141 ギ タ ー

 親が親なら子も子、というのか、ぼくの4人の子供のうち2人がとくにロックミュージックが大好き。長女は聴くのが好き。3番目の長男は奏るのが好きで、ロックバンドをやっている(なんでもメロディックコアパンクとかいう)。どうせそのうち自分の能力の限界に気付いてバンドなどやめるだろうと思っていたのだけれど、けっこう長続きしていて、最近ライヴをやらせてもらえるようになってきた。毎晩10時まで、音量を絞った(けっこう近所迷惑なのかも?)、でもディストーションのきいた音を響かせて、ひとり練習をしている。

 そんな彼がギブソンのギターがほしいと言い出した。(こちらも嫌いではないので)中古でもいいからいいものがないかとあちこちの楽器店を訪ねてみたりインターネットで探してみたりしてみた。そうこうしているうち、札幌の楽器店の開いているホームページでとうとう、目当てのものを見つけ、ついに買ってしまった。本人、現金がないので、ぼくが立て替えということに。ギブソン・レスポール・カスタムモデル。かっこいい!。

 そのギターが有珠山の爆発をくぐりぬけ、はるばる北の国から到着した。やっぱり本物はすばらしい、風格がある、塗りがいい、輝きがちがう。そしてやっぱり、かっこいい!。これで長男もロックミュージックの世界に両足から全身へとどっぷりと漬かってしまったというところか。ひょっとして売れたら、親に遊んで暮らせるほどの小遣いをくれるかも。

 そういえばこのぼくも15年ほどむかし、ブルースバンドをやるんだといい年をしてエレキギターを持ったことがあった。はじめは無名のメーカーのリッケンバッカーモデル(ジョンレノンが使っていた)。そのうち、とうとう、フェンダーのストラトキャスター(ヴィンテージモデル)を買ってしまった。アンプにつないだ最初の音は美しかったのです。そのうちバンドもやめ、金もなくとうとう人手に渡してしまったのだった。いま我が子は、夢いっぱいでしあわせも最高潮。うらやましい。

142 季 節


 極端に雨の少なかった今年の冬も、春の訪れとともに豊富な雨に恵まれ、田越しのすんだ田んぼにはうっすらと水がたまっている。ついこの間、アオガエルの日向ぼっこを見つけて春を感じたばかりなのに、気が付いてみるともう田んぼでは、力強くものどかなトノサマガエルの合唱が聴かれる。そう、いつのまにか菜種梅雨の季節。稲作のさかんなここ音羽町では4月下旬から5月初旬にはどこの農家も稲の仕事で活気付く。これでゴールデンウィークころともなれば、代掻きが済んで細波の立つ田んぼに人の手ではないにせよ、エンジンで動く金属製の腕がリズミカルな調子で田植えをする風景が見られるのだろう。今ではもう、機械化されてしまったとはいえ、その田植え機を運転する農夫の目は「稲の苗はちゃんと植わっているかな」とでも言いたげな様子で、やはり、今も昔も人のこころはかわっていないのだろう。

 代掻きで散々な目にあったはずのトノサマガエルなのだけれど、いつのまにか、その田をありあまる数の我が子たちでいっぱいにしてしまうのだろう。そして、今度はそれを目当てにどごからともなくゴイサギ、ダイサギなどの渡り鳥たちが白い羽で舞い降りてきて、長いくちばしでついばむ風景も見られるようになるのだろう。梅雨に入ればホタルの光の競演に、夏の訪れを感じたりする。

 いったいどれぐらいの歳月が流れたのだろう。普段水のない田に人が水を引き、稲作をする。カエルはそこで冬眠から覚め、子孫を残し、その生を謳歌する。それにサギや、今ではいなくなってしまったトキが集まり生の営みをくりかえす。ほんとうに、もう、できすぎともいえるほどによくできたシナリオが用意されている。多少の時期のずれはあれ、確実にその循環はやってきて、大自然のめぐりによりやってくる四季の移ろいとぴったりとマッチして繰り返されてゆくところがあたりまえではあるけれど、すごいことだとも思う。

