★照明技師 岡本健一インタビュー 「映画の天使」より


<「雨月物語」 朽木屋敷のシーン について>

だいたい「雨月物語」(1953溝口健二監督)はね、ぼくはその時他の組の仕事やってたんですよ。
神戸からロケーション行って帰ってきたら、制作の人に呼ばれてね、「岡本、明日から溝口組行けよ」と、
「溝口組行けよ」言うてもそう簡単にいかんわ、この前もあったからね。今度は二回目やからね。
どない思ってくれてんのか、猫やそこらもらうのでもカツオ節の半分でもつけてやるぐらいやから…。
でまあ、台本も読んで、二回も三回も読まないかんねんけど、一回にして、
明日溝口さんと宮川さんに、ちょっと二、三日休ませてくれいうこと言おう思って、
会社行ったんです。そしたらちょうどもうセットに入ってるんですよ。
そこ行って言おう思ったら、向こうから先手打たれて、溝口さんが「岡本君、お願いしますよ」
こう言われた感じですわ。
「えっ!」と思って、そうすると休ませてくれとは言えないんです。

岡本さん撮影風景

そしたら宮川さんはね「健ちゃん、頼むよ」
「ああそうですか、へて、これどこやってるねん?」とイワキいうのに聞いたんです。
その時イワキはね、もうホッとした顔して、「いやあ、ここですわ」って、見たら一番難しい所でね。※
(註 「雨月物語」朽木屋敷 夕景から夜になる場面)
まあ、ああいう、どこいったって撮影するときはまず最初ロケーションからいきますわな、ロケハンして。
ところが「雨月」は私は途中からいくのやから、ロケハンもしてなければ打ち合わせも無いわね。
へて台本ずっとイワキに「どこや?」言うと「ここや」言うさかい、何かこれはえらい難しいところや思って、
そしてこれではあかんな思って、部屋へ帰って森本はんいうて照明部の係長に、
「今何人ほど助手おる?」て聞いたらね、「今、せやな六人位やったら皆おるで」
「その六人貸してくれへんか?」、「どうすんねん?」、「ちょっと貸してほしいねん」。
それで今度はまあスライダックスをね、電飾行って「スライダックスをあるだけ持ってきてくれ」言うて、
そんなに仰山ないからねスライダックスも、だから「七、八人分もあったらええわ」言うて、
それでスライダックスでローソク持ってずっと点けていくところね、スライダックスで上げていってー。
ずっとそういうことしてやった感じですな、あそこは。
だから言うたら「雨月」の中でも一番難しいところやし、また一番目立つところでもあるし、
せやさかい私もあんた、台本読んで「えらいことなってきたなー」思ってねえ。
もうしようがないしね。ズボンもし替えんと、上着だけ替えて、それでセット入ってやったんです。
それがまあうまいこといきまして、自分でも後でラッシュ見てね、良かったな思って。
そしてまあ森雅之(源十郎役)の顔でも、座敷の中に居るけど、いつもやったら、
アタマから顔が分かるようにしますわな。
それをああいうものやからと思ってね、こう森雅之がこうなっててね、
ほっとこう動くと、そういう時にふわっとライトが当ってる、というようなことをちょっと考えてね、まあやったんです。
オープンからワンカットで移動してきて、座敷にずっと森雅之が入っていくところがあるんです。
それからローソクがつく感じですわな。

あのね、「雨月」の時はご存じのとおり宮川さんが小クレーンを使うのが得意やったみたいな感じやね。
要するに移動でワンシーンワンカットでいくからね。
そのクレーンを使うので、ここからいったらいいな思うとね、クレーンの影がつきまんのや、これが、ね。
これはあかんな思って、朝から三時頃までテストテストやってるんやからね、
その間にいろいろとライトを変えれるわね。
だいぶごまかしもあるけどあれはごまかしばっかりですよホンマ言うたら。
それが何かというと、クレーンの影がつくんです。
私も片光線でやる仕事の方が多いから、
だから片光線でいこうと思うとクレーンの影をですね、紗とかでごまかしもってね、やったかんじですね。
光があたってると思ったら、ガーと行って暗い所へ入っていくとかね。
そしてまたぽっと明るくなっていくとか・・・、クレーンのひとつのおかげでもあるんです。
ほんまは、ひとつはクレーンの何もあったし、ひとつはごまかしもあるしね。
何やかんやいうてああいう状態になったんですね。ええ。

