始めに
そもそも このツーリングの始まりは、私が所属するツーリングクラブの一員に
鳥取のツーリングクラブ ビートルのメンバーが居た事から始まる。
彼は鳥取に居たが転勤でこちら(神奈川)に引っ越してきて私の所属するクラブに
仲間入りをして来た。
彼は、年に1度昔いや今もだがビートルメンバーとして、遠方でのツーリングを
楽しんでいる。
今年は九州 鹿児島の霧島で温泉を楽しもうとの企画でツーリングが計画され
私の出身は九州、昔からの知り合いのDanさんも行こうかと言う事で、行く行かない
なんて、行くまでは右往左往したが、最終的にはビートルのメンバーと九州で
落ち合うことになった。
しかし、3日で九州迄行って帰って来るのは、普通の人には無謀だった。
出発の日 9月21日(金)
今日は九州への旅立ち、でも通常通り会社に出勤、当初は定時終了後早々に
帰宅、準備出発とすんなり行くはずであったが、急な出張、こんな時にと思いつつも
仕事を終わらせ出張先から そそくさと帰り帰宅。
出発の準備を行い、いざ出陣! しかし、外は土砂降り まったくこんな時にと
また思いつつ、東名足柄SA 21時集合を目指したのであった。
今回こちらからは、3名が九州に向かうのだが、私の昔からの友人Danさんと
私は高速を使い九州へ、ビートルのメンバーでもある。ミッキーさんは船旅で九州へ
2手に分かれての現地への旅路である。
夜間、土砂降りの中の高速、十分気をつけて走行する。
足柄SA手前、御殿場手前の4車線部で広報から来るバイクを発見、これはDan
さんに違いないと思いつつ、仲良く時間どおりに足柄SAに到着。
足柄SAでは、2人で夕食を共にし これからのツーリングの無事を祈る。
雨は止まず、浜名湖SA迄には止むだろうと話しつつ出発したが、止まず。
何故か浜名湖SAでは、雨の景色をよく見る。昨年Z1300ミーティングin浜名湖
でも、雨だった。私と浜名湖SAには雨がお似合いなのだろうか。
どこまで走ったろうか、名古屋ICあたりだったか、やっと路面も乾きだし
これからは雨なしの快適なツーリングになる事祈る。
AM2時、当初予定では多賀SAで仮眠をとる予定だったけど、満員。
ここでは、高速では数少ない仮眠休憩場があるとこなのだ。ちょっと考えが甘かった。
そこのおじさんに何時ごろ入るのが確実かと聞くと、だいたいPM10時頃かな
なんて答えだった。
さてさて、仮眠も取れず、仕方なく広島道手前の安佐SAを目指すことと、そこは
ビートルが朝食を取る予定、AM8時、何とか間に合うだろう。
京都ー大阪ー宝塚を経由し中国道へ
ミアミス 9月22日(土)
途中、私がつけているナビ(ゴリラ)で安佐SA迄の距離を確認、しかし、何故か
距離数が足りなかった。SAで確認すると何故か距離数が少なく表示されている様な
感覚をその後発見。
この為、安佐SA到着は遅れて8時20分頃、ビートルのメンバーが交信する
無線が聞こえるぐらいの距離だった。
しかし、ここまで12時間以上ぶ通しで走っている、途中居眠りはしそうになるは
そろそろ、休まないとやばいと思いつつ、ビートルのメンバーと合間見える事を
目標に進む。
接触
広島道ー山陽道を通り佐波川SAに9時40分着。2輪駐車場にビートルのメンバーを
発見、ほんの短い時間であったが、お互いを確認。しかし、Danさんと私はここで
仮眠を取る事とした。なんと、DanさんはSAのスロープで3回居眠りと。
休息の時
佐波川SAには丁度よい空き地があり、そこで仮眠、天気は良くカラットしていて
丁度良い、約2時間仮眠を取ろうと言うことで 暫しの安息の時間へ
30分も寝ただろうが、目が覚めてしまった。こんな時には何故か眠れない。
