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父と子
月刊SARINA 2002年6月号 特集『父と息子』



 大きな父親の存在は息子の目にどう映るのだろう――この雑誌の読者世代にとって、かなり気になるだろうこの疑問の答えを求め、高校生探偵・工藤新一君にインタビューを申し込んだ。未成年にも関わらず刑事事件に関与してきた彼は、作家・工藤優作氏の一人息子でもある。そうした息子の方向性に及ぼした父親の影響はどんなものであったのか、彼自身は父親をどのように見ているのか――。
 父親の若い頃にそっくりだと言われる彼は、有名人の息子らしいソツのなさ、隙のなさを纏っていた。注意深く言葉を選ぶ表情が作り物めいていて、ずいぶん意地の悪い質問もぶつけてしまったと思う。そうして返ってきた答えは我々を納得させもし、慌てさせもした。
 彼は、あの父親の息子であれた事を本当に感謝していると言う。

インタビュアー・構成:勝谷陽介


―――とりあえず大学進学おめでとう、だね。ずいぶん休学してたみたいだけど、問題はなかったの?
工藤:ありがとうございます。問題なかった、とは言いませんがどうにか潜り込みました(笑)。
―――法学部、だよね。これは将来的な事も考えての選択?
工藤:本当は法医学をやろうと思ってたんですが、休学が響いてて(笑)。それと日本の大学だと法医学ってやりにくいんです。医学部って基本的に医者にならない奴の行く所じゃないでしょ。その点法学は今後事件に関わっていく上で絶対にはずせないし、日本の大学でしかできませんから。特に刑事事件に関わる上で絶対的な信頼の尺度になりますし。
―――警察への就職は考えてないの?
工藤:組織的な捜査も一度は経験しなきゃならないと思ってるんで、考えてはいます。ただ、やはり日本だと公的色合いが強すぎて難しいかな、と。アメリカの探偵局に務めてライセンス取るか、FBIかなんかで訓練生するか…。とりあえず探偵を開業できるだけの実績を積むつもりではいます。



―――さて、今日のインタビューは工藤君自身の事じゃなくてお父さんの事がメインになるんだけど…お父さんの事を聞かれるのは正直に言ってイヤかな?
工藤:うーん、そうですねぇ。正直「工藤優作の息子」で括られちゃうのって抵抗ありますね。親の七光りだけでやってるみたいに聞こえちゃうし。
―――今までこういうメディアでお父さんの名前が出たことなかったでしょ?意識して出さないようにしてた訳?
工藤:僕が、というより父の方がその辺は気を使ってました。有名人の息子が面白半分に事件に首を突っ込んでる、って思われたら可愛そうだとでも思ってくれたんでしょうね。知ってる人は知ってましたけれど、メディア関係に出ないよう押さえてくれてました。僕の方も父の名前に泥塗る気はなかったし。…お互いに気使いあってたのかな。
―――有名人の息子さんなんか、親のことに触れられるのを嫌がる人は多いんだよね。親と同じ道に進んだ人だと“ライバル”とか“師匠”とかいう形で話してくれるんだけど。全然違う事やってる人だとかなりイヤみたい。ボクも自分のオヤジが有名人だったらイヤだと思うもん。
工藤:(笑)確かにプレッシャーはありますね。「あんな立派なお父さんなのに」って思われちゃうのはイヤだ。こっちは家の中でだらしない格好で寝こけてるのまで見てるから「どこが立派なんだよっ」って。
―――お父さんも若い頃は探偵やってたんだよね。お父さんの知り合いとか、比べる人はいないの?
工藤:「父の若い頃にそっくりだ」とはよく言われます。ただ、探偵時代の父はもうどうしょうもなく破天荒な人だったらしくて…留置所放り込まれたりとかしてますし。
―――そうなの?
