| アンバランスな俺達 | |
| 「ねえ、もっと速く漕げないの?朝練遅刻はマズいでしょ」 車道を流れる自動車すらも追い越して、男子中学生二人乗りの自転車が猛スピードで突っ走る。 「はあ?無茶言うなよ越前、これ以上早く漕げてたまるかってんだ!大体、お前が猫と遊んでいて 家を出るのが遅れたのがいけねーんだろ?」 「遊んでたんじゃないッス。朝メシやってただけ」 「じゃれてたくせにか?」 「じゃれてないっす」 もう桃城が迎えに来ていて急がなければならないという時に、カルピンと、つい、じゃれて遊んで しまった自覚のあるリョーマは、それきり口を噤んで桃城を急かす事はしなかった。 会話は途切れたが、別に気まずくなったわけではない。 桃城はとにかくペダルを早く回すことに集中し、 その後ろに立つリョーマはちょうど正面から照り付ける朝日に目を細めた。 新しい季節が、始まろうとしている。 夏の全国大会を終え、三年生が引退し、二年生と一年生による 新体制の青学男子テニス部がスタートして一週間になる。 カリスマ的存在だった手塚部長も、そしてその部長を始めすべての部員から全幅の信頼を受けていた 大石副部長も、もうこの部にはいない。 そんな新生青学テニス部を率いるのが、新部長・越前リョーマと新副部長・桃城武の二人だ。 新部長が一年生のリョーマに決まった時には、ほとんどの部員が一様に驚いた。 確かにテニスの実力で言えば、一、二年の中でリョーマの右に出る者はいないし、 手塚がリョーマを自分の後継者と考えていた事も皆知っている。 しかしその手塚でも、一年生の時にまず副部長となり、一年後に部長に昇格?したという段階を踏んでいる。 だから、『越前副部長』の誕生は予想されていたが、 まさかいきなり部長に抜擢されるとは誰も考えなかったのではないだろうか。 それは手塚と大石も同様で、桃城を新部長に、そして越前を新副部長にという考えを前提に、 引継ぎの準備を進めていた。 一応、一、二年全員で話し合って決めるという体裁は取るものの、 実際は手塚が任命してそれを一、二年が了承する、という形になる予定だったからだ。 しかし、その了承を得るという時になって、意外にも異論を唱えてきた者がいた。 その時点では、まだ部長は手塚だ。 手塚の一声は鶴の一声、いつでも絶対だった。 そんな手塚に対し、同学年のメンバーならともかく、下級生が異論を唱えるなんて… その場にいた者全員が、思わず「そいつ」を凝視した。 「俺は…新しい部長として一番適任なのは、越前だと思います。学年とか関係なくて、あいつがこの青学の これからの要として、最も部長に相応しいって思うんですけど……この、俺よりも」 きっぱりと言い切ったのは、たった今、手塚から新部長として任命されようとしていた桃城その人だった。 「桃…」 「桃城、お前…」 「……」 ざわめきと溜息が、あちこちから零れる。 性格や部内での立場などを考えても、部長には桃城が適任だと皆も納得していた。 いくら越前が実力で一番だとはいえ、下級生が部長になる事に抵抗を感じる二年生もいるに違いない。 困惑したように顔を見合わせる者、複雑な表情で桃城と越前を見比べる者…全員に動揺が走った。 しかし、発言した当の桃城は眉ひとつ動かさず、強い瞳で手塚を見据えていた。 「………」 同じく表情も変えずに、じっと桃城を見ていた手塚が僅かに肩を竦めるのと、 隣りにいた大石が何事かを手塚に耳打ちしたのはほぼ同時だった。 手塚の眉間の皺が、微かに深まった…ように見えた。 「……わかった」 「え?」 「手塚部長!」 「……!?」 手塚の短い一言に、再びざわめきが走る。 「次期部長は越前。副部長は桃城。…それで良いか?他に意見のある者はいるか?」 一同を見渡す手塚の視線、ざわめきはぴたりと収まった。 