仕方がないので、ボーと Danさんは心地よさそうに眠っている。
少し腹ごしらえでもするかと、一人売店へ 人でごった返している。
仕方なく、出店のような売店でそばめしを購入食すとなかなかイケルネ
初めて食べたけど、これは。そうしていると予定の15分ほど前、Danさんも
起きて、朝食をこれ良いよ何て言ったけど、彼はパン
九州の地へ
壇ノ浦PAで休憩 私はいつもここで九州へ足を踏み入れる最後の休憩をする。
目の前に見える九州の陸地、ここまでやっと来たんだと、いつもはあと少し
なんだけど、私の実家は福岡(博多)、今回は鹿児島の霧島まだまだである。
佐波川SAでDanさんの無線機のアンテナが折れていることが発覚。
これでは、無線が使えない。。。 幸い私の九州の友人も無線をやっていた。
携帯から連絡を取るが、連絡が付かず、後に再度連絡を取ることとした。
九州の地へ足を踏み入れる。
アンテナゲット
古賀SAだったか、友人と連絡が取れ、博多の無線機屋さんを教えて貰う
しかし、こんな時にしか連絡を入れない私である。でも、友人は親切に
場所を教えてくれた。さて、ナビの出番である。
教えてもらった場所を検索、でも、私の場合地元だから大体判るんだけどね。
現地到着、しかし、無線機屋さんは何処に?教えてもらった場所の反対方向か
なんて、Uターン、Danさんは、信号にひっからずUターン、私は捕まった。
これが幸い、反対側前方にあるではありませんか、アンテナゲット!
さてさて、これでタイムロスをしたけど、当初予定の北熊本SAを目指し出発
再会
福岡IC迄戻って、北熊本SAを目指す。タイムロスした分、巡航速度を上げて
でも、赤いランプと他車に気をつけながら。
そうしていると、無線に混信がそうしているとDanさんがなにやら話をしている。
風きり音等で良く聞き取れない。
それは、先行するビートルのメンバーの無線交信だった。
ビートルのメンバーは途中道を間違えタイムロス、私たちが走る前方2、3kmを
先行している状態だった。
途中合流し、無事北熊本SAへ、お互いの再会を笑顔で迎えた。
かわいい女性たち
北熊本SAでは、最近はやりのトラッカー風のバイクに乗るかわいい女性2名に
写真を撮って下さいなんて事があったりして、彼女たちは福岡ナンバー、私も
実家は福岡、どこから来たの福岡です。いやいや、福岡の何処?私の実家も
福岡なんだけど、XXです。ああそう、私の実家はXX近いね。でも、今は横浜
なんだ、昨日、横浜から出てきたんだよ。気をつけてね。
オオーイ、無線機の動作確認を手伝ってくれーと ここでDanさん、
なにデレデレしてんだーと ひがみの言葉。
彼女たちは出発、みんなで手を振って無事を祈る。
ビートルのメンバーから行き先聞いたなんて、いいやと私、そう言うのは
ちゃんとチェクしとかなきゃとね。
彼女たちと熱いトンネル
我々も霧島を目指し出発、途中先ほど分かれた彼女たちを追い越す。
手を振りながら、彼女たちの無事を祈り、
それから直ぐだったか、トンネルだらけの場所に入っていく
いやいや、途中めちゃ暑いトンネルがあった、車の出す熱気と排気ガス
こんな所を走っているとバイクが死んじゃう、いや、人間が死んじゃうって言う感じ
彼女たちもこのトンネルでは死んじゃいそうになってしまうことだろう。
桜島どっかーん
えびのICの到着、直ぐそばのガススタンドでビートルのメンバーは給油
そばのコンビニで休憩。
ビートルのメンバーはWeb上で見る写真と違い、若い、ミッキーさんは
私のだいぶ上だが、そのメンバーとなると、ん〜
コンビニから霧島ハイツへ向かう、その途中、前方から来るKSRが手を振る
彼だ、今回のツーリングでは、Z1300関連の掲示板に鹿児島に行きますよ
