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いわゆる一つの私的見解■■■

・・・大空翼とロベルト本郷から見た『キャプテン翼』という物語


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 “キャプテン翼”という物語に本格的にハマったと自覚したのは、中学三年の主人公・大空翼が恩師・ロベルト本郷に対して「見せてやるよ」と独白したのを聞いた時だった。そう、あの倒産した土田プロの作画で有名な文部省推薦アニメを見てハマったんである。世界に誇る日本のアニメに砂をかけるような作画、セルの節約しか念頭にない演出、CGどころか透過光さえまともに使えない技術レベル…。それでも人は作品にハマる事ができる。
 かくも人間の妄想とは恐ろしい。

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 ロベルト本郷は元ブラジルナショナルチーム(注1)のセンターフォワード。彼にとって初のワールドカップ出場となるはずだった大会の矢先、網膜剥離(注2)であることを宣告される。これは頭部への衝撃によって完全な失明にいたる病のため(判りやすく言えば、風呂場で石鹸に滑ってコケて頭打っても失明するという間抜けな病)、サッカーのような激しいスポーツを続ける事は不可能。プロ生活の断念を余儀なくされる。
 ブラジルは貧富の格差の激しい国で、都市人口の40%がスラム住まいという(5人に2人がホームレスの都市というのを想像していただきたい)日本から見ればとんでもない社会情勢の国である。その中で貧しい者が自力ではい上がっていくために残されている道が、サッカー選手になる事かサンバ歌手になる事。そういう国で生まれ育ち“俺にはこれしかないんだ”と思いこんでサッカーをやってきた男が、確かに掴みかけた夢を奪われた上、失明の危険さえ抱えこまねばならなくなった。少年マンガにありがちな“お約束の不幸”というヤツではあるが、なかなか面白い設定だ。で、このロベルト、それにを苦にして自殺未遂までしでかしている。
 その男に対して主人公のサッカーの天才・大空翼少年は言ってのける訳だ。「俺の栄光を見せてやる」と。

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 大空翼とロベルト本郷の関係は、翼が小学6年生の時に始まる。網膜剥離の診断のために来日したロベルトが、大空家に住み込んだのが二人が出会うきっかけだった(翼の父が船長で、ブラジルでロベルトの自殺未遂を助けたのが縁の始まり)。天才的なサッカーセンスを持ちながらそれまで試合を経験したことがなかった翼に、ロベルトはゲームとしてのサッカーのありかたを教える。
 ここでのポイントは、それまで翼が“誰からも認められていなかった”サッカー選手だった事。このマンガが描かれたのはJリーグ発足以前であり、当時はまだサッカーはマイナースポーツもいい所だった(筆者はW杯を徹夜で見て、物好き呼ばわりされたものだ)。サッカー好きな息子のために、昔からサッカーの盛んな土地である静岡に主人公親子が引っ越してきたシーンから、この物語は始まっている。だから翼は、天賦の才を持ちながら満足な指導も受けられず埋もれていた、という設定。一緒にサッカーをプレイする仲間を得、ロベルト本郷という指導者に会い、プロのサッカー選手になるという具体的な目標ができた事で、才能を一気に開花させるのが、小学生編の趣旨である。
 翼にとってロベルトは“一番最初に自分の夢を認めてくれた大人”であり“誰からも理解されずにやり続けてきたことを肯定してくれた人間”でもある。ただのコーチ以上の存在だった訳だ。
 個人的な話で恐縮だが、小学6年の私はいわゆる「いじめられっ子」だった。今で言う所の「イジメ」というヤツである。クラス全員から無視される。黴菌扱いのように触った所を大げさに避けられる。物を隠される。…不遜なようだが、人間のみっともなさを見せてもらった。そうしてそういうガキの集団は、大人の一括でクモの子を散らすようにバラバラになる物だと言う事も。――だから大空翼のロベルト本郷への傾倒がよく判る。

 ここで物語に一つの転機が発生する。
 “全国大会で優勝したらブラジルに連れていってプロ選手にしてやる”と言うのが、翼とロベルトの交わした約束だった。しかしロベルトは一方的にこの約束を破棄し、一人でブラジルに帰ってしまう。
 確かに選手としては一流だったロベルトだが、この時点で指導者としての可能性はまだ低かった。何よりも失明に対する危機感を抱いていたことが、翼のような一流選手を育てる決意を鈍らせたと物語からは読める。しかし、それよりも大きな要因は、プロ生活を断念した事に対する彼自身の心の問題だったろう。
 この時彼が翼に残した言葉は「俺は敗北者だ」――手元までたぐり寄せた夢を断念しなければならなかった男のプライドが言わせた言である。翼の傑出した才能を理解したからこそ、自分のような半端な人間ではこの才能を育てきれないと自覚して手を放す。そして「家族は一緒に暮らした方がいい」と諭す。
 恐らくロベルト自身、サッカーで頂点を目指すために犠牲にしてきた物が多くあったはずだ。だから夢が潰えたとき、何も残らず自殺までしでかした。まだ自分自身さえ満足に持てない翼を、サッカーでしか身を立てられない者の暮らすブラジルに連れていく事で、自分の踏んでしまった轍を翼に踏ませることになるかも知れない。この時点で翼は、家族も友人もライバルも持っている。サッカーへの夢と目標も持っている。ブラジルで暮らす事を考えれば、明らかに物質的に恵まれている。最終的にプロ選手になるにせよ、それは翼自身が判断できる年齢になってからだとロベルトは考えたのだと思う(うがった見方をすれば責任逃れをした、とも取れる)。
 小学6年の翼が、どこまでロベルトの心情を理解できたかは判断に迷うが、いずれにせよこれはロベルトの翼に対する“裏切り”であり、後々の2人の関係に微妙なニュアンスを与える事になる。
 この後、物語が続いて二人は再会するのだが、すくなくともこの時点では、ロベルトは二度とサッカーに関わらないのではないか、と思わせるような物語の方向性だった。