桃城がフッと体の力を抜く。 「…良いか、越前」 疑問形ではなく、念を押すように手塚が言った。 「俺は別にいいッスよ、どっちでも。来年も全国行く事に変わりないし」 相変わらず淡々とした物言いのリョーマに、桃城が振り向いて親指を立てて見せた。 「頼りにするぜ、越前部長!」 「……ッス」 トレードマークのFILAの帽子を少し深く被り直したリョーマの頬が、その時微かに赤く染まったのを、 気付いた者はいただろうか。 「では、これで決定とする。越前、桃城、頼むぞ」 「「はい!」」 二人の返事が重なり、その直後には大きな拍手が沸き起こった。 そんないきさつで決まった越前部長と桃城副部長だったが… 今日も今日とて、全力疾走(の、自転車)で、朝練にどうにか間に合った。 これまでのように、しょっちゅう遅刻スレスレではさすがにマズイと自覚している二人だが、きわどい所だ。 「ったく、鍵当番免れて良かったね、『副部長』さん?」 「なっ…それはお互いさまだろ、『部長』さんよ?あの時、あいつが鍵当番を買って出てくれなかったら、 俺達のどっちかが鍵当番になってたんだ……」 「………」 桃城とリョーマは、顔を見合わせ、それから「はあ〜」とため息をついた。 「こればっかりは、海堂先輩に感謝っすね…」 「…ああ、そうだな、不本意だけどな〜」 新・旧の部長と副部長…つまり、手塚、大石、越前、桃城の四人が集まって引継ぎを行った時。 ひと通りの話が終わった後で、大石がおもむろに部室の鍵を取り出したのだった。 「それから、これ。部室の鍵当番も頼む」 「あ、やっぱこれも副部長の仕事なんスよね…」 桃城が腕を伸ばして鍵を受け取ろうとすると、手塚が言葉を挟んだ。 「…大石は、俺が生徒会と掛け持ちなのを気遣って鍵当番を引き受けてくれた。 副部長の仕事、と決まっているわけではない」 暗に、本来は部長がやるべき仕事だと言いたげな手塚の口ぶりに、 桃城は思わず手を止めてリョーマの顔を見た。 「………」 「………」 リョーマも桃城を見上げる。 (お前の仕事だってよ) (やる気だったんだからやってくれればいいじゃん) 目と目で言い合う二人に、大石が苦笑している。 見かねた手塚が咳払いをひとつした時、睨み合う桃城たちの後ろから声が掛かった。 「鍵当番、俺がやりますよ」 ……海堂だった。 引継ぎは部室の一角で行っていたので、自主トレを終えてたまたま着替えに戻っていた海堂には、 今までの話が筒抜けだったのだ。 「副部長の仕事と決まってるわけじゃないなら、俺がやります。こいつらより俺の方が、朝は早いし」 「うっ……」 「ぐっ……」 毒舌リョーマも、いつもは海堂に食ってかかる桃城も、このときばかりはぐうの音も出なかった。 「……それじゃ、海堂に頼もうか。いいかな、手塚?」 「……ああ」 海堂が救いの神に見えた瞬間だった…… しかし、鍵当番の事を除けば、リョーマも桃城もテニス部の新しいリーダーとしてよく頑張っていた。 手塚と大石も良いコンビだったが、それに負けないくらいの名コンビっぷりを――たまに迷コンビにも見える が――発揮している。 何と言っても、桃城とリョーマは実は恋人同士の関係でもあるのだから。 「お疲れさん!…どうだ越前、だいぶ『部長』には慣れたか?」 「そっちこそ。だいぶ『副部長』が板についてきたんじゃない?」 部活終了後、竜崎先生と秋の遠征試合の打ち合わせをしてから部室に戻ると、 もう他の部員は全員帰った後だった。 唯一残っているはずの鍵当番の海堂も、今日も一人で自主トレをしているのだろう、ここにはいない。 がらんとした部室に二人きり。 いつも大勢の部員がひしめき合う部室で、着替えたり騒いだりするのに慣れていた二人にとって(もっとも、 リョーマは自分は騒がず見てるだけの方が多いが…)それは不思議な感覚だ。 