なんて事を書いたら、鹿児島在住の彼が会えたら合いましょうと、書き込み
をしていた。その彼である。そこでの名前は桜島どっかーん
初めて会う、彼だか同じZ1300を持つ者、そこはそこ。
でも、先行したメンバーにあまり遅れを取れない。
ほんのわずかな時間であったけど、良かった。
しかし、他のメンバーと分かれる瞬間、先に行っててなんて無線で連絡したはずが
どうも行方不明となっていたみたい。こりゃ失礼。
Danさんが迎えに来た。
そうして、いると桜島どっかーんさんも追っかけて来た。
少しの間だけ、彼も交えて走る。
先頭のSRNさんは何処へ、他のビートルのメンバーを追い越して行くのは
ちょっとハバカレル、本当ならとっと追い越してコーナリングを楽しみたい所だが
そうして、桜島どっかーんさんと別れ、宿へ。霧島の雄大な夕焼けを楽しみながら。
宿までもう少しというところで、船旅で来たミッキーさんと合流、グットタイミング
今回参加のメンバー全員で霧島ハイツに滑り込む事となった。
霧島ハイツ
宿に到着、出発から約24時間、この間30分ほどしか寝ていない。
でも、元気である。これも気の知れたDanさんとのランデブー走行の賜物であろう。
霧島ハイツの玄関先にバイクを止め 部屋へ、どんな部屋だろうと思うと
12畳の一部屋、部屋は別れるのかなと思っていたので、あらなんだ。と
でも、6人で12畳ですから十分ですよね。
片付けも早々にお風呂へ、貸しきり状態見たいな感じで、内風呂と外風呂を
楽しむ、温泉には湯の花が漂っていて、気持ちが良い、ただ、硫黄の匂いが
する温泉に子供の頃から入っていた私としては、その匂いが無いとなんか
しっくりこない。これも、育った環境ですから仕方が無い。
夕食のためレストランへ いや座敷に 料理はとても豪勢でおいしい。
疲れた体に温泉と華やかな食事。始めの一杯のビールがうまいこと。
みんな同じバイク乗り、始めてあったにもかかわらず、話が弾む。
何を話したか、四方山話。おなかがいっぱになり部屋に戻り
2次会の開始、SRNさん、MQVさん、VKYさんは見た目が若いが
軽く40を過ぎているとの事、一人は私とDanさんと同じ年代だが
いや若い(失礼かな?)そのビートルのメンバーでもある、ミッキーさんは
見た目通り(いやこちらが失礼)
そうして、新たに用意されたボトル1本が開き夜は更けていく
私は知らない間に寝てしまったけど。まあ、昨日から30分しか寝てないしね。
洗車 9月23日(日)
朝起きると、ビートルのメンバーはお風呂へ行こうとしている。私は出発の時
雨の洗礼を受けたので、洗車したくてしょうがない。
こんな時の為に携帯用のバケツまで持参しているのだ。
表に出て、ホテルの人に洗車して良いですか、ああ、あそこのバスが止まっている
側に蛇口があるから、あそこで洗車して良いよ。
蛇口にはホース付き、おまけに温泉地だからか水が温かい、思う存分洗車が出来
満足、部屋に戻り、その事を話すと、Danさんもおもむろに起き出し洗車に
朝食を取り、出発の時、お土産のお菓子を買い縛り付ける。クッキーだから
割れちゃうかな〜なんて思いつつ。
私とSRNさんが先発、SRNさんの後を走る形で、SRNさんは煽られている
なんて冗談をいいながら、しかし、いつも間にか後発の部隊が次の目的地である。
新湯温泉に到着、あらら、しかし、それ以上に私はあらら、スピードメータが
動かなくなった。彼らが温泉に入る間、私はスピードメータの不具合検証。
ケーブルを抜いてみるが、切断なし、Danさんに手伝ってもらって、タイヤを
回してもらって、ケーブルの回転を見ると動かず。
どうやら、メータギヤ部が破損しているらしい、まあ、スピードがわからない
