スイッチを入れればすぐに灯る電気。便利なモノだけど、その大切さはふだん忘れられがちだ。
日本の電力は、すでに3分の1近くが原子力発電でまかなわれている。
その原子力発電にもあと50年ほどで限界がくるという。
その先の未来のエネルギーのことを考えたことがあるだろうか。
'95年12月に事故を起こした高速増殖炉「もんじゅ」の今後には、
そんな未来へのビジョンがからんでくる。
わたしたちの未来をどうデザインするのか、「もんじゅ」の事故現場からのぞいてみよう。
文・写真/山崎智嘉
取材協力/原子力発電に反対する福井県民会議
学研『UTAN』'96年12月号掲載(当初の草稿から内容が訂正されています。その経過はこの記事の最後に)
おことわり:このリポートは、'97年3月の東海村事故以前に取材・発表されたものです。
1995年12月8日19時47分、福井県・敦賀の高速増殖原型炉「もんじゅ」で事故が発生した。大量の冷却材・ナトリウムが漏れ、3時間以上燃え続けたという深刻な事故だ。
「もんじゅ」は福井県敦賀市の西北、敦賀半島の先端近くに位置している。敦賀市から、美しい海を横に見ながら車で約30分。日本海に臨む丘にある。
敦賀市街に近い動燃の広報施設「アトムプラザ」で「もんじゅ」などの基本的な話を聞いた見学会の参加者、約30人は動燃のバスで「もんじゅ」に到着。50歳代の男性、20歳前後に見える女性、4、5歳のふたりの女の子を連れた家族もいて、参加者はなかなか多彩だ。
白いヘルメットを全員かぶり、いよいよ現場に入る。事故後、原子炉は停止しているし、放射線管理区域外(つまり放射能の危険がないとされる区域)の見学とはいえ、事故を起こした原発の中に入るのは、あまり気持ちのいいものではない。
事故のあった2次系Cループ配管室は、すでにきれいに清掃されている。事故当時は、漏れ出したナトリウム化合物が粉末状になって広い部屋の床全体を白くおおっていたという。入り口で念のために(?)全員白い綿の手袋を着ける。
ナトリウムが大量に漏れたところは、原子炉の格納容器から高温(515℃)の2次系ナトリウムが送り出されてくる部分だ。ナトリウムの温度を測るために設置されていた温度計の管が、ナトリウム流による振動(流力振動)などで折れ、その管を通ってナトリウムが漏れたとされている。
温度計のあったあたりは、周囲の配管ごと切り取られ、フタがされている。漏れたナトリウムの直撃を受けて大きな穴があいた空調ダクトや同じく格子状の金属が溶けて穴があいた足場(グレーチング)、そして、ナトリウム化合物がうず高く堆積していた床の鉄板(床ライナー)などは調査のために取り除かれている。
そもそも高速増殖炉とはどんな原子炉なのだろう。事故の後就任した動燃の菊地三郎「もんじゅ建設所」所長は、
「高速増殖炉というのは、簡単にいえば、限られた資源をフルに活用できる原子炉です。ふつうの原子炉で燃やすウラン235は天然ウランから0.7%しか取れません。残りの燃えないウラン238をプルトニウムに変えれば99.3%をエネルギーに変えることができます。今のままでは、原子力発電というものは、あと50数年しかもたないけれど、高速増殖炉を実用化することによって千年単位くらいのエネルギー供給ができるようになるんです」
と説明する。しかし、この「99.3%」という数字には、かなり誇張があるようだ。また、机上の計算どおりにはいかず、利用できるのはせいぜい70%程度だが、かつては高速増殖炉は、「夢の原子炉」といわれていた。
それほど効率がいいのなら、世界各国がこぞって研究を進めてもよさそうなものだけれど、最初に高速増殖炉を開発したアメリカをはじめ、ドイツ、英国など多くの国はさまざまな理由で、研究開発を中止している。現在日本以外では、フランスとロシアや旧ソ連の国が研究をおこなっている。