工藤:すごいですよ。暴力団事務所に一人で乗りこんでったりとか、機動隊の包囲網突破したりとか(笑)。検挙されてないから大きな顔してますけど、立派な犯罪者ですよ。じゃなきゃ見境なく雑誌記者の方殴ったりしません。
―――僕はお父さんにお会いした事ないんだけど…怖い人?(笑)
工藤:そうですね。外面いいからあんまり感じないかもしれませんが…怖い人だと思います。ひょっとしたら世の中で一番怖い人間は父かもしれない。
 …子供の頃から僕、いろんな所連れていってもらったりとかしてるんです。父はその頃から国際的な作家だったから、取材なんかも国際レベルで。インドとか、アラブとか。あの辺の国って死とか暴力とかが日常的にあるじゃないですか。普通の親ならそういうの隠して見せまいとするんでしょうけど、父はそれ全部見せましたから。路上で死にかけてる人跨ぎ越えて向かいのレストランに食事に行くような、そういう経験もさせてもらってますし。
―――…怖い人だね。
工藤:思い出す限り、父に大きな声で怒鳴られたり殴られたりって事は一度もないんです。「こうしなさい」って言われた事もないし「そういう物だ」って押しつけられた事もない。だから友達と父親に関する話するとズレまくっちゃうんですよね。普通の父親って、危ないことから子供を遠ざけようとして怒ったり怒鳴ったりするでしょう。僕の父は――それこそ命に関わるような事でも全部自分で経験させて、それで自分で考えろって風だったんだと思います。それこそ「人を殺しちゃいけない」レベルの事まで、自分で体感するまで待ってた所ある。
 確か小学2年生ぐらいだったと思うんですけど…一度学校で殴り合いのケンカした事があって。キッカケは何だったかはっきり覚えてないんですが、その後一ヶ月ぐらいの間、延々父と「どうしてそんな事したか」って事を話したんです。
 子供って、その時の気分で暴力的になったりするじゃないですか。その時もそんな感じだったから、ぜんぜん答えられなかったんですね。で「その前から相手の事はどう思ってた?」とか「先生の事はどう思ってた?」とか…多分警察の取り調べってあんな感じだと思うんですけど(笑)。それこそその時考えていた事全て言葉にするまで許して貰えなかった。洗いざらい白状する感じでした。
 小学校入ったあたりから、子供扱いじゃなくなってたんですよね。抱き上げて視線合わせてくるんじゃなくて、自分の方が膝を付いて視線合わせてきた。そういう事の延長上で「自分がどう思うか」をきちんと言葉にできるよう躾けられたんだと思います。自分の価値観を押しつけるんじゃなくて、まず僕がどう考えてるか、どう思ってるか聞いてきた。
―――小学校二年生だよね。
工藤:ええ。
―――すごい早熟な小学生じゃない?普通そこまでできないでしょ。
工藤:させられたんですよ。無理矢理(笑)。作家ですし、そういう事には人一倍敏感だったんでしょう。確かあのケンカの原因自体、僕はその相手の子と友達になりたくて、その子の落とした消しゴム拾ってやったかなんか…で、相手はそれがうっとおしかったんだろうと…。こっちの示した好意を相手がその通りに取ってくれるとは限らないって事も、その時にずいぶん話しましたね。
 何かあった時は一発殴って「二度とするな」って叱って済ますのが親としては一番楽じゃないですか。あの当時から父はメチャクチャ忙しかったから、支離滅裂な子供の話に延々付き合うのってすごく根性いったと思うんですよね。
―――すごく、教育熱心なお父さんだったんだね。
工藤:うーん。教育、って言うか。“生きていく術”を教えるのには熱心でしたね。野遊びとかキャンプとか、物心付く前からよく連れて行かれました。刃物の使い方とか、火の扱いとか、まだ小学校入る前からたたき込まれてましたし。
 礼儀作法とかの社交儀礼は母の教育担当で、父はもっぱらメンタル面をフォローしてたように思います。



―――ずいぶん小さい頃から、刑事事件に関わってたって聞いてるけど。
工藤:きっかけは、やっぱり父ですね。ああいう職業ですしああいう前歴ですから、父の知人には警察関係者の方が多いんですよ。で、ちょっとこれは、という事件だと警察の方が父に話しに来るんです。時には現場まで来てくれ、って呼ばれたりする。僕はその頃から探偵に憧れてて…。
 その頃読んだ雑誌に、アメリカで最年少で探偵免許取得した人が16歳だって書いてあったんです。で、自分で計算して、今からそういう事やっとかないと探偵になれないな、と。
―――計算って?
