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book「三毛猫ホームズの傾向と対策」 赤川次郎
少し時間があって,あまりものを考えたくないときに,ぶらっと本屋に立ち寄って よく手にしたのが赤川次郎の作品だった。
「また,赤川ねぇー?!」と休みの日などよく妻から言われた。 頭を重くせず,すっきりとした後味が好きなのだ。でもすっきりしすぎて頭に残っていないことが多く, (今思えば,貴重な作品もあったのに)かなり古本屋に持っていってしまった。
でもすっきりだけで何十冊も読めるはずはなく,下に抜粋したようにときどき 「おゃっ!何でこんな場面にこんな文が載せてあるんだ?」と思う箇所がある。 作者の考えをさりげなく書いているこんなところを見つけると,うれしくなってしまう。
「ただ者じゃないな!」と思いつつ,今でも愉快な推理小説を楽しんでいる。


保健室のドアを勢いよく開けると、ちょうど前を通りかかった男の子がびっくりして足を止めた。
「あら、失礼」
と、佐久間恭子が涼しい顔で言った。
メガネをかけた、神経質そうなその男の子は、ジロッと女医の方をにらんで、急ぎ足で行ってしまう。
「−あれはK大向きじゃない」
と、見送って、佐久間恭子は腕組みをしながら、「でも合格するでしょうけど」
「受験生ですか?」
「そう。兄貴がここの学生で。よくあの子も見かけたわ」
「どうして受かるだろうって…」
「分からないけどね、受けてみなきゃ」
と、肩をすくめ、「あの子の父親は文部大臣までやった有力政治家。私立大としては、多少便宜を図っても損はないってわけ」
「ああ…」
と、さゆりは肯いた。
大人の世界には、そんなこともある。さゆりも子供ではないから、それぐらいは分かっている。
でも分かっているというのと、納得しているのとは別だ。−いつまでも、そういうことに納得しない人間でいたいと思う。
そうでなかったら、自分の子供にどうやって、「公平」や「フェアな精神」を教えることができるだろうか。

「でも−」
と、佐久間恭子がちょっと首をかしげて、「こんな所で何してたんだろう、あの子?」
そのとき、聞き憶えのある声がした。
「ニャーオ」
え?びっくりして振り向いたさゆりは、ホームズが片山と石津を連れて(?)やって来るのを見て、びっくりした。
「石津さん!」
つい、石津の名前が先に出てしまう。・・・・・・

(P93〜95より抜粋)

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