砺波冬景色


パタリロの冬の楽しみは、何といっても晴天下の立山連峰を仰ぐことです。めったに晴れない北陸の冬の天気は10日に一度、晴れればいいところ。11月から3月上旬にかけては、毎日が雨と雪の連続です。太平洋側の人にはちょっと想像しにくいだろうと思います。北陸から関西に出てきたあるおばあさん曰く「ご畿内は暖かくて本当にありがたい」と感謝しておりました。毎年、12月にはひょうやあられが降り、正月前後には30〜40cm程の積雪をもたらす大雪が降ります。また日本全国が大寒状態になる1月末にはひどい風雪で除雪車がたくさん走ります。この除雪費用が富山県(富山市?)で一日3000万円と聞いたことがあるけどホンマかいな?

でもこんな寒い北陸からプロ野球の松井秀喜選手が出ましたし、地元砺波市からは今年、中日ドラゴンズと日本ハムファイターズに入団する球児が二人出ました。日本ハムに入団した選手の実家は我が家から徒歩5分の近所にあります。

そういえば百名山の人、深田久弥氏の故郷は石川県の大聖寺で、少年時代の冬の楽しみは晴天下に近所のどこからでも眺めることが出来る加賀の白山を仰ぐことだと言っていました。あの白い山の神秘的な風景は神の山として拝みたくなるようです。

砺波市からも晴天下には毛勝山〜猫又山〜雄山頂上(立山)〜弥陀ヶ原〜薬師岳と冠雪の立山連峰を仰ぐことができ、この日ばかりはカメラを持って市内を走り回ります。特に冬の終わりになると立山連峰の白い頂を望める日が増え、生粋の関西人にとってはつらい北陸の何とも言えぬ味わい情緒になっています。あの立山連峰は何といっても剣岳が目立ちますねぇ。頂が剣のように尖がってますので。

ところでうちのご先祖様は福井県鯖江市に住んでおられました。あの越前蟹とらっきょと水仙と永平寺で有名な越前です。鯖江市には父方、母方、双方の「○○家先祖代々之墓」というお墓が立っており、夏の帰省時にはよくお線香にお花を持って行ったものです。ってことは生粋の関西人でもないんですが、私の生まれと育ちは大阪なんです。鯖江市の幕藩時代は鯖江藩といって5万石の小さな城下町を間部(まなべ)氏という大名が治めていたそうです。うちのご先祖様はそこの下級藩士。今では眼鏡のフレームの生産が日本一の町となり、オリンピックの体操選手も出たんだそうなぁー。体操王国・鯖江なんて言われてますわ。ホントにこんな寒い北陸の地によくご先祖様が住んでいたと思います。

間部(まなべ)といえば、KameG君の曾祖母ちゃんの姓も「真鍋」氏です。南国の伊予三島から大阪に出てきたとか?うーん、これは何かのご縁?「まなべ」のルーツをたどっていくと案外、面白い結果が返ってくるかもしれません。「まなべさんちのルーツ」で調査してみましょう。
       


  

(左)真っ赤な夕日を浴びる立山連峰(右)雪の田園地帯の向こうに見える立山連峰


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