工藤:向こうでは3年ぐらい実務経験ないと探偵のライセンスって下りないんです。だからやるんだったら早くやらないと、と思って。それで父に「探偵になりたい」ってうち明けて、警察の方がみえる時は同席させてもらえるようにして。小学校の4年生ぐらいで現場にも連れていってもらって。
―――お父さんに?
工藤:ええ。考えてみればとんでもない話ですよね。
 ただ、それ以前に注意はされてました。“子供は入っちゃいけない場所だから、付いてくるなら大人のフリをしなさい”って。警察の人のジャマになったり、取り乱したり吐いたりしたら二度と連れていかないから、って言われました。
 日本だと子供と大人の区別ってあんまりないけど、欧米だとその辺びしっと区分けされてるでしょう?子供には入れない場所があって、子供は出歩けない時間があって。それを感覚的に知ってたから、そういう言い方になったんだと思います。
―――死体とか、転がってる訳でしょう?
工藤:それはさほど抵抗なかったんですよ。父に連れられて内戦やってる国とかも行ってましたから、死体とかは一種見慣れてたんです。それより犯罪の現場でしょう。子供の立ち入る領域じゃない。とにかく現場を荒らさないよう、警察の人の迷惑にならないよう、最初はそれだけで頭いっぱいでした。ちゃんと物が見えるようになったのは3回目ぐらいからかな。
 それで父が話を振ってくれる訳ですよ。「これは擦過傷だね」とか「躊躇い傷があるだろう」とか。バラバラにされて袋つめされて冷蔵庫に入れられてた死体見ながら「切り口綺麗だね」とかやってて。新米の刑事さんとか吐いてる横で、親子で死体検分してるんですよ。そういう事を繰り返していくうちに、鑑識さんとか刑事さんとかいろいろ話してくれるようになって。それで“大人”っていうのはこういう事なんだな、って。
―――正直言って…なんか聞いてて本当に普通じゃないな、って気がするんだけど、そういう自覚はなかったの?
工藤:全然(笑)。って言うか意味が判ってなかったんですよ。怪我すれば痛くて、それが酷ければ死んじゃう、っていうレベルでしか“死”を認識してなかった。人が殺される事の意味が判るほど大人じゃなくて、死体をモノとしてしか見られなかったんでしょうね。意味が判り始めたのって小学校5年か6年ぐらいからかな。死んだ人に家族がいて泣く人がいて、殺した側にも家族がいて泣く人がいて…ってのが理解できるようになったのって、そのあたりから。それでようやく自分が今まで見てきた物が何だったのか、うすうす判るようになって。自分も死んだらこうなるんだな、って死体見ながら思ったり…。
 小さい頃、やっぱり内戦か何かで瓦礫の下敷きになってる女の人の死体を棒でつついて遊んでた事あるんですよ。父はその時も何も言わずに僕のやる事を見てました。自分でその意味が理解できるようになるまで、放っておかれたんだと思います。
―――本当に、怖い人だね。
工藤:ええ、すごく怖い…。
 小さい時は父の小説をただの謎解きの推理小説としてしか読んでなかったんです。それがだんだん犯罪に至る心理みたいな物を理解できるようになるじゃないですか。父の書く物って、ものすごく人物描写が濃厚で、犯人がなぜそういう犯罪を犯したかをちゃんと納得させてくれるでしょう?読みながら背筋寒くなりますよ。父さんこんな事考えて生きてるのか、って。
 中学入って、現場に付いていかなくなったんです。意味も判らず死体検分してた自分より、吐いてた刑事さんの方がやっぱり大人だったんじゃないかって思い始めて。その時も父に正直に話ししました。「それは逃げじゃないのか」って突っ込まれましたけど、逃げでもいいから中途半端な関わり方はしたくなかったから。それって人間全てに対して失礼じゃないですか。人が死ぬ、それも殺されて死ぬって事に関わる以上、何も知らずに目に見える物だけ見てちゃいけないと思ったんです。父さんの小説を読んでると、そういう事を思い知らされる感じですよね。