ただし、フランスでは増殖炉としての開発は中止され、実証炉のスーパーフェニックスは、余剰プルトニウムの焼却に目的が変更された。
高速増殖炉とほかの原子炉とのいちばん大きな違いは、燃料にウラン235を濃縮した濃縮ウランでなく、プルトニウムを使うというところだ。そして、燃料の周囲を覆う「ブランケット燃料」の燃えないウラン238にプルトニウムの核分裂で生まれた高速中性子をぶつけることで、ウラン238をプルトニウムに変化させる。この反応で、消費されたプルトニウムより多くのプルトニウムを生成させることが可能になるというので、「高速増殖炉」という名前がついているのだ。
かんじんの発電は、プルトニウムの核分裂で生まれた熱エネルギーを「冷却系」で蒸気発生器に伝えておこなう。
これまでの軽水炉では、熱エネルギーを伝える1次冷却材に水が使われているが、高速増殖炉では水は使えない。水は高速中性子を減速させてしまうので、ウラン238のプルトニウムへの変化を低下させるからだ。
そこで、この目的に最適な物質がナトリウムだということになった。
ナトリウムは、大気のもとで97.8℃〜882℃の範囲で液体の状態を保つ。しかも、高速中性子をほとんど減速しない。ほかにも、熱伝導性が高い、比熱が低い(水の約3分の1)ので温まりやすい、粘性が低いので、循環させやすいといった長所があった。
ただし、ナトリウムには最大の難点がある。さきに少し触れたように、空気に接触すると酸素と化合して発炎し、さらに水に触れると爆発的に燃えるということだ。コンクリートにも水分が多く含まれているので、絶対に接触しないようにしなければならない。そのために液体ナトリウムを収容する容器や機器、配管などを気密構造にし、内部に不活性ガス(アルゴンガス)を充填している。また、漏れても燃えないように、室内を窒素で満たしている。
ただし、これは「1次冷却系」だけで、放射能で汚染していないことが前提の「2次主冷却系」では、点検などを頻繁におこなうために機器の周囲は空気のままだったので火災事故になったのだ。この事故の反省から、2次系にも窒素ガスを使用することも検討されている。
こうした今回の事故の原因は、科学技術庁原子力安全局が事故後に設置した「もんじゅナトリウム漏えい事故調査・検討タスクフォース」で調査されている。そのほか、原子力安全委員会の「ワーキンググループ」と動燃自身でもそれぞれ調査がおこなわれている。
いずれも、専門家による調査だが、メンバーの人選などに疑問の声がある。
京都大学原子炉実験所助手の小林圭二さんは、こう指摘する。
「いろんな異なる分野の専門家の寄せ集めだから、たとえば金属材料の専門家の判断をほかの専門家が了承するかしないか、という方式ですね。機械工学の裾野はもっと広いのですから、科学技術庁から離れたところで、利害関係のない人から専門家を選ぶべきでしょう」
小林さんは、’85年に福井地方裁判所に提訴された「もんじゅ」建設差し止めの裁判で補佐人を務め、事故以前から今回のような事故の危険を指摘している。
科学技術庁の「タスクフォース」のメンバーが「"原子力ファミリー"ともいうべき人で構成され、もんじゅ建設の際の安全審査に参加した学者もかなり含まれているのは問題」という意見もある。例えていえば、被告に裁判長を任せているようなものだというのだ。
たしかに科学技術庁の96年5月23日の「もんじゅナトリウム漏えい事故の報告について」と題された中間報告には、不審な点がある。
