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長尾日記 | |
今日のオススメ。 中学生のころ好きだったアニメ。 ボトムズ 今日の標語 組織は信頼関係が大事である。 信頼関係は理解から生まれる。 理解は問題の共有から始まる。 ・・・・・ 2007年9月30日(日曜日) どうも飯田は相性が良くない。 ってか、毎年行っているが、たいてい応援で、しかも応援してる人は みな調子がわるい。毎年そうだ。 ・・・来年は、辞めよう。。。って、暴言? でも、季節の変わり目で、人によっちゃ、小川村に調整した反動が危うい時期かも しれない。 にしても高島さんは健闘したなぁ。 今日僕は、BR-3のレースをじっと見ていた。 オーベストは誰もいない。いつもなら何気なくみすごすレース、でも今日は、 じっと、目で観て無くても、心で観てしまった。 僕には、彼らの一生懸命に競う姿が、たまらなく美しくみえるのだ。 。。。 やれることをやる、やれることはある。 僕のそれがすずめ級でも、それが僕である。 そう一人でも思っていたい。 2007年9月28日(金曜日) えらい!えらい! えらずぎる! 日本の未来だ、純国産だ! 哨戒機とは、海上でロシアや中国の原子力潜水艦を探知する飛行機である。 いままでP-3Cというアメリカ製のものすごく効果なヒコーキを買っていたが ついに国産を開発することが出来た。 このことは、普通の旅客機にも開発技術が転用されるはずで、今後の 日本の航空機製造ビジネス、いや、自動車にかわる日本経済の大黒柱の 産業にまで発展するかもしれないのである。 ミャンマーのニュースなんてどーでもいいのである。 マスゴミ帝国の超下っ端カメラマンがそのヒエラルキーの最下層で 死んだなんて、どーでもよく、今日のニュースは国産哨戒機の初飛行だろう? ・・・・・って思うのは、全国1000人のにちゃん軍事板のオタクのみであろう。 にしても、うれしい。 じつはこの半月、つらい仕事のなか、ずっと楽しみにしていた。 XP-1、ついに初飛行か。。。 2007年9月25日(火曜日) 今日は我らが新型戦車をこの戦場に持ち込む初日である。 オッキーこと、オキナカ一等兵とふたりで、さっそく導入作業だ。 前線にあわせて機器を調整する。一日、、、最低でも半日かかる。 そこを3時間でなんとかしようとするが、OSとDBとローカルセキュリティの 組み合わせが初なので、予想通り難航する。 初期設定がやはり3時間、その後の調整は、結局夜までかかった。 やっぱり一日か。。 でも、大佐へ提出した日程表には「2日間」と言ってある。リスク込みだ。 このがけっぷちの状態で、すこしでも日数を稼ぎたかったが、明日の 試運転を考えると、先食いはわずかだった。 いや、むしろオッキーに助けられて、よく1日で戦車が動くところまで 来たものだ。一人でやるのと、二人でやるのは、根本的に違う。 ま、これはいずれ。 明日は試運転。でも今日これだけ設定が出来てれば問題ない。 これでこの戦車を使った戦術計画書が作成できる。。。。今週中に。なんとか。。。 2007年9月23日(土曜日) イシダ准尉が倒れた。 来週胃カメラだそうだ。 彼はいままで上層部の支援がないのを、各前線を激励してなんとか乗り越えてきたが、 さすがにここを含む全面的な防戦状態に、限界だったようだ。 一時離脱することを何度も謝っていたが、べつに、今まで自分が面倒をかけたことを 考えれば、今自分が役に立たないでどうすると普通に思うので、平然としていた。 「今ここが大変なのは最初から分かっていたので。やりますよ。」 ただ、まだ昔の自分の血が騒ぐのか、本部のオオクニ少尉には、 ひとこと電文を打っておいた。 その符丁に、気がつけばよし。分からないやつは永遠に分からない。 だめならアオヤギ大尉、シマダ大佐に怒鳴り込むだけだ。 原因を取り除かなければ、病院にいっても治らない。 前線の士卒の屍の上であぐらをかく上官を、認めることなどありえない。 2007年9月22日(金曜日) T氏は、、、しんどいな。 僕が飯田にクルマを出すことにしたのは、自分の趣味である。 拘束される気も、する気もない。 そうか、なんだかんだ言って、僕は超が3つ付くリベラル派なのだな。 (右翼礼賛のくせして。) 集団というのは微妙だ。 それ自体に価値なんて付くときが、いちばん怖い。 