2002年10月11,12日 八ヶ岳(赤岳)登頂記
10/11(金) 八ヶ岳へ。美濃戸口から赤岳鉱泉(2300m)へ。
横岳(2829m)が見えてきた。
10/11(金)八ヶ岳へ。1泊2日で八ヶ岳最高峰赤岳(2899m)に登ることになった。オリエンテーリングの大会があるついで?1日目は赤岳鉱泉(2300m)にてキャンプ。翌日頂上へ向かう。
6:20 飯能発:リカ号
7:10 東上線「若葉」駅:コータロー、ピックアップ
   上信越道、鶴ヶ島〜佐久平、国道140号を南下し、小海、小淵沢、富士見高原、原村へ
11:00 美濃戸口(1480m)着
11:45 荷物をまとめていよいよ赤岳鉱泉へ向け出発
14:35 赤岳鉱泉(2300m)着

夏に南アルプス、北アルプスの山々へ登ってすっかり上機嫌の私は、冬山に入る最後のチャンスの10月にもう一度3000m級の山へいけないかと考えていた。秋以降はオリエンテーリングに集中していくし。そんなときに、オリエンテーリングの大会準備をしていた同クラブのコータロー氏と話の流れから山へ行こうということになった。彼とは良いところもイヤなところもお互い良く知る古くからの友人である。ちょうど3連休はO-CUPがあるからその前に八ヶ岳へ行こうと決定。本格的な登山を始めたのは2年前で、2000年7月に今回と同じ行程で渋谷で走る会の仲間と八ヶ岳へ登ったのだった。この3連休は山は7月の海の日の連休と並んでもっとも混雑する日なのだが、1日ずらせばだいぶ違う。有給休暇を消化したいのもあって忙しい仕事も放りだし、八ヶ岳へ向かった。

10月11日(金):
飯能より上信越道を使い、佐久から南下、原村へ。
11時 美濃戸口着
11時45分 美濃戸口出発
美濃戸口登山道入口
すっかり晴れ上がっていて雲一つないとてもいい天気。途中の妙義山や浅間山などとてもいい眺め。八風山トンネルを抜けると佐久の街並みと八ヶ岳が見えてくる。また遙か遠くには北アルプスの山々。八ヶ岳をぐるっと3/4周してやっと美濃戸口到着。
美濃戸口はバスターミナルになっており、車を使わない登山者はここからの出発となる。駐車場はとても広く、有料の1日500円。トイレはチップ制となっており1回50円。中にはいると立派な水洗トイレ。またその横にある八ヶ岳山荘では食事ができる。500円払えば入浴をすることもできる。まだまだここら辺は下界と何一つ変わらない。携帯電話はすでに通じない。
この1週間は忙しくて全然パッキングができてなく、とりあえず車のなかに荷物を放りこんできた。コータロー氏と必要な物、そうじゃないものを吟味して荷物を分担しパッキングした。入山届けを事前に作成する時間がなかったが、ポストのところに用紙が置いてあったので記入していざ出発。

林道を歩く
林道を歩く ザックを背負った感想はなんて軽いんだろう!北アルプスの時に比べれば半分くらい?6キロくらいかな。それに今日は3時間しか歩かない。あー、あんて楽ちんなのかしら。やっぱりつらいことも苦しいことも楽しいことも何事も経験だよ。
登山道入り口は立派な標識がありとてもわかりやすい。またここから堰堤広場までは車が通れる林道となっている。3キロ先の美濃戸山荘までは一般車も入ることができる。広くはないが美濃戸口へ車を置くよりは1時間歩く時間を減らせる。しかし満車の場合、そこらの脇に置くのもいかがなものだし、戻らなければならないので、平日の今日は混んではないだろうと思いつつ、一番麓の駐車場においた。今日1日たった3時間あるくことぐらいどってことない。紅葉の中景色を楽しみながら歩くのもとても嬉しいことだ、と私は思ったのだがコータローはどう思ったのか。ちなみに美濃戸山荘周辺の駐車料金は1日の1000円。