<溝口健二監督について>

クレーンでいくからね、その時に溝口さんがここは大写(UP)ですよとか、
そういうことはあの人は言いはるんです。あとはめったにそんなこと言わんねんけどね。
あとはもう宮川さんにまかせっきりでね。あの人はどっちかいうたら技術的なことはあまり言わないんですよ。
言うのは録音部ですね、録音部にはやかましい。
録音のモニター室へ入って行って、役者のセリフを聴くということは再三あったけどね。
ここは岡本君、照明をこうしてくれとか、ああしてくれとか絶対言わん人でね、
キャメラポジションでも今言ったように「宮川君、ここは大写でいってくれ」とかそんなんもたまにしか言わないです。
その代わり役者には厳しかったけど。そういう人でした。あの人は。
で、うまくいってね「カット」言いますやろ、おっさんちょっと私をにらむんです。
そうするとねニコッとこう笑うような笑わんような顔をするのがこれがものすごく印象に残ってね。
かわいい顔するんですよ。キューとしたような顔ばっかりしてますやろ。そればかり見てますやろ。
「カット」言うてからニコッと笑うとこがあるんです。その顔がなんともええ顔やねん。はい。
それだけがものすごい印象に残ってますな。

<「雨月物語」 湖上のシーン>

あそこはね言ったらいかんけどね、やれないとなったわね、せまくて約束が違ういうねんね、おっさんは。
もうちょっと広い所でやる、それをセットの都合か何かしらんけどせまい所でやった。
私もあれは闇夜やからね。たいがいああいう湖やからキラキラだすわね、
私もキラキラ出すのは遠慮して出して、ほんまのやわらかいかんじでいきたいなと思って、
あそこは宮川さんとちょっと打ち合わせしてね。
宮川さんの方から言ってきて、それは。クレーンに乗ったきりやと。
「健ちゃん朝から晩まで乗ったきりでやるからね、そこのところアンバイよう頼むで」 「ああそうですか」いうて、
まあやったかんじです。宮川さんはほんまに入った思ったら朝からおってクレーンでテスト、テストやって
こっちはこう見て、あそこでああなるのか、こっちはここのとこでこういこうと、
その時はライト動かせたわな、ちょっとくらいは。本番になったら絶対動かせんわね。
それと湖にキラキラ出さんようにということはですね、ホリゾントにライト当てなかったんです。
全部あそこはトップライトでいってる。そのトップもね全部ビニールはって、
そして5Kライトのミラーをぬいて、それをずうっとトップに吊っていった。
だから舟のアップになったところなんかは、ちょっと顔がややこしいところはあったけどね。
クレーンがずーっといってるからね。
そういうことであそこは私としては満足ちょっとだけしてるだけですな。
十のもんやったら八つくらいね、なかなか仕事というものはね、十が十ともねいったいうやつはないんですよ。

<宮川一夫さんについて>

仕事に関しては皆さん鬼みたいな人や言いはるけどね、まあ真面目な人やねあの人は。
一番最初が「西陣の姉妹」(1952年吉村公三郎監督)ですか。
その時に初めて宮川さんと付き合いしたのがね。
私も随分いろんなキャメラマンの人とね付き合いしてるしね。それがいつも小さなファインダーでね。
宮川さんはミッチェルね。ミッチェルいうても今、知らない人多いけど、
ミッチェルのキャメラのファインダーをね、持って来てはるんですよ。
アレ、この人は大そうなキャメラマンやなと思っとったんです。
他のキャメラマンは、こんな位の小さなやつをのぞいてはりましたな。
それである時ロケハンしてて宮川さんに「健ちゃんこの辺からこういこう思うねんけどどうや」
「そうですね」いうて見せてもらったんです。違うがな、全然これは・・・。
なるほどなあと僕は感心して、それから付き合いしてるけどほとんどあの大きなやつ持ってきてて
ああいうところが普通の人と違った。
それでよう言い合いもしましたで。でもまああいう固い人やからね。
固い人やから、わりかた優しいものの言い方もしはるけどね、
キャメラの助手さんに対しては田中省三なんかよう怒られてましたがな。
また僕は田中の省ちゃんがいないとあまり仕事ができないんです。
何でやいうてあれは計測上手かった。ものすごい上手いですよ。
僕がね省ちゃんここはこの位当てといてくれよ、ここはこんだけするからなというような打ち合わせをすると、
ほんま上手くやってくれるんです。省ちゃんがね、「岡本さん、これは落ち過ぎやで」
「そうか、何ぼ位にしよう?」、「何ぼ位にした方がええちゃいますか」そういうようなことを田中の省ちゃんとね。
宮川さんとは打ち合わせしない、あまり。ほとんどないっていう位やね。
宮川さんがこうやああやいうてきたのは、今の「雨月」の湖の所だけです。あれだけですよ。
その代わりね、F(絞り)は厳しかったです。
Fは、モノクロの当時やったらねあの人と仕事する時は最低5・6、カラーでも4以上やね。
それはもう「赤銅鈴之介」(1958)なんかの時はね、全部露出計の針があがる。
宮川さん何を思ったんか「健ちゃん、ここはパンフォーカスでいきたいねん」、「え?こんなん金魚やのに」
パンフォーカスやなんてどういう意味か分からんのです。森(一生)さんが監督ですねん。
それでしゃあない10キロ2台持ってこいと言って、金魚鉢に当てるとパッと金魚が死んでしまいよるねん。


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