集団という、それ自体は空虚な器に価値を求める人が出てくると やっかいだと思っていたが、めんどうだな。 「集団」なんてものは存在しない。 それは足音が存在するかという問いと同じだ。 足があるから、歩くから、足音が人の耳に聞こえるだけだ。 オーベストという価値がどこかにあるのではない。 それはみんなの自然な結果にすぎない。 自立して存在する「器」と考え、珍重するものでは、断じてない。 器に価値を求めるとどうなるか。 器の下に人を置くようになる。器の下に人を見るようになる。 器の元に、人と人とを比べて優劣を論じるようになる。 (僕に限っては、そんなものを守りたいのではない。) ・・・ 自分の価値を上下できるのは、ともに歩いてきた人のみである。 過去を少なからず共有するものたちである。 でも、彼らについていけず、飛べない僕は、書くばかりである。 無念。 ちなみに、かんけーないが、片思いのすうぃーととは、 進まないが後退はしていない、、、はず。 うーん、せめてここでは頑張ろう? それでユルして! 2007年9月18日(火曜日) 山を崩す咆哮。 頭から土あられが土砂降りのように降りかかる。 今日も前線は、激しい攻撃の滝壷のようだ。 夕方、戦況報告会に出ると、P将軍が居ない。へんだな。 予定では今週後半に新型戦車の現地試験をすることになっていたので、 その詳細をP将軍と話したかったのだ。 会議を聞いていると、P将軍の担当がつぎつぎ別人に割り当てられた。 彼らはなにも言わない。そうか、どこか近くの防衛線が崩壊して、ついに 彼は我々の作戦に参加できなくなったのだな。 会議後、マサガネ大佐と将来戦略の計画を打ち合わせする。しかし、、、 俺はまだまだ戦略を語れないな。ずいぶんひっぱり上げてもらって、 何とか勤まっているというところである。 最前線での戦術の数々ならいくらでも語るのだが、それじゃ駄目なのだ。 ヘタにたたき上げだと、大局というものを作るのは、難しいものだ。 最前線の兵卒の死線も、政治がらみの戦略も分かる人になれ、と 上官に言われる。それが価値だと。 修行の道は、長いな。 2007年9月15日その2(土曜日) 風邪。 日曜腹だして寝て、 月曜喉が痛いが午前様 火曜どうやら風邪だ午前様 水曜それでもエイヤで社交飲み 木曜午後からだるい定時上がり 金曜薬を飲んでもやはり飲み 土曜はお決まり、ヒッキー寝込む。 ・・・丈夫だなぁ。 仕事は、悪くない。さすが僕! 無傷じゃないが、上官に初日から激戦を誓い、猛戦。 前線をわずかに押し上げるチカラになれる。 でも、レンガを一個つみあげただけ。 まだまだこの地獄の炎の、一里塚。 身体を壊すのは、不健康だから。 自転車と仕事と今は全く両立できてない。 どうしてそういう能力が付かないんだろう。だめだねぇ。 2007年9月15日(土曜日) マサガネ大佐は、他国の士官で、情報統合の世界の名軍師である。 彼と我が部隊は、何年も前から緊密な協力関係になっている。 今月、彼が珍しく苦戦するこの戦場に、俺は傭兵として降下した。 以前から聞いてはいたが、ここは久しぶりに見る地獄である。 絶え間ない敵軍の襲撃。 軍儀をしても、将軍が一時も座っていることは無い。 夜襲、自爆兵なぞ年中行事。前線の味方の士気は、低い。 泥沼な状態の原因はいつも同じだ。 最初は小さな戦線で、何も考えずに戦い始めた。 次第に戦火が拡大すると、安易に築いた陣地は、いつのまにか 無秩序に拡張され、今となっては、守れず、攻められず、 退くも、進むも出来ない地獄となる。 そんな戦況を一気に打破しようというのが、マサガネ大佐の 情報統合作戦だ。 そしてそこへ呼ばれた我々は、傭兵の形で投入されることになった。 自分のほかには、オッキー一等兵と、戦車長の紹介の老兵が一人。 オッキーは今年正月からずっと一緒である。もはや加藤の思うことなぞ お見通しであろう。彼の経験に似合わない素早い戦闘速度は、 私の頼みの綱であり、ともに動きやすい。 もうひとりの老兵、コバヤシ上等兵は、どうしたものだろうか。 「仲間のために死ぬ気はない」とか言う、自分の身を守るのが 最優先な、目先ばかりのくさいやつだ。 でも戦い方は一日の長がある。イシダ准尉に「多くを期待するな」と 言われている。しょうがない。小型トーチカと思って 片翼を押さえてもらおう。 最初の2週間は様子もわからず、友軍との連携もとれず、だれが 敵なんだがわからない状態だったが、すこしづつ、地力でくさびを 打ち込み、這いすすむ。 