そろそろ、僕らがこっちの寮に入って二ヶ月経つ。






窓から淡い光が射しこみ、風がカーテンを揺らす。
きれいな朝。
キッチンからは食器を洗う水音がしていて、とても心地いい。
たぶん、昨日の晩使ったものを洗っているのだと思う。
本当に、きれいな音。

半覚醒の意識をまどろみの中へ引き込むには、とてもいい環境。


もうちょっと、寝ようかな・・・・・・・・・

なんて思いながら寝返りを打った、瞬間。



コンコン
「周、起きてるか?」

ドアをノックする音と、僕を呼ぶ声。

・・・・・・・・・・・・・・・おきてる
返事はしたけれど、今にも夢の世界に落ちてゆけそう。
「・・・・・はぁ。周、起きろ。早くしないと朝ご飯食べれないぞ」
またか、と言いたそうな声色。

・・・・・・・ねたい。ごはん、いらない

「周」

・・・・・・・・・もう、ちょっと・・・・

「周!部屋入るぞ!!」
拒否する間もなく、

ガチャ

ドアは開かれた。

「おはよう、周」
部屋のギリギリ外には嫌味なくらいこの朝に似合う、
爽やかな笑顔。


「・・・・・・・・・・・・秀、サイテー」
秀がドアを開けたせいで、僕は寝れなくなってしまった。
「サイテーはないだろ?」
「人が同じ空間にいると寝れないの知ってて、
 こーゆー起こし方する?秀、性格悪い」
「周に言われたら、終わりだよ」
「失礼な」
話しながら、僕はしぶしぶベッドから下りた。

「朝ご飯、どっちにする?」
どっち、って言うのは、作るか、食べに行くかってコト。
「うーん、食券、あと何枚?」
「俺も周も、17回分」
17回、か。
たしか明日は月1回の食券配布日だし。
「食堂、いく」
「了解、40分で準備してくれ」
ニコ、と笑うと秀はドアを閉めた。

40分、か。
・・・・・・・・・・・・・・間に合わない、かも。



僕らの通ってる学校は全寮制で、
下からエスカレーター式ってやつ。
『自分の事は自分でやる』がモットーの学校。
さすがに初等学校の時は、大抵の事を係の大人の人が
してくれていたけど、上の学校に上がった途端、
ほとんどの事を、自分でやらなくちゃいけなくなった。
食事は、食券があれば食堂で食べる事ができる。
でも食券の枚数は限られていて、学年によっても違うんだけど、
一年の僕らは月1回80枚配布される。
日数にして、26日分といったところ。
もちろん、今まで料理なんてした事無い連中ばかりなので、
配布日前日に17枚も残ってるなんて人はそういない。
大抵、貰った日から毎日使い続けて、
配布日前はキッチンで悪戦苦闘。
しかも、学年が上がるごとに配布される
枚数が少なくなっていくから・・・・・・。
卒業する頃にはみ〜んな料理上手になってる。
・・・・・・・・・・・・・・・・らしい。

僕の場合は、同室の秀が家事上手で助かってるけど。






「秀、お待たせ。食べに行こ」
秀は玄関のドアを開けて待っていた。
「ちゃんと部屋の窓閉めたか?」
「あっ!忘れてた。ごめん、待ってて」

急いで部屋に戻ると、白いカーテンが風に揺れていた。

パタン

窓を閉めてから、ふと、いつもの日課をするのを
忘れてるのに気付き、机の上にあるサボテンを一つ手に取る。
「行ってくるね、セキ」

ちゅ。

さすがにそれ自体にすると刺が刺さるので、
鉢にキスをして窓辺に置いた。

急ぎ足で玄関に行くと、そこに秀の姿は無かった。

外、かな。

靴を履き、ドアノブに手を掛けて思い切りドアを開けながら、
「ごめん、秀!おまた・・・・」
ドン!!



・・・・・・・ドン?

鈍い音と、秀の驚いた顔。
ドアの向こうをそっと覗くと・・・・・・・・。


「・・・・・不二」


「あ、・・・・・・・・・・おはよ。てづか・・・・」
左腕でドアを押さえている、手塚がいた。
「・・・・・・・・・・・・他に言う事があるだろ」

「・・・・・・ごめん、」
言いながらドアを閉め、
「腕、大丈夫?」
手塚の左腕の袖を引っ張った。
「あ、あぁ。これからは、気をつけろ」

くしゃくしゃ。

と、手塚は僕の頭を撫でた。
その顔が、珍しくいつもの仏頂面じゃなくて、
なんだか困ってるっていうか、何かに耐えてるっていうか。
とにかく、なかなか見れない手塚の『表情』だった。
他の人が見たら、分かんないんだろうけど。