 相変わらず探偵になりたいとは思ってましたけど、探偵がどんな人間なのかを少し考え始めたんですよね。いろんな意味で。そういう年頃でしたし。
―――僕も工藤さんの作品は好きでよく読むけど、本当によくできてるな、って毎回思うよ。ものすごい不思議な犯罪が起きて、すごくカッコいい探偵が出てきて、こいつが犯人だろう、って思うとそうじゃない証拠が出てきて…。すごいエンターティメントだと思うんだけど、根底の所がすごく深いんだよね。人間の目背けたくなるようなえげつなさを平気で書いちゃってたりするじゃない。あれだけ逃げないで書ける人も珍しいと思ってるの。アメリカのベストセラーってヒューマニズムの皮被ってたりするけど、本質は頭空っぽで何も考えてないオメデタイ話じゃない。だから正直バカにしてたの。でも工藤さんの“ナイトバロン”読んで考え方変わったの。これが認められるんならアメリカも捨てた物じゃないな、って。
 このインタビュー決まった時にね、そういう父親の下で育った人でしょ。しかも犯罪に関わってて。どういう感じなんだろうと思って。ものすごく父親にコンプレックス持ってて屈折してるか、反対に逃げまくって何も考えてない人かどっちかだろう、って考えてたのね。でもどっちでもないよね、きみは。
工藤:…そうならないで済んでるのって、多分父に溺愛されてるって自信があるからだと思います(笑)。とにかくそれに関してはあの人、絶対照れたり隠したりしませんから。どんな時でも「オレはお前を愛してる」って正面切って言ってきます。放り出されてはいますけど、会いたいって言えば仕事も何もかも全部放り出して会いに来てくれるはずです。
 中学の時とか、結構突っ込んだ話をしてるんですよ。犯罪ってどんな物か、みたいな事とか。人間が全員理性ある大人なら、法律なんていらなくて、利害がぶつかった当人同士が話し合って解決できるのが一番いいんじゃないかみたいな話とか。法律って第三者でしょ。当人同士で解決できるなら、ししゃり出てお節介やく必要なんていんじゃないか、みたいな事とか。で、その時に民族紛争はどうするかとか、ゴミ問題はどうなるのかとか…近代国家はそういう生理的に納得できる正しさだけじゃ成り立たない、みたいな話もしてくれました。本当にごく少数なんだけど、人を殺すことでしか自分を示せない人もいるんだって事とかも…。
 こっちに受け入れるだけの器さえできれば、もう有無を言わさず色々な物を詰め込んでくるんですよね。もう与えたくて与えたくてうずうずしてるって感じで(笑)。経験も知識も…本当に贅沢させてもらってると思います。取材慣れしてるからでしょうけど、僕が何を欲しがってるかなんて雑談ついでに見切っちゃう人なんです。だから僕のことを一番よく理解してくれてる。腹立たしくもあるんだけれど、その上で正面から「愛してるよ」って言われちゃうと、もう拗ねる事もできなくなる。あれは言った者勝ちですね(笑)。
 どんなに放任されてても、メチャクチャ愛されてる自信があるから不安に思うって事はないです。僕には絶対理解できない物を腹の中に抱えちゃってる人だし、それを怖いとも思ってるけれど、最後の最後でこの人はオレを裏切らないって確信がある。それが親子、なのかもしれないけど。
―――けっこうファザコンなんだ。
工藤:あんまり自覚ないんですけど、多分そうでしょうね(笑)。



―――探偵やるって事に、お父さんから反対はなかったの?