 何でもあって、何でも手に入り、お金さえ出せばお好みの季節を味わうことのできるシステムが都会では用意されていたりする。反して、田舎では、好むと好まざるとにかかわらず繰り返される季節のそのすべてが受け入れられ、生活の糧として人としてのダイナミズムの源となっているところがすごいことだと思う。

143 釣りバカ


 釣り好き、という輩というものには、大なり小なりの『バカ』がつく。最近のぼくの場合はこの道においては、その文字がついていない(と思う)。すこしは冷静な釣りファンに成長したといえるのかも。

 『釣りバカ』なひと。その人の決まった休日にしか釣行できない人のことをサンデーアングラーと呼んだりするのだけれど、かくアングラーは待ち焦がれた休日が、あにはからん、強風か何かの悪天候だったりすると、かなりがっかりするものの、なにが何でも道具とエサをもって釣り場に行きたくてしょうがない。「だめでもともと。とにかく竿を出せればそれでいい」などと、すこしでも風裏になりそうな釣り場を想定して、とんでもなくも出かけてしまう。これははっきり言って、世間的には『アブノーマル』といってよい。目的地に着いて、「やっぱりだめだったか」と思いつつも「目的だけは果たさん」と支度をする。なんとか風裏で竿を出すのだけれどやっぱり散々で、早々納竿ということに。このとき、「まさかオレみたいなバカは他にいないだろうな」、と見回してみると、なんとひとり二人ご同類が必ずいたりする。これが昼間ならともかくも、真冬の夜だったりするとまさに気印といわざるを得ない。まずは安堵し、「オレはあいつらほどバカじゃないのだから、もう帰ろ」などと言い聞かせながら納竿。まるまる残った昼食代より高価なエサを気前よく放流し、退散。

 さらに釣りバカとはよく言ったもので、そういったことは一度か二度で懲りてしまえばよさそうなものを、またそのうち決まって同じことを平気でくりかえす。

 こんなことを書いていると、釣りをやる輩はバカが多いのだろう、と他人事にバカにしてははいけない。意外と人というものは、気付いてはいなくても、何かに対してもう、救いようもなく『バカ』であったりするもの。『釣りバカ』のように、自分でわかっていればましなほうで、本人はまったく意識していないのに、世間に対して『バカ丸出し』というのは、これはいけません。

144 晩 春


 春の菜種梅雨がひと段落、と思っていると、もうしばらくすればあわただしかった田植えも終わり、本番の梅雨がやってくるのだろう。とりあえず今は晩春。

 風、そよ吹く風、寒くもなく、涼しくもなく、暑くもなく、只々このうえもなく心地よく、心の波を沈めるがごと、通り過ぎてゆく。気付けば、鳥がさえずる、虫たちが空を地面を行き交う。かえるが鳴く、木々の緑も、奥様方が夢中の手塩の花壇も目もさめるほどの原色を輝かせ、その短い盛りを燃え立たせる。ああ、なんとすばらしい季節なのだろう。

 この季節を演出するもの、そのための環境として、まず太陽がある。まさにうってつけの立地条件の空間に母なる地球がある。そこには水があり、空気がある。まさに奇跡ともいえる条件が整っているおかげで、そこには生物がはぐくまれている。進化という生物の変遷や気候の変化があったとはいえ、何十億年もの間、この地球は幾度となく繰り返される大差のない夜と昼、四季をながめてきたことだろう。そこではおびただしい数というか量の生物たちがその世代交代を繰り返すことにより、この地球における四季を彩り演出してきた。それがそれ以外の目的でなぞあるはずもないのに、なぜにこんなにも美しいものなのだろう。

 だれのためにその緑を、原色の彩りを提供するわけでもなく受けつがれてきたこの四季の移ろい。今の時代にいたって、人という生物が、この大自然の美しさに感動する。そして、もしかすると勘違いをしている。どういうことかというと、人という生物以外にもこの美しい自然の美しさにときめいている者たちがいることに、わたしたち人は気付いていなくてはいけない。この大自然の美しさは、この地球上のすべての生物たちが生きるか死ぬかのはざまで、生と死を掛けてまで心ときめかせて、その生を営んでいるおかげなのだということを。