・・・・・・・いいもの、みれた。

僕としては、仏頂面以外の手塚の顔が
見れるのも、触れてもらえるのも、だいぶ嬉しいんだけど、
「あんまりくしゃくしゃ頭撫でないでよ。
 鳥の巣みたいになっちゃう」
ちょっとむくれて、手塚の手をどけた。
そうでもしないと、ポーカーフェイスが崩れそう。
「人に思い切りドアを当てるより、マシだろう?」

手塚の、イヂワルな、一言。

「大石が、手塚がいるって教えてくれたら、当てなかったよ」
とりあえず責任を秀に擦り付けてみる。
「無茶言うな不二。俺が言う暇、無かったじゃないか」
「そんな事より、英二は?」
完全無視の僕の言葉に、またか、という顔で
秀はため息をついた。
「部屋で食券を探している」

ん・・・・・・・・・?

「珍しいね、手塚。今日は食堂?」
手塚のトコも僕らと同じで、あまり食堂は利用しない。
英二が料理上手だからね。
「あぁ、配布前日の朝は空いてるからな」
「それは分かるけど、何で英二置いて来たの?
 かわいそー」
ちょっと非難めいた声を上げてみる。
「寄る所があるんだ」

よるところ・・・・・・・・もしかして・・・?

「・・・・・・・・・事務局?」
「・・・ああ」
手塚はちょっと驚いた様子で肯定した。
「よくわかったな・・・・・・・・」
秀が不思議そうに言う。
「わかった、っていうより、僕も行こうと思ってたから。
 ・・・・・・・・・・・・ねぇ手塚、どうせだし一緒に行かない?」
軽く、いつもと同じ様に微笑んで言った。
つもり。
「ああ、かまわない」
即答だったので、少し驚いた。
まぁ、断る理由も無いと思うけど。
「じゃあ、そういうコトで.。大石は英二と一緒に行ってよ。
 で、4人で食べよ?いい?手塚」
「問題ない」
「わかった。じゃあ、また後で」
秀は爽やかな笑顔を残して、手塚と英二の部屋へ向かった。

「不二、行くぞ」

「うん」

僕ら二人は、並んで歩き出した。






「ねぇ、手塚は何しに行くの?」
僕らの使ってる寮、第三寮から
歩いて約5分の所に事務局はある。
「そう言うお前はどうなんだ」
僕らは、まだ寮から出たばかり。
「僕は、外出許可申請出しに行くんだ。
 今度の日曜、私用でね」
「そうか」
そう言って手塚は、何かを考えてる様子。

どうしたんだろ?

「じゃあ次は手塚。何しに行くの?」
「俺は手紙の受け取りと、・・・・・外出許可申請、だ」

あれ?

「手塚も出かけるの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・あぁ、次の、日曜日に」
微妙な間に違和感を感じたけど、
それより、同じ日に出かけるって事の方を
僕の頭は最優先事項にしていて、あまり気にとめなかった。
「どこ行くの?」
だって、もしかしたら。
「・・・・・本屋へ、行こうかと、思っている」
「一緒に・・・・・・・・行っても、いい?」
って、言えるかもしれなかったから。


でも・・・・・・・・・・・・・。

「手塚?」
僕が尋ねた途端、手塚の表情が固まってしまった。

・・・・・・・・イヤ、なのかな?

どうしよう。沈黙が、イタイ。

言うんじゃ、なかったな。

「・・・・・・・・あの、さ。嫌なら嫌って言ってくれて・・・・・・」
「嫌じゃない」

えっ?

「・・・・・・・・一緒に、行くか?」
そう言った手塚は、これっぽっちも嫌そうじゃ、なかった。
「うん!」
僕はにっこり、微笑んだ。






「すいません、これ、お願いします」
そう言って僕は、二人分の外出許可願と生徒手帳を提出した。
「はい。・・・・・・・・・・・・・・・・、確かに受け付けました。
 こちら、お返ししますね」
受付の女の人が、微笑みながら生徒手帳を窓口から差し出した。
「すいません。後、手紙が届いてると通知があったのですが」
「あ、はい。手塚国光くん、ですね。確かにお預かりしています。
 少々お待ちください」
そう言って女の人は奥の部屋に行った。

「ふふ。国光くん、だって」
「何がおかしい」
なんだか不本意そうな手塚。
「何かさ、似合わないね。国光くん、は。ふ、っあはは」

だってこの手塚が。
仏頂面で、ほとんど無表情。
子供らしからぬ、手塚が。
『手塚くん』ならまだしも、
『国光くん』は、だいぶ面白い。

「ふふっ・・・・・・あははははっ!おっ、なか、いたい、よっ!」
「・・・・・・・・・・・笑いすぎだ」
「・・・・・怒った?」
「あまり、いい気はしない」
あ、怒ってるな。これは。
「ごめん」