登山中、荷物を担いで新聞を読む人を初めて見た 新聞読みながら?
本格な山登りでテント泊をし、荷物を担いで登っていくのはコータロー氏は初めてらしい。ただ歩いていてもヒマだからと、なんと新聞を取りだして読みながら歩き始めた。こんな人初めて見た。でも10分も歩いているうち疲れたのかザックの中にしまっていた。荷物になるじゃんと言えば寒ければ防寒になるという。うーん。荷物が重いのか、「小屋泊まりなら荷物少なくてすむよね、なんでテント泊なんだ?」と聞かれた。「そうねぇ、食料も寝床も自分でかついで行く、自分次第なのよ、ロマンを感じるわ。」と言うとわかったようなそうでないような。私がテント泊をするのはもちろん重い荷物はいやだけれど、食事を作るのも寝床を作るのも何をするのも自分でやること。自分でやらなくては前に進めない。なんていうとかっこいい?が、ただ眠りが浅く神経質になりやすいので、小屋が苦手なだけなのかも。雨や雷雨に遭遇したことがあればテント泊は悲惨だろうから小屋がよかった、、と思うがまだそこまでの悲惨な経験をしてないからなのだろうか。

美濃戸山荘、登山道分岐。赤岳が遠くに見える 美濃戸山登山道分岐
12時半 美濃戸山荘、小休止
標高は1710m。一般車が車でやってこれるのはここまで。ここら辺から赤岳のてっぺんが見えてくる。夕食のデザートに杏仁豆腐をつくろうと思っていたのだが、、コンビニで牛乳を買い忘れ、ここで売っているビンの八ヶ岳高原牛乳を購入。本当はその場で飲んでビンを返さなくてはいけないのだが、「明日下山時に必ず返します」と小屋のお姉さんに懇願し、承諾してもらった。ここでは無料のお茶を飲むことができる。荷物を置いてしばし休憩。この美濃戸山荘から美濃戸中山(2387m)をはさんで南ルートで行者小屋へ行く南沢ルートと、北ルートで赤岳鉱泉に行く北沢ルートの登山道に分かれる。
赤岳鉱泉に向かう北沢ルートはここからさらに2キロ先の堰堤広場まで林道が続き、それを登っていく。
コケに覆われた地面、白樺の林がでてくる。まるで北欧の森ようでうっとり。途中、夫婦松があり、祠がまつられていた。ここにだけ松が生えているのも不思議だった。北欧のテレインにありそうな林なので、疲れてくると、この岩は岩でとるのかピークかそれともガケか?なんてことをセミプロ調査に尋ねたりした。いい気分転換 。

沢沿いの登山道を登っていくと横岳が見えてきた
横岳が見えてきた 13時20分 堰堤広場
13時35分 出発
お腹がすき始めてきたのでここで休憩。サーマル(つまり魔法瓶水筒)を持ってきていたので、お湯を注ぐだけでコーヒーを飲む。幸せ。今日は日差しも柔らかくて気分がいい。パンやチーズを食べてお腹をいっぱいにする。あと1時間も登れば赤岳鉱泉。
堰堤広場から先は完全な登山道。沢沿いの道を登っていき、何度も沢を渡っていく。しばらくすると横岳が見えてきて、岩壁がとても大きく見えてきた。紅葉のコンストラストとなっていてまるで絵はがきのようですばらしかった。

14時35分 赤岳鉱泉着
やったー、到着。小屋へ行って受付を済ます。テント泊は1人500円。だいたいどこの山へ行ってもこの料金。しかし、赤岳鉱泉は来年以降1人1000円になるという。トイレの水洗化に伴ってとのことだそうだ。そういえば小屋の東側は何やら工事中で下界にいるような工事現場の音が聞こえてきた。翌日見に行くと水洗トイレを新しく作っていた。
ここは沢沿いなので水は豊富。いくらでも自由に使える。テント泊の人は少ないようで先客は2張り。適当な場所にテントを張り、荷物をまとめやっとくつろぐ。トイレの話ばかりで恐縮だが、ここのトイレも2年前とは変わっていた。2つのうち1つしか使えなかったが、それでも簡易水洗トイレ。うーん、南アの北沢峠の小屋といい、ここ数年で山のトイレの水洗化が進んでいるのだろうか。確かに汚物処理については近年とても問題になっていると聞くが。
荷物整理をしているとガラガラとすごい音を立てて、カモシカが現れた!初めて見たカモシカ。しかも妙に人間に慣れている。2年前は夜中に鹿が現れテントの外に置いてあった缶詰の残りなどを食べて荒らしていた。ここはよく鹿やカモシカが現れるらしい。夜中に襲われたらどうしようと食料は全てテント内に入れる。コータロー氏はすっかりお疲れなのか食事準備の時間までぐったりと寝ていた。
16時 夕食準備
カレーライス、スコッチエッグ、杏仁豆腐、みそ汁

