不定期つれづれ日記2006



2006/12/25

鬱陶しい、と思う向きも多いんじゃないかな?と思えるキリスト様のお誕生日は今日。
なんか、日本人のいいとこ取りの、商業主義に乗せられた感のある、カポーとお子様には
堪らない日です。
なんか、聞いた話、ケーキの蝋燭は、北欧の太陽に対する憧れを表現したものらしいです。
しかも、クリスチャンなんて、はい?なんてな感じでも、みな、メリークリスマス!だって。
第三者的に捕らえるとやっぱ、なんとなく面白いですよね。単純に。

ボクが若かった頃は世間はめちゃめちゃバブリーな頃だったことは、以前にも申し上げました。
まあ、世間の景気はレースクイーンの着用する衣類の、その臀部の仰角に比例するが如く
えらい勢いで登り続けるかに思えましたが、やはり、RQあがりのAV女優が大成するわけもなく、
その仰角は180度に達する前に水平に戻ってしまいました。
バブルの崩壊です。
ちなみに、この辺の表現は渡辺一博氏ことナベゾ画伯が書いたエッセイを多分に意識しているのは
いうまでもありません。

ま、折角その頃を追悼している気分なので、文体もそのまま続けます。

婦女子が、お立ち台でクイクイ踊っているのを見ていた男子は、それを手中に収めるべく、
あの手この手で気を惹こうとします。今も昔も男子が愚かなのは変わりようのない事実ですから、
六本木を走るそのドイツ車比率が約8割を占めようとしても、敢えて、BMWを選択してしまうような
行為に及んでしまうわけで。
それらの一年の締めくくりが、このキリスト様に冠を借りた言い訳な日だったわけで、
このことは、女子にとっても、堂々としたわがままの集大成をすることがおおっぴらに許されて
いた日でもあったわけです。

この日の為に、毎日毎日牛丼どころか、カップラーメンすら啜りえないような禁食の時間を
過ごして、シーフロントのホテルにおける最上階の部屋を予約しさえすれば、あの扇子を振ってる
女子とあんなことやこんなむふふな行為に及べるものと確信できたわけです。

また、女子においても、今も確たる地位を得ている例のCのマークが重なってるチャンネルとか、
馬車のマークの財布や、或いはLとVとが織り成すビニールの安っぽいカバンなんぞが
その記号性をフルに発揮して、それを与えたまう男子は、男子そのものよりも、価値がある、と
いう風に見受けられたりしたわけです。

で、なぜかなんとかの一つ覚えよろしく、千葉は幕張の海浜地域において、暑苦しい風貌の
宿泊施設にて、すっぱいだけで味の良くわからない赤ワインなぞを嗜み、その雰囲気の
なか、なんとなく、両者合意ののもと、行為に及ぶわけです。
翌日は、ジャージ履いて、半ケツ出しながら、それをぼりぼり掻くような生活に戻ったとしても、
です。

まあ、所詮付け焼刃、って感が拭えないですよね。

ままごとのような、凡そ背伸び感しかない、かわいいエセ豪華な一日を過ごすことによって、
自らの存在意義を互いに確認するかのようなその空気こそ、まさに鋭い仰角に他ならないわけです。

よくわかってなかった気分こそ、まさに時代の寵児。
一瞬通り抜けた疾風の如き風。

つか、その頃の気分が未だ抜けてない世代が僕らの世代だったりするわけで、いやはや、こんなこと
書いていても、ガイシャは左ハンドルに限る、とか、未だ思ってる自分もいたりするわけです。

ちょっと恥ずかしいなあ......。

2006/12/18

気付けば、ラジオから流れる音楽がすっかり同じモノばかりになってしまいました。
取引先からの忘年会の案内も頻繁に届き、空気もすっかり鋭くなって、今年も残り僅か。
会うヒトによっては、別れ際の挨拶も”良いお年を”、なんて言うようになって、いやはや
時間の過ぎるのは早いものです。

で、最近の出来事。会社のパソコンの設定は遅々として進まず、自宅のパソコンもアップデイト
しようとしたら、見事に玉砕。過去の環境に戻してもいいのですが、セキュリティソフトの
絡みで最新仕様にしないと芳しくない状態になりそうなので、頭の痛いところです。

で、今年も数多くの新型車が発売されましたが、若かった時に比べて、個人的な興奮具合は
大分消えうせつつあります。あまり嬉しい事態ではありませんが、何せ世間は景気がいいらしい
ので、兎に角、雨後の旬の如くの新型車ラッシュは至極当然のことでしょうね。

しかし、表面上だけの新型車をなぞるだけではなく、その会社が過去から現在に置かれている
立場を鑑みると、やはり感慨深いモノがあります。
例えば、デリカとバネット、そしてボンゴが同じクルマだ、というのなぞはちょっと俄かには
考えられません。
まあ、確かに昔からエンジンの供給などはありましたが、こうもあからさまにバッジ違いの
異メーカーのクルマがはびこるようになるのは、なんとも切ないものです。
最近読んだ本の中に、戦後すぐの弱小メーカが作った軽便な自動車のあらましについて書かれた
ものがあります。既に全く業態を変えたメーカ、消えたメーカ、現在でも勢力を残しているメーカ、
と悲喜こもごもですが、どれも、その当時の資金力と技術力のなかで、できうる限りの力を
振り絞って作られたクルマだったのだろうな、とわが身が生まれる遥か前の時代を読み取っています。
それと並行して、当時の自動車界をリードしていた米国の状況を主にデザイン面から読み取って
書かれた本にも触れました。
同じ年代に作られていたとは思えない、アメリカ車のその荘厳さ。
日本ではリヤカーのタイヤを四つつけたようなクルマが作られていたその時代に、アメリカでは
もう、パーソナルカーの時代の先駆けが、だったとか。

当時の日本はそれらの軽便車は、まあ、自転車やスクーターの豪華版程度の認識で、
実際、敗戦国は須らく、その辛酸を舐めたようなクルマ作りを余儀なくされていて、ドイツの
ハインケルや、イタリアのイソ、そのライセンスだったイセッタなどがまあ有名な軽便車の
代表格でしょうか。

まさか、それらの類を輸出しようとは日本人は考えなかったのでしょうし、販路や資本力を考えたら
そのような無謀な博打に出られなかったのは当然でしょうが、一応トヨタや日産は自動車は国際商品
である、との考えから輸出を始めたようです。
トヨタは、最初、観音開きのクラウンを自信をもって船積みしたようですが、その国情の違いから
惨敗。結果、ランドクルーザの20系でなんとか間を繋いだようです。
日産も、ダットサンの310系のトラックから何とかその販路を作り、510のブルーバードで成功を
収め、ヨーロッパのスポーツカーを蹴散らすS30系のフェアレディで決定的な勝利を収めます。

当初、オースチンのノックダウンをしていた会社が、その20年後には、同じ英国のスポーツカーの
息の根を止めてしまうのだから、資本主義とは、やはり残酷なものです。
トヨタは、技術は、まず販売ありき、の考えから、やはり国内外を問わず世界一の自動車メーカに
登りつめました。手本になるクルマの100%コピーのノックダウンではなく、顧客の声を実践して
それを自社製品のフィードバックするその手法は、現在でも健在です。

でも、それらの成功には、やはり先に記した、小さなメーカの声なき声も少なからず聞こえたに
違いありません。例えば、トルコン車を日本で最初に作ったのは、ミカサですし、それを大々的に
フューチャーしたのは、多分マツダ360クーペでしょう。
FWDをまかりなりにもまともな商品として売り出したのはスズライトでしょうが、成功させたのは
スバル1000からでしょうし、トヨタがそれをラインアップに加えたのは随分あとになってからです。

みな、切磋琢磨して、追いつき追い越せ、とばかりに躍起になって、幸せになろうと努力していたのです。
でも、ここらで、もう一度足元を見据えて、原点を省みることも必要なのですはないでしょうか。

先日ある人の講演を聞く機会があったのですが、例えば、ある人が電気屋を営んだとします。
最初は、電球一つの注文でも有難く頂いた、と。それを素早く配達して感謝され、そして、信用を得て、
会社は順調に進展していきます。で、プラズマテレビの注文ならば、揉み手でもって接客しますが、
電球一つの配達は、既に素早く行くようなことはしなくなりました。プラズマの客の方が、より多くの売上を
持ってくる客だからです。50万円の客と100円の客では、差別されてしまうのです。
配達されなかった顧客は静かに去って行きます。もうその店の門を叩くことも、電話することもなく。
資本主義は残酷です。でも、共産主義は幻想だった、というのは、残念ですが事実です。
でも、日本には、様式美があります。なんでもかんでも資本主義的な合理性を考えるだけでなく、精神的な美しさを
もって、よしとする流れがつい最近までありました。
一見無駄なようですが、その実、日本人が日本人たる精神的な根幹を為すためにはやはり必要なのではないでしょうか。

先に一瞬バカにしたフライングフェザーですが、リヤカータイヤのような合理性と、西陣織の座席が織り成す
その世界は、ビニールレザーと、メッキで飾ったクルマには到底理解できない世界だったことでしょう。

消えていった弱小メーカー。消え去っていった、電球の顧客。

その存在意義を考えると、今の世のなんと世知辛いことよ。
みなが幸せになる、というのも最早幻想にしか過ぎないことかもしれませんが、それでも、
合理主義や富だけが人生の座標にあるような人間にはボクはなりたくありません。

月並みですが、全部頑張る。気負わず。まずは、自分から。

そういう人に私はなりたい......

ってこの有名な詩は、フジキャビンのカタログの表紙に謳われていたのですよね。

やっぱ、昔のヒトはわかっていたのかもしれませんねえ......。

2006/11/22

週中で休みになると、なんか、週末までが一気に近づいたみたいで、お得です。
な、わけでいつもの水曜日より、遥かに開放感溢れてる週中です。不思議な感じ?です。

ところで、例の新型の機械をとりあえず試験運用してみました。
が、とにかくうるさいのです。

久々に動かしてみると、全部で三つある冷却ファンが全体的に古いせいもあるの
だろうけど、風切り音がうるさい。あと、ベアリングがガタきてるのか、
ビデオボードのファンが特にうるさい。キーキー唸るのですから。

今使っているのは、ペン3のスロットな頃の機械なのですが、今ほどの発熱が
あるわけでもなく、ビデオボードもファンレスです。
同じNVIDIAなのですが、TNTとかってやつなんで、古いのだろうけど、そんな大仰な
運用してるわけでもない故、性能的には充分ですからね。

電源のファンもうるさいし、ケースファン、ってやっぱ雷鳥なアスロンには必要なの
でしょうか....?よくわかりませんが、そのうるささで、ちょっと運用は考えてしまいます。
それしかなかった頃はそんなもんだ、の一言で片付いてしまったのでしょうが、
当時と違って、今は高性能かつ、静音。自作機はその辺やっぱ不利です。
それか、冷却経路がきちんとしてるBTXのケースを導入しないと、やっぱダメなんでしょうかねえ...?

つか、大穴で、ビデオはオンボードなので、それに依存する手もありかと。
場合によっては、そっちの方がむしろ性能良かったりもするかもですし。

うるさくて性能悪いのでは、多少メモリ食われても、オンボード派に
寝返ってしまいそうです....。
いくら早くても落ち着かないですからね....。

2006/11/20

mother
続・パソコン。件のマザーは、VIAKM266なチップを持ったソケットaのものでした。
手持ちの雷鳥アスロンは純正の硬いCPUクーラーの爪もどうにか克服して、無事装着。
先だって購入したシリコングリスをうりうり塗りこんだのは言うまでもありません。
面倒な各種のLEDや、スイッチ類を挿して、マザーをケースにねじ止め。
話には聞いていましたが、ミドルタワーのケースには、マイクロのマザーは
ほとんど問題なく装着することができました。
空いてるビス穴もありますが、固定には全く問題ありません。
ちょっと厄介なのが、I/Oのためのバックパネル。
サウンド系の端子が、ちょっと規格とは異なっていて、そこは、ニッパで
無理やり切削。仮止めなので、多少のバリはご愛嬌。
どうせ自分で使うのだから、指を切っても自己責任、つうことで。

メモリは、自宅にあったPCのSDRAM、128をとりあえず一枚挿して、転がっていた4.3Gの
HDDを仮に装着。
余っていた、AGPのビデオカードは、nVIDIAの4Xの32Mbのもの。
CDも、もともと付いていたバルクの52倍を繋いで、XPから作った
ブート用のFDから起動。ざっとbiosを見て、とりあえず、動作確認とドライバの種別を
確認するために、転がっていたOSをいれてみました。

約30分経過して、再起動するも、先ほどまで動いていたマシンがディスプレイ信号が到達しないで
無言。三つもあるファンの音が空しく響きます。

よくよくbiosをみると、ビデオ出力の優先がPCI/AGPと。このマザーはオンボードで
ビデオ/ラン/サウンドと、なにもカード挿さないでも充分なスペックになっていて、
オンボードのビデオはpciで動くように設定されていて、それが勿論デフォルトなんですね。

で、再起動かけると、ビープ音が断続的に鳴り響き。
動くほうのマシンでネットを検索すると、音が出てるのは、biosが動いている証拠だし、
CPUがそれを判断してるはずだから、原因はメモリだろう、との書き込みを発見。
で、メモリを256の一枚挿しに交換。で、AGPを一旦外して、オンボードビデオにて再度
起動。問題ないかと思われたのも束の間。今度は画像がおかしい。
で、そこで、マザー付属のチップセットドライバをインスト。
VIAチップは、これをいれないと、満足に動かないのです。
そして、オンボードのサウンド、ラン、と順番にドライバの更新。
その間に、biosの再設定と、AGPの挿しなおしを経て、なんとか形がみえてきたとこで、
マザーにて設定できる、FSBを100から133にすると、再びシステムフリーズ。
仕方ないので、100に戻すも、ぜんぜんダメ。cmosクリア、AGP外し、bios再設定、
再びAGP装着、と電源抜いて、挿して、がちゃがちゃやって、ようやく安定。

そこで、LANを繋いで、ブロバン環境を仮に整え、今度はBIOSのアップデート。
ちょっとどきどきしたもの、無事完成。

ソフトがなにも入っていないため、動作は極めて軽い。遅い5400のHDDでもすいすい。
ただ、これはあくまで、仮のHDD。これから、なんのOSいれるか、HDDの容量をどうするか、
有用なソフトは?DVDは?などと、考えることはいっぱい。

FSBの件ももう少し勉強して、なんとか133で動くようにしたい。
当面の目標である動作確認が終わったところで、暫し熟考に励むことになろう。
ファーストマシンに格上げするかどうかは、今後の安定さ加減を見極めたうえでのことに
なるかな?

つか、やっぱAMDは早いわ。久々ですいすい動くマシンに感動。
でも、癖があるから、インテルみたいに手懐けるにはまだまだ、いろんな壁あるんだな。
きっとね。

なんてことを考えながら、近所の本屋で情報収集。その前に、近所のミニカーショップから
連絡があり、かねてから予約していたバモスホンダのミニチュアがようやく入荷しました、との
報が。これって、7月発売予定だったんだよな...と考えながら、模型雑誌をめくると、
先月付けで、トミカリミテッドからバモスが発売になっていたらしい記事を発見!

さっそくに、そのエブロの1/43のバモスを引き取りがてら、店主に問うと、既に売り切れとのこと。
だが、市内のデパートのおもちゃ屋さんには、或いはまだ、在庫あるかも?との情報を入手。
礼を述べながら、そのおもちゃ屋さんに。子供の頃はよく通った店なので、店内を迷うことなく
目指す店へ。鍵のかかったガラスケースのなかに一台だけ、そいつはいましたよ。
vamos
で、こうなったわけです。携帯で撮ったら、マクロなくて、ピンぼけ。
この携帯も、暮れには新製品にスイッチするらしいので、様子見て、欲しいな、なんて。
きっとマクロついてるだろうしね.....。

で、物欲日記でした。


2006/11/17

今日は予想外の嬉しい誤算が飛び込んできました。
遠隔地からの荷物の梱包を解いていると、その中にヘンテコな箱が。
実は、僕んちの家業で、注文した品物が時々宅配便で届くのですが、その取引先の
担当者が、無類のパソコンマニア、それもただならぬハードウエアのマニアで、出物があると、ついつい
買い込んでしまうタイプらしく、まあとにかくディスプレイやら、ノートやら、とかなりいろいろ買い込んでいる
いるようなのです。

で、以前、ボクはアスロンの1Ghzが出た頃に、知り合いに頼んで自作のマシンのパーツを一揃い買ってもらった
ことがあります。マザーはVIAチップのMSIのもの。ソケットAという、アスロンの雷鳥が動くソケット。
ビデオはnVIDIAのAGPで、HDDは、まだ健在だったIBMの30MB。音源はオンボードで、なんとなくLANボード
(まだPCIで、オンボードではなかった)を入れて光学系やらなんやらいれて、総額約10万円。チーン。

ところが、数年経過したところ、マザボの電解コンデンサのパンクで、絶不調になり、VIAチップの扱いの難しさに
も苦労したので、知り合いから譲ってもらったスリムタワーのヒトへと代わりました。そのスリムもちゃんとAGPが
ついてるきちんとしたマザーのもので、LANとサウンドがオンボード。でも、敢えてサウンドカードとついてなかった
USB2.0/iEEE1394のボードを二枚さして、現在も好調に活躍してます。おっと、忘れた、CPUはペン4。でも、メモリは
SDラムを使う、ごく初期のマザーです。あんまし市場には出回ってないのじゃないかな。

で、自作のミドルタワーはSDラムの256も引き剥がされ、使わなかったビデオカードだけを残して、いまや部屋の
ジャンク部品の箱に成り下がってしまいました。
でも、一世を風靡した雷鳥アスロン。当時、1ギガなら、もう、一瞬でしたが、ヒーローでしたから。
こいつをどうしてももう一度復活させてあげたい。もっと言うと、今使っているこいつは、ファミコンみたいな
CPUのついてるpen3。しかも、最終の1.1じゃなくて、700しかないもの。

という話をしていたら、その件の営業マンが、使っていないソケットAのマイクロATXのマザーがあったように思う、と。
探してみて、あれば、送っておきますよ、と。

それが、今日の荷物のなかに入っていたのです。
これで、しばらくは遊べます......。

まずはスペックのおさらいして、動作確認してからですね....。
うまく動くことを期待しつつ.....。

2006/11/14

ここ10年来来てる、メーカーの営業マン。改めて年齢の話なんかはしたことなかったのですが、
なんとなくそんな話になって、問うと、なんとボクと同じ歳。

自分に自信がないせいか、利発そうな方をみると、無条件に自分より年上かなあ?
なんて思ってしまうのですが、実際はただのおっさんでした....。
いつもきちんとしたスーツを着て、きちんとかばんを下げてやってくるその方が単身赴任で
任地のここを金来月来(ふるい言葉だなあ...)で通ってる、なんて。
自分と同じ歳で、単身赴任かあ...なんて、ちょっと複雑な心境。

で、結局仕事の話が一段落すると、出てくるのは若かったその頃の可愛い思い出。
まだ、携帯もなく、男のプレステッジは、クルマが幅を利かせていた頃の年代ですから、
いわゆるデートカーの話になると、俄然ノリがいいんですね。
たまたま同席していた問屋さんの営業マンも実は年齢は同じ。
三つ巴のおばかな話に留まるところを知らないで、まあ話す話す。

当時の頂点、まあ全部中古車ですが、やっぱエバリが利いたのはソアラ。VRターボなら
イチコロです?ね。そんで、プレリュード。助手席の背もたれのリクライニングがなぜか
その右側面にもついていたという伝説の名車です。
あとはマーク2とか、チェイサー。まだ、クラウンはちょっとね、って感じでした。
シルビアは、でて間もない頃で、これ転がせるのはちょっとしたお大尽。
まだ、2ボックスも辛うじて残ってましたが、これはダメ。ワゴンもレガシイが初代
が出たか出ないかの頃で、まだまだライトバンだった頃。ミニバンはそのずっと後です。
オデッセイが出るまで、その市民権は若者の目には得られてなかった頃です。

基本的にはスポーツカー系統。レビトレなんかもよく見かけました。
サバンナや、スカイラインもたくさん走ってました。
結構トランクのあるクルマが跋扈していたのですね。

今や.....。ソアラはすっかり高級車。なんたってレクサスですもんね。
マーク2ももはや若者は見向きしません。
レビトレ、サバンナ、プレリュード、シルビア....全部終わり。
セリカも先日終わったようですね。
なつかしのバブル全盛期。青田典子の目尻の皺はまだ発生してませんでした。
つか、この歳になって、まだ生動画で動く彼女が見られるのが奇跡ではあるのですが...。

ところで、20年くらい前に、日産が50周年記念、つって、いろんな限定車出していたの
覚えてます?まあ、いまじゃあどっこにも残ってないだろうけど。

丁度その頃、二玄社から、ダットサンの50年、つうムックが出ていて、久々に昨日、
ページをめくると、まあすごい記事がごろごろ。
ボクが最近ちょっと興味を抱いてる日本の自動車の創世記は、つまり国産車でその名が
辛うじて残っているダットサンの歴史とかなりかぶっています。
つい最近、言っても30年くらい前までは、それをリアルタイムで経験していた方の談話が
その気になれば生で聞けたのです。凄い時代ですね。
そして、それをまとめる事ができたであろう、五十嵐平達氏ももはや鬼籍に入ってしまって
から数年が経っています。

まあ、簡単にまとめると、戦前と戦後では、間違いなく自動車産業の色合いが異なっていて、
戦前でも、その最後の頃はかなり文化的にも熟成されていたのに、一気に戦争で振り出しに
戻されてしまったような、そんな感じですかね。
ダットサンで言えば、戦後型の乗用車はかなり粗末でしたが、戦前型の形そのままで
戦後しばらく発売されていたダットサンは、却ってトラックのほうが垢抜けていたような、
そんな感じです。

ただ、一つ言えるのは、戦争が間違いなく保護自動車を育成して、各メーカーの技術力が
上がったことです。その中でも、トラックの重要性が高かっただけに、奇運にも、ダットサン
の名前はどちらかというと、宙ぶらりんで、どっちつかずだったようです。
実際のダットサンの本流は、戦争で吸収合併されてしまったり、唯の部品メーカーに成り下がって
しまっていたりとか、数奇な運命をたどっているのですが、機会あれば、きっと
その名前は右ハンドルのクルマとしてリバイバルすることだろうと思っています。
戦前から脈々と息づいているブランド名は、ほかにいすゞくらいなのですから。

例えば、同じ敗戦国のイタリアは、でも、戦後すぐからスポーツカーや、スタイルの
美しいクルマを作っていました。日本は辛うじてダットサンのDC-3にその息吹を感じることが
できる程度です。50台作って、25台売れ残ったとか。
まだ、スポーツカーに乗る精神的、物質的余裕は全くなかったのでしょう。
その後、百花繚乱したものの、今またスポーツ/スポーティカーは風前のともし火です。

やっぱ、若い男たるもの、ワゴンRをシャコタンにするのではなく、ソアラに
トラストのマフラー入れて、五速のギアを駆って街を練り歩いてほしい物です。
bBの快適性もわかるし、オデッセイの広さもわかるけど、敢えて狭い車内でアクロバチック
な若さを弾いてほしいです。

シャコタンなら、屋根も低いほうが決まるぜい!
まあ、ボクはもうプレリュードを運転することはないだろうけど、あの狭いクルマに
男三人乗りとかも、ばかばかしくていいもんでしたよ。

戦後の文化の熟成.....?

まあ、結局男のやることなんざあ、決まってるのだけどさ。
ただ、同じことするのも、もっと伊達を気取っていたそんな時代はもう昔話になっちゃんだなあ、
と、ちょっと北風を感じたりしたわけです。

目尻に皺の寄ってきた、額がやや広がりつつある、おっさんたちの顔を見ながらね。

2006/11/13

些か寒くなってきました。今年はどういうわけか、秋の深まるのがなかなか来なくて、
先日の例の竜巻がでた日を境に急に秋が一気にやってきた感じがします。

ボクにとっての秋は、学生時代に遡ってしまうのですが、あの清里の秋です。
当時、ユーノスとX1/9の両方を所有していた、たわけた学生だったのですが、運良く
同じ日に、同じ場所で両方のクルマのミーティングをやっていたのですね。
歩いて数分離れた場所の同じ清里の清泉寮。今はなきケネディグラウンド?つったかな?
てな場所に全国から(大げさでなく)ユーノスとX1/9が集合したのです。

ボクも考えに考えあぐねて、結局はX1/9に乗っていったのが'92の秋。事実上、初めて行った
清里。時期は、確か10月の終わり頃だったかなあ?
萌えるような紅葉も今思えばなんとも贅沢な景色でしたが、その清涼を通り越して、頬が切れそうな
その半端じゃない冷気たるや、今までに遭遇したことがない、と感じんばかりでした。
そして、初めてみるその怒涛の数の両車。未だ、ユーノスは1.6のNA6CEしかなく、X1/9も
まだ旧車の範疇にはなく、なんとも中途半端風味のイタ車扱いだった頃です。

でも、とにかく、泊まりのクラブイベント初参加のその味わいたるや、今までにない新鮮な
経験で、後々のボクのクルマ趣味の精神的なバックボーンを為すには充分すぎる出来事でした。

ユーノスはその後手放してしまったのですが、X1/9はご存知のとおり、未だに所有し続けています。
車検は切れてしまって、もはや数年経つのですが、やはりいろいろ考えると手放すには勿体無い
存在で、いつかは、と考えつつ、すっかりご不動様に成り下がってしまいました。

開け放ったルーフ越しに覗く、えもいわれぬ見事な萌黄色と、ほんわかとした心落ち着くフィアットの
甘い香りのするヒーターの暖気。
帰り道は少し寂しいけれど、また、来年、と心に誓って皆と別れるあの一瞬は、なんともいえない気持ちを
掻き立てます。
でも、最初の年は今考えると、特別にエキサイトな時間だったのです。

結局下宿先に置いておいたのは、ユーノスです。実家のある場所と、下宿先の名古屋の丁度中間点が清里でした。
ゆえに、この年だけは、X1/9の鼻先を実家に向けて行ったあと、踵を返して、ユーノスに乗り換えて今度は
名古屋に向かうのです。
学生ですから、時間だけはたっぷり。高速代も勿体ないですから、山越えは初めてのルートである、
道を選んで、敢えて遠回りで行くことにしました。

翌日は雨。ユーノスの幌を閉じて、幌を濡らす雨音を相棒に名古屋へ向けて出発です。平日の昼間に田舎の
ナンバーをぶら下げた学生がまだ新しいスポーツカーを駆って山を抜けるのですから相当生意気に見えたことでしょう。
でも、ボクはそんなことは億尾にも出さず、飄々と山道を駆け抜け、峠をいくつも越して、名古屋へ向かいました。

その途中経験した、霧もやの中の幻想的な風景や、細くたなびく雲間に覗く山々の稜線、そして、刈り取りの終わった、
そぼぬれるたんぼ。森の中から現れる人気のないシーズンオフのペンション街のまるで廃墟のような空気。

そのどれもが、社会人になってしまったボクにはちょっと与えられない稀有な時間だったと気付くのに、
そう時間はかかりませんでした。

秋が深まる前に、大学の先輩が住む千葉に出かけたことがありました。半日ほど卒論についての具体的な進め方を
教わり、気分転換に、近くの公園まで散歩したとき、彼女が曰く、今だからわかる学生の時間の勿体無い過ごし方
だった、と告白され、そのときはわかったような顔をしていたのですが、ぼくも、その翌年、彼女の言った本当の
自由時間を確証するにいたるのです。

もう、あの秋は戻ってこないし、あの頃仲良かった彼女とも、すっかりご無沙汰です。今ごろ、なにやってんだろ。

秋は、人を切ない思いに馳せさせます。
徐々に暮れ行く秋。気付くと、その風の冷たさはすっかり冬の匂いを届けさせていたりして、もう、秋も終わりかな
なんて、ふと気付いたりします。
でも、それに本当に気付くのは、実は冬になってからで、そうなると、秋風がいくら恋しくても、もう戻ってきません。

人間は愚かな存在です。無くしてから気付く大事なモノ。あの時間。愛おしい空気。もう戻っては来ないのに。
ならば....なんて。”たられば”は禁句だって、誰かも言ってました。

早く大人にならなきゃね。過去をいつまでもぐじぐじと引きずらないで、今を生きなきゃ。

2006/11/6

しばらくぶりの日記です。先週、先々週と、ジープ絡みのお出かけで週末を過ごしました。
先々週は、恒例の河川敷での部品交換会。もう、何度目かの参加か忘れましたが、
相変わらず楽しいひと時です。
写真がないのですが、もはや、目新しいクルマは殆んどなく、半ば恒例な車両たちとの
再会は、それはそれでココロ落ち着くひと時です。

例によって、仕事終わってからの参加。現地に行き着くと、もはやいつものメンバーは
食事が終わって、まったりと飲酒及び喫煙並びに火遊びに興じています。
例年よりも暖かな夜を迎えたので、必要に迫られての火起こしより、純粋に焚き火の
楽しみが先行していたような。

パレットを分解して、焚き木にしていったのですが、その量が少々多かったらしく、
翌日の解散直前まで残っていたのはご愛嬌。
その上、一時最大火力が半端ではなかったらしく、焚き火ベースに使っていたミッションの
ベルハウジングのアルミがとろけていたのには、翌日、びっくり。
アルミのインゴットが河原の草むらに落ちているのはかなりシュールな光景でした。

また、いつものメンバーに加えて、L/Rのオーナー氏お二方や、二輪のオーナーの方らとも
語り合うことができて、有意義な時間を過ごすことができました。多謝。
今度は予定では、来春です。もう少し上流の同じ河川敷です。
また、まったりと楽しい時間を過ごすことができれば幸いです。

それから一週間経過した昨日は、ボランティア活動?の一環で、マラソン大会の伴走車の
助手席を汚しに行ってきました。
ランナー諸兄には、触媒もなんもない強烈な毒ガスを浴びせぬよう、後続車の任を仰せつかった
わけですが、俊足のランナー氏においては、大雑把に説明すると周回遅れのランナーを
追い越すときに、一緒にジープをも追い越す必要があるわけで、少なくない数のトップランナー
の一部の方には大変臭く、厳しい思いを余儀なくさせてしまったことをここにお詫びします。

ただ、やはりこの車型故に、極低速域での走行安定性やら、周囲への視界の広さ、
並びにオフィシャルへの意思疎通の容易さなど、メリットは多数あります。
運営そのものも、もはや伝統のイベントであるが故に、まったくもってスムースで、我々
ボランティアは殆んど、その任を忠実に全うすれば、それだけで用が済む軽快さも兼ね備えた
イベントでした。

今回初参加で、6キロほどをMBの助手席で過ごしましたが、天候にも恵まれ、ランナーにとっては
ちょっと日差しのキツイ天候だったかもしれませんが、助手席のボクは、久々にのんびりとした
空気を味わいながら、久々にのる右側の助手席に軽い興奮を覚えつつ、いい時間を過ごすことが
できました。

任務を終え、周回の発着点に戻ってきて、昼食の時間までなにするともなしに、ジープの
仲間ととりとめのない話しをして、働きの割には豪華な昼食をご馳走になり、帰路へ。

時間も余ったし、天候もいいので、午後は自分のJ55の幌を剥いて、市内を散策。
日が傾くまで、自転車ならさしずめポタリング気分で市内とその周辺を走りました。

朝から晩までオープンジープ三昧な秋のいい一日でした。

2006/10/24

皆さんにご心配かけたJ46のコラムレバーの修理は完成しました。
今回、参考に頂いたPLのコピーがうまくスキャニングできたので、それを元に
説明いたします。(全然日記になってないな。あーこりゃこりゃ)
j46
まあ、見てもらえば御解りの通り、今回1番のシャフトを3番の部品の根元から折り、
結果、1から8までの部品を一式手配してみるも、1番のみ欠品、という寂しい現状に
苦労とご迷惑をかけたわけです。
で、そのassyをしいさんがうまく入手してくれて、この度、すんなり交換の運びに
なったわけです。
参考に言っておくと、4のシャフトは特殊部品で、3番とはスプラインで結合されていて、10番とは
8番の5ミリの丸ビスで締結されます。トルク値は不明ですが、そんなに大したトルクは
要求されないと思います。で、10番は簡単に左右に反転でき、なんとなれば右チェンジにも容易く
改造できます。

まあ、交換作業は案ずるより生むが易し。簡単でした。実際は。しかし、現実後退は相変わらず
難易度が高い作業で、折角1番を入手しても、早晩、再び折れないとも限りません。
しかし、現実をよく考えると、入りにくいのは後退のみで、それも強く下方向に下げればギア鳴り
もなく入るのですから、ミッション本体ではなく、やはりリンゲージのどこかが不良なのだろう、と
いう結論に達します。
ならば、ことを単純に考えて、レバーの支持点そのものの位置を触るのはどうだろう?と
極めて安易に考えてみました。
予想では後退には入りやすくはなっても、前進四段が駄目になるだろう、と。
ならば、その最大の妥協点を探るのはどうかな?と考えたわけです。

で、実際問題、具体的には16番の部品をひっぱたいて、下げてみました。結果はNG。
これまで以上に後退を受け付けてくれません。押しても駄目なら引いてみろ、つうことで、
今度は下方から上に叩き上げてみました。勿論、18番のビスを緩めた上で、です。
結構硬く締まっていた18番のビスですが、なんとか緩めて、銅ハンマでたたくと、
どうでしょう、なんと、易々と後退に入るではありませんか。これには驚き。
しかも前進には一切の影響を与えず。
その上、信じられないことに、ステアリングシャフトには、16番の部品が動かないように、
ノックピンが打ち込まれているのです。そのわずか0.いくつの精差の中でこれほどまでの
影響がでるとは....。

今まで、前輪左が伸びると、まったく後退にはシフトを受け付けなかったのですが、その問題も
解決しました。極めて不思議です。
もしかしたらば、積年のシフトの中で、左右と上下の両方が公差の中でギリで外れていて、
それをビスを緩めて、遊びを取り直したことで、標準値の中に収まったのかもしれません。
あるいは、しいさんがもぎ取ってきてくれた部材(assyでしたからね)の中に、既存から撤去した
ものには見受けられなかった薄いスペーサが挟まっていましたから、それも好影響を
与えたのかもしれません。

とにかく、今は全くストレスを感じることなく、スムースなシフトが得られることに感動を
覚えています。
今までは、現場へ行っても、悪路では前進のみで回れるとこでないと、安心して乗り入れできない
という、とてもではありませんでしたが、情けない状態でしたが、今はどこでもフリーに
走ることができます。
いやあ、本当にうれしかったですねえ....。

つうことで、またまた仕事にバリバリ乗ってます。週末の部品交換会も安心して運行できます。
まあ、キャブはちょっと心配ですが、そのうちには4G52用あたりのツインのインマニでも
見つけて、ソレタコにでもなればなあ、なんて妄想描いてます。

まずは、完調にすることからですから、その第一歩を大げさですが踏み出せたわけです。

本当に、みなさん、ありがとうございました。m(__)m

2006/10/16

週末は、長野へお出かけしてきました。X1/9のイベントが開催され、久々にホテルにお泊りです。
最近、お泊り言っても、キャンプばっかしだったので、よその枕を使って布団で寝るのはかなり
久々でした。
早朝自宅を出て、現地へつく途中、いきなり仲間のクルマが道端にただならぬ雰囲気で停車してるのを
発見。物損事故でした。相手はEクラスのメルセデス。仲間はかなり意気消沈。がっかりです。
顔が映るほど磨きこんだボディもボロボロです。体に怪我がなかったのがせめてもの救いでしたが。

遅刻したメンバーもいましたが、なんとかタイムラリー開始。
x1_9
ボクはX1/9が検切れなので、ムルティプラを駆って
参加です。タイムラリーなら、性能よりもセンスが勝負ですから、勝ち目がないわけではありません。
聞いた平均時速をそれなりに勘案して、なんとかゴールに到着。結果、12人中7番でした。
基準時間の30分くらい遅着でした。残念!
x1_9
バスの窓から全員がこちらを注目しているのが面映いです。

翌日は、ミーティング。20台弱のフィアットが集まって、それぞれの愛車自慢とその紹介。
x1_9
お昼のバーベキューを挟んで、それは続き、全てが終わったところで、愛車の人気投票。
元会長のクルマが、ミッションのトラブルを抱えながらも優勝。残念な気持ちを多少は緩和できたのでは
ないでしょうか。
x1_9


今回の白眉の存在は、ダララのレプリカ。未だ完全形ではありませんが、でも、その姿は周囲を圧倒します。
x1_9

また、コンペティブな個体も多く、やはりその成り立ちからいっても、X1/9はレーシーな雰囲気が似合いです。

今回はかなり久しぶりな雰囲気で行われたイベントでした。参加記念のプラークも久々に輝かしく、
来年こそは車検取ろう!と、何度目かの決意を胸に帰宅しました。
x1_9

日付変わって、今日からまた怠惰な日常です。
が、午後、ジープの仲間からあり難い電話が。30系から外したコラムの棒が入手できる!という朗報です。
あれだけ騒いでしまったので、各方面から救いの手が現れたのです。今回はパーツ確保が目的ではなく、
稼動させることが第一の目標だったので、丁重に辞退しました。が、その心遣いが嬉しかったです。

X1/9の仲間も早々行き会うわけでもないのですが、一緒の部屋になったメンバーにも大変よくしてもらい、
旧友の多くも昔と変わらぬ笑顔でお話させて頂きました。多謝。
ジープの仲間だって、そんなに接するわけではなく、ましてや利害関係など一切ないのに、これだけ
親身になっていろいろしてくれるのは本当に嬉しい限りです。
最初は趣味の共通項がきっかけでも、徐々に人間対人間の触れ合いになっていくのは、やはり楽しいモノです。

これからも、いろんなヒトと関わって、一生お世話になって生かされていくのでしょう。ボクは。
あり難いことです。

これからもよろしくお願いします^_^;

2006/10/13

掲示板をご覧の皆様ならご承知とはおもいますが、46のシフトレバーが折れたのは事実。
で、暫く近所の修理やさんに放置しておいて、部品入荷を待っていたのですが、やや一週間経過。
流石に修理やさんも邪魔に思ったらしく、完全なる応急修理で戻ってきました。
j46
ま、どう見てもホイルレンチにしか見えないのですが、それの端部にねじ山を切って、
折れたレバーをどうにかして切除、そして、悲しくも美しいつや消しクロの塗装を一吹きして
シフトレバーに仕上げてくれました。

つか、折角レバーにしたのなら、なぜレンチ部を切って、そこらのノブを圧入しなかったのか
甚だ疑問ですが、以前の国産車の応急用スペアタイヤのホイルが黄色く塗られていたように、
敢えて、応急修理ですよ、とその意識を喚起させる意味で変な加工をしなかったのかもしれません。

操作感は極めて微妙。あくまでレンチですから、どうのような角度にしても違和感は拭えず、
そもそもシャフト自体が重いので、剛性感はでましたが、長期の使用の場合、リンケージに
無理が掛かりそうな気配。で、やっぱあくまでこれは応急用で、それこそ、非乗車時は
外しておくくらいの覚悟がいるなあ、なんてぼんやり思っていました。

とりあえずの移動には差し支えないし、まあ各ギア入るのでよしとすべきなのでしょうが、
やはり、物悲しい雰囲気が付きまといます。

と、そこへ朗報。46乗りのしいさんが、仲間の38の部品取りから、件のレバーをもぎ取ってくる、
とういうではありませんか。仕事中の電話でしたが、お客に
”どうしたの?うれしそうじゃない?”と構われる位、にんまりした顔になっていたようです。

彼女に告白して、うまく受け入れられて、有頂天になっちゃったような、その類の顔を
気持ち悪いですが、想像してもらえば、まあ、凡その察しはつくかと。
j46
で、そのブツ入手した、との報があったのが、昨日の昼過ぎ。
本日午前中には既にボクの手元に届きました。
ああ、物流の進歩よ。ありがたき幸せ。今日はこれを抱いて寝てもいい!つうくらいの
感動でした。
しいさんには、以前にも55の純正ハンドルを、まあ正確には59のそれでしたが、譲ってもらった
ことがあり、重ね重ねあり難いことです。
最近では、73式のウインド倒立ハンドル?でいいのかな?を無償で譲ってもらって、
まだ、ビスの固さゆえ片方しか交換していないのですが、これも以前から非常に欲しかった部品
なので、凄く嬉しかったですね。

今日は仕事が多忙で、電話する物理的余裕がなかったのですが、本当に感謝してます。
今月末には恒例の河川敷での部品交換会があるのですが、それにも堂々と46で行けます。

また、しいさんも遥か杜の都からお越しになれそうとのことで、46を並べての談義も
また楽しめそうです。
その暁には体で、もとい何らかの形で恩返しできればな、と思ってます。