工藤:全然。何か一言ぐらいあるかな、とこっちも身構えてたんですけど。普通の親なら「高校生が何やってんだ」って怒鳴られる位するでしょう?まあそこまでは無くても、マスコミへの露出とか注意されるかな、ぐらいは考えていたんですが。
 犯罪って有無を言わさず人の人生を変えてしまうじゃないですか。そこへ関わる以上それなりの覚悟しなきゃダメだって思ったんです。ああやってマスコミに露出しておけば、失敗した時袋叩きにしてくれるでしょう。「高校生探偵の推理ミス・所詮は子供の浅知恵」とかね(笑)。“一回でもミスしたらそれで探偵は廃業だ、この推理に自分の人生賭けるんだ”って覚悟はしてました。それ位の覚悟がなきゃやっちゃいけないとも思ってましたし。
 本当は…犯人はあの人だって結論出してからそれを明かすまでの間って、すごく怖いんです。もし間違ってたらその人の人生メチャクチャにしてしまう訳だから。だから絶対的な証拠を見つけるまでは一言も話せない。もし自分の出した結論に相反する証拠が出てくるなら、早く出てきてくれって祈ってる。平気な顔してるように見えるかもしれないけど、本当はすごく胃が痛くて吐き気かみ殺してたりするんですよ。
 僕の推理を警察の捜査が裏付けてくれて、違ってるかどうかってチェックしてくれる。その上でマスコミがそれを書いてくれれば、僕が暴走しないためのチェック機能としてはまあ完璧だろうと。
―――それは自分で考えたの?
工藤:ええ。同じ事やってる人って他にいなかったから(笑)。完全無欠の人間なんていないから、どんなに注意してても見落とす事はあると思うんです。でも犯罪に関わるって事は、人の一生を左右してしまう立場に立つって事でしょう。ならそれなりのリスクは背負ってしかるべきだと思ったんです。高校生で、社会的な責任を負えない立場でそういう所に立ち入るんだから、絶対うやむやに誤魔化せないようにしとかなきゃいけない、人の人生背負う以上自分の人生も賭けなきゃ卑怯だ、って。
 多分意識してないだけで、こういう事って普通の事なんですよ。数字一つ言い間違えればものすごい損害が出たり、投与する薬間違えれば人が死んじゃったりするでしょう。僕は僕個人の名前が表に出てるから“すごいな”って思われるのかもしれないけど、今の世の中で当たり前すぎて意識されない位当たり前に通用してる事だと思うんです。
―――うん。でも個人の名前で出ちゃうのってすごい勇気だと思う。さっきの話じゃないけど、胃潰瘍とか心配じゃない?
工藤:事件が立て続けにあった時なんかはさすがに堪えますね。その時は集中しちゃってるから感じないけど、終わると途端にガクーッと来ちゃいます。本当は個人名でなくていいのかもしれないけど、会社名も組織名もないから(笑)。
 今まで父が親子関係報道されるの押さえてくれてたのって、それもあると思うんです。“高校生探偵”が大ポカやって存在を許されなくなっても“工藤優作の息子”っていう逃げ場所は確保しといてやろう、って。父の名前出すの解禁にしてくれたのって、それだけ探偵としての僕を買ってくれたんじゃないかな。大失敗やらかした時、それをリカバーするだけの信頼と経験を持ってるだろうって事で。
―――なんかね。こうやって話してて“若いな”“すごいな”とは思うんだけど、大学生と話してるって気がしないんだよね(笑)。マスコミ慣れしてるって言うか…お父さんが人前に立つことに慣れた人だったせいもあるんだろうけど…芸能人以上に(笑)マスコミの使い方を心得てるよね。
工藤:女優の子ですから(笑)。やっぱりそれも父の教育でしょうね。否応なく“工藤優作の息子”のレッテル貼られちゃう訳だから、対処法として“工藤新一”を自分で主張できるように訓練してくれたんでしょう。方便も含めて判ってもらえるように。――こういう所父似かも知れないですねえ(笑)。父のインタビュー記事とか雑文とか読んで、いつも「この大嘘つき!」って怒ってます。多分この記事読んで父も「この大嘘つきめ」って笑うんじゃないかな。
―――嘘つき親子(笑)。自分ではお父さんに似てると思う?