外にテーブル&いすがあったのでそれを利用してご飯作り。といっても簡単レトルト。南アルプス、北アルプスの時の食事から学んでこんなメニューにしてみた。デザートをどうしてもいれたかったのよね。カレーはレトルトだけだと寂しいのでナスを持っていき炒めて混ぜた。普通の味だけど全部美味しい。ご飯はアルファ米と佐藤のご飯。 ビールは飲みたかったけれど体調不良のため断念。寒い中だったので杏仁豆腐は後で。ビン牛乳はこぼれることもなく大丈夫だった。
こんな時間でもまだ下から登ってくる人たちがいる。夕食を終える頃真っ暗になってもヘッドランプを付けて登ってきていた。テント泊の人も多く、結局この日は10張りぐらいあったみたい。
赤岳鉱泉小屋には鉱泉というだけあって、お風呂があり入ることができる。石けんなどを使うことはできないが疲れた体を休ませられる。テント泊の人は17~19時までの利用時間。500円かな。食事が終わって入ろうかなと思ったが、あまりに寒くてかえって風邪を引くかもと思いやめた。
19時消灯
とにかく寒い。マイナスになることは予想していたので防寒をしっかりと。私は山シャツ2枚に薄いフリース、タイツにジャージで寝袋&シュラフカバー、そしてお腹にカイロ。顔だけ出してシュラフにくるまれば暖かい。これで完璧。コータロー氏は寒いらしく案の定?新聞紙を防寒に使っていた。私は体調悪くお腹が痛く大変で薬を飲んでもぐったり。コータロー氏は昼寝をしたのが災いか眠れないようだった。確かに中途半端な疲れと睡眠では19時に寝るなんてできないだろうな。夜にトイレに行くため外に出たが雲一つなく星がすごい数でていてきれいだった。天の川もばっちり。何時間か経って彼もトイレに行ったがここで大変?なことになっていた。懐中電灯を便器の中に落としてきたのだった。。。あー、わたしの500円の懐中電灯。。。(しかし後日3000円のヘッドランプに生まれ変わって帰ってくるのだ)脇にはさんでいたが落としたらしい。なんか珍しく人間らしくて大笑いしてしまった。このことで動揺したのかこの人、フライのチャックを下まで完璧に下げず、テント入り口のチャックも1/4開いていた。これじゃ寒いはずだよ、まったく。小屋の外灯は22時までついていた。結局多分私が眠りについたのは24時を過ぎた頃だろうか。体調不良っていやだ。

10月12日:

改修中の赤岳鉱泉小屋
赤岳鉱泉小屋 4:30 起床
6:05 出発
6:35 行者小屋
7:50 赤岳頂上
8:35 出発
9:10 中岳を越え阿弥陀岳の登り口、中岳のコルで休憩
11:05 赤岳鉱泉到着
12:10 下山開始
14:40 美濃戸口帰着
14:55 もみの湯、原村ペンションへ向けて出発