 私たちだけが、ぬくぬくとその生を甘受していてはいけないのだろう。

145 ひととき


 久しぶりに、ほんとに久方ぶりに長男と釣りに出かけた。19歳の彼は現在音羽米研究会の鈴木さんのところでアルバイトをしており(稲の苗を作る)、その帰りに道長の作業所に寄ったので、「たまにはどうだ」ということで付き合わせたというところ。

 彼も海へ釣りに行くなぞ10年ぶり(そのときもぼくと行った)かそこらで、まったくの素人なので、安全で釣りやすい浜名湖のあるポイントへ。メバルか何か釣れればいいな、という感じのお気楽なもの。

 「明日は雨でも降るでしょう」という天気回りで、釣り場につけば風もなく『ベタ凪』。長男は釣り竿を伸ばしてガイドに糸を通すぐらいしかできないヘボ釣り師なので、10年かそこら昔と同じようにぼくが仕掛けをつくってやる。浮木下を2ヒロほど取ってやり、あとはエサを付けて「ご自分でどうぞ」。ぼくはぼくで自分で仕掛けをつくって、エサ付け、投入。浜名湖は上潮に入っていて、この釣り場は潮がゆるやかで今夜の湖面はまるで鏡のよう。その上を静かに、音もなくふたつの電気浮木が潮にのって流れる。「寒いといけない」といって着込んできた上着がすこし暑いほど。来る途中買ってきたサンドウィッチやソーセージを食べながら、どうでもいいような話でもしながら。飽きのこない程度にメバルのアタリもあり、本当に、なんていい気分の夜なのだろう。

 そういえば、長男と過ごすこんなひと時を今までに何度か思い巡らせたことがある。そのひと時が今、静かに、豊かに流れている。まったく、なんという、これは『親ばか』なのかもしれない。はっきりいってこんな心もち、はずかしくて人に話せない。それほどに今夜はしあわせで満ち足りている。

 下の息子もたまには誘って付き合わせる。これも楽しい。魚なぞ釣れなくても、痛くもかゆくもない。ほんとうにささやかなのだけれども、父親なぞというものは、こんなことでも満足してしまうのです。

146 胃カメラ


 生まれて初めてというか、住民検診でバリウムを飲んでのレントゲン検査でひっかかってしまったおかげで『胃カメラ』というものを飲むこととなってしまった。検診の結果は『胃潰瘍?』とあり、何通りかの意味を含んだ深々なもの。なにを隠そう、ぼくの家系はというと『ガン』とのなじみがすこぶる深く、父も母も、祖父母もといった具合。だから、再検査の通知をもらってから、じわりとおかしな思いをめぐらせるようになってしまったりして。もしかして胃潰瘍、いや、胃ガンだったらどうしよう。よしんば入院、はたまた手術。まず考えられないものの、もしやということもある。あげくのはてには「ぼくにとって仕事をしていられることがいちばん幸せなのかも」などと実感してしまう始末。

 とにもかくにもなさけない日時は過ぎ、とうとう『胃カメラ』の当日となる。内視鏡診察室という部屋の前で待つ。ここでひとつ気付いたこと。男性の受診者には必ず奥方の付き添いがあるのに、女性の場合はきまってそれがない。男というのはこういうとき、まったくもって情けないほど『小心』ということが証明せられてしまう。ちなみにぼくの場合は、みなそれぞれいそがしいので付き添いがないというだけの理由。

 診察室の中。胃液を抑制、中和する液体を飲まされ、のどの麻酔剤を含まされる。カーテンの向こうから聞こえてきてしまうぼくの先行の女性のおえつ。ひたすら待つ。筋肉を弛緩させる注射まで打たれ、とうとうぼくの番。診察台に横たわるぼくに「入りますよ」というカメラマンの声。これから先はぼくの表現能力ではちょっとくるしい。ただ、もし次回の住民検診でまたもや『再検査』などという宣告を受けるようなことがあったならば、いったいぼくはどうしたらいいのかわからなくなるだろう。ということだけははっきりしている。