工藤:…タイプが、全然違うと思うんです。父はもう社会とか世間とか、そういう物を一切超越した場所で一人でも生きていける、って言うのか。野生の一匹狼みたいな人間なんですよね。自分の中に確固とした法を持っていて、世間の法に合わせもするけど最後に従うのは己の中の物にだけの。僕はすごく平凡な人間だから、そういう感覚に恐れみたいな物があって、そういう父がすごく怖い人だと思う。できれば父とは一生やり合いたくないです。
 何かの時に父が話してくれたんですけど、僕が自分とタイプが違う人間だって気が付いた時に、子供扱いを止めたって言うんです。ちゃんと対等に視線合わせて話し合って、それでお互いに理解し合えるように。鳥が犬の子育てても鳥にはならないでしょ。だったら鳥は鳥として犬は犬として理解し合うしかないんです。多分僕たちはすごく沢山話し合ったからこういう風にはっきり言葉になったけど、よその家でもこれは同じじゃないかな。父親と息子って、絶対同じにはなれないから。
―――お父さんに似ていなくて、悔しい?
工藤:いいえ。でも…。
 …やっぱり、少し悔しいかな。あの人が見てる物、一緒に見られないから。



―――きみが探偵をやることをお父さんはどう感じてると思う?
工藤:職業、という事に関しては何とも思ってないでしょうね。会社員になろうと芸能人になろうと政治家になろうと…それはお前の人生だ、って割り切ってると思います。ただ、どうしても普通に比べて危険の多い仕事ですから。
 高校の時にね「死んでもいいぞ」って言われたんです。「お前が納得できる死に方だったら死んでもいいぞ」って。ちょうどその時関わってた事件がかなり大きな組織に繋がってて、ちょっと危険な状態だったんです。その時に「死んでもいいぞ」って。――情けない話ですけど、一晩父に抱きついたまま泣きました。ああ、この人は一番大事な物をオレにくれる気なんだ、って。
―――…普通、言えない台詞だね。僕に息子がいたら、絶対言わない。
工藤:あの時僕が死んでたら、一番傷ついたのは父でしょうね。残りの一生、守れなかった自分を責めて過ごしたんじゃないかな。
 だからその時に絶対死ねない、って思ったんです。死んだら、この人から一番大事な物をむしり取ってしまう事になると思って。俺を生んで育ててくれた事、後悔して欲しくなかった。俺は父さんの子供に生まれてすごく幸せで、誰より恵まれてるって思ってるから、そんな風に育てた事を後悔して欲しくなかったんです。
 今でもすごく心配してるだろうし、不安だろうとも思う。すごく親不孝な息子だって自覚はあるんですよね。でも、だからって譲れない。因果な話ですけど。
―――これからも探偵を続ける?
工藤:正直言って、僕は探偵としてはまだ半人前もいいところなんです。警察に呼ばれるのも“任意協力”という形ですし。これが“嘱託探偵”という形になって報酬をいただけるようになるまでには、ものすごく時間がかかると思う。実績を積まなきゃいけないし、それなりの形式も必要になるでしょうし。
 僕が今やってる事って、手がかりを組み合わせてジグソーパズルを組み立ててるようなレベルの事でしかないんですよね。未成年だから、それ以上に立ち入る権利もないんですけど。この先成人して、職業として探偵をやっていくとなれば、嫌でもその先に踏み込まなきゃならない。
 色んな事件を見てきたんですが、今だにどうして人が人を殺すのか理解できないんです。人を殺したって失くした物は返ってこない。相手が間違っているって言うんなら、どうして小賢しいトリックを使ってまで罪を逃れようとするのか。お互いに自分が正しいと信じてる人間二人が殺し合ったって、生まれるのは悲劇だけでしょ。――そんな事誰でも判るって思うのに、それでも人は人を殺すんですよね。
 …僕が殺されたら、たぶん父は相手を八つ裂きにすると思う。それは判るんだけど、それで父は救われるかって言ったら救われやしない。だから僕は絶対に死ねないと思ったわけで…。じゃあ父が殺された時僕が同じ事をするかって聞かれたら、これもNOなんです。百人殺してそれで父が帰ってくるっていうなら、そうするかもしれないけど。…計算高いんでしょうね。すごく。だから犯罪が非合理だって思えて「なんでそんなバカな事するんだろう」って思えちゃう。
