六月第三週十四日(月曜日)から二十日(日曜日)


「歌」と内容は必ずしも関連していません(笑)


6月14日
短針の 天を指したる この時に
区切りはあるや 深く目を閉じ


突然なのだけど
私の行きつけの居酒屋のちっちゃな生け簀に
「いせちゃん」という名前の伊勢海老がいる。

当たり前なのだけれど
最初は、お料理の材料として買われてきた。

大将のおっしゃるには
バブルな頃、宴会の予約の時に
活き伊勢海老の注文があって仕入れてきたのだけれど
突然キャンセルされてしまって
九死に一生を得たなかなか運の強い海老様だ。

その居酒屋様はお値段が安いくて美味いのが売りのお店で
私のような貧乏人(爆)が主なお客だったりする。
なので、その後、伊勢海老料理を注文する
お客様はなかなか現れず
そのうち、生け簀の主になり
お店のペットになってしまったのだそうだ。

私が最初いせちゃんにあった頃は
大きな水槽の隅にちんまり座っていた。

周りには、子分みたいな小柄な車エビさんと
鰯と鰺がぐるぐる泳いでいた。

ある日、水槽が仕切られていて
いせちゃんはひとりぼっちでがさがさと
仕切に沿って縦になったり横になったりしていた。

「いせちゃんどうしたの?大将?」
「いや、仕込みにきたらこいつが鰯食っていやがったもんで・・・」

ありゃりゃ・・・

そう言えば、なんだか随分でかくなっている。

それからも、いせちゃんは色んな物を食いながら
確実にでかくなってゆき
水槽を占領し、そしてある日自分だけのお家を
買ってもらって引っ越した。

今日、ちょっと体調が悪かった私は
自炊する元気がなくって、そのお店で久しぶりに食事だけをした。

いせちゃんは、今日も狭い我が家で
ごそごそ動いている。

「きみの一日って日記に書くとどうなるの?」
って日記にちょっくら追われている私は
心の中で尋ねてみた。

時計の短針が真上を向こうとしている。
私の昨日と今日と明日は
呼び名以外に何がちがうんだろうって
ちょっぴり思っている。



6月15日

心もち 顎も引くなり 脇も締め 
かかとの高き 靴を履く日は


最近の私は
スニーカーやモカシンをよく履いている。
かかとの高い靴を履くときも
ほとんどはサンダルかミュールだ。

学校を出て仕事を始めた頃の私は
通勤にはスーツを着ていた。
私はちびなので
きっちりしたパンプスやかなり高いハイヒールを
カツカツ言わせて、通勤電車で他人様の足を踏んだりする
迷惑なやつだったりもした。

他人様より、視線が低いのもなんとなく嫌で
意味もなく伸び上がるような
格好で毎日をすごしてもいた。
そして、電車に乗り遅れそうなったり
仕事に遅れそうになったりして
急ぎ足になると、よく躓いた。

自意識過剰だった私は
声を掛けてくれる男性に無意識の媚びを売り
でも、顎を引き、脇を締めるふりをしながら
よだれをちょっと流しながらも
安くない女を精一杯演じていたりした。

すこし、変われるきっかけがあって
なんだか、少し気持ちが楽になってきて
嬉しい気持ちが膨らんでいたころに
家族に、私の手が届かない事件が起こって
生活が変わった。

