魔女の娘

 ここは、とある町にある喫茶店。
 店の名前は「緑の茶館」。

 町の片隅の、こんなところで商売になるのかというところに、その喫茶店はあった。
 店の中は、店の名前にふさわしく、静かで落ち着いた雰囲気が漂っていた。

 カウンターの奥にマスターらしき女性と、席には少女が座っていた。

 少女は、女マスターに向かっていった。
「ディアサップ、マルガリータくれ。」
 ディアサップは、苦笑した。
「子供にお酒なんて、お店を潰す気ですか。」
「大丈夫。こんなところにある店なんて誰もこないよ〜」
「来て下さる方に失礼ですよ。こんなところでも、常連さんだっているんですから。」
「まぁ、ディアサップの淹れるお茶は、美味しいからなぁ。」

 ディアサップは、少女の前にオレンジジュースを置いた。
「シリル、今のあなたは見た目は子供なんですから、これで我慢して下さい。」
「ちぇっ・・・」

 シリルは、オレンジジュースを1口飲んで、まぁこれはこれで悪くないという顔をした。
「そういえば、あの子はどうしたの?」
「あの子?」
「ほら、ディアサップの分身・・・いや娘か?」
「・・・・・・」
「数回しか会ってないし、それもずっと前の事だから・・・別々に暮らしているの?」

 ディアサップは、静かに微笑むと胸に手を当てた。
「ん?娘に何かあった。」
「娘は・・・少し長くなるけどいい?」
「いいよ。今日は特に用事もないし。」
「そう・・・」

「シリルは、ピートとティナの事は知っているかしら。」
「あぁ、確かあの子と一緒に遊んでいた子達だよね。何度か見た事がある。」

「ピートとティナに出会ってから、娘は変わったわ・・・
3人はいつも一緒で、笑ったり泣いたり、時には喧嘩もしたけど、2人は飾ったりしない
素直な心で接してくれた。娘もその心を吸収して成長していった・・・」
「3人は、とっても仲良しだったんだね。」
 シリルの言葉に、ディアサップは顔を縦に振った。
「それから十年の月日が流れ、あの子に1つの感情が芽生えていったの。」
「どんな?」

「本当の家族になりたい」と・・・

 思いがけない言葉にシリルは驚いた。
「へぇ・・・それで、ティナとピートを取り合ったとか?」
 今度は、シリルの言葉に顔を横に振った。
「いいえ、娘はもっとすごい事を考えていたのよ。」
「?」

「まずあの子が行った事は、2人の前から姿を消す事だった。」
「え?なんで?」
「当然2人はあの子を探したわ。私の所にも何度もやってきては、あの子がいる場所を尋ねてきた。
私は、遠い知り合いの所に行ったと答えたけど・・・本当は、あの子は眠りについたのよ。」
「だからなんで?」
「まだ内緒よ。」
「う〜気になる〜」
 そう言って腕組みするシリルに、ディアサップは続きを話し始めた・・・

「それから数年の月日が流れ、ピートとティナは結婚したわ。ここでお祝いもしたのよ。
2人は、あの子にも参加して欲しかったと、とっても残念がっていたけどね。」
「そうだろうなぁ。」
「1年後、2人の間に赤ちゃんが生まれたの。可愛らしい男の子よ。時々ここにも連れて来てくれたわ。」
「じゃあ、腕輪も渡したの?」
「もちろん、最初に出会った時に渡したわ。」
「あっそ・・・」

「そして更に十数年の時が流れ・・・そんなある日の事、あの子は目覚めた・・・」
「えっ・・・あ、もしかして」
 ディアサップは、シリルの言葉に頷くと言葉を続けた。
「その時には、ピートとティナの子供も1人で遊びに来るようになっていたわ。
そして、2人は出会った・・・」
「2人の関係が特別なものになるまで、そんなに時間はかからなかった・・・」

 そう言ったディアサップは、何かを思い出したのか、いきなりクスクスと笑い出した。
「ん?なんだなんだ?」
「いえ、紹介したい人がいるって言われて私のところにやって来た、ピートとティナとあの子の
再開の様子をあなたにも見せてあげたかったわ・・・」
「そんなに面白かったのか?」
「ピートもティナも自分の息子そっちのけで盛り上がって、もう大変だったのよ〜」
「それは見たかったなぁ〜」
「親はすぐに息子との交際を認めたわ、もうその場で式を挙げかねないくらいの勢いでね!」
「で、本当に挙げたの?」
「ううん、さすがにいろんな準備もあったから、実際に式を挙げたのは1年後だったわ。」

 式を挙げる前日、あの子は限りなく人間に近づくために、自分の持っていた魔力のほとんどを
私に返すと言ったの、私は驚いて言ったわ。

「確かにそうする事で人に近づく事が出来るけど、それは人と同じくらい短い一生しか迎えられなくなると
いう事でもあるのよ!今のままではダメなの?」
「私は・・・ピートとティナと本当の家族になれたら、あとはもう何にもいらないの・・・だから・・・」
思いつめた瞳で必死に伝える姿を見た私は、あの子をギュッと抱きしめた。
「わかったわ、あなたの思うようになさい。」
「・・・ありがと、ママ。」
 こうして、娘は寿命と引き替えに、自分の願いをかなえた・・・

