地震・災害救援/zisin, tsunami
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今も終わらない被災。「阪神・淡路大震災」
今も終わらない被災。「阪神・淡路大震災」
被災者待機所廃止して空港建設許可に疑問!
Never Lasting Disaster in HANSHIN・AWAJI EARTHQUAKE.
1.3 今も終わらない被災。「阪神・淡路大震災」
徹底的に壊滅した都市に国家の援助は必要だ。
(いずれも神戸市内)
2005. Nov. 7th
2001.Jan.12th
「何周年」などといっている場合ではない。
大きな犠牲と、いまだにやわらがない苦しみの中で、相変わらず「震災から何周年」ということばが、マスコミなど各所で使われている。
「何周年」ということばは、「もう終わったこと」だからこそ使われているのだろう。まだ、余震が続いていれば「何周年」どころではないはずだ。地面の揺れはとっくに収まっている。けれども、震災は、まだまだまったく終わっていない。
終わっていないどころか、今まさに死につつある人々がそこにいるし、これからまた起こることなのだ。これから、全国どこにでも、だれの身の上にも起こる災害の、「何周年」などというものがあるわけはないのだ。
そして、状況は悪化の一途をたどっている。
すべての被災者に十分な国家による補償を実施すること、これは、阪神・淡路大震災の被災者のためのみではない。
あなたの、わたしたちの、こどもたちの足元に起こることなのだ。
いったいこの話の、どこが受け入れられないというのだろう。ポイントはただひとつ。神戸市の某防災担当者が大震災の前に考えていたように、「生きているうちには起こらないだろう」という、根拠のまったくない期待に基づいて、予算の捻出などの苦労を避けようという官僚的な陳腐な発想によるものだ。
そのくせ、大きなバックマージンのある建設事業には、逮捕覚悟で努力を惜しまない。なんとも素晴しいエリートたちを、われわれは、税金で養っているものだろう。
わたしたちは、災害が自分の家族をいつでも襲いうることをつねに忘れてはならない。
’97.Aug.1/UpDate
阪神・淡路大震災の記憶を風化させないために。
阪神・淡路大震災での大きな犠牲と、今も続いている苦しみ、そして、消えることのない悲しみを、無駄にしないためにできることはなんだろうか。
いろいろな取り組みがおこなわれているが、一市民としてだれでもできることが、今後再び起こりうる、こうした大規模災害のための、被災者支援のシステムを考えることだろう。
行政は、「個人被害の回復は自助努力で」とおきまりの文句を並べるけれど、「自助」なんてできっこないことは、災害の規模を見ればわかる。
被災した地元の兵庫県と被災十市十町が、’97年4月に全国知事会に「総合的国民安心システム」という案を提出した。全半壊世帯に、最高100万円の「緊急生活支援金」を支給し、全国民が強制加入する「住宅再建のための共済制度」が中心だ。
災害は、いつどこにやってくるかわからない。そのためには、起こってからだれが払うのか、なんていってたら、絶対間にあわない。東京で阪神・淡路大震災と同じ規模の状況が起こったら、市民がおとなしく救援を待っているとは思えない。
最悪のシナリオとしては、略奪、暴動、デマによる二次的な混乱が起こりうる。
兵庫県社会福祉協議会が、’97年に入ってから調査した結果、仮設住宅で暮らす40歳から60歳代の人達のうち、「健康です」という人はなんと、2.4%しかいなかったという。
さらに、56%は病気や解雇で職がなく、20%が年金、生活保護で暮らしているという。
孤独死は静かに広がりつつある。こうしたことが、再び起こるということがわかっている。それが、我が身に降りかかるかもしれないし、もし、ほかのだれかに降りかかるのだとしても、最悪の事態を避ける努力をするのが、人間として当然のことだ。
一市民にできること。それは、教訓を生かした法律づくりに注目して、けっして、子の問題を忘れないこと。マスコミや行政や政治家たちの行動をしっかり監視して、みんなで声を上げていくということだろう。
’96年4月/UPDATE
人災で補償をしないのなら、責任者を処罰しろ!
