千文字世界投稿作品01
カウンタークロック
まず最初に、ホップキン・ジャム氏その人のことについて語らねばならないだろう。 ジャム氏は無類のリンゴ好きで、また、若くして小さな街の領主を務めているのだが、背はお世辞にも高いとは言い難い。ジャム氏は、育ち盛りだ、と言い張っているが、白髭の執事は腫れ物には触れまいとするかのようにそれ以上の言及はしないのだ。 ある日のティータイム、ジャム氏はテラスで甘酸っぱいアップルパイに舌鼓を打ち、甘く香ばしいアップルティーを口に運んでいた。が、ふとこんな疑問がジャム氏の脳裏を掠めた。何故時計の針は右回りなのだろう、左回りになったら何が起こるのだろう。思い立ったが吉日いざやらん。さっそくジャム氏は街の神父に命じて教会の大時計を左回りにさせた。 神父は怪訝な顔をしておりました。そうか。 執事の報告をジャム氏が聞き流してから数日後、とある評論家が左回りの時計をこう評した。「枠に囚われない自由で斬新な発想である」と。すると各地から観光客が集まり、左回りの時計が土産屋の軒先を埋め尽くし、街が賑わうその様はジャム氏の書斎からもうかがえた。執事はすこぶる上機嫌であったが、ジャム氏はそ知らぬ振りで隣街とのアーチ橋合同工事計画書に目を通し、時折壁の時計を見てはティータイムまでの時間を確かめるばかりであった。執事はただでさえ細い目を細めてジャム氏を一瞥したが、ジャム氏は鼻歌混じりで計画書のページをめくっていた。 ところがある日、別の評論家から、あの時計は右回りに慣れた我々には分かりづらいものなので実用的価値は殆どない、といった内容の手紙が届いた。しかしジャム氏はそれを一読すると、丸めてゴミ箱に放ってしまった。実用的価値はなくても求める人がいるということはやっぱり何かしら価値があるということだ、それに。ジャム氏は走らせていた羽ペンを止め、ふぅ、と息をついて壁の時計に目を遣った。あと三十分――もっとも、私はもう左回りに慣れたがね。 領主様。わかったわかった。 後ろからチクリと刺さる視線を感じながら、ジャム氏は左回り懐中時計の特許許可書に目を通していた。近いうちに、懐中時計を山積みにした馬車が新しいアーチ橋の方に向かって行く姿をテラスから見られるかもしれない。それ眺めながら食すアップルパイとアップルティーは、さぞ格別だろう。 もし時計が左回りになったら何が起こるのだろうか。 |
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