程度で、問題なし。
そうしているとビートルのメンバーが戻ってきて、出発、小林ICに向けて
途中、ガスの心配が出てきた私ですけど、適当なスタンドが無く、そのまま高速へ
そうして、高速の途中でリザーブ、私のZはインジェクション、リザーブに切り変わる際
ホースの中のガスを使いきり、リザーブ切り替え後、燃料がインジャクションに来るまで
時間がかかりエンジンストップとなる。一瞬、他のメンバーを距離が別れて行く。
行きに通ったあのトンネルの中でこんな事が起きれば、最悪。なんて考えながら。
最初のSA 山江SAに立ち寄り給油、ここで、ビートルのメンバーとお別れです。
ミッキーさんもここではビートルのメンバー、残る私とDanさんは一路広島へ
最後の別れのため、時間が過ぎて行きます。
耳
ビートルのメンバーと別れ、一路熊本ICへ途中何処のPAだったか、耳が痛い
ちょっと、休憩。
無線機のスピーカーを今までは、イヤーパットの下に入れていたんだけど
今回の高速走行での交信でそれでは音がボケると言う事で、イヤーパットと
イヤーパットの布の間に入れて、音は良くなったけど、耳が圧迫されて痛い。
Danさんにキーホルダー内蔵のミニナイフを借りて、イヤーパットを少し
削り、快適快適、今回のツーリングでは高速1XXkmでの交信も可能だと
発見も出来た。
ちょっとした、ランチ
熊本ICを降りて阿蘇経由日田から大分道に乗り広島へ
ICを降りて直ぐ、この先、お昼を落ち着いて食べれる所を探すのは難しいだろうと
思っていると、目の前に喫茶店風のお店。よしここだと入ると、なかなか、感じの良い
お店、料理も美味しい。二人は牛ひれステーキ定食 Danさんの言葉を借りると
「品良く皿に装われたステーキと付け合せ、そしてシャキッと良く冷やされたサラダ、
朱塗りの器に盛られたご飯と吸い物」と楽しい食事のひと時を満悦。
この間に、今夜泊まる宿を物色、以前にもDanさんと私は広島にツーリング途中
泊まったことがあった、その時、屋台のおでん屋さんで酔っ払いながらも、美味しい
おでんを食した事があり、また行きたいね なんて話をしていた。
そして、今夜泊まる宿が決定、広島ガーデンホテル、駐車場完備。まあそれなりかと。
あの俵山
美味しいランチを食べて出発、昔走っていた道だから、ナビは要らないのだが
ナビモードで走る。俵山を目指して。
俵山迄の道のりは、昔と違って車が異常に多い、何じゃコリャと思いつつも
Danさん曰く、俵山の先に色々な施設が出来たらしい、それで込んでいる。
私は、学生時代この辺に住んでいて、よく俵山に行ったものだ。その後、
その道を走ると、良くこんな所、走っていたなと思う。なにせ、狭い。
今回もあの当時を思いだし、走りたかったが何せ車が。。。
今回は残念ながら、楽しむ事は出来なかった。
阿蘇の内輪に入り、裏道を爆走、Danさんと私が大学時代生息していた
学生寮の手前を通過して、一路大観望へ 時間があれば少しは感慨にふけった
事だろう。
大観望
裏道から抜け出し、R57に出ようとした所、どうも渋滞の嵐がありそう、ナビを頼りに
ひたすら裏道を走る、大観望への登りの道は車がいる事にはいるが、問題なくパス、
途中、バイクに出会うが、何故か左から抜けと、普通右に避けるんだよ。変な奴
大観望では、観光客とバイクでごった返している。
モンキー改の集会でもあったのか、そこら中に空ぶかしするモンキーの集団が
無意味な空ぶかしはやめろよな。バイク乗りとして恥ずかしい。
昔の感慨にふけることも出来なく大観望を後にR212で日田に向かう。
バトル(うそ)
日田に向かう途中、アメリカンの乗る人と何故か一緒に走ることとなった。
