵を中心に暮らしていたのだけれど
エアコンは随分遅くまで買わなかったので
石油ストーブの上で湯気と音を立てるやかんに
冬を感じていたりした。

石油ストーブは、火鉢みたいな格好をしていて
時にはおでんの鍋が乗っていたり、煮込みうどんが出来ていたり
ぜんざいが煮えていたり
網の上で、お餅やするめや干物が焼かれている事もあったりして
石油の燃える香りと一緒になって
窓越しに見える冬空と、とても似合っている気がしていた。

今日久しぶりに見るそのストーブは
少し前にお客様に頂いて、実家に持って行っていた甲州名物のほうとうが
味噌の香りと、すこし甘いかぼちゃの煮える香りと共に
昔から使っている土鍋を温めている。

猫は出汁を取ったかつお節をまぶしたご飯をもらい
私は、ほくほく、ほうとうを食べて
一合だけ燗酒を頂いたりもした。

私は今日は
着付けの仕事をしてきた事に、なっていたりはするのだけれど。


12月5日
かえりみる ひととせ前の 今日の日は
悔やみやあるも ゆえに今日あり

今日もフリーのお客様に御一人お会いした以外、時間内全指名を頂く。

この季節になると、懐かしいお客様がいらっしゃる。

遊び慣れたお客様は「暮れのご挨拶」って感じで
顔を出してくださるし
足が少し遠のいていた常連様も
私の誕生日を思い出して
軽い感じの贈り物を持って、遊びに来て下さったりもする。

「いないと思って電話してみたらまだいるんだぁ!」
って言う邪気のないお言葉に
ちょっと複雑な気持ちがない訳では、ないのだけれど
よっぽどの事がなければ、笑顔で過ごせる個室での「めぐみ」は
御縁のあったお客様皆様に育てて頂いた、時間とご恩のおかげでもある。

去年の11月28日、私はPCの前で嬉しさをかみしめていた。
「せっけん王国」がYahoo!さんに登録された通知が来ていて
目に見えてアクセス数が増えていたのだ。

急いで見に行ってみると、新着サイトになっていて
これは確かに目立っている。

一行コメントは、私が一所懸命考えて送ったものとも
サイトの内容ともかけ離れていたけれど、それでもやっぱり嬉しかった。

「めぐめぐ”s」の方は一足先にスノボ関連でCSJさんやJOYさん
そして、ジオさんからかなりのお客様に来て頂けていたのだけれど
「性的な表現」や「扇情的な画像」がほとんどない「ソープ嬢」のページは
そんな私を面白がってくださったありがたい少数の常連様以外
まったくお客様が増えていない状況だった。

「うひひひひひ」
私はへんてこな笑い声を立てながら、メールを開いてみた。
「うひゃっ!いっぱい来てる!うれしいなぁ・・・・」
忘れもしない二日で69通。
別に洒落ではなくて偶然なんだけど「シックスナイン」だったのだ。
そして内容は・・・・・・

お返事を書きたい内容のメールは5通だけで
ほとんどは「お店の問い合わせ」と「寂しかったら僕と遊びませんか」ってのと
残りは「各種の非難」のメールばかりだった。

それから一週間、数は減りながらもそんな状況が続いて
私は「すんませんメール」と「申し訳ありませんメール」を
毎日せっせと書いていた。

その中でお一人、毎日の様に手を変え品を変えてメールを送ってくる女性がいた。
本人様は匿名のつもりのようなのだけれど
PCにもネットにも経験がまだ浅い方のようで、HNを隠してはいるのだけれど
メインメーラーから送ってくるので、メルアドはもちろん、
きっちり署名ファイルまで付いて来る。

まるまる一週間お相手していたのだけれど
さすがに疲れてしまって、少しお言葉を返したところ
罵倒の言葉が並んだメールが届き
「一個人様から性的な表現があるとの通報があった」
との事で、ジオシティーさんにあった「せっけん王国」は削除された。

その反動みたいなもので私はテクストを書きまくり
ジオさんには性的表現をまったく無くしたせっけん王国もどきをアップして
その時の文体が身についてしまって、今はこんな日記まで書いていたりもする。

その方に感謝できるほど私は人間が出来てはいないけれど
少なくても怨んではいない。

その方が開いているサイトは今もあって
御自分の写真は、後ろの丸い時計が楕円形になるほど
横幅が縮小してあったりしながらも
楽しそうにネット「アイドルもどき」を楽しんでいらっしゃるようだ。

いろんな出会いがある。
できれば無駄にだけはしたくないなぁなんて
言葉にだけはしてみたりするのだけれど。



いんでっくす



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