二人共なんとなく無口になり、さっさと着替えを済ませてしまう。 「……なあ、いつものトコ、寄って帰るか?」 「そうだね、腹減ったし」 部活後の空腹に耐えかねて……それと、少しでも長く一緒にいたいという恋人として当然の願望に従って、 二人はよく帰り道にファーストフード店に寄って行く。 それは、部長・副部長になる前もなってからも変わらない習慣だ。 でも、ひとつだけ、新しく出来た習慣がある。 「それじゃ、行きますか」 「………」 互いに帰り支度ができた事を確認すると、向き合って立つ。 桃城が背を屈め、リョーマの頬に手を添えて軽く上を向かせた。 「……そのうち海堂先輩に見つかっても知らないから」 リョーマはそう言って一瞬だけ不敵な笑みを浮かべたが、すぐに目を閉じておとなしくなる。 気の強い瞳が隠されると途端に幼くなるリョーマのこの顔が、桃城はとても好きだ。 「見つかんねえようにするさ」 呟いて、唇を重ねた。 帰り際のキス。 部長と副部長になって帰りが遅くなる事が増えたおかげで、新しく出来た習慣。 しかも、最初の日は触れるだけですぐに離れたのに、日に日に深く、時間も長くなっているように思えるのは リョーマの気のせいではないだろう。 少し息苦しくなってきたリョーマが抗議するように桃城のシャツを掴むと、やっと解放された。 「……っ、もう…」 「なに?」 上がった息を整えているリョーマの頬は僅かに紅潮していて、普段が生意気な分、こういう反応が可愛くて 仕方ない桃城は思わず顔がニヤついてしまうのを抑えられなかった。 「…桃先輩、調子乗りすぎ。それに何、そのスケベったらしい顔!」 「な、なんだよお前だって、」 かなりヤラシイ顔してんの、自分で気付いてないだろ?――と続けようとした桃城の言葉は、ドアの外に 感じた人の気配に警戒して飲み込まれた。 「やっほー!」 「…よっ、久しぶり」 「え、エージ先輩……と、大石副…ぁ、ぃゃ、先輩…!」 ドアを開けて元気良く入ってきたのは、予想していた海堂ではなく約一週間ぶりに見る二人の先輩だった。 大石と菊丸は、図書室で一緒に勉強をしてきた帰りだと言う。 「もう、大石ってば本っ当に心配性でさあ、『越前と桃城はちゃんとやってるだろうか』ってのがここ一週間の 口癖なんだぜー!『アレは大丈夫かな』とか『アレのしまってある場所、わかるかな』とか、もう煩くてー」 身振り手振りで話す菊丸に、大石は「そんなに煩かったかな?」と苦笑して額の辺りを撫でている。 「ふーん、信用されてないね、『桃城副部長』?」 「何だとぉ!それはお前もだろ越前!」 「おいおい、そうじゃないよ、信用してないんじゃなくて、えー、その…」 「まあまあ、落ち着けってお前ら!」 睨み合う桃城と越前、止めようとして割って入るが言葉に詰まってオタオタする大石、更に止めに入る菊丸。 静かだった部室に、賑やかな声が響く。 桃城たちから部の近況や、困っている事がないかなどを聞いて、特に問題もないと分かると大石はホッと したようだった。 「何か困った事があったらいつでも相談に乗るぞ?」 「もう大石!お前、後輩甘やかしすぎー!」 「そうか?ははは、そりゃ大変」 相変わらず息の合ったテンポの良いやり取りを交わしつつ、大石と菊丸はカバンを手に取り立ち上がった。 「それじゃ、俺達はこれで。帰り際に引き止めて悪かったな」 「いえ、そんなことないっす。先輩たちこそ、わざわざ来てもらってすみませんでした」 「んじゃ、ガンバレよー、桃、おチビ〜」 たとえ「部長」という肩書きをもらっても、菊丸にとって越前は「おチビ」でしかないらしい。 それが可笑しくて桃城がプッと吹き出すと、その笑いの意味がイヤほど分かったリョーマは 桃城の向こう脛を蹴飛ばした。 「ぅあ痛ぇっ!何すんだよ越前っ!」 