その内、約4台ほどのツーリングの連中もまざり、なんか、ツーリングクラブの
先頭を走っているみたい。てな感じに
そんな時は、長くは続かなかった、渋滞してきてバトルではないが、
私たちは、左側をすり抜け、アメリカンの人は、右側を、でも、信号待ちで
一緒になるなんて事が、何度か続いたとき、アメリカンの人が話し掛けてきた。
横浜からですか、お互いツーリング気をつけましょう。そうお互いにね。
先ほどの、4台のグループは後方に、元の3台?で日田方面に
渋滞の先は。
少し、渋滞、相変わらず、左側をすり抜け先頭に、アメリカンは右から。
先頭は、工事渋滞。信号待ちである。
工事渋滞を抜け、対抗車線を見るとやはり工事渋滞、しかし、対抗車線の
渋滞は長い、何処まで続くの数キロはあっただろう、彼らは、いつ目的地に
付くのだろう、渋滞の先は、まだまだ長い道のりが待っているのだろう。
渋滞を抜け、その後、アメリカンの人は別のルートへ
我々は、日田に向け黙々とひた走るのであった。
快適な道のり
日田ICから大分道を鳥栖CJTに向かう、車も少なく快適な道のりであり
ちょっと眠たくなってくる。睡魔と闘いながら、その後、休憩しているとき
Danさんも眠たく、思わず喉をギーギー言わせて、歌を歌っていたと。
高速では、快適な道のりは刺激が無く、反対に危ない道のりとなってしまう。
快適な道のりと言えば、九州道終わりの北九州市の所では、九州道が
まだ全面開通しておらず、一部都市高速が使われていた。その道は
減速帯の段差は大きく、ゴンゴンゴンと言う感じで通り過ぎたものだった。
全面開通後、快適な道になった。
一路ホテルへ
九州とお別れし、中国道から山陽道へ、夕暮れが迫ってくる。
広島に近づくにつれ、車も多くなってくる。
その中を私を先頭に突き進む、そして高速を降りて広島市内へ
広島市内では、ナビが大活躍。すんなりと、ホテルへの道筋を案内無事到着。
広島の夜
ホテルに到着すると、なんかちょっと場違いかなとも思えたけど。
ホテルマンの気配りに、安堵の気持ち。そそくさと、シャワーを浴び、まずは情報検索
ナビには今居る所のレストラン、飲み屋さん、等の情報が入っている。
当初は、おでんの目的があったが、このホテルからは駅の反対側、バイクで疲れているし
ヤーメタ という気持ち、で、近くの飲み屋を検索、Danさんを部屋に呼んで作戦会議
近くの飲み屋さんは何故か閉まっている、始め焼肉屋があったけど、パス。
結局は始めにあった焼肉やさんに決定、ここは、カルビ、ロースは1人前100円、
上カルビ、上ロースでも200円、まあ、満足、七輪をはさんで、ビールをジョッキで
酌み交わす。おなかも一杯、酔い心地も良し、その後、ホテルに帰って、もう一杯
プラス、ナビで見るDVDの映画、そうしてこの日も無事に終わったのであった。
朝食 9月24日(月)
朝、まぶしい日差しの中出発、ナビを頼りに、裏道を中心として
途中、曲がり角を一度間違ったりしたけど、問題なし、ナビの音声が聞こえれば
もう少し、曲がり角を間違えないだろうなと思いつつ。
途中、コンビニで朝食をゲット、高速のPAで食べようと、高速に向かう。
いつもは、私が先頭なんだけど、今回はスピードメータが壊れていることもあり、
Danさんを先頭に、どうも、Danさんは先頭を走るのがなれていないのか、
ふらふらと走っている。近場では、それほど問題ないが、長距離では、安定した
走り方の方が、疲れもたまらないし、リスクも少なく出来るのになんて思って走っていると
約束の最初のPAを通りこしてしまった。
まあ、仕方ない。でも、落ち着きが無いな〜、私が先頭の時も後ろを見ると
何かふらふらしているし、これはバイクの違いによる、安心感の違いか?