そして、近所のいちのせさんもJ42の部品取りをお持ちとのこと。ボディ関係の部品も
いざ!の時にはすがることができるその精神的安楽さは計り知れないものがあります。

隣県のasoさんも、お声がけ頂いて、これも嬉しかったし、近所のなべさんやのーさんにも
励ましの言葉を頂戴いたしました。
重ねて感謝申し上げます。

既知の問題としては、依然、シフトが後退に入りにくいことが挙げられます。
これの改善は、まだまだ手間が掛かりそうですが、またレバーが折れる前になんとかしないと。
再び大騒ぎしないためにも。
キャブもなんとかしないと。
仕事のアシとしても有能なJ46。道具として使い倒せるためにも日々の改善は抜かりなく
ビシッとしたいところです。なんのかんのいってもざっと生産から30年弱経過している
わけですから、飴と鞭を使い分けて、楽しい幌車人生を送りたいものです。
皆さんの力添えがあって、初めてこれが成立するわけですが。

いやあ、本当にありがたいことです。ご開帳しなくてもいいから、拝みたい気分です。
いや、皆さん男性ですから、別にご開帳されても嬉しくはないですが....。

2006/10/10

ここ数日日記が書いてないのは、ボクの入ってるMLのオフ会に行っていたからで、
長野は寒かったけど、相変わらずいいトコです。
初日、諸般事情あって、野田までお出かけ。現地滞在時間は僅か30分。
お昼食べて帰ってきました。
その前も、戻ってきた後も通常業務。いやあ、きつかった...。

と思う間もなく、退社したあと、今度はオフ会に向けて出発。準備の最終をして、ここをでて、
現地へ着いたのが夜中の0:30過ぎ。一般道をぬわわくらいだしてぶっ飛ばして到着するも、
全員、ご就寝中。ひとり寂しく飯場の設営。流石に炭は起こさないまでも、ストーブに白ガス入れて、
ポンピングして、ドームテント張って、ランタン灯火して、と言った一連の流れを黙々と行い、
30分後にはもう、愉悦の時間。ちと寒いものの、熱燗なんぞをちびちび飲りながら、仲間を待つ。

2:30頃到着した仲間〜asoさんご夫婦だけど〜と乾杯して、気が付くと、朝になってました。
イスに座っていたはずなのに、ちゃんとテントのなかで寝袋に包まって....。
どうやら、またやっちまったようです。
で、起きると強烈な頭痛....。
途中省略すると、だいぶ暗くなってから復活して、冷めたご飯を食べました。
そのまま、Kouさんのでかいテントに潜り込んで、宴会。でも、帰りの道中あるから、
飲酒はせず。お茶飲んで、喫煙しての楽しいひと時。kouさん夫妻が落ちてからも、
yama2さんと、funamonさんとボクとでおばかな話しをしながら、気が付くと日付が変わっていて。

ようやくここらで重い腰を上げて、すっかり復活なった己のからだを引きずりながら現地を後に。
電波も届かないような場所でしたが、お初なメンバーにも会えて、楽しいひと時を過ごしました。
多謝。

つう感じで、翌日は祝日なれど、asoさんもボクも仕事。まだ、funamonさんと、kouさん家族は
現地だよな....とか思いながらする仕事は切なかったっす...。

また、週末はお出かけです。今度は写真を撮ってこようと。
今回は体調不良で、写真を撮ってないのです。気付いたら暗くなってて、あんなガイドナンバーの小さい
フラッシュ付きのカメラじゃ、とても撮れそうにありませんもの。

でも、楽しかったな。また会いましょう&お世話になりましたm(__)m。>参加の皆さん。

2006/10/4

その後のJ46。部品がない、との修理やさんの話し。実はコラムの根元だけ手配しようと勘案してるの
ですが、肝心の棒が欠品らしいです。溶接?とか、寸切りボルト?とか考えましたが、まあ、メーカーが
考えた純正部品の方が間違いないでしょう、とは修理やさんの担当の方談。
まあ、そりゃそうだ。だって、所謂修理をしちゃえば、その部品に対しての責任はそこの修理やさんが
背負うことになるだろうし。純正の部品使って、マニュアルどおりに交換すれば、その方が堅いですもん。
ボクも、商売の立場でそれ頼まれたら、そういう修理するでしょうね。なんたって、命預けてるわけですから。
大袈裟じゃなく。

で、現在、メーカー欠品らしいです。再生産の予定、ちゅうか、納期は返答なし、らしいです。今現在は。
まあ、その、所謂交換を目論んでいるので、困ってます。乗れないのもつまんないし。

で、仕方ないので、ちょっと休業していたJ55を急遽引っ張りだしてきて、車検を通すことにしました。
やや一年近く寝ていたのですが、エンジンは、ちと長めにグロー炊いて、一発始動。
タイヤのエアがやや甘いくらいで、ブレーキの張り付きもなし。ちとシフトが渋いくらいで、こりゃあ、まあ
乗ってるうちにミッションオイル馴染めば問題ないかな?と。

なんのかんのいってもJ55は流石に平成6年式のジープだけあって、ボクにしてみりゃ新車みたいなもの。
J46以上に甘やかさないで乗れちゃうジープです。幌がボロな点以外は、まったく日常使用にも差し支えない。
幌の後部がダメダメなのと、ジェリ缶ホルダーの改善が中途半端で終わっている以外、ホント問題ないです。
現状、タイヤがパジェロ純正と思わしき、オールテレーンなのがちとかっこ悪いですが、これもラジアル構造
で、バイアスよりもどこか優れているのでしょうから、まあ目をつぶります。

兎にも角にも、久々にJ55です。去年も今頃46のラジエターが水漏れして、やっぱ約半年休業してたのですが、
そんなに長く休業には、今回はしないつもりです。
まあ、部品次第なんですがね....。
さて、どうなるか。今月末と目される恒例の秋の河川敷のキャンプには、46で行きたいのですがね...。
とりあえず、週末の長野のキャンプはJ55で行くことになりそうです。
荷物が積めないのと、車中泊が苦しいのがちとあれなんですが、まあ意を決していくつもりです。
なんとか条例にも違反しないで帰れるルートも既に試走済みですからね。
さてさて.....。

2006/10/2

恐れていた事態発覚。
遂に、J46のシフトレバーが根元からポッキリ逝きました。
どうせポッキリなら、5000円とか10000円とかの方がいいのに。
三回転半とかそんなの。

まあ、実際は三回転半もなにも、一瞬の前触れのあと、突然起こった悪夢の
出来事、って感じでしたが...。

前にも多少記しましたが、最近、リンゲージの不調か、はたまたブッシュの悪化か
原因は定かでないのですが、兎に角、後退が非常に入れにくくなっていました。
昨年、のーさんに連れられて、例のネッコに行った時にその事実は判明したのですが、
フロントタイヤの左が縮み方向にストロークすると、全くといっていいほどギアが
エンゲージしなくなるのです。
伸びる分にはそれほどでもなかったのですが、それでも、かなりのコツと技術がないと
ギアが入らなくなっていました。
また、おかしなことに、前進は極めてスムース。後退のみダメです。

素人考えではありますが、ストロークすると、リジッドなフロントホーシングが
ペラシャを動かし、そいつがトランスファ、ミッション、と言った順にすこしだけ
ずれて、それでダメなのか?
あるいは、タイロッドが動いて、それがステアリングギアボックスを動かし、
それに抱かれてるシフトロッドがダメになるのか?とか。

いずれにしても、動作可能範囲を越えて動いている=どっかのブッシュが終了、
つうのがもっとも可能性高いかなかな?と。

で、その逝ってるブッシュをフォロウするために過大な力でコラムレバーを動かし、
本来の可動範囲を越えてシフトリンゲージを動かそうとするには、
どこかに無理がかかっているであろうことは想像に難くないです。
それがよりによって、シフトレバーとは.....。

今回の場合、具体的には、いつものムルクリバックをした直後、ニュートラル
の位置がいつもより下がってしまったのが発露しました。
うーん、ついにブッシュのゴムが千切れてとんでリンゲージがガタガタになっちまった
のだな、と。そう解釈しました。
で、手で持ち上げて、ニュートラル位置の正規な場所にすると、すんなり戻ります。
ああ、コラム部分はまだ、昔の癖が残っているんだ。じゃあ、その都度手動で
ニュートラルに戻せばいいんじゃん!っと解釈して、
ギアを一速に入れようとした瞬間、シフトレバーがふっと軽くなり、気が付くと、
それは床に落ちていました。

なにが起こったか一瞬、わかりませんでしたが、噂で、ジープのコラムレバーを折った
話しを聞いていたので、これが.....、と感無量でした。

まだ、住宅街の路地めいたとこだったので、最悪の事態は免れましたが、
今日は仕事でフルにJ46を使っていたので、レスキューなんか呼んでいたら、時間切れで
全ての業務がパーです。それは避けたい。しかし....、と悩むも、前進だけなら、
充分に温まったミッションのお陰で、コラムの根元を持って、超ショートストロークな
シフトが出来ます。おお!これなら修理やさんまでは可動できる!と発見。
時間を気にしながら、なんとか会社の近くの修理やサンまで自走。
置き場の廃車の後ろに頭からクルマを突っ込んで、これでジ・エンド。

軽トラに乗り換えて、荷物を積み替えて、元いた位置まで戻ると、約30分のロスタイム。

しかし....。そのあと回った客先で、その出来事を掻い摘んで話すと、同情するヒト、
大笑いするヒト、と、まあ千差万別。
今日は朝からキャブも不調で、その時点でうっすら気付けばよかったのかもしれませんが、
個人的にはJ46に全幅の信頼を寄せているので、まさか、レバーが折れるとは夢にも思って
いませんからね。

実は、2週間くらい前にも、修理やさんに相談したことがあったのですが、どうも
面倒に思ったらしく、修理に対してあまり気のいい返事がもらえなかったので、まあ、
おいおいブッシュ変えればいいや、なんて思っていた矢先でした。

でも、考えようによっては、車庫から15分くらいの場所でパタってくれたのは不幸中の
幸いだったのかもしれません。これが、週末に行われる予定の長野のキャンプ場に
行く途中で起こったりしたら、もう、本格的にパニックだったでしょう...。

とりあえず今は部品のスムーズな供給が得られるかどうかが一番の心配です。
早く入るといいんですがね....。

で、全然話し違うのですが、クスクスのCDを中古で入手しました。
デビュー前のインディーズの頃のと、メジャー二枚目です。聞いていたら、一気に
イカ天時代の自分にちょろっとだけ逆戻り。
で、どうしても、その頃の他の音が聞きたくなって、ネットを彷徨ったら、ありましたよ。
結構いろいろ。
個人的には、ドラムのヒトが知り合いなセメントミキサーズの曲を聞きたかったのですが、
四曲もありました。トランペットがちょろっとスカ風味で、まあ、件のリズムは
裏打ち、つうほどでもないのですが、十分にいい感じで聞けました。
あと、ジッタリンジンとか、アンジー、まちこさん?だっけ、とか、痴漢に会いたいーとか
お江戸、なんつう曲も一緒に出てきて、まあ泣ける泣ける。
たま、なんて結構メジャーでしたが、どうしてどうして、イカ天出身なんですよね。
あと、なんだっけ、グラムロックみたいなヒトたちとか、到底全部は聞けないだろうけど、
小原靖子改め相原勇が改めてかわいいかったな、とか三宅裕二のしゃべりはテキトーで
よかったな、とか、伊藤銀次の辛辣な批評とか、まあ、確かにざっと20年前のことですから。

でも、なーんか、進歩してない自分がその映像を見ていて、それに投影されるかの如く
20年前の彼らを見ていて、ふと我に返るとなんともキマリが悪くってね....。
ついでに見つけたルースターズなんかは、自分がリアルタイムで体験してないから、
未だ他人事で、客観的に見ることができるのだけど、イカ天は時々見ていたからね...。

で、ちっと驚いたこと。セメントミキサーズ、ってジッタリンジン破ってキングに
なっていたみたいです。
で、プレゼント、なんて聞くと思いっきりスカなのね。当時はぼろい自分で全然気付かなかった
けど。セメントミキサーズは親子みたいなバンドだった、っていうけど、音は今聞いても
そんなにおっさん臭くない。つか、そのおっさんバンド、といわれた当時のボーカルの
ヒトより、今のボクのほうが更に歳食ってる、つう事実に唖然。
まあ、知り合いのドラムのヒトだって、もう40過ぎだもんね。無理ないか。

因みに、そのことを取引先のロックにうるさいお客さんに話したら、ベースの
少年は、そのお客さんの友達の弟だったらしい。

流石に隣町のバンド。ジープ仲間と同じで、一人おくと、有名人にぶつかる。
笑っちゃうような....。

つか、J46よ。どーする?週末にジープのMLのオフ会あるのに....。
間に合わなきゃ、仕方ない、また55の車検取るか....。

予算はどこから出るのか....???

八方塞り。さてさて....。

2006/9/28

今日は割と爽やかな陽気で、日差しはきつかったけど、まあエアコンなしのジープでも開窓で凌げる
いい按配な空気でしたね。

お昼に絡めて、仕事の業界の重鎮が集まって、食事しながら雑談めいた情報交換をする
集まりが二ヶ月位に一度の割で、行われています。
今日がその日で、ボクもその末席を汚させて頂いているので、ありがたく話しを拝聴してきました。

某ホテルの五階で行われるそれは、窓の向こうに見える山々の景観の素晴らしさや、食事のおいしさで
結構ボクは好きな集まりです。業界、言っても必ずしもそのベクトルが同じというわけでもないので、
喧嘩腰にもならず、またその商圏も被らないので、結構和やかに行われます。

ただ、面倒なことに、上着を羽織っていかなければならず、いつもその集まりではボクはスーツに着替えて
参加です。仕事着のラフな格好で参加するにはちと敷居が高いので...。
で、そうなってもクルマはジープなので、変な意味で周囲の好奇の視線を感じながら隣町までの30分の
ドライブを楽しんでます。

流石に真夏はムルティプラに乗っていったりしましたが、基本的にはボクはどういうわけか昼のジープの
ポジションが心地よいので、ジープで参加することが多いです。
以前は、J55で参加して、あまりの心地よさに、帰り道、幌を外して、ネクタイ振り乱しての運行、
なんつうこともありました。この時期、幌ドア外して乗ると、いいんですよね。丁度。
以前はX1/9で乗りつけたりもしましたが、スーツ着ての運転は、道中の故障を鑑みると、あまり愉快な
ものではなく、トランクにはいつも整備用のツナギを仕込んでおいたりしたものです。
流石に二輪で参加したことはないのですが、例えば外回りの銀行の営業マンなどは、雨が降っても、
スーツの上に雨合羽着て、それでも50のモペットで仕事してるわけですから、偉いな、と思います。

今の仕事ははっきり言って、クルマなしではその様態が成り立たないでしょう。
でも、その運行中は、業務時間でありながら、休憩も半分兼ねている気もするので、二輪で仕事するヒト
はいつ気が抜けるのかな?と大きなお世話ながら心配です。
昼寝もできないし...。まあ唯一のメリットはさぼっていても、あまり目立たない、ってことくらいしか
思いつきません。経営する側からすれば、その経費の掛かり具合が圧倒的に違うでしょうから、
その一番大事なとこでもう充分にメリットが生まれるのでしょうが。

日本の社会は、仕事してるヒトは偉い!ラクしてるヒトはずるい!って基本の合意ができてたりするので、
営業用のクルマにしても、贅沢品はよくないことだ、という合意があったりします。
ボクは個人的にはリニアなドライブ感が得られるマニュアルトランスミッションのクルマが好きなのですが、
仕事の時でも、ゆるーく運転したい時には、コンベンショナルな自動変速機も捨て難いな、と感じています。
最近は、黒バンパのライトバンでも、普通にATだったりして、時代の変化を感じていたりもしますが、
コストを重要視すると、やはり手動変速に分があがるのでしょう、案外廉価な業務向けのクルマには手動変速
の設定が案外多いものです。ここでは、まだ自動変速は贅沢品の扱いなのでしょうね。多分。
以前、わが社にあったスターレットの4ナンバーの2人乗り仕様などは、車歴にも記しましたが、
ブレーキブースターすらオプション扱いでしたから、ラジオもシガライターも全てメクラ蓋でした。
S20を積んだスカイラインなんかも、言い換えれば業務用のクルマですから、ヒーターすらオプションだった、
というのも合点がいくというものです。

でも、シートまで手を抜くのは頂けません。安全装備も然り。
イス文化のなかった国で、シートに対しての贅沢と質素の本質を求めるには、まだ時間が必要なのでしょうが、
ヘッドレストが固定式のハイバックのみしか設定がなかったり、折畳式の後部座席の安全ベルトがついていなかったり、
というのは、如何なものかと思います。
最近でこそ、SRSエアバックが貨物扱いの車両でも標準装備なのは珍しくないですが、ちょっと前まで前席でも
ベルトが腰部しかなかったり、とかって普通でしたからね。
現行型でも、前三人乗りの貨物車などは、中央席は腰ベルトだけで堂々と生産されていますからね。
中央席に乗る乗員は、保護されていないわけです。不思議です。
また、例外規定もあって、横向きの座席ならば、乗用登録であっても、安全ベルトは装着義務すらない?とか。
まあ、確かに衝突に関しては、あまり意味がないとは思いますが、放り出される危険は減ると思うのですがねえ...。

ジープでも、古い年式のものは、横型のSバネ入りの大変掛け心地のよいイスが装着されていたりしますが、
最終型では、ウレタンの反発に頼った安請け合いのイスが主流だったりとか。
長距離を走ることが多い大型トラックなどは、かなり出来のよさそうなイスがついていたりしますが、
これが2t車クラスになると、一気に安物のイスになってしまったりとか。
まあ、その想定寿命も、走行距離で考えると1桁異なっていたりしますし、車両全体の価格から、乗用車と大型トラック
の、その座席に占める単価の比率を考えても同じ土俵で勝負させるのは無理かとは思ったりもしますが、
ジープはその寿命を大型トラック並みに考えていたのでしょうか?。
確かに、車格の割には高いクルマだったようだし....。逆に、最終型は相対的に価格が下がってたような気もするし。
バネの固いのをイスで交す、つう狙いもあったのかもしれませんが、兎に角、ボクの腰にはよくフィットする
素晴らしいイスです。変な懸架装置などが組み込んである座席より遥かに良い掛け心地を提供してくれる
それは、お世辞抜きで素晴らしいと思います。

そのくらいの素晴らしさは贅沢ではなく、業務の真っ当な遂行に相応しい、とボクは思うのですが...。
因みにスターレットの座席は、見た目はセミバケットの良さそうなものでしたが、座ると、これでもか!
つう位のできの悪さに閉口したこともあります。
また、背もたれをいくら起こしても、あと3ノッチくらい起きないと理想のポジションが取れなかったのも
不満でした。
当時良く見かけた、80系や90系のカローラバンの座席もきっと大同小異だったに違いありません。
ADバンも似たようなものだった記憶があります。

見かけの贅沢と、質素ながらも本質を捉えた真の贅沢は、しかし、市井の市民が見かけで選ぶ限り、
永遠に溶けないメビウス環に違いないと思います。

翻ってうちの46ですが、9人乗りでも、ベルトは前席左右の住民にだけ提供される代物でして、
いろいろな突起物に、不意の出来事があれば、体の一部を損傷するだろうな....、
という作りです。しかも、腰部だけの設定。
普通貨物は昭和58年〜59年頃まで腰部のみの二点ベルトでよかったらしいのです。
でかいからってぶつけないわけでもなかろうに....。
その後はロールバーのないフルオープンはあり得ない設定=3点ベルトの義務付けが行われたようです。

ここでは、貨物車のコスト優先の思想が現れてるように感じます。
今や、別のスタンスから腰ベルトのみの設定が評価されそうな勢いですが、折角生えてるBピラー
は飾りなので、肩ベルトのアンカーをセットできる強度的な裏付けはどうもなさそうです。
まあ、ジープの場合、その成り立ちと設計年度を考えると既得権でそうになったのかな?とも
思えるのですが。
或いは、法の基準を最低限で満たせばよい、としたのかもしれませんが。

#んでも、フロントのウインドガラスは法以上の合わせガラス採用なんですよね....。
 砲弾対策なのだろうか?

素晴らしく調子イイ座席と、手抜きのベルト。矛盾してる組み合わせですが、その答えは
解りません。が、多分、スターレットのへなちょこイスとELR付き3点ベルトとはその思想が
違うんだろうな、と勝手に解釈してます。

実はあばたもえくぼかも知れないですけどね......???

つか、眠くて支離滅裂になってきちゃったような....??
なに言いたいかちんぷんかんぷんです。

ま、スターレットの悪口言いたかったわけじゃなかったのですが。
結果的に???

#おやすみなさいませ(+_+)


2006/9/25

お彼岸。一昨日が中日でしたよね。最近、また民俗学から少し縁遠くなってしまっているのですが、
お彼岸って、たぶん、あの世のことじゃあないのかな?と思ったり。
で、ちょっと調べてみました。
簡単に箇条書きにすると、

・”彼岸”とはもともと仏教用語。梵語の”波羅密多”(はらみつた)を漢訳した”到彼岸”のこと
・”彼岸”に対する言葉は”此岸”(しがん)。
・ 此岸とは、苦しく、迷いのあるこの世界のことで、彼岸は、此岸にいる凡人な私たちが到達したい素晴らしいあの世。
・ それに到達するには苦しい修行が必要なれど、それは難しいからこそ、この時期だけでもその真似をして、あやかりたい、と。 
・ よくある話しで、この習慣は他の仏教国にはない日本独自の仏教行事。

で、今回、ボクが不思議に思ったのが、おはぎ。なんで、この時期だけそれを供えるのか?うーむ、よく考えたら謎です。
ボクが思うに、これちゅうのは、霊魂、或いは魂を、おはぎに見立てて、この時期にお墓に帰ってくるご先祖様と同一になりたい?
ココロの現れなのかな?と。

でも、よく考えたら、帰ってくるのは、お盆なんですよね。ナスの馬なんかは、彼岸には作らないですもんね。ん?
なんか勘違いだな。こりゃ。
で、ちと調べたら、

・ なぜおはぎか?というと、諸説あり。
・ 小豆は、古来より邪気を払うものとして先祖の供養になる、とした説。
・ 砂糖やお米が大変貴重だった時代、先祖におはぎを供えて近所にお裾分けすることは
  大変な功徳を積むことに繋がる、という説。
・ あんことお米、二つのものを「合わせる」、から先祖と心と心が通い合うという意味で始まった、という説。
 
うーん、やっぱ違うな。他のサイトで調べても、彼岸は遠く聖徳太子の頃から始まったらしいけど、
おはぎは江戸時代からの習慣らしい。なんか、どっかの商店やら、砂糖やとか、小豆やさんの陰謀を感じます。
バレンタインデイのヘンな習慣と相通ずる?なんて、罰当たりですね...。

個人的にはこしあんのそれが好きです。粒あんも悪くはないですが、あのもっちりしたあんに粒の舌触りはちょっと
余計な感を思います。

そんなことを感じつつ、親族は誰も祭られてはいないのですが、ちょっと訳あって縁深い、ちょっと遠くのお寺さんにも
自転車でお参り。線香を立てて、冥福を祈ります。
その帰りに散髪。まあ安くて早いのが取り得の床やさんですから、散髪つうより、散発半、おっと二発半?って感じですかね。
なんのこっちゃ...。
こんな敬虔な話しをしていてこんなこといってちゃ、ホント罰が当たるわ...。

今日の日記はあるサイトを参考文献にして書いているのですが、この項の最後は、こう記してあります。

”お彼岸はお墓参りとすっかり馴染んだ行事ですが、これは「彼岸」を死後の世界、すなわち「あの世」と理解し、
 あの世に行ってしまったご先祖に対する供養の期間と誤解したことから生まれた風習と思われます。”

うーっむ。正に御意。

まあ、なんにせよ、ご先祖さまを敬うココロは忘れないでいたいですね。
月並みですが、今回はこの辺で....

<今日の参考サイト>
http://www.posteios.com/PROJ_C110.htm

2006/9/20

先日の日曜日は、初めて自転車の大会に参加しました。20年くらい前に買って、
人前で着たことは一度しかないレーサーパンツとジャージを着て....。

大会、と言っても、参加車両の制限は特にない、ゆるーいサイクリング大会、でした。

bicycle
みてお分かりの通り、一番手前の参加者は、明らかにママチャリ。しかも子供イス付き。
全部で1200台以上の参加台数だったらしいこの大会は今回で6回目とか。
東京で行って、目的は市井の市民にこの尋常でない台数のチャリが都心を走り回ることで、
自転車の印象を植え付けて、その乗車意識を高めてもらおう、とそんなトコだったみたいです。
今回は、仲間に誘われ、しかし、直前まで参加するか否か悩んでいたため、決断した時には
参加締め切りの憂き目に....。

でも、公道イベントですから、別に走行そのものが禁じられているわけではないし。
給水所や、その他のボランティアの世話にならなければいいだろう、と勝手に解釈。
で、モグリで参加してきた次第です。まあ来年はキチンとエントリーしようと痛感。

で、こんな雰囲気で仲間と一緒に走ってきた次第。

bicycle
一応、肖像権に配慮して、サングラス掛けてみました。(笑) 写真を撮ってるボクの背中側は、切れ目のない銀輪部隊。スゲー台数です。 スタートは都庁。代々木公園でこの小休止をして、原宿、表参道、芝公園、と進み、 皇居の内堀通りが所謂ホコテンでサイクルコースで解放。
bicycle
これは、仲間を待ってる図。 松の木のこんなのが都心にあるのは、実は知らなかったり。二重橋前交差点です。 ここで、それまでのだらだらペースの憂さを晴らし、新川から隅田川沿いを走り、 そのまま、豊洲へ。ここのガス博物館で 折り返し。築地から銀座へ抜け、新橋から絵画館前でゴール。約35キロの道程です。 途中、豊洲で撮った一枚はこんなの。
bicycle
まあ、日本におけるドメなランドナーの姿は、もはやこんなイベントでもなければ 見かけることはないでしょう。ライダーもニッカにハンチング。帆布のフロントバッグに ブルプロのサドル、サンプレ立メカ、TA、あるいはストロンライトのクランク。 ブレーキは勿論、マファックのレーサー、クリテ、タンデム、といった涙なしにはみられない オールドパーツの嵐。もう、唸りっぱなしです。 勿論、バーは日東123だっけ?例のランドナーバーです。 流石にコッタピンのクランク装着車はなかったけど、鉄クランク?といった輝きも散見。 いい物見せてもらいました。 が、写真を撮る勇気が今ひとつなくて、この四枚で写真、おしまい。 そんなヲタ写真が撮りたい貴殿は、来年、是非ご自分で参加なさっては如何でしょう。 結構、ぬるいイベントですから、体力に自信のないあなたでも全然OKです。 ちなみに、目立った参加車両。ざっと思いつくまま挙げると、リカンベント、 黒塗りの実用車、トレーラ引いたスローピングのレーサー、などなど。 ママチャリも普通に参加してるし、小径のモールトン系も多数派。 でも、やっぱ多かったのはATBかな?ファニーは皆無だったから、結構目立つかも? 来年使うかな???なんて。 つうことです。

2006/9/15

普通の中学生、普通の○○らしさ。って、昔から疑問でした。

今日見かけた中学生。放課後のことで、学校周辺をランニングです。まあ、
昔から、健全な精神は健全なからだに云々ってことで、中学生には運動系の部活を勧める
ことが多いみたいですね。
で、揃いのジャージ着込んで、揃いの体操シャツ。靴はどうだったかな?忘れたけど。
結構肌寒い日ではあったけど、体操シャツ一枚着てれば、この時期、どう考えても凌げるはず。
ところが、皆さん、ちと厚手のスゥエットシャツ、ま所謂トレーナーですな、着込んで走ってる。
グレーの、如何にも保温性のありそうなやつ。
で、そのすぐ脇を半袖の開襟シャツ一枚の高校生が自転車乗って下校してる。

一人くらい短パン(今はハーフパンツか)のにきび面のあんちゃんとか、半袖シャツだけの
女の子、とかいないかな?ってちらりと見たけど、全員判で押したようにおそろ。
いくら涼しい、っつっても未だ九月の半ば。いくらなんでもスゥエットは早すぎ。
暑くないんかい?とびっくり。
でも、みんなこれ横並び意識が為せる技。出る杭は打たれ、凹んでる杭は無理くりゲタを
噛ませてみな面一にさせられる。
ま、確かにこれなら、普通のジャージ、って云っても間違いなく彼ら彼女らにとっては通じます。
問題は、すべからくこの調子で中学、高校となんの疑問ももたずに過ごすことのできる、
或いは稀有な御仁のこと。
自分の知っている価値観しか世間には存在しない、と思っていれば、尤も、それすら
意識していないでしょうが、それ以外は全て異端です。
自分の知らない世界や、今ひとつ疎い事象などに接すると、それは如実に表れてきて、
全部、自分の少しでも知っていることだけが”普通の”ことやモノになってしまうわけです。

これは極端な例ですが、例えば、”普通の”ジープ、って云えばそのヒトにとっての所謂ステレオ
タイプなジープを表すわけで、でも、ある年代のヒトにとっては、MBだったり、パジェロだったり、
J58だったり、白いのとか、国防色とか、と本来千差万別な筈です。
ボクのジープを見るある一定以上の年齢の方だと、可成りの確立で”これ払い下げかい”?と
聞いてきます。払い下げは本来、J4の年代で終わっているはずなのに。
国防色、或いはその亜種な色が塗ってあるだけで、その扱いです。
そう思うヒトはジープ=払い下げの図式が頭のなかに出来上がっているのでしょう。
それが、普通の国防色とその亜種のジープの普通の出自だ、と。
だから、意地悪く、これは消防上がりですよ、と応えてあげます。事実ですし。
書類を用意して、その車台番号の最初の持ち主は某消防組合だ、ということは調べたので、
まあ、間違ってはいないでしょう。
でも、それを伝えても、今ひとつ納得できない、って顔する人も少なからずいます。
そこまで意地になって拘泥するのはなにゆえなのだ?と却ってこっちが怪訝な顔になっちゃいます。

ボクの勤務先は、住宅建材を販売してるのですが、例えばトタン板を買いに来られた方でも、
普通のトタン下さい、って来る方が少なからずいます。
長さ、色、素材、厚み。ざっと思いつくだけで、これらの選択肢が存在してるのに。
ま、確かに趣味性のないものですから、自分ちのテラスのトタンがトタンの全てだ、って
感じても不思議はないのですが、これらの選択肢を提示してもなお、で、この中の普通の
トタンはどれだ?と問う方がいるに至っては些か閉口してしまいます。
意地悪するわけではないのですが、先に挙げた選択肢を自分でチョイスして、その上で
まだ解らない点があって、それから質問、という形であれば、こちらも何らかの回答や
ヒントを差し上げることもできるのですが。
ま、大抵は聞いてもいないのに、事細かに詳細を説明しだす方が多いのも事実です。
我々販売業者の集まりでも、時々こういう消費者のことをやや誇張した表現で、大袈裟に
云って、共通のネタで花が咲くこともあったりしますが。
でも、これは、我々販売業者が所謂”プロ”に対しての一般消費者をステレオタイプで
勝手にヒト括りにしている悪い考えで、例えどんな形にしても、困ったこと、苦労している
ことを表現は兎も角、肩代わりすることで対価を得ようとしているわけですから、
その本来の目的を鑑みれば、ヒト括りにして考えるのは厳に慎むべきことです。
天に向ってつばを吐くような行為はしちゃあいかんのですよ。やっぱ。
普通の素人、って定義はないわけですから。

最近購入した、第二次世界大戦の、学校では教えない事実を書いてある本を斜め読みするに、
かなり強引なまとめ方で許されるのなら、日本が戦争に負けたのは、精神論で勝利を
勝ち取ろうとしたからではないかな?と思いました。
日露戦争で勝利したこの国の偉いヒト(当時のね)は、それまでまともな近代的な戦争体験が
ないなかで、あらゆる角度から、どうすればロシアに勝てるのかをいろいろな方向から検討した
はずです。
でも、第二次大戦のときには、その当時の技術や作戦は、すでに古いものになっていただろうし、
再検討を要するはずだったのに、そのやり方がきっと”普通”のことになっていたのだろうな、
とぼんやり思います。
だって、その方がラクですもの。考えなくても、以前に成功している事実があれば、それを
なぞることは、少なくとも成功の模倣で、それ以下にはならないだろう、という予想を
建てることが出来うるからです。普通にやってれば、前と同じで負けないだろう、と。

精神的な部分でその先取性を取り入れて、物質的な部分に反映させていったのが日露戦争
らしいです。それと同じような物質面を真似て、戦況のことなる戦争に挑んだのが
太平洋戦争だったようにボクは読み取りました。端っから勝てる見込みが薄い戦争に挑んだ
のは、日露戦争での勝ち戦の筋書きをなぞることで得られる、勝利できるだろう、という
根拠のない自信だったのではないでしょうか?
普通に一所懸命戦ってれば、大丈夫、って。そんなとこだったんじゃないでしょうかねぇ。

模倣から入るのは絵画の世界では少しも珍しいことではないそうです。
一通りの技法を身に付けるには、確かに手っ取り早いです。
ボクも以前数枚の油絵や水彩画を書いていたことがあるので、わかります。
確かに、訴えたいこと、表現したいことがいくらあっても、その方法がわからないのでは
それが叶えられる可能性は低いでしょう。
道具の使い方や、その技術を磨くための模倣は、練習です。お手本見ながら
描くのは、そのヒトにとっての、その時の普通の技術を学んでるのですから。

今の中学生を見てると、立ち止まって考える機会は剥奪され、でも、模倣するための
根拠は自分で探せ!と。よくわからないけど、兎に角勉強はせにゃいかん、運動して
汗を流すのは尊いことで、でも、水を飲むのはよくないことだ、とまことしやかに伝承され。

これでも、基本的人権の尊重は日本国憲法に謳ってあります、と。はぁ。そうですか。
普通の中学生らしく生きろ、と。ははぁ。
人生は苦しいものなのだ。君たちはその長い階段を今、登り始めたばかりだ。頑張っていけ!

お揃いのジャージを着ることの本当の意味を誰か教えて下さい。
基本的人権の尊重と、着たくない生徒さんがいるかもしれないお揃いの服の
関係を。中学は義務教育ですよ。国が保証している権利ですよ。歳がくれば
中学生になれるのは。

模倣することの根拠を、それとなく示唆してくれるようなよき指導者に巡りあったな、
と感じることが出来ていれば、あなたは人生が楽しいはずです。
多感な時期に、生きることの意味について開眼できているはずですから。
これがわからないと、勉強は苦痛でしかないし、流すだけの無駄な汗をかいていた
ということになります。

偏差値の数値に一喜一憂するのが目的でしたか。
一見繋がりのない、物事の根源的な原理や、馬鹿馬鹿しいと一蹴されたような理論が
全て自分のなかで有機的に連結された時の、あの興奮。

夏の暑い時に、体温が下がるようにと、汗を流すために水を飲みますか。
ならば、汗をかいたあとに飲む水のうまさを知りたくないですか。

真の楽しい中学生活を、送りたかったですね。ボクは....。
ボクにとっての普通の中学生生活を送りたかったです....。

ま、今更遅いですが.................................。

2006/9/6

今日は久々にまともな雨が降りました。ジープの幌がかなりボロになってきたので
あんまり雨は好ましくないのですが、そもそも、予想以上に冷涼な陽気にちと驚きです。

北海道に二輪で渡ったのはもう15年以上も前なのですが、今時期の秋雨の走りで、
幾分涼しいような、湿気のないような爽やかな雨降りを体感すると、あの頃の気分に一気に
戻ります。
ボクが渡ったときは何故か、曇天が多く、でも雨合羽を着込んでも決して暑くなく、といった
按配。蝦夷梅雨、というのだ、というのは現地で誰かに聞いたような気もするのですが、
正にそれを画に書いたような天候。従って、連泊も自然多くなり、現地での仲間との一期一会も
深まったりして、それはそれでよかったものです。

音楽でも、気候でも、その匂いや空気を一瞬感じただけで、デジャブよろしく、
一気にそれを感じた頃に戻ってしまうことが時々ありますよね。刹那の時ですが。

今日の陽気は正にそれで、あの頃の北海道を凄く懐かしく思い出します。
当時が、北海道の観光客がピークだったようです。なにかのソースでそう触れてありました。
未だバブル絶好調で、海外や国内に遊びに出かける精神的な余裕が皆にあった頃です。
今三十代半ば以上の方なら、それを実感できる蓄えや、時間が一瞬だけあったのを
憶えていらっしゃるかも。

今、これを書きながら聞いてるのが、ドリカムのCD。彼らにとっての第四作目に当たる
アルバムです。別れた彼のことを思い出しながら一人見る花火の曲とか、
観月ありさが若かった頃、フィルムメーカーの宣伝に出てて、それのイメージ曲とか、
某連続ドラマの主題歌とかが入ってるあれです。
丁度、ボクが二度目の北海道から帰ってきて少ししてから発表されたわけですが、
凄く売れたんですね。
それが過ぎて、今や、中古のCDやさんなんかだと投売りしてたりとか。
ヘタにレンタル借りて焼くよりそっち買った方が安かったりとか。

彼らも当時は油乗ってましたよね。ボクもその連ドラの主人公の女優がちょっと好きだったり
したのもあって、このアルバムのことはちょっと意識してました。買うほどじゃねーなー、なんて
思ったりもしてましたが。

秋雨が初めての北海道なら、このアルバムはその頃付き合ってた彼女のことを思い出します。
安っぽいラジカセ(これももう死語だな)に携帯CDプレーヤー〜ディスクマン、つうのが
一瞬その代名詞になった頃です〜繋いで、彼女の部屋で聞いていたのがつい最近なような
気がして、でも、そんなことはないわけですが。勿論。

そんな、どうでもいいけど、自分にとってかなり深い部分で潜在的に自分を形作っている
事象にぽっと出くわすと、結構ドキマギしたりして。
逆説的に、あの時北海道行ってなかったらどうなってたかな、とか。
あの彼女に出会ってなかったら、今の自分はどうなっていたのかな?とか。

たまには、棚の奥の方から青臭い中学のとき聞いてた音源でも、埃払って聞いてみましょうかね。
今の自分にとってどんな音に聞こえるのでしょうかね。
タイムカプセル開ける時のようなワクワク感はないかもしれないけど、その頃では
なし得なかったアルコールなんぞをお供にして聞いたり、勢いづいて卒業アルバムとか、
成人式の時の写真なんか見たりするとどんな気分になるんでしょうかね?

