短い休みがあったら、国内旅行だよね。
でもせっかく、韓国が近くにあるし、国内旅行よりも安いから行っちゃえ韓国!というノリで行ってきました。そこにY氏の部屋があったからかも。
99年10月9日(土)から10月13日(水)まで、大韓民国ソウルを徘徊しました。徘徊?下手な表現。タイトルは、お世話になった友人の部屋の話。今回で8回目でありました。
10月9日(土)
つまらなさそうにしている売り子を見る、アリさんに挨拶をする
空港のゲートを抜けるとそこはソウルだった。などという、いかにも個人HPの旅行記でありがちな、凡庸な書き出しでわざと始めてみよう。
キンポ空港は日本の地方空港程度の大きさである。あまり綺麗だとは言えないが、地下鉄が開通しているのでそこの周辺だけは綺麗と言えなくもない。
友人Y氏が迎えに来たくないのか、どういう意図なのか分からないが「荷物が少なければチョンノで会えるか」というような内容のメールを書いてきたので、来ているかどうか不明だった。はるばる日本から彼のためにCDラジカセを持っていってあげるというのに、よほど忙しいのだろう。と思っていたが、直前に来ることになり、来てくれた。友人を疑ってはいけません。
垢抜けないファッションセンスの男なのでどうせ、来てくれているにせよ、分かるだろうとたかをくくっていたら、やはり分かってしまった。
空港からは地下鉄が数年前に開通しているのだが、使うのは今回が始めてである。ソウル中心部までわずか600ウォンで行ける。
地下鉄の乗り換えの時、売店の姉さんはいかにもつまらなさそうに、肘をついてぼーっとしていた。
ああ。ここは、韓国なのだと思った。
Y氏の下宿のある高麗大学の近くに着く。
部屋に入るときY氏は「ただいま、アリさん」という。この日以降、彼は部屋に戻るごとに同じ言葉を口にした。はじめは、意味が分からなかったが、部屋のそこかしこを茶色い蟻が、わがもの顔で闊歩していた。「スーツ・ケースに食べ物入っていたら気をつけたほうがいいよ。蟻が入るから」というが早いか、すでに何匹もが、私のスーツケースめがけて進撃していた。
瞬間、水色のケースが、蟻にまみれて茶色になった。というのは、いくらなんでも言い過ぎだが、ケースに何匹か入り込んだ事はまず間違いがなく、畢竟、韓国の蟻の何匹かは、私のケースを通じて日本に違法入国したはずである。日本にいる茶色の蟻うちの何匹かは韓国からこうして持ちこまれたものであろう。最近、私の部屋でも蟻をよく見かけるようになったが、何か関連性があるのだろうか。
10月10日(日)
トンカスのまずさを噛み締める、タッカルビにあたる
朝食と昼食を兼ねて、トンカスの店に行く。
トンカスというと、日本人にはマズイ事を確認に行く韓国の食べ物として、つとに有名である。
どばどばと、成分に疑念を持てばとても食べられないような異様な、身体に悪そうなオレンジ色のソースのかかったそれを食す。日本では今や滅多にお目にかかれないほど、ハッキリと人工調味料の味がした。まあ、韓国内では、人工調味料の味はこれに限らず、どこでも広くお目にかかれるが。しかしマズイかというと、これはこれで悪くはない。どうせわれわれの世代は給食でろくでもないものを食わされて育った世代なのだ。日本で普通の義務教育を受けているならグルメ評論家ですらしかりである。
カンビョンに映画を観に行こうとしたが、韓国映画については次回分の席がなかった。
しかたなく、ビルの下の数階を占めている電気店をうろつく。
韓国のこの手の同じような商品の並ぶビルでの買い物は、悪夢の中トイレを探すが見つからないのに似ている。いつまでたっても、目的地につかない。かの悪夢の幻想をいだかせる。
夕方、友人の妹に会う。二年以上あっていなかった。前に会った時は高校三年生だった。どこから見ても子供そのものだった。今は、やはり子供だが大人っぽく見えなくも無い。
近くにあったファーストフードでだべった。
Y氏と友人の妹の会話を聞いていると互いに相手の言葉を生半可に聞き取り、てんでに違う話題を展開している。高校のとき、クラスの女の子達が相手の話を聞かず、あるいはあえて無視していてなんとなく会話を展開しているのを見て驚いたものだが、そんなことを思い出す。
会話がズレている。ズレるのは単語レベルで聞き間違うからのようだ。その聞き間違った言葉に対する受けの言葉をまた聞き間違って会話の形をなしている。
屋台のぬいぐるみ屋に電気袋のないピカチュウがたくさんいた。ポケモンならぬ、パチもんってやつである。日本では、デジモンとかいうパチモンも市民権を得ている。だからいいんじゃないか。(そうか?)
