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がん治療の基本計画案制定

★マンション住民への12/6支援策の問題点

★マンション構造計算書ねつ造事件の背景

2005/4/26 JR西日本、脱線事故の真相究明を!  

2005/5/4 JR西日本、脱線事故。「気が動転して、とりあえず職務に就いた」という「非常識」

2005/5/25 「たまたま4月に事故が起きた」とJR西日本、井手取締役がコメント

2005/8/16 JR西日本、脱線事故の「処分」に「?」


がん治療の基本計画案制定

 2007年5月30日、「がん対策推進協議会」が、4月のがん対策基本法施行を受けて、国として初めてのがん治療の基本計画案をまとめた。
 「75歳未満のがん死亡率を10年以内に20%減らす」「患者・家族の苦痛を軽減し、生活の質を上げる」が計画案の2本柱となっている。
 全国どこでも「一定水準の治療」、これが基本となっているが、世界一となった少子高齢社会の深化・進行と、厚生労働省が進めている「医療改革」の実態は、「一定水準」とは乖離しつつあるといえる。
 納得のいく治療が受けられずに病院を次々と変わる「がん難民」といわれる人々が存在する現状を踏まえて、「基本法」「基本計画案」が、実質的にどのように施行されるのか、進めることができるのか、注目していく必要がある。
 緩和ケアの推進、検診受診率のアップなども、基本計画案に設定されているが、これらもやはり、「一定水準」にできるのか、逆に「医療格差」が拡大しないか、そして地域の実情にフィットしていけるのか、が重要なポイントとなる。
 医療の現状を見ると、厚労省の「社会保障費」削減、中でも「入院ベッド数の削減」による「国民医療費削減」方針が、「医療の格差」の存在を生み、拡大させはじめていることは疑う余地がないからだ。
 2000年に「160万床」あった入院ベッドは、現在、「90万床」を切り、さらに「60万床」に減らされる。一説には「25万床」が厚労省の「本音の目標」だという。つまり、「がんになっても入院するベッドがない」=「人より金がなければ入院も治療もできない」という状況になりつつあるのだ。
 「社会保険庁の詐欺・背信行為」に対しておこなわれているのと同じような「手遅れのお詫び」を厚労大臣が、将来、「他人事のように」繰り返すことだけは、「がん治療」では許されない。

山崎智嘉 2007/6/1

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マンション住民への支援策の問題点

 構造計算書ねつ造マンション被害者の一部への政府の支援策が12月6日、発表された。

アサヒ・コム記事
http://www.asahi.com/special/051118/TKY200512060221.html

 基本的に、転居費用と転居先公営住宅の「一定期間」無料化が決まったことは一応緊急対策として評価できるだろう。ただ、問題点は多数ある。
 最大の問題は、「国と自治体が謝罪していない」ということだ。今回の支援策は「特例措置」だというが、この対応ぶりはじつは、国家賠償請求訴訟になることを見越したものだと考えられる。
 つまり、「国のミス」であることを自覚しているからこそ「民と民の問題のみではない」「公の事務」(北側国交大臣)という言葉が使われ、「特例」で逃げようとしているともいえる。
 とりあえず再建までの流れとしては、

Aパターン
1、自治体が建物を買い取る
2、国と自治体が解体し再建築
3、再入居を希望する住民に再分譲
4、新規のローンの負担軽減措置をおこなう

Bパターン
1、住民が立て替えを決定
2、国と自治体が解体
3、再建築の共有部分などの建設費を国と自治体が補助する
4、新規のローンの負担軽減措置をおこなう

 というもの。この「特例措置」に対して「震災で全半壊した住宅には公的支援はこれほどおこなわれなかったではないか。不公平だ」との意見がテレビ番組などで声高に主張されていたが、「予期できない地震で被害を受けた」ことと、「国と自治体の直接的ミスによって被害を受けた」こととはまったく別の問題だ。
 「震災に十分に備えていなかった」ことも自治体のミスだが、補償が必要なら神戸市や兵庫県に対して損害賠償請求訴訟を起こすべきで、「あの時は十分支援がもらえなかった」からといって、今回の支援策を非難するのは妥当ではない。
 国と自治体の今後の対応に注目しよう。