「娘は、結婚してからもピートやティナそして夫を連れては、よく遊びに来てくれた。
 おかげで私はちっともさびしくなかった。」
「そっか、良かった。」
「でも・・・」
「でも?」
「そんなある日、魔力の大半を返した娘の体から、なぜかほとんどの魔力が急激になくなって
しまった事を私は感じたの。それは、人と同じくらいしか生きていく事が出来ないあの子の寿命が、
更に減ってしまった事を意味する・・・そしてその日を境に、あの子はここへ来なくなってしまった・・・」

「あの子に、私の持っている魔力を渡せば、あの子は助かるかも知れない。
でも、私は森を出る事が出来ない・・・
ピートやティナに頼めば連れて来てくれるかもしれなかったけど、
・・・でも、私にはわかっていた。あの子がそれを望んでいない事を・・・
私に出来る事は、あの子が残り少ない日々を幸せに過ごせるように祈る事だけだった・・・」

「それから数年後、娘の魔力は全て無くなってしまった・・・」
「それって・・・」
「そう・・・」

「あの子の魔力が無くなってしまった夜、また1人になってしまったという寂しさにとらわれ、
 何も出来ずにいた時・・・」

「ただいま」

 声のした方を振り向くと、娘が子供の頃の姿で立っていた。

「・・・おかえり。どう?楽しかった?」
「うん、とっても!」
 娘は、笑顔で答えた。
「そっか・・・会いに来てくれてありがと。」
「ううん、私こそ心配ばかりかけてごめんなさい。私はもう大丈夫!・・・だから今度は私からプレゼント!」
 そういうと、娘は私に抱きついてきた。私も抱きしめると、娘はそのままスーッと私の中に入り、
そして消えた・・・
 その瞬間、娘が外の世界で過ごしてきたさまざまな出来事が、私の中にあふれていった。
 それは、ピートやティナと遊んだ事や、2人の息子と結婚した時の事、ケンカしたり笑ったり泣いたりと
日常の些細な出来事だったり・・・そしてどの出来事にも安らぎと暖かい温もりに包まれていた。

 私が封印した「憎しみ」・「怒り」そして「悲しみ」から生まれた娘・・・
 私とまた1つになり、そしてまた私の中から生まれた娘・・・
 娘の心は、あの人が最後に教えてくれた「悲しみ」に包まれていた。
 それが、ピートやティナ達との日々の暮らしの中でその全てが癒され、それによって森の呪縛も解けた。
 私は娘が残してくれた暖かい温もりや、それをあの2人が娘に教えてくれた事に感謝して泣いた・・・

「そっか、娘は悲しみが癒されて幸せだったんだな・・・」
 ディアサップは頷いた。
「そして、それをディアサップにプレゼントしたんだ。」
 ディアサップは、ニコッと笑った。
「そう・・・そしてもう1つ、娘は私にプレゼントをくれたのよ。」
「どんな?」
「娘が過ごしてきた出来事の中で、娘とピートやティナの息子の間に子供が出来た事を
知ったの。」
「お〜♪ディアサップ、おばあちゃんになったのか。」
「そうなのよ〜」
 シリルにそう言われ、ディアサップは照れた。
「ディアサップをびっくりさせようとしたんだな、娘もなかなかやるね。」
「ほんとね。」
 ディアサップとシリルは、笑った。

「娘のおかげで森の呪縛も解けて、森から出られるようになった私は、
これからは娘の子供が幸せに暮らせるように、成長を見守っていこうと決めたのよ!」
 ディアサップは、真剣な眼差しで握りこぶしを作って決意を表した。
「・・・ディアサップ、その子供のためになんか無茶やらかさなかったか?
お前、たま〜に過激になるんだよな。」
 ディアサップはビクッとすると、半笑いの顔でシリルを見つめた。
「・・・その話をすると、少し長くなるけどいい?」
「・・・いや、すごく長くなりそうだから、また今度にしとく。」
「そう?・・・で、私はずっと子供たちを見守り続けてきたのよ。」
「で、今ここにお前がいるって事は・・・」

 カラン・・・

 その時、店のドアに付いた鐘の音が聞こえた。
「いらっしゃいませ。」
 開いたドアのところには、1人の女性が立っていた。女性の面影はどこかディアサップに
似ていた。
「こんにちは、ディアサップさん。」
「いつものでいいかしら?」
「はい、お願いします。」
そういうと、女性はシリルにも軽く頭を下げ、テーブル席に座った。

「なぁ、もしかして彼女・・・」
「そう、私のかわいい孫よ。もう何代目か忘れちゃったけどね。」
「・・・あまり無茶な事するなよ。お前が本気を出したら町くらい簡単に破壊しかねないからな。」
「いやね、私はそんなに過激な事はしないわよ・・・たまにしか。」
 ディアサップとシリルはお互いを見つめると堪えきれなくなり、プッとふきだして大笑いした。
 そんな2人の様子をびっくりした様子で、ディアサップの孫は見つめていた。

                                                    Fin