「今回のような規模の2次系ナトリウムの漏えいは(中略)原子炉は安定に維持され、原子炉等規制法が求めている災害防止上の観点からは、原子炉施設の安全は確保された」(同報告3ページ)
とあるが、これでは「原子炉が溶融・破壊されず、放射能が放出されなければ安全だ」といっているのと同じだ。大量のナトリウムが漏れ、火災が起きたのに、調査が終わる前から「中間報告」の冒頭で「安全は確保された」と結論することには疑問が残る。
現在、海外での高速増殖炉計画は、中断・中止しているものが目立つ。さまざまな事故や経済的な理由のためだが、「もんじゅ」でも事故までにさまざまなトラブルが起きている。
加えて、運転温度が500℃以上と高い(通常の加圧水型軽水炉・PWRで約320℃)「もんじゅ」は、配管が熱で大きく伸縮する。そのためくねくねと複雑な配管になっていて、また、配管自体の厚さも熱衝撃に耐えるために約11mmと薄い(110万kW級PWRで約70mm)。したがって地震などに弱いという指摘もある。
もうひとつは、暴走の可能性だ。旧ソ連のチェルノブイリ原発事故のあと日本では、「日本の原発は、チェルノブイリ原発とちがって暴走しません」と説明されていたが、「もんじゅ」は、あのチェルノブイリ原発と同じ性格だ。泡(ボイド)が増えると核分裂が盛んになる「正(プラス)のボイド効果」を持っているのだ。また、暴走しはじめたら軽水炉よりはるかに早い速度で核分裂が進行し、「暴走しだしたら止まらない」ともいわれている。
さらに高速増殖炉は、燃料の形状変化が暴走につながることもあるという。また、炉内の構造材にも高温に加えて中性子がダメージを与える。おまけに、軽水炉のような「緊急炉心冷却装置(ECCS)」がない。配管そのものが破断する場合を考えると、ECCSがなくても安全といえるのか、との懸念もある。
現在、原子力委員会は高速増殖炉の計画そのものを再検討している。国の原子力開発利用長期計画では、「もんじゅ」で得た実績をもとに、2000年代はじめに次の段階の実証炉の建設に着手、2030年ごろに実用化をめざすとしていた。けれども、今回の事故で、建設場所さえ決まっていない高速増殖炉実証炉の着工は大幅に遅れそうだ。
高速増殖炉の実証炉計画が遅れることで問題となるのは、「プルトニウムの余剰」だ。
現在建設されている青森県六ヶ所村の核燃料再処理工場が遅れはしたが予定通りの2003年に完成すると、年間約4.8tのプルトニウムが供給される。ところが、このままでいくとプルトニウムを使ってくれるはずの高速増殖炉が、そのときまでに動いていないという事態になる。
プルトニウムは、核兵器の材料になるので国際的に監視されている。「余剰プルトニウムはもたない」という日本の国際公約が守れない状況になれば、周辺の国々が日本に対して「軍事的に利用するのでは?」と不信感を高めてしまうのだ。
ところで「再処理」ということば、よく耳にするけれど、実体はあまり知られていないように思う。これは、ようするに「廃物利用」ということだ。
軽水炉の使用済み燃料にはそれぞれ約1%のプルトニウムや燃え残ったウラン235が含まれている。この「廃棄物」をリサイクルするのが「再処理」。「再処理」によって、取り出したプルトニウムを高速増殖炉で使用することが「核燃料サイクル」の究極の目標とされている。
ここで心配なのは、再処理工場からの放射能漏れだ。英国のセラフィールドやフランスのラ・アーグの再処理工場周辺では、強度の汚染があるという指摘もある。セラフィールドでは、小児白血病が10倍、小児ガンが4倍、英国での全国平均より高いという報告もあるのだ。
さらに、使用済み燃料や再処理したプルトニウムの輸送途中の安全性や「核ジャック」の危険性の問題もある。
高速増殖炉は簡単には増殖しない?
