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book「種をまく人」 ポール・フライシュマン 片岡しのぶ 訳
種をまく人  何気なく手にとって買った児童〜大人向けのわずか100ページ足らずの本である。自然な気持ちで、心地よく読めた。
 物語の舞台は、オハイオ州クリーブランド、貧しい人たちが住んでいる地域にある一角の空き地である。その空き地は「そこらじゅうに、古タイヤとか、生ゴミをつめこんだビニール袋なんかが、いっぱい捨ててありました。そういうのをよけながら歩いていると、ネズミが二匹、残飯をあさっていて、ぎくっと足が止まってしまいました。それでも・・(P5)」というような状況で正式なゴミ捨て場ではないのに、ありとあらゆる廃棄物が捨てられていた。
 その空き地に捨てられた錆びた冷蔵庫のそばに、ヴェトナム出身の少女キムが、スプーンで固い地面を掘りながらそこに豆を植え、魔法瓶の水をかけるところから物語は始まる。なぜキムが豆を育てようと思ったかというところも泣けてくるのたが、さらに白人、黒人、グアテマラから移住してきた人、ハイチから来たタクシー運転手、韓国人、メキシコ人、インド人などなどさまざまな民族の人が、それこそ自分自身の理由を見つけて、ここ空き地にやってきて種をまき、畑を作るようになる。
 そしてそのそれぞれの理由というのも雑多だ。彼女の好きなトマトを作ろうとする青年、医者嫌いの祖母がアキノキリンソウを煎じて飲んでいたことを思いだし、それを植えるために、市当局や州、さらには連邦政府にも電話をかけ、ついに市の公衆衛生課にかけあい、空き地の大量の廃棄物を片付けさせた女性もいる。もちろん、ベビーレタスを育ててレストランに高く売ろうなんて人もいる。
 そうしてだんだんとれぞれの菜園ができてくる。インドから来たアミールは最初こう思っていた。「アメリカには、人に近づくな、というルールでもあるんでしょうか。友だちだと分かっていればともかく、それ以外の人間は、みな敵あつかいです。無数の岩の割れ目に無数のカニがうごめいている…。アメリカという国はそんな感じですよ。(P77)」だが彼も、トウモロコシ畑の上に勝手に捨てられた山のような古タイヤをみんなで片付けていた、ナイフを持ち女性を襲い、財布を奪って逃げた賊をいつの間にか自分を含め何人かが追いかけて押さえつけていた、というような経験をする中で、「畑にいると<みんな仲間>という意識がみんなのこころのどこかにあるんですよ。」と思うようになっていた。
 あくまでも物語の話だとは思う。しかし、ともに何かを育て、ちょっと隣で働いている人に話しかけてみると、いままでと違った人間関係ができる。そういったことは実はたくさんあるはずだ。人をばらばらにしていこうとする現実世界の中で、国も民族も言葉も習慣もそして(同じ国民であっても)体験や経験も違う物同士が<みんな仲間>になるにはどうすればよいのでしょうか。そんなことも考えた一冊だった。


 人生には、変えられないものが山ほどあります。死んだ人間を生きかえらせることはできません。この世から悪人がいなくなることも、わたしが百万長者に変身することもないでしょう。だが、このゴミ捨て場の一角を畑にすることなら…。
 そうだ、どうにもならないことを一日じゅう考えているより、畑をつくるほうがよっぽどましだ。髪の黒いあの女の子に、それを教わったんですよ。
 空き地は三方をアパートにかこまれていました。わたしはそのへんを歩きまわり、日あたりのよさそうな場所をえらんで、捨ててあるものをわきにどかし、ガラスのかけらを取りのぞきました。それから、さっぱりとなったその場所にしばらくしゃがんで、土をいじっていました。
 週明けの月曜日、学校のシャベルを借りて帰りました。(P17より抜粋)

 彼女もニンジンを植えていました。芽がいっせいに出てきたとき、彼女がさっぱり間引きをしないのが、わたしは気になりましてね。ニンジンは、芽が出たら、強そうな芽を一本残して、ほかのは全部抜きます。苗と苗の間隔を空けないと、いいのが育たないからです。
 そのことを言うと、彼女は、畝を見下ろしてこう答えました。
「わかってるわ。でもね、そうしようとすると、どうしても強制収容所を思い出してしまうの。あそこに入れられていたとき、毎朝、集められて、二列に並ばされたの。じょうぶな者と、そうでない者に分けられて。弱い者は死ななくてはならなかったのよ」
 彼女の父親は、オーケストラのヴァイオリニストでしたが、ドイツに楯突くようなことを言ったために、家族全員捕らえられ、収容所送りになった、そう彼女は話してくれました。
 それを聞いて、わたしはつくづく思いました。ポーランド人はこうだ、という噂なんぞ、いいかげんなものだったな、と。
 本当のポーランド人は、そういう噂の後ろに隠れているのですーアーモンドの実が厚い殻に隠れているように。彼女がキャベツばかり料理するかどうか、わたしはいまだに知りません。知りたいとも思いませんしね。
(P81より抜粋)

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