タッカルビ(鶏カルビ)を食べた。地下鉄に乗っていると、妙に腹がもたれる感じだ。
部屋に戻って、食べたものを全てもどした。急に天井が回るくらい気分が悪くなったのだ。
鶏にあたったのだろうか。いや、風邪か。頭痛も酷い。目が開けていられない。
10月11日(月)
豆乳などでかつがつ動く、「ラブ」を観る
午前中は、まだずっと目が開けられない。目を開けようとするやいなや世界が回転し、吐きそうになる。どっかでかけたかったらでかけろ、と部屋のカギを置いていかれた。TVがつけっぱなしになっている。TVの音声を聞いているだけで、韓国をうらみたくなった。なんて、うるさい国だ。
午後になって、友人のY氏が帰ってくる。
依然、食欲はまったくなし。
午後から映画に行く。
「ラブ」。韓国のジュリア・ロバーツと呼ばれるコ・ソヨン主演だそうだが、いったい誰がジュリアと呼んだのだろうか。ジュリアと比べると、遥かに芸達者だと思うのだが。
ある若い二人にラブが芽生える過程を、コメディタッチで描いているのだが、脇役の人生がままならない人たちをやさしい視線で観ている。いい映画だ。
コ・ソヨンの顔がまたしても、変わっている。表情が違うとか演技が違うなら分かるが、顔が違うというのはすごいことだ。
結局、ほとんど一日何も食べる気がしなかった。消化器官がまったく活動していない。
豆乳など飲んでかつがつ、生きていた。
夜、帰る道すがら、屋台の「王マンドゥ」を買う。
「王ってなんだ」「でかいという意味らしい」なるほど、でかかった。これが、驚くほどおいしくて驚いた。
10月12日(火)
「ガソリンスタンド襲撃事件」を観る、Y氏の保証人に会う、韓国に帰った友人(美人)に会う、BABY VOXを見損なう
最終日。
午前中、映画に行く。上映まで時間が有るので、ロッテ百貨店前のUNITEDでついでにリコンファームをする。
「ガソリンスタンド襲撃事件」である。かつて、理由なき反抗という映画があったが、この映画では映画史に残る名台詞で始まる。「ひまだなあ。ガソリンスタンドでも襲うか?」
最近は道徳もへったくれもない映画が多いので、驚かなかったがこれには驚いた。内容は演劇風のコメディでべたべたの韓国ネタがたくさんある。
もともとは、友人(Y氏のもと韓国語の先生、っていうか、私が紹介)の友人で、以前韓国旅行に行った時にお世話になり、友人とも言えなくもない、現Y氏の保証人のイムさんに会う。背広を着てきた。そういや、教授だからなあ。
本屋に行くと、最近の学生の小説の読みかたの話になった。学生は、小説にテーマだの主張だのを求めなくなっているそうだ。シュミレーションとして観ている。だが、もちろん分かってはいるわけで、テストなどをやらせると、ちゃんと作者の意図は読み取れるのだろうな。
冷麺を食う。近くに犬屋がたくさんあった。今度来たら絶対に行こうとひとり誓う。
また再び本屋に行く。かつて、韓国に帰る友人(美人)と書いたその人に会うためである。カンナムに行く。
カンナムで「BABY VOX」のイベント場前を通る。いわゆるレコード店回りイベントというやつらしい。本当は猛烈に行きたかったのだが、我慢した。男は一人で泣くものだ。
「BABY VOX」ちゃんじゃないか。「知っているの?」「知っているも何も」昨日CDを買った女性グループである。日本で言うとMAXってやつか。それは、F・INKLEをSPEEDに喩えられるならばである。
日本式の甘栗を見つけた。韓国の栗と言えば、フランス式の生半可に焼いただけのさしておいしくないやつだったが。今回、食べてはいない。
友人と合流して、カムジャバウにいく。韓国の昔ながらの料理を丁寧に作っているやや高級感のあるお店。
部屋に戻って、Y氏が買っていたゲーム815を、韓国語WINを起動して、815をインストールしてみた。日本帝国軍と韓国独立義勇軍のどちらになるか選べるのだが、当然日本にした。だって、強いに決まってるじゃん。
だが、ちっとも強くなかった。圧倒的に韓国の方が兵士が多い。
日本軍は作戦会議をしている。というか、上官が一方的に命令している。
「住民を射殺しろ!」である。「ワッルイやつらだなあ」とY氏と顔を見合わせて笑う。まったく日本人ってやつは。
10月13日(水)
ただ帰るだけの日でした。
後日談
翌日は会社に行ったが、死にそうな体調で早引けする。
そのまま、帰って倒れるように寝る。深夜目覚めて、PCをいじって、また寝る。
その翌日は口の中ができものだらけになり、水すら飲めば地獄の痛みでのたうち回ることになった。会社に電話をして、休む。
父が生前よく言っていたのだが、病気で痛い思いをするのは平生の行いによるそうだ。ことに死に際に痛みが長引く人はそれだけ、悪行を尽くしたがゆえの報いだそうである。そんなことを思い出す。大量の蟻を食べる。果てる事のない部屋のドアをつぎつぎに開ける。そんなとりとめもない夢を観た。
しかし、数回の大量のビタミンC,E,Bなどの摂取と長時間の睡眠のお陰か、深夜には復旧する。水も少しはしみるが飲めないことはなくなった。どうでもいいが、って、よくないが、2000年の8月に読み直してみると、BABY VOXのイベントに行かなかったのは悔やまれる。(そうか?)