どんなに泥水をすすっても、前線を押し上げている、攻めの流れに 、わずかな攻めの流れに乗っているときは、心が躍るものだ。 今日は休み。 また来週から泥の中。 かならず、いつか、いつの日か、青い空の草原で休める日を 掴んでみせる。 ・・・まぁ、今のオレのほうが、オレらしいのだろう。ほんとうは。 2007年9月10日(月曜日) なにかをするとき、とくに会社ってところは集団作業が基本だから当然なのだが、 あるレベルより高いものに手をだすには、ボトムを支えてくれる人が必須である。 さいきん仕事で、たまにうまくいかないことがある。 それは加藤があまりに現場主義すぎることであり、その逆を言えば、 僕は現場を預ける人を作ってない、ということなのである。 でもねぇ。。。社外協力者ばかりで、正社員は僕と上司だけって現場じゃ、 むずかしいかもしれない。いまや傭兵オッキー一等兵がいるだけで どんだけ助かってるか、ぐらいな貧しさである。 いや、たとえ居たとしても、ヒライ上等兵はかんべんしてほしい。 むしろ前より心配になるじゃないか。 実はこの前、戦車長の会社からもう1名、年配の人を出してもらったが、、、 この1週間のパフォーマンスを見ると、20代前半のオッキーと、さほどは違いない。 「言われて動くタイプ?」 ってかんじである。いい歳して、気楽なもんだねぇ。。。 以前の僕なら「世の中そんなもんだよ」と言って、なにかあったら自分で 全部片付けてしまおうと思っていたが、、 それがまずいのだ。それがまずいらしい。 いつまでも「いざとなったら最前線でオレがやってやるさ」 と言っていると、視点が下向きになってしまい、大空の大事なものが見えなくなる。 でも、だれに最前線の戦いを任せるというのだ? なんだか、この先自身が無くなった。 加藤は砂糖漬けの甘ちゃんである。 2007年9月5日(水曜日) えー、生きてます。元気です。 仕事に埋もれてます。ハイ。 情報漏洩するバカがたくさんいるから、 出先でメール・ネット一切禁止の現場ばかり。 ということで、長尾日記を書く自由さえなくなりました。はー。。。 今度の現場、茅場町、、正確な位置は言えないなぁ。だってバレバレだもん。 6、7月もそうだったけど、さいきん有名企業サマ相手が多くて、 しかもそういう相手の炎上プロジェクト突撃が多くて、あっはっは。 こんどはお客さん自体が燃えてるよ。。。大炎上。ごーごーってかんじぃ〜↑ いよいよ僕も、ニュースネタ級の大炎上の、救援決死隊になるとは。 うーむ。もし万が一救援に成功したら、会社から特別ボーナス貰おう。 なぬ?上司はイシダ准尉以外、そんな状況なんてつゆ知らずって? あっはっは。 いや、まさか。。。ウチの会社はふつーにありうる話だけど。。 自転車の話。 今日の昼休み、八丁堀の貸し倉庫へ行って空きを調べてもらった。 なぬ?なんのためだって?そりゃきまってる。愛車の置き場と、 着替え場所である。 でも空いてるのはタタミ2畳のでっかいスペースのみ。 一ヶ月が2万5000円だって。高すぎじゃん。げー。 今だからいうが、先月自転車を盗まれた。我が通勤用ロードである。 LOOKである。なんとまぁ。 ぶっといチェーンを付けていたのだが。。。切ったというより ピッキングかもしれない。 夜9時半ごろ、残業に切りをつけて路上に出てみると、、、 なーにもない! SPDシューズにレーパン姿で、街中をしばし立ち尽くす。 ・・・・ ビルは通用口から出たので着替えに戻れない。 夜の公園で着替えて、電車に乗って帰る。惨め。 これには後日談まであり、神奈川警察のアホさ加減を 延々かいてやりたい気分だが、、、まぁいいや。 カンタンにいうと「むかしの区役所受付級のアホ」 という話である。 ・・・・・うーむ。もうどうでもいいや。 なにせ、僕は、塹壕王、、ならぬ、残業王だもん! 金ぴかオルカだもん! 今日は溝の口からタクシーだもん。。。 なんか惨めだな。 そうそう。昨夜はオヤジの学生以来の友人のお通夜だった。 小さいころから知っている人だったんで、写真みて、 なんだか目の前にいる感じがした。 ・・・・ うーん、暗い話ばかりだな。すんません。 明るい話。。。。あ、体重が80キロ越えました(推測だが確実)。 あっはっはっは。 いまいち?うーん、、、、 ・・・・・ ぐー。。。 眠いのでおやすみなさいです。 |