1993年

F1からマンセルが去り、プロストがウィリアムズで走る。
セナはF1引退をほのめかし、インディカーをテストし、
そして3月3日、F1に戻ってきた。
マクラーレンMP4/8、シルバーストーンのインフィールドで限界を試し、軽くスピン。
セナは、このチームにプレッシャーをかけ続けた。
1戦ごとの契約、徹底したマシンの性能アップ。
それでもセナの憂いが消えたわけではない。

1993年 ブラジル 〜ブラジルの救世主〜

予選トップはプロスト。
2位、ヒル。
セナはプロストと2秒以上の差で予選3位。
全く勝ち目はないように思えた。

3月28日、インテルラゴスは晴れていた。
信号は赤から青へ。スタート。

プロストがトップ。
セナが1コーナー、ヒルのインに切れ込み2位に上がった。

晴れた空に黒い雲。嵐の前兆であった。

プロストはとにかくリードを広げた。
セナ遅れヒルが迫る。

雨落ち始めた。
サンパウロ市民が心待ちにしていた雨だ。
セナはイエローフラッグ無視で10秒のペナルティを受け、3位に落ちている。
一か八かで早めのタイヤチェンジ。
もちろんレインである。

豪雨が来た。
スピン、クラッシュだ。
クリスチャン・フィッティパルディにプロストが当たっていく。
ブラジルの神風。パウリスタを踊らせる。

セナはタイヤを再びスリックに変え、1位のヒルに迫る。
あっという間にパス。
セナ、逆転トップだ。
2年前の優勝も今回の優勝も雨がらみ。
奇跡の勝利であった。
セナ、自己通算37勝。

セナ、ブラジルの救世主。
不景気に加え、相次ぐインフレと犯罪。
何一ついいことのない国の民。
その苦悩をセナが救った。
紛れもない、彼は英雄であり、ブラジル国民の心の支えなのである。
セナ時代に本当のピークが訪れていた。

1993年 ヨーロッパGP ドニントン 〜オープニングラップの鬼神の走り〜

小糠雨が降っては止んだ。
セナは低調、4番手からのスタート。

三宅:「ヨーロッパGP、今スタートが切られました。
    さぁ、プロストのスタートはどうか?
    プロスト、ヒル。
    さぁ、プロストは真ん中を通って、そしてややアウトに変えていく。
    おぉ〜っと、セナが、セナが後ろに下がった。
    セナ、5番手。
    そして、(セナがシューマッハの)インをつく。外からシューマッハ。
    さぁ〜、そして、どうやらこの(プロスト、ヒルの)ワンツー体制は変わらない。
    このワンツー体制は変わらない。
    第1コーナー、どうやら各マシン、無事にクリアーしていっているようであります。
    プロストもいいスタート・・・、
    そして、さぁ、
    セナが(ヴェンドリンガーの)外から行くがどうか!!!
    さぁ〜、セナが行く、セナが行く!
    セナ、3番手を取り返した!
    セナが3番手を取り返しました。
    ヴェンドリンガーをかわして、セナ、3番手に上がった。
    さぁ、前はヒル。前はヒル!!
    さぁ、ヒルを攻める! アイルトン・セナ。
    すぐさま、すぐさま、ヒルを攻めて、つく!
    インをつく!
    どうか? どうか?
    さぁ、このオープニングラップからすごい!
    セナの鬼神のような走りです!
    セナ、早くも2番手に上がった!
    スタートではわずかに後手を踏んだアイルトン・セナでありますが、
    この、オープニングラップ、早くも2番手を取り返した・・・ぁ、
    さぁ、セナが(プロストを)つくっっ!
    なんとぉ、セナがトップに立つか??
    サイド・バイ・サイド、ホイール・ツー・ホイール。
    ここで(プロストを)かわした!
    メルボルンヘアピンで、セナ、かわした!
    オープニングラップのリーダーは、何とアイルトン・セナか?
    最終コーナーに入ってくる! 最終コーナーに入ってくる!
    さぁ、これでアイルトン・セナがオープニング・ラップをとります!
    何という走りか! 何という走りか!!」

雨の日の速さは、初優勝以来変わらない。
10年で磨きがかかり、今、芸術として完成した。
セナの走りの前に、プロストはペースを乱し、7回のタイヤ交換の末、3位に沈んだ。
セナ、93年の2勝目。通算38勝。
オープニングの鬼神の走りが、全てを制した。
33歳。本当に成熟した男の快心の笑みがあった。

F1ドライバーとして

人生は一回。
人の一生には限りがある。
出会いも、長いようで宇宙の時間にしてみれば、ほんの一瞬にしか過ぎない。
しかし、一瞬一瞬に輝いてこそ、人の一生は充実したものになる。