4時30分 起床、朝食
 朝食: 卵おかゆ、みそ汁、チーズハンバーグ。
6時05分 出発
思った通りフライには霜がおりていて、外に置いたコッヘルの中の水は凍っていた。。。テントの中で朝ご飯。ガスを使うとあっという間に暖かくなった。お粥にしたのも前回の山登りから。あまりお腹がすいていなくてもお粥ならのどに通りやすい。今日もよく晴れそう。 テントにほとんどの荷物を置き、水、食料、カッパと簡単なものだけもって身軽で出発。コータロー氏はデイパック、私はウェストポーチ。やっぱり荷物がないってらくちん。
本当は5時半には出発したかったのだが、ここでまたアクシデント?発生。登山地図がない。テントの中からザックの中からひっくり返してもない。はては落としたかもと小屋手前の登山道まで走ってみて(アップのつもり)もどるが見あたらない。うーむ、昨日到着してコウタローからはいと渡されその後まったく記憶がない。赤岳までのルートは覚えているが、地図を読む者、いろいろな情報が詰まっている地図がないなんて楽しみ半減。ひょっとしたら落とし物で小屋にあるかもしれないと、小屋へ寄ってみて尋ねると、、、「これですか?」とおねえさんが見つけてきてくれた。そうそう、それー!どこにあったかを聞くとテント受付のところに置いてあったとか。そう、昨日受付の時に置きっぱなしにしていたのだった。あー、よかった。 これで心おきなく出発できる。ついでに懐中電灯をトイレの便器に落としてしまったことをコータロー氏が報告。おねんさん唖然。でも仕方ないし、大丈夫です、と言ってくれた。顔ひきつってたけれど。
行者小屋より赤岳を望む 赤岳を望む
霜柱を踏みながら、ゆっくりと登っていく。さすがにここまでの標高になると紅葉の葉っぱは全部落ち、冬の朝そのもの。30分あまり森の中を歩き中山の鞍部を(中山乗越)越えて歩いていくと行者小屋に到着。ここでもテント泊はできる。どちらかといえば赤岳鉱泉よりはこちらのほうがポピュラーなのかもしれない。また水は豊富にある。 八ヶ岳のコースマップ ここで水筒に水を補給。ところどころに雪をかぶった赤岳を望み、振り向くと横岳、大同心、小同心を見渡せる。いよいよここから赤岳へアタック。どのルートを通ってもとても急斜面で時間はかかる。私たちが通ったルートは最短距離、直登の文三郎尾根。 行者小屋にあるプレハブの戸に八ヶ岳の絵とコース地図、タイムがペンキで書いてあった。これがなかなか趣があり、参考になるのだった。




6時35分 行者小屋文三郎尾根直登
文三郎尾根 6時55分 小休止
7時 出発

直登ぎみのこのルートは本当にこわい。地面を登っていかず、階段が設けられており、それを登っていく。地面に足を着かずその階段もなんだか壊れそうでとても怖い。ちなみに私は実は高所恐怖性でとてもじゃないけれど振り向くことができなかった。あぁこわい。
途中ゆるやかな斜面につき、小休止。振り返ると北アルプスの山々が見渡せる。すごーい。8月に行った常念や大天井、燕、槍ヶ岳や穂高、大キレットまではっきり。写真はとったが明るすぎて写らなかった。すぐ横に阿弥陀岳。あー、きてよかった。再びこわい階段を使って登っていく。そのうち森林限界はすぎてガレ場の地面を。

7時26分 稜線にとりつく
ここは阿弥陀岳への分岐点。ガレ場を登っていくといよいよ岩場の連続で鎖と梯子を使って急斜面を登る。2年前に来たときはもう半泣きだった。今回は慣れたのか強くなったか知らないが、こわいはこわいがものおじはしなかった。しかし振り返るとコータロー氏はかなりびびっていたようだった。

7時50分 赤岳山頂(2899m)到着

赤岳頂上(2899m)にて
赤岳頂上 やっと到着!360度の展望。富士山から南、北、中央アルプス、御嶽山、恵那山まで見える。遠く立山方面、根子岳、妙義山も。すごーい。すぐ近くには蓼科山も美ヶ原も。雲ひとつなくどこまでも見渡せてもう感動でございます。頂上は思ったより人がいない。5,6人。風もなく日差しもやわらかく、思ったより寒くない。お茶を飲んだりお菓子を口にしたりと景色を楽しみながらくつろいだ。
富士山は雪がすでにかぶっている。南アルプスの仙丈ヶ岳も北岳も頂上のあたりに雪がある。もう冬はすぐそこ。くることができて本当に良かった。
遠くに富士山と右端に雪をかぶった2番目の高さの南アルプス、北岳(3192m) 富士山と南アルプス