 「べつに何もないようですよ」という天からの声。本当に深々と「どうも、ありがとうございました」と心からのお礼をしているぼくの姿がとても印象的だった。

147 5年経過


 われらが『生ごみ生かそう会』は発足以来2年半がたとうとしている。当初の目的は、安全な農業を実践するにはまず土作りから。そして、安心して使えるたい肥作りをまずはめざそう。そしてできた農産、加工品を全国に提案してゆけるような組織作りを。というもの。

 その目標はまだ変わることなく、しかしながらまだまだ実現にはほど遠いといったところ。この地音羽町は米作りがメインの農家が多いため、そのいそがしさが一年で春と秋とに集中する。春は田植え、秋は収穫。そのため、その期間はみな生ごみに関する活動も前に進まない。進むとすれば、ぼくが動いた分だけにちかい。だから気短なぼくには少々いらだたしく感じられてよいのかもしれないけれど、意外とそうでもない。

 道長が音羽町に作業所を移転して、いつのまにかまる5年が過ぎた。とはいえ、「けっこうがんばってきたな」という気もしている。そして、ほんのすこし、地元の人たちにも認めてもらえるようにもなってきたような気もする。『石の上にも何とか』ということばもあるけれど、こと土地土地での人間関係、信用ということになるとやはりかなり時間がいるものだと思う。近ごろ実感するのだけれど、『やっと5年、あと10年』。

 そしてもうひとつ。今までの5年間、考えてみれば、地元の方たちに頼ることばかりで来たような気もする。これからの5年間で、今度はみんなに頼りにしてもらえる道長になってゆかなくては。そうでもないと『生ごみ生かそう会』にしろ、農業を基盤にした地域での活動にしろ、進んでゆかないのだろう。

 道長が最初に音羽に作業所を作ろうとしていたとき、あんなに協力してくださった音羽米研究会の鈴木さん。その他、折々協力をいただいた方たち。これからも精いっぱい、がんばります。

148 梅 ぼ し


 今はまさに、梅ぼしを漬ける時期。梅ぼしを作るにあたってポイントをご紹介。

 梅ぼしにするための生梅はまず、なるべく熟したものを選びましょう。完熟したものほど甘み、香りともに良く、出来上がった梅ぼしもおいしいもの。熟したものほど実がやわらかいため、手積みで収穫するのがいいでしょう。

 @ 青梅で一晩、完熟梅で2〜4時間水にさらし、水揚げするまえに水中で転がすように水洗いしてよごれを落とします。A 清潔な漬物容器を用意。B 塩は漬ける梅の重量の10〜17%の量を用意。塩にはとくにこだわってみましょう。昔ながらの天日製自然塩はおいしい梅ぼしを作るうえで欠かせません。C 漬け容器の底に少量塩を振り、梅実を入れて転がすように、塩粒でキズをつける要領。D 梅実を重ねるにしたがって塩は多めに振り、最後に塩でふたをする感じ。D 重石は梅の重量と同じかすこし軽い程度。F
 漬け込んで二日で梅酢が上がるのを確認。さもなければ、容器を傾けてやったりして、梅酢が全体にゆきわたるようにするとよいでしょう。G 梅酢が上がって2週間したら、香りのよい赤しそをえらんで、水洗い。赤しその適量は葉が漬けた梅の重量の3〜5%。H むしったしそ葉をよく塩もみ。黒っぽいアクを固くしぼってすて、漬け梅から出た白梅酢少量を加えて、再度もむ。今度はしぼらずに漬け梅に混ぜ込む。さらに残ったしそで漬け梅にふたをする。I 雑菌が入らないようにふたをし、ときどき開けてみては漬け梅にのせた赤しそを押すようにして梅酢で浸るようにしてやる。J 土用を待って天日干し2回。そのたびに梅酢にもどして色をつけてやります。K 3回目で梅酢にもどさずに干しあげて、できあがり。