どうも、秋の夜長、なんて思うとおセンチになってしまってダメです。
恥ずかしいけど、たまにはそんな気分に戻ってみたいな、なんて。

学生時代にドリカム全盛期を知ってるような、そんな立派なおっさんの言う
科白じゃないですけどね.....(+_+)

2006/9/4

先週は、なんだか急速に秋の気配が高まってきた気がします。
朝晩の涼しさは明らかに夏とは違いますよね。

全然関係ないですが、昨日は、先週イベントのあった近所の牧場を駐車場だけでなく、
その中まで入ってきました。最近ちょっと有名な場所になりつつあるだけに、
人影は予想以上にまばら。なんともゆるい牧場でした。

とりあえずアトラクションは一通り網羅してはあるのですが、どれもこれも垢抜けず。
横文字風情なテーマパークにしては、全体的に決定的ななにかが足らない。
お土産も冴えず、食も問題多いし。
遊も、泥臭い部分でして、それを敢えて楽しもう、というなら、まだしも、
入場料を取る割には、という観点でみると、なんとも苦しい。
とまあ、苦言を呈するものの、この独特のゆるい雰囲気を楽しむ余裕のある御仁なら
それなりに面白いかも。

基本的に、山のなだらかな斜面を利用してこの牧場はなりたっているのですが、
この環境を活かし切っていないのがまず残念。
次に、欧州の香りを入り口で漂わせてる割に、中に入るとただの田舎の観光牧場に成り下がって
いるのも残念。舞台裏も演出次第では立派なアトラクションになるかと思うのですが、
実際はそこらの牛小屋とそう大差ない出来。
そこらのファミレスでも厨房は隠しているように、魅せる舞台裏とホントの土着の舞台裏は
分けたほうがいいです。絶対。興ざめします。
従業員の教育は悪くないのですが、その衣装もちょっとね....。
蛍光のチョッキを着せた高校生のバイト君。懸命なのはわかるけど、欧州のテーマ
パークなら、少しは気取った格好で働かせたほうがいいんじゃないかな?と。

一番強烈だったのは、入ってすぐのファストフードと思わしきスタンド。
一番先頭にきてる店員さんが、これでもか!ちゅう感のある土着のおばちゃん。

ここは、せめて民族衣装でもきせた可愛い高校生の女のこでも雇うべきでしょ。
まあ、笑えたのはよかったけど、そこ、笑うとこじゃないですから....。

それから、割と日差しがキツイ割に日陰がちと少ないのよねえ....。
雨でも降ったらもう、アウトです。これじゃ。

とにかく、コンセプトがめちゃくちゃ。テーマパーク、はあ?と。
もう少し、小手先だけのお楽しみじゃなく、本質的な楽しみの演出ができないと
入場者数は伸び悩みます。現状、若いカップルか、子供連れか、その辺のターゲットにも
的が絞れてないし、あの気配だと、リピーターは絶望的です。

最後ですが、ここを象徴するような場所を一つ。
100円玉入れて動かすバッテリーカー、ってありますよね。
当然、充電しなきゃダメなわけですが、その充電場所が、一番近くのトイレ。
確かに雨に打たれて感電するのはまずいし、多分あとから急場凌ぎで作ったアトラクション
なのでしょう。充電小屋をつくらなかったの仕方ないのかもしれませんが、
蓄電池を充電中は水素ガスを発生するのです。トイレに禁煙の表示はなかったですし、
その充電個室には鍵がついていたものの、それを施錠していたわけでもなく。
水は通電物質ですが、トイレは当然水洗トイレです。水はたんまりあります。
因みに、充電中のバッテリのセルのキャップは閉じたままでした。

さらにいうと、洗面所の水栓は一箇所故障。便器そのものも一箇所使用禁止。

早く直した方が.....。

2006/8/28

これから秋に向けていろんなイベントが目白押し。
昨日は、秋雨を思い起こすような陽のなか、近くの牧場駐車場で行われた旧車イベント
を見学に行ってきました。

国産旧車が多かったのですが、ロータリーエンジンがフィーチャーされていたので、
マツダロータリー軍団が結構な勢いで来てました。
サバンナのRX-3がなぜか全く来てなかったのが不思議でしたが....
写真は例によって後日また。

ジープは二台。J3に4G52載せたものと、73式のJ24。
あと、ランクルのFJ56と、550のジムニー(LJ20だっけ?)がいた程度。
まあ、珍しいみずしまとかダイハツビーとか、あ、あとバモスもいたなあ。

スワップミートは個人は少なく、プロショップが大半。
天候の悪化で、早々にきりあげましたが、好天ならもう少し見られたかも。

その上がりに、先日来よりお世話になってるIさんにジープのタイヤを引き取りに
伺いました。
突然の襲撃にて失礼しました。
ホイルは純正のてっちん。タイヤはほぼ8分ヤマの6.00-16。ゲタです。
ダンロップの。

いいんですが、ちょっと問題が.....。
4PRなんです。カーカスが....。

しなやかでいいのかもですが、車検が.....。一本はサイドに比較的深い傷がほぼ全周に...。

でも、ホイルだけ譲ってもらうことを考えればもう、充分。
でかバルブのチューブもついてきたことだし。
つか、極めて安価でしたから。

ありがとうございました。
これから、どう料理するか考えます...。

2006/8/21

なんとなくだらだらした夏休みの後半戦。本来、もうとっくに終わってるはずの夏休みですが、
熱きジーパー(?)の夏は、これを語らずして、な恒例行事の感がある、聖地イルマへ
行ってきました。
当日は、昨年に引き続き、勝手に三人で全国46オフやりまして、飛び入りで、昨年同様
なゲスト(?)な方の参加もあって、かなり賑やかでした。
写真は、順をおって掲載してるゆえ、まあ、多分秋の河川敷イベントの頃までにはアップ
できるのではなかろうかと....。

当日は、ボクも混ぜてもらってるジープのメーリングリストのメンバーにも久々に会えて、
なかなか良かったです。

場内のクルマが魅力的なのは云うまでもありませんが、駐車場に止められた数々の珍しい
四駆ももう、充分に魅力的。
実際、現地に赴くまでにも、既に数台の珍しいといっても過言ではない四駆に行き会って
ます。(ジムトラみました。これでやっと三度目です)

また、別の媒体のオフ会も同時に開催されていて、これはどっちに参加してる....?
な雰囲気のクルマもチラホラ。レプリカとは言え、キューベルワーゲンの現物を見ることが
できたのも、かなりの収穫でした。
そうです、ここで勝手に放言するだけなら、誰にも迷惑かからないでしょうから、敢えて
申し上げますと、ボクのスポーツカーのいつかは!クルマがモーガン。4/4でいいんですが、
これの4シーターか2シーターかはいつまでも悩むとこです。
まあ、V8も捨て難いのですが....。
で、クロカン系の憧れが、このキューベルなんです。

実はどちらも共通項は、フロントガラスが倒せる、或いは簡単に外せる構造だ、ということ。
二輪にノーヘルで乗ればいいんじゃん!トライクなら合法よ!とか言う意見は全く無視します。

で、最近気付いたのですが、ガラス云々の件もさることながら、どうもフラッシュサイドの
クルマも、ボクの琴線に触れないみたいなんです。だって、今好きなクルマ、って
ビートル、2CV、キューベル、モーガン、ジープ、ランクル40,etc....。
フェンダが独立してる、まあ馬車のコーチワーカーの頃からの流れを勘案すれば至極当然
な成り行きなんですが、今や全くの無駄。つうか、戦前でそのデザインは終了してるわけです。
戦後すぐのフランス車あたり?だったかが、フラッシュサイドのクルマ発表したのが、皆の
度肝を抜いたらしい、って何時の頃のことなんですかねえ....?

まあ、お話戻って、機能美展。ジープの機能美、つってもそれがどこに対しての審美眼なのかは
各人がいろいろ考えを巡らすところだとは思います。一般的にはジープの場合、枯れた美しさ、
なんて形容がよく似合ったりします。ボクもそれには同感です。
余分な機能を端から無視して、本来の目的にのみ合致するようにつくる、といった名の通りの
機能の美しさも勿論ですし、始めにデザインありき、ではなく、目的のためにデザイン
された工業デザインとしての美しさも一級品です。
褒めちぎってますが、これは、アメリカの博物館にも永久保存されているMBが物語っている
ように、世代を超えて語り継がれるべき代物だと思うからです。
惜しむらくは、その当初の目的が、アレだったところです。

ただ、その目的は、結果的には勝つためだったのでしょうが、直近の見方をすれば、今いる
ところから、より早く、より簡便に目的地に移動でき、多少の物資を輸送できる手段として開発
されたはずです。これは、間違いなく自動車の目的そのものズバリです。
二足歩行できるようになった人間が手を使って、自分の能力以上の行為をしようと考えるのは
発達した脳味噌があれば当然のことで、同じ目的を達するためにはよりラクになろうとするのも
当然です。足の代わりのタイヤであって、馬に乗るより、もっとラクで、早く、遠くに移動する
目的に加えて、地形のあらゆる変化に高度な次元で対応できれば、それがMBになってくるのでは
ないでしょうか。
人間、尻に火がつくと、考えられないようなアイデアが出てくるらしいです。
火事場のバカ力、とかもその手で、普段使ってる筋肉は全体の3割だとか。その場になると、
残りの7割も全開になるとか。
MBの時も、開発に許された時間は極めて短かったらしいです。
そのような切羽詰った状況は、やはり、切羽詰った時期だったからこそのコトだったのでしょうが、
自動車そのものも、その骨格がある程度の完成形をもっていた時期だったのも幸いしたのでしょうか。
世紀が変わった今でも、地形や地質が変化するわけではなく、雨も降るし、河も流れる。
山もあれば、海もある。当然のことです。
そこを走らねばならない理由は変わっても、目的地が同じならば、結局行為そのものは変化しない
でしょう。

ジープが幌だったのは当時のクルマの屋根がみな幌だったからなのか、輸送の利便性を求めてなのか
(体積減りますよね。確かに)、或いは軽量化のためなのか。
どれもあたっていそうですが、結果的に不便さと軽快感の二律背反です。
ボクは、多少のやせ我慢を取っても、風に当てってクルマを運転する喜びを知ってしまったが
故に、幌屋根大歓迎です。で、屋根が取れれば、頬を撫でる風をより身近に感じたい...。
で、ガラスの倒せるクルマ大歓迎なわけです。
高価過ぎず、道具としても、趣味の相手としても、移動の喜びとしても、どれもが高次元に
まとまっているのがジープなのかもしれません。

ただ、それがなぜか趣味性のとこばかり突出して捉えられているのがちょっと今や悔しいです。
仕事で乗ると、いまや少々後ろめたい部分を感じてる自分がいたりして。

そうです。枯れた美しさを皆がわかっているからこそ、後ろめたいのです。きっと。
世界の一級品を乗る行為が、照れ臭いからこそ、後ろめたいのかもしれません。
みなが認めた美しさでも、ホンモノを堂々と使いこなすにはまだ修行が足りないのかもしれません。

うーん....精進せにゃあいかんですなあ....。
ジープの似合う大人になるのは何時の日だろう.....??

2006/8/18

あららとおわってしまった夏休み。前半は恒例のキャンプという名の宴会。
手法は今時っぽいのですが、年々おっさん化傾向が増して行くのは致し方ないか。

後半。よく考えたらいろいろやりたいことがあったような気もするのですが、
なんとなくムルティプラの床掃除を敢行。これが思ったより難行苦行の連続で、
案ずるより生むが易し、は嘘だな、と痛感。


確かにフラットフロアなのはわかりました。
ただ、イスを外すのに必要なのが頭16ミリの小頭の10ミリだったり、タッピングが必要以上に長かったり、
その頭がポジドライブだったり、はたまたトルクスだったりで、もう、面倒。
その上、イスを止めるボルトを一本嘗めてしまい、そいつが10ミリ×1.25の細目ピッチだったりで
もう、憂鬱。
で、フロント部分のカーペットを剥がすのは断念。もう、結構です!てな感じでしたからね。
まあ、戦歴として、合計650円の日本円がでてきたので、良しとしますかね。

因みに、イタリアっぽい謎の部品はなにも出てきませんでした。ちょっと残念。

さて、今週は埼玉の入間にて、ジープの機能美展、つう催しをやってます。
http://www.ictv.ne.jp/~ccv/JEEP2006.htm
入場無料。基本的には手弁当の催しです。ボクも最終日の20日に伺おうかな、と思ってます。
時間はわかんないけど、まあ午後になっちゃうかな?なるべく早くいけるといいな。
その前に、洗車くらいしとこうかな。でも、面倒なんだよな....。
ガラスだけ拭いていっちゃおうかな。いつものように...。

おっと、その前に、ムルティのシート直しておかなきゃ。
明日タップ来るかんね。ふう。

ホントは、新しく買ったママチャリ自転車のグリスアップとヘッドのワンの調整とか、
#つか、新車からガタあるのもどうかと...
たまったハードディスクの整理、仮置きしてあるイメージファイルのCD-R化、
部屋の掃除、作れないプラモの作成とか...。
不動化の進むX1/9の復活方向への舵取りとか、55に火を入れるとか、やること満載でした。
どれも、挫折...orz。

まあ、そのうちね。趣味だもん、いっぺんにやっちゃあ、楽しみがなくなっちゃう。
そー云う風にプラン立ててるときが一番楽しいですもんね。実際。

さしあたりは週末のイルマ対策だな。水と油脂みて、空気圧見たら完了かな?
昭和53年のクルマにしちゃあ、まあまあ壊れない方です。J46は。
おっと、40系に明るい御仁がいれば、コラムリンケージの修理方法を伝授してもらえればな。
今のとこ、コツを会得したんで、だいたいいつでも後退に入るのだけど、これじゃあ、
誰も乗れないもんな....。

ま、騙し騙し乗ってくのも面白い?ものです。
祈・無事帰還!なんてね...。

2006/8/11

続・音楽ネタ。青年時に聞いた音楽は、結構な歳が行ってもココロに染み付いていて
なかなか忘れ去りがたし、な感があります。
ボクは中学生くらいから、フュージョンに目覚め、ビートルズを通過し、高校に入ってからは
周辺の同級生の影響でいろんな音楽を聞く機会がありました。
まあ、友人に恵まれていたのでしょう。パンクなやつらと、ヘビイメタルなやつらがいつも
お互いに悪態をついているのを聞いて、結構面白がっていたのがつい最近のことのようです。

インディーズレーベル、なんて言葉を聞いたのもこの頃だし、洋楽の中でも所謂流行歌では
なく、渋めのロックの方がかっこいい!なんて思ったののもこの頃。
美術部に入っていたこともあって、例えばベルベットアンダーグラウンド&ニコ、とかね。
例のウオーフォールのバナナのジャケットの奴です。世紀魔2とか、(漢字怪しいな)もいたし、
ブルーハーツの創生期でもあったし、当時はバカにしてたけど、Boowyは絶頂期に解散してたし、
スクエアはF1グランプリのテーマソング担当になったり、と、まあ本に例えれば乱読ですね。

今でも、勿論いろんな音楽を聴いてやろう!とつっぱってはいるのですが、時間が少ないのは
やはり決定的ですね。あの頃はただ単純に音楽だけを聞いていられるような時間すらありましたから。

学生の頃の話に戻りますが、更に上の学校に入ってからも、自分にとって新しいジャンルの音楽の
開拓には頑張りました。
友人の紹介で聞き始めたスカは、今でも自分の中ではかなりお気に入りです。
最初に彼が貸してくれたのが、12インチのLP盤のインディーズのスカパラ。これはカセットに取って
よく聞きました。その後、近所のショップでスカフレイムスを購入。これは凄くいいです。
ただ、どちらかというとマイナーなグループなので、入手しにくいのが難点。
他にもスカタライツとか、オムニバスなのとか、輸入盤のイギリスのとか、いろいろ聞きました。
その後、T-REXも一時聞き込みました。でも、ティラノザウルスの頃の音源が結構少なく、
今ではそちらの入手が容易くできないかな?と考えています。
個人的にはティーンエイジドリーム?だったかな、が一番好きかな。

で、今に至るも忘れがたき音楽の最右翼といえば、博多めんたいロックの雄、ルースターズを
あげないわけにはいきません。
高校の友人が繰り返しラジカセでかけていたのが、ケイスオブインサニティ。
ヴォーカルが精神を病んで、その通院体験を元にした楽曲は数点ありますが、この曲を聴いていた
ころはそんな経緯も知らず、そのイントロのメロディが印象的で、彼と交友が薄くなってからも
しばらくはその演奏が誰のものか解らず、悔しい思いをしました。
とあるきっかけで、それがルースターズとわかり、まだ普通にレンタルCDやさんにそれが並んでいたので
差し当たり、ベスト版を借りてきて、それこそ、テープが伸びるまで聞きまくりました。

病気が酷くなり、ヴォーカルが変わるまでの初期ルースターズは、ホントによく聞きました。
その後、別バージョンのベストを改めてCDで購入。これはちゃんとしていて、ネオンボーイが
二枚目のCDに入っていました。最初に借りたやつは、ネオンボーイまで一枚にが入っていて、今考えると
おかしな切り方だったなあ、と思います。
'88あたりで、ルースターズはとりあえず活動休止、ということで、ソロ活動をしたメンバーもいたようですが、
ボクにとっては、それは興味が薄く、やっぱ、大江がいなくちゃね!で個人的には古い音源を捜しては聞いていました。
極初期のそれは、かなり強烈なロックで、ボクは中期の幻想的、言い換えれば多少ポップな感じになってからのが
好みです。しかし、大江が実際晴耕雨読のような生活を送っているらしい、と聞いて、復活は到底無理だなあ、と
考えていました。

ところが、2004年に突如、フジロックフェスに出ていた!と知り合いに聞いた時は驚きました。
しかも、当時のオリジナルメンバーだったとの由。
聞いたのは、無論その年の秋。もうとっくにライブは終わっていて、悔しかったですね....。
でも、今はいい時代です。DVDで記録された音源が発売されていました。8000円で二枚組み。
でも、微妙です....。なぜって....。

現在の大江のソロのサンプル音源が公式サイトにあったので、聞いてみました.....。
辛いです。聴くのが.....。理由は敢えて言いませんが。やっぱ.....ね。

今回の日記は興味のないヒトには、ホントのわからんはなしになっちゃったこと、勘弁してくださいm(__)m。

2006/8/10

折角買ったレコードプレーヤー。近所にある大型中古家電品店でも新品がわけあり?で
売ってましたが、その売値よりも安く購入した代物ですが、ハードあっても、
ソフトがないんじゃダメです。

勿論、当時モノの音源が聞きたくて購入したのですが、よく考えたら、その店で
当時モノのレコードも大量に売っていたのを思い出し、数点ゲット!

恥ずかしながら、100均なコーナでLPを購入。
当時は2800円したわけで、そうおいそれとは手がでなかったし、今や入手難な
音源もぽっとあったり。
購入後聞いても、その100均なジャンクな代物であっても、特に聞くに堪えない代物
ではないので、その値付けの根拠を聞くと、ジャケットと板の両方がミントでないと、
きちんとした棚には並べないとのこと。
つまり、場合によっては、板がミントでも、ジャケットがジャンクならば、ジャンク100均に
なることもあるらしく、目利きなら、お宝ゲットの可能性もあるらしいのです。

ただ、ホンモノのお宝はやっぱお宝ですから、そうは店員も節穴なわけではないので、
個人的なお宝ゲットに終始するわけです。
なんか、ゲット!なダンディなんちゃら、つう芸人もいましたが、そんな感じの所謂
一発やなレコードであっても、逆に、だからこそ、いまではその名前を聴くこともないような
そんな気配な音楽家の音源が、個人的には欲するとこ、大。

でも、買ってきたのは小泉今日子とか、早見優とか、なんじゃそりゃ?って。
だって、安かったのですもの!
他にシャネルズ、RCサクセション、夢伝説、って歌ってたバンド、最近、リバイバルした
サリーとか。シングル盤も混ざってますがそいつは20円。まあレンタル上がりが多そうだから
音質は期待できないけど、パソコンに取り込んで、補正すれば、まあ聞けるかも、って。
実際、シングル盤は、当然すぐ終わっちまうから、かけっぱにできずに、結構めんどいの
ですね。昔みたいにステレオに向き合って拝聴、みたいなゆとりはさすがにないので...。

まあ、定期的に訪れて、ちょいちょい、って探すと。お!って感じなのがあったりして
面白いですね。確かに....。
デジタル化するのが面倒、ちゃあ面倒ですが....。
思い切って、カセットにでも録音すっか!(笑)なんて、時代錯誤もここに極まれり!なんちて...。

時代錯誤、って云えば、乗ってるJ46。最近、また調子、崩してます。
キャブとギアです。
キャブは、46のはツインチョークのダンドラなんですが、そのベンチュリの上に、
なんか、スワールを作るへんな部品(名前わからんのです)があるのですが、それのガタが多く、
振動で上に持ち上がって来てしまうのです。アイドルは関係ないし、メイン系統だから、
クラッチ切って、エンスト防いで、ってことは可能なんですが、パーシャルができない。
フル加速すれば、負荷かかってダイヤフラムでセカンダリ開いて、なんとか動くのですが、
全開とアイドルしかない、すんげー乗りずらいエンジンに変貌(笑)

修理は簡単で、エアクリ外して、その部品を押し込めば平気。でも、交差点のゼロ発進とかで
その症状に見舞われると、怖いのですよね....。

ギアは後退にすごく入れにくい、ってもの。
リンケージのガタ過大で、前進だけならすいすい入るのですが、後退のみ、そのガタが悪い方に
作用するらしく、極めて入れにくい。クルマやの見立てでは、リンケージのブッシュじゃないか?と。
部品あれば簡単に直るっぽいですよ?と。
で、変に調整すると、バランス狂うから、前進も困難かも?って脅すわけです。

今は、ボクしか乗れない難しい状態です。力だけじゃ入らないのですよね....。
めんどくさいです...。
この暑さで、もしかしてブッシュの変形が大になったのかも、って。
エキマニのすぐ上ですかんね。コラムリンゲージは。
そりゃあ、熱には弱いゴムブッシュでしょうから、確かに厳しい条件ですよね。

P/L見て、部番拾おうかな....。いつものディーラーで....?
また、値上がりしてんのかなあ???
怖いなあ....ブッシュ一個で500円?とか??
うーむ....。
でるだけ、ましと思うべきなのかなあ.....?

2006/8/2

のーさんに云われて、CCV誌を購入。確かに写っていますね。写真が。
ちと、恥ずかしいな.....。

だから、ってわけじゃないですが、春の河川敷のイベントの写真を漸くまとめました。
直にイルマの恒例のイベントも控えているので、あとがつっかえないうちにあげないと、って
ことですかな。

最近、勤務先の社員が一人辞めてしまい、でも人員の補充をしないので、結構忙しいです。
気候が割と凌ぎ易い日が、八月にしては続くので、まあなんとかやっていけますが、これが
本格的に夏全開、となると、そんなあっさり流せることができるのかどうか甚だ疑問ではありますが
どうなることやら。

まあ、それも含めてあと10日くらいでくる夏休みに命の洗濯をして、夏後半戦に
向けて頑張らねば....。

現在、ローカルで、自転車のお宝パーツのコンテンツをまとめ中です。
休み前までに整理がつくといいな、と思っています。
それと、例の秘密ガレージの掲載許可を貰って、なんとか休み前までにデッドリンクを少しでも
減らして、より密度の濃いページになるべく、鋭意作成中です。
また、あげたらご報告いたします。

閑話休題。近所のレンタルCDやさんが古いCDを新たに導入して、懐かしい音源が手軽に聞けるよう
になりました。で、五枚まとめると割引になるので、例によって脈絡のない借り方してきました。
コブクロ、タイマーズ、大瀧映一(漢字怪しいな)、有頂天、そして、名古屋が誇るつぼいノリオ。

つぼいノリオは、まあいい、というかなんと云うか....(爆)
コブクロはお買い得なシングル二枚が入ってるロングヒットのもの。
タイマーズは当時のCDには入っていないボーナスが二曲含まれたお得品。
キヨシローが、まだグラムロックみないな感じだった頃の逸品です。
有頂天はナゴムな頃のもの。ケラは元気かなあ??
大瀧サウンドは今でも変わらず。なんか25年前くらいの音源らしい代物ですが。

そんな風味な、北海道の夏の夜を思わすような冷涼な空気に触れて、ちょっとおセンチな
気分に触れた今日この頃でした....。

2006/7/26

なかなか梅雨が明けませんね。まあ、暑くないからそんなにヒーヒー云わなくて済むのは
いいけど。

またしても無駄遣いしてしまいました。
どうしても聞きたかったレコードが結構な勢いであるのですが、以前報告した
中古のパイオニアのレコードプレーヤー(@300だったかな?)がどうやっても調子悪く、
でも、聞きたい思いは募るばかり。
で、買っちまいました。新品のレコードプレーヤー。
昔はカートリッジとかマイクなんかのアクセサリーを作っていたような気がする
オーディオテクニカ、ちゅう会社の個体です。
なんの調整もしないで済む簡単簡便なプレーヤー。
気に入ったのは、フォノイコ搭載で、しかもその使用/不使用が設定できる点。
ボクの持ってるアンプは昔のオンキョーのモノで、リバプールって名前で売ってたもの。
幅こそフルコンポ規格の430ですが、薄いのと、チューナー内蔵のトライアンプつうのが
気に入って、もう20年近く愛用しています。
これだけ古いので、当然のようにphone端子が付いていて、でも、今のようなマルチメディア
時代の走りの頃のアンプですから、そんなに沢山の入力端子があるわけでもなく、
ここで、補助入力を使うのは厳しい状況です。ならば、使える端子を活かしたく、
でも、未来において、フォノイコなしのアンプに買い換える可能性も加味すれば、
その切り替えがついているのは大きなアドバンテージです。

で、それをネットで調べると、一万円を遥かに下回った価格でネット通販で購入できそうです。
今のプレーヤーを悶々と修理するより、ベルトドライブでも我慢すれば、とりあえず
音はでるし、まあいいか、と多少の不満を憶えながらもマウスをクリック。
で、本日現物が到着しました。
何故か二台.....?

どうも、ヘンな注文になってしまったらしく、注文がダブってしまったようです。
念のため、初期不良がないかどうか、早速梱包を解き、ピンジャック、ベルト掛け、
針カバー脱、とお定まりのコースでセッティング。古いほうに乗っていた高中正義のレコード
をターンテーブルに載せ、電源投入。
針を載せると、おー!音が出た!!!

久々に聞くタカナカサウンド。そんなに切れの悪い音ではないのですが、
スピーカーがアンプ内臓の中国製の安物。
その時点で、音質云々は間違っているのですが、全体に軽い音圧。
まあ、軽快感と言う観点では悪くない鳴りっぷりです。

針が専用品なのと、ゴムのベルトの耐久性がやや心配ですが、そこまで聞き込むことも
なかろうとたかを括って、一旦、再生を停止。
改めて、購入した店に電話。ネット通販専用のサポセンがあるくらいなので、
出荷ミスは素直に受理され、初期不良もなかったことだし、
あっさり返品。最寄のコンビニから着払いにて返送してしまいました。

これから、古の昭和のレコードを聞きまくるぞ!
中古のリサイクル店にいけば、まだまだレコードは在庫してます。
お宝かどうかはわからないけど、探せば意外な掘り出し物もあるかも、
なんて一人でほくそえんでます。

で、パソコンと繋いでCD化して、簡単に聞こう!とそんな目論見です。
今でも、昔エアチェックしたFMの音源のカセットテープをパソコンに取り込んで
wav化してあったりとかしてあります。どうせ音質は大したことなから、MP3にでも圧縮
しちまえば、場所も取らずにいい感じ。
FMのはもう二度と手に入らないであろうライブの音源とかあるんで、結構お宝かも。
ブルーハーツのチェルノブイリ、なんてメジャーになってから改めてインディーズで
販売した曲のライブ、なんてそんなに簡単には聞けないかな?と。

でも、その手間がねえ....。
昔のヒトは辛抱強かったのですねえ。
と、今更ながら感心します。

あ、なんか当時モノのアイドルとかも聴きたいなあ。唐突だけど。
レコードで聞きたいな。やっぱ。当時モノで。
早見優とか小泉今日子、チェッカーズもいいし。
当時のアイドルの楽曲は、いまでもそうだけど、やっぱ売れるように著名な
作詞家/作曲家に頼んでいるわけで、聞きやすく、憶え易いメロディでしたもんね。
デビューして二年目くらいまでの曲はどれも佳作揃い。
あー、聞きたいな.....。

そんなことを考える今日でした。

2006/7/19

gb400
暫くぶりで行ったツーリングは、意外と苦もなく二輪に乗れたことでもう十分にお腹一杯でした。

当日は、友人宅に6:45に集合。まずはGB400とRZVで軽快に走ります。
次なる地点は、そこから程近いコンビニ。東京在住の同郷の彼と三台で北に向けて出発。

gb400
東北道に乗って、三連休中日の三車線をひた走ります。
で、目的地一歩手前のSAで漸く休憩。いやあ、久々にGBにフルスロットルをくれて、
ちっとヤバイ速度(GBにはですが)で巡航したのですが、流石に手が痺れて辛いっす。
同行の彼らは既に到着。ヘルメットを脱いで一服。
まあ、500c.c.の2ストバイクと、1300の重量級が相手では、確かにその最高速は違いますわ。
予定の時間より30分以上早く着きそうなので、ちょっと余裕かまし過ぎたせいか、給油して、
逆算すると、タイムリミットギリ。慌ててまたしてもフルスロットル。

因みに、先ほどまでの下品な走りで全開くれて、燃費が約20キロ/L。
さすがぬうわキロしかでないバイク。燃費は思ったよりいいです。
同行のRZVでそれやると、燃費が一ケタ台になるとか。下手な四輪凌ぎます。って自慢なのかなあ...?

で、本来の目的地に集合。I.C.おりてすぐのコンビニ。

gb400
まあ、いるわいるわ。こんな台数でのマスツーリングは初めて。果たして、付いて行けるのだろうか?
だって、GBより小さいのはホーネットと、VTR250、そして400はスズキのオフと、CB400だけ。
うーむ....。
あとは、よくわからないでかいバイクばっかし。昭和のバイクなら少し解るけど。って、
GB、RZV、CB1100R、そしてGPZ900R。あとは、前述のと、国産のカウルのついたいかにも早そうなのばっかし。
解ったのは、W650と、BMW、そして隼。
なんか、距離計がアナログなのはその国産旧車だけ?

gb400
ま、とにかく、総計20台以上のバイクが蕎麦と餃子を食らうためにここに集合したわけです。

gb400
それだけで勿論集まるわけはないのですね。幹事役の人柄とその優しさ、そして、集まる常連と呼ばれる
ボランティアスタッフ(ってそんな大袈裟じゃないか)の方々の情熱に甘えてる部分もあるのですが、
その柔らかい雰囲気に惹かれて集うのがやっぱ、楽しいのでしょうね。

走りのほうは、走行後、暫くして空が泣き出した事もあって、かなり抑え目ではありましたが、
それでも充分に初夏のワインディングを堪能させて頂きました。

gb400
関係各位に多謝です。
期待していた蕎麦もうまかったし、餃子も腹いっぱい堪能。

gb400
まあ、アルコールの摂取が、そのイベントの性格上存在しなかったのが唯一の無念でしょうか。
本来、第二部が、宿泊組を中心に開かれたので、そっちに参加すれば更に楽しかったのでしょうが、
残念ながら翌日は仕事。
餃子を食べた後、後ろ髪を引かれながらも会場を後にしました。

結局、帰り道も極めて重たい雲と格闘しながら、なんとか真っ暗になる前に帰着できたのですが、
案外、そぼ降る雨の中を淡々と走るのも悪くないな、と一人ほくそえみです。
新しいヘルメットのシールドが極めて良好な撥水効果だったせいもあるでしょうし、
ブーツカバーなくても靴下が濡れない程度の雨だったせいもあるでしょうが、
なんだか、すごくまったりした気分でGBのスロットルを手繰ってた気がします。
こんな気分は久々でした。大体四輪乗ってるときは携帯があったり、ラジオやオーディオと
ペアです。でも、ボクの二輪はすごくプリミティブだから、そんなアメニティ方面の装備は
一切なし。聞こえるのはただひたすら軽快な排気音と風切音だけです。
そして、信号の少ないまったりした交通量で、ただ薄ぼんやり跨ってるのは、本当に
贅沢だなあ、と改めて実感しました。
毎日乗るとその有り難味もきっと薄れて行くのでしょうが、時々気分をリフレッシュするには
ホント、いい乗り物だなあ、ってつくづく思います。

さて、今度はGBに感謝しながら洗車アンド各部の調整しなくちゃ。伸びてるチェンも
ちゃんと張ろうね。ワイヤも給脂しなくちゃ。
また、いつでもすぐにお出かけできるように。
ね。

2006/7/15

ようやくこの日がきました。苦節約10年?
暫くぶりで、明日は、GB400に乗ってツーリングです。つか、某Webページの
オフ会に混ぜてもらう形で便乗するだけなんですが。

でも、なかなかソロツーリング、なんて行きにくい年頃。
四輪なら兎も角、二輪だといろんな心配ごととか考えると、結構二の足を踏んでしまいます。
でも、こーいう形でみんなで一緒にいくのはいいもんです。多分。

とりあえずはRZV500、つう昭和な時代のバイクと一緒です。
ボクのもデビューは昭和60年。持ってる個体も昭和62年の製造ですから、
まあ、ほぼ同時代に生まれたバイクです。両車とも約20年前のバイクの割には信頼性も
そこそこ。まあ、GBも車検とった直後に1回、集金に使ったくらいですし、
そのあと、さらにいろんなとこ治したから、更に信頼性上がったことでしょう。
ざっとの詳細はGB400の復活日記に書いてあります。
ま、もう復活したんで、復活日記はおしまいにして、ここに一本化しようと思ってます。

今日は、ハンドル回りのボルトをキレイに磨いて、どうも気になっていた、エキマニの
フランジ部分も磨き、さらにブラックボックスだった、フロントのブレーキスイッチも直しました。
あと、メッキ部分をもうちょい磨き尽くし、ちょっと引っかかってたアクセルワイヤーを微調整。
新品に交換したので、初期延びが出たのと、取り回しの加減で左一杯に切ると、戻りが悪かった
のを修正しました。
今回は、GB400購入と同時に購入したヘルメットの寿命を感じ、同じメイクのジェットヘルメットも
新たに買いなおしました。新品の被り心地はやっぱいいです。
コンペシールドもキレイだし。
風の抜けがいいから、この暑さにも多少は抗することができるでしょう。無理かな???

で、その暑さにすっかりやられ、ここのところ、J46にはあまりのってません。
足元から登るうだるような熱気で、キツイ時期ですから。
爪先からは、エンジンの、床からはミッションの、尻の下からはサブマフラーの熱気が...。
しかも、その熱が異常に篭るような感さえあります。
ちょろっと、近所乗るだけならいいのですが、仕事であまりに汗だくだとね....ちょっと。

まあ、雨が降ってなければ、いろんなとこがあくので、焼け石に水とは言え、多少は緩和されるような
意味ないような....。

でも、乗ると楽しいのですよね。ジープは。

やっぱ、止められないですね。こればっかりは。

2006/7/3

gbpl

ついに、というか、やっと、というかGB400のパーツリストが入手できました。 行きつけのバイクやさんで、もはや、いいです、つか、うちでGB400乗ってるの、 おたくさんだけですから、って有り難い言葉を頂戴して、一応預かりの形で頂いてきました。 ホントは、バイク購入した時にサービスマニュアル(S/M)も一緒に手配したはずなのに、 これは何故かきません。何時になっても来ません......。 もう時効でしょうね。既に十数年前の話。まったく、もう。 因みに、某有名チェーン店での話ですが。 ここんち、もう一つ謎の約束破りがあって、購入した時、エンジンオイルを結構な数量で キープしてくれる約束をしてくれました。全国チェーンだから、どこでも権利有効、 そんで、無期限、つうわけです。でも、ボクはオイルは純正に限る!って思ってたんで、 しばらくはそのシステムを無視してました。最近になって、近くにそのチェーン店が出来たのと、 金欠故で、ま、オイルなんざーなんでもいいや、入ってれば!って思って、その店の門を叩き ました。 で、帰ってきた言葉が、あーこれ古いからなー、今はやってないんですよ、だって。 はあ、そうですか。って帰らないでしょ。ボクだって。悔しいもの。 で、少しごねたら、今回特別ですよ、ってやってくれました。あ、交換工賃は別ですよ。 それが、実は数年前。で、今回また車検取ってから、とぼけてそこをもう一度訪れてみました。 また、同じこと言われ、同じ対応してもらいました。ふん! でも、まあ、いいか、と。もう一回行くのは、ちと無理っぽですが....。 で、普段は昔から付き合いのある地元密着型のショップにお世話になってます。 そこで、このP/Lを頂き、と言った按配。 で、もう一つのサプライズがあるのですが....。 これは、後日公表しましょう。 もう一つ、部品手配で思い出しました。今日のお客がおばかでして、以前、部番拾って、 それで、わが社に手配をかけてきました。こっちも、それなりのプロ相手の商売ですから、 いちいち確認しません。部番で注文きたら、それをそのまま、メーカーなり、卸商なりに 手配します。 そしたら、きた品物が実は、客様の注文したつもりのものと違う、と。 でも、仕方ないんです。商習慣として、自分の注文ミスでの返品は原則不可。できても、 ペナルティで、7掛けくらいの返品伝票起こされます。これは、改めて云われなくても、 日本的な真っ当な商習慣であろうと思ってます。 ところが、そのことを以前に説明したにも関わらず、もう一度卸とメーカーに交渉して欲しいと。 無理なら、交換同等品になるような部品だけをわけてくれ、と。 結果は、部品はメーカーの責において、出せません。同じ品にならないのだから、それはメーカー の名のもととしては出荷致しかねる、と。ま、そうでしょう。 加工されたものがメーカーのものとして認識されたら、メーカーは困るでしょうからね。 で、仕方ないので別メーカの同等部品を勧めるも、どうも、手配ミスが親会社にばれると芳しくない のか、歯切れのいい返答がもらえません。 時間ないのに....。 といったところで、今日は時間切れ。もう、どこも連絡がつかない時間になってしまい、 そのまま、終了です。 また明日、折衝しなきゃ....憂鬱です。orz....。

2006/6/24

かなり遅きに失した感があるのですが、昨夏のジープの機能美展、写真の編集が終わりました。
なんか、いつもいろんなものを並行してやってるので、全部中途半端。
結局、効率悪いのですが、なんか、ずっと一つのものをやってるのも、飽きちゃって....。

今は、自転車の部品と、先日の施設慰問、それと、その前の河川敷のイベントの写真、と
全部半端です。で、じきに2006年の機能美展もやるだろうから、それもまたたまっちゃうなあ。

実は、先日の慰問の時に、昨年の写真を生徒サンから頂きました。動いてる自分のクルマの
写真は、案外ないので、あり難いものです。結構強烈な望遠で、ボケもなかなか。
先日買った、500円のスキャナでとりこんで、昨年の写真のとこに追加しておかなきゃ。

これも、課題の一つですよ....。うーむ。

で、もしかして、都合がつけば、二輪系のイベントも来月ありそうなので、隣県で近いから
混ぜてもらえれば、行きたいかな?と。
それも写真、やっぱ撮っちゃうよなー......。

ではまた...。

2006/6/19

実は、先日、事故しました....。って、笑っちゃいます。

仕事で、客先に移動。駐車場について、用事を終えて、道路へと頭を向けるべく
切り替えしをしていたら、電柱にぶつかりました。
正確に云うと、電柱の存在は知っていました。で、何を思ったか、ギリギリまでクルマを下げて、
それで一発で道路にでればいいじゃん!と考え、イケルとこまで、後退してたんです。
そしたら、何故かガリガリ、って、コンビニで売ってるアイスじゃないですが、そんな音がして
ジープのなにかが電柱にヒット!一瞬、青ざめましたが、うちのJ46は全塗装を刷毛塗りでやった
ような個体。まあ、板金すれば、って軽く考えて車外へ。

驚いたことに、壊れたのは左のテールレンズのみ。球も割れておらず、そのすぐ上の
ターンシグナルも割れていませんでした。なんちゅう壊れ方よ!と何故か怒りモード。

で、割れた破片を助手席の足元に放り込んで、ちょっと寂しい気持ちで帰社。

とりあえず、以前ついてた反射板つきのテールレンズがあったはず!と部品箱をガサゴソ。
ありましたよ。ややお宝と目される、それが....。
で、急遽それを装着。右と比べると、やや色が抜けてる?かな。なんて。
ま、なにもないと、球切れ必至なんで、それをつけて、一旦完成。

で、翌日、行きつけのクルマやへ部品の注文に。今回、P/Lがなかったので、口頭で注文。
いつもならディーラーに出向き、その場で部番拾って手配かけるのですが、今回、面倒
だったので、そのまま口頭でサービスマンに注文。
ところが、電話が部品やに繋がると、サービスマン氏、自分を名乗ったあと、受話器をボクに
差し向ける。仕方ないので、テールランプのレンズとそのガスケット!と注文。
さらに、アウターの壊れた空調の噴出し口切り替えノブを注文。
これから梅雨なのに、それが壊れているのでは、不便すぎ!と言うことで、手配です。

やや心配していたのですが、先週末、部品は全部揃い、再装着。
やっぱ、キレイな赤のランプは美しいです。
噴出し切り替えノブも、あっさり再装着終了です。
軽いタッチでデフロスタと足元の切り替えができるのはこれからの季節を考えると
心強いですね。

で、また今日もぶつけました。今度は何もないとこ。細いポールが、丁度、バンパと
レンズの間くらいにはまって、コツン、って軽い音が。今度はちょろっとペンキが剥げた
だけでしたが。
なーんか、ぶつかるまで下げればいいや、なんて運転がどんどんへたっぴになるみたいで
ダメダメですねー。

あ、あとボンネットを止めるフードキャッチ。前に片側がダメになって、交換したのですが、
反対側ももうダメみたいです。もう一度手配しなきゃ....。
あ、それから、ラッパも鳴らなくなりました。
湿気で接点がいかれてるっぽいです。
走るのにはあんまし支障ないとこばっかり壊れるうちのJ46。たまには愛情掛けて
面倒見てくれ!ってジープからの必死のメッセージか?と考えるのは擬人化しすぎですよね.....。

2006/6/16

こないだの話の続き。法律は、車両法と道交法の両方が絡んでるんで、ややこしい
ですが、とりあえず、車両法からみた三輪車の見解。
例えば、イセッタなんかは、最初から三輪として企画された乗り物。
ダイハツのビーなんかもそうでしょうよ。
これには7ナンバーを割り振りました、と。
で、サイドカー。これは、元々が二輪。ほんで、おまけをつけたから二輪の扱い。
だから、ナンバーも二輪の分類、だそうです。
でも、トライクは謎です。昔なら、明らかに7ナンバーなのに、実際は小型二輪の
プレート。.....。

でも、今はいい時代です。ウィキで探したらわかりました。平成11年7月16日がキモ
みたいです。
その前にトライクとサイドカーの違い。大雑把に言って、トライクが二等辺三角形の
角にタイヤのある三輪車。サイドカーはそれ以外の三輪車。まあ、ちよっと違いますが。
イメージはわかりますか?
ゴルハム号あたりが今のトライクですね....って却ってわからんじゃん!