そして、今のお仕事をするようになったりした。

それからもうすぐ2年になる。

今の私は、けっこういいかげんな格好で
いいかげんな履き物を履いて、うろうろしている。

色々あったけれど
今の私は、けっこう自分ではお気に入りの奴に
ちょっとづつではあるけど
近づいているって事にしている。

次に、きちんとしたスーツを着て
きちんとした、黒いパンプスを履く時は
何か幸せの階段に、足をかける事が出来た時なら
良いなって思う。

その日に顎を引き、脇を締める私はきっと、すこし可愛くて
私の好きな奴に
今日よりは近い



6月16日
  雨待ちて 色は知らねど 咲くを待つ 
 野路に育ちし 去年の朝顔  


浅草に住んでいた頃
行燈作りにした朝顔を
梅雨も終わりを感じる頃に立つ
入谷の市へ出かけて買っていた。

威勢のいい呼び声の中を歩く事が嬉しく
少し大振りな花をつけた、色の綺麗な鉢を選んで
買って帰っていた。

家に帰った朝顔は、夏の日差しの中で
毎日見慣れた花で私たち家族を楽しませてくれて
そして、種を残すこともなく秋を迎えた。

この街で一人暮らしを始めてから一年になろうとしていた、
ちょうど去年の今頃
私は小さな朝顔の苗を、ベランダの大きなプランターに植えた。
苗には、咲くはずの花の写真がついていて
梅雨の雨を浴びて、私の背丈より高い添え木を伝って
ベランダいっぱいに咲き
私と、ご近所の方の眼を楽しませてくれた。

プランターは大きすぎたので
他のお花を植える事もなく、土の上に他の鉢を置いて
台代わりに使っていたりした。

今年も朝顔を育てようと思って6月の始めに
鉢をどかし、土を掘り返しておいた。

今日の朝、いつものようにベランダに出て
鉢のお花に水をやっていると
大きなプランターに、朝顔の双葉が出ている。
私は、慌ててじょうろにもういっぱい水を酌んで
たっぷりまいておいた。