 赤梅酢は煮物やドレッシングなどにすこしづつ使ってみましょう。隠し味として最高の調味料となるのです。

149 アイガモ農法


 音羽米研究会の主要なメンバー、小野 博さんはそのむすこが後を継ぐ音羽町では数少ない専業農家。そして安全でおいしい米作りをめざしている。

 小野さんは自宅に様々な家禽、クジャクまで飼育してるほどの、ちょっとそこらにはいない愛禽家。そんなこともあり、また完全無農薬で稲作をやってみようということで、三年程前から『アイガモ農法』を敢行中。この農法をおこなうにはそのための田を獣害から守るため、ネットで完璧に囲ってやる必要がある。また、あまり人里はなれたところでおこなっても、今度は犬猫のほかにキツネやタヌキの襲来も心配となる。だから今年のアイガモ農法は東名音羽蒲郡インターの出口、ガソリンスタンドと町工場の間で実行中。

 ぼくらがアイガモの田に近づいても鶏たちはそ知らぬふりなのだけれど、当の小野さんが呼ぶと緑のじゅうたんの向こうからなにやらぶつぶつ言いながらやってきて、気がつくと親子合せて二十数羽が集合。その一部始終といい、ぼくらの足元でえさを探るしぐさといい、もうそのかわいらしさといえば『食べてしまいたいくらい』なんて。とはいえ小野さんが愛禽家という弱味ゆえに、用済みのアイガモは食べるなぞとんでもなく、もらい手を探すということになる。

 禽類はとくにそうなのだけれど、卵からかえったヒナというものははじめて見る動くものを親鶏と思ってしまう、という『刷り込み』という習性がある。そのため最初に田にヒナだけを入れたりすると、それを狙って忍んでくる猫にさえ寄っていってしまうため、あえなく惨死ということに。実際それで何羽かやられてしまったとのこと。

 アイガモの外敵というと四足ばかりでなく、あのカラス。これはなかなかの知恵者で、早朝、高いところから監視していて、卵が生まれたと見るやちゃっかり横取り。アスファルトの路面に落として割れた卵を「いただきます」という具合。だから田んぼのとなりの町工場の主人とカラスとの早朝卵の争奪戦が毎朝くりひろげられるというわけ。いずれにしても卵は人間かカラスの胃袋へ収まってしまうのだけれど。ほほえましくも、のどかなアイガモ農法のひとこま。

150 土ボカシ


 畑に施す有機資材には大きく分けて、土壌を微生物で満たし活性化するための『たい肥』と、直接作物の栄養分になる『肥料』とがある。

 その両方の性質を兼ね備えた合理的な資材として、『ボカシ』というものがある。このボカシの作り方は基本的にはたい肥の場合とほとんど変わらないのだけれど、そのレシピの点でちょっと違う。われらが『生ごみ生かそう会』でも、今回、本格的に作ってみることにした。

 用意したものは、@ オカラ 1トン、オカラと同体積分のA もみ殻、B 米ぬか、オカラの体積の3倍分のC 山土、そして、オカラの体積の50%のD 鶏ふん。ひと口で1トンのオカラといっても、けっこうな量で、トラックに積み込むだけでもけっこうな労働。さらにその3倍の体積の山土ということになると、これまた大変で、とうとうパワーショベル(ユンボ)の登場ということになった。これを音羽米研究会の鈴木さんの山まで運び、土を切り出してダンプで運ぶという本格的な作業。とはいえ2人で難なく完了。

 さて@からDの材料を目前に置いてみるとなかなか壮観で、だいじょうぶかしらんと一抹の不安。各材料をフォークリフトにバケットを取り付けたもので、すくっては混ぜ、水分を補給しながら山に積み上げる。本来のたい肥作り用の設備(コンクリートの床、壁に、本立て状のコンクリートの間仕切りをして、マスを4つほど作ったもの)があれば、作業は最後まで機械で完結できるのだけれど、それがないため、バケットですくいきれなかった分はスコップで、ということになる。なれない作業にほとほとというか、とほとほというか、最近の体力のなさにはまったく情けなくなってしまった。

 すでにそれから1回切り返しを(やはり大変だった)したのだけれど、経過は上々で、積み上げたボカシの山の前に立つと、それから伝わってくる『ほてり』でなにやらぼくにもおごそかなるエネルギーが与えられるような心もち。なんとなく、ありがたい『ご利益』があるのかもしれないとも考えたりもして。