所謂オート三輪ならまあトライクなわけです。で、サイドカーならサイドカー。??
その昔、先の日付以前から輸入された個体をイメージして、三輪に改造したバイクがありました。
当時は、幌型のオート三輪の見解だったので、車庫証明と、それなりの税金、それなりの
車検がありました。だもんで、初期のトライクは堂々と7ナンバーぶら下げてノーヘルで
運行です。そりゃあそうだ、要は三輪のオープンカーですから。
でも、多分ボクが考えるに外圧じゃあないかと思うのですが、先の日付以降から、
道交法ではオート三輪扱い。故にノーヘルで普通免許。昔なら三輪免許ですよ。ね。
でも、車両法をいじって、サイドカーに準ずる特典を与えたのです。
従って、二輪に準ずる車検と税金制度です。50c.c.以下ならミニカーか通常の原付。
トレッドとかその辺で変わります。ジャイロxとか、その改造のピザやバイクなんかがそれ。
で、250C.C.以下。これが一番メリットかな。軽二輪扱いです。
それ以上が小型二輪扱い。車検はあるけど、車庫証明は不要。税金も4000円。古くなっても
割増課税ないし。でも、ノーヘル。だから、ちょっと古いトライクは7ナンバーで
最近のは小型二輪のプレートだったのね。あー、すっきり。
でも、ボクの文章が解りにくいですかね...。ま、いいや。

これで、堂々と7ナンバーの車両が新規ではなくなるはず、です?
ところで、サイドカーとの見解の違い。要は等辺三角形ではない=カーとバイクが分解できる
ようになればそれがサイドカー(側車付き二輪)です、と。まあ分解できないつくりの
サイドカー(クラウザーとかね)もあるけど。
それにしても、二輪の変形、つうより、二輪への追加、という形態になっているかと。
ただ、その形態では、免許は普免所持でないと不可、とのこと。
あと、側車付き二輪も、トライクと同じで、原付二種はないらしい。
一種はあるのがおかしいけど。だって、定員一名が原付一種なのに、なんで?と思ったら、
リヤカー牽いた扱いになってるとのこと。故に座席ではないのですって。
法律は難しい例外規定が多くて、やっぱ時々笑えます。

で、ふと疑問。例えば、リライアントロビン。これも、トライク扱いなんでしょうねえ。
イセッタもそうかな?あと、昔は軽の3ナンバーだったメッサーシュミットも軽二輪ナンバーかな?
もっと考えると、モーガンの3ホイラーもこれかな?
モーガンに小さいナンバーはなんかかっこ悪いなー。

それと、昔からある6ナンバーの3輪貨物。
ダイハツのでっかいのとかそうかな?例えばミゼットのバーハンドルとかを
逆輸入したら、やっぱ軽二輪扱い登録で1ナンバーになるのかな?
マツダのT2000の13尺ボデーとかもそうなるの?貨物の6ナンバーも乗用7ナンバーと同時期に
四輪用に吸収されたはずだから、敢えて残っていないはず。規格としては。
とすると、小型二輪に準ずる扱いで、車庫証明なし?なんか、笑っちゃいますね....。

検証したわけじゃないから、間違ってる部分もあるかもしれませんが、概ねそのようなニュアンスで
いいのかもしれませんよ。変なの(笑)。

2006/6/12

今日は集金日。市内をくるくるまわって、会社への帰還は夕方。日が延びたので、
あせることは少なくなったものの、やっぱ、時間は時間。あんまし遅いとお客さんに
迷惑なので、やっぱ、それなりにあせります。
でも、どうしたことか、今日は三回もジープと遭遇。
うち二回は、対向車線での擦れ違い。

一台目は、最近時々見かける最終と思わしきJ54。市内でよく走ってます。
運転してるのは、妙齢の女性。赤い携行缶が目立ちます。割と太目のオールテレン履いてる
のですね。ハンドル、重くないんだろうか?なんて、余計な心配か...。

二台目は、隣県の50系ワイド。迷彩のフォグランで武装して、フル幌。
擦れ違いざま、軽く右手を上げて、ボクは、何故か敬礼。どちらからともなくしちゃうとこが
なんとも、いいです。ジープでするそれは、仲間意識?なのかな。
それとも、お互い、お疲れさんです?といった、労いなのかな。
よくわかんないけど、まあ好きじゃなきゃ、今時ジープ乗ってないだろうから、
少なくとも、拘りがあって乗っているのだろうことは想像に難くないわけで、ならば、
やっぱ、じろじろ見るだけの動物同士の牽制じゃなく、友好的に見合いたいですもんね。

三台目は、この辺でも名の知れた四駆クラブのステッカーが誇らしげに貼ってある個体。
ちょっとかっこいいぞ!ボクもそんな感じのシール貼りたいな。
で、やっぱし、敬礼して擦れ違うのでした。

なーんかいいもんですよね。国産のクルマで手を上げることのあるクルマ、ってジープくらい
じゃないかしら?殺伐とした世相でも、ジープ乗ってる、つうだけで、いきなりお友達、って。
北海道を走ってると、二輪同士、ピースサインを交わしたりとかあったけど、本州では
それはないもんなー。
X1/9乗ってるときは、逆にほぼ知り合い固定で、それ故の挨拶だったりとか。
程よい台数で、尚且つ、趣味性が高いのがジープかな?
憧れられても、妬まれないクルマ。古いけど、クラシックカーではない。只のボロ。
乗ってても、イヤミにならない旧車。でも、離れ難きクルマ。
うーん、やっぱジープはいいっすね....。

なぜか三菱ミーティングにはのばっちょされたり、クラシックカーミーティング
行くと別枠だったり。
オフロード走行会とか行くと、古さ関係なくがんがん攻めていたり。
やっぱ、クラシックカーではなく、面白いクルマ、ってだけなのかな????。
ようわからん存在です。

その辺の居場所のなさが却って、友好感につながるのですかね?
因みに、ランクルは、40系でも手を上げられたこと、ないです。
ジープだったら、20/30/40/50の別なく挨拶されたことあります。
されなかったこともいっぱいあるけど....。

あ、73式小型トラックの乗員の方々に行き会うときは、挙手、控えてます。
仕事で乗ってる方は、少なくとも義務ですからねえ.....。
なんか、申し訳なくて....。

2006/6/7

交換したホイルを装着して、二日間かけて外した幌を脱ぎ捨てて、行ってきました。
例の慰問。
実に、20回を越える回数の開催をしているこのイベントですが、ボクは今回で三度目の
参加。毎年毎年関係者各位にはお世話になっています。

今年は、初めて幌を携行せずの参加でした。ついでにドアも取り去って、チェンをおっつけ仕事
で取り付けしての走行です。
ドア自体、外したのも久々。助手席側のラッチの調整がおかしかったので、それの調整も
できるし、ま、いいか、という感じで。

八時に集合した面々。いつものピンツ2台(!)に始まり、J3あたりからJ55まで、各種の
ショートジープが集まりました。今回の初参加は、ツインキャブ装着のJ59と、ナロウのJ54。
あとは、例年通り。ざっと憶えている範囲内でいうと、J4改MB、J52数台、ピンツが2軸と
3軸。CJ-7、73式、うちのJ46、J56改J54A風味、J55改J59、途中参加なJ55、J53、と、J58?かな。
といったところ。
手際よい段取りでもって、例年通り、ピックアップ、開会式、分乗、移動、周回、
昼食、と淡々とイベントは進行していきます。
調子を崩す車両もなく、食堂車が臨時停泊するのも、例年通り。
最近はキュウリや、焼きそばが昼食につかなくなった分、多少楽ですが、それでも、
怒涛の勢いで迫り来るカレーの量や、追い討ちをかけるバナナの存在、それに付随する
炭酸飲料で、胃袋ははちきれんばかり。昼食後の休憩もそこそこに午後の部がはじまっても
緩めたズボンのベルトはなかなか締めることができません。
僅か2回周回したところで、ところてんのおやつ。これが案外酢醤油でつるつるうまい。
でも、お代わりする勢いは先ほどのカレーに撲殺。もう一度炭酸飲料の洗礼を受け、午後の部の
第二幕です。
ここでは、すでにかなりのエネルギーを消費しているおっさんジーパー(女性もいますが...)
に最後の気力を振り絞ってもらい、もう二周ほど、老体に鞭打って走行です。
最後に、再び園に戻るための準備のために空いた休憩時間にはすっかりぐったりモード。
前日から盛り上がっているボランティアメンバーは既に睡魔との戦いです。
救いなのは、雲行きが、低いながらも安定していること。
やや寒いくらいの陽気ですが、かんかん照りで日射病を意識しながらの走行や、雨降る中を
トップのみ張って走行するよりははるかにましです。
日が僅かに西に傾き始めた頃、また来年の再会を約束して、参加者との暫しの別れ。
各ジープは、西に東にと、朝来た道を戻り、家路を目指すのでした。

最後になっちゃいましたが、今年も子供を連れて行きました。昨年は、親にべったりでしたが、
今年は逆に全然子供、寄り付かず。お昼も子供らで勝手にやってました。
ご迷惑を掛けちゃったことと思います。耳年増ゆえに生意気な暴言も吐いたことでしょう。
ませガキの戯言と流してもらえれば幸いです....。m(__)m

幌を装着するのは寂しいものですが、最近、仕事でもがんがんJ46、乗っているので、
翌日、気張って幌を張りました。頑張りました。流石に眠かったけど。
張る前に、幌骨の再塗装をしたので、割とキレイになりました。気になってた助手席のラッチの
調整も、丁双でやったので、少し楽に締まるようになりました。
あと、車内のわけわからん埃も、風圧で割合キレイになったらしく、心なしか車内落ち着きました。

毎年思うのですが、トップボウを仕込んで、後部の観音扉共々もっと着脱のラクな幌に改善
したいです。幌つけるだけで、半日使うのはやっぱ、ホネが折れます。
幌骨だけに.....。っておあとがよろしいようで.....てんてん。m(__)m。

2006/6/1

J46のホイルを漸く交換しました。

7.00-16GG
まあ、元に戻しただけなので、正直そんな感慨深いものでもないのですが、
7.00-16GG
塗装をし直して、キレイになった足元をみるのは気分のいいものです。 そ云えば、今日からいろんな決まりが変わったみたいですね。 道交法の駐車禁止の例の話の他にも、禁煙健康増進法?みたいなものとか、 農薬の云々の決まりとかも変わったらしいです。 らしい、というのは、ボクが知り合いから聞いたはなしで、自分でソースを確認してない からなんですね....。 クルマを取り巻く環境もここ10年で大きく変わってます。いろいろ。 いろんな規制や法で縛られてて、結構窮屈ですが、どんな法にも必ず抜け道や 裏技が存在します。例外規定とかもそう。 ジープ関連で騒ぎになったといえば、例のNOX法と都県条例ですかね? あれとて、正攻法でいけばNGであっても、半合法的にクリアすることも可能でした。 まあ、そういう、PCで云えばセキュリティホールみたいな部分も時々パッチが当たって、 それの運用が事実上不可能や無意味になってしまったりすることもあります。 以前、よく見かけた8ナンバー登録の乗用車や、貨物も、一番のメリットである 自動車税の安価だった部分が、だいぶ削ぎ取られて、旨みはないでしょう。 今、個人的に危惧してるのが、50C.C.のミニカー登録の加減で、規定がリアタイヤの トレッドに依存しているがために、事実上、ノーヘルで原付に乗ることが可能になってます。 まあ、個人の考え方次第ですが、例えばトライク、といわれてる手合いもその一種と解釈 できるかもしれません。 そもそも、登録自動車の分類番号の6と7は三輪に割り振られていました。 ところが、その7は、現在ではご存知のとおり、小型乗用車の分類番号ですよね。 で、過去においては、乗用の三輪があったわけで、例えばダイハツのビーとか、 輸入車ですが、イセッタとかがその辺です。まあ、独立した番号を与えるほどその登録台数が なかったわけでしょうから、現在の状況になっているのも致し方ないわけです。 ところが、最近のトライクは例えばV-MAX改のトライクとか、その辺ですから、 ナンバーは分類番号なしの小型二輪と同じプレートをつけてます。 個人的には、そっちに、なんで乗用の類別がなかったのか不思議です。 また、講釈を垂れますが、軽自動車は、元々、二輪車を念頭においたものでした。 数度の規格の変遷を経て、今の一つ前の規格の時から、プレートのでかさも変わりました。 ただ、実際は軽自動車は現在では四輪の貨物と乗用を指すことがほとんでですから、 プレートがでかくなったのも、これと、特種だけです。 で、さらりと流すと、1が二輪の軽。現在、初期の軽自動車の特典を残されているのがここです。 プレートも類別番号が一ケタなのが、当たり前に見えて、結構特殊な古の香りを感じます。 まあ、実際は東京あたりでは足らなくなったらしく、アルフアベットと組みあわせて使って いたりもしてますが。 3が三輪の貨物。2と4、5は欠番。6が貨物。現在の3桁ならば480です。 8は乗用。現在の580ですね。0が特種。880、ってなるのかな?ミニパト以外で見たことないですが。 で、なんとも浮いてるのが250C.C以上の二輪。類別番号なしで、緑の枠線がついていて、 車検はあるから、登録車?なんですが、そうではないらしく、プレートの封印はなし。 でも、車検はある。登録は陸事。でかさに依存すれば軽ですが、排気量は小型二輪車扱い。 でも、登録車の3にあたる番号はなし。では、只の二輪車でもいいんじゃないの?って 思います。 時間切れです。続きは後日。すんません。

2006/5/31

風薫る五月も今日でおしまい。実際、薫ったのは一瞬だったような。
でも、バイクに結構跨ったので、まあまあだったかな。復活したときに入れた燃料が
未だに残っているのはどうかと思いますが、社会人のバイクなんてそんなものかも
しれませんね。

で、BBSにも少々書きましたが、とりあえず、といった感じで預かってきたジープの
純正のタイヤホイル。ナイスです。
ホイルは一見したところ錆は全然ないし、タイヤも一部ヒゲが残っている状態。
もともと、ゲタ山は良路上でのグリップなんかは度外視してますから、それより
ひび割れとか山の高さを重要視すべきです。その観点から見た今回の個体はかなり
いいです。さしあたり、6.00のタイヤのまともなのがないので、今後の課題になりますが、
ただのスペアとして背中に背負わせておくのは勿体無い状態です。
キライだけど、カバーでも掛けておきたいような、そんな風体ですね。

今日も、午前中からずっとJ46に乗って市内回りでした。どうも燃費が良くなってきた気が
するのですが、チョイ乗りで、言わばチョークを引いてる時間が殆んど、といった感のあるような
乗り方と比較すれば、そりゃあ燃費もよくなるかな、って勝手に納得。

実際は、設定のないサイズのタイヤなんで、相対的に距離計が辛くなるはずですが、
体感と実速は概ねリンクしているように思えます。
因みに今手持ちであるタイヤホイルはかなりめちゃめちゃです。
五本組が少ないのも寂しい限り。

1  7.60-15 6PR BSGG+純正てっちん15インチ 中古4本 新品1本
2  パジェロ純正?215SR15デザートデュラー+純正8スポーク金色改め白 4本
2.5 6.50-15(だったかな)6PR BSJS+純正8スポーク白 1本
2.75 215SR15デザートデュラー+パジェロ用6穴純正ホイル
3  J53純正 215R15-6PRヨコハマ(だったかな)+純正8スポーク金 五本
4  6.00-16トーヨーゲタ 4本+ホイル外し
5  7.60-15BS 6PR リブラグ 四本+純正8スポーク白
6  タイヤなし+エスクードノマド純正てっちん 新品 5本
7  タイヤなし+ジムニーLJ20辺り純正ホイル 3本
8  6.00-16 4PR BSGG+LJ20辺り純正ホイル 1本
9  タイヤなし+SJ30用ホイル白 一本
10 7.00-16 6PRダンロップゲタ+ジープ純正てっちん 4本
11 タイヤなし+ジープ純正酷似てっちん 1本 割れている
12 6.00〜7.50までいけそうなチューブ。5本16インチ用。細首バルブ。

現在の組み合わせは、
J46に7.00-16 6PRとてっちんで4本。スペア用が6.00-16 4PRとLJ20のホイル。
J55が215SR15と純正8スポーク白で4本 スペアは同じホイルとJSの組み合わせ。

予定では、15インチのリブラグを純正のホイルと組んで普段乗りのJ46に。
でも、スペアはゲタになる予定。
金の8スポークは再塗装して、冬タイヤ用に。タイヤはゴミに。
J55は今のままのオッテレか、7.00-16のゲタ。スペアはジムニーの6.00-16 4PRとそれ用のホイル。
今後の予定は、あと一本だけ760-15のリブラグを探す。
215SR15の余った一本をJSを外したホイルに組む。
JSとパジェロホイルは処分。
トーヨのゲタ、SJ30ホイルも処分かな。
そんで、まだこれからの調査用だけど、今回入手した6.00-16のBSGG一本の
その相方が解らない。どうなるか...。
少なくともシートをはぐってみたところ、一本はダンロップのゲタ6.00-16 4PRが見えました。
残りの三本が何であるかは謎。ただ、4PRだと、車検、とおせないんですよね。
うーん、頭がイタイ。

2006/5/27

今日もローカルで、北海道日記の製作を進めました。今日の分で、あと一週間くらいです。
多分、読まれてもつまらないとは思うのですが、個人的な旅の記録を一度、キチンとまとめて
おきたかったので、いいんです。
極端に言って、別にこれ、営利目的じゃなく、圧倒的に自己満足だけですから。
でも、ネットに発表している以上、多少の社会性をも加味しないといけないし、情報によっては
誹謗中傷や名誉毀損にも繋がりかねない諸刃の剣な部分もありますから、
一方的な自己満足に終始するのもまずいわけです。

事実、今回も写真の掲載を見送ったところが多数あります。今となっては連絡の取りようがない
一期一会な写真のなかのバイク仲間なぞは、その好例でしょう。
本来ならば、その全てを曝け出して、当時を懐かしみたいところなのですが、思わぬところで
悪影響が及ぼされるかもしれないことを鑑みると、どうしても二の足を踏んでしまいます。
車両の肖像権はないし、登録のプレートも、本来なら出して、自然な感じで画を見て頂ければ
嬉しいのですが、そうもいかないわけです。
逆に、自分の知らないところで自分のクルマのナンバーが堂々と曝け出されていれば、悪いことは
なにもしてはいなくとも、そのサイトの運営者の見識を疑いざるを得ません。
面倒な考えにも思いを及ぼさねばならない世の中は確かに息苦しいことですが、
個人は社会の中の立場とプライベートな立場の両方がある、ということを考えれば、サイトを
どのように立てていけばいいのかの答えはおのずとでるはずです。

個人情報保護法の必要以上な濫用振りが一部で困った結果を生んでいる、との声がちらほら
聞こえてきます。全ての社会から自分をシャットアウトするのは現実難しいものですが、
あまりにデリカシーのない社会も、フンドシ一丁で町を闊歩する勇気のないボクにとっては
イヤです。だからといって、顔を布でぐるぐる巻きに覆って歩くのは暑くていやですが。
今は、フルフェイスのヘルメットを被って街を歩くような感じでしょうか。
目をみれば、うっすら誰だかわかるし、そのヘルメットの柄をみれば、凡そそのヒトの好みや
性別がわかるようなわからないような、といったところでしょうか。

学校の緊急連絡網がクラス毎に作成されているのは今も変わりませんが、必要ない部分が敢えて
掲載されていないのは、或いはご存知ない方もいらっしゃるかもしれません。
登下校時に名札をつけないことになっているのもまた然り。
クラスに好きな女の子がいて、その子のうちの電話番号を暗記しちゃってたり、とかっていう
情けない初恋沙汰も、いまや難しくなりました。いや、ヘタすりゃあ、その子の名前すらわかん
なくなるかもしれませんよ。今に。

確かに、好みじゃない女の子から掛かってくる電話はちょっと困ったりしますが、
好きになっちゃった!ってことも充分ありうるわけです。
恣意的に情報を集めると、それだけで問題になっちゃうようなことになってるわけですが、
好きな子の電話番号くらいはそっと知りたいです。実際、掛けられなくてもいいんです。
悶々とする時間も必要なのですから。成長するには。
いやはや.....。

2006/5/26

ネタ切れ。最近愉快なこともなく、淡々とすごしています。
あ、そうだ。昨日、燃料のゴムホース買ってきたんだった。1300円で内径6ミリ用の
外径が13ミリだったかな。長さが2M。勿論、J46に使うためです。
このクルマのホースは、多分新車から変わってなくて、昔ながらの布がホースに
巻いてあるタイプ。なーんか漏れそうで怖かったのです。しかも、このクルマは、運転席の
真下に燃料タンクが遠慮なしに置いてあって、タンクの上にいろんなフィルターがぽこぽこ
おいてあります。
更に、燃料ポンプが電磁式で、それは左リアタイヤの前辺りのフレームにやわい箱に
隠してしまってあります。つまり、ホースの継ぎ手が多くて、長さがムダにある、という
あんまし有難くないレイアウトなんです。
でも、面倒なので、これを殊更改善するつもりもないので、ホースだけを単純に置き換えよう
かと。で、バンドも買って来ましたが、全部で18個。
もしかしたら、更に増えるかも知れませんし、ホースも足らないかも。
その時は、耐候性が問われる外部から片付けようかな。見えない部分から修理する、つうのは
基本的に鉄則だし。

まあ、古いクルマなんで、いろいろ気になるトコはあります。
今壊れてるのが、デフロスタと足元の送風を切り替えるノブのワイヤ。
仕方ないので、必要な時は手動でフラップを動かしてます。
あと、移設したシガライター。電源としては機能するのですが、ライターそのものが
不調。それと、運転席の座面の破れ。後期の分割が逆のシートならもっと簡単なの
でしょうが、この頃までの、深く沈みこむ割に腰の痛くならないシートが気に入ってます。
リアの観音扉のガラスの下端の補強材。触った感じ、フラットバーなのですが、その触感は
さながらカキ氷のよう。ガラスが落ちるのも時間の問題か?ちゅうくらいの勢い。
それと、時々うなるフロントデファレンシャル。
サスがストロークすると入りにくいシフトのリンケージ。
各部の錆。やや雨が漏る幌。
消耗品ですが、ワイパブレードもそろそろ終了かな。
錆びたマフラー一式と、排気漏れてる気味のエキマニ。

マフラーは以前、某クラブの作成した30系用のステンレス製がいいのですがね...。
ま、高価すぎて、ちょっと手がでません。
それと、リーフのシャックル部のブッシュ。これも全体的に、ゴムが割れてしまって、
寂しい限り。それと、ウインチ非装着につくはずの化粧カバー。これはなくても
支障ないのですがね...。
外周が割れたステアリングホイル。でも、30系のようなホーンリングは欲しくないです。
それやるなら、メーターのメッキリングもほしくなります。

メカニズム的にはそれほど凝ったつくりではありませんから、
そういう意味での故障は殆んどありません。極めて信頼性は高く、安心して
どこでも行けます。まあ、燃料タンクのその異端な置き方ゆえの心配ごと等も
あるにはありますが、その前に車内が臭くなるはずですから、
嗅覚を先鋭なものにすれば、惨事は免れるのではなかろうかと。

でも、それじゃあキツイので、今回のホース交換を考えた、というわけです。
週末辺りにでもやろうかとぼんやり考え中。まあ、どんなものであれ、イベント等の
お出かけが近づいてくるとやはりいろいろ変えてみて、ならば晴れ姿で
出してやりたい親心、のようなものなのでしょうか???
わからないですがね.....。

2006/5/25

寂しい日でした。今日は。
GB400の車検を取ったのも束の間、保険の絡みで、シルクロードを一旦使用休止に
してきました。正確には、軽自動車届出済証返納証、つったかな?まあ、要するに
登録自動車で云うとこの廃車証ですね。まだ、出してないはずですが、
行きつけのバイクやさんに、届出済証と、登録プレートを持っていきました。
今週中にもきっと陸事に行って、廃車の扱いになるはずです。

ざっと説明すると、もともとシルクに付いてた保険をGBに移しました。まあ、車両入れ替えです。
本来は、旧の被保険車両は手元にあってはいけないらしい(移行するのだから当然)のですが、
実際、全部の車両を確認するのは不可能でしょうし、まして車検のない軽二輪は、その
証明を求めるのが比較的困難でしょう。たぶん。
といったところで、実際は登録したまま、二年おきくらいに車検を交互に取って、
交互に保険を入れ替えたりとかも、出来なくはないことらしいです。実際それやると
多分、詐欺になるのでしょうが。イヤ、ホントはよく知りませんけど。
ま、ボクはそんなこと知らずに、単純に乗ってないバイクだから、保険入れ替えして、
あとで気が向いたら、また乗るかな?なんて、単純に考えて、それをお願いしました。
そしたら、冒頭の通りの結果です。で、やむなく一旦廃車です。
しかも、軽二輪、税金の月割りがなく、4/1現在の所有者に納税義務が発生しますから、
今月一杯に、乗れないバイクの税金を払わなきゃならんのです。2400円。
少額だけど、ちょっと悔しく、寂しいですね。

で、久々に書類見たら、平成8年の春にナンバー取ってるのですね。シルクロードは。
ざっと10年。その間、殆んど乗ることもなくひたすら惰眠を貪っていたシルクロード。
もともと、猛烈に欲しい!と思って買ったわけではなく、独身の頃、比較的金銭的な
余裕があったので、買ったバイクですから、さほどの思い入れもなく、割と淡々と持ってました。
調子もあまり出なくて、結局最高速はメータ読みで105キロだし、自慢の副変速機も
使いこなすには至りませんでした。

多分、これをきっかけに、処分しちゃうんだろうな、と薄々感じてはいますが、
その反面、それも癪だなあ、と思ったり。
いずれにせよ、程度大したことないから、売却しても二束三文なのは堅いし。
再び新しいナンバーを取得すればまたそれなりの対価が発生するわけだし。
いろいろ考えるところが多いです。さて、どうなることやら。

2006/5/24

掲示板にも書き込みしてもらったいしはらさん。既に既知のこととはお察し申し上げますが、
ボクの46のキューピットをしてもらった方のご子息です。その後も、父上と時々お会いして、
折に触れて、ご子息のやはり、ジープへの傾注振りを伺ってはいたのですが、
今回、縁あってタイヤホイルを譲ってもらう目星がついてきました。多謝。

簡単ですが、いしはらさんちは、メタルのヒトで、30系からジープに入ってるヒトだった
と記憶してます。近所にやはりその道ではかなり名の知れたMさんという方がいらして、
Mさんも、やはりメタルな方です。
先日お会いした時も、J24に53のエンジン乗っけた北関東スペシャルでした。
一見、ただの24なのがミソでして、マフラーエンドがやや下向きにセットされてるところで
ようやく、おや?と気が付く、といった代物です。
実は、ボクは53乗ったことなく、巷聞く噂では、55よりもトルクフルでいける!という
ことですが、生憎の直噴ディーゼル故、例の悪法でかなりの数が淘汰されたのでは
ないかと思っています。知り合いも、59の対策車と53を入れ替えて乗ってますし。
で、それがマルチな24に積んであれば、そりゃあいい具合でしょうね。
ただ、どう考えても、あれに7人乗るのは難行苦行だったでしょうね。狭いですもん。足元が。

最近、うちの46は、結構仕事にも使っちゃってまして、市内を中心にちょろちょろ乗ってます。
ベンチシートなんで、ちょっとしたものを置いておくにも便利だし、濡れて困るものも、
幌がなんとか風雨を凌いでくれて、大助かり。
ハンドルが切れないジープの伝統を、さらに加給したかのようなその切れ味だけは些か閉口
しますが、意外と頻繁な乗り降りでも疲れない不思議なクルマです。
必要にして充分な4G53も割合好調。
ただ、先日来、どうも暖機完了すると、吹けない、といった症状が。
チョーク引くといけるんで、まあ二次エアでも吸ってるのだろう、と考え、調子悪い時は
ホントにチョーク引いて、騙し騙し乗ってました。
で、先日も再び勃発。いままでは、メイン系統がダメでも、セカンダリが開くと好調に
なるので、全開くれて、ゴミ取れて調子直るのか?等と勝手に判断して、いつもチョーク
戻しながら全開やってました。
が、今回はダメ。アイドリングは安定してるのですが、ちょっとでも踏むと、途端に
不調。で、こりゃ、キャブクリナーでも吹かなきゃダメ!とエアクリを外し、
ベンチュリに吹き込みます。一瞬噎せたあと、甘い香りのガスを放って、4G53は再び
落ち着いたアイドリングで静かにしてます。
何がわりんじゃい?と、メインのベンチュリを覗くと、原因がはっきりわかりました。
ベンチュリにスワールを作る、エアブリード?ちゅうのかな?ま、兎に角、エアクリ外すと
ベンチュリの一番上についてる、翼断面したようなあれです。あれが、中で遊んでて、
上に上がっちゃってるのですね。で、チョーク閉じると、空燃比はおかしくなりますが、
それでも、なんとか燃えてるので、ブスブスいいながらもエンジンが動いてた、つうわけです。
アイドルはメインベンチュリ関係ないし、フル加速すれば、セカンダリとダイヤフラム
が作用するわけで、メインがなくてもなんとか動いてた、とそういうわけだったようです。

で、それに気が付き、ずるりとベンチュリ内におしこんで修理完了。
心なしか、吹けもスムーサを取り戻して、O/H終了後のような快適さを再び入手した
のでした。

ところで、うちの46は、ボクで新車から4人目のオーナなんですが、三人目の
Yさんに、購入に至った理由を伺ってみたいです。
つか、いつかはコレクターズミーティングに行ってみたいです。
買ったときにはその参加シール、貼ってありましたから、その資格はあるのでしょう。
多分、引っ越してなければ、Yさんの家の割と近くでそれをやるはずですから、
お会いして、お礼方々いろんなことを伺ってみたいです。
それと、Yさん宅から46を陸送してくださった方にも、もう一度お礼申し上げたいです。

いずれにしても、いしはらさんの父上を始め、いろんな方の世話焼きを受けて、我が家の
車庫に収まっているわけですから。ありがたいことです。
袖刷りあうも他生の縁。一期一会を大切に、知り合ったジープの仲間共々46も
大事に乗っていこうと思います。

2006/5/20

すっかり忘れてました。実はボクのエラン、久喜で作ってもらって、引取り行ったのが、
19年前の5/17日。いやあ、そんな年になってしまったのですね....。
で、なんで憶えてるかって?そりゃあ、憧れのフルオーダー車だし、おにゃんこクラブの
演歌系のヒトの誕生日と同じでしたから....。
そんなことはどうでもいいか(笑)。

今乗ってるGB400も初度登録は1987年。最近調べたら、どうも、ボクが乗ってるのは、
ホントに限定扱いだったみたい。で、後にカタログモデルに昇格して、逆に標準車が
カタログ落ちしたみたいです。
標準車との相違は主にメッキの面積で、結構細かくクロームメッキが施されてます。
あと、アルミの輝きも加味されていて、全体的にコントラストをつけると、目映いばかり
の美しさに簡単に変貌します。
とはいえ、ボクの個体は、細かい錆が前後の自慢のフェンダに発生してるし、アルミ部分も
結構曇ってます。研磨材使って磨いても、案外下地の方までやられちゃっているようで、
個人的には納得行きません。
購入したのは92年初頭。初度登録は87年秋ですから、四年半位経過してからの購入だったのですね。
その時は、正直予算オーバーだったのですが、やっぱ現物見ると、いい!って感じで
一応考える振りして、買っちゃったのを懐かしく思います。
結局、今に至るまでずっと所有しているわけですから、まあいい買い物だったのかな、って
思います。
こんないいバイク、なんで売れないよ?って思ったりしましたが、やっぱ、二輪のヒト
って、どっかしらかいじりたいのですね。で、当時のライバルだったSRは、とにかく、素材、
って感じで、兎に角部品を買いたくなるバイクでした。フラッシャ一つとっても、
いじりたくなくなるわけですから。
それに対して、GBは、とりあえず吊るしで充分かっこいい。最初からドライサンプだし、
セパハンついてるし、キック、セル両用だし。
で、それじゃあ、買ったヒトは詰まんないみたいです。要は敢えてウレタンのMG-Bを買うヒトは
メッキコンバージョンを念頭に置いて、買うわけですが、
メッキの当時モノを購入するひとは、そのオリジナル度を加味して購入したりします。
ま、某サイトで言えば、盆栽オヤジな風な気配でしょうか。
確かにGBのパーツは少なかったです。SRの1/10くらいだったような。
でも、ボクは二輪は基本的に吊るしで乗るタイプなので、むしろ、一通り仕上げてある気配の
GBに惹かれるトコ大、でした。

さっきの話に戻りますが、メッキのMGのるような方は、明らかにセカンドカーとして
の所有でしょう。ところが、GBは、幸か不幸か、そんなヒストリカルな価値は、一切なく、
今でいえば、一連の旧車風の軽自動車みたいなものだったのかもしれません。
そんなこと言ったら、マニアに怒られそうですが。

で、今日のオチもジープ。ジープって、そのどっちにも当てはめにくい存在です。
ヒストリカルであっても、いじられちゃうし、新しくても、オヤジがフツーに
吊るしで乗っていたり....。
部品の豊富さはSR並みですが、吊るしの出来上がり具合も充分です。
SRは古いと淘汰されますが、ジープは、古くてもワイドタイヤ付けさせられたり、
ドナーとなったドンガラでも置いておかれたりします....。ただの下取りの対象、
ってわけでもないですし。

ってことは、どこにも属さない不思議な種類のクルマなのかもしれません。
うーーーん。オチがないぞ!....。

なにいいたいのか良くわからない。また後日、整理して、書き直しだなあ..。

2006/5/17

数日、日記を休んで、北海道日記をしこしこ作成してました。
一度は、日記も書いたのですが、書き終えて、これからアップ、つう時に何を思ったか、
全消ししてしまい、それまでの時間は水泡と化しました....。なんだよーーー!って。
まあ、自分が悪いのですが。

最近のコンビニ、なんだかお菓子コーナーが充実してます。医薬品でジェネリックが
陽の目を見るが如く、なんちゃってのお菓子が怒涛の勢いで棚に鎮座してます。
袋の写真をみると、漸く中身がわかるのですが、明らかに過去において最早定番の
地位を獲得したであろうお菓子の数々です。
その食感も本家を凌ぐ勢い。或いは、同じ下請けに作らせてる?といった具合。
今日は、小さな一口サイズの歌舞伎揚げ食べてます。油で揚げた煎餅、ボクは
気付いてなかったのですが、実は好物らしい。甘納豆もそう。

案外自分で気が付いてない好物、ってあるんだな、って今更ながら気付きます。
それも、安価ゆえに割と気安く棚から取れるからでしょうね。
癖と同じで、他人に指摘されて初めて気付いたりとか、そんなのかもしれません。
癖は価格は関係ないですが、無意識が意識されると、必要以上にぎこちなくなったりして
自分がヘンテコになったりします。
ある程度は、自分が自分であるために必要な儀式みたいなものなのかも、なんて思います。
他人がみて、不愉快になるほどの大袈裟なものでなければ、集中力を高めたり、
やる気を引き出したりと、まあ有意義なものなのでしょうか。

そんなことを考えると、やっぱ人間も動物なんだなあ、と思います。
好きなクルマに乗るのも、動物的な野生を取り戻すための一環かもしれないし、
前にも書いたけど、アンテナを高々と揚げるのもそれを誇示するのが目的でなく、
男の能力を代弁するのが目的なんでないか?とも思うし。
うるさいクルマが昔、そのマフラーを天高く突き出していたのもそれではないかと。
基本は目立ちゃあ勝ち!のスタンスなのは間違いないですが、その基本は、やっぱ
己の男性性を周囲にアピール、他のオスよりも抜きん出てる、を表現したいからでしょうよ。

まとまらなくなってしまいましたが、嗜好、ってなにか人間性の、言い換えれば、
動物としての本質に深く関わっているのかもしれません。
ジープに乗る意味を、そういう観点から考え直すのも面白いかもしれません。
梅雨の走りのような気候が続きますが、コンビニお菓子でも買ってぼんやり考えるのも
また一興です...。

2006/5/12

やや語り尽くされた感のある、winny。ファイル交換ソフトの今や代名詞のような
表現であったりもします。
いろんな意味で物議を醸していますが、被害に会われた皆さんには全くもって
言葉のかけようがありません。災難でした...。

実は、ボクも以前、少しやってたことがあります。ファイル交換ソフト。
その時はnyじゃなくて、MXだったのですが、その時もウイルスの怖さを身をもって
体験しました。

発端は、知り合いからちょっと古いデスクトップ機を譲ってもらったことでした。
基本的に個人データの類は全て消してあったのですが、プログラムはそのままでした。
OSこそいろんな意味で使いにくいmeでしたが、MXは関係なく使えますからね。
で、いずれにせよ、一旦HDDを全消しするつもりだったのですが、譲ってもらったデフォ
の状態で、MXがすんなり動いてしまったのです。nyはちょっと設定がややこしいのですが、
MXはLANが繋がっていればさほど苦悩せずとも立ち上げできたのです。

で、キーワードを入れて、捜索です。nyに関して云えば、大多数のヒトは作者47氏の思惑では
ないところなファイルを検索したのでしょうが、ボクもご多分に漏れず、その手のムフフな
ファイルを探しに旅立ちました。
で、拡張子の偽装されたデータが圧縮してあるようなファイルを無事ゲット。そのマシンには
ウイルス検索ソフトは入っていませんでしたから、あまり深く考えずダブルクリック。
ちゃんと、拡張子は表示されるように設定してあったのですが、あまりにファイル名が長いと
単にワンクリしただけでは、その名前の全ては表示されません。ちゃんとプロパティを
見ればいいのでしょうが、買ってきたものの包装紙を破く瞬間に似た興奮が己の冷静な感覚を
麻痺させて、すぐにダブルクリックしがちです。
落とすまでにも結構な時間がかかります。そこで漸く手に入れたお宝ファイル。じっと待って
それからチェック、じゃ気持ちが収まりません。で、結果的にそのマシンもウイルスの巣窟に。
すぐにわかりました。

手前ミソですが、ボクは自分でメーカーパソコンを新品でかったことが今までなく、いつも
お古とか、自作とかそんなのばかりです。
マニュアルとかサポセン、つうのは全く無視せざるを得ないので、雑誌や友人からの助言等々で
難局を乗り切る術を身に付けました。そのうちにブロバン時代が到達し、ネットで有益な
情報がどんどん入手できるようになり、それと並行して、スキルもどんどん上達していきます。
で、ウイルスの怖さや、その罹患の簡易さ、そしてそれを極力防衛する受け身な身のこなし方
等を身に付け、それなりにわかっていたつもりでした。

従って、MXをやる時も、ダメ元なつもりで、スタンドアロンなコンピュータにして、
Lanには他の機械を繋がず、個人データも一切入ってない状態でことに臨んだわけです。
無論、各種設定も、デフォルトにはしないし、.EXEや.zipなファイルの怖さもわかっていた
つもりでした。でも、罹患しました。

いわんや、仕事と共通なノートとか、個人的なムフフ画像入りのマシンでそれをやったら、
どうなるか。誰でも、おれだけは病気にならない、おれはパソコンわかってるから平気、と
いい気になってる筈です。増して、フリーソフトなnyやMXが作動してるパソコンです。
それを設定できる時点で、みな、それなりにスキルはあるはずです。
にも関わらず、スゲー内容な画像や動画が放流されてます。
これは、どういうことでしょう。わかっているのは、一度放流されたら、回収するのは
100%不可能だ、ということです。ネットに出回っているムフフなのは、目伏せのマスク
つきとかか、或いはモデルさんです。ホンモノの素人(?)は、基本的に全て流出モノです。
ということは、ネット界にデビューしたくてじゃなくて、間違って流通してるわけです。
それが、凄い怒涛の量で流れてるわけです。
でも、それは減りません。むしろ増える一方です。クリックしたら既出、ちゅうのも
結構ありますが、それと同じくらい新顔も増えてます。

むふふじゃなくても、作成した本人にはそれと同じくらい恥ずかしい内容のファイルも
平気で流れてるのです。
じゃ、どうすればそれを防げるのか?
偉いヒトは、交換ソフトの使用を止めなさい、といいます。
無理です。
交通事故が多くて、痛ましい犠牲者がでる。だから自家用車は乗るな。
飛行機は落ちるから乗るな。船は沈む。包丁は刺すこともできる。
道具を生かすも殺すも使うヒトの注意と工夫次第なんです。便利なモノを知ってしまったら
後戻りはできません。
だったら、そのマイナスをなるべく出さないようにすればいいだけの話です。
風邪引くのが怖いから外出しない、わけにもいかないでしょうよ。
マスクして、手洗い励行、うがいして、って注意するわけです。

でも、生活にはなんら関係ないでしょ。交換ソフトは。
って、資本主義を根底から覆すようなこと云っちゃダメです。(笑)
だから、便利さ憶えたら、後戻りしないでしょ。例えそれが趣味のものであっても、
物臭はラクチンでいいんです。だって使うヒトにとっては、目的は不純であっても、
結果、自分がいいようにしたいわけですから。歩いて東京行くのが好きなら、それはそれで
否定しないけど、大抵は電車やクルマで行くでしょ。健康にいいから、とか資源保護、とか
いろいろ正論かざしても、結局ヒトが生きてる限り、自然界にいろんな意味で影響与えてるのは
間違いないわけだし。
ネットがこれだけ流通してれば、いろんなことを考える方がいてもなんら不思議はないわけで。
いくら防いでも、声高に唱えても第二の、第三のnyはでてきます。人間の欲望があるかぎり。