「・・・・・・・・・っはは」
「・・・謝る気、あるのか?」
「あ―るっ!あるけど、さ。・・・・っあはははは。
 ごめ、ん。ツボに、はま、っちゃった。ふふふ」

だめ。面白すぎ。

「・・・・・・はぁ。お前の『ツボ』は、よく分からん」

会話がきれいに途切れた所で、
「お待たせ致しました。こちら、お預かりしていた手紙になります」
ちょうど戻ってきた、受付の女の人。

「どうも」
手紙を受け取り、
「食堂、行くぞ」
僕の先を歩き出した。
「待ってよ。・・・・・・・・・・・・ふふっ」


やっぱり僕は笑ったままで、君はなんとも言えない顔のままだった。
でもね、

気付いてる?

僕が笑ってるのは、面白かったからだけじゃ、ないんだよ?
君と出かける約束が、出来たから。

嬉しいんだ。

君と、一緒にいられる時間が増えるから。
だって僕は、

君を、


好きだから。









僕が右側、手塚が左側に並んで、食堂に向かっている途中。
見覚えのある後ろ姿が、前方に見えた。

「いーぬい!」

その場で呼びかけると、乾はこちらを振り向いて、立ち止まった。
僕は駆け寄って、乾の右側に並んだ。
「やぁ、おはよう。不二、手塚」
「おはよ」
「・・・・・・・・・おはよう」
手塚は、少し不自然な感じで僕の右側に並び、3人で歩き出した。
乾が、手塚が横に並んだ時から、ずっとニヤニヤして、
あのノートに何か書き込んでるけど。
「乾、今度は何のデータ取ってるの?」
「ん?それは・・・・・・・・」
チラリ、と手塚の方を見る乾。
「・・・・・・・・・・・・秘密だ」
乾は可笑しいといった様子で笑ってて、
手塚は、さっきよりもすこぶる機嫌が悪そう。
「ふーん」

なんか、のけ者にされた気分。
別にいいけどね。

「乾、今日は食堂?」
「ああ。そう言う不二達もか?」
「うん。大石と英二もいるよ」
「5人全員、か。・・・・・・・・・珍しい事もあるもんだな」
「そうだね」

僕と乾はそのまま、食堂に着くまで取り留めの無い会話を交わした。
手塚は、不機嫌そうなまま。だった。






「さて、大石と英二はどこにいるんだろう?」

食堂に着いたのはいいんだけど、そこから探すのも一苦労。
広いし、空いてるって言っても、それなりに人はいて。

「待ち合わせ、してないのか?」
「うん、そうなんだ。どうしよ・・・・・」
「不二!手塚!乾!こっちだ、こっち!」
少し離れた所で、秀が僕らに向かって手を振っていた。
「今行く――!」
僕は返事をして、手を振り返した。



「おっはよ――!ふじっ!!」

ぎゅっ。

「おはよ、英二」
会うなり英二が僕に抱きついてきた。
「菊丸。そんな事をしていないで早く食べろ。行儀が悪い」
「いーじゃん、別に挨拶くらい。ねー?不二」
英二は唇を尖らせて、不満そうに言った。
「いちいち不二を巻き込むな」
「英二、早く食べないと伸びるぞ、麺」
「にゃ――!やっばーい!」
その光景を見て、やっぱり笑いながらノートに何かを書き込んでる乾。



くるくると表情の変わる英二。
優しくて気配り上手な秀。
周りの事を見て楽しんでる乾。
無愛想だけど面倒見はいい手塚。

そして、僕。

5人で食べた朝食は、騒がしくて、楽しくて。
とても、美味しいものだった。







朝食を食べ終わり、僕は乾と歩いていた。
3人とは一時間目の授業が違う。
で、教室ももちろん違うからね。
手塚と一緒にいられないにも拘らず、
僕の心はいつもよりも晴れやかだった。

「不二、今日は機嫌いいな。何か良い事でもあった?」
乾が、ちょっと妖し気な微笑で聞いてきた。

「ん――?まぁ、ね」
僕は不敵な微笑で、それを返した。


そんな、いつもよりちょっと幸せな、ある朝の出来事。


いちおう、『不二くんから見たみんな』
のイメージの話。
年齢設定は12才の時。なんですけど・・・・・・・・。
あんまりそんな感じしませんね。
とりあえず・・・・・・・・・・・・・・・・続いっちゃったりします。
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