8時25分 出発
しばしのんびりし、頂上から赤岳頂上小屋まで移動し、北八ヶ岳方面の景色を眺めた。5月に小海フェスティバルで走った天狗岳方面も見渡せる。それから下山開始。帰りのルートは元気があれば阿弥陀岳へ登り、中岳のコルから下っていき行者小屋へ。岩場を慎重に下っていくと。、東の尾根線にカモシカ発見!かっこよかった。慎重に落石を起こさないように下っていく。

赤岳を降りる途中、阿弥陀岳(2805m)は目の前
阿弥陀岳
今日はさすがに登ってくる人が多いようだ。下から上がってきて赤岳へ行ってから例えば権現岳、編笠山への縦走、北へ向かって横岳、硫黄岳への縦走。八ヶ岳は多くのルート、山小屋があるのでいくらでも選択ができる。さすが3連休だけあって、登山者も多い。
9時05分 中岳登り口 小休止
9時10分 出発ピークを目の前にたたずむ。
9時30分 中岳のコル(2640m)
9時55分 出発

赤岳から阿弥陀岳へ行くには途中、中岳という2700m近くのピークを越えて行かねばならない。これが思うよりも疲れるのだった。赤岳を降りてきて中岳を登る手前鞍部で休憩。途中、Tシャツ、短パン、ジョグシューズという男の人にあった。ちょっと同じにおいを感じた。しかし下りもけっこう疲れるのよね。中岳のピークに着いたとき試しに脈を計ってみたが、私は148、コータローはなんと175!だった。いやはや無理はいけません。中岳のコルにつき、阿弥陀岳に登るかどうかを聞く。ここからまた200m近く登り返すのだが、思ったより急斜面で怖い。前回もこわくて登るのをやめてしまった。今回は、、、「もういい」、私も無理して登らず明日からはオリエンテーリングの大会だし、とをやめた。あまりに暖かく天気がいいので、ここでピクニック気分で休憩。里山の日だまりハイキングのような雰囲気。本当にここは2600mも標高あるのかしら?というくらい暖かい。あとは下るだけでこの360度見渡せる景色もなくなるからとしばらくお茶を飲んだりお菓子をばくばくたべたりとのんびりとしていた。コータロー氏はあやうく昼寝をしそうになったので止める。まだ下山に時間はかかるんだよ。
行者小屋から赤岳鉱泉の登山道。平坦なので思わず走る 思わず走る
下りはあっという間。行者小屋に戻ってくると、すごい数の登山者。テントの数もすごく増えている。恐るべし三連休。1日ずらして大正解。他の登山者の話を聞いて気づいたがこの行者小屋では太陽ソーラーを利用して発電している。そういえば北アルプスの小屋にも設置されていた。どこでもエネルギー供給に工夫しているんだなと思う。
行者小屋から赤岳鉱泉までは30分あまり。歩きやすく平坦な登山道になるので思わず走ってしまった。明日からの大会のアップ?ゆっくりはずっと歩いていたけれどこの2日走っていない。どうしても体がうずうずしてしまうのか。。。

11時05分 赤岳鉱泉到着
帰ってきた。ここも多くの登山者がおり、多くのテントが張られている。高校生のワンゲル部だろうか、15人あまりいて輪になってミーティング。自分の高校時代、テニス部時代を思い出してしまった。なんでこう先輩後輩礼儀?本質的でないところに厳しかったかな、今じゃ考えられん。彼らもここでテント泊のようだ。今日はにぎわいそうだね。お腹もすいてコーヒーをのんだり、軽い食事をしてしばし休憩。テントを乾かし、パッキング開始。あー、これがまた面倒くさい。食料が減ってだいぶ荷物が軽くなったかな。。

紅葉の中を下っていく
紅葉の中を下りていく 12時10分 下山開始
12時55分 堰堤広場

下りは楽ちん。頭が痛かったので冷えぴたを貼って歩いているとやはり目立つのか登ってくる人たちは怪訝な?顔で見つめる。でも気にしてられなかった。この時間でもどんどんと登ってくる。団体や個人など少なくとも50人近くはすれ違っただろう。今日の小屋止まりは混雑しそう。堰堤広場で休憩。ここからは行きの時と同じで林道となりそこを下っていく。