2005/12/7

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★マンション構造計算書ねつ造事件の背景


 2005年11月下旬に国土交通省によって公表された、一級建築士による建築物構造計算書「偽造」は、建築・検査関係各社の自己責任軽減のための「言い逃れ」などで混迷を深めている。
 まずもって、この計算書「偽造」は、「本物」に対して「偽物」を作成したわけではないので、「偽造」ではなく「ねつ造」とよばれるべきものだと考える。
 このあたりを「あいまい」に表現しているのも「官僚の責任ぼかし工作」が感じられる。構造(スケルトン)も弱小で鉄筋も不足している「でたらめ」な計算書は、「悪意を持って偽造された」というより、システム上の不備や怠慢によって「ねつ造」されたととらえるべきだが、国土交通省の官僚は、自らの監督責任をぼかすために「偽造」といいなしているように思える。
 12月4日現在での緊急の問題は、マンション住民の避難・転居だ。次に危険な建築物の解体・撤去だ。
 転居費用、当面の家賃・雑費負担などは、人命の保護のためには当然、自治体が支援するべきものだ。
 資金がないがために避難が遅れ、万が一、建築物倒壊による死傷者がでれば、当然、自治体の対策の失敗となるからだ。
 こういう状況下で、12月4日、北側国交大臣は、「住民にも責任がある。応分の負担を考慮する必要がある」(「サンデープロジェクト」)などといっている。確かに、格安の物件を購入したということは消費者の選択だが、本件は、「消費者にも責任がある」というのは無理がある。
 東京都の知事も先に「相場以上に安い物件を買うからだ」といった主旨の発言をしているが、いったい、素人がどのようにしてプロでも見過ごした構造計算書のねつ造を見抜けるというのだろうか。
 こうした「購入者にも責任発言」は、非常識も甚だしい、といわざるを得ない。
 この事件は、三菱自動車の事故・欠陥隠しや三井物産の粒子状物質減少装置(DPF)データねつ造事件と類似した構造だといえるだろう。

三菱自動車の社内調査結果
http://www.yomiuri.co.jp/atcars/feature/m-tire/20050331ve04.htm
三井物産のデータねつ造事件
http://nikkeibp.jp/wcs/leaf/CID/onair/jp/rep02/348244

 いずれも、プロでなければわからない部分で、技術スタッフが関わって行われた、「ねつ造」「隠蔽」である点で共通し、消費者(購入者)には予想も判断もできない部分での重大な不正だ。
 そもそも、東京都は三井物産にだまされて、「ねつ造」粒子状物質減少装置(DPF)が装着された大型バスを約240台も購入していた「被害者」だった。都の基準に合格しないバスを基準の低い地方に売却するなどという話が出てさんざんもめたものだ。
 自動車での技術的な「ねつ造」「隠蔽」と、建築物構造計算書での「ねつ造」は類似したレベルの高度な知識と技術、手間を必要とする「作業」であり、一般消費者には「責任がある」とはとうていいえないことがわかるだろう。

大臣認可プログラムの「ねつ造」は
国家が責任を持つべき

 構造計算書の「ねつ造」は、実行した建築士、鉄筋を減らすことを「求めた」建設会社、「コスト削減」を追求しすぎた建築主、「ねつ造」を看過した検査機関の関連会社・個人すべてに瑕疵担保責任以外の社会的・道義的責任、刑事責任と損害賠償責任が問われることになる。
 しかし、検査機関である複数の会社、および自治体の検査でも、「ねつ造」が見抜けなかったという事実は、明白に「構造計算書の検査システムに問題があった」ことを示している。
 そもそも、構造計算のための入力する「耐震性に関する数値」を差し替えるだけで「ねつ造」がおこなわれてしまい、「検査機関が改めて検査し直しても見抜けなかった」という大臣認定プログラムに問題がある。
 これでは、「バグ(ミス)」が無数に残っている欠陥プログラムを市販しているようなもので、即・返品されるべきものだ。
 「一級建築士がそんなことをするとは思わなかった」という声が関係者の言い訳の中に含まれていたが、今時は、「経理担当者が数億円のつかい込み」をし、「公共放送記者が放火」、「警察官や自衛官が女性に暴行」をするご時世であることを率直に考慮するべきだ。
 もちろん、さらに背景には、阪神・淡路大震災で露呈された、建設行政、防災行政のいい加減さ(震度を負けてくれ、という防災対策)、新幹線トンネル崩落に象徴される、技術過信・手抜き横行の「技術大国神話」の崩壊がある。
 この人間性や技術の信頼性の崩壊が、明瞭な形でプログラムに織り込まれていなければ、三菱自動車、三井物産のような「ねつ造」事件は、防止も解決もできない。
 国交省と大臣に最終的な責任があるという点を踏まえて、至急必要な、人命尊重の施策を実施するべきだろう。