今、CDの売上が多少伸びつつあるらしいです。各社は、交換ソフトで音源が流通すれば、
ダメージを食らう、と戦々恐々。CCCD、なんつう困ったソフトまで出回る始末。
ところが、これです。所詮、生データじゃないし、ジャケットはないし。
云えば、FMラジオでエアチェックして、テープに録音して、
やっぱ気に入ったからレコード買うよ、と。それと同じじゃないんですかねえ。

恐れないで、前提にするなら、それ専用のパソで楽しむ、と。兼用は危険です。

で、ウイルスチェックしてから自分のディレクトリと同期する。
間違って地雷ったら、再インスコ。いいじゃないですか。別に古いOSでも。
もう、サポートが終わってれるような古いOS目当てにウイルス作るようなヒトも減るでしょうよ。
さらに、みんながばらばらのOSになれば、ウイルス作りきりません。
今や、データの互換性はかなりのものです。しかも、プログラムは別として、
画像ならjpg、動画ならmpg、rm、音楽ならmp3、とかっておおよそ決まってきたわけです。
あ、動画はまだまだ未定か....。
ま、兎も角、それなら、OSはなんだっていいわけで。
フォーマット形式もなんかあんましうるさくないし。昔のフロッピみたいに
1.2Mと1.44Mで、とかそんなことないですもん。
逆に違法アップなプログラムも、各OSがばらばらなら共有するメリット減ります。
探すくらいなら、買ったほうが安くて早い!ということになるかもしれませんし。
困るのは、寡占できなくなるMS社くらいかもしれませんね。
でも、まああそこんちはたくさん稼いで、もう冥土に持ってくのが無理なくらいでしょうから、
もう、いいでしょうよ。ねえ。

って思った今日この頃でした....。

2006/5/11

北海道日記。なんとか二年目が書き出せました。まだまだ記憶に曖昧な点が多いのですが、
書いているうちに、当時のことがぽろぽろ思い出されてきて、とにかく懐かしいですね。
実は、二年目の写真の発掘が、未だに済んでいないのですが、これも、どこにあるかが
きわめて怪しい。処分するわけはないと思うので、どこかにあるんではないかと思いますが。

今回の日記は、GB400の車検を取ったのが一つの契機にはなってます。
それにプラスして、長年探していたメモ帖が発掘されたのも大いにあります。
若かりし頃の甘美な思い出。もう、そんな時間はほぼ間違いなくとれないでしょうが、
思いでは消えません。でも、その尖がった輪郭だけは時間とともに、優しく、柔らかく
変形していきます。
それがいいか悪いかはさておき、当時のキツかった思い出をそっくりそのまま再現するのは
やっぱ、照れ臭いものです。でも、そう思うこと自体が、やっぱ歳をとったのかな、と。

でも、バイクに乗ると、その尖がった感覚が徐々に自分に舞い戻ってくるかのような
錯覚が、或いは本当にそうなのかもしれませんが、実感が湧いてくるようです。
それは、二輪乗りなら誰でももっているであろう、生と死の狭間を抜ける感覚です。
乗ってない方にいくら力説しても、わからないでしょうが、二輪は圧倒的な
加速と、止めにくい制動、更にはバンク角と遠心力が取り持つバランスの相互作用が
絡み合って楽しさを生み出しています。
これは、言い方を変えれば、常になにかに依存していないと走らない不安定さです。
自分だけの意思である程度進む四輪に比べ、いつも五感と四肢をフル活用、さらには
入力された情報を瞬時に解析できる判断力も必要です。
このことは、いつも自分が先鋭的でなければ、忽ち、名の通りの落伍者になってしまう
ことを意味します。
ゆえに、落伍者にならないよう、常にビビッとしてなければいくないわけで。

日常の生活でもこれは生かせます。安定志向をやめて、あえて不安定な生活観を
導入することで慣性が研ぎ澄まされ、つねに真剣に生きることを要求されます。
このことは、腹のでてきたおっちゃんには難しいかもしれませんが、敢えてそれを
チョイスすることは自分の生き様をも研ぎ澄まさねばならなくなるのです。
9時5時で会社に通勤するも生き方ですが、きっちり自分が納得するような結果を
追い求めてそれを自分のto-doに昇華させるのもまた生き方です。

まだ、学生だったボクには、そんなことは解っていたつもりでしたが、今なら
その内面が少しは深く掘り下げるようになれたのかな?と思います。
分別がついてきたのかな。多少は....。

学生の頃と同じバイクに乗れる幸せも嬉しいものですが、あの頃の先鋭的な気持ちは
なかなか解りません。今のちょこっとした気分は、今現在の、三十台半ばのボクの
先鋭感です。二十台前半のあの、夏の明け方のような、気だるくもあるが、しかし
一瞬通りすぎるあの冷気をもう一度味わいたいです。
わかっていたようで上っ面の薄皮一枚しかわかってなかったあの頃。
その感覚にまで自分を演じても戻したいのですが、なかなか難しいです。
もう少し、GBに乗ればそのヒントがでてくるかもしれません。
過去の先鋭感と今のより深い先鋭感。両方の良いトコ悪いトコ、ひっくるめて
味わってみたいものです。
頑張って、GBを手足のように乗っていたあの頃のように戻ってみたいです。
実際、タイムマシンがあるわけじゃないので、その本当のトコロは解りませんが
実際は同じ人間なボクなのですから、なにかのきっかけで、一気に行きたいです。
さて、どうなることやら。

2006/5/10

チョーシこいて、1992の分の北海道日記を書こうと思うも、思った以上に記憶が
抜けていて、途中でペンを投げる。
写真を探して、それを参考にしないと前後関係がおかしくなりそう。で、
それをスキャンしてからテキストを作ろうと決意。

今日、仕事で新しい客先に集金のため伺うと、一見見覚えのある顔の女性。
同級生に似ていたが、多分別人だろうと高をくくり、ビジネスライクに対応。
しかし、先方から声をかけられ、家業=ボクの苗字で、面が割れ。
約20年ぶりでした。
懐かしさもさることながら、その期間の長いことに改めて驚き。
歳が歳だから、旦那(社長です)に頑張ってもらわないと、この景気だし!と
いっぱしの女将風情の彼女に、軽く驚愕。
冗談半分で、今更愛人にもなれないしね!と軽く話す彼女に礼を申し上げ、
クルマに戻ると、当時モノの音源な復刻CDの音がカーステレオから。
F1で登る前のスクウエアの軽いリリコンの音と共に昭和の時代は軽く過去になってしまった
のだなあ、と認識せざるを得ないのでした。

2006/5/9

北海道日記、1991年式、テキスト部分のみ完成。後日、再編集して画像を交えて、
更にそれに肉付けを加えてアップします。
その際は、またアナウンスしますね。
二日でテキストラインのみ完成..。ちょっと古いネタなので、記憶が曖昧ですが、
概ね流れは合っているようです。距離計が合わないのがちょっとあれですがね....。

2006/5/8

レコードプレーヤーの部品を探していたら、ずっと探していた、ボクが学生の時に
出かけた北海道の二輪旅行のメモ日記が発掘されました。
これをネタに二輪のとこに書き足しておこうと思います。当時の銀塩写真も
ネガを探すのは一苦労ですが、プリントしたものだったら、スキャナがあるのだから
簡単にデジタル画像にできます。またしばらくは思い出に浸ることができそうです。

どの行程も何れにしても小樽から上陸してます。新日本海フェリーが安い、というのを
当時北海道に下宿していた友達から聞いて、それに従った次第です。
学生の時なら、カネはなくても時間だけはたっぷりあるわけですから、ここ北関東から
関越を走っていって、新潟港からフェリーに乗って、小樽へ上陸しても充分だったのです。
ただ、折角小樽に上陸しても、それは早朝五時とかそんなの。
だもんで、観光名所はヒトもまばら。名物の運河倉庫なんかをさらりと流して、
札幌経由で友人の住む旭川までは、あっという間に到着です。懐かしいなあ。

で、流石に二度目の上陸では同じことをしてもつまらないし、待ち合わせな友人も
居なかったので、のんびり一人旅だ!と、小樽から進路を西にとって、積丹半島を目指しました。
崩落した記憶も新しい、余市と古平を繋ぐ豊浜トンネルを抜けて、トーマル峠を越えて、
ニセコ、虻田、伊達、室蘭、登別、オロフレ峠、大滝、支笏湖、と走ったものです。
初日で340キロ走ったとあり、この時は、三週間弱で3000キロあまりを走破したことに
なっています。あめ降れば休憩(連泊、といいます)したり、友人のアパートで
普通に布団に寝て、味噌汁煮て、ご飯食べて、洗濯したり、とかなり適当な旅路でしたが、
かなり思いで深く、今でもボクの旅行の思い出の中で燦然と輝いています。

北海道で笑っちゃうのが、移動時間/距離で、この辺での平均移動距離は、概ね35キロ/一時間
位の割合で計算できるかと思います。つまり、平均時速35キロくらいな計算ですね。
それが、向こうは60キロ。つまり、一分一キロ。だもんで、目的地が100キロ先としたら、
それは100分、つまり一時間半強で到着、と。
故に、移動距離は結構伸びるし、自然、燃費もいいです。
反面、センターラインの破線部分が多いので、適当に流してると、軽トラにぶち抜かれたりします。
まあ、荷物背負って、名古屋ナンバーぶら下げて走ってれば、どう考えても観光客です。
仕事で使ってる地元の方からすりゃあ、邪魔でしょうよ。確かに。

所謂ネズミ捕りにも数回遭遇しましたが、どれもこれも対向車の親切なパッシング
で事なきを得て、なんとか免許に傷はつかずに済みました。
免許ないと、生活が物凄く不便になるのだろうことを鑑みれば、お互い様、といった意識が
この辺の内地よりも発達しているのかもしれませんね。

まあ、さわりはこのくらいにしておいて、まずは予告編、といった感じでおいおいアップして
行こうと思います。

で、発端となったレコードプレーヤーです。今欲しいのが、まず、レコード針。
それと探していた、レコード拭き?というのですかね?。あの、ベルベットみたいな
生地に取っ手がついていて、盤面の埃を取り去るあれ。
針と一緒に手配しようかな。
でも、音質の悪いのは、機械そのものの器質だとすれば、これらの出費は全て水泡。
新品で、これらを生かすようなことを考えれば、DJ御用達のテクニクスSL-1200とかの
高級機に辿り付いてしまうし。うーん....。もしかしたら、ドツボ???

そもそもは、今やレンタルでもお目にかかれない古い音源を聞きたい!とそれだけなんです。
中途半端に古いと名盤にもならないし、流通量が少ないから、中古市場も形成されず、
第一、目の前にその盤があるのに聞けないジレンマ。
悔しいですよ。これって。
まあ、数日は悶々とした時間を過ごすことになりそうです...。

2006/5/7

続、レコードプレーヤー。予想以上に難航しました。
まず、電源コードの復旧。側を外すと、裏蓋が圧縮合板。なにやら零れ落ちる
カスがさながら、虫に食われたかのよう。正直、引きます...。
基盤を確認すると、割合単純な半田付けで、一安心。ジャンク箱をあさると、使わなくなった
ACアタプタが。少々短いのですが、これの電源コードを頂くことに。
カートリッジは、針が曲がっていて、明らかにNG。これは手持ちのシュアーを流用。

さて、半田上げの準備です、と思ったら肝心の鏝が消失。仕方ないので、確か以前
100円ショップで300円で売っていたように思い、探索にいくもダメ。
で、次にホームセンターに行くも、圧着端子はあっても半田鏝はなし。
仕方ないので、1.25スケ位の用の端子を購入。ついでに安売りしていたキャブクリーナを
ゲット。
で、電気のことなら、やっぱ電気やか!と遅まきながら気付き、漸く発見。
1000円強の出費を強いられ。
ここまでで、300円の本体に1200円くらいの経費が発生。しかも休日の午後をかなり浪費。
うーむ、なにやってんだ....。

で、なんとか半田上げは成功。電源を投入すると、各リンクも動く。無論、ターンテーブルも。
動作確認したとこで、次はカートリッジの交換。取り付け方法が若干異なり、
少々苦戦。トーンアーム部を純正を使用したのが敗因か?と。

で、購入時に乗っていた盤に針を落とすと、おー!鳴りました。
感動!!

でも....音が.....異常に悪い.....。
きっと針圧がおかしいのだろうと、いろいろ調べて、調整を試みるも、針が盤を
滑って行く....。こんなのは初めて。しかも、針圧を調整すべき分銅に目盛りが振っていない。
おー、どうしたらいいんだ....。orz

まあ、保管方法が悪くて、針が傷んだのだろうと判断。
ネット通販で3000円くらいですって....。

もしもし、もう少しで新品が手に入る?つう、罠はないですよねえ.....。

2006/5/6

もっさりした時間だった今回の連休。あと一日ありますが、ま、それは復旧に
要する時間、つうことで、復活に必要なので、カウント外。

連休、つっても、わが社の業務遂行の関係で、実質的には三連休。
初日はツインリンクもてぎへ。数年ぶりの来訪でしたが、情けないことに、いや、誇るべきか?
ま、兎も角、我が家にあるホンダの乗り物。全部展示してありました。
過去においても、また然り。現在で云うと、
GB400T.T。
GB250clubman。
モンキーZ50Z。
シルクロード。
バモスホンダ。
過去形ならS800ストリームもそう。
さらには、Zと、初代シビックも。(笑)
なんだよー、って既にビート(四輪のほうよ)とか、NSXも展示ですから。

見あたらかったのが、ローラースルーgo!go!かな。
あと、前回もそうだったのですが、運がいいと乗れた展示車。今回は更に民主主義を貫いた乗車方法
に変更になってました。前回は早いもの順だったかな?。
今回はなんとかのイベントに参加して、さらに抽選、というもの。
前回、S800に運良く乗れたボクでしたが、早いもの順で決めたその車両には、ステップバン
もありました。が、圧倒的にS800人気。なんだか、水冷のステップバンの後姿は悲しそうでした。
今回は、時間が合わず断念しましたが、また訪れる機会あったら、乗せていただければ幸いです。

また、駐車場にもところどころ濃い車両が散見されて、バモス、LN360、キャロル、
各種フェラーリ、NSXの大群、etc....。

まあ、遊園地、といえばそうなんですが、サーキットでもあるし、その脇をおのおのクルマが走行
する通路になってる関係上、子供が乗ってるバッテリーカーの脇を、シャトルバスが通って、
その後ろからフェラーリがウワアアアアアン、と走っていって、その後ろを電動自転車がたらたら
進み、更にアシモがジョギングしてる、といった有様(多少誇張してあります)。
なにやら全体的にシュールな感が付きまといます。
異次元といえば大袈裟ですが、まあ、非日常ですよね。面白いところです。
きっと、ルマンの24Hがそんな感じなんでしょうね。だって、レース見てるだけじゃ絶対飽きちゃう
もの。大人だって中抜けしたくもなるでしょうよ。
ま、もてぎで24hって、自分、良く知らないのですがやったことないですよね?
あそこなら、なんとか出来そう。そんな感を抱きました。

翌日は自宅庭で簡単な飲み会。まあ世間でいうとこのバーベキューですな。
バーベキュー、いうとなにか爽やかなイメージがついて来ますが、絶対違います。
ただの下品なオヤジのクダ撒き飲み会です。現に、自分、何時の間にか寝てました。
通例の如く、日本酒を頂いた途端、撃沈です。まあ、あまり騒がず静かに落ちたらしいんで
よしとしますか。
庭でやることにした都合上、その準備として片付けと草むしりに終始したので、キレイになったのは副次的な
メリットでした。一心不乱にやると、俗世間を忘れて、自らと対峙できるので、没頭できて
ある意味楽しいです。ちょっとヘンかもしれませんが....。

翌日はオフ。なにも予定を入れず、淡々と部屋の掃除やパソコンをいじって過ごしました。
まったりした時間を過ごし、まったりと食事を取り、まったりとした睡眠をとりました。
取り立てて述べるようなことはありませんね。

で、今日です。車検取得したGB400ですが、なんとなく連休では乗り損ねてしまい、
今日の出勤を迎えてしまいました。明日は悪天候とのことで、多分乗るのは無理でしょう。
だから、というわけではないのですが、前回磨き損ねた車体の右半分を目立つとこを中心に
更に磨き倒し、前々からなんとなく気になっていたホーンを取り替えることにしました。

思いつきで始めてしまったのですが、純正はタンクの下、車体の右側にセットしてあります。
樹脂に蒸着でクロームメッキしたカバーがついているのですが、その造形がやっぱ、GBらしい。
で、現在は、社外のヘンテコなニ連の電気ホーンがついてるのですが、その音質は正直、
満足出来るものではなく、同じような音質ならば、ということで純正に戻すことに。
ところが、長年車体から外しておいたせいか、一切反応せず。
GB400は、アース線を車体ではなく、独立したアース線を使っているので、そのプラスと
マイナスを入れ替えてもやはり無言。フューズ切れたか?と元の社外にすると、吹聴する。
ということは、電気は来ているのだから、ホーン本体が故障、との結論。
しかし、折角外した社外をそのまま付け直すのも癪。で、以前付けかけたフィアムのホーン
リレーを発見して、あーそうだ、絶縁して付けようと思ったんだよなー、等と感傷に浸りつつ、
でも、それに再度チャレンジすっか、なんて面倒な妄想を抱きながら、部品箱をまさぐる。

と、そこに見出したのは、以前、知り合いが、捨てるから、と言っていたワーゲンゴルフ
の電気ホーン。国産に良くついてる平型じゃない、蝸牛型の電気ホーン。
フィアムのは、アースをボディから取る式で、GBのようにフレームが電気的に独立した構成体に
なっていると、漏電してショートする。これじゃ何個フューズがあってもダメ。
ところが、ゴルフのは、端子が二個。これってもしかして、マイナス線が独立?と思い、
ダメ元で仮セット。恐る恐るホーンボタン押すと、快音を発し、それは何度でも続けられる。
おお!と小躍り。音質も良い。見かけも黒ボディでまあまあ。大きさもそれほどでなく、
タンクやフォークとも干渉しない。唯一、吹きだし口の一部が欠損しているが、機能にはなんら
支障ない。で、早速、平端子で延長線を作り、純正のステーを加工して、急ごしらえで
GBにセット。正味一時間弱くらいでなんとか収め、まずまずの出来栄え。
材料が無料だったし、正直、限りなくゴミに近い廃品がこのような形で復活したことにも満足。

さらに、以前から探していた、格安のレコードプレーヤーを近所のリサイクルショップで発見。
付属品とセットで1050円とのこと。付属はいらないから、本体だけくれ、と交渉すると、
それなら315円でいいとのこと。これなら、仮に不動だったとしても、分解して捨ててしまえば
それまでなので、即決。但し、例の新法のおかげで、部品扱いを強要されることになっていて、
電源コードが切断されている。なにやら、自衛隊の放出ジープがスクラップ扱いで、フレームを
酸素で切られた形でヤードに積まれているのをそこはかとなく思い出す。
よく見ると、カートリッジはついているものの、針は曲がっていて、いかりや長介状態。
これも、以前もっていた松下のターンテーブルに付けていたシュアーのものを移植すればよかろう。
ドライブもベルトではなくダイレクトだから、消耗品の心配もあまりない。
持っているアンプもフォノイコ内臓の古いモノだから、改めて購入しなくても平気。
先日購入したスキャナも破格ながら完動だったし、今回もまたうまく動くといいな、なんて
考えてます。甘いかな....?

ということで、今日は、旧式の再生に萌えた日でした。(笑)

2006/5/1

乗り物。GBは燃料を入れたあと、100キロ弱乗りました。古いのにそのまま新しい
燃料を足してしまいましたが、更に添加材を加えて内容を良くしようかな、と
思い立ち、いそいそと買ってきました。効果の程はよくわかりませんが、
念ずれば、きっと通じるのではないかと。
なぜって、5000から6000の間で息付きするんです。つまり、信号で頭をとって、ロケット
スタートを決めると、その丁度いい感じになるとこで、ブスブス、っとなるんです。
6000越えちゃえば、またビーンと加速していくのですが、どうにも気持ち悪いです。
8000でおしまいなエンジンですから、5000から6000の間は結構大事なポイント。
今のところ、体感できるような劇的な効果は現れてません。
やっぱ、一度キャブバラさなきゃだめかも....。

J46のキャブも、以前バラしてO/Hしたのですが、最近、スローからメインに移行
する領域が失火します。なぜかチョーク引くと調子取り戻すんで、ガソリン不足が
怪しいです。その領域を越えると、もうチョーク戻しても大丈夫なんで、どうにも
忙しいです。
ダイヤフラムか、スロージェットの詰まりか、その辺が怪しいですね。
まあ、ざっと30年前のクルマですから、メンテフリーで動く方がおかしいわけです。
増して、タンクの状態や、そのフィルターなんかは、暫くボクは見ていないのですから、
どうなっているかは、神のみぞ知る領域なのですからね。
で、GBにいれた添加剤の残りをぶち込んで様子を見たのですが、やはり目に見えるような
効果は具現せず。こっちもジェットあたりを見ないとだめかも、です。

ところで、購入時、不動だったJ46の距離計ですが、今は完調です。
距離は当てにならないのですが、今日、8万キロを越えました。
オドメーター
購入時は、53797キロだったかな?で、100mのとこだけくるくる回っていた距離計。
前オーナーの車検の記録簿からすると、1年で2キロしか走ってないことになってました。
その間、愛知県から、ここ北関東の僻地まで自走で回送されてきたのに、そんなわけは
絶対ないので、購入時の記録簿の距離は極めて怪しいものです。
今は車検証に距離が印字されてしまうのであまりおおっぴらにできなくなりましたが、
昔は、よく距離計をいじたっりして売られていた中古車があった、という噂を耳にしました。
でも、この46に関して云えば、その逆で勝手にメータが休止していたのですから、不可抗力
な部分だったのではないでしょうか。
でも、トリップメータすらついていないので、なんとも不自由でしたから、早々に修理
しました。因みに、速度計を分解したのは初めてでしたが、そんなに難しくなく修理を
終えた記憶があります。要は、ボビンのグリスが硬化して、その爪が空回りしてだけの
ことだったのですね。シムをきちんと入れて、それなりにグリスアップしただけで、復活。
因みにそのグリスは模型用。いまでも充分に機能しているので、いいグリスなんでしょう。

ただ、何故かゼロ発進時、いきなり針が20キロから動き出すのはちょっと感じが悪いです。
時速10キロでは針が動きません。停止時は、ちゃんとリニアに動くのですが。
ケーブルが渋くなっているのかな?これもグリスアップしたいとこなのですが、
その寿命の目安になる指針の触れは全くありません。
ってことは、そういう仕様なのかもしれませんね。
識者の方がいらっしゃればご教示願いたいところです。

それより、もっと重大な問題が。ホイルが割れました。今は形は保っているのですが、
とてもじゃないですが、装着は危険でやってられません。まあ、よく考えれば己が
悪いのかな、と自問自答していたりするのですが。
かいつまんで云うと、鉄ホイルの再塗装は旧被膜をきちんと剥離するか、錆が出てきたら、
即座にそれを除去するかしないといかん!ちゅうことです。
あとで、戦慄の写真をアップしたいです。
それと、参考までに云っておくと、四本あるホイルのうち、一本だけ意匠がちょっとだけ
異なっていたホイルがあるのですが、そいつが今回の被害者です。
ジープ純正ではなさそうなのですが、どこのホイルかは謎です。
今は、スペアなジムニーの6.00-16 4PRを嵌めてます。
ドラムブレーキ調整用の小窓がついてるアレです。
太さが違うので、それに伴って外径も異なっていますから、メカにはあまり好ましくない
状態です。第一、PRが違うから、車検にも通らないし。
早々にホイル、手配しないと....。
デフから火を吹いて、ホイルがもげる三菱の四駆....。
うーん、ベタですねえ....。(笑)
早く直して、汚名挽回しなくちゃね。

2006/4/26

久々の日記。スキャナは、時々動かなくなるけど、概ねいいっす。なんか
面白くて、意味もないのにどうでもいいものをスキャニングして遊んでます。
TIFFで出力されるのだけど、これだとどうにもでかすぎて扱いに苦慮。
で、jpegに変換すると、必要以上に画像が荒い。ん?と思って、その変換ソフト
(フリーのソフトです)の設定を良く調べると、jpeg変換の圧縮率のレートの変換が
できることを発見。やった!と、それをロスゼロ設定にすると、画質はかなり鮮明。
で、容量はそれなりに下がるので、かなりいいです。気に入りました。
win95の頃から使っているけど、未だに新たな発見があるこのソフト。
もう、手放せません。vixっていいます。ネットに普通に落ちてる筈です。
本来は、ビューワーなのですが、簡単な画質の調整もできるし、スライドショーやら
いろんな設定ができます。サイコーです。

おっと、スキャンの話が、何時の間にやらVIX賛歌になってしまった...。

で、バイクですよ、バイク。車検通りました。
今回、整備明細がでてきましたが、依頼しておいたタイヤの交換と、バッテリのみ
計上。安価にあげてもらって、助かりました。
画像を撮ったつもりが、夜遅すぎてピンボケ。またあとで日中、陽光の下で
取り直し予定です。
しかし、怖いです。久々に乗ったら。加速も怖いし、コーナーもダメ。
なんたって、ブレーキなんか、サイテー。もう、おっさん化が進んでいるので、
いろんな意味で、ダメダメです。
でも、気持ちいいです。まだ夜しか跨ってないので、呑気にタラタラは流すこと
は実現してませんが、これから連休にかけて、なるべく多く乗ろうかな?と画策中。
で、多少のダメは覚悟してましたが、やっぱ出てきました。

その1。アイドルと始動性の不調。ちょっと高めにしてあるアイドルですが、やっぱ
ストン!と止まります。時々。まあ、現役時代からそうだったので、シングルとは
こーいうもんかな?とちょっと諦め中。
始動性は、はて?つうくらいダメでしたが、乗ってるうちにすぐに掛かるように。
六年以上乗っていないバイクのキャブをO/Hしないで乗ってるのですから、
そもそも、動くほうが奇跡ではないか、と。燃料も当時モノと現在のモノの
ブレンド。早めにフィルタやストレーナを掃除したほうがよさそうですね。
その、ストレーナがついてる燃料コックですが、ここも怪しい。空けたら、
いきなり漏れ出しましたからね。尤も、一瞬で止まったので、まあ良しとします。

その2。電気。走行中、ポジション灯がいきなり消灯。ん?と思うものの、
メインは点灯。メーター灯も点灯中。って、なんだ?これ。
ライトを叩いたり(メインハーネスの在り処)しましたが、変わらず。で、ふと
思い立って、イグニッションキーを触ると、再点灯。おお!これか!と目から鱗。

要は、パーキング灯を司るスイッチが、当然、キーと連動になってますから、その接点が
腐っているのでしょうよ。多分。ま、昼間のライトオンなら、テール球は関係ないから、
よしとするか、と。夜ならポジションがフラッシャ兼用だから、消灯はすぐわかるし。
ホントなら、接点復活で磨きをかけなきゃダメなのでしょうが。

あと、スロットルオフで、アフターバーン。濃いのかな?エアクリ交換してないからなあ。
ま、もう少し乗り込んで、いろんな意味でダメ出ししなくちゃ。

一番のダメだしは、ボクかも....ってのが一番濃厚ですがね....。

2006/4/21

物欲日記。スキャナを買ってきました。会社でも使う機会が時々。てか、あれば
便利だな、って。中古のエプソンのですが、敢えてSCSI接続をチョイス。
価格は500円。ジャンクコーナーから発掘です。
ホントに本体のみで、現状渡し。まずは起動させたところ、何故かしっかり動く。

お?これは...ってことで、以前からなんとなくつけていたSCSIボードを改めて確認。
で、手持ちのケーブルと照らしあわすと、やっぱ、規格が違う。
うっすら知ってはいたのですが、SCSIの規格ってば、多すぎ。ケーブルも百花繚乱。
で、終端につけるヘンなアタプタとか、IDとか、性能はいいのでしょうが、難しいです。
USBのお手軽さに比べると、衰退するのも、やむなしかな?と。

だからこそ、そんなに古くもない機械がジャンク扱いででていたのでしょうが。
まあ、ジャンク扱いで売ってるUSBのスキャナじゃ、どう考えてもUSBの1.1だろうし、
そんな機械、要りません。信頼性も安定性も些か怪しいし。

でも、俄かにやる気モードになった自分は、そのケーブルを買いに最寄のPCショップへ。
所謂DOS/Vパーツを売っている棚には、しかし、お目当てのケーブルはありません。
店員に聞くと、ヘンテコなコーナーに連れて行かれ。
確認すると、確かにいろんな種類のSCSIケーブルがダランと、黄色いブリスターパックに
入って元気なく売られています。
望みのブツを手にとると、その高価さ加減に驚き。だって、中古本体の6倍もするんですから。
少々考え、でも手に取り、購入。
で、鼻息も荒く、接続。なんとなく周辺機器は先に電源入れておく、つうおまじないは知っていた
ので、それを信じて、電源投入。
bios読んだ後、SCSIボードのBIOSを読みにいくと、そこではちゃんと認識してる模様。
お!っと更に興奮。ただ、ドライバを落としてなかったので、一旦ネットからメーカーの
サイトに飛んで、ドライバを探し、解凍。
その後改めて、再起動かけて、OS上で認識。ここまでは順調。問題は使い方やマニュアルの
類が入手できず、その使用法がさっぱりな点。
でも、見よう見真似でやると、純正のイメージング、つうソフトが起動。へー、こーやって
使うのか?と、暫し放心。でも、なんとか動かすと、ばっちり。
やった、へへ!って心の中でガッツポーズ。

ちょっとそこらにあったB5の見積もり用紙が最初の記念すべきスキャンデータでした。
なんか、面白いですよ。スキャン。
自宅にも、古いスキャナがあるのですが、そいつもやはり最近頂いたばかりのSCSI接続のもの。
今更、つう感じもしますが、やっぱ、スキャナはSCSI接続がいいっす。

と、いう話でした。

2006/4/18

今回はちょっと更新をまとめてしました。まず、最近の小ネタが、昨秋の緑車と
フィアットのイベントの写真。んで、GB400のメンテ日記も少々。
そうです。GBを車検に出したのです。先週末に。納期は連休前、つうことで、
一応の決着をみました。数年ぶりのバイクです。乗れるかな?ちょっと怖くもあり、
なんだか、楽しみでもあります。さてさて。

最低限の部品交換のみお願いしてあるのですが、保険の入れ替えやら、諸処の仕事も
あるので、まあ、それなりには時間も金額も掛かるだろうとは踏んでいるのですが、
どうなるやら。ま、いろいろ考えるところもあるので、いろんなものを再体験して、
言わば、自分のルーツを探す旅に出てる、といったら大袈裟かな。

まあ、先日来しつこく云っているのですが、すでか三十路を折り返し地点まで進んでいる
ことを鑑みると、大雑把に人生の半分くらいは進んでいるわけです。いわば、峠のピーク。
これからのダウンヒルをブレーキかけながらそろそろ降りるも良し、全開で一気に降りるも
また一興。勿論、敢えて休憩を混ぜながら、ゆっくりと降りるのも愉しいでしょうよ。
その降り方を考えているのが、今の自分なのかもしれません。
あ、例え話は、自転車のことね。エンジン付きじゃ考える間もなく一気呵成に終わっちゃい
ますから。
折角苦労して漸く辿り付いた峠のピークなんですから、ちょっと一服して
これからのダウンヒルに備えて、上着のジッパを締めたり、グローブをちゃんと嵌めたり、
ボトルの中身を全部飲み干したり、といった猶予期間がほしいですよね。

実際は、後ろから迫り来る観光バスを先に追いやっていたり(後ろに入ると、排ガスと
ブレーキランプしか見えないせいで、すげー悔しい思いをする)、つまんないとこを
増し締めして、ビスをなめてしまったり、と、なんかつまんない事象に囚われがちです。

考えすぎても日が暮れちゃうし、一気に進めば興奮のあまり転倒するのは明らかだし。

でも、ちょっと一服。慌てない、あわてない、って自分に言い聞かせて行くとしますか。

季節はあたかも春。全て芽吹き、生への目覚めが発露して、自らのアイデンティティを
見直すには絶好の機会です。
陽気に行きたいですよね。ホント。愉しく、朗らかに。
自分を見つめ直しに。

まずは、乗り物の再確認からですよ。自分の場合。
つうことですな.....。

2006/4/12

些か遅きに失した感もありますが、週末の暴風キャンプ、行ってきました。
と、いう報告日記です。
遮るもののない坂東太郎の河原での今回のキャンプは
それはそれは嵐の中で行うような、そんな感じの出来事でした。

翌日になれば止むだろうと踏んだのですが、その考えは甘く、朝になっても
一向にそれが止む気配はありませんでした。トホホ。
故に、参加者の出足も鈍く、折角のイベントも砂にまみれて、なにやら
少々物足りない感覚が付きまといました。
でも、夜の宴会はいつもながらに楽しく、翌日の参加者の車両を見学する
楽しみもいつもの通り。
今回は、掲示板でも話題になることの多い自転車を持っていって、見せびらかしに
かかったのですが、それ以上に興味深い話題が尽きず、翌朝になって、皆さんに
見せびらかした次第です。
写真の整理もあと半分くらいあるので、それが一段落したら、皆さんにご覧頂こうかと
考えてます。まだ、昨秋のイベントの写真も上げていなかったので、それの写真も
併せてアップだ!と息巻いているので、なかなか捗りませんが、なんとか、今週中には
公開できるよう頑張りたく考えています。

また、改めて感想なぞを時系列になぞって述べたいです。

2006/4/7

体調不良で始まった今週。折角週末は楽しみなキャンプがあるのに。
でも、まあ小康状態。天候もなんとかなりそうだし、良かった!
凡その材料もさっき仕込んできました。つまらない材料ですが、野外で食す
ごはんは格別。これやっちゃうと、止められませんね。

クルマの調子もまずまず。まあ、比較的近い場所でやるので、なんかあっても
騙し騙し帰ってこられるでしょう。多分。最悪は誰かにトウバーで牽いて貰えば
いいか、と。他力本願ですね....。

ところで、豪快に燃え盛る炎。材料は南方系の柔らかい木で作った木パレット
が定番ですが、積めない!のが欠点。誰か、行く途中にもってきませんか?
会社に置いておけば産廃。
河原で燃やせばキャンプファイヤ。
微妙なとこです....。

46でトレーラ牽けば、これもばっちり携えていけるし、いろいろ
ムフフなアイテムも積めるし、でいろいろ解決するのだがなあ....。
置き場と、予算を無視すればやっぱ魅力的です。トレーラは。
車検取らないまでも、いつか欲しいですね。

今回はあんまし国防系のアイテムは欲しくないのですが、73式の幌部品が
欲しいですね。
つか、73式のボディタブが一式入手できれば、かなりしゃぶれます。多分。
いつか、いつか、って何時かが多いな。五日くらいに目標定めないと、
いつになってもあすなろだよなあ....。

がんばろ。

2006/4/3

穏やかだった週末の天気はどこへやら。すげー大風。だもんで、日記は
ちょっと手を抜いて、その分、J46のコンテンツをちょっと拡充。
ま、よかったらご覧下さい。

#て、ホントにちょびっとなんですが....。

2006/4/1

遂に四月ですよ。春全開です。世間的には....。
いよいよ、何をするにもいい季節です。

この春やりたいこと。えと、J46の全塗装。前に塗ったばかりだけど、やっぱ
平和な色にしたい。白か、純正のグレーメタにしたい。
自転車。絶対日帰りツーリングしたい。あと、まともな輪行したことないので、
それもしてみたい。
バイク。この春こそ、車検を取りたい。そう、GB400の話し。もう暫く跨ってないけど、
タイヤ変えて、バッテリ買ってきて、ブレーキフルード変えて、オイル変えて、
フィルタもついでに取り替えちゃえば、まあなんとかなるかな?と。
あとのダメ出しは、乗りながらすればいいし。
ついでに、ナンバー変えておきたい。まだ移転登録してないんですよ。実は。
所有権の解除もできないから、早々にすべきですよね。
体力がまだついてくる間になんとかしないと、乗れなくなっちゃいそうで。
今なら、ギリギリ間に合いそう。ソロで、たらたら乗りたいな。
目を三角にしないまでも、ゆらりゆらりと乗りたいです。久々に。

でも、そんなことぼんやり思ってる間に、あっという間に梅雨になっちゃうんだろうな。
そしたら、夏全開!
そーなる前に、なんとかしないと....。
いろんなもの、探索して探しておくことから始めますかね。
自転車だけでも、グローブ、帽子、ボトル、輪行関係の諸処。
バイクでも、合羽、車検証、グローブ、ヘルメット、バック、地図....。
J46なら、ペンキも手配したいし、ならば、幌の新調もしたいな、ホントは。

いくらあっても予算が一番問題かも。
ここは永遠のテーマです....。

2006/3/31

月末、年度末、五十日。三重苦な日に、仕事で終日ジープに乗ってました。
えらく風の強い日で、とてもじゃないですが、三月とは思えない陽気。
都心では、この週末が花見に絶好らしいですが、北関東のこの僻地には、まだもう少し
春の気配は届かないようです。

で、あまりに横風が強いので、直線の舗装路で、時々フロントデフを回したりしてました。
前から時々でていたのですが、何故かグワラン系の音が前のほうからするときがあるのです。
フロントを回すと。極低速域では聞こえない音なのですが、まあまあのペースで幹線などを
走っていると、時折、その音が出たりするのです。あまり気分の良いものではないのですが、
とりあえず実害はないと解釈して、そのまま放置してあります。

それよりも実害があるのが、コラムのリンケージで、昨年、ネッコをのーさんたちに誘ってもらって
連れて行ってもらったときに露呈したのですが、サスのフルストロークを使い切ると、リバースに
入らなかったりします。前進は全て入るのに、リバースのみNG。結構参りました。
結局、のーさんの46に引いてもらってスタックから脱出したのですが、リバースに入ればなんとか
なりそうな気配もあったので、割と残念至極でした。

平地でも、ちょっと勾配があるとリバースのみ入りにくい時があるので、ボディに三次元の歪みが
生じると、ステアリングコラムに抱かれてるシフトリンゲージが一緒に来ないのでしょうね。
因みに、のーさんの46はフロアに改造してあるので、こんな手のトラブルはどう考えても
発生しないでしょう。うーむ。

さらに。燃料を入れに寄ったガソリンスタンドで、たまたまおいてあったヨコハマとBSのカタログ。
簡易版の小さなモノでしたが、ゲタとジープサービスは掲載されてませんでした。
現在、割と入手が簡単なのは、ダンロップらしいのですが、やはり、ゲタは淘汰されていくのでしょうか。
個人的には、ジープはゲタ以外考えられませんが、これがなくなっても、似たパターンのダンプ用の
ゲタを履くのだけは勘弁してもらいたいです。16インチで10プライもあるようなタイヤでは、
いくらなんでも、硬すぎなんじゃないですか?と思います。
で、マッテレなんか履くのかなあ....。そんなのなら、輸入とか、山かけとかでなんとか逃げたいです。
ちょっと心配なのが、自衛隊が乗ってる新型の73式には、もはやゲタはついていない、ということ。
しかも、旧73式は、古いものから順次解体されていってるらしいので、ゲタの6プライはどんどん
衰退の一途を辿っていっているということ。
最大の顧客である自衛隊(多分ね)が、ゲタを採用しないのであれば、殆んど需要のない民間向けは
確かに、コストに見合わない在庫品でしょうから、廃れるのはまず間違いないでしょう。
まあ、需要はゼロにはならないでしょうが、大変納期のかかる特殊な扱いになって行くであろうことは
想像に難くないです。つまんないなあ。

自転車の700Cも同様の傾向でして、アメサイドの畳めないW/Oタイヤは、最早半ばカタログ落ち。
所謂クリンチャータイヤに、そのお株を奪われつつあります。
まあ、技術の進歩ですから、いいことなんですが、性能より雰囲気重視なボクとしては残念です。
バルブの規格が変化しないだけでも良しとしなきゃあ仕方ないのかもしれませんが。
そいえば、ポンプの写真を撮ったのでした。
SKSのスーパースポーツと、名門シリカ。
当時はシリカ高かったのだよなあ、確か。
SKSは普及品で、1000円しなかったくらいだった気がしますが。
シリカは4000円くらいだったかなあ。
ま、何れも20年くらい前の話し。物価は変わりましたが、自転車の部品はあんまし
変化ないですね。スゴイことです。
まあ、当時はこんなに中国と台湾がスポーツ自転車の世界で伸してくるとは思っても
みませんでしたが。

因みに、ゲタの輸入品で有名なのは、ディーストンというタイ(だったかな?)の
ブランド。ここは、ちょっとサイズが少ない。6.00-16ならすんなり入手できるようですが。
7.60-15とか、6.50-16のゲタをつくってもらえるように強く願う次第です。
もしか作っているのなら、簡単に入手できるよう、代理店にお願いしたいですね。
個人輸入は、やっぱある程度のスキルが必要だし。
ま、文句言わないで、その労力を厭わらないで調べる努力をせにゃダメなのは
百も承知なんですがね....。