私はZ1300、彼はロングツーリングを考慮に開発されたFJR1300
一度、乗せてもらったが、なんと言うか、路面からのダイレクト間が全くなかった
なんと言うか、ぽあーんとした、何か物が挟まっているような、高速では特に
私にはつかみ所が無く、反対に不安に感じたものである。でも、慣れれば
ロングツーリングに最高のパートナーなのだろう。
そうしていると、相変わらずの走り方、その内、どいた車の直後にくっつく
おいおい、リスクは少なくしようよ、こんな所でトラブルはご免だ。
仕方なく、Danさんを置いて、進んでいく私。その後、彼がまた先頭になってくれて
次のPAへ なんか疲れた。私はバイクの側でコンビにで買ったパンを食べる。
そうしていると自衛隊のおじさんが懐かしいな〜Z1300なんて事も。
トラブル発生
PAを出発する時点で私が先頭を走る事となる。
しかし、ここでトラブル発生、オイルランプが付いた。
実はオイル漏れ(一部燃えているからという話もあるが)がひどく、横浜を出るとき
オイル1リターを持参で今回のツーリングは望んだ。そのオイルも鹿児島を出る際
すべてエンジンに飲み込まれてしまった。帰りは補給したから持つだろうと思って
いたが、オイルランプ点灯とは、速度を1XX程度に落とし走る、Danさんには
心配をかけないように伝えず。
150km事に休憩をして走る、富士川SAに入る前にDanさんにもトラブル発生
いや、トラブルでは無いアクシデントである。
タンクバックに入れていた、ハイウェーイカードが少し口が開いていたため
飛んじゃった。それも残高8千円。
富士川SAでクーと悔しがるDanさんでも、幸い高速の通行券は飛んでいかず。
難を逃れる。残念がるDanさんに実は私はオイル漏れと伝える。
ああ燃費走行では無く、そういうことだったのかと。
とりあえず何でも良いからオイルを給油しておいた方がと言うことでガススタンドで
給油、飲み込む飲み込む、なんと2リッター、行きは1リッターだったのに。
でも、これで一安心。
渋滞の波へ
足柄SAで夕食、さてこれからいつもの御殿場からの渋滞の中へ
飛ばすわけでもなく、それなりのスピードですり抜けていく
バイクも少ない、前にも後ろにもバイクは居ない。
数少ないバイクの群れが居たがいつのまにか後方へ
そんなにスピード出してすり抜けしていないのに
そうして私は厚木ICで自宅へ、Danさんはそのまま青葉横浜ICへ
厚木ICから自宅へは30分ほど、最後の道のり気を引き締めて
自宅にて
この3日間走った距離は約2700kmよく走ったものである。
焼酎を片手に思う。しかし、さほどは疲れていない。
Danさんともこんな長距離ツーリングは最後だろう。
帰って来た時にはZは相当くたびれていた様に見えたけど
後日、洗車し簡単な整備、まだまだ行ける。
もう、当に十年の年月は過ぎ、走行距離も10万キロを越す。
でも、まだまだ、いける。Danさんとのロングは無くなるだろうけど
あと何年このZは私の手元で働いてくれるだろうか。
まあ、ご老体に鞭打って走ってもらうしかないね。
焼酎を数杯飲み寝床に入る私、でも明日からいつもの如く仕事〜
ふう。