2005/12/4

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JR西日本、脱線事故の「処分」に「?」

 福知山線脱線事故で、JR西日本は7月14日に処分を発表した。
 事故当日にボウリング大会を行った社員43人などへの処分だ。
 問題は事故電車に乗っていたのに、救助活動をいっさい行わなかった運転士2名と上司の当直係長への処分の軽さだ。
 運転士本人と、救助活動をせずに出社しろと命じた当直係長には「厳重注意」、所属する森ノ宮電車区、尼崎電車区の電車区長2名が、「管理責任を問われて」より重い「訓告」という「処分」だ。
 107人が死亡し、400名以上が負傷し、今でも苦しみ続けている人々が数多くいるのに、「重くて訓告」というのは納得できない。
 「厳重注意」にしても「訓告」にしても、「いけませんよ。以後気を付けなさい」というだけの「処分」だ。
 JR西日本社内で今後、昇進などに影響するというのかもしれないが、そんなことは被害者や遺族にとって些細なこと。
 率直に言って、事故時、災害時に乗客の救助どころか、避難誘導もしなかった、また、させなかった鉄道会社社員は、「懲戒免職」以外の処分は考えられない。
 それも、死者、負傷者に対して一生、物心ともに罪を償うという条件が付帯するべきだ。
 ボウリング大会、飲み会を行った職場の所属長も「訓告」止まりだ。
 人命救助を怠ったこと、怠らせたことが、「ボウリング大会」と同等の扱い、というのも考えられない。
 こんな「処分」にも、JR西日本の「安全」と「業務への誇りと義務感」の軽視、欠如があらわれているといえるだろう。

山崎智嘉 2005/8/16

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JR西日本、脱線事故の真相究明を!

 2005年4月25日、JR西日本、福知山線で発生した脱線・激突事故について、26日正午現在、73名の犠牲者と、400名以上の負傷者が報告されている。
 兵庫県警は、26日、JR西日本・京橋電車区を強制捜査、大阪支社などから関係書類の任意提出を受けた。
 25日来、報道などでさまざまな「事故の原因」が語られているが、若干、気になる点がある。
 原因ではないか、としてあげられているのは、

1,当該電車の速度オーバー
2,脱線防止ガード(レール)の欠如
3,ATSなど設備の不備
4,置き石など列車妨害
5,運転士のミス
6,電車の故障などの不良

 などだ。とくに、JR西日本は、25日、死者の確認が続々と報告されつつあるなかで、記者会見において、「置き石」の可能性を「紹介」しているが、じつに無神経な態度だといわざるを得ない。
 もし、「置き石」が脱線と関係なかったら、「責任逃れ」「焦点ぼかし」をしたことにしかならない。愚かな対応というほかない。もし、「置き石」が原因の一端だったとしても、なんの確証もないのにそれについて触れる場面ではなかっただろう。

 この事故の根本的な問題は、「人間のミスや悪意、機械のトラブルを想定し、事故を避ける」つまり「フェイルセーフ」の思想がまったく反映されていないことだ。
 1,の速度と3,のATS( Automatic Train Stopper )が旧式だったことも当然、「JR西日本の対応の遅れ」だが、半径300メートル(R300)という急カーブで、2,脱線防止ガードが設置されていなかったこともやはり「対応の悪さ」といえるだろう。
 R250以下のカーブには脱線防止ガードを設置する内規だったというが、あまりにも不十分な規定だ。特急、快速などが直線で許容最高速に加速する区間の先のR300が、R250と同様な危険個所であることはプロの目には明らかだ。
 さほどのコストもかからない脱線防止ガードを設置していなかったことは、JR西日本の交通機関運営者としての思想・システムの未熟さを示すものだ。場当たり的国鉄解体によって、かつての安全思想や技術が現在のJRに結果として継承されていない、と指摘する元国鉄技術者もいた。

 総合的に見て、もし、今後、運転士のミスや列車妨害などの事実が判明したとしても、それを避けるシステムを作っていなかったJR西日本の対応の悪さに、もっとも大きな原因がある。
 多くの市民の安全と生命を預かる交通機関は、原発・核施設事故対策と同様に、「可能な限りのフェイルセーフ」のシステムを構築する義務を負う。効率を追求するあまりに安全を相対的に軽視する発想が、とどまることのない、鉄道、航空各社のトラブルによって露呈されている。

山崎智嘉 2005/04/26

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死者107名、負傷者460名に。

 事故の犠牲者は、死者107名、負傷者460名(重傷149名、軽傷311名)と発表されている(5/1日午後7時現在)。
 犠牲者のご無念を悼み、負傷者やご家族、関係者に衷心からのお見舞いを申し上げます。
 この事故の背景は、技術的な面はもとより、労働環境、責任意識の面まで広がっている。今後も注目する必要がある。
2005/5/4

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JR西日本、脱線事故。「気が動転して、とりあえず職務に就いた」という「非常識」