帰ってきてベランダへ直行する。
すると、小さな双葉がたくさんになっている。

どの双葉から、どんな色の花が咲くのかは
まったく判らないのだけれど
なんだかとっても楽しみだ。

夏の日差しの中で
色はごちゃごちゃだけど
元気に咲いている朝顔を思いながら
今日の私は眠りにつくことができる。



6月17日
   記憶より ちいさくなりしや 二親の 
 背で見た夢や 忘れざりしも  


急用が出来て 両親と待ち合わせをした。

用事をすませ、軽く食事をして
まだ話さなければならない要件があり
実家へ泊まってきた。

地下鉄の駅の階段で、少し足の弱くなった父を
母が支えながら上がってゆく。

私は、その背中に
おんぶされて見ていた夢を、
少し思い出す。

あと、どのくらいすれば
私は、その夢にもどれるのだろうか

朝、みそ汁を飲みながら
一言だけ私は、今の私を報告する。

「前より元気だよ。心配しないでね」

昨日
「ボーナスもらったから」
と言って月々の掛かりとは別に渡した封筒は
今の狭い家には不似合いな
大きな仏壇に供へられている。

「行ってきますっ!」

私は、そして「めぐみ」に戻る

6月18日
   三本の ろうそくを消して 誇らしく
微笑む瞳 紅さししほほ

今日は、大好きな男の子の誕生日だった。
って、友達の子供なのだけれど。

仕事を少し早く上がって
プレゼントの絵本と
今や私の分身ともなりつつある(笑)「ぴよちゃん」
をひっさげて、友達のお家へ向かった。

早くに結婚した友達は
今は、一人で子供を育てている。

持ち手に銀紙の付いた鶏や
綺麗に並べられたちょっとしたご馳走の前に
送られて来たプレゼントやカードを並べて、
ケーキの蝋燭に火を点ける。

去年はまだ、お誕生日がよくわかっていなかった彼も
今年は、特別な日だと知っていて
とても嬉しそうだ。

ちょっと照れながら
みんなで「ハッピィバースディトゥユー」を歌う。
そして、一息で
3本の蝋燭の火は、綺麗に消えた。

「おめでとうぅ!」

うまく蝋燭を吹き消せた彼は
ちょっとほっとしたようで
ちょっと誇らしげだ。

うっすら上気した頬に
満面の笑みを浮かべて、私を見て
そして、自分のおかぁさんを見上げる。

友達はおかぁさんの顔をしていて
やはり上気した頬で
眼にはちょっぴり涙が浮かんでいた。

忘れないでね。
今日のおかぁさんの事を。
今日おかぁさんがどんなに嬉しい気持ちでいるかって事を。

玄関まで見送りに来た彼は
はっきりした声で
「きょうは、ありがとうございましたっ!」
って言って、きちんと頭を下げた。

そして、ほっとしたように
ちょっと誇らしげに私に手を振って
おかぁさんを見上げた。



6月19日
   雨だれを 艫打つ音やと 遠く聞く
シーツの波に 揉まれし我は


雨が降っている。

私が最初に見たセックスシーンは
「赤い髪の女」(1979年 日活作品 神代辰巳監督)だった。
何故こんな物を(笑)見たかと言うと
原作が中上健二さんの「赤髪(正確には赫髪)」だからだ。

映画や小説のストーリーは
書かない事にしているので、割愛するけれど
雨の日以外は仕事をしている主人公を
石橋蓮司さん(今や個性派俳優ですね) が演じていて
「赤い髪の女」は宮下順子さん(伝説のロマンポルノ女優)だったりする。

そのセックスシーンはいつも、窓越しに雨が降っている。
雨音と、屋根から落ちる雨垂れの音に合わるように
絡み合い、腰を動かすそのシーンは鮮烈だった。

なにせ、それを見た私は
まだ処女だったのだから。

でも、その後見た恋愛映画のシーンや
ある意味では実際に私が経験した
性的な事柄達よりも
私の記憶に刻まれ
なんとなく、セックスって言う物は
甘チョロいもんじゃないっていう
感覚を私に刻んだ映画だった。

蛇足を承知で書くのなら
脇役には、今はみんな知っている. 
阿藤海 さん  三谷昇 さん  山谷初男 さんなんかも
顔を揃えている私のお薦めの映画でもある。
そして音楽は私の好きな憂歌団さんだ。

今日のような
なんとなく暗い雨の日は
そのシーンのセックスを自分がしているような
錯覚さえ起こしたりする。。

そして私は、今日7人のお客様のお相手をし
髪は少し赤い


6月20日
  くつろぎて 子らの話を 楽しげに
父でありしも 男でもあり

今日、父から留守電が入っていた。
「父の日」に贈ったのカードお礼だった。
プレゼントは「丸井」さんの
スパークリングセールで買うって事で
実用的な了解が出来ていたりする。

今日のお客様は
「お父さん」の方1名様
「お父さんで子供」の方4名様
「子供」の方が3名様だった。

私の個人的感覚なのだけれど
一人の「人」にはいろんな考えやスタンスが混じっていて
「どこを切っても金太郎」
ってわけにはいかない。

私は、「ソープ嬢」と呼ばれる「人」なんだけれど
「娘」でも「お友達」でも「同僚」でも「主婦の敵@笑」でもあり
そして
「恋人」であった事もある。

風俗にあまりご縁のない方は
なにやら、魑魅魍魎のような「女」のいるところへ
よだれを垂らしながら
「ぎとぎと脂ぎった男」様

「もてないへんちくりんな男」様
が通っているように思われていたりする。

ほとんどのお客様は
そんな事はなくて、責任を持った社会人として
そして「父」として「息子様」として
毎日を過ごされている。

くつろいで頂けると、ご自分の事を話されたり
お子様の事を話されたり
今日なんかは、お父様の事を話されたりする。

確かに、それはすべてが本当の事ではなかたっりもする。

私と過ごして頂く短い時間は
普段の生活とは違った
「男」として過ごされる時間でもあるから。

毎日の雑踏や、煩わしい人間関係や
そして、様々の肩にかかっている責任って荷物を
ちょっくら横に置いて
元気を取り戻して頂く時間だったりする。

腰だけではなくて
ほんの少しでも心が軽くなってもらえて
部屋から出て行かれる時に頂ける笑顔は
チップと同じくらいに嬉しかったりする<=こらこら!



いんでっくす



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