「…別に?」 そんな二人のやり取りに、何が起こったのか分からない大石は顔に「?」マークを浮かべ、菊丸は「お前ら 相変わらず仲イイね〜〜vv」とハートマークを飛ばしつつ部室を出て行こうとしている。 「菊丸先輩たちにソレ言われたくないッス…」 越前がボソッと呟いたが、先輩達には聞こえなかったようだ。 その時、桃城は不意にある事を思い出し、ビリビリ痛む向こう脛をさすりながら慌てて先輩を呼び止めた。 「あ、あの、大石先輩!」 「? ……何だ?」 「ひとつ、聞いてもいいっすか?」 「ああ、何だ?」 「オレが…越前を部長に推した時、大石先輩、手塚先輩に何か耳打ちしましたよね?」 「え……ああ、そんなこともあったな」 一瞬目を瞠ったあと大石は、今思い出したというように頷いた。 「あの時……何て言ったんすか?」 「へ、にゃににゃに?何の話?」 話の見えない菊丸が大石と桃城を見比べて目をキラキラさせている。 「『しっかり者の副部長がマイペースな部長をフォローする、って事だな』って言ったんだよ」 「は?」 「え…」 「それって……」 大石以外の三人は一瞬顔を見合わせ、それから桃城と菊丸が爆笑して、リョーマはやや憮然としながらも 笑いを堪えるような微妙な表情を見せた。 ――自分たちもそうだった、だから越前と桃城もそういう役割できっとうまくいくだろう。 大石は手塚に、そう言いたかったのだ。 「そうか〜だから手塚先輩、あの時あんな渋い顔したんだなぁ」 「……桃先輩、さっきから笑いすぎ」 「大石先輩も、自分で自分の事『しっかり者』って…さわやかな顔して、意外に言うコトは言う人だよなぁ〜」 「ホラ、帰るよ、もう!」 「お、待てよこら!」 スタスタと部室を出て行くリョーマを、桃城はまだ可笑しそうに笑いながら慌てて追った。 大石と菊丸は、桃城たちに気を使ったのか自分たちの都合なのかは良く分からないが、「じゃ、ごゆっくり〜」 などと言い残しひと足先に帰っていた。 そして、少し遅れて今、桃城とリョーマも部室を後にした。 大石の『しっかり者』と『マイペース』発言は、えらく桃城のツボにハマったようだったが、リョーマはなんとなく 癪だった。 しかし否定は出来ない…当たっているだけに。 そして、さらにもっと癪なことをリョーマは気付いていた。 笑っているのは桃城だけじゃない。 リョーマ自身も…… マイペースな自分、そしてそれをいつも側でフォローしてくれる大切な人…… そんな自分たちの関係に、甘い喜びを感じている自分が、確かにいる……心の奥深くに。 癪だから絶対表には出さないけれど、嬉しくて、楽しくて、笑い出したいのはリョーマも同じなのだった。 「頼りにしてるよ、副部長」 「……はぁ?今なんか言ったか〜?」 「………別に?」 自転車置き場へ向かう二人を、夕焼けの空に浮かぶ月が見守っていた。 END |
| という訳で、サイト開設祝いの桃リョですv 開設から1ヶ月もたってしまったけど……(汗)遅くなってゴメンね! 空翠ちゃん、こんなので良かったら貰ってやってくださいな。 桃リョのデュエット曲「FLYING BICYCLE」のイメージで、というお題を頂いて、なるべくそれに沿えるように 頑張ってみましたが…難しかったけど書いてて面白かったよ♪ タイトルは↑の曲の歌詞からつけました。 ラブラブなんだけど凸凹コンビでもある、みたいな感じを書きたかったんだけど、これが限界でした(玉砕) ていうか、他のキャラ出し過ぎ!? ホントいろいろごめんね〜〜 でも、次期部長と副部長はきっとこうなると、私はひそかに予想しています。マジで! ではでは、これからもサイト頑張って!! 03.9.7. ぱーぷる |
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