700CのW/Oは辛うじて入手できますが、これもなにやら風前の灯火。
なんとか継続生産してもらえるよう、国内メーカーさんに切に願う次第です。

2006/3/28

続・ポンプネタ。SKSは、無事復活しました。これで、暫くはまた寿命が延びた、つうものです。
シリカは残念ながら、ボツ。もともと、大して効率よく入ったわけじゃないんで、ま、いいか、です。

タイヤ。数ヶ月前に、特買で売ってた20Cのアメサイドのタイヤを買ってきました。
本来、エランにつけようと思って買ってきたのですが、外径が小さく、リムに嵌めるのに一苦労。
仕方ないので、史上初めて、タイヤを嵌めるのに、タイヤレバーを使ってみました。
ここで、よく考えれば解ったのですが、外す時と同じ方向でレバーを絡げれば問題ないのに、
考えすぎて、その向きを反対に使っていたのですね。勿論結果はパンクの嵐。はめちゃあ、パンク。
そちちゃあパンク張り、再装着、パンク、の連続でいい加減嫌気がさしていて、諦めてパセラの
25Cを買ってきて、それを嵌めているのですが、折角買ったタイヤ、勿体ないから、レイダックに
嵌めてみようかな、と思い立ったのが運の尽き。同じ思いをしながら、親指に豆をつくりながら
悪戦苦闘。そこで、ようやくまともなタイヤレバーの使い方を発見したのですが、既にチューブの
修復痕は、数え切れないほどに達し、パッチも限界。
そこで、怪しいと思いながらも、当時モノの国産チューブを発掘。IRCと三ツ星のもの。
IRCは残念ながら、バルブの部分の劣化から使用不可。つか、バルブがとれちゃいました。
三ツ星は辛うじていけそう。こいつは25C/27X1共有で使えるらしいのですが、20Cには果たして
どうかな?とも思ったのですが、まあ、実験がてら装着。ダメもとです。

結果言うと、ばっちり。タイヤレバーの使い方も会得し、チューブもうまく収まり、
きれいな杉目のパターンも眩しい昔っぽい外観を獲得。

その勢いにのって、レイダックについていたメーターを外し、エランに装着する準備。
ついでに、昔のサンデンのライトを実験がてら、エランに仮装着。試しにタイヤを回すと
ばっちり点灯。メーターも電池を入れて、センサーを当ててみると80キロくらい出て、
これもどうやら動きそう。

ますます完成に近づくエラン。もう少しで往年の面影を取り戻せます。
もちっと、待ってて下さい.....。

#って誰に言ってるんだろ(笑)

2006/3/24

結局、ポンプの写真、撮り忘れました。
パナソニックも途中までしかキャプションつけられなかったし...。

実のところ、パナソニックはあんまし愛情注いでなかったし、ツーリングの
相棒として乗っていった記憶もないので、そんな大した脚注がつけられないのですね。
しかも、コンポで組んであったから、部品の説明もそう大して気の効いたことが
書けないし。

でも、当時はシュパーブプロのフルセットとか、憧れました。なんで?って言われると
困っちゃうのですが、やっぱどうせなら、ってその程度の認識だったのだと思います。
ホンモノのレースにでもでるんじゃなければ、負荷かかってからのシフトの秒数を
競うようなこともないし、別にアキュシステムなくても、ツーリングでは困らないし。
むしろ、普段はそのシステムを殺して、無段階で、自分で調整しながら乗ってることの
方が多かったかな。ブレーキのストッピングパワーとかも、自分の限界云々より、
タイヤにも依存していたでしょうが、今も変わらぬ貧乏性が頭をもたげると、
安いイモタイヤで満足していた部分もあるし。

憧れの形成、ってどうやって刷り込まれるのでしょうか。
よくわからないうちに刷り込まれてることが多そうですが、雑誌の影響力は少なくとも
今も昔も変わらないのかもしれません。
こうして、使っているパソコンも、当初使っていた機械は一切、内部を覗いたりしません
でした。敢えて雑誌を買わず、疎い振りを演じて、これ以上ヲタネタを増やさないように
努力していました。
買えば、きっと最高級スペックを求めて、果てることのない煩悩に悩むであろうことは
想像に難くなかったからです。
ただ、嬉しい誤算は、煩悩よりも、中古のマシンを生かす手法がかなり手厚くフォロウして
あったこと。旧式のマシンが一気に陳腐になる一方で、充分に使えるのもまた事実だったので、
それを生かす手法が簡単に手に入るのは有難かったです。
問題は、ありとあらゆる方法で憧れが形成されてしまうこと。
有形無形の情報が錯綜するのが、インターネットの世界です。昔のように一方的な
情報のみが一人歩きするのではなく、事実を嗅ぎ分ける嗅覚の技術を高めないと、自分が
負け組みになってしまいます。
雑誌の受け売りで入手した情報のみで憧れを形成できた時代は、或いは騙されている自分に
気が付かないことで、単純に満足を得られた良い時代だったのかもしれません。

今の世代の憧れはそれこそ千差万別です。昔はある共通のテーマがあって、それに向って
まっしぐらで済んだわけです。その選択肢も少なかったし。獲得する手法も少なかった
ですよね。たぶん。

少なくとも、趣味の世界でいえるのは、最早パソコンに関しては、憧れという名の趣味性より
も、それをどう生かすか、の方が重要だ、ということです。
趣味に費やす時間は、それがより核心に迫ることによって、より有意義に過ごせます。
調査、リサーチも、その過程を含めて楽しいのは否定しませんが、ならば、もっと
より楽しい時間を過ごした方が、更なる愉悦のひと時を過ごせるのではないでしょうか。

ま、ワイヤブラシでやる錆取りも楽しいですが、さび転換材をネットで入手できれば、
その方が早いし、第一そうすることによって、乗って楽しめる時間がもっと増すわけですから。

で、昔、排ガスの匂いを嗅ぎながら、目で追ったMBに乗る、っつうのが今時な感じかもしれません。

ん?なんか論点がずれてきたな....。ま、眠いので支離滅裂。非営利事業ですんで、
おっさんの戯言と思って軽く流しておいて下さい....。

2006/3/22

朗報。SKSのポンプ、普及版が発掘されました。
って、ちっとも朗報じゃないか...。(笑)
ボクにとっての朗報なんですが。しかも、シリカのポンプも一緒に発掘。
やった。写真は撮ってないけど、嬉しかったな。実に。

でも、ついてたパッキンは極めて程度が怪しい。数年前にはまだ入手できた
SKSのパッキン。今はどうかな....。
因みに、シリカは完全に終了。パッキンが完全に逝ってます。
飾り物としてはいいんですが....。

今日はパナソニックのコンテンツを途中まで作ってたんですが。
なんか文章、うまくまとまらないんで、今日はアップロードはやめ。
で、日記をちょろっと書いてごまかしです。

明日も書けないと思うのですが。明後日以降、またお目にかかりたく
存じます。

その時にはポンプの写真も上げたいですね....。

2006/3/20

しばらくぶりの日記ですな。

昨日は、部品のなくなったフレームポンプの再生ができるか否かを問いに自転車の
部品やへ行ってきました。
まあ、SKSのレンスター、ってざっと20年ものの部品が入手できるはずもなく、そそくさ
と諦めモードに入り、新規なポンプの物色です。で、
トピークというポンプのMサイズを購入してきました....。
しかし、幾つかの問題にブチあたりました。
まず、こっちの知識不足。最近のポンプはショート丈が主流らしく、昔のようにフレームに
そのまま挟むのではなく、例えばボトルゲージに共締めの樹脂ステイをつけて、そこに装着、とか
簡単にベルクロで固定、とかそんな風みたいです。

でも、こっちにはそんな概念なく、兎も角付け方がわからん、と。しかも最近のフレームは
昔ならマウンテンとかパスハンにしかあり得なかった前上がりのフレームですから、その対応
サイズも些か怪しい。そもそも、前上がりのフレームじゃ、昔培ったフレームサイズの概念は
全く対応できないわけですから。

で、解らないから、店員を呼ぶ。そしたら、ボクのこと放っておいて、店主と思わしきヒトに
言いつけられた用事を足しに、どっかへ消えてしまいました。
一旦ボクの顔見て、認識していたにも関わらず、です。

で、来たと思ったら、ま、確かに若い、まあ高校生でも今年漸く二年生かな?くらいですわ。
でも、こっちは、店のユニフォーム着てるんだから、まあプロだろうと踏んで呼ぶんです。
翻ってボクが高校生の時は、そこらの自転車やのオヤジに負けない位の口先だけ(あくまで口先だけ)
は持っていましたから、彼にしても当然、流暢な口ぶりでつるつるっとその販売口上が出てくるの
だろう、と。そう思って呼んだのに、5分くらい待たされ、挙句、”どーやってつけんの?”
と、問うと、再び無言でその場から消え、やや年配の女性店員に聞いてる始末。

いや、わからんことはわからんでいい。でも、少々お待ち下さい、とか自分も解らないんで、
他にポンプに明るいものを呼びます、とかなんか言ったらどうよ?え?
無言で消えるなよ。おい。

で、その女性店員にしても、ちょっと突っ込んだこと聞いたら、やっぱお手上げ。
で、漸くさっき若いのを呼びつけた店主と思わしき人物がやってきました。
最初から、おめー、こいよ。
そんで、自分のフレームが古い水平フレームで、バルブは仏式で、サイズは510です。と伝えます。
更には国産ですから、芯-トップです。このポンプは舶来ですから、だとしたら、芯芯での表記
ではないのですか?とも問いました。で、いや、問題ないです。これは、490から540まで対応
してますから。と。ほう、そうか。でも、ボクは、ま、ここからがグレーゾーンなんですが、
トップチューブのサイズが、535なんです。そこにも付けたいのですが、どうでしょう?と
聞いたわけです。すると、
ああ、問題ないです。丁度いいですね!
と、のたまうわけです。でも、箱には、フレームサイズは49-54で、トップチューブは
43-48(だったかな?)の表記がしてあるんです。正確には、そこ、自宅に着いて再検討して
発見した表記なのですが。

よく考えると、ボクのレンスターも多分、フレームで行くと560くらいのサイズのものを
買ってるんです。つまり、シートチューブに付けるときは、そのラグの角度がきついので、
表示通りのサイズでいけるわけですが、
トップチューブはそれを挟むヘッドチューブとシートチューブの角度がほぼ平行ですから、
より大きめのサイズを買わないと、装着できないのですね。
当時を思い出せば、今のレンスターもシートチューブにつけたことはなかったのだから、
トップチューブにつけるときは大きめのサイズを買わねばいかん!という初歩的な事項を
忘れていたのですね。すっかり。
んでも、外箱には、そのサイズが表記されてるわけで、ならば、両者の共有は無理です、とか
どこにポンプ付けるのですか?の一言があってもよかったように思えるのですよ。
プロショップと銘打つのならば。ね、店主さん。

でも、折角買ってきたし、確かにアルミの質感もいいので、なんとか携行しようとは思ってます。
で、今のところ、打開策として、
1、シートチューブに装着。但し、ワンボトルになるので、夏の季節は辛いか?
2、ポンプペグをバンド装着。そんで、トップチューブに、装着。今時、ポンプベグのバンド止め....?

確か、昔シリカの長めのポンプやら、短めのSKSの普及版とか合った筈なのに...。
どれもこれも散逸らしく、ないんですね。
悔しい....。つか、レンスターが軽くて、入りがいいんで、今でもお気に入りなんです。
ネットで部品探そうかな...。
あと、大穴。実は、あのエラン、ボトル三連仕様でして、ダウンチューブの下側にもボトル台がついてます。
ただし、チェンホイルやマッドガードとの兼ね合いでちょっと位置的に辛い。
でも、それから逃れる方法があったんです。昔のアルミのボトル。よくランドナーとか
キャンピングについていたあれです。あいつをつけると、そのテーパ角が絶妙にチェンホイルから
逃がしてくれて、どこにも干渉しない魔法の三連ボトルが実現できるんです。ただ、純正の位置だと
ダメで、実際は、下の穴にホルダーの上をつけて、はまらない下のホルダー穴はバンドで止めるのですが。
そうです。昔ボトルゲージを買うと、バンドがついていたでしょ?それを使うのです。
未だ、ボクはそれを後生大事に保管してあったので、またそれを使うのですね。

結局、オーダーした割に、バンド止めを余儀なくされるあたり、詰めの甘さが露呈しますね。

なんか、自分の生き方の原点をそこに垣間見るようで....。

人頼みですが、まあ、他力本願?なのかも...。
ところで、他力本願、って本来の意味は違うらしいですよ。
宗教用語なんですが。

といったところで、余韻を残しつつ、また次回です。

#うーん、またレスの付かない屁理屈ネタになる?のか???
お楽しみに(爆)

2006/3/13

今日はエランのページをちゃかちゃか追加してみました。
ちょっと画像が荒いかも。です。

2006/3/11

今日は、なんとかユーラシアのページを一気呵成に仕上げました。
乗ってるときにやらないとダメですね。ホントは、文房具やのネタで日記を一筆
計上しようかと思ったのですが、それはまた後日。とりあえず、ここに書いておけば
忘れないかな、と。
では、よい日曜日を...。明日もツーリング日和だとなることを祈って...。

追伸:なべさん、ぬか喜ばせですんませんでした...。m(__)m

2006/3/9

暫く日記書いてなかったのねん。
いろんなことがありました。恥ずかしいネタも多数。ま、追ってアップしますが。

クルマはまあまあ。春先ゆえに陽気はいいんですが、体調が今ひとつ。
ゆえに、オープンカー乗りたい症候群もあまりでないです。
その分、自転車乗らなきゃ。先日発掘した20年モノの700cのチューブはどうやら
漏れもなく、再利用できそうです。今や貴重品の国産モノですからね。大事につかおっと。

2006/3/3

日記。不定期つれづれ、とかいって久しぶり、つうのもどうかとは思うけど、
ま、そんなわけで。
自転車、一応、ちょこっと作りました。これからどんどん増やす予定。
ただ、三月はいろいろイベント多いんで、どこまでやれるか謎。
がんばりますよ。
うん。

2006/2/27

自転車。いろいろあった週末でした。

まず、インフレータ。口と、そのキャップが消失。それは、先週のポタリングで落としてきた模様。
しかも、先週末ちょっと乗ろうと思ったところ、なにやら、ピンホールパンクな感じ。
チューブ外して調べたら、バルブの口のすぐ脇で全くもって修理不可。全くパッチが張れない。
考えた末、スペアチューブのストックがあったのを思い出し、それを装着。

しかし、なぜか嵌めた筈のビードが突然外れ、今一歩で爆発。慌てて、フレンチのバルブを
押し下げ、間一髪セーフ。再度、ビードを押し戻し、フロアポンプで空気を注入。
アメサイドのタイヤ故、指で挟むその空気圧の感覚が麻痺していのか、どうか。
もう一度、セットし直し、写真撮影をしようと、自転車を壁にもたれかけさせたところ、
パコン、パコンという音(察しの通り、ビード外れた音)で、あ!と思った瞬間、バン!という
轟音と共に、チューブ暴発。
暫く自分自身で暴発してないせいか?などと下らないことを考えつつ、暫し放心。
すでにスペアチューブもなく、そもそもそんなようなビード外れてのパンクは経験したことがないし、
アメサイドだからといって、それが理由になるほどではないし。

次回からはきちんと空気圧をゲージで計って入れようと誓いました。
んでも、前タイヤも同じくらいの空気圧で入っていたのに。謎です....。
ビード外れの癖がタイヤについたのだとしたら、由々しき事態ですね。折角購入した新品タイヤ
が一瞬でゴミになってしまうわけですから。これは悔しいですよ。

でも、そこのとこを誤魔化しつつ、写真撮影を敢行。各部の詳細を撮影して、多少、液冷の
ページを作成し始めました。
なんとか、来週中くらいには、エランとパナのファニーバイクのページだけでもアップしたいです。
パナは、まだ全然レストアしてないので、現状を見てもらうだけになりそうです。
しかも、殆んど吊るしで乗っているので、みてもあまり楽しくないかも、です。

参考に申し上げると、現在所有のスポーツ自転車は、エランのスポルティーフ、パナのファニー。
それから、レイダックの廉価版(前三角のみアルミ)。それと、BSのユーラシアディアゴナール。
あと、車庫に寝てる、父親が乗らないのに知り合いから購入したリカンビが二台。
700cと27X1-1/4のアメリカもの。
それと、友人から預かっているロードマン。これはボロボロ。
以前は、弟がビアンキのMTB乗っていたのですが、誰かに乗り逃げされて、その後行方不明です。
友達に貸したらしいのですが....。ちょっと心残り。
あと、全バラの状態で、コギーという会社のヴィクトス、というヘンテコな自転車もあります。
フレームがV字型の異径の角パイ(100X40くらいか?)で構成されていて、前後センタープル、
ブルムースバー、24inのブロックタイヤ、変速なし、という極めて、キワモノの自転車です。
塗装総剥離、ヘッド小物外した状態で、15年以上寝てます。部品は全て取っておいたのですが、
散逸している可能性も高く、その再生は、難儀を極めるかと。

うーん、結構あるなあ。
今後もがんばんないとな....。

2006/2/24

午前も午後も忙しかった日々。わが社、人数控えめなんで、ちょっと急な注文入ると
それこそ、てんやわんや。お昼もおちおち取れないし...。

掲示板にもちょっと書いちゃいましたが、拘りの乗り物、つか、思い出の
乗り物、ってある部分では自分の分身みないな存在です。
特にパーソナルな感がある四輪なんかはその傾向が強めです。
エンジン切った後の、パンに落ちるオイルの音なんかは、前にも書いたかもしれませんが、
マラソンの後の動悸が収まる、あの様にそっくりです。
自転車は、それが、3/4くらい自分の力、その残りがその自転車の性能で、その場所に
いける乗り物です。バイクは、丁度、四輪と自転車の中間なような味わいがあります。
どれも、それぞれに思い入れが溜まっちゃって、処分するときはホント悲しいですね。

ま、どれもただの機械だし、意思があるわけじゃないですが、どうしても、人間、機械を
擬人化して考えるのがすきなんじゃないでしょうか。
少なくとも、四輪の正面から見た雰囲気は、明らかにそれを目論んでいるはず。
BMWは、キドニーグリル、なんて誰もそんな気取った言い方しないし。
ぶたっぱな。これです。一時のミケロティデザインのクルマも、チャイニーズアイ、
でしたよね。トラのヴィテスとか、スカイラインスポーツとか。
絵本で有名なじぷたも、ライトに黒目が入ってるんですよね。可愛い。

ま、あの頃の丸目のクルマだと、そういう解釈も簡単でした。
今の乗用車って、もはやそーいう解釈では捉えられなくなってきてますよね。
空力考えた吊り目ばっかしだ、って言っていたのも今は昔。
それ以上に無機質になっているような感じです。クルマへの愛情が減っていって、ただの
工業製品、ま、確かにそうなんですが、そういう風に感じられます。
その技術の進歩から言ったら望ましく、喜ばしいことなのでしょうが、当の技術者たちの
心の叫び、みたいなところを感じ取ることは難しくなってくるんじゃないでしょうか。

表面だけしかさらえない愚か者の雄叫び、(ボクのことだ...)ってば、そーなんですがね....。

翻って、昔のトラックって、すげー顔つきでしたよね。今の、なるべく都市に調和して、と
いうのと違って、ひたすら迫力第一、みたいなとこだったし。
ふそうの初期のキャブオーバの四トンのフラッシャは、レレレのおじさんがモチーフになってる
としか考えられないし、本官さんみたいな顔のトラックも確かあったはず。
いすゞのキャブオーバトラックも、なんか怖かったな。UDは牛。ふそうは怒ってた。
日野は、いいヒト、って、そんな風が、ボクが子供の頃の各社の10トンクラスのトラック
の顔の印象。四トンクラスは、それこそ、マッシーダイナとか、ボクサーとか、
今じゃ淘汰された顔もあって、ごしゃごしゃ。今でこそ、各社とも、四トンクラスと10トンクラスの
ドアが共用だったりとかしてるけど、その頃はもっと簡単なプレスだったこともあるんでしょうが、
そんなことしたら、10トンの運転手さんが、一緒にすな!って怒ってきそうな、そんな格差が
あった様にも思います。

技術的には、そんな格差はなかったのかもしれませんが、キャブデザインは、明らかにいろんな
ことを主張してます!って感じのでかさと、強面を表現してたように思います。

乗用車も、トラックも、ただの道具っぽいデザインになっちゃんたんですね。機能重視の。

こんなこと言うと、怒られそうです。各社のエンジニアやデザイナーに。
おれたちだって、いろいろ考えてるんだ!バーロー!って。

先にあやまっちゃお。ごめんなさい。って。

でも、でも、なんで、FJクルーザーとか、ミウラとか、新型なのに旧型顔なんだろ。

だったら、ジープ顔のジープ出してほしいです...

あ、それがTJか....。

んー、なんかちょっと違うんだよな...。

技術の進歩、って難しいです....。

2006/2/23

この週末にかけて、またしてもチャリのヒトになろうかと思ったら、なにやら天候が
不穏らしい気配。折角やる気になってるのに、名の通り水を差された気分です。

今、ボクの自転車は、自宅玄関に鎮座してるのですが、正直、邪魔なんですね。
実は、学生の頃も、その状態で鎮座させてあったのですが、タイヤが邪魔で、(要は玄関の
土間の奥行きが足りない)フロント部分のみ上がり框にのせて置いてありました。
注意深く扱ってはいたのですが、弟がそのタイヤ部分につまづき、自転車を倒してしまった
ことがあります。丁度運悪く、上がり框の出隅部分に、トップチューブが見事ヒット!
哀れ、自慢の0.3のタンゲパイプは、凹んでしまったのですね。結構がっかりしました。

でも、そこはそれ、すぐに気を取り直して、板金したのですね。
材料は、タミヤパテと、タミヤスプレー。そう、ボクのエランの色見本は、実はタミヤの
イタリアンレッドだったのです。
下地は総メッキしてあるので、錆びる心配はないし、応力の掛からない部分ゆえにあの薄い
パイプが成り立っているのだから、パテが剥離する心配もなかろうと、勝手に解釈。
で、パテを盛り、細目の水ペーパーで仕上げて、タミヤスプレーを一吹き。適当にぼかし効果も
交えつつ、見事完成。うーん、われながらまあまあの出来栄えです。

あとで、そこの部分を画像にしたいと思ってますが、現在でも、剥離することなく、
なんとか形を保っております。偉いぞ!タミヤパテ!

今回の復活でも、タミヤスプレーを小皿に吹き付け、それを面相筆にとり、タッチアップです。
簡単に入手できる塗料をその色に選んでおいた効果が、まさかこの歳になっても発揮されるとは...。

作った当初は、薄ぼんやり、ずっと所有するんだろうな、とは思ってましたが、部品の
互換性が徐々になくなっていくのは想定外でした。あの時、ひねくれないでシマノのヒトに
なっていれば、こんな苦労はしなくても済んだのに!という思いは時々あります。

当時最新鋭だった、七段のフリーですら、今や時代遅れも甚だしいし、そのエンド巾の規格のせいで
ナロウチェンをチョイスせざるを得なくなったわけですが、このフリーやら、チェン、前田の
部品はもうすでに入手できないでしょう。
先日伺った自転車店には、未だそのフリーがあるようですが、スプロケがアルミ....。
ここ一番!の時に使う御仁もいらしたようですが、当時からその耐久性はかなり怪しい部分が
あったのもまた事実なようです。
フロントのチェンリングは、まだ入手できそうですが、PCDが144のリングは怪しいですね。
また、中途半端に樹脂部品とか使い出した頃のパーツなんで、その耐久性が怪しまれます。
デルリン素材のマファックのブレーキレバーなんて、力いっぱい引いたら、折れそうです...。

あ、そうだ。ボクもフラットレバー、持ってるんだ。マファックのレバーってば、フラット用でも
ワイヤのタイコがドロップ用のでいけるんですよね。そこが気にいって買ったんだった。
懐かしいな。真っ白に粉吹いてるけど、磨けばたぶん、まだ行けるよ。
これ使って、ポタリング用の自転車とか作るといいかもね。
あと、ギドネットレバーもどっかにあったはず。
その昔東急ハンズで買った、QRハブ以前のでかいウイングナットもどっかにしまったぞ。
バンド式のwレバーも、さびてるけど、どっかにしまったはず。
レバー本体は、直付け式のがあるから、それと二個イチでいけるな。
確か、アキュシフト以前のサイクロンもあったはず。
おー、結構、写真に撮ると面白そうな部品がまだまだあるなあ。
うん。探さなきゃ....

って、どこにあるんだろ....

わからない.....

ここが二十年間のブランクの寂しいところ....。

週末は、それをやるか....。雨降ったら....。

うーん、またしても、動かない自転車の一丁上がり、か?
いつも、泥沼だな、おい.....。

2006/2/22

なんだか、中途半端に忙しかった一日。
仕事の法則。忙しい?と聞く関係者には、全然!と答えて吉。
でも、ホントは、そんなことないんです。多分。
まあ、試験勉強した?と聞くと、全然!という答えをするのと同じかな、と。

ただ、今の”全然”の使い方って、昔と違って必ずしも否定形のみに使うわけじゃ
ないんですよね。肯定にも使う。”全然オッケー”って今は通用するし。
まあ、商取引での言いまわしには全然ダメだけど。

兎に角、わが社みたいな売り屋の場合、仕入れして、それに口銭を乗っけて横流しする、
つうのが、基本的なスタンス。従って、どういう形態であっても、直接手渡しが原則。
でも、大量にまとまった場合、メーカーなり、卸問屋なりが、直接エンドユーザーに
渡してくれたりもします。一個飛ばしての納品ですから、直接ユーザー送り納品、略して直送です。
で、これやれば、電話一本、今ならメール一通、ワンクリックで完了です。
こればっかしなら、それこそ左うちわであぐらかいて、鼻ほじりながら儲かります。
これなら、確かに暇なんです。電話番とか、パソコン番してりゃあ、用が足ります。

でも、そんなことばかりしてると、お互いの顔が見えない分、確実にお客は離れます。
田舎の商取引の場合、お互いの情にほだされて、つうのも大事な営業の一つですから。
ま、田舎じゃなくても同じかな。それが無い場合は、ひたすら安く、だけの繋がりですから。
マスプロダクトの商品の場合、完成度は同じで、それをどこから、どうやって買うかはお客の
自由です。
でも、趣味性が絡んでくれば、そこはだいぶ状況が変わります。
絶対数が少ない、色の指定ができない、そもそも探しても売ってない。
これらの状況は、大多数の消費者には無意味な機能、つまらない付加価値としてしか理解されません。
ゆえに、少数の顧客に対して、ぼったくりの売り方をしても、納得してもらえれば、それで
完結します。

で、わが社の扱い品目はパリパリに趣味性のない品物ばかりですから、そもそもそんな考えは
できません。

でも、儲けたい。

だからこそ、人間性や、利便性という名の付加価値を与えるわけです。お客さんに。
よく言う、商品を売り込むんじゃない、自分を売り込め!ってやつです。
そーすると、それが完結するまでは、忙しいけど儲からないわけです。
で、品物が回りだせば、お互いの信頼関係で、直送できるし、回収も楽だから、暇になるんです。
て、ことは、暇です!っていってるのは、俺んち、儲かってるもんね!という意味なんです。
多分。

趣味の世界なら、いくら動いても、それは金銭のためじゃなく、自分を納得させるため。
その究極の目的は、そのヒトによって様々でしょうが、やっぱ、自分を精神的に満ち足りた
状態にもってくためなんでしょうか。簡単に言えば、自己満足。
そうですよね。つまらないことを無意味にやっているようでも、それは本人が満足してれば、
立派な趣味だし。
ジープの錆取り、とか、直しても直しても現れるフイアットの故障とか、その最たるもんじゃ
ないでしょうか。もっと楽な、楽しい乗り物だって沢山あるのに。
でも、本人が満足してるから、いいんです。
商売は効率重視、利益第一。趣味は効率無視、利益より自己満足。
そのムダがあって、初めて楽しい、と感じるのかも。

移動時間/距離だけを考えれば、自転車もムダですし、わざわざ寒いのに屋根開けて疾走するジープも
おかしい。ロータリーエンジンとかも、効率を追求しつつ、わけわからないことになってる
点で、やっぱ大いなるムダ。
四輪持ってるのに、寒い時期に乗るスポーツバイクもおかしいし、まともなクルマが
世間にいっぱいあっても、不役立ちなクルマに乗ってるヒトもおかしい。

って....おれじゃん!(爆)

2006/2/21


一日、からだの様子を探ってみました。昨晩、ヘンテコな寝つきをしてしまった故か、
朝は腰が痛かったものの、他は、総じて問題ないレベル。
ま、近距離を走って、実際の負荷を掛けての走行ではないので、断定はできませんが、
たぶん、ちょっとしたツーリングならなんとかなるのではないかな、と。

ここ半年くらいで、諸般の事情と、その他の目的もあって(?)か、体重が約10キロ
落ちました。ジーンズで言うと、二サイズ、インチダウンです。
現在は横這いで推移する体重ですが、これは、学生時代に散々自転車乗ってた頃の
体重にほぼ匹敵するレベルです。で、その時が最も痩せていたわけで、成長期を除き、
近年稀にみるレベルを達成しています。
体が軽い、という感覚はありませんが、下を向いたときに、己のシングルピストンが
自然な状態で見えるのはややにんまりできるとこです。

右の太ももが痛かったのは、ちょっと重めのギアでがんがん踏んでいったからでしょう。
筋肉の付く乗り方です。
有酸素を目指すなら、割と軽いギア、ボクのなら、フロント50Tにリアを16Tにして、概ね
時速30キロ平均でまわすと、90〜100回転位のクランク回転数になるはずです。尤も、これを
長時間やると、かなり心肺機能がへばります。

ただ、コードののたくるメーター付けないとそれが解らないし、ごてごてしつこいセンサー
を目にすると、自転車本来の枯れた美しさがだいぶスポイルされてしまうので、個人的には
あまり着けたくありません。以前、一本ローラを購入したときに、それをつけていたのですが、
ネコに配線を食いちぎられてしまってからは、諦めて、単調に漕ぐだけのつまらないエクササイズ
に成り下がってしまいました。
でも、やはり風を切って走る喜びと、空調の効いた室内でネズミよろしくがらがら漕ぐのとでは
全く異質な趣があります。
今回、久々に風を切って走って思い出したのですが、やはり、移動する風景を目に焼き付け、
速すぎず、遅すぎずの速度を味わうのは、自転車が一番だな、と。
その感覚の目安にするには、フロントタイヤでセンシングするメーターで充分。
距離計と、その時々の絶対速度がわかりさえすれば、あとは別段不要なのかな?と思いました。

なんで、今度出かける時は今、レイダックについてる20年前のサイクルコンピュータと呼ばれる
非接点式のデジタルメータ、それもフロントタイヤでセンシングするやつを付けてやろうと思って
ます。

目的が、健康増進なのか、それともただ単に乗車する喜びを味わうために跨るのかで、自転車に
課せられた方向も変わってきますが、それは、自分で変えることも可能です。
メーター一つとっても、これだけ考えることができるのですから。
趣味性を高めて、オタな車両にするもよし、チューブラー嵌めて、シングルの固定ギアで
ピストを気取るもよし。
バネつきのサドル付けて、超安楽なポタリング向けにするも良し。

そうなんです。自転車は、多分、この日本で唯一といえるであろう、お上にいちいちお伺いを
立てなくても自分の意思で進む方向を決められる乗り物なんですよ。
フレーム番号だって、自分の好きにできるし。腕さえあれば、完全自作もできます。
部品も好きに変える事ができるし、互換性は比較的高いし。

ビバ、サイクル野郎!ですね。
また、この週末も乗ろう!っと。

2006/2/19


行ってきましたよ。ミニツーリング。午前中の内にタイヤを引き取ってきて、そのまま
装着。サドルとタイヤだけはバリもので、市内の北側を半周して帰ってきました。
途中、なべさんに見せびらかそうかと思い、勝手に立ち寄るもお留守。
で、そのまま川沿いのサイクリングコースを走るも、やっぱ、つまらん、ちゅうことで、
市内の山沿いを走るコースを半周することに勝手に決定。
ソロで行くと、こーいう行き当たりばったりの行程が組めて、気楽でいいですね。
で、まずは、踏み切りが絡んであまりクルマで走らない辺りを簡単にポタリング。
で、よさそうなお寺の門の前で写真。でも、携帯しかない....。
まずは、証拠固め。(笑)てか、学生のツーリングって、写真殆んど撮らなかったからなあ。
フィルム高いし...。
で、そのまま、ちょびっとした峠にアタック。で、早くも息があがり...。
山の東側は割と平坦。で、多分クルマだと行かないドンつきの神社の社でもう一枚。
普通の格好だと、なんだか怪しい気配でも、自転車と一緒なら全然平気。
なぜだか近所のおばちゃんに挨拶されたり。
この交流がが、エンジン付きの乗り物だとないんですよね。
唯一、幌外したジープは可能だけど...。

で、兎をモチーフにしたスクーターが試験したという由緒ある峠を降り、
ちょっとだけ戦後風味なアパートの前の路地で一服。
冷えたジュースがうまかったなあ。
久々にくるりと乗った感想。
サドルは、思った以上に初期馴染みがしてあって、所謂皮サドルと、普通のウレタンサドルの
中間的な乗り心地。タイヤは、アメサイドなんで、クッション悪し。まあ、想定内。
脚力は、思ったより行ける。けど、リアフリーはもう一枚ないと、峠はキツイ。
裏技だけど、ボク、もう一組チェンクランク持ってるんで、それならトリプルで、インナーが
32Tだから、もちっと楽かな、と。
ただ、PCD130の5アームのクランクに禁じてのクランク直取り付けのインナーなんで、
どうも今ひとつ、自分が許せない、つうかなんつうか...。
探せば、PXのクランクがあるはずだから、それにトリプル用のボルトナット探して(どっかに
必ずある筈なんだけどな)、それで、50/42/32のトリを組むべきかも。

あと、峠の下りが思った以上に怖い。あんな細いワイヤ一本でブレーキをコントロール、
言い換えれば、自己責任で速度をコントロール出来るのか?と考えたら、それが恐怖で、
ついつい、速度が出せず。爽快な下りも心底楽しめないのは、どうかと。
それに付随して、バンク角が浅い。タイヤ新品なんだから、思い切って寝かせばいいのだけど、
子供の頃、寝かしすぎてコケたことがあって、(今回の山の中腹のヘアピンです)それが
未だトラウマ。

総じて、天候が良ければ、自転車は改めて面白いです。

って、ジープのことも書かなきゃ(笑)。部品を買いに行ったのは、46で行きました。
車検取って、初めての長距離、ってほどの距離でもないけど、心なしか、燃費が良かったような。
ラジエター修理して、それだけで燃費良くなるわけじゃないし...プラシーボかな?
判らんです。点火時期、いじって、進めてくれたのかも。

あと、タイヤを買いに行ったら、長年探していた、お宝を特別に譲って貰えました。
しかも、破格。ここで詳細を述べると、お店に迷惑かかりそうなんで、ナイショ、ということで。

で、これからどんどん陽気もよくなるし、お出かけ日和も増えるだろうから、
脚力もますます増すかな、と。どうなるかわからないけど....。
でも、好印象でした。
楽しかったな。

2006/2/18


タイヤが入荷したと、自転車の部品やさんから連絡がありました。明日、天気良ければ、
午前中のうちに引き取り行って、午後は、サドルとタイヤを新調して試運転行きたいな。
あ、あとどっかでサドルにつける油、買ってこなくちゃ。
今度のは、国産タイヤで、アメサイド。耐久性重視です。でも、確か、サイズが28cだったような。
ホントは、25cがいいんだよなあ....。
実は、どっち頼んだか、忘れちゃったんです。マジで...。
ま、来てからのお楽しみですね。

あとは、ブレーキシューの微調整かな。それと、格好悪いけど、メーターの取り付け。
今度は、以前付けてた、フロントのみで完了するメーターに戻そうかな。
いろんな配線のたくって、機能はあっても、今のはちょっと格好悪いんです。
そーすると、今ついてるレイダックから外して、電池買ってきて、で結局また走れないとか。
なにやってんだか、の話しになっちゃうんだけど。
本末転倒、おばかモード全開ですね。

んでも、春のエセ(失礼!)ツーリングに向けて、なんとか体力つけなきゃいけないし。
トレーニング、ってほどの大袈裟なもんじゃないけど、皮サドルに向けて、ケツを
馴らさないとね。新しいサドルは却ってケツに厳しいですから。

つうことで、どっかで写真でも撮れたら、後でアップしますね。
口約束にならないように頑張ります(笑)

2006/2/16


昼休み、ちょっと抜け出して、静かなところでクルマを撮ってきました。とは言え、例によって
携帯のカメラで撮ったので、なんとも冴えない画像。つまんないので、ちょっと加工。
どうです。本邦初、4ドアの40系?です.....。
画像処理ソフト使わないで、OSに標準装備のお絵かきソフト使って書いたとは言え、
その稚拙さ加減は、流石に呆れるを通り越して、笑っちゃいます。
それ故、偉く小さい画像にして誤魔化しを計るも、やっぱ無為。
いかにも感がバレバレです....。

今日も、そんなわけで、ちょろっと配達のお供にしてみました。この辺はその時間、しとしと
降雨だったので、屋根つきのライトバンとして、運用したわけです。
で、現場行ったら、やぱ、どこの変なヤツがきたのかと思った、と監督に言われる始末。

思った通り、この色が諸悪の根源か、と、改めて、一見右よりなこの色を恨んでみたり。
で、昨日の続きへと絡んでくるのですが、それにしても、クルマの持ってるイメージとは
恐ろしいものです。敢えてメーカーが意図しないところでも、それは勝手に一人歩きしていたり
とか。昔、マツダがサバンナのRX-3を出していた頃、その速さと、尖がったノーズが醸し出す
所謂、”ワル”さを感じたその手の愛好者が、勝手にシャコタンにし、直管にし、ワークスの
オバフェンつけてがんがん走っているのを、マツダが恐れ、下取りで回収したその多くを解体に回した
らしい、という逸話があります。
これは、マツダが、そのクルマのイメージがマツダ=族車になるのを恐れて、無理やり世間から
抹消したかったからなのでしょうね。でも、その直管マフラーも、仕方ないんです。
なんたって、そのイメージコピーが、”直感、サバンナ”だったんですから。

おっと、つまんないオチをもってきてしまった....。

ま、マツダはよもや自分ちのクルマが、族車になるのはやっぱ、避けたかったんじゃないかな?
あと一つ、ガス食いのロータリー、ちゅうイメージも抹消したかったのかな?
本格的なスポーツカーのRX-7なら、きっと族車にはならんだろう、とそう思っていたのかも、です。

ま、国防色に塗れば、どんなくるまでも、らしく見えるのは否定しませんが、ジープの場合は、
元々の成り立ちが、あまり考えたくないのですが、元々なので、右よりの印象は、その色が
それらしいと、更に際立つわけです。で、格好でヒトを判断するな、ってかっこつけた教師の
言い分じゃないですが、実際のところ、スーツ着たヒトの方がむしろ泥棒だったりとか、ホンモノ
の泥棒は、唐草柄の風呂敷は持ってないけど、とかそんな話ですよ。

なんの話しだっけ....。

また、ダメだ...またしても次回に続く....。
orz.....