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これほど困難のともなう高速増殖炉を開発するのは、エネルギー資源の乏しい日本が将来、自給自足できるエネルギー源を確保するため、とされる。プルトニウムを燃やせば、これまで、ほとんど利用されていなかった燃えないウラン238が燃料のプルトニウムに変化するというのだ。
ところが、このかんじんの「増殖」にもかげりがある。「増殖」というと同じものがすぐに倍、倍と増えるイメージだが、実際には燃料を再処理し、加工し、もう一度高速増殖炉に入れて燃やすという過程が必要なので、2倍に増えるのには約33年(動燃試算)から90年(原子力発電(株)試算)という時間がかかる。
「設計段階ではプルトニウムが一回に1.2倍になるといいますが、これは、じっさいには最新の計算で1.13倍程度なんです。加えて、できたプルトニウムを回収する過程でのロスもある。増殖炉の中では増えても、炉の外では減る一方なのでプルトニウムはどんどん目減りします」
と、前出の小林圭二さんは指摘している。
高速増殖炉は、「核燃料サイクル」が機能していなければ存在すらできない。そして、増殖炉からどれほどの「エネルギー」が作り出されるのかまだわからない。しかも、「核廃棄物」だけは確実に生まれてくるわけだ。
「福井県民会議」の小木曽さんは、
「現在、原発の敷地には膨大な使用済み燃料という名の廃棄物がたまっているんです。原発を始めて20数年、いつか解決しますからといって、いまだに具体的な話がでてこない。核のゴミを受け入れろといわれたら、だれも原発を受け入れませんよ。なにより、プルトニウム利用と高速増殖炉だけが未来のエネルギーだと断定する前に、それに代わる科学の発達を考えるべきなんです」と語っている。
ここに、科学技術庁の「高レベル放射性廃棄物処理処分の現状」というフルカラー16ページのパンフレットがある。「核廃棄物は安全に処分できますよ」というイラストでの説明の最後のページに、「(処分の)実施主体の設立(2000年頃を目安)→地元の了承を得て、処分予定地を選定……」という解説がある。つまり、どんな組織が「高レベル放射性廃棄物」を処分するのか決まっていないまま、そして、どこに処分地を作るか決まっていないまま、毎日、廃棄物だけが確実に産み出されているというわけだ。
’60年代の高度成長期には、工業が飛躍的に発展した。けれども、その発展は、公害病と環境汚染、自然破壊をもたらした。そして、’90年前後のバブル期は、経済的には確かに好景気だったけれども、金融機関の破綻と国民への税金負担を生んだ。
こうした、市民への、子孫への「ツケ」は、今後はけっして残してはならないものだ。 エネルギーを安定して供給するという課題は、たしかに重要なテーマだ。これも、おろそかにすればべつの意味での「ツケ」になるかもしれない。けれども、エネルギーをどう使うかということには、今後どんな生活スタイルの、どんな社会を築いて行くのかという最大のテーマがふくまれている。
未来の子孫たちが、はたして電力を大量に使う現在のような「便利な」生活スタイルをそのまま拡大しながら継続して行くのかどうか、ここで、しっかり考え、予測する必要があるだろう。とりあえずのデータで、急いで進めるばかりがテクノロジーではないはずだ。
さらにいえば、「プルトニウムの増殖」だけが「純国産エネルギー」といった状況だって、けっして「安全」なエネルギー事情ではない。そんな片寄った未来にならないように、エネルギーの作り方、選び方、使い方でさまざまな選択ができるチャンスを残さなければならないのではないだろうか。
「もんじゅ」が身を焦がして発した警告を、もう一度冷静に、はるかな未来の視点から捉えなおすべきだろう。
「UTAN」での訂正は、'97年3月号で以下のように掲載されました。
執筆者の趣旨としては、原子力だけが選択肢とならないような、社会の未来を見据えた科学技術開発を推進するべきだというものです。
浜岡原発や福島第一原発などの元労働者が、原発での被曝による白血病で死亡したことが労災認定という形で公式に認められていることから、たとえひとりであっても、犠牲者をだすような科学技術はまだまだ実用となるものではないと考えるからです。
この労働省(当時、以下同様)などによる労災認定後も電力会社は、「会社に責任はない」といい、’95年9月7日には、科学技術庁が原発労働で「がんの発生に影響はない」という疫学調査結果を発表しています。こうした、あいまいな対応で原発が次々と増設されているのは異常な事態だと認識しています。
ましてや、温暖化防止のためには、原発20基の増設、原発廃棄のためには多少の放射能汚染は通常の廃棄物扱いを、などといってのける官僚たちの思考と行動のシステムについて、今後も慎重かつ強力な、市民によるチェックが必要だと思います。