一期一会(いちごいちえ)

「花屋日記」によりますと。

 芭蕉の病気が重く、再起が難しくなった時、お弟子さんが枕元に集まって芭蕉に向かって言いました。

 「昔から、有名な文人や武将は必ず辞世の歌や句を残しています。世間の人は先生がお亡くなりになったら、あれほど有名な芭蕉先生の辞世の句がなかったのですか、と言うことでしょう。私どものためにも、是非、辞世の一句をお読み下さい。」と。

 苦しい息の中から芭蕉が答えます。「昨日の発句は今日の辞世、今日の発句は明日の辞世、われ生涯に言い棄てし句々、 一句として辞世にならぎるはなし。もし我が辞世は如何にと、問ふ人あらば、この年日頃、いひすておきし句、いずれも辞世なりと申したまはれかし、諸法従本来、常示寂滅相とは、これはこれ釈尊の辞世にして、一代の仏教、この一句より他はなし。」と。

 まことに、芭蕉は俳聖でした。仏教の極意をもきわめた人でした。「昨日の発句は今日の辞世、今日の発句は明日の辞世」、芭蕉ならではの素晴しい言葉です。いつ死んでもよい、毎日毎日の俳句を全身全霊を込めてつくっているのだから思い残すことはない。だから、全部の作品がことごとく代表作であり、辞世だというのです。ここに諸行無常の真理への自覚があり、 一期一会の覚悟が生きています。

真言菩提会平成12年5月発行ぼだいより

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