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 中学3年間の公式戦無敗記録をうち立て、国際ジュニアユース大会での優勝記録手みやげに、大空翼はブラジルプロ入りする。ロベルトは選手時代を送ったFCサンパウロで年少チームのコーチをしており、公的にも指導者の立場を得ていた。以後3年間、翼とロベルトはサンパウロ市内のアパートで事実上の同居生活を送る。
 ここでのポイントは“公式には翼の師はロベルトでなかった事”。ロベルトは最年少クラスの監督であり、翼は二軍とも言えるジュニオールへの留学生。私的な指導を受ける事も、プライベートな生活で助けられる事も多かったことは想像に難くないが、あくまで公的には師弟関係でなかった。一緒に生活していた事から考えても、一種疑似家族的(親子もしくは兄弟)な面が強かったのではなかろうか。
 この関係が変化するのがワールドユース大会(注3)の開催である。この大会で翼は日本代表チームのキャプテンとして、ロベルトはブラジル代表チームの監督として、決勝を戦うことになる。3年間、公的に大空翼の師を名乗らなかったロベルトが、公の場所で、敵として翼に相対する事になった。これがジュニアユース編の筋書きである。
 この大会、ロベルトの率いるブラジルユースを決勝戦で破り、大空翼は世界のトップに立つ。そしてブラジル・サンパウロFCを離れスペイン・バルセロナへと移籍する。小学6年から足かけ8年に渡って続いたロベルトとの有形無形の確執が、この時点でどうにか昇華されたように見える。

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 大空翼は文字通りサッカーの天才で、対するロベルトは悲運の天才として描かれている。翼は“サッカーに対して誠実”な人間で、世界中の誰よりもサッカーが好きだから誰にも負けたくないと思っている(その思い入れの強さで、南米の命かけてサッカーやってるような連中に勝ってしまう)。だからこそ、夢潰えたロベルトに対して自分の栄光を「見せてやるよ」と言ってのける。容赦も手加減もなく、サッカーをする。誠実だから。
 そしてロベルトは、それを“認める”役割を持つ。この物語自体、従来のスポ根物のような親子のしがらみだの執念だのはなく“好きだから”サッカーをするという話である。その“好きでやっている人間”を肯定し、認めてやるのが天才でありながら夢破れたロベルトに振られた役割ということだ。翼にとってロベルトは、自分を肯定してくれる一番大きな指標、なのだ。
 自分の存在全てをかけてサッカーに打ちこみ、そして夢破れて逃げ出したロベルトの、最後の最後で逃げられない心情が潔い。だからこそ、最高の関係で翼と向き合おうとする。中途半端な妥協やごまかしを許さない根本の所のプライドの高さと、それに見合うだけの足場を持たない不安定さが、彼の人物像を魅力あるものにしている。

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 世界の頂点を目指すということの意味を縦軸に、そこからの脱落者・反面教師としてのロベルト本郷の存在をバックにして、大空翼が友と出会いライバルと戦っていくのが物語の本筋だ。もちろん翼が最終目標として掲げるのは全てのライバルを蹴散らしてトップに立つ事である。そして、ロベルトから“よくやった、翼”と祝福を受ける。そのためのセリフが「見せてやるよ」。
 かれこれ10年間この2人の関係に入れ込んだのも、元をただせばこの一言が原因な訳で――アニメで大空翼がこのセリフを呟くシーンを今も覚えている。あの作品の作画としてはかなりデキの良いシーンだった――。
 果たして皆様には、こういう設定が10年も入れ込むほど魅力的だと感じていただけるだろうか。



注1)ワールドカップ大会のために編成される国の代表チーム。ブラジル国内の有名チーム、海外のチームに所属するブラジル国籍選手からメンバーが選出される。文字通りサッカー王国の代表である。
注2)眼球から網膜が剥離する病気。生来の網膜の剥がれ易さが原因であり、頭部への衝撃により症状が出る。最悪の場合は失明。現在の医学での治療は不可能。
※2002/9
以前にメールをいただいていたのですが(メーラー変えたんで原文行方不明。わざわざメール下さった方、本当に申し訳ありません)ベルマーレの高田保則選手が網膜剥離から現役復帰しているそーです。2002現在、網膜剥離はほぼ完治する病のようですね(ナノ磁気粒子を液状シリコンに混ぜて眼球に注入するなどと言うオソロシイ治療法まで考案されてるらしい)。…オイラがロベルトなら一暴れするな。
注3)FIFAの主催するW杯大会の若年大会と位置づけられている。冠スポンサー大会で、目的はサッカー後進国(主にアフリカ・アラブ・アジア)の若手有望選手を発掘すること。近年の大会でアフリカ勢のワールドカップ上位進出が可能になった背景には、この大会によって有望選手がヨーロッパクラブチームのスカウトを受け、才能を伸ばした事による。
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