 昔父さんがそうしたみたいに「どうしてそんな事をしたんだい?」って聞いてあげられるようにしなきゃいけないな、と思うんです。自分とは違う価値観の人間がいて、違う生き方をしてきて、それでも理解して、その上で裁いてあげなきゃいけないって。今はまだその人の可能性を繋いであげる事が精一杯で、救いになってあげる事まではできないけど、ちゃんと“探偵”を名乗るにはそれができなきゃダメだろうな、って。
―――難しい事だね。
工藤:ええ。でもそこで逃げちゃう訳にはいかないから。犯罪に関わる以上、罪っていう物とちゃんと向き合っていかないと。きっと僕の中にもある物だから、掘り起こして直視しないとイザって時に暴走しちゃうかもしれない。あの父親の息子だし(笑)。
 刑事さんとか、警察の方なんか「人を救う」ことに意義を見いだしてる方が沢山いらっしゃるんです。その人の中には犯罪者も入ってるんですね。人は弱くて時に間違いを犯すから、その間違いを正してきちんと社会に返してあげなきゃいけない、って。僕はその辺シビアなのか冷たいのか、殺し合いたければ殺し合えばいい、って風なんです。犯罪に至る感情は理解できるけど、社会の中で罪を犯す以上裁かれなきゃいけない。それを覚悟の上で、そうでもそうしなきゃ腹の虫が治まらないっていうなら死力をかけて戦え、っていう。――あの父が身近にいて、意味が判りもしない頃から人間の本質をきちんと見せてくれていたからかもしれないですね。結局救うのは法でも警察でも道徳でもなく自分自身なんだ、っていうのを父は実践してると思う。
 結婚して子供の一人も生まれたら、人を殺す気持ちも判るのかもしれません。
―――さて、とりあえず時間も迫ってきたんで(笑)名残惜しいけど最後の質問。息子として世の父親達に対して、一番に何を望む?これはキミが父親になった時、息子にどう接するか、って事でもあるんだけど。
工藤:正面切って「俺はお前を愛してる」って言葉にする事でしょうか。血のつながりって万能じゃないから、言葉にすべき所はしなくちゃいけないと思います。どんなに親子でも違う人間なんだから。今更と思ったり照れがあったりするでしょうけど、きちんと言葉として形にするのは大事だと思う。そうする事で得られる信頼もあると思うから。
―――長い間どうもありかとう。
工藤:こちらこそ、お話しできて楽しかったです。



 落ち着いた、大人びた子だと思った。態度にも作法にも申し分はなく、受け答えにもソツがない。難しい話題を、実に巧みに表現して納得させてしまう。話しながら、実際まだ大学生だというのが信じられない気持ちになった。自己の表現に長けた手練れのミュージシャンとでも話しているような感じだった。
 父親というのは、一番身近な競争者だと思う。自分より一回り大きく、常に叶わないと思い知らされながら子供は大人になる。世界的な作家である父を持ったこの青年に、それゆえの翳りがないかと少々意地悪い思いで探したけれど、欠片ほどのそれも見あたらなかった。
 恐らく父である作家にとって、この青年はとてつもなく大切な者なのだろう。大切すぎて傍らに置いて慈しむ事さえできなかった、というのが本当の所かもしれない。“自分が殺されれば父は相手を殺すだろう。そうして救われはしないだろう”と、何の迷いもなく息子は口にする。常日頃から彼の父親は一体どれほどの愛情を示しているのかと不安になったほどだ。
 妻も子もない我が身で、同意しかねる事も多かったが、父親の身を切る辛さだけは切実に胸に迫ってきた。母親なら抱きしめて離さずにいることもできるのだろうが、父親にそれは許されない。例え死地に向かうと判っていても、黙って背中を押すことしかできない。“死んでもいいぞ”と許すまでに、どれだけの葛藤があったのだろう。自分と息子は異なる人間だと切り離し、繰り返し問いつめるまでに、どれほどの思索があったのだろう。
 『父と息子』という今回の特集に安っぽい結論を求めていた訳ではないが、今更ながらに自分の考えの浅さを指摘された思いがした。世の中には様々な親子がいて、様々な親子関係がある。“愛情”や“信頼”や“血の繋がり”などという手垢のついた言葉では、語り尽くせるテーマではなかった。
 例え血の繋がりがあったとしても、全く違う個人と個人である。既存の繋がりを越えて、お互いを理解しあうためには何をすればいいかを考えさせられる内容だったと思う。

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