’96年11月19日、政府・自民党が、「阪神(・淡路大震災)の被災者への個人補償は難しい」という見方で一致した、と報道された。
ちょっと待てよ、というべきだろう。なにより、「個人補償」を公約した自民党候補者もいたし、「個人補償」が難しいことは最初からわかっているのだ。
問題なのは、これだけの災害がまるで国家や地方自治体の責任の範囲外で起こったかのような扱いをしていることだ。
今回の災害は、神戸市の「震度6を震度5にねぎる」といった対応や兵庫県庁の動きが致命的に遅れたことなど、そして、首相官邸が昼過ぎまで事態を把握していなかったことに見られるように、明らかに人災という側面を持つものだ。
この災害について、「災害は個人の問題」とすることには無理があるだろう。
さらには、雲仙、奥尻での補償の実績との差が顕著になることは、行政への不公平感を助長することにもなる。国防予算などから最低でも4兆円を救援に回すくらいの英断と抜本的な対策が欲しいところだ。
仮設住宅で、半壊したままの家屋で、また兵庫県を離れて、今、現在も「被災」が続いていることを許してはならない。
被害は鉄筋や鉄骨造りの建築でも大きかった。
震災後に瓦屋根の木造家屋の被害が大きかったことが強調されていたが、そうした報道などのなかには、家屋の古さや構造に被害の責任を転嫁する傾向もあったように思える。
上の写真にも見られるように、木造家屋ばかりでなく、鉄骨造りや鉄筋の建築も大きな被害を受けていたのだ。とくに鉄骨造りのビルの外壁(ALC板など)の剥落がひどかったことがほとんど報道されていないのは不思議だ。
地震が日中だったら、ビル外壁の落下による犠牲が相当数に上っていたはずだ。
さらに、地震の揺れによる被害に加えて、地震後の火災への対応の遅れが被害を拡大した。自治体の防災責任者などの地震に対する認識の甘さもここまでの災害となった一因だ。
震災直後はいわゆる「ボランティア」の活躍が話題となったように、民間による救援活動が目立った(中央区)。
’96年11月の参議院議員兵庫選挙区の補欠選挙は、なんと21.2%という史上6番め(国政選挙で)に低い投票率だった。
そして、圧勝すると見られていた自民・新進など6党相乗りの芦尾前副知事が共産党の大沢候補に約2万7千票というわずかな差で辛うじて当選した。
有権者の80%近くが棄権したことから推察できることは、市民のあいだに地元の政治家に対する期待が希薄なのだろうということだ。一方で、東京の行政に直接支援を訴えるデモンストレーションをおこなったり、全壊世帯に一律500万円支給という法律を議員立法で作ろうという動きなど、中央にじかにアクションする方向が見える。
これは、いかに被災市民が地元の行政に期待を失ったかということを示しているように思える。
さらに問題なのは、このままいくと中央も動かないだろうということだ。10月の総選挙後、閣僚はひとりでも被災現地をしっかり見ただろうか。ひとりでも、仮設に宿泊した政府関係者がいるだろうか。
政府関係者は、今、続いている災害を自ら被災するべきだ。強制的にでも、そうすることなしに、彼等に現在の災害を理解させることはできないだろう。
極端な話、国会と霞ヶ関を停電させ水道を止め、テントと寝袋の生活をさせてでも、国会議員や官僚たちにこの震災が早急に個人補償されるべきであることを知らせる必要があるのだ。今回、大規模災害への徹底的な対策を生みださなければ、この次に控える災害に、再び多くの理不尽な被災と人災を生みだすことになる。
そのときにあわてても、すでに遅い。
被災者待機所廃止して、空港建設許可に疑問!
運輸省は、神戸市が計画している神戸空港の設置を’97年2月19日に許可した。
この計画は、’82年以来のもので、この設置許可で2004年10月の開港を目指すという。仮に、もしこれが、ほんとうに必要な空港で、21世紀には役立つという計算があったとしても、今、7万人が仮設住宅で苦しみ、それ以上の人々が、環境の変化や経済的な問題、そしてなにより精神的に追い詰められている状態であることに十分に配慮した計画だといえるだろうか。
注意したいのは、この空港建設の話が、震災後2年を過ぎて、神戸も通常の「発展」に戻ったかのようなニュアンスで語られそうなことだ。
地震による災害が拡大したのは、明らかに消防用水施設や防災設備、防災態勢に欠陥があったことに原因がある。震災後に、そういった問題点が、徹底的に改善された形跡はまったくない。
にもかかわらず行政が、震災後まもなく「復興のためにも空港を」といい始めているところを見ると、「復興」を「土木・建築」行政の「復活」に置き換えているだけのようだ。
つまりは、市民が地震直後にどういった状況だったのか、2年たってどういう状況になっているのかということに、まったく影響されることなく、「空港設置」が進められているわけだ。
空港建設費は、国からの補助金を除いた2800億円が神戸市の負担になる。ただし、関西空港でも成田空港でも、当初の予定をはるかにオーバーして問題になったことを忘れてはいけない。
こんな話が進む一方で、神戸市は被災者待機所を3月末で解消する方針を固めたという。
避難所が’95年8月に廃止されたことに伴って設置された待機所には、現在5ヵ所、約50人が暮らしている。これまで1年半も避難所同然の待機所で過ごさざるを得なかった方には、「仮設では遠い」などさまざまな具体的理由があったわけで、その間、行政側から問題解決への努力が十分に行われたとは思えない。
「待機所近くに空いた仮設住宅が増えてきた」と神戸市が待機所解消の理由を説明しているというが、ということは、「空いた仮設」はすでに以前から存在していて、待機所にいた方に紹介しようと思えばできた、ということのように聞こえる。
待機所をこれまで何度か閉鎖しようとし、長田区の待機所では、夜は早々と暖房を止めてしまうなど、嫌がらせじみた状況があったことを思うと、行政が誠意をもって対応しなかったのではないか、と疑わざるを得ない。
こういった、お世辞にも適切とはいえない対応の神戸市が、今回の運輸省の「空港設置許可」がでたことを理由に、市民の意向を軽視、あるいは無視した施政を進めたりしないか、十分な監視が、まったく残念なことながら今後も必要なようだ。
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