13時35分 美濃戸山荘で休憩。おでんをたべる
約束通り牛乳ビンを返した。お腹がすいたのでおでんを頼んでしばし休む。塩分のあるものと温かい食べ物は胃にしみる〜。今度山へ行ったときの食事はおでん&うどんはいいかも。あと1時間。けっこうくたくた。
美濃戸山荘(1710m)
美濃戸山荘 13時55分 出発
14時40分 美濃戸口帰着
14時55分 美濃戸口出発、温泉へ

途中、通り過ぎた美濃戸山荘周辺の駐車場は満車。林道脇に止めている車もある。本当はいけないんだろうなぁ。この林道自体一般道ではなく私道だし。美濃戸口へ戻ってくるとこの広い駐車場も満車。すごいことだ。ここでのんびりしてしまうとだらだらさらに疲れそうなのでさっさと移動し、車で10分ほどのところにあるもみの湯へ移動。しかし、ここは館内整備のため閉鎖中。仕方ないので一度ペンションによってから翌日から大会が行われるo-cup会場近くにある、富士見高原の鹿の湯へ行き、疲れを癒した。この日は原村にあるペンションへ宿泊。夕方到着のえみりんを富士見の駅に迎えに行き、やっとのんびり。いやー、暖かい部屋にベッド、そして美味しいコーヒー。。俗世界に帰ってきたぞ。山でのストイックな生活とこのギャップがたまらない。さすがに疲れていたようで21時半には寝てしまった。

本当に天気に恵まれた2日間で最高だった。O-CUP前だが行って本当によかった。(o-cupは疲れた体でどこまで集中してオリエンテーリングをするか、結果は求めないという課題を与えていたので苦にはならず)夏山の登山を生かして今回は食事と服装、荷物を考えてみた。秋山登山はこれでいてなかなか難しい。昼間は晴れていても夜や急な悪天候になれば途端に寒くなり雪も降る。。昼間の暖かさの気分で薄着だけでいくと大変な目にあう。 また体調が崩れやすくなるかもしれないので薬などを用意した。

冬山は行くつもりは全くないので(寒いの大嫌い)、次の山登りはもう来年の夏になりそう。時間あるかな、体動くかなあ。次回は涸沢から奥穂高岳、それからぜひとも南アルプスの北岳には行きたいなあなんてぼんやり思っている。

中岳から行者小屋へ降りる途中、赤岳を望む

服装などの準備
私の今回の服装と準備は、 長袖山シャツ1枚、半袖山シャツ1枚、薄いフリース、綿の入ったベスト、プルオーバーの厚手のフリース、タイツ、オリエンテーリング用のトレーニングジャージ、カッパ上下。手袋、フリース帽子。
ザックの中身は、 テント一式、シュラフ、シュラフカバー、テント用マット、個人マット、着替え、カッパなど、行動食、サーマル、水、地図、懐中電灯(ヘッドランプまでは買っていない)かなあ。そうそう少しでも疲れをいやそうとアミノバイタルの顆粒を体を動かした後飲んでいた。このせいかどうかわからないけれど、o-cupの期間中も同じように飲んでいたので思ったより疲労がなかったと思うのは気のせいだろうか。
靴は登山靴をはいた。頭痛薬とカイロは大いに役立った。また冷えぴたも頭痛を和らげるのに気分的には役だった。その他日焼け止め、リップなどは必需品だろうなあ。バンソウコや胃腸薬、ガーゼなど念のため用意した。

食事は簡単でもバランスがよくなるように気を付けたつもり。疲れてご飯が食べたくなくても食べるようにカレーライスと朝はおかゆ。とくにお粥はお腹に入りやすくて普段朝食をとれない私には助かった。
行動食はカロリーメイトは実はぼろぼろになりやすいので今回却下。クッキーとチョコレート。塩分があるものがいいなと、チーズかまぼことチーズ。チーズはブルーチーズとかアーモンド入りチーズで小さいのが売っていて、これをパンにはさんで食べたりするとおいしい。温かい飲み物はインスタントコーヒー。いちいちガスを使ってお湯を沸かすのは面倒だったのでサーマルを持っていったが重いと言えば重いが、そんなに気になる重さではない。

ザックの中身はとにかく軽くなるように無駄なものは持っていかない。 いかに荷物を軽くするか、についてはかなり真剣であり、それができたときとパッキングがうまく行ったときはもうそれだけでうっとり。

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