2006/2/15


車検にだした46が戻ってきました。いつも通りのメニューと、ラジエターコアの修理。
上下の船は、修理しないで大丈夫だった、ということです。
そのかわり、ラジエターキャップは変わってました。
でも、それ以前の加圧、0.5が、今回は、0.9になっているのは、ちと心配ではあります...。

で、久々に仕事のお供に半日、連れまわしてみました。
結果、相変わらず、お客さん、特にちょっと年配の方の受けは抜群ですね。
今日は、しかも、車内の匂いを嗅いで、懐かしいとのたまうお客さんもいらっしゃたったり
して、なんだかなあ、って感じですね。

しかし...。本人はそんなに古いクルマ乗ってる、つう意識がないのもどうかと。
先日、のーさんとも話したのですが、ジープのなかでは、全然最近のクルマだし、乗ってる
本人も、クラシックカー乗ってる意識もないし....。
ボクも、壊れないクラシカルなイメージで乗ってる部分が多いけど、
ホンモノのクラシックカーに乗ってる感覚は、全くなく、故に、今回のラジエターの故障も
ただ、単に故障、としか捕らえることはできませんでした。

で、翻って、何年前のクルマだい?とか聞かれるのは、正直、不思議な感じです。
逆に、もっと最近な風のクルマに見せることはできないかなあ?と思ったりもします。

実際は、平成のJ55に乗っていても、古いクルマだねえ!といわれてしまうので、そもそも
ジープのスタイリングが、間違いなく古めかしいのは否定できないのですが、それでも、
なんとか、昭和60年代の、それこそ街にチェッカーズとか、夕焼けなんとか、なんつう
番組が流れていた頃の古さまで、近代化できないかあ?と考えたりもします。
妄想で考えるのが、やっぱ、明るい色に全塗装、そんで幌を新調して、その色を黒にする。
フレームをピカピカのつやありのシャシーブラックできれいにする、とか。
いくら、近代化風味にみせかけても、所詮、メカニズムは戦前からそう大して変わっていないし、
乗ってる人間がおっさんなのですから、どうあがいてもムダなんですが、仕事で淡々と乗りたいな、
と思うと、必要以上に趣味性が前面に押し出されてしまう、その雰囲気が、ややもすると、
邪魔クサイな、って思うんですよ。

単純に、便利で、使い勝手が良くて、気に入った形だから乗ってるだけなのに、別の意味で
色眼鏡で見られると困るときもあるんです。
しかも、多分三菱は、そーいう趣味性の観点からは、このクルマを解釈してなかったろうし。
実際の道路は、その当時よりも舗装率は上がっても、現場の道路状況は当たり前ながら、40系が
現役の頃とは変わってないわけです。故に、便利なんですが。
積んでる荷物だって、そんなに変化ないだろうし、使用目的だって、あまり変わってないです。
きっと。

だからこそ、40系は未だじゃんじゃん使えるのですが、周りの風景が変わりすぎたんですね。
現場の外の。
それゆえ、ギャップの激しさがつまり、趣味性の高さ、故に、変なの乗ってるねえ、つう評価に
も繋がるんではないかと思うのですが....。

なに書いてるのか、支離滅裂になってきました。
眠くなってきたので、この辺の解釈は、またあとでゆっくり考えることにしますね。

#んでも、この手の続く、話は続いたことが殆んどないのよねえ....(笑)

2006/2/14


今日は日記が書けない.....。なんか、スランプです....。 あ、そうだ、J46を車検に出しました。最近、ラジエター不調でちょこっと 街乗りしかしてなかったけど、これで、また適当に乗れます。 ただ、タンク小さい割にガソリン食うんで、あんまし遠くには行けないですね。 いつも満タンじゃないと、結構心配です。 しかも、あのクルマ、メーターが結構素直で、最近のクルマのメーター、って エンプティのオンラインで給油すると、まだあと10リッター位残っていたりするけど、 J46は、ホント、あと5リッターだったりとかします。 で、それを過ぎると、満タンで45なのに、43とか入って、かなりの恐怖を感じたりとか。 携行缶は伊達じゃないんだな、とガソリンジープに乗って思いました。 ホント。 でも、その分軽快な加速と、伸びがあるので、ディーゼルとはまた違った良さを 与えてくれたりとかします。 また、暖かくなったら、ぼちぼち乗れるでしょう。 最近、少し寒さも和らいできたし。 あと、いい加減、あのヘンテコな色にも飽きたので、塗り替えたいです。 悪い色じゃないんですが、中と外が違う、つうのが実は嫌いなんです。 だから、内部の錆取りから始めて、きちんとした全塗装したいです。 ま、刷毛塗りで上等なんですが。 今度は、軟硬取り混ぜできる白いのにしたいですね。 爽やかなイメージ(笑)が香る長い幌も、いいかな?と。 やっぱ、変かな?わかんないなあ。 あと、バイクも、今年こそは車検取りたいです。 自転車も、積極的に乗りたいし....。 うーん、時間がないなあ...。 がんばろっと。

2006/2/13


今日は忙しかった....。休みで連休になると、そのしわ寄せが翌営業日に移るので、
結局、同じなんですよね....。

しかも、車庫作った体の痛みが、どうやら今日きたらしく、なんだか知らんが、
足の痛みで、それと知る、みたいな。(笑)困ったもんです。

さっき、アルファロメオのGTV6を見ました。未だ動いているんですね。驚き。
しかも、小さいの。二度びっくりです。
当時のスポーツカー、って、みなおしなべて小さいですよね。
フェラーリなんかも、現物見ると意外に小さかったりするし。トヨタの2000GTなんかも
写真で見ると堂々たる体躯、って感じでも、バランスがいいのかな?ホントに
低くてちっちゃいし、ホンダのS800なんて、今の軽自動車より小さいくらいじゃないかな。

今走ってる現行車が大きくなったせいもあるんでしょうが、過去のスポーツカーは、
写真と現物で受ける印象が結構異なります。
当時驚いたのが、Zの32。写真でみると、全く感じなかったそのスタイリングが、現物には
極めて、萌え(笑)。映りこみとか、自然の光とか、見る目線なんかで、全部違う表情を
見せます。

で、翻ってジープですが、写真と現物は、同じです。
それって、なんでだろ?と考えたのですが、直線基調のかっこうの方が、
余計なリフレクションとか感じないでいい分、素直な写真が撮れるのかな?
あと、目線が素直な位置に来るから、それでイメージ通りのスタイリングに映るのかな?

ま、あとでよく考えることにしましょうかね。

2006/2/12


週末は、盛り沢山でした。土曜日が、子供の文化祭。適当にいなして、でも、
その出来にはちょっと感心。
その上がりに、友人に頼まれた、車庫作りの手伝い。
既製品のモノなのですが、ボルトナットの締結だけでは収まらず、モルタルも必要に
なってきます。
当然、それに見合った道具も必要ですから、それの貸し出しと、その指導(?)を
してきました。
延べ、二日かけて、なんとか出来上がったそれは、金額も確かに決して安価なものでは
なかったのですが、夢のガレージとしては、まずまず妥当な金額ではなかろうかと、
自負する次第です。
その間には、近所に遠征にきたのーさんたちを出迎えて、談笑。
ここから、一時間くらいしか走っていないのですが、結構な山に着きます。
改めて、この辺が、田舎だということを実感します。
下らない、でも、面白く興味深い話を伺い、翌日の車庫作りの続きのために早々に退散。
遅くまで付き合ってくださり、ありがとうございました。>ネッコなみなさん。

ところで、組み立て式の車庫の場合、本来、縁切りと水捌けを考えて、基礎の立ち上がり
にブロック一段積むのが通例なのですが、今回、いきなり土間コンに土台を流し、それに
後施工アンカーを打ち込む、というイリーガルな方法で建てたのですが、結果うまく
おさまったようです。
識者に聞くと、三次元の歪みがでて、屋根がどうしようもなく収まらなくなる、と
怖い言を頂いたのですが、オーナーは、漏れたらシ−リングすればいい!と呑気な
ものです。
乗ってるクルマはイギリス車ですが、考えはラテーンな方です。
前向きな考えは、自分がクラシックカーに乗っているという意識が全くない、
ジープ乗りなみなさんと相通ずるものがあります。
ま、兎に角うまく立ち上がって、正直ほっとしてます。
こんな感じで、予め打ってもらった土間コン(伏図通り)にあわせて、土台水切りを流して、
アンカーで止めていきます。
で、柱を三組立てます。これがまんなかの柱。柱は、土台に刺してあるだけで、下端で六ミリ
ボルトで止まっているだけ。弱いので、早々に母屋をつけて、左右で連結させます。
このようにして、三組六本の柱が立ちます。この柱だけは、シャッターガイドをも兼ねるので、
予め土間コンを斫って250角の穴を確保、根巻きできるようにしておきます。
で、柱前後を梁で、繋ぎ、今度は壁パネルを止めていきます。
単調ながら、うまくはまらなかったりして、結構しんどい作業です。
こうして、壁パネルを全て張り終わると、それなりに様になってきます。
さながら、タルガトップの車庫といった風情です。
収納すべき車両を仮置きして、様子を見ているところです。
スーパーセブンと、スズキの750がぴったり納まります。
で、屋根を張り、破風板を着け、シャッターを男三人で取り付け、シャッター柱の
根巻きと、仕上げのモルタルを金鏝で押さえると、ほぼ完成です。
細かい作業は多少残っているものの、この時点で、あと97名乗ることが出来る
屋根をもった車庫の完成です。左端が持ち主。自宅二階のベランダでカメラを構える
奥様に向って、誇らしげな顔で、嬉しそうです。
こうして、無事に定位置に収まった車両。オーナーは、今後、ここを核に、自分の
趣味を全うするために、日夜全力で、更新を続けることでしょう。頑張って下さい。


2006/2/10


五十日。ごとうび、ってやつですな。
何でか知らんですが、こう、区切りのいいとこで締めるのが好きなんですね。みなさん。
で、結果、こーいう日は、道が混む事になってます。
明日は休みだし、尚更、混むことになってるんですが、田舎の地方都市のこの辺は、
へー、くらいな混み方でしかならなかったりします。

ま、予定通り道が進むんで、時間が狂わなくっていい、ってばいいんですがね。

ところで、今日は、ジープ見ました。
朝一番で、現場に配達行ったのですが、現状の手直し場所で、あからさまな現場じゃないとこ
です。

一見、ただの50系にしか見えなかったのですが、よく見ると、コの字シャックル。おんや?
と思って、さらに近寄ると、ナロウの招き猫。へー、珍しい、52だ!って思って、ナンバー
見たら、4ナンバー。あちゃ!54初期か!と思って、車内を覗くとチョークノブが。
あー!まただ!。
で、中腰になって、フレーム見ると、J58-XXXXXXって表記が。
58の初期モデルでした。
イベントなんかで見るナロウは、大体、ストフェンに改良されてますよね。
でも、今日の個体は、15インチのリブラグ(目見で、三分山)つけて、純正のてっちん。
車高もあがってないし、色も所謂ジープ色(あれ、ホントはなんつう名前なんですかね?)。
イスがSJ30と思わしきものに変えられていた位で、なんか、ホントに淡々と乗ってる感じが
良かったですね。
フロントの窓枠も、当時のまま黒く塗られていて、幌のやつれ具合もいい感じ。
当然、洗車もしてないし、幌もびっちりフル幌。
流石に若草色の幌ではなかったですが、でも、なんか惹かれるとこ大。

あれ見ちゃうと、ワイドになってからの50系は間延びしてますね。確かに。
なんか、50系と20系の中間、(ま、文字通りそうなんですが)って思います。
以前、雑誌で見たナロウボディにワイドのフレーム、つうのが、案外いいのかな?
なんて、思いました。下は現行の部品がじゃんじゃん使えるし、上はアメリカもののCJ3Bの
部品が使える。
結構、維持し易くてかっこういいのかも?なんて思います。
正直、走破性には、ジープに対してそう期待してないです。逆に、悪路走破性を念頭におかず、
あのクラシックな佇まいと、詫び錆を感じる形、そしてガラスが倒せて、
趣味性が高く、その上入手が容易く、メンテも簡単。しかも、運転感覚は非常にいい。
と、言った具合に、自動車趣味の(エンスー的な)要素が全て詰まっているわけです。
ジープには。
英国のミニも、また然りで、乗ってよし、見て良し、いじってよし、と三拍子揃っていて、
それが故に、自動車エンスー趣味の登竜門のように、奉られた時期もありました。

もっと、ジープに光が当たってもいいようにも思えるのですが、多分、雑誌編集者にとって、
ジープは、あまり有り難味がない普通のクルマな感覚しかなかったんでしょうね。
しかも、新型になっても、三菱にとっては特段の変化があったわけではないし。
云えば、安全対策と、手持ちのエンジンでの公害対策と、役所納入の関係の変化でしか
改変はなかったわけでしょうからね。

だとすれば、やはりもっと儲かるパジェロの試乗記を書いておくれ、とするのは想像に難くない
ですもんね。

ワイドになったのも、73式が1/4トンから、1/2トンになったからだ、みたいなことをどっかの
雑誌で読んだような気がします。

でも、そのくらいの扱いの方が、静かに乗れていいのかな。
ね。

わかっているひとだけがその素晴らしさに気が付くのが、ジープなのかな?
案外、灯台下暗し、なのかも。
どうよ?

2006/2/9


今日は、まったりした一日を過ごしました。ただ、
なんだか、心のもやが晴れません。ここんどころ、ずっと。
特に強烈な不満があるわけじゃないんですが、やっぱなにかしらの現状打破を
目論見たいです。

で、ちょっと面白かったのが、来店したお客とする、クルマのはなし。
現在は、軽1BOXに乗ってる方ですが、ホントはスポーツカーや、ヘンテコなクルマが
好きで、とりあえずの直近の目標は、NSXらしいです。

が、実はホンダエレメントに憧れ、MR-Sに感じ、コルベットのアイアンにも乗りたいとか、
そんな方です。そーいうヒトとどーでもいいクルマの話をするのは、結構心落ち着く
瞬間でもあります。
でも、ジープはいらないとか。でしょうね....。受けるのは、子供ばっかしですもん。
TJだったら、或いは食指が動くかもしれませんが、個人的には4000のV6じゃなしに、
直4の2.5の六段を入れてほしいです。
で、さらりと乗ってみたいです...。

そいえば、キューベルのレプリカを勧めたのですが、シュビムと混同していたらしく、
感じるところがなかったようです。
でも、メアリの新車には、少し心動いた様子。
ぶつけると、へこむじゃなしに、割れるABSのボディ。言い換えれば、腐らないのですから、
かなりお勧めです。
空冷のオープンは、ヒーターが効かないのが、バモスに乗っていて一番辛いとこでしたから、
メアリも多分、その難行苦行を強いられるのでしょう。
夏は半端じゃなく暑そうだし...。
幌の着脱も多分、J46ばりに厳しいのではないでしょうか。きっと。

でも、一度乗ってみたいですね。
そーそー、ボクの憧れは、モーガンと、そのキューベルのレプリカです。
どっちかは、死ぬまでに一度所有してみたいです。

ただ、ジープあると、その両方のいいとこ取りできるんですよね....。
そー考えると、どっちも、特段いらないような気もしますが。
スポーツカーとしてのJ57と、快適なミニバンとしてのJ46。
も一つ付け加えるなら、ファミリーカーとしてのJ36。敢えてディーゼルで、J55の
ターボつけて、維持費の低廉化を計る、と。

ま、そんなおばかなヒト、あんましいないんじゃないかとは思いますが....。
別の意味で、一つの憧れかも...。

2006/2/8


初公開。会社の倉庫から発掘してきた自転車。ざっと20年もの。
パナソニック ファニーバイク。
PF-1300。フレームは530です。

グラフィックなんかに往年の感じが、如実にでてます。
スペックは、簡単。前田のスプリント9000のフルセット。チェンホイルは53x42だったかな。
後ろが13から24だったかな。ブレーキだけは前にも記したようにシマノ600のアルテグラ。
サドルは純正、有明から、セライタリアターボに変更。タイヤは、前がクレメン、後ろがユッチンソン
でした。撮影用に空気入れたら、抜けはしなかったけど、完全に終わってます。
リムは、アラヤのエアロ。他は小物以外はほぼ純正。
あ、ブルフォンバーだけ、どっかの通販で買って、穴あけ加工してもらい、ブレーキワイヤ
通したんだっけな。
結局、この自転車は、通学以外じゃどこにも乗って行かなかった気がします。
これでツーリングは、イヤです。ポジション固定だし。

メリットは、マスの小ささゆえのダッシュの鋭さ。でも、当時、フロントアウターが53より
大きいのがなかったらしく、また、13Tより小さいスプロケ(でも一応七段)もなかったので、
最高速は伸びず。フレームはダブルパテッドのクロモリ(前三角のみ)なんで、剛性感はありました。
あと、全体的に軽く、軽快感は、所有する自転車のなかでは、一番でした。
でも、案外目立たず。寧ろ、前後異径のファニーの方が、目立ってました。
これに、アマンダのカーボンディスクとか嵌めるんが夢でしたね。
コンパネで作ったバカチンもいましたが、まあめだちゃあ勝ちの呑気だった時代故です。

これで輪行なら、軽くていいんだけどな。でも、な.....。

あ、あと自慢は雨天未使用。ガードないんで、雨降りそう時は、ユーラシアで行ってましたから。
後年はレイダック乗っていったんだっけな。忘れちゃったな。

こいつも要レストアですね。ショートパーツが出てくるかどうか心配です。
まあ、変な舶来部品つかってないから、楽観視してはいますが....。
あと、久々に、リムの振れ取りやんないと、全くダメです。
左右はいいんだけど、上下が難しいんですよね。
以前、リム、一本ダメにしたこともありますからね。えっへん!

それから、肝が、タイヤかな。24インチのチューブラ、たかいんですよね。当時から。
今でも入手できるんでしょうか???
ちょっと、そこだけ心配です。

乗る気も無いくせにね!まったく!

2006/2/7

大騒ぎした割に、小雪でよかったです。北関東。

折角買ってきたサドルですが、日々の雑事に相殺されて、なかなかつけられません。
しかも、今日は友人に、組み立て式の車庫を売ったのはいいのですが、その手伝いに
どうやら、週末、駆り出されそうだし、のーさんとこのわかさぎ大会にもできれば顔出したいし、
勿論、自転車も最後の一ふんばりしたいし、足利の昔よく行った自転車やさんにも行ってみたいし、
で、やりたいことが山積みです。

どうしたものか....。

日が暮れるに連れて、暖かくなる、と言っていた天気予報は、あんまし当たりませんでしたが、
確かに、着実に春の訪れは進んでいるようです。
幾分、緩んだような気がするその空気に、それを感じます。
春はいいですよね。これから、なにかが変わって行くような、そんな元気な空気に満ち溢れています。
濃密な、五月の空気もいかにも初夏、って感じで好きなのですが、
三月末頃の、三寒四温、なんつう頃の空気も大好きです。丁度、自動車の免許を取った頃。
初めて運転した、バモスホンダの、あのオイル臭い排気の匂いや、バラバラバラーつう、
情けない排気音....。サバンナワゴンの重たいステアフィール....。
全部が懐かしい思い出で、正に世がバブル絶頂の頃の、あの、強烈だった世相とは裏腹に
なんともヘンテコなクルマで、自動車の運転を覚えたあの頃の、全部がリンクして、
たまらんです。

そんな気分を思い出した、立春過ぎの早春な一日でした。

2006/2/6

うーん、すっかり日記がホンモノになりつつある今日この頃。足利の板でも、なにやら、自転車
ネタが、マジレスつきつつあり、この調子だと、パスハン作んなきゃいけないのか?
なんて、調子です。....。

昔の、まあ、その前に今のパスハン、なんて存在しないのだけど、それは、一種の憧れでした。
パスファンティング、でいいのかな。要は峠越え。担いでも、なんでもいいの。
今なら、間違いなく、マウンテンでやるそれを、敢えて旧式のチャリでやるとこに男の醍醐味が
あったりするわけで。

形式としては、クロカンに近いのね。ただ、担ぎのためのサポートがフレームに直付けだったり、
そのためのポンプペグが変なとこにあったり、とか、いろいろ。
ただ、個人的には、やっぱ、バーコンは欠かせないのね。
バーエンドシフト、つうのかな。多分、今のブレーキレバーと一体になったそれとは操作性が
雲泥だろうとは思うのだけど、やっぱ、気分でしょ。

それと、今時のような、前上がりのフレームに、比較的荒山の700Cタイヤ。
要は、レーサーの冬のトレーニングにも使えるかのような存在でしたから、基本は自分の
フレームサイズと同じものを使用。そんで、長袖着て、楽しむ、と。
ん?それが、クロカンか?ま、いいか???

多分、楽しむんじゃなくて、荒行だったのだろうけど、今見ると、なんとも牧歌的。だいいち、
ヘタすれば、タイヤが、チューブラ。トライクロス、なんて色物扱いだったりとか。
そうです。当時のW/Oタイヤなんて、あからさまに偽者扱い。お前は、ロードじゃないだろ、みたいな。
やっぱ、通は、クレメンのクリテだろ、とか、そんなの。
ボクは、ファニーに乗って、チューブラの良さも解っていましたが、やっぱ、手軽さには敵わない、
つうことで、基本的にはW/Oタイヤをずっと愛しつづけました。
チューブラのパンク修理もしましたがやっぱ、気を遣うし、面倒。リムセメントも、どうも信用
できないし、みたいな。
今の、クリンチャーもどうも、信用できない。W/Oが、畳める、つうとこで、愛用者には申し訳ないで
すが、納得できかねます。

で、足利板でも話題になっていた、わたらせ渓谷鉄道。
温泉入って、うーん、なんかいいっすね。無性に乗りたいぞ。自転車。
川に沿って走るあの道は、確かにいい道。
あ、あとね、その道のてっぺんの峠のトンネルの足尾側に、クルマだとちと置き場に困るけど、
清流が流れてて、真夏でもしびれるほどの冷たさなんだけど、すごく気持ちいいんです。
でも、足冷やすのは、自転車、禁じ手なんですよね。そのあとのダルさ、って言ったら...。
それももう20年前近く前の話。今はどうなってるかな?

うん、でも、おとなになったのだから、輪行してもいいわけだ。
ボクもフォーク外さない輪行袋もってるし。布団袋で輪行した猛者も居たらしいけど、
もう少しスマートに行きたいですよ。せっかくなんだからさ。
でも、やっぱ、敢えてフォーク抜いて輪行したいですよね。らしく。

どーなることやら......。

2006/2/5


今日の戦利品。

またしても、ここ最近の掲示板その他の盛り上がりにかこつけて、部品を物色。
急務だったリムフラップは、なんとか入手。つか、今は巻きつけるようなリムフラップも
ある、とのショップの弁に、ならば、リムそのものを持ち込み下さい、と言われ、???と
思いながらも、所持して、出向く。

詳細を伺うと、要するに、最近の中空リムは、以前のチューブラのホイルのように、完全に
ニップルがリムのなかに収まる式になっており、故に、接着式のリムフラップがあるとのこと。
でも、ボクのもってるような古いリムでは、それには対応してなく、旧来のブチルゴムの
リムフラップしかつけられないらしい。

でも、まあ安価に無事入手。こんな簡単なモノでも、近所では入手に苦慮するのは、少々
納得いかないが、まあいいでしょう。
で、耐久性を重視して、アメサイドの25C位のタイヤはありませんか?と問うと、今は欠品
とのこと。三ツ星が、W/Oタイヤの生産を止めたとかで、あとは今時の派手派手な
サイドウオールのクリンチャタイヤしかないとのこと。
ただ、パナレーサーで、細々とその手のタイヤを未だ生産しているらしく、入手は可能とのこと。
従って、手配をお願いして、店をあとにしようとしました。

ところが、ふと思い出し、ブラウンのイデアルなんかはないんですか?と問うと、たまたま
入荷した荷物の中から、ブルックスのカタログを取り出してきて、イデアルはダメですが、
ブルックスは、未だいけます。最近、元気いいです、との弁。
実際、在庫も少々ありました。細身のレーサーモデル、モールトン用の刻印入り、そして黒い
ブルプロ。うーん、いまいちだなあ、と考えたら、その隣に、B-17と書いた箱が。
カタログと照らし合わせると、本格的なサドルではなく、ジーンズで言えば、ワンウオッシュ
みたいなものらしい。価格も手頃。
テイストは、写真でご覧頂けるように、


まさに、ボクの今の使用状況にぴったりの逸品。迷うことなく購入。
ところが、同時に入手しようとしたら、サドルオイルが欠品とのこと。
以前からのモノもあるにはあるのですが、すっかり、工具箱なかで、溶けてしまい、実質使用不可。
しかたないので、同じ市内にある、今風の店でその扱いの有無を聞くと、あっさり、ないです、
とのこと。仕方ないので、インナーのエンドキャップだけ購入して、店を後に。

今日は、そんなわけで、ショップ巡りだけで時間終了でしたが、今度はそれを装着、適当に乗って、
けつに馴染ませないと。
何せ、今のブルプロなんざ、購入後15年以上経過していても、未だにケツへの馴染みが甘いの
ですから。
今度のは、そこまでの強烈さはないでしょうから。きっと。
装着した暁には、またまた画像をアップします。

なべさんには、負けてらんねーぜ!(笑)

2006/2/4

日記。昨日は、夜出かけてて、パソコン触らず。残念でした.....。
足利方面の板でも、すっかり自転車一色になったかに見えましたが、時の移ろいは
早いもの。既に、向こうでは、心霊関係のネタに様変わりしてます。
てか、ボクが、幽霊のリアメカがどうのとか、って書いたのもちょっと関係あるんか?
なんて、いい気になっていたり...。

いうまでもなく、自転車乗るのは、自分の単気筒ピストンの力だけです。
んじゃ、女のヒトは?つう問いは、この際、おいといて、と。
ま、その単気筒は、自分の持続力、即ち、体力勝負なわけです。加齢と共に基本的には
衰えていくのが常ですが、でも、ある一定の水準に保つことは、本人の努力しだいで
可能なわけです。
実際、以前、可動していた頃に乗ったエラン(うちのスポルティーフね)は、ドロップ
バーの下を握ると、お恥ずかしい話、腹がつかえて、そういう意味での苦しさがありました。
先週乗ったときには、その贅肉は、かなり落ちてきたので、恥ずかしい苦しさは雲霧消散して
いて、個人的には小躍りしました。
でも、脚力は、はなしにならないレベルになっていますから、掲示板で書いた、秩父、
なんて、今のレベルでは、夢また夢、です。誰か、スイーパーを運行してくれれば
或いは、なんとかなるかもしれませんが、現実、遊びのツーリングで、スイープされた、
なんて、恥ずかしすぎて、自転車完全封印、間違いなしです。

まあ、暖かくなる頃までには、なんとかしたいです。目的があれば、おのずと、頑張れる筈ですから。
幸い、数年前に、一本ローラー買ってありますから、それに乗れば、寒風のなか、
無理しないでも、脚力、つけられますもんね。

問題は、今日、会社でおこった出来事です。昼過ぎに、とある顧客から、電話で注文が
入り、しかし、片付けことをしていて、咄嗟にでた電話だったので、殴り書きのようなメモで
注文を受け付けました。明後日の午前中に、現場搬入です。
夕方になり、月曜日の行程を組もうと、受注ノートをみていたら、確かにボクの字で書いてある
メモがあるんです。が、品名と、午前早め、の文字しか、帳面面には謳ってないのです。
大事な、顧客の名前やら、現場名やら、担当者名やら、が全てなし。

あせりましたよ....。で、思い悩むこと、三分。ふっと、きらめいた、ボクの頭。
瞬間、全てが繋がり、なんとか最悪の事態は脱することができました。

以前なら、間違いなく、そんなもの字面見れば、時系列から即座に思い出したはずなのに、
情けない限りです.....。
最近、倉庫にモノを取りに行こう!なんて思って、床に落ちてるごみを拾い、それを捨てると、
はて?、ボク、何しに行ったんだっけ?、なんつうことが時折あったりもします。
梱包解くために各所に常備されてる、カッターナイフの置き場所が、とんでもないとこに
なっていたり(置き忘れ)、置いていた筈なのに、なくなっていたり。

携帯を充電しているのを忘れ、探し、しかも、それを鳴らすためにかけた加入電話(家電話)
で、ついつい、一桁余計に打って、電話が鳴らない!、どこ行った?と、茫然自失になったり、
とかもありました。これなんかは、初歩的以前の大ポカです....。情けない....。

脚力は、まだまだ行けそうな予感がしますが、如何せん、脳力が、ついてこないかもしれません。
巷で話題になってる、京都本社の某花札メーカの作った、電子携帯ゲームでも、脳力改善の
ためのゲームが、本来、子供向けなんでしょうが、予想以上に面白く、大人でも結構はまる
らしい、とも聞きます。子供から奪ってまでするのも、それこそ大人げないですが、実際、
それで、脳力が改善されれば、安いものです。
で、バランス感覚をも養うために、ローラー台も、敢えて旧式の三本ローラー買い込み、
漕ぎながら、DSやれば、文句ないでしょ。
どうよ?みたいな。(笑)

ま、そんなおばかなこと考えてないで、ちゃんと仕事のメモを取ろうと、決めた寒い土曜日
の夕暮れでした.....。

2006/2/2

昨日の日記。我ながらなにやってんだ、くらいな勢いで、怒涛の量でした。
ナツカスウイ話題になると、俄然のりがよくなります。やっぱ、おっさん化が進行してるのね。

ここまできたら、春を目処に、行っちゃいましょうよ。チチブ。セメント作るわけじゃないけど。
ただ、正直言って、自信がないのもまた事実。トレーニングしないと絶対だめだこりゃ、でしょうな。

正直、メカ系なヒト、ってクロモリ自転車好きです。多分。つか、ジープの機能美は、
自転車に限りなく近い、と思います。走るのに不必要な部品を全て削いで、
或いは、目的を単純に遂行するためだけに目指された機能。どちらにも共通のテーマです。

そーいう削がれた部分に、なぜか、ぐっと萌えるわけです。おっさんは。
懐古趣味だけじゃなく、少々乗りにくく、アウターが歪みやすいTAクランクとか、
PXクランクなんかでも、やっぱ、機能は充分だし、ゲタ山の走破性は、他のデメリットも
帳消しに出来るほどの、味と機能があるように思えます。

かっこいいPCD130のクランクを無理やりトリプルにすべく、謎の収め方をしてる32Tのインナーとか、
わけわからん樹脂のオバフェンに付けた、面一のH/Tタイヤとか、その存在に謎めいた部分を
感じつつも、市場では、圧倒的優位を誇っているあたり、少々理解に苦しむ点もあります。

実利よりも、かっこうでいっちゃってるのは、用もないのに、2.125のタイヤつけたMTBとか、
FRなハイラックスサーフとか、その辺を思い浮かべてもらえば、なんとなくわかるかな、と。
話が重複してますが、実は自分でもなににってんだかわかってません。

感覚的な部分でモノを語りたがるあたり、自分が一番ミーハーで、わけわからないのかも。
二十年くらい前に、アルミのフレームがはやったとき、ほしかったのは、丸石の
チタンだったり、ビチューの979デュラルだったりしたことが、それを雄弁に物語ってます。

うーん、なんだか今日は今ひとつ筆がのらないなあ。掲示板に書き込みして、能力を
使い果たしたか?
また、鋭気を養って、出直してきます。(笑)

2006/2/1

如月。二月ですねえ。この響きが、なんとも寒そうで、身震いします。

で、この時期こそ、いろんな乗り物の冬眠、メンテ時期でもありましょう。
まだ、後数日使える(笑)、小春日和なんかは、その試運転にも最適。で、その原資がないと
ダメなんで、今日、J46に燃料を入れてきました。後一ヶ月強で車検到来です。その時、
ラジエターもまとめて手を入れてもらえば、後は、麗らかな陽気のなか、呑気にポタリング
するべく、最強のトランスポータとして、活躍してもらえるでしょう。
そんな使い方じゃ勿体無いか...

で、この勢いに乗って、自転車コンテンツつくろうかな、と。ただ、現状、個体が、
直した一台を除いて、全ていろんなものの下に埋もれているのが欠点。写真が撮れないんです。
テキストだけじゃ侘しいし。ね。

で、取り敢えず、今のスポルティフのネタをまだ、続けるです。
全然日記じゃないし。(笑)

高校二年のとき、雑誌を見てたら、この、自転車を作ってる久喜の自転車やさんの記事を発見。
それまで、全くその存在は知りませんでしたが、フレームのダウンチューブに張られたそのロゴ
タイプになにやら惹かれるところがあり、まずは資料を取り寄せました。
その前は、プジョージャポンの8万円くらいのモデルが欲しかったのですが、如何せん、
コストパフォーマンスが悪く、ミーハー気分で乗るには、ブランドががっちり謳ってあって、
良かったのですが、詳細を調べるにつれ、気分が乗らなくなり。

その後、久喜の自転車やさんを尋ねると、当時でも珍しいフレームスケルトンを懐かしの名機、
PC-8800で解析していて、多分、ご自分で作られたプログラムだったのでしょうが、それの
生データは、握力やら、背筋やらの数値まで入力するようなものでした。
その結果出てきたのが、フレームサイズ500。というもの。それまで乗っていたユーラシアは
560でしたが、これは街の普通の自転車やで購入したもの。アドバイスもなにもないですから、
カタログに謳ってある適性身長から割り出した結果です。
シートピラーも全然出ず、今思えばかっこ悪い状態でした。
で、些かその小さなフレームサイズに抵抗を感じ、多少大きめの510で決着を見ました。
本来、その自転車やさんは、実業団あたりにもフレームを提供するほどの腕のいい方でしたが、
逆にいうと、趣味性の高いスポルティフは、あまり得意ではなかったのかもしれません。

尤も、こっちも一貫性のないめちゃくちゃな注文でしたから、文句は言えませんでした。
そもそも、スポルティフなら、丹下のNo.2あたりで充分なはずなのに、敢えて薄いプレステージ
で組んじゃうとこなんかは、その最たるところです。知らなかったのですが、ハンガー下がりを
少なめにしたのに、すごいウイックが出て、言い方をかえれば、しなやかでしたが、
剛性感のなさには些か閉口しました。きっと、競技用では、ヤワで使えなかったんじゃないかな?
あのパイプは。
その割に、ラグなんかは、普通にヒゲの短いイタリアンカットで、地味なもの。
フォーククラウンなんかも、色気のない、地味なもの。エンドも凝らず。

唯一、拘ったのは、シマノの部品を使わないで頂戴、ってこと。
アンチ巨人みたいなものです。よさは解っていても、敢えて前田サンツアーでした。
メインコンポは。で、ブレーキは全て、国産吉貝で揃えようと思ったのですが、なぜか、
そのお目当てのセンタープル(ここも絶対譲れなかった)が入手できず、なんとなくマファックに
なりました。それ以前のユーラシアも台座の互換性がギリであったので、マファックの
クリテリウム、つう当時のカンチの定番に変えたりしたので、あまり抵抗なく受け入れてしまい
ました。今思えば、その辺から、半端な舶来信仰が芽生えてきたのでしょうね。

で、舶来モノでも、やっぱカンパ一辺倒にはしたくなく、でも国産のコンポも捨て難い、つう
とこで、最初は前田のサイクロンの六段で組みました。予算も舶来は厳しかったし。
ところが、グランヴェロの友人(kanちゃんなんだな)が、スプリント9000を前後セットで購入。
この、パワーシフトの軽さに驚愕し、慌ててそれを搭載しているコンポを購入した次第。
で、やっぱならば、つんで、シュパープのリアメカと、フロントトリプルの刃数に対応していた
レーシングコンポでスプリント9000、つう全然組んでないコンポで組み上げたのです。

余談ながら、一緒に彼が購入した、シマノ105の新型(当時)のブレーキには卒倒しました。
要は、本体のリターンスプリングを弱くして、その分、補助バネをブレーキレバー本体に
組み込んだだけだったのですが、エアロレバーとは思えないその引きの軽さと効きのよさには
本当に、シマノに改宗しようかと思ったくらいです。
実際、後日、ファニーには、シマノ600のアルテグラを断腸の思いで装着したくらいです。
(スプリントのブレーキは重いは、止まんないわ、で怖かった)
で、そんこんなで、サドルはイギリスのブルプロなのに、ピラーはシュパーブのエアロとか、
レバーは国産でも、本体はマファックとか、正統派マニアが見たら、怒られそうな仕様で
乗ってるわけです。しかも、余った部品でもう一つエアロハンドルも持っていて、それで、
センタープルの千鳥を引いていたのは、後にも先にもお目にかかったことはありません。
要するに、流行りモノは、適当に持っていたわけです。一貫性がないなあ。今でもそうだけど。

でも、沢山の場所にでかけて、清水の舞台から飛び降りたつもりで作ったフレームなんで、
乗り換えるつもりもなく、今でもそれなりにアップトウデイトしながら、日本酒みたいに
ちびちび乗ってる次第です。
これから、タイヤ等の消耗品が、趣味性の高いものから、性能重視な市場に変わってきてる
ことを反映して、入手しにくくなるでしょうが、なんとか加工してでも維持していきたいです。
当面、マファックのブレーキの舟を探して、ストックする必要性が一番高いかな?と
思ってます。後は、バーテープが本皮のものなのですが、如何せん古くなったので、これも
再入手したいのですが、そんなもの、今はないでしょうよ。きっと。
以前、結構なオールドパーツが埃の積もったような状態でストックしてあったショップに
行ったのですが、それ系の部品は根こそぎどなたかが、ごっそりさらって行ったらしく、
今時の部品しかないよ、と言われたのが心残りです。
そこんちにあった、アキュシフト以前の古いシュパーブのリアメカを密かに狙っていたのにな。
残念....。

つか、いつまで続く、この自転車ネタ。結構引っ張れることに気づいたのが運の尽きかな。
旧車会、つう名前の集まりが、古い二輪を中心に、時々爆音と共に開催されていたりする
ようですが、自転車なら、すくなくとも、爆音は発しない分、どこでも迎え入れてもらえそうな
予感もします。

でも、集まったマニアの口ぶりがすげーうるさそうね....
新種の近隣妨害になる???のかも。
なんて。(笑)

チーム名は、やっぱクロモリダブルレバーの会、なんつうとこですかね。
旧自転車お持ちの、ご高覧頂いてる皆さん、どうよ?みたいな(笑)

2006/1/31

おー、久々に掲示板にレスがきました。いい気になって、スペックなんかを列挙しちゃったりして。

フレームはフルオーダー。芯トップ510。ヘッド/トップが535。ハンガー下がりは60。
フォークのオフセットも60。下地フルメッキ、ラグはイタリアンのロストワックス。
パイプは丹下のプレステージ。ダブルパテッドで、最薄部は、0.3/0.7。
メッキの表しは、フォークと、エンド当たり面。特殊加工は、ボトル台座三箇所と、センタープル台座
の直付け。くらいの割とスポルティーフにしては、プレーンなフレームです。
で、以下、ブツ切れな書き殴りスペック。ヘッド:輪行用八田、チェンクランク:スギノマキシ
(50x42)PCDは、漢の144。とPX(50x45x36)と、GP130(50X42X32)。ディレラ:前田スプリント9000。後ろは
シュパーブプロ。共にアキュシフトで純正のナロウチェンで、七段のリアフリー(13x14x15x16x
17x20x24)を駆動。制動はレバーが吉貝のマファックもどき。クイック付。本体はマファック
のレーサー。よく鳴く。ステムは日東テクノミックの80。バーは105のw:390。共に、前乗ってた
ユーラシアディアゴナールからの移植。他に、何故かスプリントのエアロレバーつきのバーもあり。 
タイヤは700X25c。ハブが三信OEMのサイクロン7000。
リムは当然アラヤ。スポークは星の#14で36本組。ペダルは貰ったシュパーブカスタム。
どう見ても三ヶ島のOEMでしょ?
サドルはブルプロの黒。ホントはイデアルの茶が欲しかった。。暫く跨ってなかったので、
今一けつにフィットしない。ピラーは27.2のシュパーブプロ。ここだけ、かっこ悪いエアロ風。
でも、セッティングは簡単に出せていい。
ワイヤーは全部ステン。以前は、シマノのヂュラエースでした。アウターは拘りの赤。

これが、全部わかったら、相当な自転車マニアとお見受けしますねえ....。

で、本来はデジタルメータ(サイクルコンピュータ、っていうんですよね)をつけてたんですが、
今回は、かっこわるかったんで、未装着。

ま、兎に角、跨って、蹴り出したら、速いんですね。軽いし。暫く、ママチャリしか乗ってなかっ
たんで、兎に角、全部が軽いんです。軽快でした。正にスポルティフ。本来なら、プレーンな泥除け
を付けて乗るべきですが、どうもキライで、新車のときからずっと外したまま。エンドにダボは
ついてるんですが、ダルマのウイングナットをなくしたりしてて、もう、つかないんじゃないかな?
フロントキャリアも持ってますが、カッコだけ。実際使ったのは、ライトのステーとしてばかりです。
普段は、写真にあるように、ステムに絡めるアルミのバック受けを(本体はオーストリッチの320)
使ってるんで、重たくなるだけの飾りです。

チョーシこいて、ちょっと遠くまで漕いだら、急激に疲れて、帰り路が怪しい。
しかも、ケツとふくらはぎが急速に痛くなり、極めて厳しい状況。久々に疲れたっす!
でも、気持ちいい。楽しかったなあ。また、どっか遠くに行きたいな、って思いました。
でも、もう少しトレーニングして、体力つけないと、ダメです。
がんばろう!