 2005年5月3日、JR西日本は、福知山線脱線・激突事故についての記者会見で、驚くべきコメントを述べた。
 報道による指摘からの質問を受けて、事故列車には、ふたりの現役運転士が乗客として乗っていたことを認めた。6両目に27歳(運転歴5年11カ月)、4両目に59歳(同35年1カ月)の運転士が乗り合わせ、現場から携帯電話で上司に連絡したが、そのまま出勤することを求められたという(5/4日JR労組会見)。
 会見では「当然、事故の場にいたわけだからお客さまの救済に当たるのが当然であった」「非常に大きな事故だったので、気が動転して、とりあえずの行動として、自分の勤務先に向かったというふうに聞いています」「社員としての行為としては人命救助というのが基本である」と言っている。
 この事実が、本社に伝えられたのが事故から8日後、会見の前日だったというが、これもあきらかに疑わしい。
 対して、JR西労組は「上司に事故直後、指示を求めたが、上司は出勤することを求めた」「(運転士2名の)組合員、私たちにも責任がある」「しかし、危機意識が会社にまったく働かなかったことは重大」と記者発表した。

 この2名の運転士の行動は言語道断であり、許されない行為としかいえない。
 たとえば、同じタクシー会社の同僚の車が目の前で乗客を乗せて交通事故を起こし、死傷しているのに、それを目撃しておきながら、通報も救助もせずにそのまま走り去った場合、明らかに人道に反するし、業務上過失致傷(刑法211)、保護責任者遺棄(刑法218)の罪に該当することも考えられる。
 事故交通機関の職員であり、当該電車の運行状態が異常であったことを知りうる立場にあり、しかも、二次的事故防止、現場誘導、救援・救助などが可能でありながら、その場を立ち去った行為の責任は、厳しく問われて当然だろう。

 JR西日本の社員が、インタビュアーに「運転士が救助をしなかったことについてどう思うか」と問われ、「出勤するまではプライベートだから」と必ずしも救助活動をする必要はない、とコメントしていたが、これには疑問がある。
 まず、どんな職業でも出退勤途上は勤務の一部として労災の対象にもなり、「プライベート」ではない。なにより、人命を預かる交通機関の職員は、一般企業の職員とは違う、危機対応能力が求められ、例え「プライベート」であっても、危機管理能力を発揮するべきだ。
 逆にいうと、「プライベート」でも危機管理能力があるような人材でなければ、交通機関の職務に従事するべきではない。そのくらいのプロ意識を持つべきだ。
 消防署員、消防団員が、温泉旅行先で火事に出会えば、危機管理能力を発揮して消火、救命活動に協力するのが普通の発想ではないか。消火器や消火ポンプの使い方などに精通しているわけだから。
 あまりにも当然の人道上の問題は数多く指摘、批判されているので、それ以外の問題点をまとめよう。

事故当日
1,事故発生と同時に、対向電車への通報など、二次的事故を防ぐ行動をとるべき。
2,その後、乗客誘導、救助・救護支援を行うべき。
3,その上で同僚の当該電車運転士の安否を確認・報告すべき。

事故翌日以降
4,速度超過、脱線など事故の状況について証言、可能な限り公表すべき。
5,オーバーランの状況、運転状況などについて証言・公表。
6,「気が動転」していたのに事故後、通常の運転勤務に就いた状況の調査。
7,事故後の心理、健康状態などのチェック。
8,事故後8,9日間、事故に遭遇していた事実を隠蔽していた経過。JR西日本当局による情報操作はなかったか。


 問題点はまだまだ噴出しそうだ。

山崎智嘉 2005/5/4

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「たまたま4月に事故が起きた」とJR西日本、井手取締役がコメント

 朝日新聞の2005年5月25日朝刊によると、JR西日本の井手取締役は、「たまたま4月に事故が起こった」のであって、「手をこまねいていたわけではない」と責任を回避するコメントを行っている。
 この発言に、常識からかけ離れたJR西日本の意識が象徴されていると考えられるので、その部分を引用したい。

(以下、引用)

 JR西日本の井手正敬・取締役相談役が24日、事故後初めてインタビューに応じた。同社の経営体質への批判が強まる中で、井手氏は社長・会長を11年近く務めた実力者だった。(中略)

――経営効率を追求しすぎたのでは?
「効率を上げるのは当たり前だと思う。もちろん、安全を無視してまで効率一辺倒にはしていない」
「実際に事故が起きたから、安全について何を言っても弁明できない。だが、我々としても手をこまぬいていたわけではない。事故が起きた場所は、6月にATS―P(新型の自動列車停止装置)の整備が終わる予定だったが、たまたま4月に事故が起きた」
(中略)
――日勤教育が運転士にとってプレッシャーとなったとの意見もあります。
「ミスを起こした人にきちんとした再教育をすることは当たり前だし、それが何回も続く人に乗務を降りてもらうのも当たり前だ。乗務員にストレスがたまっているというが、乗務員でストレスをもっていない人はいない」

 (以上、朝日新聞2005年5月25日朝刊より引用)
 この発言が事実だとすると、JR西日本は、「安全は無視していない」「事故はたまたま起きた」「乗務員にストレスがあってもかまわない」といっていることになる。
 つまり、井手取締役の判断としては、今回の事故について「反省する必要はない」ということになりそうだ。

山崎智嘉 2005/5/25

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