レーシングドライバーが感じる隣り合わせの危険。
セナも常にこの危険と戦ってマシンに乗り込む。

セナ:「レーサーはいつも危険と隣り合わせだと、肝に命じておかなくてはいけないんだ。
    レースではそう思うことによってのみ、救われるんだ。
    そうでないと、最悪の結果を引き起こすことになる。

    経験を積めば積むほど、危険な状況の中で、的確な判断が下せるようになるんだ。
    そして、限界を少しだけ超えて運転する必要がある時、そうしては行けない時、
    その差を知ることが出来るんだ。

    僕は、マシンの載る時、自分の健康と生命に対しての恐怖をおぼえるよ。
    マシンは、メカニックが調整した完成されたものだとわかっているけど、
    実際、マシンの調子が良くない時もあるんだ。
    そんな時は、死か、ドライバー生命を断たれる事故に遭うかもしれない。
    でも逆に、そんな時こそ、一種魅せられる瞬間といえるよね。
    というのも、何が起こるかわからないから、
    経験、ドライビングの欲、そんな資質を全て生かして本能に頼るしかないしね。

    自分の力でコントロールしなくてはならない様々な感情が入り混じるけど、
    それらを、正しいバランスに保たなければならない。
    だからこそやりがいもあるし、同時に直面している危険を察知しなくてはならない。

    僕はいつも注意深く考えて、物事を理解している。それにシャープだ。
    判断は敏速で的確でなければならないからね。
    大切なのは自分の命なんだから、そこに妥協はないんだ。

    僕がいつも持っている難しい目標とは、勝利への執念なんだ。
    そして、レースを始めた10年前と変わらず、ベストを尽くすこと。
    10年前と変わったのは、勝てるという自信がついたことだね。
    マクラーレンで3度のワールドチャンピオンになったし、たくさん勝ってきたからね。
    そして、レースでは積極的に闘ってきたから、勝てると信じているんだ。」

1993年  日本 鈴鹿 セナプロ対決

慣れ親しんだ鈴鹿の空である。
15万人が埋め尽くすスタンド。
セナは今年いっぱいでマクラーレンを去っていく。
赤の時代の終わり。
予選はプロストに次ぐ2位。
引退していくプロスト。
セナ・プロ決戦の見納め。

思えば、
これがセナの鈴鹿ラストランになってしまった。

S字をうねり、逆バンクへ向かうセナのドライビングの見事さ。
もう見られない。

運命の神のイタズラか?
またしても雨が来た。
この地点で、セナはタイヤ交換に入り、プロストがトップに立っていた。
21周目、雨の中、慎重にいくプロストをセナがあっさりとパスしていく。
終盤、雨が上がり、3回目のタイヤチェンジ。
スリックタイヤでフィナーレを迎えようとしていた。
プロストとは10秒以上の差。
もう大丈夫。
鈴鹿での2勝目。
本当なら、もっと優勝していたはずだが。
言わぬが華。
自分自身の40勝目。
また去りゆくマクラーレンにフェラーリと並ぶ史上最多の103勝目をプレゼント。

セナが見つめた鈴鹿。
セナが泣いた鈴鹿。
セナが高ぶった鈴鹿。

だが、もうセナは鈴鹿を走ることはない。
傾く秋の夕日にヘルメットの黄色が光っていた。
日本中のファンにいつもの笑みとサンバ。
天才、鈴鹿に生き、鈴鹿に育つ。
セナの微笑みは、今も鈴鹿の空にある。

1993年  オーストラリア セナ最後の勝利

ポールポジションは、セナ。
なんとこの年、初めて。

セナが行く!
プロスト、ヒル、シューマッハを従えて、久々にレースをリード。
途中、タイヤ交換で遅れたが、また首位に返り咲き、
2年ぶり、91年のアデレード以来のポール・ツー・ウィン。
セナ、生涯最後の優勝。
通算41勝目。

今シーズンは、5回の優勝にとどまった。
だが、いずれも困難な条件の中、腕で勝ち取った勝利。
セナのドライビングは、円熟の極みになった。
パルクフェルメに入ったセナを、ロン・デニスが待ちかまえた。
「どうだい、僕の言うとおりにしてみる気はないかい?」

プロストも戻ってきた。
88年以来、6年に渡り、仲良き日々もあれば、背を向けた日々があった。

この二人をロン・デニスが促し、仲直りさせようとしていた。
別れゆくボス、ロン・デニスの肩をたたく。
プロストはまだ事態がよく飲み込めず、一人、頭をかいていた。

セナ、まず3位のヒルと握手。

そして、長年の友と・・・、
氷河期は終わった。
冷戦の時代は去った。

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