2006/1/30

昨日は日曜。久々に抜けるような好天。風もなく、穏やかなその陽気に誘われ、なんかしたい気分が
出現。久々なこの充足感に、思わず、自転車の整備を始めてしまいました。
今回のクランケは、高校の頃から持っている、スポルティーフ。実に、一年以上も前からずっと
整備途上のまま放置されていた代物....。

で、以前までの整備記録は、というと、前後ハブ/シールドBB/ペダル/ヘッド小物のグリスアップ。
フレームをストリップダウンして、ワクシング、直付けのブレーキ本体の清掃/注油。前後ディレラー
のO/H。そのワイヤ交換、リム/スポーク/ハブの清掃。
トウクリップとストラップの新調、サドルに油くれて、チェンの清掃、といったところ。
消耗パーツは、交換ですべきとこは全て、購入。但し、マファックのブレーキシューだけは入手難
で、現状維持。
で、結局最後まで残ったのが、タイヤの交換と、前後のブレーキワイヤ(インナ/アウタ共)、
さらには、センタープルのアーチワイヤ。
このアーチワイヤが曲者で、以前のアーチワイヤは、必ずしも純正に拘らなくても、通常の
ディレラワイヤを短く切って使用できたんです。が、最近のそれは、太鼓がでかく、受けに
かからなかったのです。そんな簡単なことで挫折してました。
が、解決策は実に簡単でした。太鼓はアルミなんで、それを棒ヤスリで一回り削いでしまえば、
簡単に収まるのでした。で、それに気づいたのが昼過ぎ。
その後は、順調にワイヤ張り成功。自慢の純正の千鳥もきれいに再装着。で、初期延びを取って
完成。でも、見てはいけないものを。そう、純正のマファックのフロントのアウター受け。
初期延びをとるべく、満身の力でブレーキレバーを握っていたら、簡単にたわむ事が露呈。
剛性もへったくりもありません。ブレーキ本体も、薄いアルミの鋳造だし、直付け台座も、案外
やわな設定なので、ブレーキをかけると、盛大に鳴きます。
ま、今後、再度馴染めば、割と収まるだろうと、楽観視してはいますが。

問題は、タイヤでした。現状ついてる、700cのそれは、10年くらい前に買った、オープンサイドの
ミシュランの25C。ケブラー入りの結構高級なものなのですが、全体的にひび割れており、
とてもじゃないですが、グリップ云々を言えるような代物ではありません。
ところが、最近の700Cは、カラフルなものが主流らしく、古いスポルティーフには似合いません。
で、しかたなく、安売りの、アメサイドで重い20Cの杉目を買ってきて、それをつけることに
しました。
しばらくぶりで新品タイヤをいじったら、アメサイドだったこともあってか、異様に嵌め難い
のです。普段なら、五分もあれば嵌められるその作業に一時間以上を費やし、なんとか装着。
しかし、全く空気入らず。そうです、装着の際、タイヤレバーでこじったことが原因で、チューブを
破ってしまったのですね。しかも、もともと付いていたリムフラップは、すっかり風化してしまい、
バルブのとこから、切れてしまいました。これも、手持ちのスペアがなく、止む無く、レイダックの
をつけようと画策。しかし、大同小異。こちらも風前の灯火。それをなんとか、ゴム糊でだましだまし
収めて、再び、ミシュランを装着です。なにやってたんだろ?って感じでした。
しかも、あせっていたので、タイヤの左右を間違え、タイヤの銘版が、左サイドに来るポカを
犯し、リアのみ、もう一度、入れ替え。

なんとか、暗くなる直前に、残しておいた、ボトルホルダーを組み付け、作業完成。
ヤジロベーにつけた、バッテリランプ(敢えて懐中電灯とは言わせない)をつけるのももどかしく、
試運転に出発です。

で、勿体ないから、試運転の話は、また明日にしますね(笑)

#引っ張るやつだ.....。

2006/1/28

一回お休みになってしまった....。

トップ画像、久々に更新してみました。昨年春に撮った、携帯画像。実は春霞じゃなく、
多分、レンズについた手油。(笑)
どうも、このレンズ、被写界深度が、浅いんですよね。多分、F値のしょぼさをカバーする意味で、だと
思うのですが。どの画像見ても、みんな前ピン。まるで、マクロで撮影したようです。つかえねー。
で、最近は、携帯にカメラがついてることすら忘れてます。全くといっていいほど使ってません。
今度は、カメラ要らないから、もっと軽くて、フルブラウザな機械とか、そんなのがいいです。

で、GB400のはなし。大学の2年のときでしたか、当時、ボクは同じGBでも、250の方に乗ってました。
その頃から、ずっとバッテリが甘いな、と気づいていたのですが、慎重にかければ、掛かっていたので、あんまり
気にしないで乗っていました。
後期の授業が始まって、その頃取っていた、第二外国語のドイツ語1を(実は一年の時、落とした持越し)
受けに、バイクに跨ったのです。実は、その科目、前期、サボり過ぎて、出席日数がギリ。もう、一回も休めない
状況になっていました。でも、時間ギリギリまで、自宅で粘っていて、もうだめ!になって、急いであせってエンジン
かけたら、電池切れ。バッテリが死にました....。んで、遅刻決定ならぬ、もう一年持ち越し決定です。
そのあとは、もう諦めて、その単位は来年に回しました。
で、やむなくバッテリを新調しました。高くついたバッテリでした。

その件がずっと頭のなかにこびりついていて、あの状況でも、キックがあれば、エンジンはすんなり掛かっていた筈
で、そうすれば、あの屈辱的な授業〜三年生なのに、一年生と机を並べて受ける授業〜を受けずに済んだ筈だ!と。
当時いた下宿は、そばに坂道、それも下り坂もあったのに、スキルのなかったボクは、その押しがけも失敗。
故に、もう兎に角、キック、キックと、そればっかり呪文のように唱えていたんです。

その半年位あとでしょうか。消去法で選んだ、GB400が、雑誌の個人売買欄に出ていたのです。それも同じ名古屋市内の方。
でも、初めて買うバイク。二日悩んで、意を決して、電話かけたんです。値段も相場の2/3位だったし。色も欲しかった、
銀/ガンメタの2トーンだったし。で、その返事は、雑誌の発売日に東京の業者が連絡して、もう売っちゃったよ、というもの。
正直、ショックでした。
その気持ちを胸に、近所の某大型チェーン店に冷やかし半分で行って、探して欲しい旨を店長に伝えました。
出物があったら、仕入れておきます、という言葉に、殆んど期待しないで、よろしく、と店をあとにしたのです。

冬休みが終わって、名古屋に戻ると、留守番電話のランプが点滅。再生すると、件の店長。出物ありました。一度、見に来て
下さい。と。

目の前にあったのは、憧れのGB400T.T.。M/C後の紺/銀2トンの初期ロットでした。走行は8500キロくらい。
当時、新車が45万円くらいでしたが、現物は二年車検つけて、盗難保険いれて、38万円くらいでした。
既に、新車はカタログ落ちしていて、他に欲しいバイクはありませんでした。
悩みました。正直、予算オーバーでしたが、確かに文句のつけようがないくらいキレイでした。僅かに難癖をつけるなら、
フロントフェンダの先端のメッキが、ボディカバーに擦れてか、いくらか、薄くなっていたことと、取説と整備手帳が
紛失していたことでした。
或いは、過走行を誤魔化すために、敢えて処分したのかもしれませんが、タイヤの感じからすると、
あながち、そうは思えない状況でした。
鍵も二つあったし。
で、数日悩んで、結局、ハンコを押してしまいました。

それが、今のボクのGB400です。購入してからは、毎日の通学やら、買い物、用足し、二度目の北海道、と、
かけがえのない相棒として、縦横無尽に走りました。就職してからは、あまり乗る機会もなくなりましたが、
数度、車検も取得、現在は、コンテンツにもありますが、2万キロ以上のオドメータを刻んでいます。
その殆んどは、学生時代に刻んだものです。懐かしいです。

今でも、キックの有り難味は痛感しています。セル始動のみのシルクロードは、いちいち四輪からバッテリにジャンプして
かけますが、GB400は、思い立ったときに、エンジン掛けられますから。バッテリ外してあっても、上がっていても、
とりあえずはすぐかかるわけです。
懐かしの排気音を聞くと、思い出します。若かったあの頃を....。

結局、なんのかんの言いながら、GBの形に惚れたのもあるんです。キックがあったのは、間違いなく選んだ理由の一つですが、
当時のSRX-4の4型のシルバーにも大いなる魅力を感じてました。でも、なんだか、琴線に触れるところがなく、なんとなく見送り。
SRは、初っ端から、全く感じませんでした。タンクの形がどうにも、合わなかったんです。好みに。

理由はわかりませんが、ホンダ好きなのも、多少は絡んでいるのかもしれませんね。別に空飛びたいわけじゃないんですが、
あの羽根のエンブレムみると、なんだか、グッときちゃいますね。
その辺の事情は、また後日アップしたいです。
少なくとも、S800が絡んでるのは、間違いないかとは思います.....。

2006/1/26

途中まで書いた、昨日のバイクネタ。ちょっとした手違いで、明日以降、も一度
書きます。スンマセン...。
約束は、破るためにある!
なーんちって(笑)

m(__)m

2006/1/25

今日。今日しかない一日。当たり前か。ネタはなくとも、指は動く。なんだかなあ。

ボクの乗ってる(持ってる)バイクなんですが、これ買った理由、って、案外どーでも
いいとこなんです。まず、大事なのが、空冷エンジン。冷却水のメンテ不用。
で、センタースタンド。絶対必要。これないと、チェンに油注すのがしんどいです。
あと、北海道の柔らかい舗装でも、沈まないでおけるんで、これも大事でした。
あと、同径のスピード/タコメータがついてること。
下向いたときに、なんだか落ち着くんです。

で、最も大事なのが、キックスタータがついてること。
これは、ボクの大学時代まで遡る話しなんですが、今日は、もうおしまい。

訳あって、明日、また続きを書きます。
それでは、明日までさようなら。

2006/1/24

うー、なんだか毎日書いてる。これじゃホントの日記やんけ!
でも、最近ネタ切れ。殆んどテレビ見ないし、新聞も斜め読み。
ラジオもFMしか聞かないから、世俗には案外疎い今日この頃です。

で、今日は仕事が案外ヒーヒー調子で、半泣きでした。電話鳴っては、また掛かってきて、
の繰り返しで、正直、疲れました。対応は適当なんですが、めんどくさいのが、ヘンテコな
勧誘系の電話。今日のは、カタカナ名の会社で、電話のデジタル工事をするんで、そのご挨拶
に〜みたいな内容のやつ。で、曖昧に応えてたら、結局、電話機の機械のメーカー名とか、
型番とか、台数、なんかをしつこく聞くのね。会社の代表者名を教えて!とか。

で、悔しいで、NTTに問い合わせたら、やっぱ、局とは全く関係なさそうな気配。
案の定、って感じ。多分、デジタルにかこつけて、電話機を売りたい業者さんでしょ?
みたいな返答でした。
そもそも、会社の電話回線は、数年前にISDNいれてあって、それがそもそもデジタルになってる
わけです。交換機とかの問題なら、局内部の話だろうから、こっちには関係ないし。

そーいえば、10年くらい前、ボクが一人で住んでたアパートにやっぱ、東京から変な電話
かかってきたことあって、その内容たるや、魔法のカードがある。これを提示すれば、
ありとあらゆるとこで、全てが10%オフで買い物できる、というようなもの。
で、いい話やんけ、と思って、でもその原資はどこから?と、問うと、広告宣伝費として、
使用したメーカーが、負担するんです、みたいな答えでした。
でも、ま、無料ならいいや、と貰う、と返事したんです。
でも、その電話の向こうの彼、いや、東京まで取りに来てくれ、と。
そんな遠くまで、電車代かけて行くんじゃ面倒。だから、郵送してくれ!と。
使うだけなら、どう頂いたって同じでしょ?と言うと、ダメです。絶対取りに来なきゃ
あげない、くらいの返事。その後、そのようなやりとりが数回あったでしょうか。
その間、東京在住の友人に聞くと、ま、要するに如何わしいカードを作らされて、ヘンテコな
ものを押し売りするのが目的だろうから、絶対行くべきではない!と強く言われ、その
怪しい疑惑が、確信に変わったわけです。

で、ある日、晩酌なんぞして、いい気分でいたら、また、その彼から電話。
こっちは酔っ払ってますから、いい気になって、向こうにタメ口です。
”おめー、もってこいよー”なんて調子です。そしたら、いい加減のらりくらりとした
対応に、切れたんでしょう。先ほどまでの穏やかな口調が一転、酷く怖い口調と、
醜い対応に様変わり。で、捨て台詞”ふざけてんじゃねーぞ!”みたいな言葉を最後に
電話は切れ、その後、彼からは二度と電話はかかってきませんでした。

でも、まだその時聞いた電話番号、どっかにメモってあるんだよね。
名前も覚えてるけど、もーそんな電話番号、消えてるんだろうな。

という、電話キャッチセールスの思い出でした。

2006/1/23

ぶったまげたよー。今日の雪。いきなり降ってきて、あっという間に積もってきたかんね。
今乗ってるトラックは冬タイヤついてるで、あんまし心配いらんのですが、軽トラについてるのが
三部山のセミスリ(笑)。雪なくても滑るような代物だかんね。まじ、怖いっす。
ま、幸い、午後には、それこそキレイさっぱり消えてしまったんで、まあ救いかな。
でも、いい調子で走っていると、突然現れるブラインド雪には気をつけましょう。スゲー
路面のμ変化に、常人は絶対対処できませんから。

案外、雪の日、って細いタイヤでFFだと、強かったりします。で、四角い見切りのいいボディなら
尚更、乗りやすいし。例えば、ニュービートル、なんて乗りにくいクルマの典型らしいです。
見切りの悪さは半端じゃないらしいっす。
スバルの一連の新しい軽乗用も、スタイル優先過ぎて、案外乗りこなすのは難しいとか。
実際、一番売れてる自動車、実はワゴンRで、次がムーブ、ってのもその辺鑑みると、
正しいかな、と。
個人的には、ラパン、なんてあんだけ真四角な格好してるんだから、凄く乗り易いん
だろうな、って思います。ただ、婦女子向け、つう印象が否めなく、おっさんが乗ってるのは
どうも、ピンときません。(最近、SS、つう懐かしの名前を復活させた、あれは別格ですが。)
多分、パクリの元ネタ(失礼!)は、ルノーのキャトルあたりなんでしょうが、あれは、
誰がのってもおかしくなかったんでしょうね。きっと。
でも、同じスズキでも、ワゴンRなら、誰が乗ってもおかしくない。
その辺も、売れてる理由なんでしょうねえ。きっと。
ボクんちのクルマだと、パンダの安定性は素晴らしかったですね。印象深いです。
ピンなしのスノータイヤで結構なとこまで行けましたからね。やっぱ、軽さと細さなんでしょうか。
見切りも良かったし、あれで、いま少しの信頼感と、軽快感があれば、いいクルマなんですがね。
2WDのパンダは、確かに面白かったですもん。やっぱ、重量の問題ですよ。きっと。
今のクルマ、大体が1トン越してますからね。あれは、税金対策でメーカーがわざとそうしてる、
という噂もありますが、いろんな安全デバイスやらなんやらをつけると、むべなるかな?とも
思いますね....。

ま、確かに軽さで気持ちいい走りを実現できても、肝心なときに、肝心なことができないと
困りますからね。軽だからって、そんな理由は今や、否、ですからね。

軽トラにもエアバッグがついてる時代です。そーいうことなんでしょうね。
趣味的な観点からみると、複雑な気持ちも多分にありますが、ま、我慢すべきなのかな、
って思います。
もう、大人なんですからね。

#ホントか???

2006/1/21

今日も、所謂、オタクネタ。

昨日の驚き。コニカミノルタが、フィルムカメラ/フィルム事業からの撤退を表明、だって。
小西六からの伝統あるメーカーが、さくらカラーが、なくなる....。
αシリーズは、もう作らない....。

ついでにいうと、ニコンも、銀塩カメラからの撤退を示唆?してるとか。

むちゃくちゃです。
なんということでしょう。

とはいえ、ボクンちも、デジカメは、複数台。でも、銀塩は、コンパクトと、一眼が各一台。
うーーーん。このwebページも、画像の殆んどは、デジタルを処理したもの。
多少はプリントをスキャンしたものもあるけど、それとて、結局はデジタル処理になる。
で、ボクも、撮って来たデジカメ画像は、プリントアウトしない。
いつも、モニタ上で見るだけ。虚像です。実際は....。

まだまだ、デジタル一眼は、銀塩には敵わない。プロユースには無理、と言っていたのは
僅か数年前のことです。確か、当時聞いた話で、銀塩の画素数がデジカメ換算で約800万画素、
と言われていたのだっけな?
当時は、100万画素越えると、メガピクセル、とか言って持て囃されていた頃です。
で、すぐに200万画素とか出て、スーパーメガピクセル、でも300万越えた頃には、もう適当な
呼び名がなくなってました....。その間が一年くらいだったかなあ?

最初にデジカメを市販したのは、カシオで、確か、16万画素。今時のおもちゃチックな携帯の
カメラだって、こんな低スペックなカメラは搭載されてません。確かに、義父の購入した
それの画質には、かなり落胆させられたのを憶えています。PCへの転送も、RS-232C端子で
激遅だったし、デフォルトだと、bmpな拡張子がついちゃうし、で、正直、扱いにくかったですね。
それが、あっという間にUSBに変わり、それが2.0になり、そして、メディアカードになり、と
どんどん手軽になって行きました。
正に、パソコンと、歩を同一にしてきたわけです。

でも、パソコンがあっても、電卓は廃れないし、算盤だって存在してます。
ワープロはなくなったけど、ペンとインクはまだ愛用者が沢山居ます。
いくら進化した自動変速なクルマが登場しても、マニュアルギアボックスはあります。

やっぱ、カメラは趣味性が高すぎたのですかね。その割に、潜在的普通写真家が多かったのかな?
難しいけど、カメラが好きな人と、写真を撮るのが好きなヒトは異なりますよね。
で、レコードとCDに置き換えると一番解りやすいのかな。オーディオマニアと音楽マニア。
あ、そうか。レコードは残ってると、今でも聞きたいけど、フィルムはもう一度見ることが
出来るんだ。機械なしで。
そこなんだな。

で、ボクは見るのが好きなヒトです。撮るのはあんまし好きじゃないです。
でも、いじくるのは好きなんです。ファインダ覗くのは楽しいです。
でも、デジカメの小さなモニタには、そんな夢はありません。しょぼい映りだったら、削除です。
緊張感もありません。

そーいうことなんですかね。きっと。
ふーむ。
わかったようで、わかってない。きっと。
ボクは。

2006/1/19

最近、レコードプレーヤーが欲しいです。

ちょっと前にクルマのCMでかかっていたボサ・ノヴァが、確か以前聞いたことのある
フレーズ。で、押入れの中から漸くお目当ての一枚を探し当て、針を落とすと、紛れもなく
セルジオ・メンデス。実に20年ぶりくらいで聞いたでしょうか。
暫く、ターンテーブルの上に載せっぱなしで時々聞いていたのですが、あるときから、
どういうわけか、右スピーカからの音声が全くでなくなりました。

アンプに刺さってるピンプラグを左右差し替えても、音が逆位相になるだけ。ってことは
アンプは問題なし。て、ことは、以前交換した、プレーヤーのシールドか、と判断。
これは、名古屋の大須で買ってきた部品で、自分で半田つけして修理したことがあるので、
今回も、きっと無理なシールドの取り回しが原因で、断線だろうと目星をつけ、早速
テスターをあてました。
確かに絶縁してないので、ははーん、と得意になって修正。ところが、まだ治らず。
仕方ないので、今度は端子の根元の絶縁チェック。しかし、ここもダメ、ってな具合に
どんどんダメ出しが進み、遂にはトーンアームの中まで到達。
ここまで来ると、もはや修理ではなく、全バラの様相。
しかも、細いリード線を途中で誤って切断してしまい、ついにはトラブルシュート放棄。
で、敢え無く、粗大ゴミ行き。
辛うじて残ったのは、シュアーの針と、純正のカートリッジのみ。

もう一台あったな、と思い出し、当時のミニコンの純正だったリニアトラッキングアームの
プレーヤーをアンプに繋ぐ。ところが、当時漸く出回り始めていたCDを意識したかのような
フルオートプレーヤーだったことが問題で、そのセンシングが壊れていて。
詰まり、トーンアームが全く動かない。よしんば動いたとしても、アームが降りない。
手動操作しても、今度は、針が上がらない、などなど。

要するに、中途半端に電子制御してある、ヘンテコなキャブ車か、はたまたナビ5なミッションか?
といわんばかりにボクのレコード聞きたい病を悪化させるだけのプレーヤーに落ちてしまっていた
のです。

まあ、確かにレンタルCDやさんに行って、CD-Rにピーコして、それで完成!つうのも楽チンでいい
ですが、針を落として、A面終わってひっくり返して、とか、録音レベルのピークメーター
見ながら、カセットに録音、なんてのも今思えば、時間的なゆとりがあったから為せる技だった
んだなあ、としばし回想。
ターンテーブルに載せて、静電気防止スプレー吹いて、埃とり(名前失念)かけて、なんて、
完全に過去の出来事なんでしょうね。

で、そのセルジオ・メンデスのCDを借りてきて、聞くと、確かに同じ音楽なんですが、やっぱ、
色気がないんですよ。しかも、おんなじ板じゃないから、曲目も少ないし。
で、やっぱ逆に、そのレコードを聴きたい病が再発、って感じです。
ボクは別にオーディオマニアじゃない、と思っているので、そんな豪華なプレーヤー
は要らないんです。その、とっておいてある針が使えるカートリッジがついていて、
きちんとしたシャシーがあって、回転数の微調整がついてれば、ベルトドライブだろうが、
ダイレクトドライブだろうが、なんでもいいです。
今あるアンプが、まだ辛うじてフォノイコが内臓されてるモノなんで、こいつが決定的に
ダメージを受ける前に、レコードの音を通せれば、それでいいです。

因みに、スピーカは2.1ch、っていうと聞こえがいいのですが、パソコンに置き場を取られた
スピーカ(コーン紙が破けてご臨終)を処分して、余ったテレビラックの脇に置いておける
ような安っぽいものなので、それなりの音しかしません。
まあ、パソコン用スピーカにきもった程度です。
だからこそ、いいプレーヤー入れて、その妙を楽しむ、つうのもまた一興なのですが、
そこまでの拘りはないわけで。

つうわけで、今後も安い動きそうなかっこいいプレーヤーをまったり捜索します。
急いでやると、ろくなことないからね。
ではでは....

2006/1/18

今日も寒かった。きついかったね。

昨日の出来事。阪神大震災から11年だって。月日はいと早し。

阪神大震災の時、ボクは実家を出て、一人暮らしをしてました。ま、近所の
アパート暮らしだったのですが、たまたま、いつもより早起きして、テレビをつけたら、
凄い凄惨な状況になっていて、思わず目を疑ったのが忘れられません。

次に考えたのが、高校の恩師が確か神戸に住んでいたぞ、ということ。
ま、こんな状況で連絡を取れるわきゃねーなーと思い、静観の構えでした。
その後、大した被害がなかったとの報を受け、安心した次第。
ま、あんだけの人的被害があったのに不謹慎かもしれませんが、結局、知り合いが
無事だと、まずは一安心してしまうのが安直、ってば安直だったなあ。

その後、別の友人(地元在住)が、共通の知り合いである名古屋の知り合いの安否を
聞いて来ました。てか、名古屋と関西、全然離れてるんで、全く心配ない筈なんですが。

関東地方では、やっぱ、東海圏と関西圏がごっちゃにされちゃうのかな?と向こうのヒトが
聞いたら怒るような感想をぼんやり思ったのが印象に残ってます。

あの頃は、まだまだ今のような通信手段はなく、加入電話が殆んど。
IP電話、なんて夢のまた夢でしたね。携帯電話は、一握りのヒトしか所有しておらず、
インタネットもまだまだ、創生期で、モデムの通信速度は、ビット単位で表現されていた
時代です。ボーレート、なんて懐かしい言葉ですよね。

そーいう時代からはや11年だって。
歳とるわけです。
神戸は変わったのですが、ボクはアレからどのくらい変わったのでしょう。
毎日、自分を見つめて、自問自答する日々です。
物理的に歳とったのは間違いないのですが....。

因みに、クルマの嗜好はあんまし変わってません。
少なくとも、そこだけは、子供のままです。
三つ子の魂百まで。
を、地で行ってる、それだけは間違いないです。
威張るとこじゃないように強く思いますが....。

2006/1/17

風の冷たい冬らしい日でした。今日は。
でも、クルマ乗ってると、暖房と日差しに負けて、うとうとしがち。
昨日の外回りも、そんな誘惑に負けて、ちょっと公園の駐車場で仮眠。
つか、ほんの五分だけ寝るつもりで、目をつぶったら、大幅に時間超過。

その後の予定は大幅に狂い、なんとか納まりましたが、やばかったっす。
今日くらい寒ければ、そんなポカも犯さずに済んだろうに....。

エンジン切った車内は案外すぐに冷えますもん。昨日のような小春日和だったら、
そんなすぐには寒くなりませんから。

しかし、軽トラの狭い車内で寝過ごすことになるとは夢にも思いませんでした。
赤帽の運転手さんが、同じ状況で仮眠をとると聞いたことがありますが、半信半疑
だったんです。が、図らずも、そのことを自ずから実証する羽目に陥るとは...。
情けない....。

因みに、聞いた話だと、その赤帽仕様の軽トラは、駐車ブレーキを引いても、
レバーそのものが戻せるようになっているらしいです。
確かに、あれが持ち上がっていると、狭い車内が更に窮屈になるんですよね。
でも、グラスエリアの広い軽トラのキャビン。夏は灼熱地獄なのは言うまでもありません。
小さいキャブなのに、何故か熱がこもる、って言うか、クーラーが効かないんですよねー。
アイドリングだと。
走っていれば、まあなんとか、っていうレベルです。
冷媒が新型になってから、その傾向が更に高まったように思います。気のせいかな?
で、却って暑いんで、信号待ちは、窓開けて吉、です。
まあ、ボクの乗ってるスバルの軽トラはまだ、エンジンが後ろ故に、多少救われても
いるんでしょうが、道路からの輻射熱や、自分の遠赤外線は容赦なく迫ってきますから、
やっぱ暑いんですよ。
夏は。

って、昨日は春の話で、今日は夏の話かい!
まったくもって季節感のない日記ですね...

2006/1/16

今日はあったかくていい日でした。小春日和でしたね。

これの誤用、多いんで、案外腹立たしいです。あたかも春のような日よりで、
小春日和。つまりは、立春までしか使えないのです。この用語は。
だって、立春になったら、あたかも春じゃなくて、明らかに春ですもん。
三月の末頃になると、こんな言葉を使いたくなる気持ちも解りますが、春なんだから、
春めいた陽気、くらいな表現に留めておいて吉、です。

またまた昔話です。ボクが免許取った頃は、早春、って感じの陽気な空気な頃でした。
ホントの早春は、もっと早いのですが、気分的にはそんな感じのまだまだ空気の冷たさ
が残る、そんな感じな頃だったんですね。

で、その頃乗っていたのが、ホンダのバモス。今でも、わが社に鎮座してはいますが、
随分と長い間、エンジンに火は入れてません。でも、このクルマには随分お世話になりました。
エンジンは、タフな二気筒で、屋根もドアもないから、極めて軽量。凄い格好なんで、目立ち度は
半端じゃなかったですが、遅いけど、凄く乗ってて面白かったですね。
あと、免許取り立てで嬉しかったのが、運転席から、全てのボディの四隅が見えることです。
つまり、ぶつけようにも、ぶつけられない、という。

これに乗って、近くの河原の堤防の上のあぜ道をてれてれ走って、菜の花の群生地を見ると、
本当に、キレイでした。もう随分と昔のコトですが、こればかりは、記憶のなかに鮮明に
憶えています。
で、実際に買ったことはなかったと思うのですが、自宅近くの牛丼やさんでお持ち帰り弁当とか
はたまた、コンビニでお弁当とか買って、軽いピクニック気分で行ったら、楽しかったんだろうな、
と思います。
本当は、いつも気まぐれで行くだけだったので、そんな準備は一切なく、なんとなく走っていた
だけでしたし、今ほどコンビニも乱立してなかったので、精々タバコ吸って終わり、とかそんな
のでした。
しかも、いつも隣は男の子しか乗ってなかったし。

でも、一度だけ、あまりの好天に我慢できず、とある女の子を誘ったことあります。
”菜の花見に行こうよ!”って。彼女とは今も時々連絡を取り合ったりしている仲なのですが、
多分、そのことは憶えてないでしょうね。簡単に拒否られましたから。

早く、本当の春にならないかな、って思います。冬はなんとも切なくてどうにも苦手です。
虫も穴から這い出てくるような、そんな空気に早くなれ、って。
からだから、冬の余韻を残さず、きれいさっぱり堂々と春を感じたいです。
正面切って、春を感じたいです。陽光の下。
雑木林の木々の芽吹きに自ら戯れ、柔らかい日差しの下で、そよ風に吹かれて。
春を感じたいです。早く。一刻も早く。
ま、時間が経たなきゃ無理ですわね。そりゃそうですようね。

2006/1/14

久々の雨。

全てを洗い流し、そして、なにかを変えて行く。

正直言って、ボクは唇がすぐ乾燥しちゃうんです。特にこの時期は、ストーブを延々焚いてますから、
クルマのってもヒーターつけてますから、乗るクルマには、リップスティックが欠かせません。
でも、春になり、夏になってもそのまま。気づくと、グローブボックスの中で凄いことになっていたり
します。まあ、そのまま、寒くなって、再度ヘンテコな形になったリップを使うので、実際、
なんでもいいのですが....。

この雨は、それに対しては最高の喜びです。天気予報で言っていたほど暖かいわけではないけど、
靄(もや)っている空気の気配とか、なんとなく生温いような感覚を憶えると、なにやら
むずむずしてきます。

春になって、唇の乾きが治ったら、今度こそバイク乗りたいです。GB400。気が付くと、最後に車検
とってから寝てる期間と、以前に乗っていた期間が同じくらいになっていたりします。
こんなことじゃあダメですよね。実に嘆かわしい。

雨降りとバイクはあんまし相性よくないですが、春の雨は、寒いけど、冬の風のつんざくようなそれ
とは違って、なんとな柔らかいような気がします。
一番いいのは、菜の花咲いてるような呑気な空気の中を60キロくらいでタラーンと走ることです。
峠を真剣に攻めるのも刹那の一瞬で楽しいものですが、やっぱ、信号のない長閑な道をそれなりで
走るのには敵いません。
土の匂い、肥やしの匂い、田圃の匂い、風の匂い....いろんな匂いがして、風が吹いて、景色が
流れて.....。

まあ、理論上はないのでしょうが、前に書いたかな?北海道の野付半島のあたりを走っていたら、
追い風が、実際走っているボクのバイクと同じ速度で流れていったことがあります。
すると、正面からくる風切り音がなくなり、相対風速ゼロになるんです。
で、聞こえる音が、バイクのエンジンの音と、タイヤが道を蹴る音、そしてチェ−ンの音。
凄い奇妙な感覚でした。動いているバイクが、止まっているかのように感じ、それは
本当に初めての経験でした。ジェットヘルのシールド越しに見える景色だけが動き、
自分自身は浮遊しているかのような、そんな錯覚に陥ったりもしたものです。

また行きたいな。北海道。まあ、絶望的に不可能だろうけど、今度は、室蘭とかあの辺を
ちゃんと走ってみたいです。例の黄金道路も走ってないですから、その辺も絡めて。
あと、一回、某著名な雪の結晶マークで御馴染みの会社で、工場見学してみたいですね。
多分、道内にも沢山あるんでしょうが、ヨーグルトを腹いっぱい試食させてくれないかな?(笑)
昔、給食ででてきた、ビン入りのあの甘酸っぱいのを、バケツで食べさせてくれたらなあ。
なんて。

なんか、例によって支離滅裂でめちゃくちゃですね。
ま、いいか。(爆)

2006/1/12

なにやら、最近また気分が今ひとつすぐれません。仕事が本格的に始まって、またまた安定した
生活習慣が確立される意味では、悪くないのですが、どうにも気持ちのぼんやり感がつきまといます。

なに、といった事象があるわけではないにせよ、なにか、思い切った気持ちの切り替えを
しなくちゃいかんのかな?とも思いますが、現実、現状を打破するための方策がおもいつきません。

ま、こんなこと書いていても、なにか変わるわけじゃああんめーし、どもならねんじゃねんかい?
って言われてしまえば、それもまた然り。でも、書くことによって、少しでも気分の方向が
進路修正されれば、それはボクにとって多少は喜ばしいことかな、と。
読んでくださる訪問者の方にとっては、つまんないことかもしれませんが、まあ極論すれば
ホームページなんて、甚だしい自己満でもあるわけで、日記なんて、その最たるもんですもん。
他人が読むのを前提とした日記、なんて多分あり得ないし、でも、盗み見したくなるような
内容だったら、それはそれでボクも困っちゃうし.....。

そういう、適度な緊張感は、ある意味で心地よいし、その小さなストレスは、多分、自己に対して
正の作用を及ぼすのではないか、と。そういう風にも感じられたりするわけで。

ところで、今読みかけてる本は、戦中の中島飛行機の一工員さんが書いたであろう回想記。
現在は、まるっきり関係ない会社が戦後、再設されていますが、造成したのは、中島の工場を
作るためだったようです。
かなり、飛行機には明るい筆者だったと思われ、その表現力と説明の細かさは、やや行き過ぎの
感もありますが、全体的なトーンは、戦争に従事している悲壮感があまりなく、ある地方工員の
回想録、といった趣。ただ、まだ全体の半分くらいしか読んでない関係故かもしれません。
後半は、どうやら実際、前線に赴き、そこで修羅場を体験することになりそうです。

でも、そんな空気が、ほんの数十年前に、この極近所であったことを想像するのは、極めて
困難です。20年くらい前に、とある路線が廃線になり、そのさよなら運転に行ったことが
ありますが、それの原点もこの工場に絡んでいるであろうことは必至です。

今は、緑道に生まれ変わってその当時の気配はほんのちょっとしかありませんが、事実、
ボクが子供の頃は、使われたことがないであろう踏切を越え、橋桁のかけられなかった
橋脚があり、その先へ伸展したがる線路を無理やり断ち切った車輪止めがあり、といった
風情がまだ残っていました。飛行場ですらあったくらいですから。
今は、そこも、某自動車メーカーの在庫備蓄所に変貌していますが、その道路沿いにトーチカが
あったのは、今でも忘れていませんから。ボクも。

そういった、現実の事象があっても尚、その凄惨だったことを想像出来ないのは、やはり
よくないことです。

そういうときは、夜空を見上げます。己のふがいなさや、余りに情けない想像力の欠如や、
僅かな過去にあった、悲惨だったであろう事象のことなぞを、夜空のウン億光年向こうの光は、
全て、許してくれそうです。なにせ、下手すりゃあ、地球が誕生する前からの光が今、
こうして届いていたりするわけですからね。

今、ここにこうして生きていられるのが、奇跡に思えてきます。
自分の想像など遥かに及ばないなにか得体のしれない、凄い事実があったとしても、
そんなことは、多分、ボクとは全く無関係に起きて、収束するでしょう。
あの星空のむこうでは。
でも、その環のなかの、ほんの一部分にボクも存在しているわけで。
だったら、ちょっとだけ、混ぜてもらってもいい?なんて思います。

今日も、かなり自己満全開ですね。
今度は、ちゃんとサイトに則ったネタを書きます。
もう少し、落ち着くまで、こんな、おかしい記事でお茶を濁す、と。

なんだかなあ.....

2006/1/7

今日も一日年始回りの日々。大体かたが付いた感じではありますが。

成人式のこと。思い出しました。なにか大風が吹いていて、すげー寒かったのね。確か。
で、ボクは男だから、写真も撮らずに帰って着替えちゃったように憶えてるけど、
うそ、ホントは友達の彼女と(!)一緒に写真撮ったんですが、まあ、女の子みたいに
写真館に行って、とか、そんなのはなかったんですね。だから、探せばでてくる
スナップ写真が唯一の写真かな。多分。つか、その写真自体も、その彼からもらったん
です。多分。きっとイオスの初期のモデルだった筈。

ボクと、その彼とは趣味も似ていて、よく一緒に遊びました。最近はお互い所帯もって
しまっていて、なかなか時間も限られているせいで、会う機会も少なくなってしまいましたが、
大事な友人です。

彼のがイオスで、620、つったかな?。ボクのが、ペンタのSFX。ライバル視されたような
気配もありましたが、市場は圧倒的にキャノン優位でした。
キャノンのAFは、レンズ駆動。ボクのペンタは、ボディ駆動。レンズの互換性を考えると
ボディ駆動の方が、優位です。でも、キャノンは敢えて、当時タンクとかでていたのに、
MFのレンズの互換性を捨てて、新マウントを引っさげて市場にデビュー。
実質、唯一のAFカメラだったミノルタをあっさり抜いて、勝ち組みになったわけです。
今や、プロ向けのニコンFシリーズですら、AFを搭載してるわけですが、当時は、かなり
懐疑的な目で見る向きが多かったのも事実です。

確かに、MF合焦もできましたが、その操作感は話しにならず。でした。ペンタのkaFマウント
レンズは。キャノンも似たようなもんじゃなかったかな。確か。

で、素人にありがちなのが、シャッター速度。速ければ偉い!つう風潮もありますが、
実際、そんな速いの、余程の環境じゃなければ、役に立ちませんから。
露出とレンズのf値の兼ね合いで、思ったような画が撮れるのが、一眼レフの美点な
訳で、それを無視して、スペック偏重なボディ選びをしちゃうのは、罠です。
モードラの秒間コマ数とかもそう。

まあ、偉そうなことを言っていても、ボクはいつも一眼レフでも、いわば、お任せのプログラム
モード使っちゃうんですがね。で、思ったような画が撮れないと、レンズが社外だからだ!とか、
フィルムが駄目だ!とか、そんな屁理屈こねて、逃げるんです。

なんか、例えが極端だけど、牛肉食べたい!思って、吉野家に行って、やっぱ、甘すぎるな、とか
肉、薄いよ!とか、そんな文句言ったって、あなた、自分で選んで吉野屋行ったんでしょ?
て、そんなことですよ。きっと。

キレイな振袖着て、吉野屋行って、肉食べて、匂いついた!って文句言ったら、はあ?みたいな
感じじゃないですか(笑)

うーーーむ、むりくり成人式とカメラをまとめた感が無きにしもあらず。(爆)

兎も角、結局、全部がセンス良ければ、使いきりのカメラでもすんげーいい画が撮れるし、
吉野家だって、ボクはC/P比を考えれば、あなた、偉い!って拍手したくなりますもん。
要は、考え方、使いこなし方ってことですね。

あなたは一眼レフ? 使いきりカメラ?
どっち派ですか???

2006/1/6

今更ながら、あけましておめでとうございます。今日から仕事始めです。
客先への年始のつまらない挨拶回りを適当に今日と明日でこなせば、また連休。

もう遥か彼方のことですが、成人式ですもんね。いやあ、早い、早い。
ボクが成人式のときは、青いユーノスが来てそんなに経ってない頃。学校の入学式
に作ったスーツに身を包み、いそいそと会場に向ったのを憶えてます。
当時名古屋にいたボクは、そのためだけに新幹線で帰省しました。その頃、ゼミみたい
なクラス編成があって、その時、たまたま隣に座っていた子が、静岡の子。
彼女は、高速バスで帰省する、って言っていたのですが、ボクが新幹線で、と言ったら、
一緒につきあってくれました。正直、一人で新幹線に乗って、変なおっさんと隣で
東京まで一緒、なんてうんざりだな、と思っていたので、嬉しかったです。
ちょっと好きだったし。
でも、彼女とはそれきり。学校で会えば、話はするけど、一緒に遊んだりした記憶は
ありません。でも、後で振袖の写真を見せてもらったんだったけな?忘れちゃった。

次の年に本格的にゼミが始まってからは、交流はなくなってしまいました。
挨拶だけの関係です。それがどうした!ってそーいわれるとなあ....。

で、田舎ですよ。ユーノスですよ。あの日は、凄い好天で、勿論寒かったのですが、
振袖の女の子が眩しかったなあ。
当時、高校から付き合っていたある二人がいて、そのお互いに友達がいるわけです。
ボクもその男の子側の友達の一人でした。
で、彼女側の友達、勿論女の子ですが、お互い、顔見知り以上友達未満、みたいな
関係でいるわけです。
その中の一人を、どういう理由だったか忘れましたが、自宅まで送り届けることに
なったのです。ボクが。式典後に。
狭い、ユーノスの助手席側に彼女を乗せようとします。ですが、その狭さ、低さが仇に
なって、乗り込めません。で、ボクが取ったのは、幌を開けてしまったのですね。
シートバックをめ一杯倒して、あの安っぽいシートに彼女をちょこんと座らせて、
新成人男女がたむろする会場を、まだまだ新しい香りのする青いユーノスで、ボクは
疾走していたのですね。屋根開けて。

一瞬のヒーロー。

気分良かったですねえ!

でも、その彼女とも、新幹線の彼女同様、全くなにもありませんでした。
10年以上前に、彼女が某自動車ディーラーで受け付けをしていた時に、ボクがたまたま
そこを訪れて、ちょろっと昔話に花が咲いたことはありましたが、やっぱ、それだけでした。
ま、それ以上を全く期待してなかったので、なにかあったら、それはそれで由々しき事態では
あったのですが.....。

成人式、というと、そのことと、男友達で盛り上がった帰り道、道端で、盛大な小間物や
を開店したしたことしか憶えてません。

だって、そんな昔の話...。
という、おっさんぶった気分になっても、あながち恥ずかしくないような歳になるのに、
まだまだ、未熟なボク。

そんなおばかなおっさんに、今年も叱咤激励して頂ければ身に余る光栄です。
そんな感じで今年もよろしくお願いします(笑)